帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第五十四話 開拓者生活は浪漫の塊

 自由惑星同盟軍地上軍水上軍、或いは同盟海軍、海上軍、海上部隊と称される組織は、同盟軍において思いのほか重要な立ち位置にある。その主要な任務は、洋上拠点や防空、輸送、警戒である。

 

 宇宙暦8世紀において、海上艦艇が艦隊戦を行う事はほぼ無くなった。多くの艦艇が一か所に集まれば軌道爆撃の的だ。

 

 だが、同時に海上艦艇は地上への侵攻や雑務任務において、宇宙軍よりも部分的に優位に立つ。大気圏降下中の宇宙艦艇がどれだけ無防備かは言うまでもない。海上艦艇は、惑星が球体である以上射角の関係で遠方からの攻撃は難しい。一方、地平線の先にある航空母艦から発艦した大気圏内戦闘機や大気圏内攻撃機、爆撃機は、宇宙軍の使用する宙陸両用戦闘艇よりも大気圏内での戦闘に関する性能面で遥かに勝る。警備艦艇は特に環礁地帯では多数運用され、哨戒活動から戦闘、小規模な人員・物資輸送等の面で多用される。惑星内に限定すれば、水上艦艇は宇宙艦艇を動かすよりも目立たず、コストも安上がりだ。また、両軍が拮抗する惑星内では宇宙空間からの揚陸は難しく、その点で海兵隊は宇宙軍陸戦隊の代わりに敵勢力圏に対して殴り込みをかける役割がある。

 

 特に潜水艦艇は水上軍の主力と言える存在であり、衛星軌道を押さえられた際の長距離輸送任務や防空、大陸間ミサイル攻撃の要として重宝される点も見逃せない。

 

 同盟地上軍海上軍の採用するトライトン級輸送潜水艦は、全長300メートルを越える大型輸送潜水艦である。衛星軌道を抑えられた状態での連隊規模の人員や機甲部隊、物資の隠密移動のために多用され、特に長距離航行能力や寒冷地帯における海氷等の破砕浮上能力に優れる。40メートルに及ぶ分厚い氷の壁を貫通する彼女は、沿岸であればカプチェランカのどこにでも、宇宙空間から監視する偵察衛星に気付かれずに人や物を輸送出来る。

 

 そんな彼女は、自身の半分の大きさも無い護衛のドルフィン級攻撃型潜水艦を2隻、王妃を守る騎士のように侍らしつつ、数百名という民間人や負傷兵、非戦闘要員を腹の中に抱いて深海の闇を進んでいた。

 

 さて、急いでの事、しかも潜水艦と言う事もあり、500名を越える民間人と200名を越える後方支援要員(経理科や人事科などの事務方や飯盒班だ)、負傷兵を着のみ着のまま乗艦させた。その上潜水艦の乗員達は、数日前に帝国軍のUボートの警戒網を抜け前線基地に物資を輸送する任務を終えて帰港してきたばかりである。乗艦させられた民間人は荷物も整理出来ず不満を垂れ、船員の疲労は回復しきっていない。潜水艦自体、本来ならば同盟軍水上艦艇運用規定に基づき数日は整備するべき、という万全とは言えない状況であった。

 

即ち何が言いたいというと……。

 

「おい、この船は本当に安全なのか!?宇宙なら兎も角、海の底で死ぬなぞご免だぞ!?」

「荷物を殆んど纏められなかったんだ……貴重品も沢山あったんだぞ。後で回収か補償は軍がしてくれるのか?」

「俺らは仕事で依頼主から穴掘りするよう言われたんだ。後で依頼した企業から文句が来たらお宅らがどうにかしてくれるのか!?」 

「家族に安否を伝えたいんだ。超光速通信はいつ使えるようになるか分かるかい?」

 

陳情……というかクレームが来るんだよなぁ。

 

「えー、少々お待ち下さい。こちらでお調べして後ほど通達致します」

 

苦笑いを浮かべ私はそう答えるしかなかった。

 

 潜水艦の乗員にはこんなクレームを聞く余裕は無いし、手の空いている軍人は殆んど負傷兵、数少ない事務方の大半は経験の浅い、若く、専門の下士官兵士であり、総合的な教育を受けた最上位士官で手が空いている暇人と言えば私くらいしかいないわけだ。

 

まして……。

 

「口に気を「ゴトフリート少尉、さぁ、早く調査の方に行こうか!?」

 

 私は敬礼すると、ベアトがいらん事を口にする前に中半引き摺るように民間人用待機室(元々兵員輸送用の区画だ)を離れ、狭く、薄暗い通路に出る。

 

「ベアト、余り民間人に過激な事を言うな。相手もピリピリしているんだ。態々相手の神経を逆撫でして問題を起こすな、な?」

「ですが、民間人の分際であのような要求……軍務の妨害ではないですか。今まさに護送されている立場だというのにあのように権利ばかり主張するなぞ……」

 

心底侮蔑するような口調でベアトは語る。

 

 開祖ルドルフは、権利のみを要求する愚鈍な連邦市民を「貪欲な、唾棄すべき豚共だ」と語ったという。無責任な世論に迷わされ、優秀な為政者達の、ひいては人類社会の発展を阻害する病原菌。自身の権利とは名ばかりの欲望ばかり主張し、他者の権利をないがしろにし、市民としての義務も果たそうとしない「精神的な幼児」であり、低俗な娯楽と暴飲暴食、賭博と麻薬と神秘主義、性的乱交に溺れ、資源と技術を浪費する「衆愚の群れ」。

 

 故に、帝国では大帝陛下の遺訓により、臣民は権利を主張する事は罪であり、公共と体制への奉仕と自己犠牲こそが何よりも貴ぶべき規範である、と教育される。

 

 即ち、帝室と門閥貴族階級を始めとする優秀な指導者の命令を順守し、支える事こそが何よりも、そして臣民の唯一許される体制と政治への参加方法である。指導者階級の指導を阻害する行為は、かつての銀河連邦の煽動政治家と愚民共と同じく、社会を混乱と退廃に導く反国家的、反社会的行為に他ならない。基本的人権やら自然権なぞ臣民に与えれば、短絡的な愚民共をつけ上がらせ堕落させるだけであり、指導者階級が適切に与える「慈悲」の範囲でのみ、臣民は勤勉な労働者として自身の身の丈にあった権利を行使する事が許されるべきなのだ。

 

 まぁ、実際当時銀河連邦は腐敗……というよりは混乱の極みにあり、経済・歴史・政治・出身地・宗教によりありとあらゆる対立が起きていた。マスコミが無責任な記事を垂れ流し、政治家は議会でのパフォーマンスを重視する者が人気を博し、悪徳企業は市民を犠牲にして利益を上げ、犯罪組織が跋扈し、市民は政治闘争の名の下に私刑や略奪に明け暮れるか、快楽に身を任せ破滅していく者が続出した。あるいは絶望して自殺する者、乱立する神秘主義・反社会的宗教共同体に参加し千年王国建設のために連邦体制に挑戦し、共同体同士で抗争に明け暮れた。

 

 万人の万人に対する闘争、とでも呼ぶべきか。多少誇張があろうとも、実際連邦末期の退廃は目を見張るものがある。成程、臣民に自由やら権利なぞ与えると混乱の下だ。安全で健全な秩序の下で人々が生きるためには、そんなもの与えるべきではない、帝国人にとっては常識であり、亡命政府の市民の間でも、帝国ほどに酷くはないが国家や社会は個人に優先する事を確信している。

 

「あのような物言い、自分達を何様と考えているのでしょうか?本来ならば貴重な戦力である筈のこの潜水艦や乗員を割いてまで安全地帯に移送しているというのに、自身の立場を理解しているのか正気を疑います」

 

 損害等の補償があるかは兎も角、この緊急時に態々言うべきことではない、助かりたいのなら今は大人しく引っ込んでいろ、というのがベアトの意見であった。まぁ、軍人は国家の公僕であっても市民の公僕ではないと考える帝国系同盟軍人らしい考えだ。

 

「お前の言いたい事は分かるが、ここでは口にするな。この密室で暴動が起ったら笑い話にならんし、流血沙汰も許されん。友軍基地に入港するまでの辛抱だ、耐えてくれ。これが同盟の「物言う市民」、という奴だ。これからも似たような事は幾らでもある。今のうちに慣れる事だな」

 

 不服そうな表情を浮かべるが、すぐに顔を引き締め了承する。彼女が私の命令に反対する事は(私自身の生命に関わらない限りは)基本的にありえない。それに彼女も、ここで面倒事を起こす事の危険性は理解しているらしい。

 

 そのまま私はベアトを連れて3区画先の士官用休憩室に向かう事にした。いつまでも留まってお喋り出来る程我々も暇ではない。そこで要望について休みながら調べるのだ。

 

「はぁ……」

「やぁ、少尉君も大変そうだね」

 

 ベアトを控えさせて士官用休憩室の固定椅子に疲労困憊気味に深く座ると、先客として室内の端の固定デスクにいた線の細い眼鏡をかけた青年が資料をバッグの中に仕舞ってから、にこやかな笑みを浮かべ隣に座ってきた。

 

「……これはオリベイラ助教授、何用でしょう?」

 

私は、すぐさま貼り付けた営業スマイルで尋ねる。

 

 ハイネセン記念大学惑星自然学助教授ミゲル・ボルジェス・デ・アランテス・エ・オリベイラ氏はこの歳24歳、同盟三大名門校が一つハイネセン記念大学惑星自然学部地質学科にストレートで入学、学科首席で卒業。その後は自然科学の権威ローレンス・ユキムラ教授の下でシャンプールの自然環境の研究や緑化計画のアドバイザーとして活動し、昨年惑星ヴルヴァシーの大陸移動についての論文を学会で評価され、助教授に認められた若き秀才である。惚れ惚れする経歴だ。

 

 その血筋も煌びやかだ。祖父は同盟政財界の大物を長年輩出してきた国立中央自治大学学長のエンリケ・ボルジェス・デ・アランテス・エ・オリベイラ教授、父マリアーノは同大学の政治学部の学長、叔父エスペランサは同盟学術委員会の副委員長であり、母方のブロンコ家は代々経済学者の一族という、目も眩むような学者一族のサラブレッドの出だ。

 

 彼自身はカプチェランカにおける旧銀河連邦の惑星改造技術の研究の一環としてこの星に滞在しており、今回の帝国軍の攻撃により避難のため潜水艦に乗艦していた。

 

「そう無下にしないでくれないかい?その分だと今日も色々クレーム対応していたようだね?」

「いえ、軍人として当然の職務を果たしているだけですから」

 

 事実うんざりしていても、軍人の立場で本音を言うわけにはいかない。

 

「まぁ、君達軍人の口からはそう言うしか無い、か。後から録音されていた発言をマスコミにすっぱ抜かれる訳にもいかないし」

 

そのインテリらしい線の細い顔が苦笑する。

 

 何だかんだ言って彼は今回の避難民の中では特に若く、エリートに属する立場だ。学者は他にもいない訳ではないが、世代が一回りも二回りも違う。そうなると同世代で同じエリートに属する若手……というより新任少尉に親近感を感じるようで、たまに私に話かけてくる訳だ。航海の状況についての情報の仕入れ先としても期待しているのかも知れない。

 

 私としても民間人の中で交渉窓口やパイプになる人物を欲しているために、それなりに親しく対応している。それに自己主張が少なく穏やかなところもやり易い。

 

「その事についてはノーコメントで御願いしますよ。どうです、そちらの方は?研究途中で避難とは災難ですけど」

 

 「カプチェランカの自然改造における改造プラントと大陸地理から見る惑星環境の変遷」、という長いタイトルが今の彼の執筆中の論文だ。

 

「一応研究内容を整理しているんだけどね……やっぱり帝国側の勢力圏の施設も見れないものかなぁ」

 

 彼が言うにはカプチェランカの寒冷な気候は、長期的にはこのまま放置しても次第に温暖化していくであろう、との事らしい。改造プラントによる火山活動等の活性化や、酸素や二酸化炭素を排出する遺伝子組み換え微生物群により、今や人間が宇宙服無しで活動出来るようになった。推定ではこのまま放置しても500年程で、人為的な改造を行えば最速で70年程で温帯と海が広がる惑星になるらしい。

 

「開拓者達もプラントの設置場所には苦心したらしくてね。地震とかの備えや、温暖化後に海の底に沈まないように地形を計算して建設しないといけない」

 

 逆に言えば、そこからカプチェランカの気候や大陸活動について推測出来る訳だ。

 

 彼の見せる資料に目を通せば、惑星全体に点在する連邦時代のプラント設備の場所が記され、その役割や周囲の環境に与える影響について分析されている。尤も、前線や帝国勢力圏のそれには空白だらけだが。

 

「安全圏のみだと十分な研究が出来ないのが辛い所だよ。連邦時代末期の惑星改造技術は今より優れていたけど、廃れてしまった。この星は気候のおかげで多くの設備が劣化せずに保存されている。貴重なサンプルなんだけどね……」

「流石に戦場の最前線に民間人を送り込むのは、軍としては遠慮したいでしょうから」

「ははは、分かってはいるんだけどね」

 

 銀河連邦時代は惑星改造と植民の黄金時代だ。だが好景気時代の無計画な植民計画により、無数の人の住まない可住惑星が生み出された。また連邦末期の混乱と動乱、それらによる人口減少、その後の帝政により植民の需要が減り、成熟した惑星改造技術は利用されなくなり衰退した。オリオン腕では、今でも連邦末期に見境なく改造されそのまま採算が合わずに放棄された人口零の可住惑星が少なくない。その大半は皇帝の直轄領として新しく立てられた大公家、戦功や功績を立てた門閥貴族などに下賜される。皇族でありながらド辺境に住んでいたリンダ―ホーフ侯爵家の領地等はその一例だ。

 

 珍しい例では、クラインゲルト子爵家のように富裕市民が皇帝に上奏し、莫大な資産と人手を自身で用意して開拓、その功績として惑星の「購入代金」を徴税で支払う形で返済し、返済完了と共に爵位を受け、新興貴族として統治する場合もある。まぁ、大半は事業失敗とか返済が滞って惑星を差し押さえされる事も多いけど。それでも、平民が爵位持ち貴族になれる数少ない手段として行おうとする資産家は多い(そして大半は破産する)。

 

 一方、同盟の惑星改造技術は実はそれほど高くない。そうでなければ、態々大気のあるハイネセンを1万光年遠征して見つける必要は無い。手頃な惑星をテラフォーミングすれば良いのだ。同盟の惑星改造技術は、連邦末期のそれに比べ数倍のリソースを必要とする。

 

 実際、自由惑星同盟は3000星系に居住者がいるが大半はドーム型都市や人工天体、資源開発基地であり、地球のように特別な装備や施設無しで生活出来る居住可能惑星の数は僅か287個に過ぎない。

 

 しかもその実情を見れば更に悲惨であり、内18個がハイネセンファミリーが建国初期に開拓したハイネセンを始めとした人の手の加えられていない天然の居住可能惑星、73個が旧銀河連邦の放棄した植民惑星(そして大半に原住民がいた)、残りが同盟が惑星改造して居住可能にした惑星だ。

 

 だが、この改造惑星の殆どが人口数十万から数百万、最大でも3000万を越える事が無い惑星ばかりであった。理由は帝国の侵攻に備えた居住惑星の離散政策、同盟内の各派閥が議会での議席確保のために自派閥主導の開拓を推進していた事などもあるが(議席さえ取れたらいいので、星系政府加盟のための最低限の人口しか入植しない)、それ以上に惑星改造技術が未熟である事が根本的問題である。

 

 連邦時代のそれと違い、同盟の惑星改造技術では莫大な資金とリソースを投げ込み、それでも惑星全体の緑化が出来ない。しかも、地震や津波等の災害の少ない地域のみにしか市民が居住したがらない問題もある。

 

 結果、惑星内での居住可能地域や扶養可能人口に制限を受け、人口の希薄な辺境域が誕生したわけだ。同盟領内で人口1億を超える惑星なぞ、ハイネセンやパラス、シャンプール等全体の1割程度しかない。

 

「研究が進んで、連邦時代の技術やノウハウが分かれば惑星開拓も楽になって同盟の繁栄にも繋がるんだけど……まぁ、簡単にはいかないものだね」

 

 長きに亘る戦争で、科学技術や学問は軍事偏重の嫌いが強い。国家予算は軍事費と社会保障と債務返済で大半が消え、科学技術予算も大半が軍事研究関連である。惑星改造技術の研究は比較的後回しにされる傾向があった。また、惑星改造事業は利権があり、技術発展によってコストが下がれば利益が減ると恐れるロビー団体が圧力を加えている、という指摘もある。

 

「惑星開拓に興味が御有りで?」

「ああ、子供時代に見た古い映画や小説でね。「荒野の街」とか「マーティン一家」とか知っている?」

「ええ、名作ですね」

 

 「荒野の街」は銀河連邦黄金時代の辺境の街を舞台にした所謂スペースウェスタン小説だ。また「マーティン一家」は、同盟建国期のハイネセンファミリーの一族が、荒れ果てた土地を三代かけて豊かな農場として切り開いていく同盟の古き良き時代を描いた映画だ。

 

「子供っぽいけどああいう開拓物語に浪漫を感じてね。けど今時は惑星開拓は予算が無いし、人もいないと来た。当然自費なんて今時無理さ。だから開拓者生活は出来そうにない。だから代わりにこういう形で関わりたいと思ってね。自然科学は学校で得意だったし」

 

そんな理由で同盟の最高学府の一つを受験し合格したのかい、等と突っ込み入れない。

 

「祖父や父は自然科学なんかでは食べていけない、て言って反対したんだけどね。まぁ、事実だから仕方ないけど、私としては祖父達のような血も涙もない政財界に関わるのは怖くて出来ないからね」

 

 確かにこの若者を見ると、溺れた犬を棒で叩き、生き馬の目をくり抜く政界では到底生きていけるとは思えない。育ちの良さか、生来の気質か、山の中で土いじりや植物採集をしている方が、大学のロッキングチェアの上で気難しく本を読んでいるよりも似合いそうだ。

 

 私自身は好きで……少なくとも半世紀前なら勘当されても軍人になる気は無かったので、その在り方に共感出来る。尤も、傍に控えるベアトからすれば代々の家業を継がず、あまつさえ尊属の意見に反対する神経を理解出来ない、という考えが薄っすらと顔に出ているが。

 

「ああ、済まない。少し自分の話をしすぎたかな。忙しいだろうに、悪いね」

 

 その後も研究や関心事について話を続けるが、私が彼の話を静かに聞いていた事に対して不機嫌にしていると思ったのか心底すまなそうに助教授は答える。

 

「いえ、こちらとしても面白い話でした。士官学校ではそこまで学びませんから」

 

 無論、士官学校でも歴史や自然科学について学ぶが所詮軍事知識の付属品であり、それに関わりがあるものが中心だ。純粋な学問としてではない。しかも、やはり頭が良いのか分かり易い説明で良く頭に入る。

 

「いやいや、研究者としての悪い癖だよ。自分の関心のある話だとつい周囲を考えずに話してしまう」

 

そういってもう一度謝罪すると、そのまま私の邪魔にならないように席を離して自身の研究に戻る。

 

「さて、私もやるか」

 

 そう自分を奮い立たせて、私はまずは民間人の要望についての対応のために携帯端末で契約内容と軍法、同盟法について調べ始めた。長い仕事になりそうだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは少し困ったな……」

 

 一方、トライトン級輸送潜水艦「ブルーギル」の発令所では、艦長であるカミンスキー中佐がベレー帽を脱いで、神妙な表情で通信士が傍受した無線内容を読んでいた。

 

 この年50の中半を越え、そろそろ第一線から退く頃と考え、今回のカプチェランカ派遣を機に後方勤務に異動するつもりであった中佐は、同盟軍航海専科学校を卒業して以来40年近く水上軍で勤務し、かつそのうちの半分を潜水艦の乗員として過ごしてきた。

 

 閉所空間かつ撃沈されれば宇宙艦艇よりも生存率の低い潜水艦勤務要員は、ある意味では最も優秀で、頑健な精神力を有する船乗りである。その中でもベテランと呼ぶに相応しい彼からしても、今の状況は決して愉快なものではなかった。

 

「A-Ⅲ基地が攻撃を受けている、か。まさか入港予定先が攻撃を受けるとはな」

 

 沿岸部(と言っても雪と氷で一見区別がつかないが)に建設されたA-Ⅲ基地は、同盟軍の勢力圏内の中にある比較的安全な基地である。それが帝国軍の攻撃を受けているとは……。

 

「最前線の基地は壊滅したのか?」

「いえ。各基地が暗号電文で流す情報を集計する限りでは、前線で激しい戦闘が起きているものの、一部の戦域を除いては防衛に成功しているようです」

「ではなぜだ……?」

「戦線の一部を破った帝国軍が、そこから後方基地に浸透している模様です。前線の主力を足止めし、その間に後方を壊乱する戦略かと」

 

 狙撃猟兵や工兵部隊が浸透戦術で後方の通信網や防衛拠点を襲撃し、連携を乱した後に主力部隊が前線を圧迫するように攻め立てるのは帝国地上部隊の基本戦術だ。

 

「航路を変更するしかあるまい。無線から傍受できる範囲で安全な寄港地はどこがある?」

「B-Ⅱ基地、D-Ⅳ基地は戦闘が発生しておらず、暫くの間はブリザードにより軌道爆撃を受ける可能性は低い事が確認されております」

 

通信士は、傍受した無線内容から答える。

 

「……少し遠いな。今の座標からだとどれだけかかる?」

「GPSは使用出来ませんので断言出来ませんが、通信のタイムラグと海底の地理情報から考えますと……B-Ⅱ基地ですと6日、D-Ⅳ基地ですと8日の位置と推定されます」

 

 その問いに航海長が答える。地上監視衛星や通信衛星は軒並み破壊されてしまったので、このような迂遠な方法で座標を特定するしかない。西暦の大航海時代よろしく、星の動きで航路を導き出すよりはマシではあるが。

 

「ふむ……」

「どういたしましょう?」

 

 考え込む艦長に向け、発令所の要員達は静かに視線を移す。航路や目的地の変更は戦場では良くある事ではあるが、今回は輸送すべき物が違う。軍事物資や兵員ではなく、軍属とはいえ民間人である。可能な限り安全に、彼らを安全地帯にまで避難させなければならない。

 

 その意味でいえば、新たな目的地は両方とも当初のそれに比べて良いとはいえない。両基地共危険、とは言わないが比較的前線に近く、帝国水上軍のUボートが発見された事もある。可能であれば民間人を乗せた状態で行きたくない海域であるが……。

 

「だが、我々も万全の状態ではない。このままいつ戦闘が終わるか分からないまま海中で待つ訳にもいかん」

 

唯でさえ任務を終えたばかりで船体も要員も疲労している状態。民間人も長期間艦内で待機出来る程精神的に強くない。負傷兵もいる。

 

「では……」

「B-Ⅱ基地に航路を変更する。護衛にも秘匿回線で連絡だ。さて、上手くいくか……」

 

 命令を下した後、艦長は小さな声で呟く。ほかに選択肢なぞ無いが、だからこそ彼にはそれを誘導された選択ではないか、と一抹の不安を覚えていた。尤も、だからと言ってそれ以外にやりようが無い事も事実であったが。

 

潜水艦の艦列は光の届かない冷たく暗い海の中で静かに方向を変え、消えていく。

 

 

 

 

………その背後で一瞬、小さなソナー音が響き、漆黒の闇の底に消えていった。

 


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