帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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第五十八話 略奪や鹵獲は北欧の伝統

 オレンジ色の炎と黒い煙が、ブリザードの吹き荒れる夜の山岳で濛々と舞い上がり渦巻いていた。

 

 装甲戦闘車から降りた帝国兵達は物陰に隠れながら肉声と無線機で短い会話をかわし、四人ずつで組になって前後の方向へ別れた。

 

 それは極めて難しい判断であった。戦力分散として糾弾の対象ともとれるし、分散による情報収集と全滅の防止とも取れた。少なくとも、帝国地上軍の軽装歩兵達はこれを計画的な奇襲攻撃であると断言していた。であるならば攻撃の第二幕がある筈であり、その場に留まるのは危険極まりないのは確かであると判断していた。

 

 実際は即興の計画であり、決して巧緻を極めた作戦があった訳でも、十分な準備が為された訳でもなかったが、それを以て彼らが無能であると判断するのは早計だ。彼らを攻撃した者達の存在も、その目的も特殊であり、それを考慮に入れろ、というのは酷な話であった。

 

 だが、結果的に彼らは、下した判断の代償を自身の人生で贖う事になった。

 

 四人一班になった帝国兵達は視界確保のためのゴーグルを被り、互いの視界を補いつつブラスターライフルを構えて、雪の吹き荒れる山岳地帯低地を前進していた。敵部隊を発見すれば応戦しつつ味方を呼び、発見出来ないならば高地を取り守りを固めつつ無線で本隊に連絡を入れる。反乱軍に機先を制されたのは痛いが、まだ彼らには希望がある。帝国軍は反乱軍よりも地上戦に秀でていたし、奴らは臆病な奴隷共の末裔であり、一人二人負傷しただけですぐに後退する事はこれまでの経験で良く理解していた。

 

 彼らは決定的な間違いを犯した訳ではなかった。少なくとも彼らの知り得る情報の限りでは。

 

 だからこそこれは運命の女神達(ノルニル)への、或いは戦神(トォール)への祈りが足りなかったとでも思うしかない。

 

 最後尾のゴルツ一等兵は、兵役を後5か月で終える徴兵された平民であった。彼はこの星が嫌いだった。

 

 故郷のビルロストは、帝国直轄領として交易と農業の盛んな温暖な惑星であった。いつだって麗かな春のような気候であり、短い夏が終われば農村の農地一面に黄金色の小麦畑が広がっていた。自営農民であった両親と兄弟姉妹と共にコンバインでそれを刈り取り、それを仲介業者を通して帝都に向かう政府の輸送船に送るのだ。帝室や貴族を始めとした上級身分用ではなく平民向けであるため、遺伝子操作や機械式農業で作った作物であり決して売値は高い訳ではないが、それでも生活は安定していた。

 

 帝国では拝金主義と功利主義の蔓延っていた連邦時代と違い、主要な食料や資源の売買額は法律で決められていた。その年の生産額や物価指数も考慮に入れられるものの、基本的には毎年同じ額で売買するため、市場での商品の値段も固定されている。お陰で農民階級は安定した収入を得られるし、市民はパンの高騰に苦しむ事はない。大帝陛下がか弱く、貴族階級と違い自身で自身を養う才覚すら持たない哀れな平民階級への慈悲として取り決めた事だという。帝国では反乱軍共の根拠地と違い、無能者でも農地やら工場、会社で真面目に働けば路頭に迷わず、慎ましくではあるが生活していける。

 

 因みに、連邦時代ではマネーゲームなぞというものに老若男女問わず熱狂し、結果健康な肉体を有しながら汗を流して健全に働く者がおらず、それどころか借金がありながら薬物や酒に溺れた者が多くいたらしい。尤も、大帝陛下の指導のおかげで今では投資やら不動産業という精神を腐らせる仕事は暴利を貪らず、健全で調和の取れた精神を持つ貴族階級が公共の福祉を優先しながら、或いは帝国政府から勅許状を与えられた極一部の平民のみが携わる事になっている。

 

 このような帝国の偉大な治世のお陰で、曲がりなりにも何十代にも渡りゴルツ家は土地を失わず、また露頭に迷う事なく平和に暮らしていけた。連邦時代、御先祖様は悪辣な銀行家や悪徳企業に難癖をつけられ、汗水垂らして切り開いた土地を幾度も不当に奪われたのだという。今の一家の安寧は全て帝室の与えたもう恩寵である。

 

 そのため徴兵の手紙を郵便局員が手渡しで渡して来た際も、自身も一家も決して泣く事は無かった。叛徒共は背徳的で冒涜的な民主主義などという、かつて大帝陛下とそれに付き従う高貴なる貴族達が苦心の末ようやく根絶した危険なカルト宗教を信じているという。悍ましい教義を信奉する狂信者の群れから家族と故郷を守り、皇帝陛下の御恩のために戦う事は帝国臣民の当然の義務である。寧ろ帝国は選抜徴兵制故に徴兵される者は名誉であり、兵役中は家族の税は優遇されるし、兵役を終えた後は地元でも兵役に行かなかった者達に比べ就職で厚遇され、地元の町内集会でも一目置かれる。

 

 近隣で同じように徴兵された友人達と共に、地元の市役所で役人や名士の主催する見送りの宴会で厚く歓待された後、鉄道に乗りビルロイト北大陸の帝国軍教練基地で10か月の訓練を受けた。徴兵期間は身分や資産等によっても変動するが基本3年、内10か月は訓練のため、実質的には26か月である。しかも中には地元や国内の警備をする者も多く、実際に最前線で戦うのは帝国軍全体の一部であり、その期間も人により違う。前線勤務でも戦闘を経験せずに徴兵期間を終える者すらいる。ゴルツの場合も地元で14か月、その後レンテンベルク要塞で10か月警備部隊として勤務していた。正直税金で観光しているも同然で少し罪悪感を感じ、一日三回軍規で義務付けられている皇帝陛下の肖像画への参拝に際し、必要以上に神妙な顔つきで敬礼するようになっていた。

 

 ようやく来た前線勤務は2か月前、しかも既に戦闘の少ない冬の勤務である。そうなると戦闘の機会は殆ど無い事は明白で、彼は嘆息した。それにこの星は故郷と比べ寒すぎる。士気が落ちる中、故郷が恋しくなった所にこの極寒の惑星……この星を好きになる理由なぞある訳がない。

 

 そんな彼は正に今、長年待ち望んでいた戦場にいた。故郷が同じであった友人が乗っていた装甲戦闘車は、ミサイルの攻撃で吹き飛んだ。善良な友は戦天使(ワルキューレ)に誘われ大神(オーディン)の御許に導かれた事であろう。

 

「畜生……!やってやる……奴隷共め!仇討ちだ……!」

 

 静かに怒りつつ、彼は手元のモーゼル437の寒冷地対応型を強く握る。採用以来40年近いが、元々の冗長性と不良率の低さから、小改良を受け未だに帝国軍携帯ブラスターライフルの主力だ。この銃床で不貞な共和主義者共を殴りつけ、懇願する所を銃剣で何度も突き刺し最後は頭を撃ち抜いてやる。奴隷の末裔の分際で帝国と皇帝陛下に愚かにも剣を向ける以上、それは当然の罰であるように彼には思えた。そして、彼の価値観は帝国の保守的な平民層のそれと大きく変わるものではなかった。

 

 班長達が進むのに合わせ彼もまた振り返りそれについて行こうとする。……そして次の瞬間、彼の意識は永遠に失われた。

 

 金属探知やサーモグラフィを警戒して雪の中に隠れていた栗色髪の猟兵は、次の瞬間一気に雪から飛び出しゴルツ一等兵に背後から回りその口を押えると共に、腰の金属探知透過コーティングの為されたグルカナイフで正確に胸元を一刺しした。限りなく即死であった。物音は殆どせず、僅かな残響もブリザードの轟音に消え行った。

 

 吹雪の中口元を吊り上げ笑みを浮かべた猟兵の少女は、すぐさま次の作業に取り掛かる。仕止めたばかりの雑兵の腰からそれを取り出す。

 

 班長のノイマン兵曹は不穏な気配を第六感から察知し、警戒しながら後方を振り向く。するとそこに雪の下に倒れるゴルツ一等兵の姿を視界に捉えた。

 

「ゴルツ!」

「よせゼーマン!」

 

 ゴイツ一等兵の先輩役であったゼーマン上等兵が、班長の声も忘れて慌てて倒れる後輩の下に駆け寄る。

 

「大丈夫か!ゴイ……」

 

 倒れる一等兵を起き上がらせた次の瞬間、ブービートラップの手榴弾が爆発して鉄片を周囲に飛散させる。至近距離からそれを受けたゼーマンは鉄片が肉体に次々とねじり込んで細胞を粉砕され、そのまま爆風で軽く吹き飛んだ。

 

「マックス!伏せろ!」

 

 ノイマン兵曹はマックス一等兵の頭を押さえそのまま雪原に伏せて飛散する鉄片を回避した。だが……。

 

「はぁぃ、皆さんゲームオーバーですよぉ?」

 

 楽し気な子供の声と共に、兵曹は背中に馬乗りにされて頭を押さえつけられた。

 

 一瞬見えた視界からマックス一等兵も同じく反乱軍兵士らしき人物に馬乗りにされていた。

 

 首元に熱い刺激が走る。脊髄を的確な一撃が破壊したのだ。吹き出す血は最小限であった。雪原での戦闘では血液は目立つので、相手への恐怖を与えるために派手にやっても良いが基本的に最小限の流血で確実に命を刈り取るのが良い。余り血がべたつくと拭き取らないと切れ味が悪くなる、という意味もある。

 

 薄れていく意識の中で、兵曹は必死に暴れて逃げようとするマックス一等兵の姿、そして可愛らしい小柄な少年がマックスの関節を押さえ最小限の力でその脱獄を封じているのを見た。嘲るような笑みと共に、子供が持つには禍々しい厚みのナイフが振り下ろされる。マックスの動きが止まる。惚れ惚れするような一撃であった。その独特の形のナイフを兵曹は良く知っていた。前線で稀に見た形だ。不気味なバラクラバや仮面、暗視ゴーグルをした無表情で冷たい目をした味方が必ず腰につけていた。

 

そうだ。あれは確か………。

 

 

 

 

 

 

 マイスリンガー伍長の班が全滅した味方を見た時、彼らに不安と恐怖が蔓延した。

 

 状況は彼らがろくな反撃も出来ずに全滅したのを示していた。状況から見て、少なくとも彼らは熟練した反乱軍の一個分隊と相対しているとこの時点で信じていた。

 

「なんて事だ……こうもあっさりと」

「班長、この切り口……三名とも一撃です。こりゃあ……まるで狙撃猟兵みたいだ」

 

それを口にすると共に彼らは一層不安に駆られる。

 

 この場にいる者は皆貴族階級でなければ士族ですらない。文字通りの平民であった。長く続く戦争により武門貴族も士族も慢性的に不足していた。 

 

「馬鹿な事言うな……奴隷共に狙撃猟兵並みの実力者がいるって言うのかよ?」

 

馬鹿にするようなその声はしかし震えていた。

 

 装甲擲弾兵団や狙撃猟兵団は帝国軍の最精鋭であり、唯の平民階級では身分的にも実力的にも絶対に入団不可能な存在だ。彼ら一人で平民の帝国兵五人に匹敵する、という言は、装備の差もあるが決してそれだけではない。幼い頃から身内や家臣から一流の教練を受け、帝国を守護する藩屏としての誇りを学んだ彼らは、その実力も覚悟も唯の平民とは隔絶している。

 

 その絶対的な差から一般の帝国兵は彼らを畏怖し、同時にそれが平民は士族に、ましてや貴族に勝つ事、逆らう事は不可能であると言う神話を生み出す一因にも寄与している。

 

 反乱軍の「薔薇騎士連隊」が帝国軍で畏怖される原因の一つでもある。帝国兵は奴隷共に怯む事は恥であると自覚しているが、亡命したとはいえ貴族や士族との末裔と相対する事に恐怖心を抱く。戦う前から心理的に威圧されるのだ。ましてその戦果を耳にすれば、武器を捨てても仕方ない。貴族や士族から唯の平民の兵士が竦みあがり脱兎の如く逃げるのは寧ろ当然だった。

 

 それ故に彼らは恐怖する。自分達は平民の家系である。故に奴隷共の末裔に負けるなぞ考えないし、その誇りが戦意にも結び付く。だが相手が狙撃猟兵並みの実力となると話は別だ。奴隷にそのような実力なぞあるわけない、という思いと現実に目の前の惨状が不安を班内に伝染させる。

 

「……取り敢えず皆奇襲を警戒しろ。地形を利用するのだ」

 

 マイスリンガー伍長は可能な限り平静を装うが、その口元は震えていた。

 

 岩壁を利用して背後を守りつつゆっくりと班は進む。ブリザードの中、ブラスターを構えて180度の視界を最大限に警戒する。

 

「けどぅ、上への警戒はしないのですよねぇ?」

 

 ピッケルを氷壁に打ち込み、それと自身の下降器を強化繊維のロープで結び付けた猟兵達は、切り立った崖を何の躊躇もなく飛び降りた。

 

 僅かな音に反応した一人の帝国兵がふと頭上を確認したと同時にその眉間を少年の撃ち込んだブラスターライフルの線条が貫いた。

 

 何が起きたのか分からない内に続いて妹の発砲で班長が首を撃ち込まれて即死した。事態に気付いた二人の帝国兵はブラスターライフルを上空に構えたが既に遅かった。

 

 次の瞬間には顔面を銃剣で貫かれた帝国兵が倒れ込み、コンマ数秒遅れでもう一人のブラスターライフルが上方からの狙い撃ちで破壊される。飛散するブラスターライフルの破片と火花に怯んだと同時に、先に倒れる帝国兵をクッション替わりにして着地した妹はブラスターライフルを銃剣ごと帝国兵から引っこ抜くと、腰から抜いたナイフを横に鋭く振った。

 

 首から噴出する血。最後の帝国兵は自身の首から噴き出す血を視認しながら驚愕の表情で仰向けに倒れ息絶えた。

 

 曹長は下降器を調整して勢いを殺しながらゆっくりと地面へと軟着陸した。その表情は不機嫌そうだった。

 

「……射線がズレた」

 

 相手の頭を狙った筈がブラスターライフルに当たってしまった。失態だ。妹が素早く始末しなければ撃たれていたかも知れない。

 

「これで2人リードですぅ」

「軍曹、無茶するな。下降器で勢いを殺さずに降りるなんて」

「大丈夫ですぅ。コレがクッション代わりですからぁ。」

 

 そう言って顔面に生々しい傷跡をつくり転がる帝国兵を軽く蹴る軍曹。その傷口からは赤黒い血流がどくどくと零れ、白い雪のカーペットを汚していた。

 

 兄よりも多く賊を仕留められた事で機嫌の良さそうな妹に、むすっと曹長は頬を膨らます。その態度のせいで一族の中ではまだ未熟な子供扱いされているのだが、本人はまだ自覚は無かった。

 

 尤も、本人もいつまでも拗ねる訳にはいかない事は理解している。無線越しに曹長は自身の主人に連絡を入れる。

 

「賊軍の処理を終えました」

 

 そう言って反対の山岳部で援護の体勢にあった少尉二人に報告を入れる。妹は御機嫌そうににこにこと手を振っていた。全く気楽な奴だ、と兄は思った。実力は認めるがもう少し緊張感はもって欲しい。

 

 一方、二人の狙撃猟兵の戦闘を双眼鏡越しに観戦していた伝令将校は一言、無線越しにこういった。

 

『あれ?私本当に要らなくね?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 双子の狙撃猟兵が全てを終わらせた後、私達は地雷その他の装備を回収し合流、そして遺棄された二両の戦闘装甲車の下に……正確には履帯を破壊されていない方に向かった。

 

「あいつらも馬鹿ですねぇ。システムにロックを掛けるでもぉ、自爆処理をするでもなくぅ……慌ててあんな間抜けに出て行ってぇ」

「全くだよ。まぁ所詮賊軍に加担する平民なんてあんなものさ。軍規や任務よりも自分の命を惜しむ奴らだからね。だからこんな風に鹵獲される」

 

 戦闘装甲車内の電子機器をいじりながら、双子は狩った帝国兵を嘲笑する。小柄で可愛らしい双子が言っているとなると悪戯に成功した子供の自慢話にも見えるが、雪原用迷彩の施された寒冷地用軽歩兵軍装に飛び散った真っ赤な返り血を見れば、誰も怖くてそんな事は言えないだろう。実際怖くて言えない。

 

「まさかあそこまで一方的になるとはな……」

 

 戦闘装甲車の後部座席に座った私は驚愕に近い声で呟く。高所からブラスターライフルを構えいつでも兄妹の援護を出来るように控えていたが、まさかろくな抵抗も許さず鏖殺してみせるとは思わなかった。私も模擬戦闘で相当の実力だと理解していたが、実際は私を怪我させないために相当手加減していたに違いない。

 

「当然の結果で御座いますよぅ。オフレッサー家やラウディッツ家のような武勇で知られた貴族なら兎も角ぅ、士族ですらない平民共はぁせいぜい数年しか鍛練してませんしぃ、任務に殉ずる覚悟だってありやしないんですからぁ。負ける方が可笑しいですぅ」

 

私の発言に少々気分を良くしたように軍曹が答える。

 

「確かにあの程度なら我らの一族ならやれて当然です。寧ろ、私達なんてまだまだ未熟でお恥ずかしい限りです」

 

 操縦席から計器類を弄りながら、少々申し訳なさそうに兄が答える。

 

「そうですよねぇ、本家の御当主様には私達二人がかりでも秒殺ですしぃ。あの人や長老方に比べたら、私達なんて本当にヒヨッコですぅ」

 

 少し苦笑いしながら妹も同意する。実際に何度も会った事があるが、ライトナー従士家一門一二家の当主は亡命軍装甲擲弾兵団副総監として今や亡命軍中将という、従士としては破格の地位にある。一門は一五〇人を越え、多数の奉公人も抱える当主として、伯爵家従士家の中でも風格も実力も有数だ。というか迫力が怖い。鍛練で五対一なのに一方的にボコるとかちょっと可笑しい。

 

「……それでどうだ?こいつは使えそうか?」

 

自分の子供時代当主とその側近軍団に散々に扱かれた記憶を思い出し、私は話題を逸らす目的も含めてそう尋ねる。

 

「ええ、システムのロックもされていませんから動かすのは難しくありません。操縦自体も「パンツァーⅢ」はありふれていますからすぐに慣れるでしょう」

 

 亡命軍では艦艇から地上車まで、帝国軍から鹵獲したり遺棄したものを改修した兵器が多数存在する。宇宙艦艇の半分は帝国軍の鹵獲品であるし、戦車から火砲、航空機、小銃類も地上軍の員数外装備や教材用、部品取り用、予備装備としてモスボールされているもの等も少なくない。「パンツァーⅢ」なぞ、カラーを塗り替え敵味方識別信号を変更した上で現役だけでも数百両も運用している。また、噂では敢えて鹵獲品をそのまま塗装や識別信号を変えずに運用し、帝国軍の後方での破壊活動等を行う汚れ仕事専門の部隊もあるとも言われる。

 

「そうか。軍曹どうだ、有益な情報は得られたか?」

 

次に無線機やC4ISR関連の機材を調べていた妹の方に声をかける。

 

「はいぃ。これはぁ、帝国地上軍のぉ、第385師団第1547連隊所属の車両みたいですぅ。まぁ所属部隊なんて大した情報ではないですがぁ……これは少し使えそうですぅ」

 

そう言って車内の液晶画面に映すのは帝国軍の配置図……正確にはこの車両の所属する第1547連隊の展開図だ。

 

「これは……まて記録を取ろう」

 

 データディスクですぐさま記録を移す。この装甲戦闘車を鹵獲して運用するならば、位置座標信号や敵味方識別信号は切らなければならない。そうなると、そう遠くない内に帝国軍連隊司令部も鹵獲に気付いてデータリンクを切断する事だろう。ならば今のうちに展開情報を記録するべきだ。

 

「よし、折角手に入れたんだ。このまま雪上車を使って向かうよりずっとマシだろう。二人はこのまま機械的な処理を頼む。1時間後には出るぞ」

 

 そう言って私は後部ハッチからブリザードの吹きすさぶ外に出るとブラスターライフルを構えて周辺警戒していたベアトに声をかける。

 

「行くぞ。雪上車の荷物を移すんだ」

「はっ!」

 

 はきはきとベアトは答えて私の傍に付き従う。これから雪の中に隠していた雪上車を運転し、鹵獲した戦闘装甲車に荷物を移すのだ。

 

「それにしても酷い雪嵐だな。寒くて敵(かな)わん」

 

 ヴォルムス……正確には星都や伯爵家本家の屋敷のあるシュレージエン州(伯爵領からの亡命者中心に開拓された州だ)は温暖で雪が降り積もるなぞ年に数回程度しかない。幼年学校や士官学校で雪原戦訓練も受けたが陸戦専科学校や兵学校の陸戦科でもなければ然程力を入れて訓練する訳でもない。ここまで激しいブリザードの中歩くのは辛い。

 

「視界が悪くなりますから……ご注意下さい」

「ああ」

 

そう言いながら足元に気を付けながら進む。

 

「ん……?」

 

 ふと気づけば、すぐ側に対戦車ミサイルで撃破された「パンツァーⅢ」の残骸が放置されている事に気付いた。黒煙はすでに出ていない。雪に半分以上埋もれた焦げた金属の塊。

 

「………」

「……流石若様です。吹雪とジャミングで誘導が期待出来ない中見事な攻撃でした」

 

 残骸を見つめていた私に気付きベアトは目を輝かせて喜色の笑みを浮かべながら私を称える。煽てている訳ではなく本心からのものである事は、その口調からすぐに分かる。

 

「……そうか」

 

 少し素っ気ないものの、私は短くそう返事した。車両の残骸の中に薄っすらと黒い人体の輪郭を視認して今更の如く嫌悪感と罪悪感を感じた私は、すぐに車両から視線を逸らし歩みを早める。

 

 獅子帝ではないが、地上戦よりも艦隊戦が好ましい理由が分かる。生々しいのだ。艦隊戦でも正確には残酷な場面が無い訳ではない。中大破した艦艇の中で四肢や内臓がそこら中に飛び散ったり、生焼けの遺体を回収する事は少なくない。だが被弾さえしなければ、最前線でも目にするのはいっそ幻想的な核融合爆発によって生み出された輝きだ。地上戦のように、直に殺した敵兵や不運に殺られた味方のミンチやステーキを見る訳ではない。少なくとも艦隊戦であれば、死ぬにしても即死の可能性が高いので苦しまないで済む。

 

 まぁ、不純な本音を言えば艦隊勤務、特に士官学校卒業生となると安全な戦隊以上の艦隊司令部に所属する可能性が高い。つまり、艦隊勤務とはいえ砲火を交える危険宙域での戦闘に巻き添えになる可能性は低い。少なくとも獅子帝が出張ってくる以前は。まぁ、超光速航法をする度に酔うからそれはそれで地獄だけど。

 

「……まぁ、どの道この場を切り抜けないとどうしようもないのだけどな」

 

 自虐的な笑みを浮かべながら、私は薄暗い空を見上げる。現実逃避はここまでだ。何にせよ、今はこの地上で帝国軍との鬼ごっこから逃げきらなければならない。

 

「……急ごう。朝が来れば明るくなるし、雪嵐が弱くなる。偵察衛星に見つかりかねん」 

 

 重い足取りを出来るだけ急がせて雪の中を進み、漸く雪上車に辿り着く。

 

「若様、運転は私がやります」

「いや、そちらは私がやる。それより荷物の整理の方を頼む」

 

 ベアトには運転より残った装備や物資の取捨選択を任せる。戦闘装甲車は雪上車よりもペイロードが少ない。元より様々な状況を想定して多めの物資を載せていたが、今後の計画を考慮に入れた上で不要な物資は放棄するしかなかろう。全て税金で賄われていると考えると納税者が文句を言いそうだが、勘弁して欲しい。

 

 水素電池で動く雪上車のモーターを起動させ、ハンドルに手をかける。続いて各種センサーを起動させて周辺地理を把握し、液晶画面に編集された地形図が映し出される。

 

 アクセルを踏むと、雪上車はその履帯でゆっくりと雪を踏みつけながら走行を始めた。

 

「若様、こちらを」

 

ベアトが何か濃厚な香りのするものを差し出す。

 

「珈琲か」 

「体が御冷えでしょう?放棄する前に消費出来るものは消費しましょう」

 

 私は紙コップに注がれた黒い液体を従士から受けとる。湯気の出るそれを一口口にした。苦味が濃く、インスタント特有の酸味がある。同盟地上軍が制式採用する、同盟の大手珈琲製造会社ユニバースコロンビア社の格安インスタント珈琲の味そのもの。エリューセラのコーヒープランテーションで、現地人を低賃金で働かせて栽培した豆の味だ。それは同盟の一般人なら兎も角、門閥貴族にとっては雑過ぎて風味も味わいもないどぶ水に等しい。

 

「安物で御座いますが御許しください。何せ同盟軍の兵糧はどれもコスト重視のものですので……」

 

 心から申し訳無さそうにベアトは謝罪する。軍事費を出来るだけ切り詰めるため、同盟軍が無駄な予算をカットしているのはいつもの事だ。尤も、資本主義経済である以上別に同盟軍のレーション類がコスト以外を全て捨てている訳でもない。帝国軍や亡命軍の貴族や士官用のそれには劣るだろうが、平民の兵士のそれに比べればずっと味は良い筈なのだ。

 

 ただし、質とコストの両立のため辺境のプランテーション農園の労働者が中央の大企業にこき使われている事は指摘してはいけない。

 

「気にするな。珈琲の味如きに文句を言っていたらそもそも同盟軍になんか入らんよ。良い珈琲が欲しければ、任務が終わった後に故郷から運んだ豆でお前に淹れてもらうさ」

 

 苦笑しながら私は答える。実際、門閥貴族になってから舌が下手に肥えており、不味いとは言わないがこの安物の珈琲では物足りない。なんとまあ、贅沢な舌になったものだと思う。 

 

「……はい、誠心誠意淹れさせていただきます」

 

しかし、従士は大変光栄そうに丁重に答えた。

 

 ふと横目に見ると、地平線の彼方から僅かに顔を覗かせる恒星クィズイールの光が、未だにブリザードの吹き荒れる大地を僅かに照らす。

 

「これは少し飛ばさんとな」

 

 私は手元の珈琲をもう一口飲んで眠気を追い払うと、雪上車の速度を上げた。

 

我々が鹵獲した戦闘装甲車で出立したのは、9月3日同盟標準時0330時の事であった。

 

 

 








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