帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第五十五話 潜水艦映画に外れは無いらしい

 それは宇宙暦784年8月29日同盟標準時1945時の事であった。輸送潜水艦「ブルーギル」から見て2時の方向距離950の地点に展開していたドルフィン級攻撃型潜水艦「アルバコア」の発令所にて、聞き耳を立てていたソナー探索員が最初にその攻撃に気付いた。

 

「……ソナーに感有り!」

「……どの方向だっ!」

 

 「アルバコア」艦長ウー少佐が慌ててソナー探索員に叫ぶ。だが、その時点で全てが遅かった。

 

「真下ですっ!」

 

 ソナー探索員は目を見開いていた。殆んど悲鳴に近い報告、電子戦を仕掛ける猶予は既に失われていた。海底に潜んでいた自走機雷は、次の瞬間その電子回路内に記録されていない僅かな水中での航行音に反応して水中に真っ直ぐ飛び出し、その自らの役目を果たそうとしていた。

 

「総員、衝撃に備え……」

 

 ウー少佐が最後まで言い切る前に全ては終わった。「アルバコア」の艦底で炸裂した機雷は「アルバコア」を中央部からへし折った。幾ら頑強な複合装甲に電波吸収材や吸音材、磁気阻害用特殊塗料を施したとしても、近距離で爆発する機雷の圧力に耐えるのは彼女には少々荷が重たかった。

 

 船体が軋み、次の瞬間切り裂かれた。大量の冷水が艦内に流れ込み、乗員は何が起こったのか分からないまま飲み込まれた。

 

「あっ……たす……」

 

 救いを求める声は濁流と計器の悲鳴と引き裂かれる船体の轟音の中に掻き消される。

 

 水中で爆発が起きる。あるいはこの時点で衝撃や水圧で潰れ即死出来た水兵は幸運であった。下手に頑強な区画にいた者の中には数秒か、あるいは十数秒延命した水兵もいた。だが、それは自分達が逃れられない死が迫り来る事を認識させられ、絶望する猶予を与えられただけの事であった。

 

 続いて再びの爆発。比較的原型を留めていた艦首部分の魚雷が内部で吹き飛んだ。

 

 そして数十名の人員ら……いやだったものを腹に抱きながら、「アルバコア」は気泡を泡立てつつ暗い暗い深海の底にゆっくりと消えていった……。

 

 

 

 

 

 護衛潜水艦の爆沈の衝撃は輸送潜水艦の船体全体を揺らした。

 

「うわっ……!?」

「な、何だいまの揺れは……!?」

 

 陳情を述べていた避難民達が何事かと慌てるように口を開く。

 

 民間人用の待機室内にて携帯端末片手に陳情に対する返答内容を伝えていた私は、その振動が何を意味するのかを即座に理解した。正確には、士官学校における潜水艦航行シミュレーションにおいて非常に似たような衝撃を受けた記憶があった。

 

「至近での潜水艦の爆発……?」

 

 同時に耳元に装着していた無線機(出来得る限り音源を出さずに乗員に命令を与えるため潜水艦乗員の大半に与えられる)から艦長の連絡が入る。

 

『総員に告ぐ、本艦隊は帝国軍部隊からの襲撃を受けた!これより本艦は第一級戦闘態勢に移行する、艦艇要員は直ちに持ち場に急行せよ!それ以外の人員は民間人の中央区画への誘導及び艦艇要員の補助に回れ!!これは演習ではない、いいかっ!これは実戦だっ!!』

 

その瞬間、私は事態を把握した。

 

「お、おい……今の音は……」

「敵襲のようです。ですが本艦に攻撃が命中した訳ではありませんので御安心下さい」

 

 だが、あの爆発音から恐らく護衛の潜水艦が殺られたのは間違い無い……が、それは敢えて口にしない。態々言って恐慌状態を生み出す必要は無い。

 

「て、敵襲……」

「帝国軍が……?」

 

 動揺する民間人に対して直ちに私は事前に与えられた民間人避難マニュアルに従い意見する。

 

「皆様には中央の貨物区画に移動を御願いします。装甲が厚く、区画が細かく分かれています。緊急用の脱出装置もありますので、本艦内で最も安全な区画です。ここに留まられては音源が反響するので探知される可能性もあります。誘導に従い順番に、焦らず静かに移動を御願い致します」

 

 私は落ち着いた声で、ゆっくりと場の避難民達に伝えた。マニュアルに基づき、不安を与えないように語りかける。慌てて避難されたら怪我人が出るのは当然として、その騒音が敵の音響ソナーに引っ掛かる可能性もあったためだ。

 

 同時に私の指示に従いライトナー兄妹と数名の兵士(事務方の避難していた兵士だ)が民間人の前に立つ。

 

「それではこれより別れて移動しますので、皆さんご同行を御願いします」

 

 少し子供らしいライトナー曹長が安心させるような笑みを浮かべて先導する。民間人である彼ら彼女らは今はそれに従うしかない。私の言により騒ぎ立てるべきではない事はすぐに理解したらしい。

 

「……それではここは頼むぞ?」

「了解しました」

 

 無線機越しに曹長にそう伝え、私は全体の指揮を取ることにする。正確にいえば、マニュアルに基づいて手の空いている艦艇要員以外の兵士、その中で負傷兵を除く約一個小隊を臨時で指揮下に置いて無線で命令をして避難させていく。

 

「避難区画、現在の人数を知らせ」

『300…いえ、321名が区画内に避難完了しております!』

「よし、後2分程すれば40名ほどそちらに行く。対応準備を」

『第9区画、民間人10名確認、誘導します』

「分かった。第5区画から回れ。第6区画は水兵達が走り回っている。艦首捜索班状況知らせ」

『第3区画には民間人はいない模様!』

 

 次々と指示を飛ばすが別に私が慣れている訳ではない。全てマニュアル通りだ。元々全ての民間人を一区画に詰め込むのは、一時的なら兎も角数日間となるとストレス対策や健康のために宜しくない。そのため民間人は重要区画以外の移動は許されていた。そのため戦闘時の避難計画自体はある。それに沿って行動するだけの事だ。

 

問題は……。

 

「この艦が沈まないかだな……」

 

 正直な話、私の一番の関心はそれのみだ。この艦内にて私が戦闘面で寄与出来る事は少ない。宇宙での艦隊戦や地上戦も運の要素は強いが、それでも友軍がいれば後退する事も可能だ。だが、今回の場合支援は期待出来ず、後退も難しい。まして潜水艦の戦闘は待ち伏せが基本となると……。後は艦長始め水兵達の実力に期待するしかない。

 

『若様、第11から14区画まで避難完了しました!』

 

無線越しにベアトが報告する。

 

「よし、そちらの人員はこちらに戻れ。……!総員衝撃に備え!」

 

無線から艦長からの連絡を受け私は無線の繋がる部下と周囲の避難する民間人に叫ぶ。

 

同時に近距離で魚雷か機雷の爆発しただろう爆音、同時に船体自体が激しく揺れる。

 

「きゃっ!?」

「ひぃっ!?」

 

 誘導する部下達は軍人であるから兎も角、民間人は戦場で死ぬ覚悟なぞある訳無い。揺れに恐怖して、その場で悲鳴を上げながらへたり込む者が現れる。

 

「背負ってでも連れていけ!各員損害報告!」

『こちら第3区画、シェイマス上等兵が負傷……!この馬鹿、顔面をぶつけやがって……!』

『第9区画、カーチス兵長です!民間人が皆怖がって立とうとしません!おんぶしようにも人手が足りねぇ』

『こちら第16区画カチンスキー伍長ですっ!み、水が噴き出ています!パイプから水が……!』

 

無線機からは我先にと指示を請う通信が雪崩のように押し寄せる。おいおい、同時に話すな、私は聖徳太子か。

 

「シェイマス上等兵は応急処置を行って医務室に運べ。残りの要員は任務完了次第こちらに戻れ。但し、民間人を置いていくなよ、ちゃんと探してから戻れ。カーチス兵長、こちらから増援を送る。貴官以外の班員は民間人を連れていける者のみ連れていけ。ハン上等兵、3名連れて第9区画に行け!カチンスキー伍長、落ち着け。海水の浸水時緊急マニュアルは熟読した筈だ。水兵をそちらに急行させる。それまで貴官がダメコンをするんだ。案ずるな、すぐに救援が来る。貴官は基本のみをやればいい。正確な浸水具合を報告せよ」

 

 私自身全く落ち着いていないがそれは噯(おくび)にも出さずに淡々とマニュアル通りの命令を下していく。いざという時のためにマニュアルを暗記して正解だった。冷静な振りをするのは慣れていた。士官学校はリーダーシップについて散々指導される。門閥貴族としても、他人に威厳を込めて命令する教育は十分過ぎる程に受けていた。声が震える事も、詰まる事もなく型通りの対処をする。

 

断続的に爆発音と震動が艦を揺らす。

 

「ちぃ、しつこい攻撃だな」

 

落ちかけるベレー帽を支えながら私は呟いた。状況は何とも判断しにくい。

 

「し、少尉……」

「びびるな。奴らはこちらの位置を把握出来ていない」

 

動揺する兵士達に私は端的に説明する。

 

 宇宙暦8世紀の潜水艦は、その実兵装面では然程進化していない。水中では光学兵器は著しく減衰し、電磁砲も摩擦により射線は狂う。装備する兵器としては魚雷と機雷、VLSに各種ミサイル類を備える形だ。星間ミサイルや重金属ミサイルと言った比較的新しいタイプのミサイルを装備し、魚雷や機雷の速力や炸薬、誘導システム等は比較にならない程発展しているものの、それだけだ。

 

 寧ろ進化したのは船体構造や船体の素材、電子機器の分野だ。特に同盟の潜水艦はジャミング等のソフトウェア、帝国の潜水艦は船体素材等のハードウェアの面で秀でる。

 

 結果、起きるのは空しい技術競争だ。帝国の潜水艦はより騒音や熱の出ないスクリューや船体、あるいは音や電波を吸収する特殊素材を開発してステルス潜水艦を生み出す。そして同盟はより高性能なレーダーやソナー、その他の索敵手段を開発して帝国潜水艦を探し、より強力なジャマーや妨害電波によるジャミングや通信システム、デコイを以て隠密性を確保する。

 

 そして、先に正確な場所を捉えられた方が撃沈される訳だ。その点でいえば、この連続した爆発音は敵がこちらのジャミングやダミーの欺瞞により未だ正確な場所を認識出来ていない事を意味し、同時に自分達の居場所を知らしめている訳だ。だが、爆発の音が近いという事は敵が大まかなこちらの位置に目星をつけている事も意味する。こちらが攻撃すれば、同時に居場所を特定される可能性も高い。

 

 つまりこちらの出来る事は息を潜め、ダミーやジャミングを駆使してこちらの位置を偽装する事……つまり既にこちらが移動していると思わせる事だ。可能ならば、囮に引き寄せられた内に後背から一気に撃破出来れば言う事無い。まぁ、この爆発の大きさと数からの予想に過ぎないが。

 

「そろそろ避難民の移動は終わったか……?ライトナー曹長、どうだ、名簿の人数と合っているか?」

 

無線機から避難区画で誘導しているライトナー曹長に連絡を入れる。

 

『お、お待ちくださいっ!えっと……』

『はぁい、今の人数は……あら?』

 

途中から横入りしてきた妹の方が疑問の声を上げる。

 

「?どうした?」

『はぁい。今ここに詰め込んでいる分と向かっている分を数えたのですがぁ、どう数えても一人足りないようでしてぇ』

「ちぃっ……名前は分かるか?」

 

少々不機嫌そうに舌打ちして私は尋ねる。

 

『えっとぅ……あ、ありましたぁ。ミゲ…ちょっ…これ冗談?長すぎですぅ』

「どうした?」

『い、いえぇ、何でもありません。ミゲル・マルチ…なんとかオリビエラですぅ』

「……それ、オリベイラだ」

 

……取り敢えず可哀そうなので名前を訂正してやる。

 

『あ、本当でしたぁ、流石は』

 

面倒なので無線を切る事にする。

 

「さて、そうなると……」

 

 私は携帯端末の情報に目を通す。短い付き合いではあるが、あの態度とここに来る度胸から少なくとも軍人嫌いでも極端に怖がりという訳でもあるまい。避難指示があれば素直に従うだろうし、揺れや爆音で腰が抜けたという訳でもないだろう。つまり物理的に動けない、といった辺りか?

 

 携帯端末で避難の確認出来た区画、避難人数、部下の動きや連絡頻度・内容に改めて目を通す。幾ら人間工学に基づいて分かり易く示されたデータであろうと液晶画面を見るのは人間、しかも新品少尉だ。どこか見過ごしている可能性が高い。

 

「……あった」

 

第7区画のグリーソン二等兵がもう10分以上連絡をよこして来ていない。

 

「ほかの民間人の避難は済んでいるな?」

「は、後1,2分程で完了します!」

 

避難民の移動を終わらせた宇宙艦艇整備要員だったカーチス兵長が敬礼して答える。

 

「よし、ここは頼む。ゴトフリート少尉が来たら避難民の保護を引き継ぎ任務に集中するように伝えろ。お前と…そこのお前と、お前、私と共に第7区画に行くぞ。……最悪負傷者がいるか、大規模な浸水があるかも知れん。覚悟しろ」

 

 工兵としてギリギリ使える整備兵2名と、初級だが衛生兵資格のある兵士1名を選んで第7区画に向かう。本当なら命令だけして行きたくないが、少なくとも下級指揮官の内は自身が危険な場面で率先して出向かないと兵士が動かない。唯でさえぺーぺーの新品少尉だし、彼らも大半が若い新兵だ。現場責任者として最終確認しなければならない意味もある。艦長が全乗員の退避が終わらないと退艦出来ない事と同じ理屈だ。

 

……もう嫌だ。お家帰りたい。

 

 無論、そんな本音は言えないので黙々船内の通路と階段を突き進む。時たま船体を震動が襲うがもう慣れてきた。ちょっと危ない傾向な気がする。

 

 区画によっては壁にかけられた救難用具や消火器、工具、艦内無線機が散乱したり、照明が割れていたり床が水まみれになっていたりするが気にせずに進む。気にしている時間は無い。寧ろ気にしていたら危険だ。とっととやる事をやった方が良い。

 

「300メートルの船体は……案外でかいな!」

 

 宇宙軍の駆逐艦が約200メートル、巡航艦が370メートルである。その中間のサイズであり、宇宙軍艦艇ならば小型艦艇扱い、しかも船体面積の多くが輸送用に宛がわれているのだがそれでも人間に比べれば巨大だ。西暦時代の正規空母に匹敵するサイズだと考えるとスケール感覚が麻痺しそうだ。

 

「ここからが第7区画です!」

 

 着任から1か月しか経っていないベーレンス二等兵(航空機整備要員)が厚い扉を開いて叫ぶ。

 

 そこは完全に水浸しだった。足首まで水が上がっていた。多くの船内用具が乱雑に浮かぶ。

 

「っ……!」

 

一瞬気後れする兵士達。

 

「怯えるなっ!これは第8区画から流れて来た海水だっ!水兵から既に処置は完了していると連絡を受けている、進むぞ!」

 

 仕方ないので自分が真っ先に区画内に入る。こうなると兵士達も流石に後についていくしかない。故意に上官をおいて逃げるなぞ下手すれば軍法会議物だ。

 

「ちぃ……どこだ?………!?」

 

 幾らか通路を曲がり捜索していると、足元の海水が赤く濁っている事に気付いた。それを追うように曲がり角を右折すると、そこで見知った人影を見つける。

 

「助教授、御怪我は!?」

 

 膝を折って壁に寄り添うオリベイラ助教授と、頭から血を流して唸り声を上げるグリーソン二等兵をそこで見つける。

 

「し、少尉か!わ、私は腕に怪我しただけだ…!それより彼が……頭に怪我をしている!!」

 

 どうやら避難中に機雷か魚雷の爆発の圧力で船体の補強用のボルトか部品が弾けたようだ。オリベイラ助教授は腕をかすっただけだが、グリーソン二等兵は運悪く頭に食らったようだ。無線機ごと耳をやられたらしい。道理で連絡出来ない訳だ。

 

「少し不味いな。マルコーニ伍長、応急処置をするぞ!」

 

 私は衛生技能を有する伍長と共に、二人の負傷者の応急処置を始める。マルコーニ伍長が助教授を、私が重傷のグリーソン二等兵の治療を行う。助教授は素人なりに上手く止血処置をしていたようだ。おかげで見た目ほどに酷くはない。耳は少し千切れているので軍病院で整形するしかないが……宇宙暦8世紀の人工皮膚を使えば、まぁ違和感が無い程度には治せるだろう。

 

「助教授、治療してくれたのは嬉しいが、せめて応援を呼びに来てくれ!こっちは民間人の安全が最優先なんだから!壁に艦内電話くらいあるでしょう!?」

「無理だよっ!繋がらなかった!」

 

 ちらりと見れば配線で壁と繋がっている艦内電話がぶらぶらと震動で揺れていた。衝撃で内部の電線が切れたのだろうか?

 

 舌打ちして、通路内の壁に備え付けられた医療器具セットから各種器具を抜き取る。止血と消毒、冷却スプレーで傷口を凍結させ、包帯を慎重に巻く。恐らく体内に異物があったり頭蓋骨が砕けている訳ではないだろうが、油断出来ない。応急処置を終えると、キム上等兵と共にグリーソン二等兵の肩を持って全員に避難を命じる。

 

「よし、全員いるな!?走るぞ!」

 

 床に水飛沫を引き起こしながら私達は安全な区画に向け走る。時たま震動が響くが気にせず進む。足を止める余裕は無い。

 

「見えた……!」

 

 角を曲がれば20メートル程先に区画間の連結部が見えた。そこを潜り抜ければ多少安全だ。

 

まぁ、世の中そう簡単にいかないようだけどね?

  

 次の瞬間、至近で爆発した魚雷により艦内にこれまでにない震動が襲い掛かる。

 

「うおっ……!?」

 

 この震動の前に流石に私も含め全員が足を止めて周囲の壁で体を支える。天井の電灯がちかちかと点滅する。物によっては火花が飛び出す。

 

「かなり近い…なっ……」

 

 次の瞬間船体の引き裂かれるような鈍い音が響く。

 

 同時に嫌な予感と共に私は後ろを振り向いた。そして……濁流が通路の向こう側から押し寄せるのが視界に写りこんだ。

 

「……はは、ワロス」

 

同時に私は周囲に立ち上がるように叫んだ。

 

 視線の先を見れば区画を隔離する自動扉が降り始めていた。バーミリオン会戦の描写を見れば分かるが、艦全体のために生存者がいても区画を隔離する、同盟軍のダメコンシステムの溢れんばかりのマキャベリズムには涙が出そうだよ。

 

「ヤバいヤバい……!!」

 

私達は慌てて駆ける。だが……。

 

「畜生っ!開け!この野郎っ!!」

 

 先頭を走っていたベーレンス二等兵が悲鳴を上げながら閉まり切った厚い自動扉を蹴る。無論、そんな事をしても扉は開かない。

 

「ベーレンス二等兵!左の扉だ!早く開けろ!」

 

 私は二等兵に手動式の左角の扉を開けるように命じる。それに気づいた二等兵が必死の形相で固いハンドルを回す。途中からマルコーニ伍長も参戦する事でどうにか厚い耐圧扉が開いた。

 

 ベーレンス二等兵を先頭に次々と逃げるように扉へと入り込む。最後にグリーソン二等兵を支える私とキム上等兵が扉を潜ると同時に濁流が室内に押し寄せた。

 

「閉めろ閉めろ閉めろ!!!」

 

 叫びながら兵士達は濁流を力づくで押さえつけながら扉を閉めようとする。すかさず私とオリベイラ助教授も扉を抑えるように押す。隙間から水が勢いよく噴き出る。体全体に冷え込むような海水を被るが誰もそんな事は気に留めない。気に留める余裕なぞ無い。怒涛のごとく押し寄せる海水の圧力をどうにか押さえつけ扉を閉めると全員でハンドルを急いで回す。

 

辛うじて扉が完全に閉まった所で息を上がらせながらずぶ濡れの互いの姿を見合う。

 

「はぁはぁ……終わったのか?」

「……目先の安全はな」

 

安全を確認して皆がへたり込んだ。一応今すぐ溺死する事は無くなった。尤も、今すぐは、であるが。

 

「………」

 

 私はずぶ濡れのベレー帽を雑巾のように絞り、海水を床にぶちまける。駄目だなこれは。洗濯しなければ豊潤な磯の香りを放ってしまうだろう。いや、それは軍服も同様だが。冷水を被ったままだと風邪を引いてしまう。

 

「はぁはぁ……少尉、それに皆さん、ありがとう。救助が来なかったら溺死していた」

 

海水まみれの助教授が白い息を吐きながら謝意を伝える。

 

「いえ、こちらも仕事ですので……それにグリーソン二等兵の無事を確認出来なければ、どの道こちらに来てましたから。寧ろ応急処置をしてもらったおかげで早くあの場を離れる事が出来ました。グリーソン二等兵の様子はどうだ!?」

 

扉を閉めるため乱暴に置いてしまった。傷口が開いてないといいんだが。

 

「……恐らく大丈夫かと」

 

同じく海水漬けのマルコーニ伍長がしばし様子を見て答える。

 

「そうか……。攻撃が止んだ、か?」

 

気付いた時には水中爆発の音は聞こえなくなっていた。敵が遠のいたか、撃破したか……。

 

 気怠げに通路の方を見据えると、酸素マスクと耐圧対策を施した強化服を着た水兵の分隊が走ってくるのが見えた。所謂ダメコン要員だろう。いや遅ぇよ……と文句は言えないな。艦内中多分穴が開きまくっていたのだろう。マスクから見える表情には若干疲労が見えた。

 

私は立ち上がると背筋を伸ばして敬礼する。

 

「避難民誘導臨時小隊隊長を務めておりましたティルピッツ少尉であります。緊急事態に基づき独断で区画を封鎖致しました」

 

後方の兵士達も負傷者を除き敬礼する。

 

若干困惑する水兵達であるが、先頭にいた分隊長が返すように敬礼する。

 

「第3整備分隊長ドレフェス軍曹であります。少尉殿、的確な判断であります!」

「ああ……ありがとう。攻撃は止んだのか?」

「ええ、そのようです」

 

その答えに私は安堵の息を漏らす。一応危機は回避した、という訳か。艦長達の腕には感謝しなければなるまい。

 

「ですが……」

 

そこで軍曹は歯切れの悪そうな表情を浮かべる。

 

「少々面倒な事になったようでして……」

 

 

 

 

輸送潜水艦「ブルーギル」の発令所では沈黙が支配していた。

 

正直、彼らはかなり善戦したと言ってよい。

 

宇宙暦8世紀の潜水艦同士の戦闘は待ち伏せと奇襲である。多くの場合、後手に回った側が圧倒的に不利である。

 

 帝国軍のUボート部隊は計4隻、予め航路に仕掛けられていた指向機雷での奇襲からの畳みかけるような魚雷攻撃に対して、我らはジャマーやデコイによるジャミングでその第一撃を回避し、海底火山の熱を利用して第二撃を潜り抜けた。そこに攻撃経路から敵艦の位置を逆算した反撃により、1隻のUボートを撃沈または大破に至らしめた。

 

 だが、それまでであった。海底ぎりぎりを航行する我らに対して、帝国軍は潜伏想定範囲に大量の爆雷をばら撒いて炙り出そうとした。幾度かデコイを使い脱出を偽装したが、寸前で見抜かれた。艦長の絶妙な指揮により雨あられのように降り注ぐ爆雷を回避出来たが、それは奇跡に等しい。

 

追い詰められた所で、護衛のドルフィン級攻撃型潜水艦「グロウラー」艦長ギルモア少佐が決断を下した。

 

「本艦は護衛としての使命を全うする!」

 

「グロウラー」は急速に浮上しつつ、常識外の行動に動揺したUボートを1隻近距離から魚雷を2発叩き込み沈めると、目的地から反対方向に向け全速力で逃亡を開始した。

残存する帝国潜水艦はこれを追う。それに対して後先考えないかのように「グロウラー」はデコイをばら撒きまくり、その攻撃を回避する。

 

結果、囮の「グロウラー」が帝国軍を引き付ける間に「ブルーギル」は辛うじて安全圏に退避が出来た。ソナー探査要員がドルフィン級攻撃型潜水艦と思われる爆沈音を聴知したのはそのすぐ後の事であった。

 

味方を犠牲にした脱出に思う所はあったが、軍人である以上覚悟はしている。それだけなら動揺はあってもここまで暗くなる事は無い。寧ろ彼らの犠牲に報いるために士気が高まっても良かった。

 

問題は……。

 

「……無線通信機に…空気の浄化装置が逝ったか」

 

流氷に張り付く形で固定された「ブルーギル」の艦長椅子に座りカミンスキー中佐は深刻な表情で被害報告を受けていた。船体の至る所から浸水していた。それどころか無線通信機や長距離航海に必須な空気浄化装置までも……。

 

「こんな惑星でなければやり様はあったが……」

 

これがカプチェランカでなければ水上航行しながら酸素を取り入れても良かったが、氷に包まれたカプチェランカの海では難しい。そうでなくとも船体中が痛んでいる。何度も氷を突き破る事も、高深度に潜るのも危険だ。全力で整備部隊に修理をさせているが、浸水により予備部品の多くも海水漬けとなると余り期待出来ない。

 

「せめて基地でもう少しメンテを受けられていればな」

 

終わった事を言っても仕方ない。

 

「ここの座標から最寄りの基地はどこだ?」

 

艦長は航海士に尋ねる。

 

「内陸のB-Ⅲ基地ならば内陸部ですが900キロと至近です。あるいは第38通信基地ならば450キロの位置です」

「至近、ね」

 

到底近場とは言えないし、しかも数日前に収拾した情報によれば戦線を抜けた帝国軍の連隊規模の部隊が展開していると見られている。

 

だが、当然ながら助けを呼ばないとこのままでは最悪ここで餓死するか凍死しかねない。

 

「伝令を出すしかありますまい。何としても友軍と連絡を取らなければ……」

「水兵をか?海兵隊員ならば基地司令官に連れていかれた。この艦に陸戦要員なぞいな……」

 

そこまで言って艦長は口ごもる。

 

「……やれると思うか?彼らは新兵同然だぞ?」

 

暫くの沈黙、そして絞り出すように尋ねる。

 

「……正直、危険が大きすぎるとは思います。ですが送り出すならば最善の選抜でもあります」

「失敗すれば我々の首が飛ぶな」

 

下手をすれば物理的に。

 

「……どの道助けがこなければ全員死にます。ならば最善の選択を取るべきでしょう。まして民間人の見殺しは許されません」

 

航海士は覚悟を決めた表情で意見する。

 

「……少し考えさせてくれ」

 

艦長が司令部伝令班を呼ぶように命じたのは、その5分後の事であった。

 

 

 




実際に潜水艦の螺子が飛ぶ事は無いとも聞いた事がありますがここでは気にしない

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