帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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第六十一話 偉い人の御願いはある種のパワハラとも言えると思うんだ

「そうだ、酸素生成施設から星間通信施設に抜ける空間に対戦車地雷を設置してくれ。植物園と海洋開発施設の入り口にはブービートラップを仕掛けろ。そこから南にある施設から地下に入れる出入口は可能な限り塞げ。そこから地下に次々潜入されるのは困る」

 

 極寒の吹雪が荒れ狂う深夜、私は携帯端末と無線機を手に取りながら眠気を押し殺して指示を出す。

 

 寝袋の中で惰眠を貪っていた私は深刻な表情をした従士達に起こされた。そして伝えられた内容は最悪に近いものであった。

 

 迫りくる帝国軍に対して私達の取れる選択肢は大きく分けて降伏・撤退・迎撃の三択だ。

 

 議論するまでもなく降伏は論外である。賊軍に命乞いするなんて有り得ないからね、仕方ないね。

 

 そうなると撤退と迎撃の二択に絞られる。前者は何もない雪原を走り抜ける事になり捕捉され撃滅される事は確実だ。そうでなくても恐らく包囲網を敷きつつある帝国軍の索敵から逃れるのは困難だ。

 

 では迎撃するのか?こちらも撤退と同様の困難が待ち受ける。帝国地上軍の機械化歩兵連隊の定数は機械化歩兵三個大隊に連隊司令部直属の迫撃砲中隊、工兵中隊、後方支援中隊、偵察小隊、衛生隊、通信隊等から成る。兵員に換算すれば2000名前後となる。軽歩兵連隊に比べて一回り小さいが戦闘装甲車を多数装備するためその実質的な戦闘能力は遥かに上回るだろう。因みに装甲擲弾兵団は密室空間での戦闘が多いため一個連隊1500名前後、狙撃猟兵団の場合は小隊や分隊単位での作戦行動が多いため一個連隊1200名前後で編成される。

 

 戦闘部隊の主力としては三個大隊の機械化歩兵大隊のみではあるが、それでも1500名前後の戦闘要員を抱える。近隣の同盟軍部隊との戦闘で多少の損失があろうとも1000名を超える事は確実であろう。

 

 こちらの戦力は当然ながら私を含め四名の兵員、鹵獲した一両の戦闘装甲車、雑多な歩兵携帯装備である。まず勝ち目はあるまい。

 

「そうなると可能な限り敵を誘引した上で地下を通って逃げるが最善な訳だな」

 

 こちらにとっての幸運は幾つかある。一つは帝国兵が装甲擲弾兵や狙撃猟兵のような精鋭でない点だ。そして二つ目は、この廃棄されたプラント群に立て籠もる事が出来る事から来る地の利だ。特に後者の利点は我々の生存の上で必要不可欠だ。

 

 巨大で入り組み、しかも雪に大半が埋まった開発プラントの廃墟……砲爆撃の効果は減少し、かつ侵攻方向を限定させる事が出来るため戦力を分散・連携を防止し待ち伏せやトラップの設置が容易だ。

 

 だが何よりも重要なのは広大で入り組んだ雪に埋まったプラントの低階層部に潜ってしまえば簡単には発見されない事だ。衛星軌道からバンカーバスターや艦砲射撃を食らえば流石に頑丈な開発プラントも怪しいが小部隊の掃討のためにそこまで大袈裟な攻撃をする可能性は低いし、火力が高すぎるため下手すれば味方も巻き添えなる。せいぜいが電磁砲による近接支援砲撃であろう。

 

 さて、我々の生存のための作戦はこうだ。まず準備段階としてプラントの地上部に繋がる出入口を破壊ないし隠匿して可能な限り侵攻通路を限定する。その上で侵攻通路には各種のトラップの設置と待ち伏せによる一撃離脱攻撃を仕掛けその戦力を削り、注意を逸らす。

 

 当然ながら与えられる損失はたかが知れている。重要なのはプラント中心部と地下に注意を向けさせる事だ。入り組んだ上に元々同盟勢力圏内……そもそも帝国勢力圏内でも調査しているとも思えないが……ためにその構造もろくに分からぬプラント低階層部の制圧に帝国軍は相応の人員と時間を要するだろう。

 

 そうして戦力が中心部・地下に集中した所で少数の我々はプラント外縁部の出入り口から地上に脱出して森林地帯に逃亡する。待ち伏せの可能性があるので一応複数の出入り口を隠蔽し、地上部にセンサーを設置しておく。

 

 ……というのは主に従士の皆さんが議論して決定した事だ。私?ああ、最後の採決以外蚊帳の外だったよ?

 

 最後の最後に計画を説明されて「どうでしょうか?」って言われても……いや、取れる作戦なんて殆ど無いから許可する以外ないけどさぁ!

 

「まぁ、ある意味では運が良いと言えるがね」

 

 この作戦を取れる理由の一つはこの開発プラント廃墟の構造がある程度分かっているからだ。幸運にもどこぞの助教授様が同盟地上軍の一個分隊の護衛と共に学術調査のために内部を調査していた。流石に全体像まで把握出来ている訳ではないが一から調べるよりも遥かにマシだ。基地まで向かう航路にあるため内部データが携帯端末にあって良かった。最悪地下に潜って遭難する可能性もあり得たのだから。

 

「……吹雪が弱まってきたな」

 

 装甲戦闘車の停まる倉庫の外を見れば一時は数メートル先の視界も怪しくなるブリザードが今では粉雪のようにしんしんと静かに降り注いでいた。僅かに蒼みがかる夜空には所謂天の川の星々が天空にばら撒かれた宝石のように光り輝く。このカプチェランカに来てから雪雲に閉ざされていない夜空を目にするのは初めての事であった。本来ならばその美しさに心奪われるであろうが、今この時に限れば上空から索敵されやすくなるだけでしかない。

 

「………御客さんだな」

 

 僅かに天空を動く人工の光を視認し、私は身を隠しながら双眼鏡でそれを見る。光学レンズが拡大したそれは帝国地上軍の小型無人偵察機であった。斥候が通信連絡もしてこないために差し向けてきたのだろうか?

 

「各員、上空に注意。偵察機が展開している。気取られるな」

 

 こちらの動きや戦力を態態伝えてやる義理はない。三人共私より遥かに優秀だから既に気付いているかも知れないが念のため無線機で伝えておく。軍事の世界でも報連相は大事だ。

 

 防衛……というより嫌がらせのための下準備を部下にやらせる間に私がやるのは作業の監督と通信である。正確には各周波数帯の通信を戦闘装甲車の車載無線機や持参した携帯無線機、通信基地から拝借して簡単な修理をした電波受信機等から敵味方の通信の傍受、あるいは救援要請を出す作業に取りかかっていた。

 

「糞……私は理系じゃないぞ?」

 

 幼年学校や士官学校でも簡単な無線機の操作から修理、有り合わせの部品からの製作まで学んだがあくまで補助的なものだ。士官である以上参謀教育やリーダーシップの指導が最優先であり、ほかの分野は所詮専門家の話を理解出来る最小限の知識しかない(尤も全ての分野の基礎知識なのでそれだけでも相当な事であるが)。

 

尤も、この場ではどの道同じ事であるが。

 

「あー、予想はしていたが殆どノイズだな、精が出る事だ」

 

 宇宙暦8世紀の通信妨害技術は一つの完成を見ている。宇宙では光通信やシャトルによる伝令、地上では有線通信から伝令、伝書鳩から伝令犬まで使われるのだから当然だ。寧ろこれでもまだマシな方だ。時々途切れ途切れではあるが同盟公用語や帝国公用語が聞こえてくる。単語ばかりで殆んど意味は分からないが。

 

 せめて師団……いや旅団規模の通信設備があれば高度に暗号化し、圧縮した通信文を高出力でかつ欺瞞文章も混ぜて基地に送信出来るのだが……。小部隊でも運用出来る携帯無線機の性能ではたかが知れているな。

 

「こちら自由惑星同盟軍ヴォルター・フォン・ティルピッツ少尉、この無線通信が聞こえていれば返信を願いたい。我々はカルパチア号を探している。所在地は移動していなければファイルの16-9-2の範囲を捜索してくれ……正確な位置は通信傍受の可能性があるので勘弁してもらいたい」

 

 私は誰か味方が通信を傍受している事を祈りながら伝令としての任務を遂行する。会話内容は盗聴を考慮しての暗号だ。カルパチア号は民間人の救助要請を意味し、数字の羅列は同盟地上軍の地形照合システムで区分されたカプチェランカの地形情報から見た大まかな潜水艦遭難位置だ。16ページの9番2号のエリア内、となる。当然それだけでは範囲が広いので部隊をばら蒔いて捜索しないといけないが無闇やたらに探すよりは遥かにマシである。

 

「余り余裕はない。可能な限り迅速に要望に答えて欲しい」

 

そこまで言って暫く黙りこみ……私は言葉を続ける。

 

「そして……可能であればこちらに対しても頼みたい。位置座標はこの通信の受信方向とタイムラグから逆算してくれ。我々は危機にあり、死ぬ気はないがかなり厳しい状況だ。可能な限りの悪足掻きはするからその間に暇な奴らはご来訪願いたい。以上だ」

 

 そこまで無線機越えしに聴いているかも分からない味方に語りかける。15分ごとに一回語りかける。返答は来ないがね。

 

「………これは…真面目に駄目かも知れんな」

 

 ここまで散々内心で作戦について反芻し、整理してきたが改めて考えると正気とは思えない。四人で二千人から逃げる?頭が沸いているとしか思えんよ。逃げたとしてどうする?戦闘装甲車は持っていけないので我々には足となるものもなくなる。ブリザードの中数百キロ進むのか?凍死するのが関の山だ。

 

「くそぉ……どうしてこうなったんだよ。どこで間違えた?」

 

 最初の警備部隊が去るのを待つべきだったか?いや、それでは時間がないし、雪原で哨戒に発見されていたかも知れない。

 

 ここに留まったのが間違いか?いや、ブリザードが降りやめばどの道発見されていた。数日寿命が伸びるだけに過ぎない。

 

 そもそも私が伝令として出たのが間違いか?語るに値しない想定だ。あのままでは餓死か凍死、あるいは私刑にあっていただろう。ほかの軍人は陸戦経験が皆無で行っても戦死するか捕虜になるだけだ。  

 

 笑えねぇ、どの道終わりじゃねぇか。ふざけんじゃねぇぞ……!?

 

そうなると一つの選択が脳裏によぎってくる。

 

「降伏……か」

 

 ここに来て一瞬安直に自身の生命を優先したいという自己中心的な欲求が禁断の選択を選ぶように誘惑する。

 

 同盟軍人の場合、帝国軍の捕虜になると自然環境の劣悪な流刑地、あるいは開拓地での自給自足生活を強制される。そこで食料を自給するほか衣類や医薬品、その他の生活必需品は惑星の鉱山採掘や森林伐採による木材による物々交換で手に入れる事になるらしい。当然帝国軍は犯罪を取り締まるなんてしないので惑星によっては事実上の無法地帯に陥っている星まであると言う。

 

 私が亡命貴族であると言えば亡命したとしても同じ門閥貴族という事もあり、礼節を持った待遇で接される事になるだろう。奴隷共と亡命した貴族では命の価値が違う。聞くところによれば窓に鉄格子の嵌められた山荘で腕の良いシェフが毎日食事を三回提供する。使用人が付けられアルコールも嗜好品も要望すれば用意されるらしい(これでも貴族の権利を大幅に制限している事になるそうだ)。尋問こそあるが拷問はなく、逆亡命を勧められる事も多い。正直私個人の生命の安全を考慮すれば素直に降伏するのが一番だ。

 

「それ以外は最悪だけどな」

 

しかし、すぐにその選択を否定する。

 

 身内意識の強い亡命者コミュニティにおいて裏切りは禁じ手だ。降伏すればその親・兄弟・姉妹・配偶者とその家族、子供、それどころか友人や同僚、上官、部下まで村八分にされる。帝国のように連座制は無いが代わりに公的組織の代わりに社会が迫害しにかかる。過去を遡れば逆亡命の結果配偶者が家族から縁を切られたり、兄弟姉妹や子供が離婚する事になったり、結婚を断られたり、あるいは職場から離職を勧められる事、責任追及を受けた上官が自殺するなんて事もあった。帝国軍や亡命軍、帝国系同盟軍人が降伏を選ぶより玉砕するまで徹底抗戦を選ぶ傾向の強い理由の一つだ。無論、様々な理由から今では昔程厳しくはないが………。

 

 それでも帰りにくくなるのは事実だ。まして門閥貴族は臣民の規範であるのだから平民なぞなら兎も角、私が降伏なんて許されない。間違いなく従士達に火の粉が飛ぶ。従士家に責任を全て押し付けられる。捕虜交換で帰還しても三人とも勘当か最前線行きか自裁させられそうだ。私も五体満足でも愉快な未来は無かろう。それでも一族郎党が肩身の狭い思いをするかも知れない。なんせ本家筋の嫡男だ。

 

まぁ……降伏出来る訳無いよね?

 

「……はぁ、結局、喚いても嘆いても選択肢なんか無い訳だな」

 

 深い溜息の後に雪原用迷彩の為された自由惑星同盟地上軍の主力軽歩兵用戦闘ヘルメットM770を脱いで髪を乱雑に掻く。どうせ悩んでも事態は好転しないのだ。いっそ獅子帝様なり疾風様が赴任していないだけ幸運である、と前向きに考えよう。

 

「……覚悟を決めるか」

 

 死ぬ気は無いし、共に来ている部下も死なせたくはない。正直泣きたいが現実逃避は止めてやれる事をやろう……そう内心の葛藤を整理して私はブラスターの整備と通信士としての役割を続ける。あるいはそれこそある種の逃げであるのかも知れないが………。

 

 

 

 

 

 

 押し寄せてくるであろう帝国軍に対する即席の歓待準備を終え、四人全員が再び一同に会したのは9月4日同盟標準時1130時の事だ。尤もカプチェランカの一日がハイネセン、ましてやかつての地球と同じ二十四時間な訳がないので夜明けまでまだ何時間か余裕があった。

 

「作業御苦労。冷えただろう?大したものではないがそこに紅茶を用意しておいた。固いビスケット位しか菓子は用意出来ないが休むといい」

 

 雪を払って倉庫に戻ってきた三人に(貴族基準で)労うように声をかけ、湯気の立つ紅茶の注がれた紙コップを指し示す。

 

「わ、若様っ!御、御自身で注がれたのですか……!?」

「そりゃあ、他に人手も無いからな。曹長、流石にこの程度なら温室育ちの私でも出来るさ」

 

というか出来なければ人間失格だし。

 

「お、恐れ多い事です。態々私達のために雑事を為されるのは……」

 

恐縮するようにライトナー曹長が口を開く。

 

「気にするな。私は一人ここでぬくぬくとしていたからな。役割を果たした部下への労いは上官の義務という奴だ」

 

 寧ろ労おうにも物がない。インスタントに砂糖をたっぷり淹れた紅茶にレーションの高カロリービスケットくらいしか用意出来ない。特に紅茶は元より情緒も糞も無いし、必要以上の砂糖は風味と味を殺す。だがこの寒さでは味わいよりもカロリーの方が重要なので諦めた。客人や家臣を豪奢に出迎えたり労うのが門閥貴族の義務である事を考えれば完全に失格だった。

 

「ではぁ、僭越ながら頂かせてもらいますぅ」

 

 物怖じせずに真っ先にコップの中の液体を口の中に注いだのは瞼を半分閉じた軍曹だった。兄が少々非難がましい視線を向けるが一向に気にしていないようだ。

 

「ふぅ……御馳走様ですぅ……」

「軍曹……」

「はぁぁ……冷めないうちにぃ、飲んだ方がいいですぅ。礼ならぁ、仕事の成果で示した方が良いですよぅ?」

 

 兄の叱責が飛ぶ前に欠伸をしながら持論で言い訳をしてのける軍曹であった。にこにことご機嫌な表情で答えられるとある意味清々しい。まぁ建前は兎も角、実際私も然程気にはしていない。

 

「……分不相応な御厚意、見に余る光栄です」

 

 一方、兄の方は妹を反面教師にするように恭しく礼を述べてから味わうように紙コップに注がれた即席の紅茶を飲む。

 

「それで、首尾はどうだ?」

 

 少しずつ紅茶を口に含む小金色の髪を持つ従士に尋ねる。

 

「侵攻経路はある程度想定出来ますのでトラップの設置自体は問題ありません。問題はやはり手数です。幾ら罠を仕掛けようとも所詮罠は罠です。工兵や特技兵ならば解除自体は難しくはありません。どこまで効果があるかは未知数です」

 

 そのため防衛戦におけるトラップは所詮時間稼ぎに過ぎない。せめてトラップを有効活用するには防衛側もそれを悟られないように攻撃をして注意を逸らす必要もある。そしてそのための兵力は存在しない。

 

「元より承知の上だ。損害を与えるのは二の次だ。可能な限り敵を誘引出来ればこの際良しとしよう。そもそも我々の任務は戦闘ではないからな」

 

私は腕を組み、その報告に少々神妙な表情で答える。

 

 狙撃で士官と最先任下士官、特技兵を優先して負傷ないし射殺して指揮の混乱を誘う。兵員の大半は練度の劣る召集兵だ。専門教育を受けた下級士官を失えば組織的な行動は出来ない。帝国軍兵士は命令が無ければ独自に動けない者が多いためだ。

 

 平民主体の帝国軍兵士にとっては士族階級・貴族階級たる上官からの命令に服従する事が最重要であり、独自に判断し戦う教育は殆ど受けていないのだ。命令こそあれば同盟軍兵士よりも粘り強く戦い続けるがその分意思決定権限のある者がいなくなると非常に柔軟性を欠けた緩慢な軍隊に成り下がる。帝国の地上部隊で末端の兵士単位でも独自に思考して戦えるは装甲擲弾兵や狙撃猟兵等の精鋭のみだ。この特徴が帝国軍の長所であり、短所でもあった。

 

「……その点単独行動でも優秀な猟兵がいるのは我々の強みであり、心強い限りだ。期待しているぞ?」

 

 半分機嫌取りの目論見で双子の下士官に期待の声をかける。二人共この任務中結構苦労させた。十中八九有り得ないとは思うが土壇場での離反防ぐ必要があった。無論、士気高揚の目的もある。

 

「は、はい!お任せ下さい!フォン・ライトナー曹長、必ずや若様の御期待にお応え致します!」

「ふぁぁ……はいぃ、フォン・ライトナー軍曹、お兄様同様ぅ、一命を賭してでも任務をぉ、遂行致しますぅ」

 

 はきはきとした良く通る声で答える兄とは対照的に軍曹の方は再び噛み殺すような欠伸を上げながら答える。当然ながら欠伸をしながら宣誓はどこか締まらない。

 

「軍曹……」

「いえぇ……うー、すみません……」

 

 重そうな瞼を半開きにしてうとうとする妹に不愉快そうな視線を向ける兄。何か言い訳しようとする妹の方は、しかし寝惚けており、はっきりとした声が出ないようだ。

 

「気にするな、徹夜で準備していたから疲れているんだろう。まだ時間がある、二人共休め。その間私が監視任務についておく」

 

 寒い外から暖かい室内、そこで甘い紅茶を飲めば睡魔に襲われるのが容易なのは自明の理であった。これは責める事は出来ない。

 

「ですが……」

「お前達が疲労していたら本番が厳しい。私の陸戦技能がこの中で一番下なのは知っているだろう?それでいいだろう、ベアト?」

 

 順序立てて理由を説明してからベアトに尋ねる。彼女なら理論的に説明すれば納得してくれる事は良く理解していた。

 

「……誠に遺憾ながら今後を考えますと曹長達の睡眠は若様の任務達成のために必要と考えます」

 

 淡々と義務的な表情をして答える。極力感情を排しようとしているらしい。

 

「そう言う訳だ。次いつ寝られるか分からん。今の内に休む事だ」

 

そのために珈琲では無く紅茶を淹れたのだ。

 

「……はぃぃ、御厚意に甘えてぇ、失礼ながら就寝させてぇ、頂きますぅ」

 

 そろそろ辛いのか、軍曹は若干早口で答えると敬礼していそいそと天幕に突っ込んだ。

 

 心配するような、非難するような表情を天幕に消える妹の背中に向ける兄にも私は声をかける。

 

「曹長も我慢するな。ここで無理して後で居眠りされても困る。休める時に休む事だ」

「………それでは大変勝手ながら休息を取らせて頂きます」

 

 数秒間、葛藤するような表情をしたもののすぐに惚れ惚れする敬礼をすると妹を追うように天幕へと向かう。

 

「……ベアトはどうだ?」

「私は二人よりは体力を残しておりますので」

「……そうか」

 

 それでも睡眠は十分ではないだろうが、恐らく護衛のためにそう答える従士。

 

「………」

 

 暫し、互いに無線機や携帯端末を手に作業に集中する形で無言の時間が過ぎていく。

 

「……謝罪しなければなりません」

 

 沈痛な面持ちで従士が口にした言葉は妙に室内に響いた。

 

「うん?」

「やはり若様には残って頂くべきでした。このような詰まらない、ましてや危険な状況に身を置かせてしまい……いえ、違います。我々の考えの至らないばかりに若様を危機に晒しました。申し訳御座いません」

 

同行するのは兎も角補足された事は自分達の落ち度に起因する考え、思い詰めたように話す従士。

 

「おいおい、藪から棒になんだよ。別に謝罪なんかいらんよ。私が振り返る限りお前さん達に落ち度は見当たらないぞ?寧ろ敵の分析を褒めるべきだ」

 

 実際明らかなミスは私が振り返る限り思い当たらない。それどころか期待以上の実力である事を幸運に思っていた。これで捕捉されたのなら諦めて相手に賛辞を贈った方が良い。

 

 まぁ、下手にミスを認めると思い詰めて何するか分からんし。過去二度のミス(というか私が悪いのだが)で家族からも相当言われている筈だ。まして今回は彼女にとって絶対にミスは許されない状況だ。私が捕虜になっても戦死しても家に帰れない。それどころか家族もどうなるか分からない。元凶の私が言うのもあれだが、態々虐めるべきでもない。

 

「ですが……」

「平民相手に死ぬ気はさらさら無いさ。何が何でも味方に合流してやる。こんな極寒の惑星で死んでやるか。最後は暖炉のある温かいベッドで老衰する気だからな」

 

 半ば冗談で、しかし半分本気で私は語る。まず原作の終わりどころか一巻二巻辺りでも死にそう(そもそも外伝前に戦死すら有り得るが)ではあるが、身内と自身の福祉のためにも死んでやるつもりはない。

 

「だから気にするな。伯爵家の嫡男たる者、この程度の逆境で死んだら御先祖様に申し訳が立たん」

 

 初代当主は爵位を得てからも五十回に及ぶ戦闘を経験し、七度暗殺されかけ、過労で四回倒れた。ベッドで喘ぎながら「くたばれカイザー」と呻いたという。爵位を得る前の使われようはもっと酷かった。ミスが許されない糞ゲー状態だ。それに比べれば生存さえ出来ればいいのだからマシかも知れん。

 

「お前さんの御先祖様は初代に仕え、どのような状況でも恨み言一つ言わず良く働いてくれたと聞いている。お前の代も面倒ばかりかけるが頼まれてくれるな?」

 

 先祖を出汁にして尋ねる。帝国人……特に貴族には血縁や伝統、先祖を持ち出されると反論出来ない事を見越しての事だ。

 

「……はい、承ります」

 

 暫し逡巡するが、最後は恭しくそう答える。答えるしかない、とも言えるが……我ながら性格が悪い。

 

「若様」

「どうした?」

「僭越ながら若様も、伯爵家の嫡男、御自身のみの御体では御座いません。義務を全うされる御心感服致しますが、くれぐれもご自愛ください。自身の身の安全を最優先致されますよう」

 

私は従士の方を見やる。そこには心底心配そうにこちらを見つめる少女がいた。

 

「……ああ、心得ているさ」

 

 ……バツの悪さに私は、すぐに視線を逸らし、そう答えるしか無かった。義務?いいや、違うさ。私的な理由を義務だの誇りだのと取り繕っているだけだと言う事は、自身が一番が良く知っていた………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 9月4日同盟標準時1545時……一年の大半が嵐のようなブリザードが吹き荒れるカプチェランカ……正確にはカプチェランカ南大陸北部雪原地帯は季節外れの快晴となっていた。青々とした早朝の空には恒星クィズイールの暖かな日光が降り注ぎ、凍てつく雪と氷の大地は僅かながらにその表面を融かしていた。尤も一両日中に無慈悲な寒風が融けかけた大地を再び凍てつかせる事になるのだろうが……。

 

 そして、そのような晴天の空は、半ば雪に埋もれた廃墟を包囲するように展開する部隊の姿をはっきりと映しだしていた。

 

「全部隊、展開完了致しました」

「うむ」

 

 帝国地上軍第1547連隊連隊長ハインリッヒ・ヘルダー中佐は指揮通信用装甲車から身を乗り出した状態で副連隊長マーテル少佐からの連絡を受け取った。この副連隊長は士族でもない文字通りの中流階層出身の職業軍人であったが、唯の平民にしては実直で、優秀な軍人であった。特に勇猛な、悪く言えば少々粗のある連隊長の指揮をより緻密に補正する能力に長けていた。彼の修正した包囲網は僅か一個連隊によるそれとは思えぬ程の索敵能力を有し、その一角を突き破り離脱を図ろうとすればたちまちに包囲殲滅されてしまうだろう。

 

「ですが……航空部隊への支援要請はよろしいのでしょうか?」

「仕方あるまい。直属の無人機だけで対処する」

 

 マーテル少佐の質問に一瞬不機嫌な表情を浮かべる連隊長。各戦線で反乱軍が反攻に出つつあり、上位司令部に要請した航空支援は期待出来そうにない。

 

 尤も、せいぜい分隊から小隊規模の戦力に航空部隊を投入するのも大袈裟であるのは確かだ。連隊麾下の偵察兼攻撃用無人機でもその役目は十分だ。大規模戦闘では無人機なぞ先鋒部隊としての突入や電子戦で真っ先に消耗してしまうがこのような圧倒的な戦力差があればその役割を十分に果たしてくれるだろう。

 

「鼠共め、慌てるが良い」

 

 無線機を手に意地の悪い、加虐的な笑みを浮かべたヘルダー中佐は次の瞬間命令を告げる。

 

「準備砲撃開始!」

 

 同時に陣地後方に展開した迫撃砲が一斉に火を噴いた。廃墟のあちこちで紅蓮に輝く爆発と黒煙が立ち昇る。だが、それはこれから始まる戦闘のほんの始まりに過ぎなかった。

 

 それに連動するように戦闘装甲車、雪上車、その他支援車両……それらに乗り込んだ兵士達が前進を開始する。各大隊から二個中隊ずつ、それでも800名を超える戦力であった。

 

第1547連隊第2大隊第3中隊は廃墟群に突入する。

 

「第4小隊前へ!装甲車両を前に出して銃撃に警戒しろ!歩兵部隊降車、対戦車ミサイルに注意!発射しようとしていたら射殺しろ!」

 

 中隊長マインホフ大尉の命令に従い廃墟群に警戒しながら次々に車両が侵入する。歩兵部隊はブラスターライフルや火薬式銃で警戒しながら進み、近隣の廃墟に分隊単位で突入してフロア事に制圧していく。

 

やがて通路は狭くなる。

 

「この辺りは道が狭いな……」

 

 対戦車地雷を警戒して一旦前進停止と工兵隊によるトラップの警戒を無線機から命令しようとした次の瞬間だった。

 

 どこからか撃たれた消音装置で銃撃音を極限まで抑えた5.56ミリ口径弾が戦闘装甲車の上に身を乗り出していたマインホフ大尉の眉間を撃ち抜いたのは。

 

 即死した中隊長であるが殆どの者はそれに気付けなかった。悲鳴も上げず、口径が小さいために血飛沫も少なかったためにその銃撃を直接見てなければ腕を落しつつも体勢を維持していた大尉の死をすぐに見抜くことは出来なかった。

 

 中隊長の指示の無いまま不用意に隘路に侵入した戦闘装甲車が対戦車地雷を踏み抜いて爆発したのはその直後の事であった。同時に爆発により飛び散った鉄片が周囲で警戒していた数名の歩兵に襲いかかった。即死した者は幸運であった。中途半端に「生きてしまった」者の血が雪原を融かし、悲鳴が快晴の空に響いた。

 

 ここに後に同盟軍戦闘報告にて「784年9月4日のカプチェランカにおける第21開発プラント跡の戦闘」と記録される戦闘が始まった。

 

 






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