帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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第六十二話 スターリングラードは結構名作映画だと思うんだ

 9月4日同盟標準時0330時……カプチェランカ南大陸北部雪原地帯

 

 時間は半日程遡る。ブリザードの吹き荒れる雪原地帯を突き進む車両の列があった。三両の61式雪上車からなる車列は目的地に向け急ぐ。後数時間もすればこの曇天の空は雲一つない夜空に変わる事であろう。そうなれば監視衛星に発見され爆撃の目標になりかねない。そのため彼ら……自由惑星同盟軍カプチェランカ戦域軍所属第38通信基地隊は多少の危険は承知の上で雪原を一直線に進む必要があった。

 

「このまま進めば……明日中には安全圏に逃れられるな」

 

 第38通信基地隊司令官ルーカス大尉は携帯端末のカプチェランカ電子地図と睨み合いながら呟く。衛星軌道上の測量衛星や通信衛星はその大半が宇宙デブリに変わり果て、カプチェランカ地表の同盟軍の大半がGPSによる座標把握が不可能になっていた。そのため多くの部隊は各地からの通信のタイムラグやレーダーによる地形図の把握、そして時たま見える天体の測量による原始的な手段により自らの位置を見出さなければならなかった。

 

「まるで西暦時代ですね。全く、宇宙軍が通信工作艦艇を衛星軌道に展開してくれればこのような面倒な手段を使わずに済むというのに」

 

 司令官の乗る一号車の運転手チュウ上等兵が口を尖らせて文句を言う。通信機能に特化した通信工作艦が軌道上に展開すれば衛星の代わりに座標の測定や大陸間通信の中継が可能となる筈であったが、当の宇宙軍は貴重な特殊艦艇を危険地帯に送りこむ気は皆無のようであった。地上軍からすれば地上の苛烈な戦闘を繰り広げる中、宇宙軍が我が身可愛さに及び腰になっているように思えるかも知れない。

 

 尤も、宇宙軍とて遊んでいる訳ではない。クィズイール星系統合軍は統合軍司令官キーツ少将指揮の下宇宙艦艇のみでも2700隻に増強された帝国軍に対し600隻に満たない戦力で抗戦を続けていた。レグニッツァやアジメール等の木星型惑星において小惑星帯やガスの中に隠れながら巧妙なゲリラ戦や一撃離脱戦法の多用により当初の司令部幹部達が想定していたよりも遥かに善戦していたのだ。元より圧倒的な戦力差があり、各地で奇襲を受けた事を加味すれば寧ろその戦いぶりは賞賛されるべきものであった。

 

 それでも地上軍の罵倒が飛び交うのは事、地上戦においては帝国軍が優勢に戦況を進めていたからに他ならない。元より地上戦において帝国軍の粘り強さは同盟軍の比ではない。特に現在クィズイール星系全域の帝国軍の指揮を執るトーマ・フォン・シュトックハウゼン帝国地上軍少将は、その奇襲から続いて畳み掛けるような浸透戦術・電撃戦により広大な戦線において同盟軍の通信網と指揮系統に打撃を与えていた。

 

 しかし、同盟軍もこのまま指をくわえている訳ではない。近隣星系の統合軍、方面軍管区の直轄部隊から戦力を抽出した増援部隊が編制され、急行しつつある。帝国軍もそれを察知しており、全体から見れば後退と戦力の再編、そして迎撃準備を取りつつあり、そのために戦線からの戦力引き離しが部分的に実施されつつあった。

 

 そのため全体で言えば戦闘は未だに激しさはあるものの次第に小康状態を迎えつつあった。だが、何事も例外がある。

 

「大尉、帝国軍の一部の通信量が急増しています」

 

 無線機から敵味方の通信の傍受を試みていた通信士がその異変を報告する。

 

「何?帝国軍が作戦行動を開始しているのか?」

 

 当然ながら通信を必要なく行う行為は部隊の展開、場合によってはその内部事情を敵に伝える事になりかねない。そのため通常は定時報告以外の無線通信は殆ど行う事はない。行うとすればそれは部隊の展開するためのものであり、そこには何等かの軍事的目的がある筈であった。

 

「通信内容は不明ですが規模と回数から見て連隊規模、座標は……ここですね。通信基地から北70キロ」

「確か……開発プラント跡か。近隣に友軍は展開している事を証明する通信はあるか?」

「いえ、そのような通信内容は……いや、待って下さい。一瞬何か聴こえた」

 

通信士は神妙な顔つきで無線機の周波数を調整する。

 

「プラント跡からかなり弱い通信電波が流れています。秘匿通信で暗号化されていますね……待って下さい、解読します」

 

 無線機の内蔵コンピュータが電子暗号化された通信電波を言語化して通信士に伝える。

 

「来ました……アパラチア号……民間人の救助要請です!」

 

その声は驚愕に満ちたものであった。

 

「何っ!?帝国軍に包囲されているのか!?」

 

 ルーカス大尉を始めとした兵士達は通信士の下に集まりながら緊張に顔を強張らす。そうであればあらゆる犠牲を払っても救助しなければならない。政治的に民間人を見捨てる事は同盟軍にとって不可能であるし、それを無視したとしても無辜の民間人を救出するのは同盟軍人にとって当然の義務であった。

 

「……いえ、どうやら民間人の座標は別のようです」

 

 その一言に身構えていた軍人達の緊張は安堵に弛緩する。

 

「傍受の危険があるので正確な座標は言及していませんが大まかな場所については発言があります。恐らく避難中に遭難し、通信を送っている士官は伝令として救助要請を流しているようです」

 

通信士が状況と収集出来る情報から真実に辿り着く。

 

「ふむ、この辺りか……欺瞞情報の可能性は低い、か……。近隣の基地に連絡を入れろ。民間人の救助は最優先事項だ」

 

 まずは、捜索部隊の派遣をしなければなるまい。未だ帝国軍は健在ではあるが、背に腹は代えられない。そうでなくても帝国軍に発見させる訳にはいかないのだ。

 

「問題は伝令の方か。帝国軍から自力で脱出は……無理だろうな」

 

 最大限で見積もっても一個小隊規模の戦力で連隊を相手にするのは無謀を通り越して愚かだ。このままでは捕捉殲滅されてしまうだろう。

 

「では……」

「かといって、我々の戦力では助けにいっても全滅だ。そもそも我々は戦闘部隊ですらない」

 

たった三十二名が一個連隊相手に何が出来ようか。

 

「では見捨てる、と……?」

 

 恐る恐る尋ねる部下に対してしかし、ルーカス大尉は不機嫌そうな表情を向ける。

 

「そんな訳あるか、同盟軍人は友軍は見捨てん。だが、我々が直かに行くべきではないだけだ。近隣の基地に伝令と帝国軍の連隊の位置を伝えろ。手の空いている部隊の一つや二つ必ずある。なんとしても探すんだ!」

「はっ!」

 

 その命令に従い通信士は近隣の友軍基地や部隊に伝令部隊救援のための連絡を入れていく。尤も、どの戦線も小康状態に入りつつあるとはいえ、先程まで激しい戦闘が続いていたため余裕がある訳ではない。まして、一個連隊との戦闘を想定した上での救助となると士気は別として物理的に、純軍事的に達成出来るか、と考えるとすぐに色好い返事が来る訳ではない。

 

 無論、別に彼らも見捨てるつもりはないため各基地・部隊間で戦力の抽出や経路・情報面での討議が開始されるが、問題は伝令部隊が準備が整うまで生存出来ているか、であった。

 

 秘匿回線による無線通信越しに議論が続けられる中、そこにとある通信回線が割り込む。

 

『失礼、第38通信基地隊にお尋ねしたい。その通信は………』

 

 その質問内容に一瞬、第38通信基地隊の通信士は怪訝な表情を浮かべ、ついでその通信元を確認し、驚愕した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「第3小隊前進っ!」

 

 小隊長の命令に従い防寒着を着た軽装歩兵達が小銃片手に突入を開始する。

 

「かっ…!?」

「あっ……!」

 

 同時に身を遮蔽物から晒した先頭の二名の兵士が頭部の肉が弾けて仰け反るように雪中に倒れた。

 

 消音装置を備えた狙撃銃を片手にある廃墟の上層部で狙撃を続けていたネーナハルト・フォン・ライトナー軍曹は小さい舌打ちをする。

 

「雑魚でしたぁ……」

 

 本来なら士官、せめて下士官を狙うべき所を誤って唯の雑兵を射殺してしまった。

 

「もうぅ、このポイントはぁ、捨てですねぇ」

 

 昇ってくる賊軍を相手にしてやる時間はない。地雷と地形により装甲戦闘車の電磁砲が届かない絶好の狙撃ポイントではあったがこの際仕方ない。

 

 彼女は最低限の装備以外を放棄すると、黙々と高性能爆薬で作られた時限式爆弾のカウントを起動させる。そして続いて適当なパイプに腰につけた昇降機のフックを掛けると、最早機能していないエレベーター通路からシャフトに向け平然と飛び降りた。

 

「これがぁ、本当のぅ……バンジージャンプですぅぅ!」

 

 気だるげに、しかしどこか楽しそうな声とともに少女は廃墟を貫く数十メートルの空洞を重力に従い落下する。彼女はその行為に恐怖は感じなかった。これくらいの高さから落とされるのは十歳の時には既に経験済みだった。

 

 カラカラ、と勢い良く音を奏でながら強化繊維製のワイヤーロープが昇降機から次々と伸びる。

 

「はぁい、ストップですぅ」

 

 強引に昇降機を止めロープの長さを固定する。いきなりの事のため慣性の法則に従い空中で急停止した体はぎゅっと揺さぶられるような衝撃を受ける、と共にその衝撃を利用して一気にシャフトから数十階下のフロア内に飛び込んだ。

 

 同時にどこからか爆発の音が響き、建物全体が鈍く揺れる。上階にて一個分隊の兵士がフロアごと吹き飛んだ事を彼女は見なくても分かっていた。

 

彼女は無線機に向け報告する。

 

「こちらぁ、ライトナー軍曹、ポイントFを放棄ぃ、ポイントKに移動しますぅ」

『了解、装甲車だな。上空からの攻撃と戦闘工兵に注意しろ!』

 

 ポイントKには強奪した戦闘装甲車が廃墟の中で半分雪に埋まっていた。所謂固定砲台であり、地形的に大回りしなければ車両は侵入出来ず、かつ地形的に部隊を展開するための要所を抑える形になり、帝国軍はここを制圧するのに歩兵部隊を正面から突入させる以外の方法が無かった。無論、無謀な突撃を彼らは自身の血肉で支払う事になるだろう。

 

「了解ですぅ。さてさて、激しい戦いにぃ、なりそうですねぇ」

 

 そう言って地下に潜入してきた帝国兵二人を薄暗い地下通路の出会い頭でその額に投げナイフをプレゼントすると、そのまま死体を踏み越えて進む。

 

 ……この開発プラント跡における攻防戦が始まり、約一時間が過ぎようとしていた。

 

 

 

 

 

「やはり、数の差はどうしようもないな」

 

 火薬式の狙撃銃のスコープを見つめながら私は呟く。雪中で100メートル先の帝国軍兵長を狙撃、スコープの中の人影は右肩から血を流して倒れこむ。同時に私は直ちに雪を掻き分けて地下に続く通路に飛び込む。狙いが逸れて致命傷は与えられなかったがそれはそれで良かった。別に殺傷する必要はない。寧ろ負傷してくれた方が後送の人手が必要だ。正面戦力を可能な限り削りたい。

 

「こちらティルピッツだ。ポイントD放棄する」

 

 無線機で友軍に報告しながら狭い地下通路を走る。同時に爆音が響く。恐らく私の隠れていた地点に電磁砲か携帯式ロケット砲でも撃ち込まれたのだろう。狙撃兵がいる場合は潜伏域を面制圧するのが定石だ。

 

 我々は隘路や地下の出入口に地雷やトラップを置くと共に、狙撃に適した地点から前進する帝国軍に狙撃による出血を強いていた。尤も、すぐに反撃が来るので数回撃てば後退するしかないが。

 

 だが、指揮官を中心に狙うと共に、各種の爆発物や地雷によるトラップとの連携、地形の最大限の利用による一撃離脱戦法は十分な戦果を挙げていた。既に全員で戦闘装甲車三両大破と二個小隊の人員を殺傷、または負傷に追い込み(殆ど双子の戦果であるが)、帝国軍は襲撃を警戒するあまり、その進行スピードを落としつつある。それでも帝国軍もこちらの意図を理解しており、次第に効果は減り、地上部の廃墟の6割は制圧されてしまったが。

 

 いや、このプラント群は確かに地上にも広がっており、地上部も入り組んではいる、それでも800名を越える完全武装の集団の前に未だに持ちこたえているのは奇跡に近い。当初の予定では8割は占領されていると考えていたので善戦している、とも言える。

 

『こちらゴトフリート、ポイントRに到着、戦闘開始します』

「……ポイントRか」

 

今私の向かうポイントNから支援出来る地点であった。

 

 私は急いで廃墟の階段を登り、地上から5階上がった(正確には雪原から5階分付きだした)フロアにたどり着く。そこには予め用意した狙撃銃と弾薬があった。各ポイントには予め武器が置かれているため、危険が来ればすぐに装備を捨てそのポイントを放棄出来る。重火器を持ったままの逃亡はリスクが大きいからな。

 

 私は直ぐ様準備していた対戦車ミサイルランチャーを担ぎ上げその内部コンピュータを起動させる。

 

 視線の先には……正確には600メートル離れた先には廃墟の中に形成された雪の道があり、そこを帝国軍の歩兵部隊が戦闘装甲車を盾に前進していた。先鋒部隊から要請されたために進出してきたらしい。ベアトの立て籠もるポイントを吹き飛ばすつもりだろう。

 

 槍機戦術は長らく対反乱作戦を主目的としてきた帝国地上軍の基本戦術だ。先鋒としての歩兵が潜伏する溝鼠(ゲリラ)を炙り出し、見つけ次第前進した戦闘車両が建物ごと砲撃で吹き飛ばす。厚い鉄筋コンクリートの裏側にいようとも問題なく軍用車両の電磁砲は叛徒共を肉片に変えて見せるだろう。帝国建国期の辺境鎮撫遠征、帝国暦42年ジギスムント1世即位直後の大反乱とその後の掃討戦、帝国暦60年のシリウス自治領の反乱、帝国暦124年のフランケン帝国(ライヒス)クライスの反乱においてその役目を十分に果たした。

 

 尤も、同盟軍との大規模戦闘が発生するようになってからは正規戦の教育にも力が注がれるようになり、かつてほど槍機戦術を高レベルで実行出来る指揮官は減ってしまった。

 

「だからこそ、こっちは助かるがね」

 

 不用意に横腹を出した戦闘装甲車に向け撃ち込まれた携帯式対戦車ミサイルはそのまま砲塔に命中し、砲塔部分は回転しながら空中に飛び散る。周囲の歩兵部隊は衝撃と破片により肉体が千切れる者や打撲や骨折する者、鼓膜が破れ耳を押さえて蹲る者が悲鳴を上げる。正面の敵に集中し過ぎて注意が疎かになっていたのだろう。禄に横合いからの攻撃を警戒出来ていなかった故の惨劇だ。

 

 混乱を押さえようと士官が拳銃を掲げて叫べばそれは寧ろ狙撃目標を提供するようなものだ。次の瞬間兵士達に何事かを叫んでいた少尉の頭部が弾けて、その体が糸の切れた人形のように倒れる。続いてそれを目撃した通信兵が驚愕の表情と共に仰け反り倒れた。相変わらずの狙撃だ。彼女は幼年学校・士官学校でも射撃の成績は上位だったが、実戦でも十分通用するらしい。

 

「ベアト、東の電波塔跡に展開している部隊を仕留めるぞ、あのまま進まれたら死角に回り込まれる」

『了解しました』

「機銃手を頼む。こちらは分隊長を狙う。……秒読み五秒前、四……三……二……一……!」

 

 同時に撃ち込まれた射撃により前進しようとしていた分隊指揮官と機銃手が倒れる。次弾装填、照準、射撃、負傷した分隊長(私の撃った方だ)を救助しようとした兵士が二人うつ伏せに倒れる。人を殺している事に内心思う所が無い訳ではないが、それとは別に体は訓練通りに淀みなく、半ば反射運動で動いていた。

 

「次……ちっ、来たな」

 

 ブラスターの閃光が体を掠め咄嗟にうつ伏せに隠れる。気付けば私の立て籠もる廃墟のすぐ近くまで歩兵部隊が接近していた。やべ、肩の辺り服が少し焼けてる。もう少しズレていたら射抜かれてたな……。

 

「……逃げるか」

 

 ここまで気付かれずに接近してきただけあって練度は高い筈だ。無理に戦う必要もない。置き土産の高性能爆薬による時限爆弾のカウントを開始し、同時に逃げる時間を確保するために安全ピンを抜いた手榴弾を窓から投げつける。敵兵はすぐさま俯せになり手榴弾の爆発とそれにより飛散する鉄片から身を守る。そうして動きが止まったタイミングで階段から地下に全力で逃げ込む。

 

「ベアト、ポイントNを放棄する。そちらも危険になったらすぐに撤退しろっ!」

『了解しました!若様も御無理なさらずに危険でしたらすぐに御引きを』

「当然だっ!」

 

 無線越しにベアトに報告をしながら薄暗い地下通路を息が上がる程に走る。

 

 作戦は上手くいっている。戦力を廃墟の中心部に誘引しつつある。少なからずの負傷兵の発生と現場指揮官の損失で帝国軍の動きは緩慢になりつつある。外縁部に隠した脱出通路に出てもすぐに迫撃は出来まい。

 

「尤も、殆ど部下の功績だよなぁ……」

 

 士官学校上位成績者と専科学校の陸戦科上位卒業した経験もある下士官二名が部下だからこそ可能な事だ。そうでなければ徴兵された素人が多いとは言え、ここまで上手く作戦が進む訳がない。

 

「情けないが……仕方ないな」

 

 自分に出来る事をやればいい。無理は禁物だ。下手に功を焦ると(別に命の危険晒してまで功績は欲しくないが)味方の足を引っ張る事になりかねない。

 

 私は逸る感情を押さえて冷静に次にやるべき事を考える。ひとまずは次のポイントに向け一刻も早く向かう事だ……。

 

 

 

 

 

 

 

 戦端が開かれて一時間三十分後、戦闘は激しくなりつつも、その終息点が見えてきていた。帝国軍は抵抗を排除し、工兵部隊がトラップを解除しながらその包囲網を狭めていった。結果的に戦線は少しずつ縮小し、帝国軍は戦力の集中を可能としつつあった。

 

 だが、それは決して一方的な優位には繋がらない。戦力が密集する事で前線の指揮の混乱を招く事になり、また戦闘車両は歩兵部隊が広く展開している故に巻き添えを警戒してその火力を十全に発揮出来ない。

 

 無論、帝国軍とて戦争のプロだ。このような事態は自然に起こらない。寧ろ通信兵や士官・下士官を優先的に射殺ないし、負傷させ、前線の混乱を発生させるのに進んで貢献した猟兵達の腕を称えるべきであろう。

 

 しかし、それも所詮時間稼ぎでしかない。連隊長ヘルダー中佐、副連隊長マーテル少佐はすぐさま混乱する指揮系統の再編を進め、それは防衛側の想定よりも早いスピードで達成された。その点でいえば帝国軍は決して無能ではなかった。

 

 尤も、四両の戦闘装甲車の損害と48名の戦死者、71名の負傷者の前にヘルダー中佐は流石に驚愕した。正直余りに多すぎる損害であった。大半が地形を利用した待ち伏せとトラップによるものであるとしても敵の技量は賞賛に値する。そして大半は徴兵された平民である事を勘案しても兵士達の練度の低さに眩暈を覚えていた。この任務が終われば徹底的に訓練を施し鍛え直そうと心に決める。

 

 それはそれとしてヘルダー中佐は遂に最終的な攻撃を決断した。即ち連隊内にて特に練度の高い偵察隊を中核とした突入部隊の投入と、廃墟中心部に対する砲爆撃であった。

 

「うわっ……これはヤバいですぅ!」

 

 慌ててライトナー軍曹は装甲戦闘車を放棄して後部ハッチから全力で地下通路に向け走る。帝国軍歩兵部隊は40分に渡り戦闘装甲車と正面から向き合う事になり、二個分隊を汎用荷電粒子ビームキャノンの弾丸の雨で挽肉にされ、誘導ミサイルを構えた兵士は発射前に電磁砲で周囲の遮蔽物ごと吹き飛ばされた。遂に忍耐の極みに達した前線指揮官は費用対効果を無視した面制圧を敢行したらしい。大半は潜伏する建物自身により防がれるが、寧ろ、建物を倒壊させてそのまま圧し潰すつもりのようだった。戦闘装甲車に廃墟の建材が次々と降り注ぐ。

 

 彼女が地下に潜ったと同時に雨あられのように砲撃と上空からの無人機からの爆撃を受けた廃墟は音を立てて勢いよく崩壊していく。同時にスクラップになった装甲戦闘車が爆発した。

 

 爆炎と熱風と土煙に咳をしながら軍曹は通路を走り急いで次の狙撃ポイントに向かう。

 

『おい、軍曹大丈夫かっ!』

「はいぃ、ギリギリ倒壊前に逃げきれましたぁ」

 

 指揮官であり、主人でもある新任少尉からの通信に軍曹はむせた咳で涙目になりつつも答える。

 

『よし、ならばポイントTに向かえ。LとSは砲爆撃を受けて危険だ。……あいつら地上に出ているものは全部吹き飛ばす気みたいだな』

「それはそれは……」

 

 精の出る事で、と軍曹は半分呆れた表情で呟く。小部隊だからと油断してちまちまと損失を被ったために本気を出してきた、といった所か。豪勢に弾薬を消費して、立て籠もるのがたったの四名と知ったら賊軍共は怒り狂うだろう。

 

 尤も、銀河帝国の常識に照らし合わせれば相手が奴隷の子孫ではなく貴族階級だけであると分かれば上層部は特段叱りつける事はないであろうが。平民の軍隊が貴族に勝てないのは寧ろ門閥貴族階級にとっては常識であるし、平民兵士の大半を占める地方民や都市下層階級にとっては貴族階級が平民とは遺伝子の段階から違う事を改めて理解させられるだけである。

 

 仮に文句を言うとすれば中途半端に知恵をつけた都市中流階層や上流階層、新興下級貴族、軍の平民士官程度であろう。自身の栄達を自身の才覚のみで得たものと錯覚し、体制を軽視し、古い貴族を血統だけの無能者と蔑む「愚かな成り上がり者」……オリオン腕で勢力を増しつつある不届き者共ならばこの機に貴族階級が上層部を独占する帝国正規軍を弾劾するだろう。敗れた相手が貴族である事を無視して貴族が指揮する帝国軍を無能者と宣う事であろう。見たい物しか見ず、義務より権利を要求し、不平ばかり口にする、まるで堕落した銀河連邦の市民そのものだ。そんな奴らが栄えある帝都で我が者顔で歩いていると考えると嘆かわしくなる。

 

「……ここですねぇ」

 

 それはそうとして、今は目の前の任務に精励するべきだ、思考の海から戻ると、軍曹は指定されたポイントにたどり着く。

 

「っ……軍曹かっ!?」

「あ、お兄様ぁ、ご機嫌ようですぅ」

 

 砲撃で空いた穴から銃撃をしていた兄に会い(頬にブラスターが掠れて血が流れていた)、恭しく挨拶をして見せる軍曹。そのまま笑顔で火炎放射器を手に突撃してきた戦闘工兵を射殺する。

 

「随分とぅ……苦戦しておりますねぇ……!?」

「流石に雑魚相手でも数がね……!」

 

 約一個小隊と撃ち合いながら双子は親しげに声を交える。厳しいが完全に絶望的と言うわけではない。カキンでの戦いでは一個中隊で野戦機甲軍の一個旅団に包囲された事もある。あの時は海上からの艦砲射撃もあったし、空爆も受けた。生存したのは一個小隊にも満たなかった。傷だらけの体で死体と土に潜って昼間を凌ぎ、夜になると闇に紛れ賊軍の哨戒部隊の首を掻き切りながらどうにか包囲網を脱出した。それに比べれば幾分かマシと言えた。

 

……どの道ろくでもないが。

 

「そろそろ……かな?」

「そうですねぇ……」

 

 計画ではそろそろ撤退と地下からの脱出をするべき時であった。

 

「やれそうかい?」

「無論ですぅ、その時が来たのでぇ、先祖代々の義務を果たすだけですぅ」

 

 兄の心配に、しかし妹の方はほのぼのとした口調で平然と答えて見せる。子供の頃から軍人として、臣下として、貴族として教育を受け、いつでもその役目を果たす覚悟をしてきた身からすれば今更の言葉である。兄も半ばその返事を確信していたようで特段驚く事なく、頷く。

 

「そう、分かった。……無線だね」

 

 携帯無線機が震動し、兄はそれを耳元において返答する。

 

「はい……えぇ、了解しております。……はい、分かりました。直ちに」

 

 指揮官であり、主人が遂にこの陣地の放棄と脱出を決断したらしい。迫撃を可能な限り排除しつつ合流と脱出を命じる通信が届く。

 

だが……。

 

「……弾薬はどれくらい残っている?」

 

無線を切った後、淡々と妹に尋ねる兄。

 

「節約すればぁ、三、四十分程度はぁ、持ちますよぅ?」

「そうか、ではその後は……」

 

 彼は、険しい表情をしながら、腰のナイフに触れ、足元の手斧を見つめる。そこには強い使命感があった。

 

「一秒でも長く時間を稼がないとね」

 

 そう呟くと同時に曹長は、立ち上がると建物の裏手から忍び寄ってきた歩兵に向けて無感動にブラスターの銃口を向け、引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここからも震動が響くな……全くよくもまぁ無事だな、私も」

 

 薄暗い通路に響く轟音に、ぼやくように呟く。砲撃の直撃こそ受けてないが爆風やら粉塵を被り結構汚れ塗れの姿であった。直接の怪我は殆ど無いのは幸運だ。

 

 私は、プラント外縁部に繋がる地下通路に必要最低限の装備を背負い、部下を待っていた。

 

「遅いな、そろそろの筈だが……」

 

 後退途中に遭遇戦になったのだろうか?不安に駆られてブラスターライフルを握る力が強くなる。

 

と、思えば通路の奥から足音が響く。

 

「……!」

 

 恐らくは友軍であろうと理解しているが念のため、物陰に隠れ、ブラスターライフルを構える。尤も暗闇からでも良く輝く金髪を視認すれば私はすぐにその銃口を降ろしたが。

 

「ベアトか……!」

「若様、御無事で何よりです……!」

 

 喜色を含んで名を呼べば、ベアトも息を切らし、頬を赤く上気させつつも、心からの安堵の表情を浮かべ答える。

 

「いや、ベアトは怪我はないか!?」

「御安心下さい。軽傷はありますが問題はありません」

 

 確かに見る限り擦り傷はあるがそれ以外は問題は無さそうだ。

 

「そうか、後は曹長達か。少し遅れているな。無事だと良いが……」

 

 あの二人は良く働いてくれている。此度の戦闘、いやそれ以外でもこの任務全体を通じてあの二人がいなければ何回戦死していたか分からない。その実力であれば出会い頭に遭遇戦になっても遅れを取る事は無かろうが……それでも疲労と数の差の前には限界がある。

 

「やはり、無線を入れようか……」

「若様、あの二人にはこちらから連絡を入れました。多少遅れていますがすぐに合流するので先行を願い出ていました。我々は先に行きましょう」

 

 無線を手に取ろうとしていた私にベアトが答え、止めさせる。

 

「そうか……それに戦闘中に無線を入れるのも危険か」

 

 無線の声で集中力が切れる事や場所を敵に察知される危険もある。不用意な通信は相手の身を危険に晒す。

 

「では、もう少し待機だ。負傷していたら治療もいるし、迫撃してきた敵の牽制も必要だ」

「ですがそれでは若様に危険が……」

「今更多少の危険は誤差の範囲だ。それにこの地下迷宮を追ってこれる敵兵は寡兵だろう。奇襲すれば十分勝機はある」

「しかし……!」

 

そこで私は違和感を抱く。

 

 私が怪訝な表情を向けると従士は焦りを濃くする表情から感情を消す。そこで漸く頭の鈍い私でも違和感の正体に気付いた。ベアトが普段よりも強く反論していた。諫言はしても強固な反対なぞ彼女は普通しない。……そしてそこには何か焦りが見えた。

 

「……ゴトフリート従士、卿が嘘を……いや、私に報告していない事があればこの場で報告しろ。今すぐにだ」

 

 私は半分以上察しつつも、念のため高圧的に「主人」として「従士」に命令する。

 

 睨むような私の視線に暫し沈黙した従士は……しかし、暫し葛藤しつつも、遂に命令に従い口を開く。

 

「……曹長達は合流しません。二名は殿として残留します。……残留する事を取り決めました」

 

 絞り出すような口調で、しかし背筋を伸ばし、強い意志を秘めた視線を向けながら従士は答えた。

 

「………ちっ、そう言う事か」

 

 その意味を理解した私はブラスターライフルを手に脱出通路を逆方向に駆け始めた。後ろから従士の呼び止める声がするが無視する。

 

 ……ようは、この時点においても私は蚊帳の外扱いだった訳だ。




やったね!主人公殆ど怪我してないよ!










……尚、次話も無事とは限らぬ模様。







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