帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第六十話 狩猟は帝国貴族の嗜みらしい

 帝国軍(追う者達)伝令(追われる者達)がカプチェランカの地表でそれぞれの目論見の下に蠢いていた頃、海中の潜水艦(待つ者達)の間では小さな諍いが起きていた。

 

「どうなっていやがる!もう5日も過ぎているんだぞ!なぜ救助が来ないんだ!?」

 

 プラント技術者なのだろう、三十路を迎えたばかりに見える作業着姿の男が休憩室で叫ぶ。同盟の大手資源開発企業の一つ、ギャラクシー・メタルコーポレートの下請けからカプチェランカの鉱山開発のために出張していた彼は曲がりなりにも技術者と言う事で軍の技術者達と艦の可能な限りの補修作業をするのを終えたばかりであった。

 

「かりかりするなよ。救助を呼びにいった兵士なら一週間くらいかかるかも、と艦長さんが言っていたじゃないか?」

 

 インスタントの珈琲を飲みながら同僚が呆れ顔で答える。この話題は既に十回目だった。

 

「かりかりせずにいられるかよ!このまま救助が来なかったら俺達はここで凍え死ぬか、帝国に奴隷にされるんだぞ!?」

「だからこそ今救助を呼びに行っているんだろう?」

「帝国人にかっ!?」

 

悲鳴に近い声で男は指摘する。

 

「若いの、落ち着かんか。帝国人ではない。帝国系だろう?間違えたらいかん」

 

 天然資源委員会の官営企業から依頼を受け、カプチェランカの埋蔵資源の調査のために来ていた老境の地質学者が椅子に座りゆっくりとした口調で注意する。当然ながら民主主義と自由主義、そして平等を国是とする同盟で出自や民族、人種、信教、イデオロギーでの差別的発言は公的には忌避されるし、奨励はされない。その点でいえば男の発言は決して品の良い発言では無かった。だからこそ老学者はやんわりと注意する。

 

しかし……。

 

「同じ事だろうが!兵士が噂話していたのを聞いたぞ!?出て言った兵士の先祖は貴族様だってな!信じられるか!?貴族様だと!ルドルフに尻尾振っておこぼれに爵位を貰った奴だぞ!?そんな奴を伝令に選ぶなんて何考えていやがる!?お前らもそう思わないのか!?」

 

 男は声を荒げて反論する。同盟軍の判断を理解出来ない、とばかりの口調だ。

 

「確かにな。「薔薇の騎士連隊」だっけ?亡命者だけの部隊とかいう奴。あいつらも連隊長が何人も亡命したんだろう?確か貴族なら再亡命しても領地や爵位をくれるって聞いたぜ?」

「ああ、それは知っている。亡命貴族は良いよなぁ。俺らなんて捕まったら奴隷なのにな」

 

 銀河帝国は公式には自由惑星同盟を遺伝子的に劣等な奴隷を中核とした反乱軍として捉えており、同盟軍人は一応捕虜として扱われるが、一般市民は反乱に抵抗しなかった潜在的思想犯として捕囚となると、特にハイネセンファミリーを始めとした帝国の奴隷・強制労働者を先祖に持つ者は国有奴隷として思想矯正の後に元の階層に戻され、流刑地や強制収容所で平民階層の忌避する過酷な環境や危険の高い地域での鉱山労働や惑星開拓、社会的に卑しいとされる仕事に死ぬまで従事させられる事になっている。

 

 また、これ以外に先祖が旧銀河連邦植民地系であれば帝室の保護を受ける事の出来なかった哀れな臣民として平民階級であるが悪質な反乱に協力したとして奴隷階級に降格(実際、帝国外縁の旧銀河連邦系植民地が発見された場合は反抗者は逮捕し残りは思想教育の後平民階級となる)、帝国の平民階級をルーツに持つ場合は思想教育の後農奴階級に転落する。

 

 その中で例外が帝国貴族階級を先祖に持つ場合であり、下級貴族の場合は状況によるが隔離こそされるが基本平民階層より下に落ちる事はない(多くの下級貴族にとっては屈辱の極みであるだろうが)。門閥貴族階級に至っては先祖を辿れば現在の帝国の指導者層との血縁関係にある者も少なくない。宮内省は亡命貴族の爵位は再授爵の対象とせず、再亡命に備えて塩漬けにしていた。捕囚となった場合でも当主は自決し、資産の幾らかを失い、爵位の降格はあろうとも門閥貴族から転落する事はない。帝国では同盟軍と亡命貴族を形式上協力しているが別勢力として扱っており、前者との戦闘は反乱鎮圧、後者との戦闘は帝国法に反した貴族の私戦行為と位置付けている。

 

 つまり、あくまでも帝国法に違反する門閥貴族の名誉・資産を賭けた私戦行為ではあるものの、帝室への大逆行為とは認知していないのだ。

 

 何せ亡命貴族の数が多い。男爵位以上の爵位持ちの一族だけでも百近い、しかもその中には主要な家だけでもブローネ侯爵家、バルトバッフェル侯爵家といった帝室に近い家、帝国開闢以来の名門たるクレーフェ侯爵家、ティルピッツ伯爵家等名門中の名門とその分家も含まれている。しかも皇帝を自称するアルレスハイム=ゴールデンバウム家に至っては間違いなく正当な帝室の血を引いていた。血筋だけで見ればブラウンシュヴァイク公爵家やリッテンハイム侯爵家を始めとした新無憂宮の影の支配者達に引けをとらない。

 

 それら名門家を全て叛徒として一族郎党まで処刑するなり奴隷にするのは新無憂宮の住民達にも抵抗感がある。何十世代も遡れば亡命した名家と婚姻関係にある家も多いし、血筋は大帝陛下に認められた本物の人類の指導者層のそれである。皇帝を直接害そうとしている訳でもなく死ぬのは平民や士族共だ。貴族階級が死ぬとしてもそれは戦場での貴族同士の正面からの戦闘、言うなればある種の決闘行為と認識され、恨むべき事ではない。

 

 帝国貴族にとっては平民や奴隷は家畜と同様で対等な相手ではないため殺す事に抵抗はない。だが同じ「人間」たる門閥貴族を殺す事は殺人と同義なのだ。少なくとも帝国の宮廷の住民にとっては。

 

 だからこそ帝国は表向きは亡命貴族に帰順を求めており、少なくとも降伏しても奴隷にされたり嬲り者にする事は無い、と公式には伝えている。コルネリアス帝の親征の際ですら門閥貴族軍人の捕虜は賓客として礼節を持って遇していたし、戦闘中も降伏勧告は幾度も為されていた。……尤も大半は従わなかったが。

 

 だがそれでも多くの同盟人にとっては亡命貴族が最悪帝国に降る事が出来る、と事実は軽視出来る事ではない。

 

「奴らが逆亡命して俺達を売らないと誰が言える!?」

「それは……まぁな」

「亡命は兎も角、貴族のぼんぼんに危険な任務なんかこなせるかは疑問ではあるな」

 

 男の叫びに民間人の少なくない人数が賛同の意を示す。亡命貴族が同盟でも華奢な生活をしている事は時たまにゴシップ誌ですっぱ抜かれ非難の的になる。

 

「それは言い過ぎじゃないか!私達のために危険な任務に携わっているんだぞ!?」

 

 それを口にしたのはミゲル・ボルジェス・デ・アランテス・エ・オリベイラ助教授であった。此度の任務に参加している人物に知己がいるのもあるが、それ以上に純粋に自分達のために危険な任務に携わる軍人を出自だけで非難される事に一同盟人として不満を感じたためだ。

 

「あ?てめえ、糞貴族の肩持つ気かよ?」

 

 若く線の細い学者が反発した事に男は不快そうに口を開く。

 

「貴族なんて関係無いだろう?出自でそんな事を言われる程に彼らが何をしたんだい?それじゃあ帝国と同じじゃないか」

 

 帝国では血統が何よりも重視されるし、個人の罪は一族全体のものであり、連座も、先祖の行いが罪に問われる事も珍しくない。同盟が帝国のアンチテーゼであり、帝国の否定こそが国家の骨格である以上、たとえ貴族の亡命者であろうともそれを元に非難されて良い訳ではない。少なくとも同盟でそれが認められるべきではないと彼は確信していた。

 

「ふん、貴族のぼんぼんの次は温室育ちの学者様か。これだから金持ち連中は……」

「なっ……」

 

その暴言に絶句に近い表情をするオリベイラ助教授。

 

「あー、博士様には縁が無いから仕方ない事ですが、帝国人に良い印象を持つ奴は、まぁなかなかいないんですよ」

 

やんわりと、男の同僚が弁護するように答える。

  

 亡命者が身内だけで固まる傾向が強いのは同盟では承知の事実だ。ある日突然自分達の近くに大挙して押し寄せ帝国風の街を作り、帝国語で話し、しかも原住民とは目も合わせようとしない排他的な態度は少なくない同盟人の不満を呼ぶ事は当然だ。ましてや帝国人はコミュニティでの結束が強く学校での虐めや町内会での会議、果ては地方選挙ですら集団で首を突っ込んで来る。まるでその地域を乗っ取らんばかりだ。

 

 しかし、亡命者達からすればそのようなつもりはなく、元々血縁や地縁での結束が強い文化、個人の問題は家族、一族、果てや会社や街全体等のコミュニティ全体問題として協力し合う気質から来るものだった。一人への攻撃や中傷はそれに関わる全体への攻撃と解釈される。

 

 無論、彼らも自分達が余所者であることは承知しているし、だからこそ文化や価値観の違う同盟社会からの排斥を恐れ(というより亡命初期は実際排斥されていた)過剰に同胞との結束と別コミュニティへの防衛本能が刺激されている側面も否定出来ない。学校での虐めに対して虐められた帝国系生徒の母親が同じ帝国系の生徒の保護者を数十人、それも母親だけでなく父親や親兄弟姉妹、親戚一同を集めて校長に直訴するなんて事は珍しくない。企業ではもっと露骨で亡命者系資本の大企業は明らかに同胞を最優先で雇用するし、企業利益よりも同胞の企業かどうかで取引相手を決めるなんて事もある。

 

 そのため同盟では口にはしないが帝国からの亡命者を好まない者は少なくはないのだ(そしてその態度が一層帝国系の結束と排他性に繋がる)。この男にしても今は鉱山の下請け技術者であるが本来は相応に名の知れた大手プラント企業に勤めてその技術を買われ厚待遇を受けていた。亡命貴族が株式を買い占め企業を買収した後、企業の経営改善の名の元に社員を帝国系に入れ替えてリストラされるまでは。

 

 退職金こそ相応な額を貰ったものの、家のローンと三人の娘の養育費には到底足りない。仕方なく技術で食える下請けのプラント技術者となったが大手ではない鉱山プラント企業に押し付けられる仕事といえば政情が不安定な星系や自然環境な危険な星系、そして止めが国境の星系である。大企業は自社の社員を死なせたくないのでこのように中小企業の下請けが危険な役回りを押し付けられる訳だ。

 

「畜生……こんな所で死にたくねぇ、家族に会いてえよ」

 

 怒りが悲しみに変わり涙を浮かべる男を同僚達が慰める。軍拡のために人件費が削られ、残る予算も軍人の遺族年金が優先される。軍属の貰える遺族年金で家族が食べて行けるとは思えない。長く続く戦争で社会福祉の予算が縮小する中、大黒柱を失った家族がどれ程苦労する事になるだろうか……?

 

 家族の人生も賭かる中、救助されるかを帝国人の、まして亡命貴族に委ねないといけないのだ、そうなれば感情的にもなろう。

 

 そうなるとオリベイラも強くは言えない。彼の家は学者の一族で当然の如く裕福だ。一流大学に行くにも幼少時代から教育され、進学するにも入校費や受講料がいる。まして教授になろうとすれば教材費や研究費用も馬鹿にならない。

 

 そして、彼はそれを自分で稼いだ事は殆んどない。そういう意味においては彼は苦労を知らない銅鑼息子であった。

 

「気にしないでくださいな。あいつもこの状況でストレスが溜まっているんです」

「………」

 

 項垂れながらすすり泣く男を擁護する同僚。オリベイラの方はと言えば自身の境遇を考え複雑な心境であった。誰もが望んだ人生を歩める訳ではない。夢があろうとも、目標があろうとも、社会の現実、特に金銭面で細やかな望みすら叶えられない者の方が多いのだ。

 

 そういう意味ではオリベイラは自身が圧倒的少数派である事を今更ながらに自覚した。反発しなかったのは彼の誠実さと素直さによるものであった。無論、それも彼の育ちの良さから来るものであっただろうが……。

 

 騒ぎを聞き付けた同盟軍人達が解散を命じたのはそのすぐ後の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 惑星改造技術、所謂テラフォーミング技術が構想されたのは西暦の20世紀頃の事である。21世紀初頭には初歩的かつ低効率ながらその技術は確立し、西暦2030年代始めには北方連合国家が火星に対して基地の建設と並行してその地球化を目的に実施していた。尤も人類史上最悪の戦争である13日戦争の結果、その成果を地球人が目にするのは西暦2145年の火星再調査まで待たねばならない。

 

 西暦2129年、オーストロマーシア共和国、南アメリカ合衆国、ユーロピア同盟、新ソヴィエト連邦、イースタシア人民共和国の五大国を始めとした各国がブリスべーンで会合し、戦乱の終わりと地球統一政府の樹立を宣言、ここに90年戦争の終わりと人類史上初の統一国家が誕生する。

 

 しかし実際にはこの表現は正しくない。列強各国は統一政体に賛同を示したものの地方では幾つもの軍閥や独裁政権、ゲリラ等が跋扈しており尚も地球の地上部の統一だけでも多くの血が流れた。北米大陸で覇権を争っていた教団国家群との苛烈で凄惨な戦いが終結したのは西暦2137年の事だ。

 

 人類統合のための戦争と並行し、統一政府が実施したのは地球の復興と宇宙開発であった。両者は共にこれ以上の戦争を終わらせるための施策であった。主権国家が消滅しても生命の安全と食料・資源の安定的確保が達成出来なければ生まれて間も無い統一政体はすぐにでも崩壊するだろう。

 

 地球の浄化は最優先事項であった。放射能と戦火、化学物質により荒廃した地表は北方連合国家が火星開発のために発明したテラフォーミング技術により半世紀かけてどうにか美しい自然を取り戻す事になる。

 

 同時に新たなフロンティア……資源確保と共に軍事に向けられていたエネルギーの発散先として宇宙開発に統一政府は邁進した。困難ではあったが、幸運もあった。特に月面には13日戦争以前の宇宙基地と居住者達が未だ生存していたからだ。

 

 13日戦争勃発と共に月面や火星の二大超大国を筆頭とした各国の基地もまた本国より戦時体制に移るように命令が伝えられ、実際原始的な軍事衛星や宇宙戦闘機による戦闘も幾らか発生していた。

 

 だが、大半の宇宙の住民……少なくとも地球圏では戦争よりも寧ろ苦難に向けた協力体制が結ばれた。地球が焼かれ、大都市が消え去り、数十億の人々が死ぬのを特等席で観戦する事になれば当然の事であった。西暦2140年地球圏全体で放送された月面最大の都市ルナシティでの地球統一政府首脳部と宇宙人類共同体首脳部の抱擁と平和的な合併は人類に希望と感動を齎したものだ。

 

 火星では事情が違った。西暦2145年、テラフォーミング技術が不完全ながらも導入されていた火星に地球統一政府の使節が下りた時、そこは紛争地帯であった。未だ過酷ではあるが辛うじて宇宙服無しでの活動が可能であった火星では数十万人の人類が各ドーム都市群がかつての宗主国の名の下に小競り合いを繰り返していた。地球から派遣された平和維持隊が火星の戦乱を武力で完全に制圧するにはその後四半世紀の時間を必要とする。

 

 アントネル・ヤノーシュ博士を中心とする宇宙省技術陣が超光速航法を実現するまでの間テラフォーミング技術は火星の完全な地球化や木星や土星の開発基地・ドーム型都市建設のために活用された。そうして熟成された技術は超光速航行エンジンを搭載した移民船アラトラム号によるカノープス星系第3惑星に対する人類史上初の恒星間移住を実施した時に多くの恩恵をもたらした。その後大気がありハビタブルゾーンに位置する惑星群……シリウス、ヴェガ、プロキシマ、レグルス、カンパネラ、プロキオンといった星系の惑星はこの技術により地球と同じ環境に改造される事になる。

 

 シリウス戦役とその後の銀河統一戦争、そして銀河連邦の成立後、この技術は一層洗練され、かつては国家単位の予算が必要とされた惑星改造は銀河連邦最盛期には大企業であれば単独で可能となる程であった。急速に人類の活動可能範囲が拡大したために連邦政府も辺境の管理が追いつかず、中には悪徳企業が紐付きの海賊を匿うために、また兵器や違法薬物等を取引するために連邦に内密に改造した惑星すらあるほどだ。それほどまでに手軽な技術となりつつあった。そして企業中心の惑星開発は宇宙暦261年の「銀河恐慌」により終わりを告げる事になる。

 

「『カプチェランカ第21開発基地、宇宙暦259年4月7日稼働』か」

 

 ブリザードの中、私は雪原から突き出すように現れる特殊複合セラミックの塔に防刃用特殊繊維で編まれた手袋越しに触れる。そこには銀河連邦の国章とプラントの稼働日を記した古い連邦公用語(の一種)が書かれていた。建設を受け持った企業(ウットコ建設グループとある)が完成の記念に刻んだのだろう。

 

 旧銀河連邦時代に建設された惑星開発用のプラント、かつての開拓時代の夢の跡……その廃墟に私はいた。

 

 廃墟、といっても惑星を丸ごと地球のように改造するためのプラントである。大半は雪の下に埋まっているものの、旧銀河連邦時代の記録が正しければここのプラントだけでハイネセン記念スタジアムが数十個入るであろう規模だ。実際雪原から顔を出す廃墟だけでも小さな都市のようだ。

 

 かつてこの星を豊かで温暖な惑星に変えようと態々オリオン腕からやってきた開拓者達がおり、そして時代の嵐に翻弄され去っていった事をこの廃墟は沈黙の内に伝えていた。そして数世紀後、再びこの星に降り立った人々はこの惑星を切り開くでもなく惰性の内に地表で死体を量産している。その事に形容の出来ない無常観を感じる。

 

「若様、センサー設置完了致しました」

 

 音響・震動・熱探知式の各センサーを周囲に散布し終えたベアトが駆け寄って呼び掛ける。

 

「そうか、こっちもセンサーとカメラを設置し終えた所だ」

 

 明日にはブリザードが一時止む。そうなれば上空から索敵され航空爆撃や軌道爆撃……そこまで大げさな事は無くても地上部隊に報告される可能性がある。そのため一旦この廃墟に隠れ、再びブリザードが吹き荒れるまで待つ予定だった。そして、その間周囲の警戒のためのセンサーや光学カメラの設置作業を行い、今それを終えたところである。

 

「廃墟を見ておいでで?」

「ん?ああ、4世紀以上前の物なのに案外残っているものだな」

 

 尤も、辺境ではプラントが壊れても簡単に修理出来ないので可能な限り頑丈に作るのが当然らしい。中にはその役目を終えた後政府庁舎等別目的に転用され数百年に渡り利用されるものもあるという。

 

「……戻ろうか。この雪嵐、防寒着を着ていても寒すぎる。さっさと戻って温かいシチューにでもありつきたいものだ」

 

 尤も、軍用レーションのため大量生産品の大味ではあるがね。

 

 二人でプラントの一角に向かう。元は倉庫か何かに使われていた施設、その天井にランプが置かれ周囲を照らし、また戦闘装甲車が空中と地上の双方から索敵されないように隠されている。

 

「あ、お帰りなさいませ!」

 

 戦闘装甲車の傍に建てられた天幕、その隣でレーションの調理をしていたライトナー曹長が笑顔で駆け寄る。その手には蒸らしたタオルを差し出す。

 

「ああ、御苦労。天幕と食事、双方とも準備させてしまってすまんな」

 

 防寒着についた雪を払い、湯気の上がるタオルで顔を温める。冷え切った頬にじんわりと蒸れたタオルが心地よく思える。

 

「いえ、若様にこの程度の持て成ししか出来ず恐縮の極みです」

 

恭しく曹長は頭を下げ私の言に答える。

 

「構わんよ。この状況で我儘を言う訳にはいかんからな。そう言えば軍曹は?」

 

 タオルをベアトに渡した後、姿の見えない双子の妹に気付いて尋ねる。

 

「あ、それならば……」

「あぁ、若様お帰りで御座いましたかぁ。見てくださぁい、御馳走ですよぉ?」

 

 別口の出入り口から現れたのはじたばたと暴れる雪兎の両足を掴んで吊るす心底御機嫌そうな軍曹だった。森で血液が見つかると存在が露見するので気配を隠して物陰から素手で捕まえたらしい。……取り会えず言える事は、この娘可笑しい。生まれる時代を間違えている。

 

 その後目の前で平然とナイフで助けて!と泣き叫ぶ雪兎を絞めてあっと言う間に簡単な血抜きと解体をして見せる妹である。バーナーで肉を炙って気付けば本日のメインディッシュが出来上がっていた。うん、さっき言ったばっかだけどやっぱりこの娘可笑しい。何でそんなに手慣れているの?え、戦場で鹿や野鳥を狩った事もある?さいですか。

 

 まぁ、兄もベアトも気にしていないのでそう言うものであると思うしかない。帝国の上流階級では狩猟は必須の教養であるし、狩った獲物を家臣に血抜きや解体させるのも普通だからね。仕方ないね。

 

 レーションとしての黒パン、鶏のシチューと林檎パイは加熱して温かいものだ。ホットココアが甘い香りを醸し出す。そこにどん、と焼かれた新鮮な兎肉は御馳走ではあるが同時に少し場違い感もある。まぁ美味そうだから文句は言わない。

 

「それでは頂こうか」

 

 私の掛け声と共にささやかな宴会が始まる事になる。実家や宮廷の食事には及びもしないがこんなに寒い中では温かい食事というだけでありがたくなる。ましてや熟成していないため臭みがあるが天然の、しかも新鮮な兎肉を食べられるのは素晴らしい。無論、品種が良くないので狩猟場で狩れる獣に比べる訳もないが。

 

「若様、こちらの部位ならば若様の舌にも比較的合うかと」

 

 実際ベアトは兎肉の質を気にして、比較的美味であるとされる背ロースと腿肉の部位をナイフで丁寧に切り取り差し出す。

 

「お、おう……」

 

 まるで子供扱いな気もするが反対するのも面倒なので素直に切り分けられた部位を受け取る。あ、結構柔らかくて美味しいかも。熟成出来れば臭みもなく、もっと柔らかいのだが仕方ない。あ、口元は自分でナプキンで拭けるから。

 

 加熱式レーションのシチューは鶏肉のほか人参、玉葱、馬鈴薯等が含まれており、濃厚なミルクと合わさってレーションにしては味わい深い味だ。控えめな甘味で胃に溜まる林檎パイは食後のデザート、最後にホットココアで占めるのはある種の様式美だ。

 

「予定より1,2日遅れそうだな」

 

 兎の丸焼きもあって戦場にしては満足出来た食事の後、ホットココアを口に含みながら携帯端末の地図を見つめ、私は口を開く。

 

「仕方ありません。賊軍の索敵を避けるためには必要不可欠でした」

 

 仕掛けたセンサーとカメラ類からの情報を携帯端末から見つめながらベアトが返答した。

 

「問題は今後も遅れずに済むか、です」

「我々のぉ存在は知れているでしょうからぁ、問題はぁ、正確な位置を把握されているかぁ、ですねぇ」

 

 戦闘装甲車の整備をしながら双子が意見を述べる。実際データリンクの切断や放棄された車両から我々の存在は確実に把握されているだろう。方角までは知れていないと思いたいが……。

 

「ここから基地に無線が繋がったら良かったのにな」

 

 残念ながら電波妨害もあり通話は不可能だった。一応彼方には聞こえている可能性もあるのでこちらの位置は伝えずに大まかな内容は伝えておいた。潜水艦の座標は伝えなくても連絡さえ伝われば友軍が捜索してくれるかも知れない。

 

「期待は出来んけどな。明日はブリザードが一旦止み、明後日にはまた吹き始める。それまでの間車両の整備と通信回復の努力をするのが精々か……」

 

 そして帝国軍の索敵網を半ば強行突破して基地に辿り着かないといけない訳だ。辛い任務だなぁ。

 

 幾らか今後の予定についてニ、三言話合い、私とベアトは天幕の中で先に休息を取る事にする。5時間交代でその間曹長と軍曹が仕掛けたセンサーとカメラで周辺を監視する事になる。

 

「悪いが先に休ませてもらうぞ?」

「ごゆっくりお休みください。その間の細事はお任せを」

「お休みなさいませぇ」

 

 双子の返答を背中で聞きながら、私はベアトと共に天幕でそれぞれの寝袋に入り横になる。

 

「お疲れ様で御座います、若様」

「ああ、といっても実は私が一番楽している気もするけどな」

 

 自嘲しながら私は横になる。センサーやカメラの設置こそ私も行ったが範囲はベアトの方が広いし、ライトナー兄妹は運転や調理をして、今まさに警戒任務についている。明らかに私が一番体力が残っている筈だった。尤も寒い野外での仕事をして食事をした後、というのもあるが皆より体が鍛えられていないので残念ながら体力が無く正直眠いが。

 

 手元に安全装置を確認したブラスターを持ち敵襲を警戒しながら私は睡魔に身を任せる。温かい寝袋の中はそれだけで抗い難い誘惑を放っていた。

 

 重い瞼を閉じれば私は直ぐ様そのまま意識を暗転させた。本当、体力が無いな、などと意識を失う直前に私は思った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

雪嵐の吹き荒れる暗闇の中、人影が蠢く。

 

 夜間雪原用迷彩に身を包んだ兵士達は頭部にバラクラバを被った上で多機能暗視装置を装着し、消音装置を備えたブラスターライフルを構える。……所謂偵察任務に特化した斥候である。

 

「……見ろ、僅かにだが履帯の跡がある」

 

 足音も立てずに、光学カメラが設置されている場所を予測した上で物陰に隠れながら進む二人の帝国兵はブリザードで殆んど消えかけている走行の跡を発見して見せる。 

 

「この形は……パンツァーⅢの履帯跡か。この周辺で友軍の展開記録は?」

「無いな。こいつか……」

 

 敵地偵察任務を請け負うだけあり、斥候達はその意味を正しく理解する。

 

「よし、追うぞ。私が先行する。援護しろ」

「了解」

 

 そう言って片方が廃墟の影から身を乗り出したと同時であった。

 

 空を切る音と共に投擲された投げナイフが斥候の喉元を貫いたのは。

 

「カッ……!?」

 

 喉元を切り裂かれた以上悲鳴を上げる事も出来ず斥候は崩れ去る。もう一人は襲撃に迅速に対応出来なかった。暗視装置を装着していてもナイフは同僚の影になって見えなかった。ブラスターならばそれでも光で視認出来ただろうがナイフが発光する事も、ましてや熱を出す事もない。

 

 よって同僚が崩れ落ちる時に反応が一瞬遅れた。そしてそれが致命的であった。倒れる同僚に意識が向いた時には既に猟兵が消音用の特殊素材で作られ軍靴で足音を立てずに注意しながら駆け寄っていた。闇の中に同僚以外の姿を視認してブラスターライフルを構えようとした時には既にその顔面を銃底で殴り付けられ暗視装置のレンズが粉砕される。

 

 ニヤリ、と獰猛な笑みを浮かべる少女が一瞬斥候の力が抜けるのを狙いそのブラスターライフルを取り上げ投げ捨てる。

 

 斥候は脳震盪を起こしつつも揺れる意識の中で腰のブラスターを手に取ろうとする。だが、その前に体をうつ伏せに倒され体術で封じられる。

 

「ひぐっ……!?」

 

 喉元に焼けるような痛みを受け斥候は急速に意識を失う。

 

「惜しかったですねぇ、センサーを避けるのはぁ、良いですがぁ、だからこそぅ、センサーにかからない潜入ルートを待ち伏せるのはぁ、簡単なんですよぅ?」

 

 耳元で嘲るような笑い声が聞こえる。尤も、斥候にとってはそれに怒りの感情を向ける余裕は無かった。

 

 体温が低下し、重い瞼が閉じられる。彼は底冷えするブリザードの風音をぼんやりと耳に聞きながらその魂はヘルに誘われ死者の国へと導かれていった……。

 

「……面倒な事にぃ、なりましたねぇ」

 

 一方、斥候を始末した猟兵は凍てつく吹雪を頬に受けながら苦虫を噛む。

 

 哨戒に出て正解であった。どうやら、賊共を少し甘く見ていたらしい。まさかこちらの潜伏先を割り出していたとは……。斥候を始末したため暫く時間稼ぎは出来るだろうがこのままでは捕捉され包囲されるだろう。

 

だが……。

 

「逃げ道なんてぇ……無いですよねぇ。これは不味いですねぇ……」

 

 そもそも時間が無い。今急いで撤収したとしても雪原で複数の賊軍に捕捉されてしまうだろう。

 

 始末した賊軍から使えそうな物を拝借し、死体を雪に埋める。早く片付けて御兄様や若様に御報告しなければならなかった。

 

「陰鬱になりますねぇ……」

                         

 こうしている内にも地平線の先から迫ってきているのだろう賊軍を闇夜の雪嵐の中紅い瞳を細め彼女は睨み付ける。……先の見えない暗く極寒の雪嵐が軍曹にはまるで大いなる冬(フィンブルヴァト)の到来のように感じられた。


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