帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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前回に続き痛い描写多数注意


第六十四話 主人公補正があるから大丈夫!……多分

「グ、グウウウゥゥゥっ……!!!」

 

 見えているのかも分からない眼で私を睨み付けながら獣のような唸り声をあげるライトナー軍曹。左手で構える手斧にはべったりと赤い液体がこびりついていた。半個分隊の帝国兵を惨殺した凶器が分かった。

 

「ぐ、軍曹……?無事かっ……うおおっ!!?」

 

 手斧を持って再び襲いかかるのを慌てて避ける。相当に弱っているので動きは緩慢だが、それでも油断したら多分頭蓋骨をかち割られる。恐らく彼女には私が誰か分かっていないだろう。

 

「ヤバい、理性が飛んでやがる……」

 

 随分と壮絶な戦いをしたのだろう。足元にはぼたぼたと血が滴り落ちていた。あの小柄な、ボロボロの体のどこに立っていられるだけの体力があるか謎だ。殆ど怒りか、本能のみで襲いかかっているように思えた。

 

「ウウゥ……グウゥゥゥ……!!」

「っ……!」

 

 狼のようにぼんやりとした、しかし鋭い視線を向け、再び唸り声を上げる軍曹。そして構えるように手斧を持ち上げる。広くはない私はいつでも回避出来るように構える。

 

「軍曹、落ち着け、私だ……!」

 

 だが、疲労と痛みで頭が回らないのか、威嚇を止めようとしない軍曹。いや、目が霞んで見えないのか?

 

「ちぃ……『控えろ、ライトナー従士、私を誰と心得る……!』」

 

 私は咄嗟に宮廷帝国語で命令する。今の彼女には同盟公用語でいっても耳に届かないだろう。母語で話しかける方が良い。

 

「ググウウゥゥゥ………!!!」

『落ち着け、ここに賊軍はいない、お前達を迎えに来た……手斧を降ろせ……!!』

 

 私は門閥貴族らしい口調で、しかしゆっくりとした口調でそう諭す。

 

『グゥゥ……グ……?……若……さ……ま?』

 

 暫し警戒し……しかし、次の瞬間、疑問系で彼女は答えた。

 

『……よし、そうだ。私だ。警戒しなくていい、ゆっくり斧を……』

「ネーナ……よせっ……!!」

 

 そう途中まで言った所で事態を発見して奥の廊下から走ってきた兄が叫びながら後ろから両手を抑えて拘束する。

 

「がっ……!」

 

 動きを押さえるためとはいえ、その衝撃からか、死にかけの妹は吐血した。

 

「……!!曹長、止めろ!死んでしまう……!!」

 

 はっと、気付いて兄が手を離すと、そのままずるっとその場で足を追って倒れる軍曹、私はどうにかそれを支えると処置に入る。

 

「若様……!?なぜ……!!?」

「それは後回しだ……それよりまずはこいつを処置するぞ……!!」

 

 包帯とメス、麻酔と止血冷却スプレー、輸血剤、消毒薬を準備して私は処置を行おうとする。

 

「若様……それよりも早くお逃げ下さい……!ここは賊軍に囲まれつつあります!私が血路を開きますのでお早く……!」

「いいから黙って命令を聞けっ!!ライトナー従士!!」

 

 敢えて階級ではなく身分で呼ぶ。私の貴族としての命令であると伝えるためだ。

 

「り、了解……!」

 

 兄は、その命令に怯えつつも半ば条件反射的に反応して処置に加わる。

 

 血が染み付いた軍服を部分的に剥がし、傷口に麻酔、メスで銃弾や礫の類があれば摘出し消毒と縫い合わせを行い、止血する。……くそ、打撲と骨折もあるな。当然か。骨は今はどうにも出来ない、固定するしかない。血管と内臓が無事そうなのが幸いだ。あるいはそういった部分のみを守っていたのかも知れない。

 

 処置をしながら私は経緯について説明する。すると妹より多少マシ程度にはボロボロの兄の顔が青くなる。血液不足以外の理由があるのは明らかであった。

 

「ぐっ……ううう……」

 

 倒れた軍曹の方は先ほどとは打って変わって弱弱しい呼吸をしていた。

 

「……ネーナ……軍曹!大丈夫かっ!」

 

 その姿に兄が心底心配そうに声をかける。妹はというとぼんやり兄を見て、小さくこくり、と頷くことしか出来なかったが。

 

 それでも兄からすれば十分に慰めになるようで妹の血塗れの手を握る。

 

 その後に今更のように思い出して曹長は私を見つめる。そこには疑問と絶望と困惑、僅かな希望が複雑にブレンドされているように見えた。

 

『悪いが私はケチでな。貴重な資産を平民共相手に浪費したくない。ここから私と共に後退しろ。残る事も、自決も許さん』

 

 それに対して答えを提供するように強い帝国語で私は命じる。

 

『ですがっ……!!』

『お喋りに興じる時間はない、手を休めるな。態々私自らここまで来たのにその苦労をふいにしてくれるな。それにお前も可能なら妹を助けたいだろう?』

 

 普段ならもう少し考えて、時間をかけて説得出来たであろうが、生憎私自身追い込まれてじっくり言葉を考える暇なぞないため高圧的に接するしかなかった。私自身の手間と立場でごり押しするしかない。尤も、頭の回転の良さそうな兄は暫し葛藤しても、すぐに決心したように協力をしてくれた。誰だって死にたくないし、可能なら身内を助けたいものだ。

 

『り……了解しました』

 

 暫し悩みつつも、兄は渋々そう返答する。やはり、身内は大事だということだろう。実際、少々不足ではあるが丁寧な応急処置の跡が分かる。恐らく兄が妹に施したものだろう。自身も怪我しているが、医療品の大半は妹に使ったようだ。

  

「それにしても……よくもまぁ、こんな傷だらけになるまで……!」

 

 話によれば弾薬を使いきった後は室内でナイフと手斧で待ち伏せと奇襲からの近接戦闘を実施していたらしい。敢えて即死させずに一人目を撃破し、それを盾にして火器を封じて二人目、敵兵の影から三人目……質の低い徴兵された兵士相手だからこそ可能な事でもあった。

 

尤も、それでも無事では済まなかったようだが。

 

「ベアト、二人を発見した。応急処置をしてすぐこの場を離れる……!そちらの様子はっ!?」

 

 傷口に包帯を巻きながら私は叫ぶように無線機に向け尋ねる。野戦衛生の技能を取って正解だ。

 

『……砲爆撃が止みました、っ……そちらの廃墟内に賊軍兵士が突入します!一個中隊はあります!早く退却をっ!私は狙撃で遅滞戦闘を行います!』

 

その言葉と共に銃声が無線機越しに響き始める。

 

「分かった。もうすぐ終わる……!ベアト、お前も無理せず、危険になればすぐに後退しろ!……残るなよ?全員連れ戻すまでは何度でも戻るからな……!」

 

そういって返答を待たずに無線を切ると兄に命令する。

 

「ここから出るぞ……!爆薬かゼッフル粒子はあるか……!?」

 

 この二人の性格からして、予想では最後はきっと自爆で可能な限り敵兵を道連れにするつもりだったに違いない。ならばどちらかは必ずあるはずだ。置き土産には最適だ。

 

「……こちらに」

 

 と、奥の方から高性能爆薬の箱と携帯用ゼッフル粒子発生装置を持ち出してきた。まさか両方持ってくるとはな。こいつが奥の方にいたのは最後の準備のためだったのだろう。

 

「ゼッフル粒子を放出しろ。爆薬のカウントは300秒だ。爆発の混乱に紛れて地下に逃げるぞ」

 

 携帯用ブラスターを兄に与え、私はライフルと手斧を持つ。兄は意味を察して妹を背負うと、腰にブラスターを差し込み私についていった。一刻も早く逃げなければここで全員死ぬのは確定していた。

 

……問題は逃げきれるか、であったが。

 

 

    

 

 

 

 

 走る。走る。唯ひたすら走る。走らなければ物理的に死んでしまうからだ。

 

「右に曲がるぞ……!うおっ!?」

 

 曲がり角で銃撃を受ける。慌てて物影に伏せ、後続の兄をジェスチャーで待機を命じる。

 

「ちぃ……ガンガン撃ちやがって……!引火したらどうするつもりだ……!」

 

 恐らくはゼッフル粒子がまだ薄いためにセンサーが反応しないのだろう。ブラスターを盛大に撃ちまくる帝国兵諸君である。

 

「………!」

 

 私は迅速に蹴りをつけるためにゴーグルを装備した後、腰からスタングレネードを取り出し、射撃の隙をついて床に滑り込ませるように投げる。

 

『手榴弾……!?』

 

 帝国兵達が悲鳴をあげる。薄暗い廊下ではスタングレネードと手榴弾の違いはすぐには分からなかったのだろう、だが、彼らの人生にとってはそれが最大の不運であった。

 

 閃光の光で視界を潰された所で私は手斧を片手に駆け出す。一人を力に任せて首に刃を叩きつけた。

 

「………!」

 

 べきっという骨の折れる音と、肉の潰れる感触がした。銃撃での殺害とは違う言い様のない罪悪感を感じた。私は不快感を圧し殺し、続いて二人目の頭部を引き抜いた手斧で殴り、恐らくは頭蓋骨は粉砕された。三人目はパニックからやたらめったらに射撃するが、視界も見えないのに当たる道理もない。寧ろ先ほど仕留めた二人に駄目押しの一撃をプレゼントする結果になった。ブラスターライフルを腕ごと落としてやると悲鳴を上げる、そこに蹴りを加え、倒れた所に止めの一撃を振り下ろした。

 

「はぁ…はぁ…はぁ……」

 

 脅威を排除した後に、震える手から血肉のこびりついた斧がずり落ちた。動悸が激しくなり、胸焼けがして……次の瞬間吐いた。

 

「うえぇ……げっ……ガッ……!!」

 

 教練自体は何千回もしてきたが、実戦とは雲泥の差だ。刃物を使った殺害する瞬間の感触は多分一生慣れないだろう。殺した感覚が今も手に残る。原作の薔薇の騎士達や石器時代の勇者の精神は化け物かよ……!

 

 尤も、今時接近戦をしている時点で自殺行為ではあるが。……運が良かった。下手すれば返り討ちにあって死んでいた。終わった後になってその行動の危険に気付いた。

 

「若様……!」

「いくぞ……もう大丈夫だ」

 

 中途半端に残しても問題なので胃の中の物はあらかた吐き出してやった。これでもう吐くことは無い、と思いたい。

 

 自身の吐瀉物と死体を乗り越え進む。階段を下ると出口に一人帝国兵がいたのでブラスターライフルで気付く前に射殺する。

 

『居たぞ……!!』

 

 後方から帝国語が聞こえる。数名の帝国兵が実弾銃を構えて走り寄ってくる。ゼッフル粒子濃度が上昇していることに気づいたのだろう。

 

「ちぃ……曹長、行け……!」

 

 死にかけの妹を背負ったライトナー曹長を先行させ、私は最後のスタングレネードを投げつける。閃光により足止めすると、出鱈目に飛んでくる実弾を背を低くして避けながら出口に向かう。痛ぇ……肩にかすったぞ!?

 

 出口から出て荒涼とした雪原を走る。どこからか銃撃の音がして、光条がすぐ側を通り、耳元を鉛弾が通りすぎる音がする。だが、どこからか銃声が鳴るとそれも止んだ。理由は予測出来るが、今それを確認する時間は無かった。

 

 瓦礫を盾にしながら走り、過労でぼんやりとしつつある意識で腕のクラシックな針時計を見やる。

 

「時間だな……!!」

 

 瓦礫に隠れ、後ろを見た。立て籠っていたコンクリートと超硬質繊維の廃墟から追撃の帝国軍兵士が数名現れた。私を見つけ銃を向けようとした次の瞬間……爆発して吹き飛ぶ建物の爆風によって彼らは空中に放り出された。

 

 置き土産の高性能爆薬と携帯用ゼッフル粒子発生装置によるコンボは先程まで立て籠っていた建物全体を紅蓮の炎と共に吹き飛ばした。

 

 突如の大爆発に建物の外で展開していた帝国軍兵士は恐慌状態に陥る。ざまぁ見やがれ……!

 

 達成感に私は口元を吊り上げながらながら嘲笑し、その場から素早く撤収しようと走り出す。

 

……次の瞬間、後ろからだれかに押し倒された。

 

「ぐっ……っ!?」

 

 雪の上に腕をついて、慌てて後ろを振り返る。血と泥に汚れた雪原迷彩服を着た若い帝国軍兵士がいた。ぎらり、と肉食獣のようにこちらを睨み付けていた。

 

『うおおおぉぉぉ!!』

 

 腰のポーチから取り出した刃渡り十五センチはあろうかという炭素クリスタル製軍用ナイフを抜きとると、帝国兵は飛びかるように襲いかかる。

 

 寸前で私は身を翻し腹部への一突きを回避する。……まぁ、代わりに左太腿を深々と抉ったけどね?

 

「あっ……ぐっ……!?」

 

 焼けるような激痛が襲い掛かる。喉から絞め殺される鶏の断末魔のような悲鳴が漏れた。だが、理性と本能がそれを押し止める。そんな事をしている暇はない事は分かっていた。涙目になり、憐れな鳴き声を上げながらも意識は帝国兵の次の攻撃に集中していた。

 

 意識を向けた先……馬乗りになった帝国兵が目を見開きながら私の左太腿に突き刺していたナイフを乱暴に抜き取り私の首へと突き立てる。その表情は明らかに正気のそれではなかった。

 

「ふぐっ……ふざっ……けんなっ!」

 

 咄嗟に両手でナイフの柄と帝国兵の腕を掴み、襲い掛かる死に抵抗する。体を鍛えていて正解であった。下手すればこのまま筋力勝負に負けて即死していたかも知れない。

 

尤もこのままでは時間稼ぎに過ぎないが。

 

「ぐぐぐ……!」

 

 目の前に血に濡れたナイフが妖しく輝いていた。私は反撃のために左腰の銃剣を取ろうとして気付いた。この体勢からでは帝国兵が邪魔で右手では取れない。しかも私の右手は帝国兵の振り下ろそうとするナイフの柄を握っていた。

 

「ち……畜生……!」

 

 防刃繊維の性能に期待して手袋越しに全力でナイフの鍔元を握る。その間に左手で腰の銃剣を探す。ははは、痛てぇ……血が手袋越しに気前よく流れて来やがる。ぐっ……ゆ、指の骨に当たっていやがる……!糞、この手袋作った会社訴えてやるからな……!!

 

『糞ぉ……叛徒共……た、隊長の仇っ……し…しし…し、死ねええぇぇぇ!!』

 

 まだ二十にもなっていないボロボロの衣服を着た若い帝国兵はブラウナウ訛りで禍々しい殺意と恐怖心を言葉に乗せて叫ぶ。

 

「ぐっ……ぐぐぐっっ……!!!」

 

 私は殆ど獣の唸るような声を上げていた。手袋越しに勢いよく流れる深紅の血も、指の骨を削り、肉を切り裂く痛みも無視して炭素クリスタル製のナイフを握りしめ、ゆっくりと押し返す。それを見て吐息が感じられる程に顔を近づけた帝国兵は尚も血走った形相で睨みつけ、奇声に近い咆哮を上げると私の喉を抉るためにナイフを持つ力を強める。

 

「ぐっ……う…ゔゔおおおおおおぉぉぉっ!!」

 

 やっとの思いで左手が腰の銃剣の柄を掴む。鞘から抜いたそれを叫びながら防弾プレートで保護されていない帝国兵の脇腹に突き刺した。防刃繊維で出来ていているために簡単には突き刺さらない。だが、所詮は大量生産品、重装甲服の装甲すら炭素クリスタルは切り裂くのだ。軽歩兵の防刃布を切り裂けない道理はない。

 

「し……死ね!……死ねぇぇっ!!さっさと死ねぇぇぇ!」

 

 殆ど半狂乱に銃剣を何度も脇腹に突き立てた。数回突くと肉を抉った感触を感じた。私は構わず何度も、何度も何度も突き刺した。  

 

『あっ……あがっ……!!』

 

 帝国兵は口から赤黒い物を吐き出した。顔面に豪快にそれを被る。鉄の臭いと生温かい感触……私は言葉にならない奇声を上げて尚も銃剣を突き刺した。帝国兵の力が抜け倒れると、それを押し倒し、雪原に叩きつける。

 

「はぁはぁはぁ……糞がっ!こんな所でくたばれるかよっ……!」

 

 吐き捨てるように叫び、立ち上がる……が、次の瞬間激痛が左足を襲い、倒れこむ。

 

「若様……!?」

 

 聞きなれた女性の声が聴こえた。それは殆ど悲鳴に近いものであった。

 

「べ、ベアトかっ……!?」

 

 殆ど泣き声になりながら私は従士に助けを呼ぶ。彼女はすぐに視界に入ってきた。恐らくは帝国軍兵士から奪ったMG機関銃を両手で持った血と泥に汚れきった彼女は私をその視界に見出だすと両目を見開き、機関銃を投げ捨てて必死の形相で駆け出す。

 

「若様っ……!!」

 

 血塗れの怪我だらけの私に悲鳴に近い声を上げ、しかし彼女はすぐに成すべき事を行動に移した。

 

「今なら賊軍は混乱しています……!暫し御辛抱下さい……!」

 

 そういって私の左手を自身の右肩に回す形で肩を貸し、半ば無理矢理歩行を促す。私も事態を理解しているため文句を言わず、激痛を堪えて歩き始める。

 

「若様……!こちらは危険です!」

 

 視線の先では包帯を巻いた軍曹を物陰に隠した曹長がブラスターライフルを撃ちながら叫んでいた。

 

畜生、先周りされていたか……!

 

 私はその時鈍い頭をフル回転されて打開策を考える……が、既に答えが出ていた。

 

「……詰みだ」

 

帝国軍に、完全に逃げ場もなく包囲された。

 

「くそぉ………!!」

 

震えるような声でそれだけを呟いた。

 

 今更のように後悔の念が生まれる。こんな所で死ぬのか?あの時、曹長達を見捨てたなら助かったのだろうか?いや、そんな決断が私に出来たとは思えない。きっと後悔して、病んでいただろう。

 

 ならば、これが必然だったのだろうか?所詮魔術師や獅子帝のような才覚もない唯人が戦場で生き残ろうとする事自体がおこがましかったのだろうか?

 

「若様、危険です……!」

「えっ……?」

 

 次の瞬間、ベアトに押し倒される……と、共に目の前に何かが通り過ぎ、数秒して鼓膜を震え上がらせる爆発と衝撃が襲いかかり、視界が回転する。

 

「あっ…がつっ……ひっ……!!?」

 

 どうやら私目掛けて携帯式ロケット弾が撃ち込まれていたようだ。半ば現実逃避していた私は気付けず、ベアトがいなければ直撃を受けて死んでいた。尤も、至近で爆発したらしく、爆風で視界が回転するくらいには吹き飛ばされたが。

 

「ぐつ……うぐっ……!?」

 

 頭がズキズキと痛み、触れてみれば、特殊繊維と合金と強化プラスチックの三重の保護を受けた軍用ヘルメットが引き裂かれていた。礫か鉄片が命中したのだろう、触れた手がねっとり血塗れになっていた。頭皮が剥けたか、切れたのか……幸運なのは多分頭蓋骨は無事なので中身が零れる事はないことだ。二度目は知らん。

 

「べ、ベアト……!?ひぐっ…!!?」

 

 不用意に人を呼んだために居場所がバレて数条のブラスターの光が襲いかかり、一発が左肩を撃ちぬいた。

 

「ち。畜生……!!」

 

 転がっていた帝国兵のブラスターを掴み、銃撃してきた奴らに返礼して二名、ヴァルハラ行きの特別チケットを発行してやる。

 

「ぐあぁ……はぁ……はあ……ああっ……痛ぅっ……!」

 

 ナイフの刃に深々と掌の肉と骨を削られた痛みを思い出し、震える右手からブラスターを落す。ブラスターは真っ赤に濡れていて、雪の上に落ちればその純白を下品な赤色で彩った。

 

 正直、痛みと恐怖と絶望感でまともな思考が出来そうになかった。今となっては呼吸の度に肺を満たす冷たい空気すらも鋭利な刃物を突き立てられるかのような痛みに変わっていた。

 

「若様…どこですかっ!ああ……!!なんていう………!」

 

 額の右側からドロドロと血を流した従士が私に駆け寄る。血を流す頭を撫で、怪我の具合を確認しようとする。

 

「……大…丈夫……だ。はぁ……表面の皮が…切れたか剥がれただけだ」

 

 明らかに大丈夫ではないが、この際中身が出てこなければ誤差の範囲だ。

 

「どこかに隠れましょう……!賊をやり過ごして再起を図りましょう!」

「もう……無理だ。私は良い…から……逃…げろ……」

 

 尤も、どの口で言っているんだ、であろうが。戻ったのは自分の我儘である事を疲労と痛みで麻痺しつつある脳細胞で辛うじて思い出す。

 

 どの道、一人捕虜になっても、逃げられても彼女には未来が無いも同然だ。呆れたものだ、自分は我儘で事態を悪化させただけではないか。少なくともあの時逃げれば私とベアトは助かった筈。それを私の我儘が全員を地獄に落とす事になった。

 

「駄目です……!御叱りは後ほど御受けしますので御容赦を……!」

 

 か弱い女性の身で渾身の力を込めて私の肩のエポレットを掴み引き摺る。どこかの瓦礫か廃墟の中にでも隠れようという事だろう。

 

「ぐっ……!?」

 

 一瞬の閃光、続いて低い悲鳴と共にベアトが倒れる。右肩を押さえていた。そこからじわじわと赤い染みが広がる。ブラスターライフルの光……!

 

「ベアト……!?」

「だ、大丈夫です……問題は…な……」

 

 顔を上げたベアトの表情が凍る。その視線の先を振り向くと瓦礫の上から今まさに私達を発見して手に持つブラスターライフルを構えようとしていた数名の帝国兵。

 

「ベア……」

 

 逃げろ、という前に覆いかぶさる従士により視界が塞がれる。彼女の意図する事を瞬時に理解する。だが、貫通力に優れたブラスターに対してどこまで効果があるかは怪しいものだった。それでも彼女は自身に出来る事を咄嗟に判断し、最大限の献身をしようとした。

 

尤も、仮に助かっても………。

 

「……ごめんなさい」

 

 帝国兵達がブラスターの銃口を向け、引き金に指を置こうとしていた時、幼い、子供が泣きじゃくったような声が漏れた。怯えるような、懺悔するような、か細く、震えた呟き……。

 

「…………っ!!!!」

 

 恐らく、絶望と後悔とで私はこれまでに無いほどに表情を引き攣らせていた筈だ。無意識のうちに私は声にならない悲鳴を上げていた。

 

 違う、いやそうではない、こんなつもりじゃなかったんだ……!ただ……ただ……!

 

 しかし、言い訳をする時間なぞもう無かった。微かに視界に収まる先では正に数名の帝国兵が引き金を引き、銃口が光を称えていた。次の瞬間に幾条もの閃光が私達の体を穿つ筈であった。

 

「ひっ……」

 

 死ぬ事への恐怖が今更ぶり返して私は覆いかぶさる従士に咄嗟に抱き着いた。完全に臆病で、卑怯者の行動であった。

 

 そして襲い掛かる死から逃避するように目を瞑り………。

 

 

 

 

 

次の瞬間、目の前の帝国兵達が薙ぎ払われた。

 

「えっ………?」

 

 私は呆けた表情でそう口にした。何が起きたのか分からなかった。

 

 次に感じたのは耳を切り裂くような轟音であった。上空を二つの影がサイレン音と爆音を上げながら通り過ぎる。

 

戦闘攻撃機(jagdbomber)……!!』

 

 殆ど絶叫に近い帝国語を帝国兵達は叫んだ。それはまるで丸腰でグレンデルにでも遭遇したかのような恐慌具合であった。いや、実際軽歩兵にとっては丸腰と変わらない筈だ。

 

 (krahe)……同盟地上軍航空軍ではそのまま同盟公用語で「クロウ」と呼ばれているJU-78は亡命軍が製造して第一線に投入している大気圏内戦闘攻撃機であった。その頑強な装甲から来る生存性と対装甲戦力を想定した強力な火力が注目され、幾つかの同盟の軍需産業メーカーがライセンス生産し、同盟の航空部隊においても数千機が運用され、帝国地上軍の恐怖の的になっていた。

 

 だが、あれは明らかに同盟軍のそれではなかった。あの独特の烏の鳴き声のようなサイレン音を奏でるのは同盟軍の機体ではない。

  

『うわあぁぁぁぁ!!??』

 

 帝国兵達は悲鳴をあげながら一ミリでも遠くに逃げようと走り出す。だが、全ては無駄であった。

 

次の瞬間……地面が爆ぜた。

 

 戦闘攻撃機の機首に備え付けられた45ミリ口径の荷電粒子ビームガトリング砲の雨が帝国兵を文字通り消し飛ばす。命中した兵士は文字通り「消滅」し、掠った者は手足が引き千切られ内臓をこぼして断末魔の叫びを上げる。戦闘装甲車は装甲の薄い上方から蜂の巣にされた。

 

 ハードポイントの500ポンドスマート爆弾が切り離される。爆弾内の光学カメラとセンサーが周囲を探知し、母機から入力された目標物に向け慣性の法則に従いながら自身を誘導する。次の瞬間には紅蓮の炎が雪原を多くの人形共々飲み込んだ。

 

「ち、中尉……き、来ます……来ます……!!」

「慌てるな、散開しろっ!的を絞らせるなっ!どこでもいい、廃墟の中に入って雪に体を潜らせろ!」

 

 どこからか叫び声が響く。帝国軍の士官だろうか、混乱する兵士達に的確な命令をしていた。尤も、恐怖によりパニックになった彼らがそれを実行出来るかは疑問であるが。

 

 続くように低空飛行する攻撃ヘリと輸送ヘリの編隊が廃墟を避けながら現れる。通常ならば対空砲火の的であるが、現在の混乱する状況では効果的な反撃は出来ないし、許さない。火薬式機関砲やロケット弾、ドアガンが地獄の大合唱に参戦した。携帯式対空ミサイルや重機関銃は空に向ける前に所有者ごとスクラップにされる。殺戮と破壊と焼却の三重奏が奏でられる。

 

 悲鳴と爆音が響き渡り、肉と鉄の焼ける臭いが充満する。次の瞬間には潰走する帝国兵達をナパームの炎が舐めた。燃え上がる人形がのたうち回る。下手に軍服に難燃性があるために多くの兵士が即死出来ず、かといって助かる希望もないままにヴァルハラに旅立つまでの苦行を味わう事になった。

 

「あっ………」

 

 私とベアトは、殆ど唖然としてそれを見ているしかなかった。圧倒的な破壊と殺戮が行使されているその光景を黙って見ていることしか。

 

 ホバリングしながら着陸する人員輸送型ヘリコプター、そこから降下するのは髑髏のような重装甲服を着た屈強な戦士の集団。

 

「装甲……擲弾…兵?」

 

 白い帝国軍装甲擲弾兵団が周囲の帝国兵をブラスターライフルで迅速に掃討しながら私の元に駆け寄る。

 

正面に立った髑髏顔が淡々とした口調で尋ねる。

 

『官姓名を御聞きしたい』

 

 宮廷帝国語での質問。流暢で優美な言葉が、しかしこの場では場違いのように思えた。

 

 気付けばベアトが、退き、私を起き上がらせていた。何か……衛生兵だろう……を呼ぼうとするのを止め、口を開く。

 

『……無礼だろう、質問するなら……卿から答えよ』

 

 ぼんやりとする意識の中、宮廷帝国語で門閥貴族が格下に答える「正解文」を答えてやる。

 

『……非礼をお許し下さい。第16装甲擲弾兵連隊所属、フォン・ドルマン大尉であります。フォン・ティルピッツ様でありますな。衛生兵を呼び寄せます』

 

 待ってました、とばかりに膝を折り、深々と謝罪する大尉に、しかし私は漸くこの場で伝えなければならないことを思い出す。

 

『北緯14度……』

『は?』

『北緯14度6分、西経151度9分……捜索しろ。救助対象が……ある。……それと…部下達が重症だ……その治療もたの……む……』

 

 そこまで言って私は体の力が抜け、倒れる。辛うじてこの場で最低限、隊長として口にしなければならないことは言った。これ以上は気力も体力も持たないので勘弁して欲しい。

 

悲鳴と、動揺の声が聞こえた。

 

 慌てて衛生兵が集まり、何らかの治療を施していくのが薄れ行く意識の中でも分かった。

 

『……あっ』

 

消え行く意識の中で、私は確かに見た。

 

 金糸の髪の従士が、顔を歪ませていた。ぼろぼろと涙粒を落としながら泣き顔を見せていた。まるでこれまで泣いた事が無いような下手な泣き方だった。そして……随分と懐かしい表情でもあった。

 

『………』

 

 謝罪も、言い訳の声を出す気力も体力もなく、そのまま私は重い瞼をゆっくりと閉じていく。

 

 また、迷惑をかけるな……内心でそう思いながら、私は意識を手放した………。

 




ボロボロになったけど医療技術が進んでいるのでへーきへーき(つまり今後も痛めつけられる!)

次話は結構シリアスからシリアルになるかも







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