帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
<< 前の話 次の話 >>

65 / 96
自宅通勤の仕事はストレスフリーな職場だと思ったか?
第六十五話 病院の食事は味気がない


「……雨が降って来たな」

 

 鬱蒼とした森は、曇天の空により、一層暗くなっていた。ぽとぽとと雨粒が降り始める。その勢いはまだ弱々しいが、遠くから聞こえる地鳴りのような雷を思えばすぐにその勢いは激しくなる事が予想出来た。

 

 私は大樹の根本に腰掛け、不快感がありありと分かる表情で雲に覆われた空を見上げ、その後改めて目の前で息を切らす人影を見る。黒いべストに白いキュロット、緋色のジュストコールを羽織り、三角帽を被る姿は貴族階級の少年のそれであるが、肩まで伸びる繊細な黄金色の髪と細い顔立ちを見ればその人物が少年ではなく少女である事が分かる筈だ。

 

「い、いましばらくおまちください!どこかあめをしのげるばしょをさがしますので……!」

 

 森の中を探し回ったのだろう、絹とラメ、レース等を贅沢に使った衣服は泥に汚れ、枝葉に引っ掛かり所々ほつれていた。そんな彼女は精一杯の謝罪の言葉を口にしてから三角帽を差し出す。

 

「あ、あめがつよくなっておりますので……このようなものでもうしわけありませんが、どうぞあまつぶをふせぐのにおつかいください……!」

 

 その姿は罪悪感と恐怖心を綯い交ぜにしたもののように思えた。このまま伯爵家の嫡男を雨でずぶ濡れにさせてしまえば間違いなく実家から叱りつけられるであろうから当然であろう。

 

 尤も、ある意味では幸いかも知れない。それだけの理由があればこの小娘を追い出すのに十分だ。追い出された事に対してこの娘も実家から幾らか言われるであろうが、これまで何人も……ゴトフリート一族からも……難癖つけて追い出している身からすればそこまでしつこく両親に言われる事はあるまい。

 

 私は半ば意識的に憮然な表情を浮かべ三角帽を受け取るとそれを頭に被り、顎で行け、と命じる。恭しく少女は頭を下げ、踵を返して走り出す。

 

「……まさか本当に遭難するとはな」

 

 新無憂宮程ではないにしろ、この新美泉宮も大概な面積を有している。その北苑たる狩猟区は外縁も含めると平原に森林、山岳部、高地等様々な環境に百種類以上数千頭もの動物が住み、その全てが皇帝グスタフ三世の資産であり、狩猟の的である。流石に雪原やサバンナ、熱帯雨林での狩りをしたい時は遠方の飛び地でやる必要こそあるが、大概のシチュエーションならばこの宮廷で可能だ。にしてもまさか方角が分からなくなるだけで遭難する事になるとは思わなかった。完全に甘く見ていた。

 

「………まさか、獅子帝に殺られる前にここで餓死するなんてないよな?」

 

 新無憂宮の地下に消えたアルベルト皇子ではないが、新美泉宮でも遭難して餓死寸前で見つかる者も十年に一人くらいはいるという。新無憂宮に比べれば効率重視のため機械による警備も行ってはいるものの、それでも比較的であり、広大な敷地に対して不足と言わざる得ない。

 

「うわっ……本格的に降ってきたな」

 

 後ろ向きな事ばかりらを考えるせいか、激しい雷雨が降り注ぎ始める。

 

「……大丈夫か、あいつ?」

 

 この雷雨と暗い視界である。迷うか、そうでなくても足元が見えずに怪我をする可能性もある。獣が近づいてくるのも気付きにくくなるだろう。

 

その心配は十五分もすれば一層大きくなる。

 

「……本当に大丈夫か?」

 

 暫し逡巡した後探そうと決心する。失態を犯して追い出したいとは考えても怪我をさせたい訳でも、危険に晒したい訳でもないのだ。

 

「……ちっ、行くか」

 

 そう言って豪雨の中木陰から出ていこうとした次の瞬間であった。森の中から現れる少女と鉢合わせしたのは。

 

「み……みつかった…わかさま、おまたせいたしました!こやをみつけたのでごあんないいたします!」

 

 その姿は正直惨めと言って良かった。どこかでこけたのだろう、キュロットが泥色に染まり、服装は捨て犬のようにずぶ濡れになっていた。

 

「あ、ああ……」

 

 私はそう答えるしかなかった。正直そんな姿になりながら、喜色を浮かべながら目の前の少女はそう口にしたのだから。

 

 内心戸惑うが、そこに大きな雷が降り、前世がある癖に少し怯み、結局少女が先導して私は小屋の方に向かう。

 

「あめにおぬれになられますのでどうぞ……!」

 

 そういって緋色のジュストコールを脱いで被せるように私の頭の上にかざす。少しでも雨から身を守らせようとしているらしかった。何とも見上げた忠誠心だ。子供にこんな事をさせるとはどんな教育をしているんだ?

 

「……ご苦労」

 

 本来ならば別に口にしなくても良いのだが、私としても子供にここまでさせていては流石に罪悪感も感じるために小さい声で口にする。この雷雨では聞こえているか怪しいがどちらかと言えば私の精神衛生……自己満足に近いものなので聞こえていなくてもこの際問題はない。

 

 暫く沈黙のうちに私は先導されながら暗い森を進む。時たま足下に気を付けるように声をかけられる以外は彼女もまた口を開く事はない。

 

「………なにやっているんだろうな」

 

 宇宙で万を越える艦艇が戦争している時代に雨の降る暗い森の中で少女に導かれて歩いて行くことがどこか滑稽で、場違いな事のように思えて、自嘲的な気分になってくる。

 

 十分も歩くと森の中から一件の狩猟小屋が見えてくる。小さくて粗末な、恐らく然程使われていないのだろう。だだっ広いとこれだからいけない。

 

「まぁいい、この際雨を凌げればな」

 

 正直寒いし、空腹だし、風邪を引きそうだ。流石に精神は兎も角肉体は完全に子供なので油断したら危険だ。いくらなんでも庭先で遭難死なんて笑えない。

 

「なかはかくにんいたしました。あんぜんですのでどうぞおはいりください」

 

 子供にしては十分に礼儀に沿った口調と動作で頭を下げながら扉を開く従士の少女。

 

「ああ……お前は入らんのか?」

 

 偉そうにふんぞり返りながら答え、そのまま小屋に入ろうとして、漸く入室しようとしない彼女に気付く。

 

 すると、少女は一瞬迷うような表情を浮かべ……気後れしたような口調で答える。

 

「えっと……わたしは……きょかされませんので」

 

 恐る恐る口にする言葉と、ここがどこかに思い至り、その意味を理解する。そして、良い歳してそこに思い至らなかった私はかなり甘やかされ、大馬鹿者であっただろう。この宮廷の木々の一本、花も、動物も、魚も、ありとあらゆる物の所有者は決まっていたのだから。

 

「宜しい、ではゴトフリート、私が命令する………」

 

 そして、その事に失念していた事に若干不愉快な気分を受けながら、私はその口で命じる事にする。今に思えばかなり恐れ知らずの命令だっただろう。それでも私は口にした。私の命令なら事後承諾も許されると理解していたから………。

 

 

 

 

 

 

「うぅ………うん?」

 

 私は、目を開くと同時に眩しい朝日の光を浴び、再びその瞼を一旦閉じなければならなくなった。

 

「あら中尉さん、ごめんなさい、起こしてしまいましたか?」

 

 丁度室内の換気を兼ねてカーテンを開き、窓を開けようとしていた若い看護師が申し訳なさそうに尋ねる。

 

「……いえ、丁度目覚める事が出来たので大丈夫ですよ」

 

 患者服を着た私は周囲を見渡して状況を理解すると、欠伸を噛み殺し目元を擦りながら愛想笑いを浮かべてそう答える。

 

「……朝、か」

 

ベッドからまだ少しだけ痛む体を起こすとそう呟いた。

 

 惑星ハイネセンの空は冬が近いにも関わらずカプチェランカのそれと違い雲の殆どない青々としたそれであり、恒星バーラトはその暖かな恵みを惜しみなく地表の生命全てに与えているように思えた。

 

 宇宙暦784年11月上旬、ハイネセンポリスにあるハイネセン第一軍病院の一日は今日も平穏に始まった。

 

 

 

 

 

 宇宙暦784年8月25日、帝国軍は第16星間航路方面にて艦艇1万2000隻、地上軍90万に及ぶ戦力を持って全面攻勢を仕掛けた。総司令官マウリッツ・フォン・シュタインホフ帝国宇宙軍大将率いる帝国軍は十八星系に対して同時に奇襲攻撃を敢行し、その第一撃で多大な戦果を挙げた。ドラゴニア星系第二惑星基地の占拠、ボロドク星系第八惑星第六衛星の宇宙基地の破壊、エルシュ星系第五惑星衛星軌道における同盟駐留艦隊の撃破は同盟軍の威信を失墜されるに十分であった。

 

 だが、同時に同盟軍の抵抗は帝国軍の想定よりも頑強で、その反撃もまた迅速であった。第3方面軍管区司令官グラエム・エルステッド中将は部隊の再編と、後方・予備戦力を持って9月4日に全面的な反撃を開始した。10日の第9次カキン星域会戦においては帝国軍が艦艇7900隻、地上軍65万に対して同盟軍は艦艇6800隻、地上軍50万と数的に劣勢であったが艦隊参謀長レ・デュック・ミン少将が立て、司令部直属部隊司令官であるネイサン・クブルスリー准将が実行した陽動からの半包囲作戦は成功し、薄氷の上に勝利を掴んだ。

 

 無論、奇襲攻撃を受け、帝国軍相手に劣勢を強いられた事実は変わる事はない。9月14日の戦闘の暫定的終結までに同盟軍の喪失は艦艇1800隻、兵員26万8000名に及ぶ。対する帝国軍の推定損害は艦艇1600隻、兵員24万5000名であり、同盟軍のそれを下回る。多くの軍事施設を破壊された事を考えれば敗北と言っていい。

 

 当然のように同盟軍は敗北を糊塗するために英雄達を持ち上げた。実際、今回の戦闘においてもこれまでの戦いと同じように戦功を挙げた軍人は数多く生まれた。

 

 第9次カキン星域会戦の功労者レ・デュック・ミン少将、ネイサン・クブルスリー准将は当然として、第101戦艦群司令官にして名艦長としても名高いマルコ・パストーレ大佐は遂に単独撃沈艦艇を99隻の大台に乗せ、二つ目の自由戦士勲章を受章した。兵士達は彼を百戦錬磨の名艦長と称える。同盟宇宙軍航空隊最強のパイロットである第54独立空戦隊隊長ハワード・マクガイア中佐は単独撃墜数を367機に増やし、故ホアキン・バーダー大佐の記録を塗り替えた。バリー・ウォーカー中佐率いる第701歩兵連隊はボロドク星系第四惑星攻防戦にて十倍の帝国軍を7日に渡り足止めをして、遂には第四惑星における地上戦の帰趨を決定づける事になった。私の上官でもあったカプチェランカ戦域軍司令官マリアノ・ロブレス・ディアス准将は数倍の帝国軍の攻勢を防ぎつつ、カプチェランカ全域の戦力の再編を遣り遂げて見せその後の反攻に貢献した。ウィレム・ホーランド少尉はドラゴニア星系第二惑星基地陥落後、小隊を率いてゲリラ戦を展開、同盟軍の反撃に際して通信基地や補給基地四か所を襲撃・占拠して多大な支援を行ったって………んんん?

 

「お前もかい!」

 

 思わず携帯端末に映る電子新聞に突っ込みを入れたのを覚えている。聞き覚えどころか面識のある奴が出てくれば当然だ。

 

 ウィルヘルム・ホラント……現ウィレム・ホーランドは士官学校卒業と共に姓名を無断で同盟風に改名し、同胞から多くの批判を受けた。亡命政府上層部はある種の罰として前線にほど近いドラゴニア星系統合軍の司令部のある第二惑星基地の基地防衛隊付きの立場に飛ばした……とまでは聞いている。初っ端からの前線、しかもカプチェランカと違いこれからが戦闘シーズンに入ろうかというドラゴニア送りはカプチェランカ送りよりも遥かに酷い扱いだ。尤も、寧ろ功績を作る手助けになってしまったようであるが。しかも私と違ってほぼ無傷、インタビューで随分と自信に満ちた大言壮語を吐いてくれている。10月1日を以て宇宙軍中尉に昇進したようだ。幾つかの勲章も授与されたらしい。

 

 私自身は、民間人救助要請任務遂行、帝国軍との戦闘における指揮と個人的武功を持って宇宙暦784年10月2日を持って宇宙軍少尉から宇宙軍中尉に昇格、二つ目の同盟軍名誉戦傷章のほかカプチェランカ従軍章、市民守護勲章、同盟軍名誉勲章を同盟軍から授与された。

 

 それぞれの分類についていえば名誉戦傷章は以前の説明通り、従軍章はそのまま戦地への従軍者に与えられる物なので然程価値がある訳ではない。市民守護勲章は民間人保護に尽力した軍人に与えられるもので対帝国戦よりも寧ろ国内の対テロ戦闘や対宇宙海賊戦闘に従事した者に与えられる場合が多い。

 

 同盟軍名誉勲章は注目すべき勲章だ。自由戦士勲章にこそ劣るが勲章の格式序列としては第二位に入る。授章基準及び対象は、「戦闘においてその義務を超えた勇敢な行為、或いは自己犠牲的精神を示した同盟軍人」であり、付随する特権として毎月給与に対して500ディナールの追加、退職金の割り増し、特別有給休暇の付与、公共施設における優先利用権等がある。受勲者は、250年以上続く自由惑星同盟軍においても2万名に満たず、その半数は死後授勲者だ。

 

 これだけ言えば名誉勲章受章がどれだけの価値があるか分かるだろう。逆に言えばその上位互換たる自由戦士勲章を与えられるのは軍事的・政治的に相当な戦果と影響を与えた者のみに限られる。

 

 授与理由としては民間人の救助のために少数での敵地横断と、一個連隊の大軍に対して少数を指揮して極めて大きな戦果を挙げた事が理由とされているが、正直亡命政府への機嫌取りなのは間違いない。実態は救援部隊が来るまでに与えた損害は最大限に見積もっても二個中隊、過半数がゼッフル粒子の爆発とその他のトラップであり、残り半数がライトナー兄妹、さらに残りの過半数がベアトが戦死か負傷させたものであり、私個人としては一個小隊を仕留めたのかすら怪しい。本来ならばせいぜい二つ下の殊勲章が妥当であろう。

 

 これとは別に亡命政府軍から騎士鉄十字勲章と戦傷章(二枚目・銅)が授与される事が決まっていた。

 

 こちらも政治的配慮に満ちている。鉄十字勲章は本来二級、一級、大鉄、騎士鉄、柏葉付騎士鉄、柏葉・剣付騎士鉄、柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄、金柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄の八級に別れており通常の功績では二級鉄十字章が授与、その後新たな戦功に応じて次の等級の鉄十字章が授与される形であり、通常はどれ程の功績を上げようと最初の授与は大鉄十字章となっている。明らかな身内びいきであった。

 

 因みにこの勲章は帝国でも同一の物が存在し、最後の金柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字勲章は帝国でも亡命政府でも一代の皇帝の時代に12名までしか授与されない規定がある。

 

 と、いうかこれを授与されるのが12人も同時代にいれば帝国は戦争に勝っている。150年の戦争の間に帝国軍ですら授与された者が二十名にも満たない。亡命軍においても僅か四名だ。全員人間を辞めているような奴ばかりだった。二十年続くフリードリヒ四世時代においてすらこの勲章を授与されたのは現在二名に過ぎない。内一人は「将軍殺し」、「将官エース」、「ミンチメーカー」、「石器時代の勇者」、「雷神」、「殺戮機械」、「首狩り男爵」等二十以上の異名(悪名)を轟かせる装甲擲弾兵団副総監オフレッサー大将である。ごめん、将官をキルするエースとかちょっと意味分かんない。

 

「しかも、半年もすれば大尉に昇進でしょう?羨ましい限りですな」

「心にも無い言葉ありがたく頂くよ、騎士殿」

 

 茶々を入れる不良騎士に私は皮肉たっぷりに言い返してやる。士官学校の休暇に見舞いに来たシェーンコップ帝国騎士は不敵な表情で私への見舞い品の筈の菓子を口にしていた。おい、何当然のように食ってんだよ。お前以外にここで見舞い品食ったのロリなデリカな奴くらいしかいねぇぞ(そっちは速攻で母親に叱られていたが)。

 

 士官学校卒業者は基本的に一年後に自動的に少尉から中尉に昇進する事になっている。問題は極極稀に士官学校卒業から一年以内に功績を上げて中尉に昇進してしまう人物がいる事だ。毎年平均して2,3名はいるらしい。

 

 当然ながら功績で昇進しても、一年後には他の同期生も戦功無しに昇進するため不公平感がある。そのため同盟軍の不文律として一年以内に戦功を上げ昇進した者については同期生が中尉に昇進した1か月以内に功績の再調査の結果と称し、大尉に昇進する事がほぼ決定している。事実上の二階級昇進と言うわけだ。

 

「正直、死にかけてまで昇進なんて欲しくはないがね」

 

 四肢欠損こそ無かったが頭を何針も縫う事になったし、ナイフでズタズタになった右手には人工皮膚を移植した。左足の刺し傷と肩の銃創は動脈が傷ついていなかったのが奇跡だ。そのほか打撲と骨折がそれぞれ1ダース分、擦り傷は数えきれない。しかも出血し過ぎて暫く貧血に陥った。……良く生きていたな私。

 

 9月4日の戦闘は、途中の無線による救援要請を拾った第38通信基地隊から更に近隣の亡命軍基地に連絡が行き、要請を受けた亡命軍装甲擲弾兵団一個大隊と大気圏内戦闘攻撃機を投入して私達を包囲していた帝国地上軍を襲撃した。レーダー警戒網を掻い潜るために危険な低空飛行をしての奇襲であった。同時期に同盟軍の反攻が開始されたために宇宙空間からの狙撃が無かったのは幸いである。

 

 帝国地上軍第1547連隊は、明らかに過剰な戦力による奇襲攻撃により混乱、更に連隊司令部が第一撃で機能喪失した事により戦闘中の部隊は事実上壊乱状態に陥った。最終的に連隊は487名戦死、702名が負傷、重傷を負った連隊長含む311名が捕虜となった。報告書によれば副連隊長が残存戦力を纏め上げ、連隊旗を確保した上で撤退を成功させたという。

 

 私自身は気絶した後応急処置を受けた後、亡命軍基地で意識不明のまま寝続けた。その後前線に近く危険である事もあり、衛星軌道の奪取と共により医療設備の整ったハイネセン第一軍病院に搬送され、9月21日に意識を取り戻す事になった。以来怪我の完治とリハビリを終えるまでこの同盟軍において最も待遇の良く、最新設備と最高の人材を有する軍病院の一室を間借りしていた。

 

 これもまた明らかな政治的配慮が伺える。ハイネセン第一軍病院は同盟全土にある数千もの軍病院の中において最高の環境が与えられると共にその受け入れ患者もまた高級将校や勲功者、政治的に重要な影響力のある人物等に限られる。たかが一中尉が入院出来るのは同盟軍名誉勲章もあるが明らかに亡命貴族の出自が理由であろう。

 

「見方を変えて見ればどうです?そのおかげでマスコミからの取材もカット出来たのですからな」

「その代わりに話した覚えも、書いた覚えもない内容が新聞や雑誌に出ているけどな」

 

 原作の魔術師がそうであるように、功績を上げた軍人が英雄としてマスコミの集中攻撃を受けるのは同盟の文化に等しい。150年に渡る戦争により厭戦気分が広がるのを防ぐためでもあったのだろう。

 

 私の場合も本来ならばその筈だ。士官学校卒業ほやほやで、名誉勲章を授与、極めつけは亡命した門閥貴族出身、という立場は十分に関心の対象になり得た。

 

 幸運というには不満があるが、重傷で意識不明のため当然ながらマスコミの取材やインタビューも受ける事は出来なかった。お蔭様で引き攣った笑みを浮かべ記者軍団と顔を合わせずに済んだわけだ。そんな事している内に他の勲功者に興味が移り、私への関心も薄れつつある。だが……おい、誰だよ、有ること無い事寄稿した奴。

 

「何とまぁ、愛国的で清廉潔白・完全無欠の英才殿ですな。私としてもここまで素晴らしい主君殿の下でタダ飯をたかってこれた事、誇りに思いますぞ?」

「それ褒めてないよね?皮肉ってるよね?」

「この写真、地味に合成されてますな。実際の若様はこんなに覇気ないでしょう?」

「おい止めろ、その写真見せるな……!!」

 

 某週刊誌や官報にはある事無い事(というか無い事が過半を占める)を書かれた記事と共に士官学校時代の写真が掲載されている。おい、明らかに補整されているよね?私こんなに高慢で自信しかないような表情した事無いよ?肖像権の侵害じゃないの?

 

「広報部が御実家と手を打った、と御聞きしましたが」

「ははは、ワロスワロス!」

 

 乾いた笑いしか出来ない。取り敢えず記事を読んだ後に届いた士官学校の知り合いの大半からの見舞いメールの内容は「プギャー」と笑い転げて皮肉るものばかりだ。コープ少尉の嘲笑と悪意に満ちた一万文字に及ぶメール読む?

 

 比較的気遣いに満ちた内容をくれたのは国防事務総局査閲部一課のヤングブラッド少尉、統合作戦本部情報部三課にいるチュン少尉、第3艦隊第41戦隊司令部付のバネット中尉くらいのものだ(一緒にビデオメッセージに出ていたカートライト中尉は私を揶揄おうとして拳骨されていた)。覚えていやがれ、次会ったら先に敬礼させてやる。

 

 信じがたい事にホラントからもメールが来ていた。凄い淡々と事務的な文章だけど、これ意訳したら心配してるの?心配しているんだよね?確認のメールを返信したら罵倒の嵐が返ってきた。解せぬ。

 

 教官たるフィッシャー中佐(今年6月に昇進した)からは怪我を労わる内容と結構御高い茶葉がセットで届いた。うわぁ、何この人、良い人過ぎて泣けてくる。直接来られないのは第17星間航路の星間航路巡視隊に異動になったためだ。近年海賊被害が多発し、対策として中央から増員を受けその煽りを受けたようだ。

 

 民間からも見舞いの手紙やメッセージが送られてきた。大半は救助された民間人所属の大学・企業からの儀礼的な内容に留まるが、幾人かは私的に手紙を送ってきてくれた。オリベイラ助教授は直接見舞いに来れない事を謝罪した。救助された彼らの大半は現在シャンプールに滞在しているらしい。

 

 彼の祖父たるエンリケ・(省略)・オリベイラ国立中央自治大学学長からも手紙が届いた。達筆な宮廷帝国語で完璧な形式を整えた無味無臭な内容であったが。

 

 ん?実家や故郷からも来てるだろうって?何の事か知らない。いや、知りたくない。晒しプレイは好きじゃないんでね。語らないよ?

 

「いやぁ、それにしても貴方が初回からヴァルハラに行きかけるとは、流石に私も予想出来ませんでしたな、もう少しで式の祝い品が貰えなくなる所でした」

 

 見舞い品のアイアシェッケを勝手に口にしつつ見舞品名目で借りてきたドラマや映画を再生し始める不良学生。おい、お前が見たいだけだよな?この病室の大型テレビで見たかったから持ってきただけだよな?

 

「おや、若様は「鉄壁のオルフェンス」はお嫌いで?「マーズフォーマーズ」か「火星生活」がお好みでしょうか?」

「まず火星から離れような?あれだろ?TETUYAで火星キャンペーンしてたから借りてきただけだよな?」

 

 どれも地味に旬を過ぎている映画やドラマ群だ。「鉄壁のオルフェンス」は地球統一政府時代初期の火星におけるロマン溢れる人型機動兵器運用していた時代の傭兵を主人公にしたフェザーンドラマである。名言(迷言)たる「止まんじゃねぇぞ」は同盟全土の視聴者の(笑い)涙を誘った。「マーズフォーマーズ」は火星に降り立った地球統一政府の使節が三大陸合衆国の持ち込み、突然変異でとんでもない進化をしていたG型生物兵器と死闘を繰り広げるパニック映画、「火星生活」は一人置いてきぼりになった北方連合国家の宇宙飛行士が火星の大地を開拓しながら救助が来るまでスローライフを送る作品(ノンフィクション)である。

 

「いや、嫌いじゃないが……もう少し最近の作品は無いのか?「ロード・オブ・ハイネセンⅢ」か「ギャラクシー・ウォーズⅥ」辺りは無かったの?」

「割引対象外でしたから」

「お前さんの忠義心が1ディナール以下の価値である事がありありと分かるな」

 

こいつ、見舞い品食うためだけにここに来てねぇか?

 

「そう言われましてもな。こっちも物入りな時期でしてな。今から少しでも貯金しなくては……」

「おう、親御さんと会ってどうだった?」

「急に笑顔を浮かべる貴方も随分と性格が悪いですな」

「私は他人の不幸を糧にして人生を彩りたいと考えているからな、こんな最高の状況を放っておくなんて有り得んよ」

「糞ですな」

「糞だね」

 

迂闊に一人リア充した己の不幸を呪うがいい……!

 

 肩を竦めてそんな私に呆れ返ると実家訪問について口を開く。

 

「……家に訪問したと同時に義父様が飛び膝蹴りしてきましたよ」

 

 避けたら自滅しましたが、と付け加えるシェーンコップ。

 

「そりゃあまた……」

 

大変な親戚が増えたな、と内心で呆れる。

 

 さて、ここまで言えば分かると思うがこいつ、結婚する。相手?いや、言わなくても分かるよね?

 

 おうおう、夏期休暇のパルメレント旅行は楽しかった?私が極寒の惑星で仕事していた間、星都の凱旋門や美術館観光して、レストランで食事したんだよな?パルメレント映画祭で話題の恋愛映画見て、ヌーベルサントノーレ街でショッピングして、夕刻に高級料理店でディナー食べて、その後レパントの歓楽街で遊んだり、酒飲んだりして、気付けば……一緒にベッドの中にいたらしいよ。尚、昨日の夜の記憶はない。

 

……これは事案ですわ。スタジオらいとすたっふさん、こっち来てー。

 

 あたふたするクロイツェルと違い、騎士様は取り敢えず紳士らしく実家(当然ながら自身の方ではない)の下に手紙を書いた。

 

 すぐに向こうの実家から家への招待状が来て、実際にクロイツェルと向かったらしい。

 

 ……父親と兄三人が、完全武装(中世甲冑に剣)で殺気だけ放って待ち構えていたそうな。

 

 取り敢えず婚約するまでに丸五日に渡る口論をして、その後四連続で決闘(素手)が起きた。隣近所の住民が集まり、参加者を取り囲みつつわいわい観戦やら賭け事を始めたのは内緒な?

 

 法律的には許可なく決闘したら犯罪(といっても空文化しているが)なので警察が来たがその頃には騎士様が全員ノックアウトして勝負はついてしまった。

 

 ……まぁ、余所者に御近所の娘さんを簡単にやれるか、と情けない父親と兄三人側に立って隣近所の帝国騎士達(駆けつけていた地元警官含む)が1ダース程が更に決闘に参加したが。試合が終わるまで当の賭けの対象は顔を赤くして俯いていたそうな。

 

 無事に決闘が終わった後は何故か宴会していたらしい。なんか普通に不良学生地元に溶け込ん出るんだけど?いいの?皆、これが普通なの?

 

「……一番精神的ダメージを食らっていたのがクロイツェルってのも酷い話だよな」

「下手にハイネセンでの生活に慣れてしまいましたからね。そりゃ、ハイネセンであんな事やれば赤面ものでしょうし」

 

 恐ろしい事に、ヴォルムスでは、というか帝国人社会では結構普通だ。基本的に見合い、それどころか親が勝手に結婚相手を決める事も多いのが帝国の結婚事情である。恋愛するにしても家族がよく知っている相手か、家柄や出自がはっきりしている相手に限る。ましてや酒の勢いでの朝チュンして記憶無かったら、そりゃあぶちギレ案件ですわ。

 

 某ヘテロクロミアも決闘を申し込まれた事が原作にあるが、多分実際は描かれていないだけで相当の数決闘している事だろう。下手すれば身内全員、御近所さんも総動員される事すらある。あるいは母方が伯爵家な事が相手を心理的に怖じ気づかせて決闘回数を抑制していたかも知れないが。

 

「まぁ、悪い人達では無かったですがね、弱いですが彼女の事を彼らなりに大事にしているのが分かりましたよ」

 

 家の娘傷物にしやがって!、と鼻折られながらも必死に向かって来た義父の事でも思い出しているようだ(尚、大声で言ったため御近所に聞こえて当の娘が「もう死にたい」と呟いていたらしいが)。

 

 さらにその後、クロイツェルの研究科の教官ドーソン中佐がぶちギレながら不良騎士の部屋に足蹴りしながら訪問してきた。可愛がっていた生徒が酒の勢いでやっちゃえばヤリ逃げの可能性もあると考えたのだろう。極めて紳士的に対応したらニコニコ顔で山程祝い品置いて帰っていったらしいけど。

 

 そんなわけで士官学校を卒業すると共に結婚するつもりらしいので物入りらしい。帝国人は基本的に身内の結婚や葬式で金を惜しまない。私がカプチェランカに島流しされている間にご苦労な事だ。というかお前性格変わりすぎじゃね?

 

「それじゃあ来年の初任地はアルレスハイムに希望するのか?」

「式を挙げるのも地元が良いですからね。同盟軍もそれくらいは配慮してくれます」

 

 私の例に漏れず、軍人である以上どの任地に送られても文句は言えないが、場合によっては予め申請すれば任地希望が通る場合がある。人口増加のための結婚と多産奨励のために後方や地元配属を認めるのもその一つだ。

 

 正確には同盟軍では結婚から三年以内の地元・後方勤務を許可しているのだ。更に女性軍人は子供がいて希望すればさらに十年は後方・地元勤務が許されている。可能な限り軍人家庭から子供が幼いうちには戦死者を出さないようにする制度的配慮である。

 

「クロイツェルも地元勤務の方が家族と会えますからね。お恥ずかしながら、私は両親との記憶が少ないものでして、子供が出来たら彼女の両親の助言が欲しいのです。……クロイツェルに任せると家事も大変ですからな」

「……あぁ、そうだね」

 

 この上無い説得力があった。あいつ、滅茶苦茶ドジだからな。料理は焦がすし、皿は割る。洗剤の配合ミスで有毒ガスを発生させた時は士官学校で伝説になった。化学戦科の教官(防毒マスク装着済み)から「うちの研究科来ない?」と誘われた。当然泣いて断ったが。両親が側にいないとガチでヤバそう。家のガスが漏れて引火爆発させかねない。

 

「そういう伯爵様はどうなさるおつもりで?」

 

不良騎士は、意味深げに尋ねる。

 

「……どうって、何が?」

 

私は苦笑しながら尋ねる。

 

「決まっているじゃあないですか、実家から呼ばれているのでしょう……?」

 

 不良騎士の打って変わって静かな質問に私は笑みを止める。

 

「………」

「あの口煩い従士殿がいないので何かあると思いましたが、やはり面倒事ですか」

「………」

 

私は返答しない、いや、出来ない。

 

「まぁ、大体の察しはつきますがね。私としては早くどうにかした方が良いですよ?」

「……分かってはいるんだけどな」

 

 視線を逸らして言い訳染みた弱々しい返答をする。その態度に溜め息をつく不良騎士。

 

「まぁ、一帝国騎士に過ぎない、まして代々仕えてきた身でない私が言うのも出過ぎた事ではありますがね、門閥貴族様なら、門閥貴族らしくいざと言う時は自身の意志を貫いても良いと思いますよ?」

 

 勝手に忖度されるよりはね、と言い切って椅子から立ち上がる不良騎士。

 

「………そうかもな。ただ……見舞品持って帰ろうとするのは止めような?」

 

 見舞品のノイエユーハイムの箱詰めカスタードプリンを自然に持ち帰ろうとする帝国騎士にそう指摘する。おい、舌打ちするな。  

 

「……クロイツェルが食べたいといってましてね」

「おう、新郎、頑張って稼いで買ってやれよ?」

「……結婚式代で結構ヤバイんです。私が苦学生だって設定お忘れで……?」

「んなこと知るか」

 

 舌打ちしてから「任官したらこき使ってやる」と吐き捨ててしっしと手を振って、退出させる。

 

「恩に着ますよ」

 

 不敵な笑みを浮かべ悠々と不良学生は退出した。おーいカスタードプリンは許したがフルーツゼリーとクッキーの箱も持っていくなー、って逃げやがった……集り屋め。

 

 はぁ、と深い、深い溜息をつく。そしてしばらく逡巡して、心情を整理する。そして……ようやく決断した。

 

「はぁ、逃げても仕方ないからな」

 

 実際に実家に行ってみないとどうにも出来ないからなぁ……気乗りしなくても仕方ない。

 

 そして私は、手元の携帯端末を手に取り、宇宙艦隊に所属する叔父に電話をかける。

 

 私は、ようやく故郷に一時帰郷する事を承諾したのであった。

 

 




従士サンについては次話で触れます。

バタフライ効果によりカリンが暖かい家庭で育ちそう(尚、麻色髪の少年が結婚を申し込んだ際に騎士甲冑を着た義父と決闘する事になる可能性が上昇した模様)







※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。