帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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第六十六話 お盆には里帰りをしよう

 大神よ偉大なる血脈を守りたまえ、神聖にして不可侵たる全人類の統治者の血脈を!

 統治者としては気高く、賢人としては高尚に、黄金樹の血脈は栄光の輝きの中に立られる!

 陛下の慈愛は臣民全てに及び、帝国の隅々まで秩序と権威は轟かん!

 大神よ、黄金樹の血脈を守りたまえ、我らが臣民の父を!

 

 銀河の遍く星々にて、陛下の帝権は広く遠くに及ぶ!

 皇帝の玉座の柱は、寛大と誠実を象徴せん

 さらに双頭の鷲の紋章は、陛下の公正さと武威を現さん!

 大神よ、黄金樹の血脈を守りたまえ、我らが臣民の父を!

 

 陛下はその身を着飾り、人類の輝ける未来に思いを巡らし

 臣民が幸いのために、御剣を掌中で煌めかせたまう!

 臣民に導き、安寧と恵みを与える、これぞ叡慮であり、帝国の治世なり!

 大神よ、黄金樹の血脈を守りたまえ、我らが臣民の父を!

 

 陛下は不正と悪徳を打倒し、我らを永遠の安寧へと導かれた!

 陛下は諸邦と諸侯を率いて、人類社会は再建され、帝国は末永く繁栄せん!

 我らは陛下と重鎮達の事績を聞き、子々孫々まで讃え、歌い継がん!

 大神よ、黄金樹の血脈を守りたまえ、我らが臣民の父を!

 

 大神よ、末永く守り給え、全人類の支配者を!全宇宙の統治者を!天界を統べる秩序と法則の保護者を!神聖不可侵なる銀河帝国を!

 

             ゴールデンバウム朝銀河帝国国歌『大神よ、黄金樹を守り給え』より

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろだが、大丈夫かね?」

「はい、酔い止めは飲んだので……多分」

 

 正面のソファーに座る叔父に当たる同盟軍少将に対して私はうーんと唸りながら天を仰ぐ。毎度の事であるがやはり大気圏離脱や降下、超光速航法利用時は気分が悪くなる。最早体質なので諦めて薬で誤魔化すしかないが何回やっても慣れるものではない。

 

「ぐへへっ……若様、でしたら私にお任せあれ!どのような不快感も瞬く間に快楽に変えて……」

「警備、なんでこんな危険人物を放置している?さっさと摘まみだせ」

「ちょっ…まっ…すみません若さ………」

 

 私の命令と同時に騎兵服を着た航空隊所属の准尉が悲鳴を上げながら突入してきた警備部隊一個分隊に連行される。何であいつ四回くらいは独房に放り込んだのに脱獄しているんだろう?どういう手段使っているんだろうか?

 

「あれももう少し性格を直せばあのような扱いを受けんだろうに」

「いや、あれは手遅れじゃないですかね?脊髄まで腐ってますよ」

 

 単独撃墜数24機、駆逐艦2隻撃沈、亡命軍から大鉄十字章、同盟軍から同盟宇宙軍殊勲章、殊勲航空十字章まで授与されている優秀なエースパイロットの筈であるが、あの性格では到底軍人としても、一個人としても敬意を持つ事は不可能だ。

 

「あー、少し良くなって来ました。……大丈夫です、行きましょう」

 

少し嘔吐感は感じるが、我慢して立ち上がる。

 

「良いのか?もう少し時間を待ってからでも……」

「他の方を待たせる訳には行きませんよ。外の観客も立たせ続ける訳にも行きませんし」

 

 乗艦者の中で階級的に一番三下の私が待たせ続けるのは居心地が悪い。いや、同胞愛に溢れる皆さんなら不快感なぞ感じないだろうが、下手に小市民な私には待たせる事自体が精神的に負担を感じるので多少無理を押してでも行った方が良い。どうせミスして戦死する訳でもない。

 

「ふむ、では同じ地上車に乗るから、気分が悪くなったらすぐに言うのだぞ?」

 

 最近蓄え始めた髭を摩りながら心配そうにロボス少将は答える。

 

「お世話になります」

「いや、気にしないでくれ。ほんのこの前まで入院していた身に負担をかけるな」

 

 私の謝罪に対して、ふくよかな顔で微笑む叔父。私はその表裏の無い笑みに同じように笑みを浮かべ、小さく頭を下げた。

 

 十分後、アルフォート宇宙港に接岸した帝国軍標準型戦艦を要人輸送用に改装した「ヘルゴラント」よりオープンカー型地上車の群が次々と降りていく。私はその前から三台目にロボス少将と共に乗車した。左右を亡命軍の軽装甲車に護衛されながら地上車の列が艦内から降りる。

 

 すぐに宇宙港に集まった十数万人の市民の歓声が響き渡った。

 

「……大丈夫かね?」

「……叔父さん、やっぱり無理かも」

 

 心配そうに見つめる少将に私は営業スマイルに目元に涙を浮かべてそう口にした。

 

……想定したよりも多いや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 街のシンボルの一つであるヴィーナーベルク凱旋門を抜け、星都アルフォードの最大の目抜き通りであり、観光名所として主要旅行雑誌にも紹介されているノイエ・リンク中央通りを地上車の列が歓呼の声と紙吹雪の洗礼を受けながら行進する。数キロ、いや十数キロに渡る長い街道の両脇には民衆が詰めかけ、地上車の道を妨げないように黒スーツにマントを着た警官隊や儀礼服を着た亡命地上軍が警備と民衆の整理に当たる。街では軍楽隊による第1星系歌(帝国国歌でもある「大神よ、黄金樹を守り給え」である。善良な一般同盟人が聴けば発狂間違いなしの歌詞だ)が大音量で流れ続ける。

 

「自由惑星同盟万歳!民主主義万歳!アルレスハイム・ゴールデンバウム家万歳!グスタフ3世陛下に栄光を!」

 

 パレードを見、熱狂する市民の叫び声が響き渡る。おう、前半と後半の繋がり可笑しくないか?

 

 つくづく思うが、彼らは本当に民主主義を理解しているのか疑問しか湧かない。まぁ、この星の選挙は事実上信任投票のようなものだけどさぁ。不正していないのに与党(党首は陛下である)の候補者が投票前に勝利がほぼ確定するからな。150年に渡り星系議会で与党が変わらないとか完全に覇権状態だよね。ヘゲモニー政党なんてレベルじゃねぇぞ。

 

 兎にも角にも私は半分現実から逃げながら、オープンカーから真直ぐ前を見据え、たまに手を振りながら市民の声に答える。ずっと入院していたので今更ながら勲章分の仕事をしなければならない。

 

 宇宙暦784年12月7日、銀河帝国亡命政府は同盟軍や同盟政界、官僚、文化人として活躍する同胞、星系圏外に展開する亡命軍人を招き、秋季授勲式を行おうとしていた。

 

 亡命政府においては惑星の気候状況から春と秋に式典を行うとなると6月と12月頃になってしまう。オーディンやハイネセンと公転周期が違う故の事だ。当然ながら年末となるのでこの時期に呼ばれた同胞の中には春季に敢えて授勲を持ち越す者や授勲式の後、すぐにトンボ返りする者も少なくない。

 

 本来ならば年末年始ともなれば500年の伝統を持つ様々な宮廷の式典や催しがあるのだが、現実には家族と参加出来ずにハイネセン等で仕事や付き合いのパーティーや壮行会、飲み会に参加しなければならない。この時期は同盟で宮仕えする貴族や帝国系軍人・政治家が青息吐息で授勲式の後急いでハイネセンに向かう姿が見え、ある種の名物になっている。

 

 まぁ、グスタフ三世陛下もその事は理解しているので不参加について強く責める事はないし、殊更に宮廷内で問題視される事もない。彼らが彼らなりに同胞のために身を粉にしている事は皆が重々承知している。帝国ならば病気や怪我であっても不参加の場合末代に渡って責め立てられる恥になるので、その意味ではかなり寛大であると言えよう。まぁ、ある程度は柔軟に対応出来ないと生き残れない立場だからね、仕方無いね。

 

 さて、今回のこのパレードは式典のために故郷に戻って来た同胞の英雄達、特に軍人達を讃えるためのものだ。

 

 流石に同盟軍の中枢に仕える帝国系中将四名はハイネセンから離れる事は出来ないがそれでも錚々たる顔ぶれがパレードに参加していた。一例として幾人か語るとすれば自由戦士勲章持ちにして故郷を戦火から救った英雄たる叔父は当然として、宇宙艦隊指令本部直属第4機動戦闘団司令官クーデンホーフ少将(子爵)は正規艦隊司令官候補に選ばれた経験があり、名将として名高い。

 

 髑髏の仮面をつけ一言も話さないリリエンフェルト中佐(男爵)は将官二名、大佐十五名を含む700名以上を射殺した現役同盟軍人第三位の狙撃手である。代々狙撃猟兵団を率いる一族であり、彼の身内や家臣達にもキル数が100名越えの一流狙撃手がごろごろいる。

 

 レオポルト・カイル・ムーア大佐は帝国系クォーターであり、士族階級の血を引く。揚陸戦闘の専門家としてイゼルローン要塞に初めて上陸した同盟軍人でもあり、その勇猛さは広く知られる。

 

 ヘルマン・フォン・リューネブルク大尉(伯爵)は戦う毎に武功を上げ、同盟宇宙軍銀星章を授与された。従士たるカウフマン中尉、ハインライン中尉も三十以上の戦闘を主君と共にし一等鉄十字章と同盟軍殊勲章を授与されている。

 

 亡命軍人たるヨアヒム・フォン・シェルマン大尉は元々唯の平民であったがシグルーン星系での戦いでたった一度の出撃でエースの乗り込む機体一機を含む、十二機のワルキューレを撃墜した。その武功により宮廷より一代貴族に叙せられ「名誉ある貴族階級」の一員となった平民階級の英雄だ。

 

 なぜか半分無理矢理に私と同じ地上車に乗りやがったレーヴェンハルト家のパイロットについては省略しても良い(というかほかの参加者にガチ目に嫌がられていた)。てめぇ、平民の前だと完全に切れ者の顔になって堂々と手を降りやがって。真面目に出来るなら常時真面目にやれや。

 

 ……さて、私もまた帝国軍一個連隊をたった三名の部下を率いて戦い大打撃を与えた英雄扱いなのだが、その内実は知っての通りだ。実力で言えば到底並び立てるものではないし、場違いも良い所だ。だが……。

 

「おお、あの方がティルピッツ様か……!」

「名誉勲章を授与された英雄か……!」

「流石帝室との婚姻関係にある名門ティルピッツ伯爵家だ……!偽帝率いる賊軍共なぞ相手にならん……!」

 

民衆が口々に語りあうのがちらほらと聞こえてくる。

 

………なんか、私の事言う奴多くね?

 

理由くらいは察しはつく。

 

 一つには年齢であろう。士官学校卒業直後の若造が半年も満たずに功績を上げたのだ。それだけでも強者を英雄視し、崇拝する臣民の注目に値する。

 

 二つ目は功績そのものであろう。民間人救助については彼らは然程興味は無かろう。だが、貴族が平民の大軍を打ち破った事実(と彼らが信じる)それ自体が、貴族に畏敬の念を抱く彼らの関心を引く事になったに違い無い。まして同盟軍名誉勲章の授与となればその権威も合わさり、一層憧憬の念を抱くであろう。基本的に帝国人は権威に滅法弱い。

 

 だが、最大の理由は間違いなく血筋であろう。ティルピッツ伯爵家は帝国開闢以来の名家、その嫡男というだけで相当の補整がかかっている事だろう。亡命政府発足以来その中枢を担う家でもある。

 

 まして、母方は帝室の人間であり、当然私の血の半分は死亡フラグの塊な黄金樹のものである。皇位継承権はかなり低いが、帝室の血を引いた門閥貴族、士官学校卒業してすぐの新人少尉が名誉勲章を与えられるだけの功績を上げた(ということになっている)訳だからこの称賛の声も理解出来る。少なくとも民衆には実力よりも、血統により評価されているわけである。

 

 長らく怪我でマスコミの前に出ていなかった事もあり、彼らは特に私の姿に注目しているようであった。

 

「……顔が青いが、いけそうかね?」

「……正直辛いっす」

 

 すぐ隣に寄り添う叔父が小声で囁くので表情を固定しながら泣き言を言う。無論、今更言っても遅いがね。自分の体調を自分で管理出来ない結果だからね、仕方ないね。

 

「……まぁ、勲章やら病院での待遇やら配慮されていますからね。帰る時に酔うのも、こんなお祭りに参加する事になる事も予想はしていましたから諦めます」

 

 厚遇を受ける以上は相応の仕事をしなければならない。子供のように駄々を捏ねる訳にもいくまい。

 

「良い心掛けではあるが……本当の所戻って来た理由は別だろう?テルヌーゼンにいた頃もあれこれ言い訳して一度も戻らんかったろうに」

 

 耳元で囁く少将。怒っている、というよりは苦笑するように尋ねる。

 

「………」

 

 私は複雑な表情を浮かべ、口を閉じる。実際その言は間違っていない。私が故郷に戻った最大の理由は、共に戦った従士達についてだ。

 

 私がハイネセン第一軍病院に移送されたのとは対照的に、ベアトとライトナー兄妹は療養のために一旦シャンプールに、その後ヴォルムスに送られたと聞いている。

 

 それ自体は可笑しくない。同盟中央宙域と帝国との国境宙域を結ぶシャンプールは星間航路の要であり、同盟軍第2方面軍司令部が設置されている。国境星系での迎撃に失敗した場合、同盟の第二次防衛線の中核として整備された最重要軍事拠点の一つだ。数百万の兵士を収容し、あらゆる後方設備があり、大量の支援物資が保管されている。本来ならば大半の負傷兵はシャンプールにて入院やリハビリを受ける事になっている。寧ろ私の待遇が異常に厚遇されていた。

 

 その後、故地であるヴォルムスに送られたのも可笑しくない。負傷兵は怪我の完治後も暫く故郷での休暇を許されている。怪我の完治、少なくともある程度治癒した時点でヴォルムスにて養生するのは自然な流れである。唯の同盟軍兵士ならば心配するべき事はない。……唯の同盟軍兵士なら。

 

 私の下に配属された従士については昇進と受勲を受けたのは把握している。

 

 ベアトは同盟軍の戦功調査の結果、10月2日を持って中尉に昇進、二つ目の名誉戦傷章と宇宙軍殊勲章を授与され、亡命軍において二級鉄十字章が授与された。

 

 ライトナー兄ことテオドール・フォン・ライトナー曹長は、同じく同盟軍の戦功調査の結果、10月3日を持って准尉に昇進、三つ目の名誉戦傷章と地上軍殊勲章を授与され、亡命軍において一級鉄十字章が授与された。同盟軍において准尉は曹長と並び幹部候補生養成所入学が許される階級だ。尤も、同盟軍士官には下士官兵士からの叩き上げが少なくない事を差し引いても19歳で准尉昇進はかなり早い部類に入る。

 

 ライトナー妹ことネーナハルト・フォン・ライトナー軍曹は、同じく同盟軍の戦功調査の結果、10月3日を持って曹長に昇進、三つ目の名誉戦傷章と地上軍殊勲章を授与され、亡命軍において一級鉄十字章が授与された。

 

 形式的には功績を評価され昇進と受勲が為されたのは分かったが、それがイコール実家の態度とは限らない。

 

 戦に際して主家を支え、危機から守るのは、日常において多くの恩恵と庇護を受ける従士家の義務である、とされている。

 

ではその義務を果たせなかったら?

 

 結果的には生還こそ出来たものの、同行した私は全治2か月(宇宙暦8世紀の医療技術でだ)の重傷を受けた。更にはその生還とて通信が偶然傍受された事、同時期に同盟軍の全面的反攻が始まったために救出部隊が帝国軍の妨害を受けなかった事によってだ。一歩間違えれば私はヴァルハラに召されていただろう。

 

 私が同じ立場だったら無理ゲー、等と叫びたくなるような状況であるが帝国人にそんな言い訳は通じない。従士三名がすぐ側にいながらのこの失態はそれだけでも帝国的価値観では厳罰に値する。もしかしたら下級貴族は平民よりもブラック企業な疑惑が出てきたな(門閥貴族がホワイトとは言っていない)。

 

 そして、恐らくではあるが戦闘後に提出された戦況報告書の内容が問題になっている可能性がある。

 

 戦況報告書自体は珍しくない。上位司令部が統合作戦本部等に今後の戦略研究のために記録するだけでなく小隊単位、状況によっては個人単位で作戦中の行動について報告と事実確認の調査が行われる。作戦行動における合理性の確認、戦争犯罪等の監視、損害に対する妥当性等の調査のためである。

 

 実際この報告書により捕虜虐待や殺害、物資の横領、敵前逃亡や友軍誤射の事実が証明されたり損害における指揮官の責任追及の証拠になった事もある。一例として宇宙暦690年の「カリウス軍曹銃殺事件」では上官が横領の事実を糊塗するために書類の不備を指摘した下士官を帝国のスパイとして略式処刑した事に対する違法性を証明した。

 

 無論、数百万もの軍人が動員される場合一人一人の行動について調べきる事は不可能に近い。正確には裏付けが取り切れない。艦艇や部隊内で単独ないし、数名のみの生存者しかいない、という状況も珍しくないのだ。法務部や査閲部、憲兵隊も不正や戦争犯罪が起きていないか可能な限り調査しているがそれでも限界がある。マスコミ等で問題とされ批判される事件の大半は証拠不足・人員不足から責任追及が困難な案件だ。大半の事件はマスコミやジャーナリストが指摘する前に軍法会議に掛けられ、情報公開もされる。大抵の市民は関心が無いが。

 

 今回に関しては戦争犯罪や不正は問題となっていない。だが、ある意味ではより複雑な事になっている。

 

 従士の命令不服従……正確には承諾を取らず殿として独自行動を行った事が問題となっていた。

 

 軍人が完全な上下関係の上に成り立っているのは自明の事だ。上官の命令は軍規に抵触しない限りは絶対服従である。私の意思を確認出来る状況においての独断での殿としての行動が問題視された。

 

 同盟軍内では一応処分保留が決定された。新任士官に対して経験豊かな下士官が意見する事は少なくない。新任少尉が戦場で支離滅裂な命令を口にするために最先任下士官が指揮代行を行う例も無くはないのだ。さらには圧倒的戦力差のある中での戦闘であり、連絡の未達・意思疎通が困難な状況となる事も珍しくない。命令が届かず緻密な作戦が失敗する例は枚挙に暇がない。最後以外、潜水艦からの出立以降の行動には明らかな瑕疵も無く殊更問題にすべき事でもなかった。

 

 まぁ、建前であろうが。帝国系軍人が一般同盟軍人には理解し難い行動を取る事は珍しくない。戦死者はおらず、当事者も全員帝国系、しかも当事者の一人はメッキでしかないが英雄扱いされれば政治的配慮も働き処分保留もされよう。

 

 同盟軍内では責任追及はない。だが、報告書を読んだ同胞はどうか?主人たる門閥貴族に内密に行動し、ましてそれにより伯爵家の嫡男が戦死一歩、いや半歩手前になればその風当たりが良いかと言えば……。

 

 ゴトフリート・ライトナー両家本家からしても身内のやらかしに関して甘く処罰は……少なくとも自分達から……出来ない。帝国人は身内を大事にするが、主家に対する従士としての責任を取らなくてはならない。他家や世間に対する対面もある。

 

 救いは未だに両家で処罰は決まっていない事だろう。当事者の私が不在という事もあるが、アレクセイを通じて「お願い」したのが聞いたのだろう。皇族の言葉は重い。「当事者たるティルピッツ中尉が来るまで独断でその資産たる従士を処罰するのは伯爵家の嫡男を、ひいては伯爵家、門閥貴族の立場を蔑ろにする行為に他ならない」と人の聞こえるように噂して貰えば周囲が勝手に忖度してくれる。

 

 検閲される事がない私からアレクセイへの手紙でお願いしたが、効果は抜群らしい。この星では法的な規定がなくても皇族の言葉は絶大な影響を与えるのだ。無論、同時にその重さから口にする内容は注意しなければならないが。

 

まぁ、所詮時間稼ぎに過ぎないのだけれど。

 

「結局、後は私がどう上手く立ち回れるか、か」

 

 下手に動いて自爆する可能性の方が高そうなのが辛い所ではあるが……やるしかない。

 

「大丈夫ですってぇ、いざとなればこの私にお任せあれ!」

「おう、一ミリも安心出来ん言葉ありがとう」

「それ感謝してませんよね!?」

 

 横合いから自信に満ちた准尉殿の戯言に表情一つ動かさずに即答する。過去の言動が言動だからね、仕方ないね。

 

 うーうー、涙目になりながらも遠目には気付かれないように端正で鋭い表情を維持しながら観客に手を振り続けるという器用な真似をするレーヴェンハルト准尉である。

 

「ううぅ……折角、ハイネセンで手取り足取り優しく看病して差し上げていたのに酷い言い草です」

「優しく…看…病……?」

 

 こいつは何を言っているのだろうか?何度も助けを呼ぶナースコールを鳴らしたのだぞ……?最初の方は看護師達は引き攣った笑みを浮かべながらドン引きしていたが、最後になるとかなりぞんざいにお前入院室から追い出されていたじゃねぇか。患者を危険な目に合わせるな、と年配の看護婦にナパーム・ストレッチやスクリュードライバー食らって撃退されていたよな?お前のせいで病院で滅茶苦茶面倒な患者扱いされていたからな?

 

 というかよりによってこいつがベアト代わりの暫定付き人やっている事に悪意を感じる。せめてもっとまともで手の空いている人いたよね?明らかにもう少しマシな人絶対いたよね?

 

「もう若様、看病されたのを誤魔化そうなんて可愛いですねぇ、そう照れなくて……」

「いえ、それは無いので」

「アッハイ」

 

 虚無に近い死んだ目で答えたらようやく大人しくなった。年上でそれなりに才能もある癖に本当、なんでこんな風に育ったのだろうか。割かしレーヴェンハルト家は長女の思想を矯正した方が良いと思う。これでは確実に行き遅れる。といか既に微妙に行き遅れつつある。当主は真剣にこの問題に向き合うべきだ。記憶を捏造するのは流石にあかん。

 

「……坊、大変だな」

 

 ……止めてくれませんか、そんなに深く同情の視線を向けないでくれません?貴方にそんな目で見られるとか私はどれだけ哀れな人間なんですか?

 

 

 

 

 

 

 約二時間に渡る凱旋パレードが終われば、賓客達は、星都アルフォードの中央街の離宮へと地上車で案内される。亡命政府の「星系政府」としての中枢部たるインネレシュタット区は、アルレスハイム星系政府首相府、アルレスハイム星系政府議会、アルレスハイム星系最高裁判所、アルフォード市庁舎、その他星系政府省庁舎等の行政施設が軒を連ねるほかアルレスハイム=ゴールデンバウム家の離宮として新王城宮(ノイエ・ホーフブルク)、同盟最大のオーディン教の教会施設たる聖ヴィーンゴールヴ大聖堂、亡命門閥貴族の本邸とは別に首都圏における邸宅や御用邸、ホテルが密集する。

 

 門閥貴族出身の軍人や政治家、文化人、官僚は帝室の離宮にて用意された馬車で自身の家の屋敷に、帝国騎士を始めとした下級貴族、平民階級は翌日の式典まで離宮で一泊する事になる。

 

 一見、下級貴族や平民が厚遇されているようにも見えるがそれは感性の違いで、彼らは集団で翌日纏めて鉄道や飛行機で新美泉宮に「輸送」されるのだが、一方門閥貴族階級に対しては早朝に帝室の紋章の刻まれた馬車と近衛兵が屋敷に態々訪問し、皇帝陛下の「招待状」を恭しく授けられ、そのまま一人一人馬車で空港に移動、宮廷に「案内」されるのだ。

 

 門閥貴族は帝室の藩屏として体制を支える立場のため、帝室に忠誠と敬意を持ちつつもその慈悲……というよりお零れを預かる必要はないのだ。寧ろ下級貴族や平民共のような体制に「指導され保護される」立場、されなければ生きていけない弱者達の方が客として帝室の離宮に泊めてやる、という考えだ(そして御約束の「そんな弱者なので文句言わず指導者階級の命令を黙って聞け」という事だ)。

 

 ここで叔父とはお別れだ。爵位の無い叔父は母方が帝室の血縁者ながら離宮に泊まる事になる。無論、半分といえその血の尊さは重々承知されている。離宮内にて客人用としては最も良い部屋と待遇で持て成される事になるだろう。このふくよかな親戚の複雑な立場を思い知らされる。そして、それでも尚亡命政府のために働いてくれる事に純粋な敬意を抱く。

 

 無論、今回の式典には普段に比べ帝国系同盟軍人が多く帰省している事を考えると、恐らくそれだけが態々今回彼が同行した理由ではないのであろうが。

 

「……出征、か」

 

馬車の窓越しに夕暮れの街並みを見ながら私は呟いた。

 

 馬車に乗車する前に挨拶したリューネブルク大尉……いや、ここでは伯爵か……も指摘していたが同盟軍の中央や後方支援部門が慌ただしくなっている。またこれまでの経験則から見て帝国の攻勢と同盟の攻勢はほぼ交互に行われている事、帝国航路が使用される際に亡命軍との情報交換や航路運航計画の打ち合わせを兼ねて多数の帝国系同盟軍人や官僚がこの星に入国する事が多い事。それらから来年中には大きな出征がある事が予想出来る。

 

 そして同盟軍が大規模出征を行うとすればその目標は……。

 

「……そりゃあ、あるだろうなぁ」

 

 原作には詳しく年代や推移が記されていないだけで、その事実自体は確実に起こる筈だ。曖昧な記憶から逆算して魔術師の奇跡が788年辺りだったと思う。エコニア事件の後に新年を迎えている事、少佐時代が3年間程あった事を考えると五回目が789年から792年頃に実施されている筈だ。そう考えればこの辺りが四回目の時期だとしても可笑しくない。

 

「はぁ……目前の問題が解決出来ていないのに次の問題がもう出てきた訳だな」

 

 うんざりするように溜息をつく。作戦の実施、といっても数百万の戦力を動員するのだ。情報や航路、物資、移動の計画、攻略作戦計画及び支援作戦計画の作成と精査、認可。認可後の予行訓練等にはかなりの時間がかかる。

 

 基本的には帝国の攻勢に対応する即応体制状態の正規艦隊は基本同盟側からの出征には同行しない。投入されるのは訓練期間にある正規艦隊であり動員には時間がかかるだろう。そう考えれば実際の出征まで半年程度は時間はあると思われる。

 

 自身が参加するかは分からないが……ある程度は覚悟しなければなるまい。

 

「まぁ、まずは目前の問題を解決するべき、か」

 

 どうせ命の取り合いをする訳ではないのだ。私の交渉能力にもよるが、家族や両家の長老方と個別に話し合い、形だけ罰すれば良いのだ。ブラスターの光が飛び交うカプチェランカ勤務よりは余程マシな筈だ。私のせいで三人共死にかけたのだからそれくらいしてやらなければなるまい。

 

 そう考えながら私は手元のベレー帽を深く被る。もう馬車は止まっていた。

 

 ノックと共に馬車の扉が開かれると私は小さく息を吐き、続いて門閥貴族らしく大仰に頷き馬車を降りたのだった。さて、覚悟を決めようか。

 

 

 

 

 

 

 

「若様、お帰りなさいませ」

「祝宴の準備が整っておりますので、どうぞこちらへ」

「旦那様と奥様がお待ちしております。先にお会い下さい」

「出席している家臣団のリストです。各々の名前をお間違えなきよう」

「………」

 

 使用人(従僕とメイド)に挨拶されながら連行され、そのまま家政婦長や執事に書類を渡されながら弾丸の雨の如く説明を受ける。出席者の数や挨拶周りの順列、雑談の際に相応しい最近の話題に触れるべきでない内容、答えるべきでない内容について……その間によく見れば使用人達が軍服の埃を取り、皺を伸ばしていき、髪を整える。

 

 相当立て込んだ雰囲気に、到底ゆっくりと、しかも少人数で話す事は不可能に思われた。と、いうかそんな時間を与えない、と言わんばかりだ。

 

「ですのでその後は……若様、お疲れである事は分かりますが考え事はせず、スケジュールを覚えて下さいませ」

「……」

「若様?」

 

 老境の家政婦長の礼節を弁えた口調で、しかし鋭い眼光が私に向いた。というか周囲の使用人が作業の手を止め一斉にこちらを見た。

 

……正直怖い。

 

「……アッハイ」

 

 私は咄嗟に機械的にそう口にした。すると家政婦長と使用人達がこぞってにっこりと笑みを浮かべ仕事に戻る。あ、これってそういう事なの?

 

……やっぱり説得なんて無理かも。

 

 

 




冒頭の国歌の元ネタはオーストリア=ハンガリー帝国国歌『神よ、皇帝フランツを守り給え』です。1797年初演奏なので流石に著作権的にセーフ(な筈)







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