帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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第六十七話 ビュッフェは食べられる量だけ皿に盛ろう

 ティルピッツ伯爵家が亡命したのは帝国暦333年、宇宙暦642年の事である。ダゴン星域会戦による歴史的大敗の混乱が続く中での亡命であった。

 

 亡命の直接的理由は宮廷内における権力闘争の結果である。ヘルベルト大公との帝位争奪戦の最有力者であったリヒャルト派に属していた先祖は、謀略によって陥れられ、裁判にかけられる前に亡命を決意した。

 

 そのやり方は徹底したものであり、一族の分家と臣下は当然として平民階級の私兵軍兵士や官吏とその親戚一同、領内の知識階級、富裕層、技術者とその一族、さらには中流階級以下の層では特に健康的な者、容姿端麗な者、将来的に労働力として利用出来る子供を殆ど拉致同然に連れ去り、荷物のように船に押しこんだ。鬼畜かな?

 

 更には領内の資産は可能な限り根こそぎ持ち去った。貴金属類に美術品は当然として、移設可能な工業プラントは分解して宇宙船に載せ、移動不可能な不動産等は売り払い、その資金で宇宙船を追加調達、領地に残した「資産価値の低い」領民からは指輪や宝石等を殆ど盗賊同然に家に押し入り回収、揚げ句の果てには偶然領地に立ち寄った商船や客船まで乗員ごと差し押さえるという外道ぶりを発揮した。鬼だね。

 

 こうして帝国軍が来寇する前にあらゆる手段で手に入れた宇宙船数千隻に可載ギリギリ……いや普通にオーバーするほどの荷物(人間含む)を無理矢理捻じ込み伯爵家は領地をエキサイティングに脱出した。領地に降り立った帝国軍は唖然としたという。文字通り価値ある物は殆ど無かったのだ。

 

「持ち出せる資産はほぼ全て持ち出されていた。あの短期間の内にこれだけの事が出来たのは信じがたい」

 

 そういったのは伯爵領に来航した帝国軍司令官の言である。動かせない屋敷や工場、鉱山は爆破され、農地は麦の一粒まで回収した上で焼き払い、塩をまく嫌がらせまでしていた。悪魔かな?

 

 そしてそのまま途中遭遇した艦船は宇宙海賊同然に占拠、強奪するという畜生行為を行いながら同盟まで亡命を果たす。我々はゲルマン人ではなくフン族の末裔ではなかろうか……。

 

 サジタリウス腕と言う新天地にて亡命した貴族は数多くいるが、血筋からも、持ち出した資産、兵力、領民の数からいっても伯爵家は五本の指に入るものであり、自治区、その後の亡命政府の中核を担うのは当然であった。

 

 こうして現在に至るまで多数の臣下と兵力、莫大な財産と政治的基盤を維持する伯爵家の第29代目当主が私の目の前に座る父、銀河帝国亡命政府軍宇宙艦隊司令長官アドルフ・フォン・ティルピッツ元帥である。亡命軍元帥服を身に纏い、灰色がかった金髪に深い皺の入った険しい表情の偉丈夫は頬杖をしながら控え室のソファーに腰掛けていた。

 

「……」

 

 執事に案内され控え室に入る。待ち構えていた父は随分と皴が増え、その表情は疲れていたが、私に気付けば力強い視線を向ける。

 

「……久しいな」

「はっ!」

 

 少々重々しさと不機嫌な感情を込めた父の第一声に対して私は直ちに直立不動の体勢を取り、完璧な動作で敬礼をする。士官学校に入学するためにハイネセンに向かって以来の対面であった。

 

「………」

 

 暫しの沈黙に私は額からうっすらと汗を流す。その威圧感に気圧されていた。家柄だけで亡命軍で元帥になれる訳ではない。そんな組織ならとっくの昔に亡命軍は壊滅している。実際問題、私の父は私と違い本物のエリートだ。同盟軍士官学校を席次39位で卒業、同盟軍人として百を越える戦場を潜り抜け、二十七歳にして同盟軍名誉勲章を受勲、二十九歳で同盟軍准将に昇進、兄が前当主もろとも戦死した事で当主の席に座り亡命軍少将、武功を重ねて四十を超える頃には自由戦士勲章を、二年前についに亡命軍宇宙軍元帥号を授与された身であった。

 

 傍に控える老境の家令が父に耳打ちすると、小さく頷き、再び私を見つめると口を開いた。

 

「……此度の戦功、私の耳にも届いておる。名誉勲章は私とて得たのは三十になろうかという時だ。誠に大義な事だ。お前の功績は武門の誉れ高き一族の勇名をより轟かせ、我ら門閥貴族の、ひいては同胞と亡命政府の一層の繁栄に資するものに相違ない」

「……身に余る光栄です」

 

 深々と頭を下げる。というかしなければならない。それだけの圧力があった。正直に言おう怖い。怒ってる?怒っているよね!?

 

「うむ。戦傷も癒え、今日はよくぞ遠路遥々戻った。……細やかで、身内ばかりのものであるが祝宴を用意した。お前の勲功と帰郷を一族と臣下とで祝いたい」

 

嘘つけや!私は内心で叫んだ。

 

 いや、確かに勲功と帰郷を祝う理由はあるだろう。だが、その裏にある目的も大体私には分かっていた。

 

 私が従士の事で何かしらの嘆願をするつもりなのは分かっているだろう。そしてそのためには少人数で長時間の話し合いが望ましい。祝宴と称して人を集め、時間を奪うと共に話しにくくするつもりだろう。

 

 同時に相当に今回の件で多方面で不満が噴出している証拠であろう。

 

……だからこそ、ここで話さねばならない。

 

「……大変嬉しく思います。それはそうと、お聞きしたい事が御座います。宜しいでしょうか」

「………手短にな」

 

値踏みするような視線でこちらを見据え、口を開く父。

 

「カプチェランカで私に付き従った従士共についてです。特に付き人のゴトフリート少尉の容態についてお聞きしたいのです。……彼らは私の大事な臣下です。どうなっているかお分かりでしょうか?」

「いちいち個々人の臣下の様子を把握などしておられぬ。後で家令に調べさせよう。それで良いな?」

「私の付き人についてですら、でしょうか?」

 

私は僅かに口調を強め尋ねる。

 

「……ふむ、知らぬな」

 

 確かに伯爵家に仕えている従士家は分家含めて百家は越えるし、総数では女子供含めて千……いや二千人に迫る(伯爵家分家や食客や奉公人、士族私兵を含めれば伯爵家の臣下はその数十倍になる)。

 

 だが、ゴトフリート家は伯爵家の従士家の中でも五本の指に入る家、その本家の、私の付き人の状況を知らないのは有り得ない事だ。おいおい、いない子扱いとは……。

 

「私とて軍務が忙しいのだ。今日とてお前のために態々時間を用意したのだ。いちいち一家臣の事なぞ関心を持っておれん。そのような詰まらん話で時間を無駄にしたくない」

 

 そしてタイミングを見計らったように腕時計に視線をやり、家令が耳打ちする。

 

「そうか、時間か。そろそろ出ようか?」

 

 そう言って立ち上がる父。あ、これ話を切り上げるつもりだ。

 

「お、御待ち下さい!ベアトは……」

 

私は会話の主導権を握ろうと声を上げようとする。

 

………その時であった。

 

「あらあらあら、ヴォルター大きくなったわねぇ、もう私よりも背が高くなっているじゃないの?」

 

 ふわふわとした、間延びした優美な宮廷帝国語が響いた。

 

 ふとそちらを見るとそこには小柄な、しかし美しい女性が開かれた扉の前で幾人もの侍女や小間使いを従えながら佇んでいた。

 

「は、母上……」

 

私は、若干表情を歪ませ、すぐに平静を装い礼をする。

 

……このタイミングで出てくるのかよ。

 

「あらあら、そう畏まらなくても良いのよ?可愛い息子にそんな風にされたらお母さん寂しいわぁ」

 

 侍女に長いドレスの裾を数名がかりで支えてもらいながら近寄ってきた婦人。ニコニコと笑みを浮かべ僅かに足を伸ばして私の頭に触れ、撫でる。

 

 四十前のこの貴婦人は私の母であり、まごう事無き黄金樹の枝葉の末裔であった。

 

 豊かな、透明がかった白金の長髪はウェーブがかかり、雪の妖精のような白い肌は流石に最盛期とは言わないが未だに潤いがあった。アクアマリンの宝石のような瞳、コルセットで括れた腰はしなやかであり、見ようによっては二十代といっても通用するかもしれない。当然とばかりに絹糸にレース、金銀宝石で惜しみ無く彩られた翡翠色のロココ調ドレスは極めて豪奢ではあるが、しかし下品とは思えず、寧ろ着る者と見事に調和しているように思えた。

 

 現皇帝グスタフ三世の妹の娘、ツェツィーリア・フォン・ティルピッツ伯爵夫人は高貴な血筋に相応しい気品と美貌を有していた。……頭の中が生クリームかどうかは分からないが。

 

「あらあら、本当に大きくなったわねぇ、お母さん本当に心配したのよ?戦地で怪我したなんて聞いて……本当、兵隊共は何をしていたのかしら?」

 

 柔らかく、のんびりとした口調の言葉はしかし、最後のそれは冷たく、対象を完全に侮蔑し、人間と思っているのか怪しいものであった。

 

「いや、それは……」

「だってそうでしょ?可愛い息子を危険な戦地に出すのだもの。賊のさ迷う場所に弾避けもつけないなんて、なんて無責任なのかしら……!」

 

憤慨するように鋭い口調で続ける。

 

「本当、これだから市民兵(同盟軍人)は駄目なのよ。お母さん、貴方が怪我をしたと聞いて叔父様(皇帝陛下)に叱りつけてやるように言ったのよ?」

 

 さらりと政治的に危険な事をぶちまける母である。多分抗議内容は途中で穏当な言葉に変えて同盟軍に届けられたであろうが……名誉勲章、そのせいで授与された訳ではなかろうな?

 

「けど良かったわ。こうして元気な姿を見れたのだから。貴方が卑しい賊軍の農奴如きに遅れを取るなんてあり得ないもの。叔父様も喜んでいたわ。流石は私の息子、伯爵家の誇りよ」

 

 キラキラとした瞳で、かつ優しげな声で平然と差別的な言葉を連発して見せる我が母である。因みにそんな事を言いながら私の頭や頬を優しく撫でていた。

 

 ……うん、間違いなく黄金樹の血を引いているわ、この人。

 

「い、いえ……これ全て身を顧みずに私を支え、守ってくれた従士達の賜物です」

 

 私は内心で少々引きつつも笑顔を作って事も無げにそう指摘する。母の中で少しでもベアト達のイメージを良くしたいからだが……。

 

「……?ヴォルター、貴方はとっても謙虚ね。けど……従士が主人の盾になるのは当然の事よ?」

 

 態態誉める程の事ではないわ、と母は美しい笑みを浮かべ、幼い子供に言い聞かせるようにそう優しく語った。そこには一切の疑問も呵責も無く、当然の事を当然のように言っているようだった。

 

……あ、これラスボスですわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 星都アルフォートの伯爵邸は他の大貴族の邸宅がそうであるように本邸ではなく、星都に置かれたある種の別荘でしかない。

 

 そのため本領……正確には伯爵家が領民を指導して開発し選挙区としている……シュレージェン州こそが本邸の場所であり、自宅である。アルフォートの邸宅は本邸に比べれば数分の一の大きさもないのが実情だ。

 

 尤も、小さいといってもそれは大貴族の本邸との比較であり、同盟の富裕層の邸宅は勿論、門閥貴族の大半を占める男爵家や子爵家の邸宅に比べれば十分巨大な土地を我が物顔で占拠していた。

 

 俗にロココ様式の屋敷は本宅以外に回廊で繋がる六つの別宅がありそれら一つ一つが旅館のような広さがあった。屋敷には金箔や美しい壁紙が張られ、名画が飾られ、緋色の絨毯が敷かれ、暖炉が設置され、高価なインテリアで彩られた広間が入り口で客を迎える事になる。

 

 屋敷にはほかに主人一家の生活や仕事を行うために執務室、寝室に書斎、図書室、ギャラリー、複数の居間に応接間が置かれた。食堂は伯爵家や少数の者による私的なそれと、大人数で祝宴を開くための広大なものがあり、社交や親睦を深めるために喫煙室を兼ねた遊戯室、植物園を兼ねた温室があり、ギリシア様式の大浴室があった。地下には小規模ながら有事に立て籠れる地下三階分の防空壕まである。

 

 無論、屋敷の主人達だけでこの邸宅に暮らす訳でもない。常時最低でも五十人は控える使用人達のための食堂と寝室があり、彼ら彼女らの働き、生活するための厨房に洗濯室、執事室、家政婦室、使用人ホール、食堂等が設置されていた。

 

 裏手には四つの倉庫があり、内一つは有事に備えた武器庫であった。ワインやビールの蔵があり、車庫には十数台の地上車と同じ数の馬車が停まる。廐舎には馬丁が世話する馬がおり、兵舎には二個小隊の警備兵が詰め、交代で邸宅の周囲や敷地を巡回している。

 

 その上、都心としては広大な庭園には噴水があり、カスケードが張り巡らされ、園丁が日夜手入れする薔薇園と小さな農園や家畜小屋、工房が用意されている。

 

 一般人が見れば奢侈の極みであろうが、決して門閥貴族の意識で言えば贅沢とは言えない。寧ろ家格から言えば質実剛健といえるものであった。ケッテラー伯爵家は兎も角、バルトバッフェル侯爵家やクレーフェ侯爵家は普通にこの数倍の敷地があるし、それですら帝国貴族の常識では比較的小さいと言われる。ブラウンシュヴァイク公爵家のオーディン別邸はGPS機能付き携帯端末を全ての使用人に与えているという。冗談抜きで持っていなければ遭難するそうだ。

 

 まぁ、そんな広さな訳であるから例え祝宴の出席者が三桁になろうと、臨時で使用人が倍を越えようと屋敷内には十分な余裕があった訳である。

 

「……本当、贅沢三昧だよなぁ」

 

 私は誰にも聞こえない小声で呟く。目の前のそれを見ればさもありなん、である。

 

 黄金と水晶の色に輝くシャンデリアと無数の燭台の上で灯る蝋燭により広大な室内は明るく照らし出されていた。天然木材のテーブルに純白のテーブルクロスが敷かれ、その上には銀食器に添えられた様々な料理が並ぶ。室内を右に左にと動き回る端正な使用人達は染み一つ、皺一つないスーツやメイド服を着こなし424年物の白ワイン(フェザーン経由輸入品)が注がれたグラスを運ぶ。

 

 接待される者達は伯爵家の分家筋、従士家の中でも特に家柄の良い者、一部の食客、姻戚関係にある他の門閥貴族である。これでも門閥貴族からしてみれば規模としては細やかな(?)なものであった。

 

「諸君、私の招待に応じてくれた事、誠に感謝に絶えない。今宵は我が息子にして同胞の英雄の帰還を、簡素ではあるが料理と酒を以て祝いたい」

 

 出席者の殆ど(子供を除く)にワイングラスが行き届いた時点でその声が宴会の席全体に響いた。

 

 招待客の前で数百の視線に晒されつつも一切緊張も動揺も無く元帥服を着こなした父が演説する。私はその父のすぐ後ろに恭しく控える。これではどちらが主役か分かったものではないが……まぁ、私もあの注目の中で堂々と自分語りなんかしたくないので丁度良いかもしれない。

 

 ふと、宴会場の壁の一角に視線をやる。……うん、案の定、国父がサンドイッチにされて泣きそうになっていた。両脇を固めるのが誰かはいうまでもない。悪いが助けて欲しいのはこちらなので縋るような視線を無視する事にしよう。

 

乾杯(プロージッド)!」

 

 父が白ワインの注がれたグラスを掲げ、帝国の御約束の台詞を口にした。同時に出席する賓客一同が一斉にそれに倣い、掛け声をあげながらグラスを口にした。流石に高級なグラスを使っているし、後処理が面倒だから床に叩きつけはしなかったが。

 

こうして和気藹々……には少し遠い祝宴が始まった。

 

「流石若様で御座います。此度の軍功、見事というほかありません」

「一個連隊が相手でしたかな?たかが平民共中心の部隊との事でしたが、それを差し引いてもこれほどの戦功を挙げるとは……」

「ほほ、初陣でこれとは。来年には蛙食い共を押しのけて自由戦士勲章でも得ているかも知れませんな」

「流石本家の血筋、いや御母君の血ですかな、これは?」

「確かに、顔立ちもツェツィーリア様に良く似ておられる」

「ははは、大帝陛下も初陣で勲章を得たという。やはり血筋でしょう」

「左様左様、やはり大帝陛下の仰られた血の使命は正しいという事ですな」

 

 白い立派な髭を蓄えた礼服や軍服を着た老人方……現役や当主を引退した一族や従士家の長老方……が常識的な一般同盟人が聞けば絶叫しそうな内容を平然と宣う。身内だけの宴会で良かったね。マスコミに会話を録音されたら袋叩きですわ。

 

 テーブルの上にはビュッフェ形式(貴族の晩餐の中では緩い形式だ)で仔牛のワイン煮、鮎のポワレ、鴨肉のコンフィに金目鯛のルーロー、若鳥のフリカッセ、鮭と帆立のタルタル、フロマージュと言った伯爵家に代々仕えるシェフが腕によりをかけた料理が並び、デザートとしてのタルトやミルフィーユ、あるいは旬の果実が揃っているが悲しい事にそこに群がる権利があるのは女子供であり、当然ながら私は主客でありながら接待役を担わなければならない。

 

 私は、クラシックな生演奏をBGMに営業スマイルを浮かべて(そして内心腹痛を感じながら)応対していく。

 

「いや、これも全て多くの臣下に幼い頃から指導を受けた賜物。おかげでこうして勲章を胸に飾れる身に育つ事が出来た。本当にありがたい話だ。今後とも各々の家とは良き関係を維持していきたいと思っている」

 

 人好きのする笑みを作り、私は彼らの家を褒めちぎる。偉そうな口調に思えるが主従関係と身分制度が遺伝子レベルで染みついている帝国人にとってはこれでも丁寧な方だ。その気になればもう少し横柄な態度も取れるし、それを指摘出来る者もいない。それをしないのは元より堂々とそんな口調で話せる度胸が無い事と、ある種の御機嫌取りのためだ。流石に私も従士達に恩赦を与える前から老人方の機嫌を損ねさせる程先の見えない馬鹿ではない。

 

「いやいや、本当に御立派になられた!」

「これで伯爵家も安泰ですな」

「昔は少し元気過ぎたものですが……勇猛、それでいて落ち着きと礼節もある。本当に良き貴族として御育ちになりましたな」

 

 老人方は機嫌の良さそうに語り合う。実際昔は今よりも我儘であったし、幼年学校逃亡未遂もしたので彼らとしては思いのほか深刻に捉えていたのかも知れない。所謂暴君か、あるいは軍人らしくない人物に育ってしまえば武門貴族である伯爵家の存続の上でも、彼らのまだまだ長い老後の上でも問題になっただろう。その意味では現在の状況はベスト、とは言わないまでもベターな状況だ。士官学校のシミュレーションでコープ達に敗れた代わりに彼らを押しのけて昇進と勲章を得たのだからその意味では面子は保たれた。外面的には、だが。

 

 逆に言えばベアト達が、私の戦死寸前に陥った責任という意味で特に彼らの恨みを買っている事を意味していた。もしかしたら婉曲的にそう伝えているのかも知れない。獅子帝は冷笑するが貴族は迂遠な表現が本当に好きだ。

 

なので、私も迂遠な形で意思を伝える。

 

「ええ、全て臣下のおかげだ。此度の軍功でも助けになった。忠実な臣下は伯爵家の貴重な財産。万金の価値がある。将来的に多くの臣下を従える身としては、一人として無駄にしたくないものだ」

 

 なので厳しい処分なんてしないでおくれ、と暗に伝える。私としては遜った(?)態度で伝えたものであるが……。

 

「ごほん……!」

 

わざとらしく咳をする老人方。あ、これは駄目だね。

 

「若様、老いぼれの老人の戯れ言では御座いますが、武門の家柄としてはそのような心掛けは少々改めた方が宜しいかと愚考致します」

「左様……臣下の損失は確かに痛いものですが、戦えば討ち死にする者が出るのは当然で御座います」

「まして、伯爵家となれば兵士を指導し、監督する立場。死地に送りこむ身である以上、厳しさも大事ですぞ?」

 

 神妙な表情で諫言する老人衆。一見自身の家族を死なせろ、と言う奇妙な意味に思えるが、恐らくは皆、自分の一族はその程度で死ぬような柔な奴はいないとでも考えているのだろう。

 

 また、私のせいで伯爵家そのものが没落すればその方が問題なのだろう。従士が幾ら死んでも一族が全滅する事は滅多にない、だが主家が没落すれば臣下の家も道連れになる。主家さえ無事なら多くの一族が死んでも残された者達は主家が面倒を最後まで見てくれるのだから(だからこそ命を惜しまずに戦う、と言う側面もある)。

 

 老人方の視線と口調に圧されて私は息を飲む。これは一旦引いた方が良いかも知れないな……。

 

 そう思い次に叩き込まれる「諫言」に対して身構える。だが……。

 

「あら、私は確かに臣下は万金よりも大事な資産であると思いますわよ?」

 

 急に会話に入り込んできた声に思わず振り向いた。すると視界に白灰色がかった鮮やかな黒髪に陶磁のような白い肌、緋色のドレスをした端正な夫人が扇子で口元を隠しながら微笑んでいるのが映りこむ。

 

「……失礼、ケッテラー伯爵夫人、で宜しいでしょうか?」

 

 私は思わず疑問形で尋ねてしまった。それだけ目の前の人物が馴染みのない人物だったからだ。

 

 正確にはケッテラー伯爵家の当主代理を担うケッテラー伯爵夫人ドロテア・フォン・ヴィレンシュタイン氏である。どこか矛盾しているような名称であるがそこには複雑な事情がある。

 

 ヴィレンシュタイン公爵家、という大貴族が昔存在した。200年程の歴史しかない新興の家柄であったが皇后を輩出するなど急速に勢力を拡大した一門であったそうだ。

 

 まぁ出る杭は打たれる、というのはいつの時代も同じ事のようで、コルネリアス2世の時代に大逆罪の罪を着せられ、そこで頭を下げ、大貴族達に金銭や領地を捧げて口添え(命乞い)してもらえば良い所を、あろう事か当主が破れかぶれに正面から戦いを挑んでしまったらしい。

 

 第二次ティアマト会戦以前の精強な帝国軍に正面からぶつかって勝てる道理(どうり)もない。半年程度で反乱は鎮圧された。問題はここからで、この当主、随分と艶福家であり、愛妾が三桁に昇ったらしい。反乱軍の掃討や略奪パーティーでヒャッハー状態の領地から一人の妊婦が命からがら逃亡に成功し、そのまま同盟に亡命した。

 

 後にヴィレンシュタイン公爵家が大逆罪で公爵家一族が粗方処断された事が伝わると妊婦から生まれた子供に亡命政府がヴィレンシュタイン子爵家(皇后輩出以前の爵位)の爵位を改めて授爵する事になった。目の前の夫人の父である。

 

 まぁ、子爵様等と言っても数名での亡命のために代々の家臣が殆どいなければ、資産も殆どない有様である。亡命貴族同士の同胞愛の結果生活費や教育費が母親に与えられ、子供は成人後地方官吏の仕事にありつく事は出来た。

 

 もちろん、それでめでたしめでたし、とはいかない。人の欲望に際限は無いのだ。御家再興のために子供を有力な家に嫁がせようとする。ケッテラー伯爵家に嫁いだ長女ドロテアもその一人だ。尤も、第二次イゼルローン要塞攻防戦で夫は伯爵家の主要な家臣達と纏めてヴァルハラに旅立ってしまったが。

 

 ごたごた状態の伯爵家とそこに付け込み遺産を横取り……御家乗っ取りまで企んでいた実家の間を取り持ったのが目の前の夫人だ。分家や長老方との暗闘によりケッテラー伯爵家の当主代理の立場に収まりつつ、しかし家名は実家のそれを名乗るのはあくまでも暫定的な立場に過ぎない事を表す。

 

「何代にも渡り忠義を尽くす臣下程得難きものは存在しないものですわ。金銭だけの主従関係なんて、それこそ安く、信頼なぞ微塵も無いもの、良き従士は一億帝国マルクよりも貴重なものですわ。たかが賤民共の百や二百と引き換えにして宜しい筈もありません。そうでしょう?」

 

 四十手前の若い未亡人は老人方に尋ねるように語りかける。それ自体は独創性もない当然の意見だ。だが、彼女が口にすればその説得力は段違いだ。

 

 古い門閥貴族が成り上がり(特に門閥の分家でもない元平民)と一線を画するのは信頼出来る臣下を多数有する事だ。当然門閥貴族になれば領地や人民を統治し、私兵軍を指揮し、日常生活や賓客を持て成す上で多くの臣下が必要になる。

 

 しかし、当然ながら特に平民から爵位を得た者には生まれながらの臣下なぞいる訳がない。つまり新たに自身で集めなければならない。

 

 だがこれが上手くいかない。金で買ったか、軍功で得たか、官僚として栄達したにしろ、各方面の優秀な人材……それも門閥貴族の息のかかっていない者を自分だけで見つけ出すのは不可能だ。軍人出身であれば優秀な軍人を知っているだろう。官僚出身ならば不正をしない役人を知っているだろう。だがその軍人出身が良き官僚を、官僚出身が良き軍人を見つけ出す事は至難の業だ。

 

 見つけられたとしても本人が了承するかも問題だ。今後子孫が永代に渡り仕える事になるのだ。新興の、いつ没落するか分からぬ家に行くくらいならば古い大貴族の下に仕官する方が良いに決まっている。銀河帝国でも大手信仰はあるようだ。

 

 しかも仮に了承しても彼らも従士……下級とはいえ貴族になるからには言葉遣いや所作もそれに相応しいものがいる。従士達の数と所作は門閥貴族のステータスであり、付き合いにも影響する。

 

 忠誠心に至っては言うまでも無い。何十世代も仕えてきたのなら兎も角、昨日まで下手すれば赤の他人であった者のためにどこまで忠誠心を捧げられよう?権威なぞ100年、いや半世紀もありやしない新興貴族にはどこまであるか……。

 

 高い忠誠心と技能、作法を会得した従士や奉公人……人材を多数所有する事は古い貴族が新興貴族に圧倒的に勝る部分だ。栄達した平民の中にはそれが分かるために敢えて爵位を固辞する者までいる。仮にそのような臣下が欲しいならば大貴族に頭を下げ、婚姻を結び、臣下を「分け与えて頂く」しかない。当然そうなれば事実上その家は大貴族の傘下だ。派閥から抜け出すなぞ不可能だ。臣下を通じて企みは筒抜けになる。自前で全てをどうにか出来る新興貴族は極一部だ。

 

 ケッテラー伯爵家は前当主ごと主要従士が戦死し、ヴィレンシュタイン子爵家は元より信頼出来る家臣が殆どいない。方々で相当苦労した、そして今もしている筈でその分夫人の言には恐ろしいまでの説得力がある。

 

「これは夫人。本日も見目麗しゅう……」

「夫人による伯爵家の経営手腕、目を見張るばかりで、実に素晴らしい限りです」

 

 他所の門閥貴族の言に、しかも相応に狡猾な人物と聞こえる夫人に正面から反論出来る従士等いるわけもない。貴族らしく無難な社交辞令を口にする老人方に伯爵夫人は扇子で口元を隠しながらの微笑みで返す。

 

 そこで、私はようやく何をするように言われているのかを察して挨拶する。

 

「お初に御目にかかります。伯爵夫人」

 

 私が腰を下げ、手を向けると、夫人は目を細め、次いで形ばかりの笑みを浮かべて手袋をした右手を差し出す。

 

 私は作業的に軽く手袋越しに手の甲に口づけをする。これ自体は大した意味は無い。敬愛を込めた挨拶だ。尤も、行うのは貴族階級同士であり、身分が釣り合っている場合が殆どであるが。

 

「此度の武勲、誠におめでとう御座いますわ。伯爵家と、子爵家を代表して御祝い申し上げます」

「両家からの祝辞、有り難く頂きます。本日は細やかながらもどうぞこの祝宴をお楽しみ下さい」

 

 形式から欠片も出ない会話……だが、それも出来なければ貴族失格らしい。獅子帝のように因習や旧弊を力づくで打破出来るなら兎も角、私にはそんな気概もないのでこの形式を最低限守らなければならないのだ。

 

 逆に言えばこの夫人は助け舟を出したとも言える。私が門閥貴族として最低限の作法と社交が出来る事を老人方に……曲がりなりにも伯爵夫人相手に機嫌を悪くしないだけの会話の応酬が出来る事を婉曲的に伝えてくれているのだろう。更に言えばこの場で「諫言」なぞしたら見られるぞ、と伝えているのかも知れない。

 

 実際、夫人と話し合いながらちらりと横目で一瞬確認すれば老人方は背筋を伸ばして大人しく私の後ろに控えている。次期当主の見栄えを少しでも良くしよう、という所か……。

 

「いえいえ、流石にティルピッツの祝宴は華やかなものですわ。我々の家はここまで人を集められないものですから」

「……恐縮です」

 

 ケッテラーは死んだし、ヴィレンシュタインは帝国で族滅したからね。家臣団を丸ごと持ってきた我が家とは集められる人の数が違う。まして一家の大黒柱を失った従士家や奉公人の家族を養い、面倒を見ないといけないのは相当な負担の筈だ。そして臣下の遺族の面倒も見れなければ門閥貴族としての体面に関わる。

 

下手に出る私に満足したのか、一礼した後に老人方に「良い跡継ぎをお持ちで」と口にしてそのまま臣下や姻戚関係にある貴族達に群がられる両親の方へと向かう。あれか、両親に何か御願いごとでもあるから一応老人衆に詰められる私を通じて恩でも売っておこうとでも思ったか?

 

「将を射るにはまず馬を射よ、かね……?」

 

 誰にも聞こえない程度の声で小さく指摘する。そうか、私は馬だったのか。

 

 一瞬そんな現実逃避的な考えが思い浮かぶ。だが、すぐに後方で何か言いたげな老人方を視界に入れ、現実に引き戻される。夫人に言われた手前余り強くは言えなかろうが、二三言ほどは注意のために話そうという事だろう、私が気付いた事を確認すると、わざとらしく咳をして改めて口を開こうとして……。

 

 「若様若様!見てください!この料理!ローストビーフとボワレが本当に絶品ですよ!食べて見てくださいよ!あ!お姉さんがあーんしてあげましょう!ぐへへ、ほら若様あー……グエェッ!?」

 

 取り敢えず空気を読まずに大量の料理を盛った皿を持って腹が立つ笑みを浮かべながら横入りしてきた准尉に真顔で裏拳を叩き込む。それでも料理を落とさないのは大したものだ。

 

「うー、うー、酷いですよぅ……あ、けどこういう肉体コミュニケーションも悪くは……」

「さいですか」

 

 ぐへへ、と顔に似合わない卑しい声を漏らす従士に流石に老人方も私の裏拳に何か言う以前に少し引いている。正直場が白けてこれ以上何か言う空気ではなかった。

 

 ちらりと周囲を見れば祝宴に出席する子供達が幾人か純粋な笑顔でこの准尉を指差し、次の瞬間保護者が必死な顔でどこかに子供を避難させる。酷い扱いだ。家臣団全体からそういう認識をされていやがる。レーヴェンハルト家の当主はやっぱり今からでも良いから思想矯正する事を進言したい。

 

 はぁ、と私はこの先の前途多難ぶりに思わず溜め息をついた。








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