帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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第六十九話 クレーム対応は事務の中でも特に辛い業務

 地域調整連絡官の役目は、同盟軍と現地政府・行政・民間組織との演習・交通・駐留・裁判・補給・救難・調達等の調整を行う事だ。

 

 形式上諸星系政府による対等な星間同盟である自由惑星同盟において、各星系警備隊はワープポイントの警備や海賊対策、対テロ戦闘、災害対策を主任務とする星系政府の管轄部隊である。

 

 一方、所謂正規艦隊や番号付き地上軍等の正規軍は中央政府直属の正規戦闘部隊であり、星系警備隊とは根底からして在り方が違う。そして正規軍は建国以来常に中央政府が地方を統制するための尖兵として利用された。

 

 「607年の妥協」以前、独自の軍事力を有する事が認められなかった旧銀河連邦植民地を中心とした諸惑星は、同盟軍と同盟政府より天空の高見から威圧され、同時に彼らに頼る以外に大規模災害や宇宙船事故、宇宙海賊等の脅威に対処出来ない状況にあった。魔術師は養子に「政府と市民が対立したとき軍隊が市民の側に立った例はない」と口にしていたが、恐らくこの事を指していたのではないだろうか?

 

「607年の妥協」後に自治区から星系政府に昇格した諸惑星は、それ以前に有していた自警団や帰順した反同盟武装組織を中核に星系警備隊を設立した。

 

 市民は星系警備隊こそ自分達の守護者と認識した。それは裏を返せば同盟正規軍に対して不信感を有している事を意味する。今でこそその意識は殆どないが、少なくとも当時はそうだった。

 

 その酷さといえば、ダゴン星域会戦時において同盟軍が艦隊の動員を開始した事をに対して、幾つかの星系政府が同盟中央政府による地方への侵略戦争を意図したものと考え「対同盟戦争」の下に星系警備隊を展開した程だ。帝国の存在に懐疑的であった旧銀河連邦植民地系星系政府の中央への不信感がどれ程のものだったか分かろうものだ。

 

 同盟正規軍は地方への展開に対して政治的に慎重になった。帝国との戦争が続く中で市民とのトラブルが続けば任務に支障が出るだけでなく、戦争継続そのものが困難になる事は明らかであった。それ故に軍の各部署と民間を一元的に繋ぐ地域調整連絡官が設けられた。

 

 ヴォルムス星都アルフォートから南に400キロ、同盟軍ヴォルムス星域軍司令部、ハノーヴァー基地に拠点を置く地域調整連絡室に私が着任したのは宇宙暦784年12月17日の事であった。

 

 

 

 

 

 早朝暗い室内の中、私はベッドの上から物音に気付いて僅かにその意識を覚醒させる。

 

「うっ……うんっ………?」

 

 未だ睡魔の残党が頑強に抵抗し、上手く思考出来ない中で、私は薄暗く見慣れない室内に視線を向けここが何処かと一瞬考えるがすぐに思い出す。

 

 そうだ、私は昨日辞令に従って屋敷から赴任地に向かったのだ。そして夜中に基地に着いた後、旅の疲れで荷物も解かず着の身着のままにベッドで寝入った筈だ。

 

「………ベアト?」

 

 寝ぼけた頭で私は一番身近にいる臣下の名を小さく呟く。幼年学校でも、士官学校でも、いや任官してからも朝になると私を起こし、また様々な用意を私のためにしてくれていた。起床時間ギリギリまで寝かしてくれ、布団が乱れていれば直し、着替えの準備や埃や皴とりまで何も言わずにしてくれた。……甘え過ぎな気もする、いや明らかに甘え過ぎであるが、それでも眠い朝、特に冬の一秒一秒が万金に値する睡眠時間を産み出してくれるそれは相当甘美な物であった。

 

 人影がこちらに来るのがぼやけた視界からでも分かった。恐らくこの後ベアトがゆっくりと身体を揺すって起床を促す事だろう。まだまだ眠いが迷惑をかける訳にもいかない。我慢して起きよう……。

 

……いや、待て。

 

ベアトがここにいる?有り得ない事だ。彼女は今私と共にいない。起こしに来る筈がない。

 

……ならばこの人影は誰だ……?

 

『若様、御起床下さいませ。朝でございますよ?』

 

 宮廷帝国語で耳元で小鳥が囁くような透き通るような声がかけられた。子供をあやすような、しかしどこか艶かしさも感じる声。

 

その声にぎょっとした次の瞬間にふっ、と耳元に生暖かい吐息が吹き掛けられる。

 

「うおっ…たっ……!?」

 

 全身がぞっと震える感覚に襲われ、思わず奇声を上げながら起き上がる。眠気は一瞬で消えていた。生々しい余韻を残した耳を手で押さえ、上半身のみ上げた私はそこで人影が誰なのかを確認した。

 

『ふふっ……大変失礼致しました。ですがこうした方が眠気覚ましにも宜しいかと愚考致しました。何卒御容赦を』

 

 肩よりも長く、鈍く銀色にも輝く薄い金髪がさらさらと輝いていた。柔らかく、歳にしては何処か大人びた表情に小さな笑みを浮かべた紅色瞳の女性。ベレー帽を被り、まだ上着を着ていないのだろう、白いカッターに緩めたスカーフの出で立ちの暫定従士は慈愛の微笑みを浮かべて謝罪する。

 

「……ノルドグレーン少尉、次からはそのやり方は止めろ。絶対にするな。それに……何だその出で立ちは?」

 

 警戒するように、そして気付かれない程僅かに視線を逸らして私は尋ねる。カッターシャツから見える豊かな曲線の輪郭は流石に少しだけ目のやり場に困る。 

 

 尤も、本人は全く意識していないのか、気にしていないのか、僅かに小首を傾げ、すぐにはきはきした口調で説明する。

 

「はい、僭越ながら若様の御荷物の整理と多少の掃除をさせて頂きました。その際、埃がつくので上着を脱いで作業をさせて貰ったためで御座います」

 

 如何でしょう?と言いながら次の瞬間にカーテンを引かれる。 

 

「っ……!」

 

 一瞬太陽の光で視界が鈍る。だが、視界が慣れ始め、日光で満たされた部屋を視認すると次の瞬間私は軽く驚いた。

 

 正直、あんなに荷物は要らないと思っていた。トランク五台分の荷物なんて馬鹿なの?死ぬの?と思ったが使用人達にとってはそれでも妥協に妥協を重ねたものであったらしい。運べん、と文句を言えば、ではお供します!と使用人が言うので遂に折れ、重い荷物を全て自分で運んだ。ぞろぞろと使用人を引き連れて基地に参上するような真似は恥ずかし過ぎるし、相手側の印象が悪い事は確実なので無理だった。

 

 使用人の「若き頃の大帝陛下のように全て御自身で為さろうと言うのですね……!」という斜め上解釈の戯れ言は無視するとして、荷物の多さは出迎えの兵士に二度見された。私服も雑貨も日用品もそんなに要らんよ?え、同盟軍の安かろう悪かろうな製品を使うのは健康的に良くない?さいですか。

 

 そんな馬鹿みたいな量の荷物が……全て整理されていた。

 

 衣類は全て衣類掛けや箪笥に、書籍は本棚に、机の上には書類や用具が整理され、インテリアの類も全く違和感の無い形で飾られていた。殺風景な同盟軍士官用私室は、完全に何年も人が住んでいたかのように変貌していた。恐らく彼女は同盟が滅んだ後もインテリアコーディネーターとして生きて行ける事だろう。

 

「少々時間が無いため至らぬ所も御座いますが、如何でしょうか?御要望が御座いましたら修正致しますが?」

「……いや、良い。完璧だ」

 

 余りに完璧に整理されているのでつい本音を口にしてしまった。

 

 嘘を言っても良かった筈だが、私が寝ている間に女性一人で静かに掃除と整理をしていたと思うと殆ど八つ当たりで文句を言うのも筋違いのように思えた。

 

「お誉めの言葉恐縮です。それでは……」

 

 くるっと回転しながら姿勢を改め、メイドのように恭しく頭を下げる。

 

「……洗顔と御召し物の着付けをさせて頂きます」

 

 微笑む彼女の傍らには、いつの間にか水を張った洗面器にタオル、そして皴一つ無い軍服が有った。

 

「………」

 

取り敢えず私は深く息を吸い、吐き出して落ち着くと命令した。

 

「自分でやるからお前は自身の仕度をしておけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 0730時、基地内食堂での朝食(少尉が持って来た。なぜ私の選ぼうと思っていたコースが分かる……?)の後、私は斜め横から静かに付いて来る従士を可能な限り意識から外して基地の敷地を歩く。

 

 並木通りを歩めばすぐ隣を迷彩服を着た地上軍兵士の列が軍曹の掛け声と共に行進し、我々を通り過ぎていく。空を見れば哨戒用無人偵察機が天空から電子頭脳により決められたコースを飛びながら各種高性能センサーと光学カメラにより地上の各地を監視していた。恐らく我々の存在も把握している事であろう。

 

 ハノーヴァー基地は、一万名余りの人員しか駐屯していない基地ではあるが、その実、敷地だけで見れば二個遠征軍、最大五十万もの地上部隊を受け入れ可能な機能を有する。即ちそれだけの弾薬や食料、医療品、燃料が貯蔵され、あらゆる兵器の修理・点検可能な設備が揃い、それだけの車両や航空機の収容可能なバンカーが有ることを意味する。通信設備も充実し、生半可なジャミングではこの基地からハイネセンへの通信を阻む事は不可能であった。また、宇宙港には最大一千隻のシャトルの運航が可能な能力があり、地上と衛星軌道上の人員・物資移動も可能としている。

 

 これらの機能は帝国軍の大規模侵攻時、あるいは同盟軍の遠征時の前線後方における補給支援を行うためのものである。アルレスハイム星系にはこの他ヴァルムス地表に三ヶ所、非可住惑星・衛星に三ヶ所、また小惑星を改造した宇宙要塞型補給基地が一ヶ所あり、四個分艦隊及び四個遠征軍を十分に支援出来る潜在能力を有している。有事には人員のみが素早く各施設に展開し、同盟正規軍に対してその能力で強固にサポートする事が可能だ。

 

 なぜ常時人員を置かないのか?と言う疑問があるがそちらはやはり住民感情と人員不足が理由だろう。

 

 この規模の基地群を常時運用するには最低でもあと八万から九万もの後方支援要員が必要だ。それだけいれば問題を起こす軍人も出る。必要のない平時はそれらを避けるため、というのが一つ目の理由だ。

 

 二つ目は人員不足だろう。この規模の基地の機能を完全に利用するのは先ほど言った通り帝国軍の侵攻か出征時のみだ。ただでさえ人員不足なのに不必要な時期まで貴重な人員をへばりつける必要はない。特に同盟軍は人口的な問題からハードウェアよりもソフトウェアを重視しており、施設は最悪使い捨てにする、という考えが根強い。魔術師はラグナロック作戦による帝国軍の同盟侵攻時、戦闘ごとに補給基地を使い捨てにしたが、あれは彼の独自性ではなく、同盟軍の基本的な考えそのものらしい。

 

 基地の一角、複合装甲と超硬繊維と耐熱鉄筋コンクリート、防弾ガラスで防護された地上十二階地下四階建てのビル、ハノーヴァー基地北第4ビルA棟、その入り口の自動改札扉から建物一階に入室する。一見唯の自動改札扉に見えるがその実基地の中枢コンピューターに全基地人員のデータが記録され、監視カメラとセンサーが入室する者の顔や網膜、所有する身分証明書に内蔵された電子チップからの電波等を解析・検証して瞬時に入室が許可された人物かを判断していた。もしも照合結果が合わない場合警告、場合によっては無人防衛システムによりゴム弾や催涙ガス弾、更にはタングステン製の実弾が飛んでくる事になる。

 

 人が行き交うビルのエレベーターに向かう。何か言う前に先行し上昇ボタンを押した少尉は、そのまま当然のようにエレベーターを待つ私の前に立つ。

 

 自然な形で腰のブラスターに触れているそれは仮にエレベーターの扉が開くと同時に武装した敵対勢力が入れば間髪入れずに私の盾になりつつ迎撃を、ビル入り口にトラックが突っ込んだ場合は私に覆い被さり爆風や破片から防護、サイオキシン麻薬でトチ狂った職員が銃を乱射をすれば私を守りながら安全地帯にまで避難出来るような体勢だった。

 

 エレベーターで地上八階に一気に昇ると、薄いブロンドの少尉が先行、危険が無いか確認してから私に道を進めた。ベアトもそうだが、友軍の基地でこの警戒は少しやり過ぎな気がしない訳でもない。いや、反帝国主義者に爆弾テロの標的にされた時代もあったけどさぁ。

 

 さて、このビルの八階の一室を占有するヴォルムス星域軍地域調整連絡室第二課が私の新たな職場であった。デスクが連なり、十数人が電話応対や書類作成、トラブルや交渉のために外出したり戻ってきたりとする姿は仕事に精を出している人々が軍服を着ている事を除けば民間企業の営業部にも思えた。

 

 そんな室内の課長席の前にて私はすぐ横の従士と共に教本通りに背筋を伸ばし、勲章が分かるように胸を張り、足を揃え敬礼をした。

 

「自由惑星同盟宇宙軍所属ヴォルター・フォン・ティルピッツ中尉、宇宙暦784年12月18日0845時、ヴォルムス星域軍地域調整連絡室第二課に着任致しました!」

「同じく銀河帝国亡命政府宇宙軍所属、テレジア・フォン・ノルドグレーン予備役少尉、宇宙暦784年12月18日0845時を持って現役に復帰、及び自由惑星同盟軍ヴォルムス星域軍地域調整連絡室第二課に出向致します!」

 

 私は少々緊張気味に、対してすぐ隣の女性は流暢な同盟公用語で落ち着きと気品を持って報告する。……これではどちらが主従か分からないな。

 

「うむ、話はブロンズ准将から伺っている。この星は君達の故郷だったね?」

 

 恐らく我々について記された書類であろう、手元のそれと我々を見比べてふむふむと頷くのはヴォルムス星域軍地域調整連絡部第二課長オーブリー・コクラン大尉だ。

 

 どこかくたびれた中年のように見える彼は専科学校の補給科を卒業し、兵站や民生部門……特に災害派遣や地方自治体の要請に基づく救難活動で無難な実績を積み、その手腕を買われてこの惑星の地域調整連絡室二課長の地位にある、と言えば聞こえが良いが実際の所面倒な星で面倒な部署の面倒な中間管理職に放り込まれたと言った方が良い。私がここに押し込まれたのがその証拠だ。

 

 ………どこかで聞いた名前な気がするが思い出せん。原作にいたっけ?

 

「はい、士官学校に入学するためハイネセンに行くまでこの星に在住しておりました」

「そうか。それは喜ばしい。地元ならば家族や友人にも会いやすいだろう?こういう仕事は転勤が多いから、若い子なんかホームシックになってねぇ。可哀そうな事だよ。まぁ我ながら若い頃は良く耐えられたものだよ」

 

 ははは、と完全におっさんなサラリーマンのような事を言い出す大尉。この人本当に軍人か?まぁ、悪い人ではないのだろうが……。

 

「そうだねぇ、この二課の仕事は知っているね?」

「はい」

 

 地域調整連絡室二課の仕事は主に兵士の宿泊場所の確保や外出の時のトラブル対処、民間の陳情の聞き入れ、クレーム対処等多岐に渡る。

 

 なんかここに配属される理由が分かった。イゼルローン要塞攻略に向け、これから大軍がここに押しよせるだろう。その分問題も増える。門閥貴族の権威でそれをどうにかしてくれ、と言った所か。

 

「ここにいるのは殆ど下士官兵士でね。准士官以上は私と准尉が一人だ。君達は中尉と少尉だから相応の権限がある。重要な問題等に優先して取り組んでもらいたい。疑問点があればいつでも私や課の者達に尋ねてくれ。名誉勲章受勲者には少し物足りない仕事かも知れないが頼むよ」

 

少々済まなそうに語りかける大尉。

 

「いえ、任務とあれば如何なるものであれ精励させて頂きます」

 

 清々しく言ってのけるが嘘だ。寧ろ内心で安堵すらしている。数か月前に何度も死にかけたのに態々イゼルローンに喜んで行きたくない。

 

「うむ、ノルドグレーン少尉も亡命軍からの出向御苦労。そちらとは色々勝手が違うだろうがどうか宜しく頼む」

「はい。此方こそ、色々至らぬ所が御座いますが御指導御鞭撻の程、宜しくお願い致します」

 

気品の感じる所作と笑みで大尉の言葉に少尉は答えた。

 

 こうして、私は正式に任地に配属される事になる。専用のデスクを二つ、それに固定端末を用意された。端末から資料を閲覧する。我々が当面為すべき仕事についてはそこに記されていた。

 

 第四次イゼルローン要塞遠征計画は未だに公式には宣言されていないが、国防委員会、統合作戦本部の認可を得て既に非公式に始動している。

 

 同盟軍の末端に位置する私には今一つ把握出来ないが、既に最前線では同盟軍が回廊周辺宙域の制宙権を掌握するための戦闘が始まりつつあった。正確には回廊に繋がる同盟の四つの星間航路において同盟軍が反攻作戦を実施し始めたのだ。

 

 同盟軍の遠征のセオリーは決まっている。艦隊の要塞への展開と補給線の安全を確保するために四つの星間航路とそれを結ぶダゴン星系までの宙域に対して攻撃、帝国軍宇宙戦力の排除及び地上戦力の殲滅ないし、無力化・拘束を図る。これが第一段階だ。

 

 第二段階として正規艦隊の回廊進出と回廊周辺・内星系への地上軍による索敵網と補給基地の整備により要塞戦に向けた準備が行われる。

 

 第三段階が御待ちかねの両軍の正規艦隊による要塞周辺宙域における会戦である。後方から補給・情報・通信・衛生等で数か月かけて作り上げた支援体制を存分に利用して正規艦隊は要塞と駐留艦隊と殴り合いを演じる事になる。要塞攻略戦は大軍がぶつかり合い派手なものではあるが作戦全体でいえば時間の2割、兵員の5割程度の投入でしかない。下準備の方が遥かに重要なのだ。

 

 第4方面軍管区軍もまた攻勢に出た。シグルーン星系に一個分艦隊が派遣され現地の帝国宇宙軍を撃破した。フォルセティ星系では地上軍二個軍団が増派され帝国軍の地上部隊を地下に追いやる。

 

 同盟軍は来年二月までに更に第4方面軍管区軍に一個分艦隊と二個遠征軍を増派する方針だ。この戦力は係争惑星に展開する帝国宇宙軍の撃破、帝国地上軍の拘束、来るべき回廊内星系群における地上軍戦に備えたものだ。ほかの三つの方面軍管区軍にも少なくない規模の戦力が派遣される予定だ。

 

 来年四月頃までこの星には同盟軍の増援部隊が断続的に派遣され続けるだろう、周辺惑星の平定と、制宙権確保、遠征軍本隊の最終的補給と、要塞攻略中の支援のためにかなりの人員が必要だ。少なくとも今手元にある宿泊受け入れリストに基づけば、だが。

 

 12月20日、同盟地上軍第4地上軍所属第16遠征軍第88軍団がハノーヴァー基地に駐留する事が決定した。兵員にして4万9600名、車両1万8000台、大気圏内航空機600機、火砲・ロケット砲・誘導弾等1120門、その他海上艦艇・宇宙艦艇多数を有する大規模会戦向け編成の軍団は40日に及ぶ最終的演習の後にデリング星系の攻防戦に派遣される事になる。

 

 5万名近い人員の移動は、しかし何万隻もの艦艇が毎年のように動員される原作から見ると大したものではないように思える。

 

だが実際は簡単ではない。

 

 何せ数百隻の軍用輸送艦艇が民間物流網に負担を掛けずに移動しなければならないのだ。星間交通・物流において移動距離の99.9%は超光速航法によるものであるが、星系内でワープ、あるいはワープアウト出来る宙域は決して多くはない。

 

 超光速航法は広大かつ安定した重力圏や空間であり、大規模質量の影響が無い場所での使用が奨励される。その場合、ワープポイントは大抵星系外縁部や重力の安定した惑星のラグランジュポイントの一部であり、それ以外の宙域でのワープは安全面で危険がある。また多数の艦艇が同時にワープする事も空間異常の原因となるために推奨されない。同盟宇宙艦船運用基準に従えばワープによる事故発生確率が0.00001%以下の安定した指定宙域以外でのワープは軍用艦船でも許されない。

 

 この条件は一見厳しいように思えるが大規模艦隊戦では万単位、それ以外の客船や商船が年にどれだけ運航しているか、一度の航海で何回のワープを行うかと考えればこれ程の安全基準は寧ろ当然である。一度の事故が下手すれば周囲の艦船を複数纏めて虚数の海に飲み込む事すらあるのだから。しかも隕石の衝突や宇宙嵐と違い、生還はほぼ絶望的である。

 

 アルレスハイム星系では星系外縁部に六か所、ヴォルムス等惑星周辺のラグランジュポイント七か所がワープに適した空間とされ、内回廊方面に繋がるのは四か所である。民間船の交通を妨害せず、しかも一度に多数の艦船がワープを行えばその空間は数時間から数日の間は連続でワープする事が奨励されない事を考えればその艦船出航調整は簡単にはいかない。しかもこれはまだこれから始まる大艦隊の通過の序曲でしかないのだ。

 

 さてさて、そうなると軍部と民間のトラブルの元になる。軍部としては効率的な艦隊の移動を行いたい、民間……特に命知らずのフェザーン商人……は軍部の都合により自分達の商売の打撃になる事態は好ましいと思わない。

 

 戦争だから民間交通くらいごり押しで封鎖しろ?民主国家で軍が国民に市民に高圧的に接するのはそれだけで問題であるし、物流を止めれば下手すれば星系内の物資不足が起こりかねない。それどころか密輸船が集まり、密輸船の予想外のワープ事故が起こる可能性もある。同盟軍は軍属として多くの民間人や民間船を雇用している事もあり、民間との交渉や調整を蔑ろにする訳にはいかない。

 

「これは困ったなぁ……」

 

 軍の統制による民間船舶七隻の遅延に対しての在同盟フェザーン商人共同財団と星間交易商工組合所属の商人達の共同抗議文である。同盟軍の通達が届かず足止めを食らい、結果的に契約遅延による損害を被った事に対する賠償要求を求めていた。

 

「警察からの状況報告書に軍部の報告書、それに被害者からの聞き取り、前後関係と事実関係の把握と、法律(しかも同盟法・星系法・軍法の全てだ)と前例の調査か……これ法務部の問題じゃないのか?」

 

 憲兵隊や法務部との職分の重複は面倒ではあるが仕方ない。こちらは宥め役、法務部の出番は裁判沙汰になった時だ。法務部からすれば法律というより感情の問題である、と捉えてたからこちらに回したのか、それとも裁判に向けた時間稼ぎか……。どちらにしろ嫌な役回りだ。第88軍団の受け入れ交渉が始まる、という時に……。

 

 いや、待て。これはチャンスではないか?この面倒な業務を澄まし顔で私に仕える隣の従士に押し付けミスでもしてくれれば足手纏いのレッテルを貼り、この狡猾な監視役を追い出す事も可能ではない……?

 

 いや、落ち着け。公私混同するな。私の個人的な問題で軍の仕事に悪影響を与えるべきではない。回り回って私が起こした問題で困るのは前線の兵士だ。敵は兎も角、味方を私個人の問題で危機に追いやるなぞ出来る訳がない。

 

 ならば、少々不本意ではあるが、彼女と共に手を抜かず問題を解決……。

 

「星系警察と憲兵隊からの報告書類でしたらこちらに。聞き取り調査の記録もありました。被害者の犯罪歴を調べた所、同じような訴訟をした前歴がある船舶が三隻、詐欺罪で訴訟を受けた前例のある船長が一名おりました」

「………」

 

 すらすらと流暢な声で綺麗に整理されたファイルで分かりやすく説明していく少尉。

 

「……の点に関しましては在同盟フェザーン商人共同財団と星間交易商工組合への裏付けも取れております。また請求額も計算致しましたが明らかに一割以上の過剰請求も発見致しました。ここの財務諸表を御覧ください。財団と組合の仲裁の下で和解の場を設けて釘をさせば恐らくこれ以上の訴訟行為は行う事は無いでしょう。公式の誓約書を作成すれば処理後の名誉棄損行為も防げるかと。……このような対処法で宜しいでしょうか?」

「アッハイ」

 

殆ど反射的に私は答える。

 

「はい、それでは御命令の通りに対処致します」

 

 にこり、と爽やかな笑みを浮かべながら敬礼した従士はてきぱきと固定端末で電子メールを打ち始める。

 

私はぽつんと彼女の整理した書類を間抜けに見やる。

 

「あれ、これ足手纏いなの私じゃね?」

 

 ……追い出すとか偉そうな事言う前に我が身を振り返る必要がありそうだった。

 

 




尚、少尉の女子力と柔軟性はベアトより圧倒的に上の模様







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