帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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第七話 仕事は慣れると雑になるもの

 ライナルト・フォン・バッセンハイム中佐が艦長を勤める練習艦『イェリング』は護衛艦2隻の庇護の下アルレスハイム星系から14.9光年の位置にあるパランティア星系第6惑星オスギリアス近縁を航行していた。

 

 パランティア星系といえば宇宙暦751年帝国暦442年のパランティア星域会戦が有名であろう。730年マフィアが一人ジョン・ドリンカー・コープ提督の指揮する同盟軍は帝国軍に対して30万人もの戦死者をだす惨敗を喫した。

 

 この会戦の結果第2次ティアマト会戦以降企画された帝国領への大侵攻作戦の中止が為された原因としても有名である。フレデリック・ジャスパー提督の黒い噂も当時の侵攻作戦の可否におけるコープ提督との意見対立から来たものだった。

 

 実際のところそれは、ゲスの勘繰りと言えた。会戦後の敗因研究を行った特別委員会の公表文によるとパランティア星域会戦の敗因は想定外の星域での戦いだったからだ。

 

 実のところ当時のパランティア星系は決して最前線という訳ではない。むしろ補給基地があり艦隊の集結先としてこれまで度々使われた星系だった。

 

 正面決戦では勝てぬと考えた帝国軍首脳陣は当時構想されていた高速戦艦の試作艦艇を中核とした特務艦隊を編成し同盟勢力圏の哨戒網をすり抜け集結途中だった同盟軍に奇襲攻撃を実行したのだ。

 

 初撃で艦隊副司令官が戦死、艦隊の内集結していたのは6割強、混乱する艦隊をコープが纏め上げる時間は無かった。コープ提督はその軍事的才覚を発揮させることすら許されず戦死した。

 

 むしろ救援要請に答えジャスパー提督がパランティア星系に急行した時間は帝国軍の想定よりも遥かに早かった。少なくとも彼は戦友を見殺しにするつもりは無かった筈だ。

 

 さて……そんなパランティア星系は基本的に危険な宙域ではない。同盟航路局の発表する注意レベルは5段階の内2、パランティア星域会戦の例こそあるが通常帝国軍と遭遇する事はあり得ない。最も近年はイゼルローン要塞の完成とそれに伴う帝国勢力圏拡大により注意レベルの引き上げ検討が為されている事も事実ではある。

 

「まぁ、そんなことは今はどうでもいい。取り敢えず腹痛いから実習休んでいい?」

 

宇宙服を着た私は後ろに控える旧友に笑顔で訪ねる。

 

「諦めなよ。さあ、順番がきたよ?行って」

「嘘だ!」

 

 憐れむような表情で答える旧友に私は心からの否定の言葉を叫ぶ。具体的に某超大作映画の二部で敵に父親だと告白された主人公のごとき慟哭を叫ぶ。しかし現実は無慈悲だ。

 

乾いた音と共にエアロックがしまり私は一人閉じ込められる。

 

「はいはい、さぁ排出だ」

「鬼!悪魔!地獄に堕ちろ!」

 

 吸引器により室内の空気が抜かれ真空状態になったと共に極寒の闇に続く扉が開いた。

 

「ははは、ペーター!覚えていろ!私は何度でも甦る!はは!ははは!」

「私はペーターじゃないよ?」

 

私は怨みつらみを呪詛にして吐きながら練習艦から放出された。

 

 

 

 

「うーん……駄目だ。胃の中気持ち悪……」

 

 無重力遊泳体験で無重力酔いして艦の休憩室のベンチでダウンする私である。ベアトが膝枕してくれているが残念ながらその膝の柔らかい感触を味わう余裕なんてゼロです。

 

 良く良く考えろ。無重力空間で胃の中の物がどうなるかを。休憩室のほかの同僚達の大半はけろっとしている。私の状態を物珍しそうにすら見ていた。なぁ、何でお前ら平気なの?これが宇宙暦のスタンダードなの?私だけ重力に魂を縛られているの?

 

「流石に情けないね。ワープ酔いと無重力酔いで両方吐く生徒は初めてだって教官が困惑していたよ?」

 

 宇宙遊泳実習を終わらせ着替え終えたアレクセイが心底呆れたようにいった。うるせぇ。

 

「うーん……悪いけど昼食いらないって教官にいっておいてくれる?」

 

項垂れながら私は頼む。

 

「それは良いけど、本当に大丈夫かい?入港まで持つかい?」

「持たせるしかなくね?」 

 

 予定としては昼食の少し前の時間……確か1200時頃にパランティア星系第5惑星衛星軌道上の同盟軍の補給基地に入港、基地見学をする事になっていた筈だ。当然ながら宇宙船より宇宙要塞の方がより安定した重力発生装置を備えている。そちらにいけばこの吐き気も多少はましになるだろう。

 

「ううう……畜生め。何でお前ら元気なんだよ。ふざけんなよ」

 

 勤勉な奴なんてこの休憩室で腹筋や腕立て伏せしてるしな。どんだけだよ。お前ら軍人よりボディビルダーでも目指せよ。

 

 特にホラントはその筆頭だ。すげえよな、もう10分以上黙々と片手で高速腕立て伏せしてる。苦しい顔一つしてねえ。

 

 まぁ、帝国人は元来筋トレ好きが多いのだが。大帝の遺訓だ。健全な魂は健全な肉体に宿る、等と大昔の哲学者は言ったそうだが、大帝が仰るには「他者に勝つにはまず自身に勝たなくてはならぬ。なぜ自身に勝てぬ者が他者に勝つ事ができようか?」と言うことだそうで。

 

 その上でこう言った。「肉体を頑健に保つには日々自らを律し、苦しみに耐え抜かねばならぬ。即ちそれに耐え肉体を研磨出来る者こそが他者に打ち勝ち、人類種の繁栄に貢献出来るのだ」と。 

 

 逆にいえば健全な肉体を持たぬ者は人類の繁栄に貢献出来ない。即ち障害者は不要な存在、不健全な生活を続ける貧民は健全なる貴族に従うのが当然、という意味の裏返しでもある。無論それは、建前であり大帝陛下が晩年痛風だったりラードの塊こと流血帝が即位してたりしている点でお分かりの事だが実際は自堕落な生活を送っていた王侯貴族もかなりいた。むしろ下級身分の者ほど純粋にその遺訓を守り伝えている傾向がある(盲信しているとも言う)。

 

 そんなわけで帝国人……特に純朴な平民層は筋トレが趣味……というか本能になっている者が少なくない。亡命政府の統治領域は特にその気風が強い。元貴族から農奴までナチュラルに鍛える。私も半強制的に鍛えさせられた。まぁ、筋力は平均より下だけど。おい、アルレスハイム星系の高等学校のスポーツテストの成績、何で同盟平均点数の2割増しなんだよ。ふざけんな。

 

「お痛わしい……若様、どうぞ御安静にしてください。必要な事は何なりとこのベアトに御命令を。可能な限り御答え致します」

 

 私の頭を撫でながら沈痛そうな面持ちで話しかける従士。凄く……重いです。

 

 いや、いい子なんだけどね?本当上の階級への盲信具合ヤバイよね、この子。私この子の将来心配だよ。

 

 と、思ったけど良く良く考えたら重いのはどちらかというと従士階級全般だった。

 

従士階級について調べたら代表例がブラウンシュヴァイク公家のアンスバッハ家や晴眼帝の皇后ジークリンデだからな。……重いわ。

 

 5世紀近く主従関係が続けばこうもなろう。常人には到底理解出来まい。私だって理解し難い。

 

『連絡致します。本艦は現在、パランティア星系第5惑星の周回軌道に入りました。まもなく、入港準備に入ります。総員入港準備に入ってください』

 

艦内放送が終わるとアレクセイがこちらを見る。

 

「だそうだよ。後長くて1時間といったところだね」

「そう……だな……」

「持ちそう?」

「どうに……あ、やっぱり無理かも」

 

旧友は黙って洗面器を渡してきた。

 

 

 

 

 

「管制班、ゲストの航行は順調かね?」

 

 指令部に副官と共に入室した自由惑星同盟宇宙軍所属、パランティア星系第5惑星アモン・スールに二重の輪を形成する小惑星帯、その中で3番目の大きさを誇るそれの内部をくり貫いて建設されたアモン・スールⅢ補給基地の基地司令官カディス・ジャック・ロワール大佐は指令部要員にそう尋ねた。

 

「はっ、現在アモン・スール衛星軌道上に到達、当基地とのアプローチは1100時と想定されます」

「予定通り、だな」

 

 管制班の返答に対して安堵と呆れの綯い交ぜになった溜息を漏らすロワール大佐。この歳55歳の彼の顔にはありありとした疲れの感情が見て取れた。そのくたびれた表情には歳と階級による責任から来るものだけではない。

 

「ぼんぼんの遠足ですか」

 

 皮肉気に語る副官のハワード中尉。この歳26歳の彼は、ハイネセンのテルヌーゼン同盟軍士官学校こそ出ていないがパラス予備士官学校を上位で卒業、同盟屈指の大企業の一つヘンスロー社の事務職として入社していた経歴の持ち主だった。そして2年前の第2次イゼルローン要塞攻略戦による兵員損失補填として3年期限の後方士官として入隊している身であった。

 

 宇宙暦778年の時点で同盟軍の中央・地方を伏せた現役兵力の総数は4600万名に及ぶがその多くが正面戦力の戦闘要員であり後方支援要員は決して多くは無い。これは防衛戦中心であるために比較的補給が容易である事もあるが最大の原因は同盟の国力の限界から後方支援体制まで人員と予算を振り向けられないためでもある。特に希少な士官学校卒業生はその大半が前線の正面戦力……将来の参謀職や提督職になる事を期待してとして配置され、後方勤務に回されるのは学生時代に適性を認められた一部の者である事が大半である。

 

 そのため、同盟軍では特に後方勤務要員養成のために複数の予備士官学校を設立していた。卒業後は基本的に民間企業(最も軍需企業の割合が多いが)に就職するものの大規模作戦や大損害に際して臨時動員される予備士官は現役士官に比べ能力はともかく数とコストの面で遥かに利便性があった。

 

「そういうな。大切な客人だ。丁重に扱わんとならん。下らん事でトラブルを起こすわけには行くまい」

 

副官に注意するロワール大佐は、しかし本人も嫌々といった雰囲気で語っていた。

 

 銀河帝国亡命政府、そしてそれを擁するアルレスハイム星系政府は数多ある同盟加盟星系国家の中ではかなり異質な部類だ。確かに星系国家の中には権威主義の傾向の強い星系政府や一党独裁とはいかないまでもヘゲモニー政党制の星系議会も存在する。だが、それでもあくまで民主主義と共和制を標榜し、反帝国の思想では中央と一致した見解を有している(少なくとも今のところは)。

 

 そんな中で民主主義を標榜しながら限りなく専制国家の如き価値観を政府から市民までが共有している亡命政府はその内情を知る者には違和感を感じざる得ないものだ。歴代首相が世襲化し、星系議会の与党が議会成立以来一度も政権交代した事が無いのは異常でしかないのだから。

 

 同時にその性質から同盟政府からも同盟軍から腫物に近い扱いを受けているのも確かだ。特に前線における亡命軍の戦いぶりは畏怖を通り越して恐怖すら感じられる。友軍である同盟軍から見てすら、だ。

 

 それだけに、直接関わる身としては気苦労が絶えない。同盟人の一般的感性からかけ離れた彼らの逆鱗がどこにあるのか、地雷処理作業をするような感覚だ。

 

「粛々と見学をしてもらって、丁重にお帰り頂こう。幸いこの星系は安全だ。将兵達にさえ訓令を与えておけば問題あるまい」

 

 だといいが、と内心で再度ため息をつく。そんな状況だから指令部要員も皆、肩をすくめて呆れる。

 

「ん?」

 

 レーダー索敵要員が一瞬レーダーサイトにあった反応に気付く。だが数秒もせずにそれはすぐ消え去る。

 

「……ゴーストか?」

 

 レーダーにバグや後作動により存在しない目標が表れる事自体は宇宙暦の御時世でも良くある事だ。大概はコンピューターのソフトウェアによりすぐに処理される。

 

「報告は……まぁ、大丈夫だろうな」

 

 気難しそうにする司令官に報告するのは気が引けるし、大規模な出征の情報もないのにこんな後方に帝国軍が進出しているとは思えなかった。

 

 専科学校を卒業し数年、そろそろ仕事での手の抜き方を弁えてきた時期の彼は普段の経験に基づきそのまま任務に戻る。

 

宇宙暦778年2月3日1200時、練習艦『イェリング』は予定通り補給基地アモン・スールⅢに入港した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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