帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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第七十話 夏に生誕祭の話を書くとかこの作者正気じゃねぇな

 ヴォルムス星域軍地域調整連絡室第二課所属テレジア・フォン・ノルドグレーン少尉は課内、ひいては基地内でも好意的、かつ有能な亡命軍からの出向者であると見られている。

 

 曰く、ノルドグレーンは謙虚であると言われる。様々なクレームや陳情、平民や元農奴からのものでもぞんざいにせず丁寧に聞き入れ、親身になって応じてくれるからだそうだ。階級が上の者は当然として同じ者、下の者に対しても敬語を欠かさない。

 

 曰く、ノルドグレーン少尉は上品であると言われる。清潔で皴一つ無い軍装、貴族然とした身のこなしに流暢で訛りの一切無いキプリング街で使用される同盟公用語と優美な宮廷帝国語を使いこなす。ソプラノ歌手のような声質は聞く者を心地よくしてくれる。

 

 曰く、ノルドグレーン少尉は優秀だと言われる。無論、人間である以上得意不得意は存在する。それでも同盟法、星系法、軍法に精通し、また数字の計算にも強い。当然帝国語・同盟語の双方を読み書き出来た。野戦指揮や艦隊指揮は兎も角、デスクに座っての仕事は十分過ぎる程には有能であると言える。射撃や徒手格闘戦術、ナイフ術等の陸戦技能も一流とまではいかなくとも同盟地上軍正規兵並みの実力があり、自衛には十分だ。

 

 曰く、ノルドグレーン少尉は家庭的であると言われる。前期ギムナジウムでは家庭教科を学び、家政・被服・保育・調理でAランクの成績だった。掃除・洗濯・調理は当然のように出来て、即席の紅茶や珈琲ですら美味しく淹れて見せる。特に料理は帝国料理だけでなくフェザーン料理やアライアンス等の同盟伝統料理(これは料理と言うべきか真面目に議論の余地があるが)まで何でも調理して見せる。職場に差し入れする巴旦杏のケーキや玉葱のパイは課内だけでなく他の部署でも評判だ。

 

 穏やかで、礼節があり、育ちが良く、家事は完璧、仕事も出来て、帝国貴族に有りがちな傲慢さが見えない。何より美人となればこれ程の優良物件は早々お目に掛かれない。

 

 実際、無謀にも告白をした者がこの約一週間で半ダースに及び、その全員が見事に撃沈された。

 

 尤も、断り方すら絶妙だ。豊かな語彙力と優し気な口調によって相手を傷つけず、恨みを買う事もなく、相手に対してさっぱりと、後腐れ無く諦めさせて、尚且つ関係は維持して見せるという曲芸を披露する。

 

 そのために私の傍に常に付いていようとも、ベアトの頃に比べて注意すべき事は少なく、その点では周囲に気を付ける必要性は薄い。事務員としての能力は十分、護衛としての能力も上々、戦略・戦術面での指揮能力こそ余り宜しくないが、それでも小隊・中隊規模の小部隊程度なら並みの指揮は出来ると思われる。

 

 それらを総合すれば、少なくとも後方勤務に限れば……客観的に言えば……ベアトより優秀であると言える。

 

「先週の駐留兵の交通事故の方はどうなっている?」

「はい、現地警察との折衝はどうにか折り合いがつきました。後は被害者と周辺住民への対応ですね。軍法会議の議事録について自治体の広報に公開するのは取り決めが終わりましたので、後は被害者補償と謝罪ですね。上官と所属部隊の上位司令部から謝罪文を受け取りました」

「後は向こうがまだ騒ぐかだな。………ホルシュタインでの騒音問題は収拾がついたか?」

「航空機の飛行高度と発進時間につきましては地元の市長と基地司令官、双方を交えた調整交渉は完了しました。後は事故や風紀の問題ですが……兵士の夜間外出と整備項目のマニュアル改訂作業を関係各所と予定しております」

 

 隣接するデスクから私の質問にすらすらと答える部下の声。

 

「ふむ、目下の問題は大方どうにかなったな」

 

 尤も、これからどんどんと派遣部隊が来る事を思えば安心出来ない。また、前線から後退した部隊も戦闘の余韻で興奮状態だったり、PTSD等の精神障害を負っている可能性もある。マリファナやコカインのような伝統的な麻薬、サイオキシンやバリキドリンク等の高依存性合成麻薬に手を染める者もいるし、不衛生な戦地で寄生虫や感染症を保有している事もあり得た。

 

 無論、衛生課の軍医が一応調べているが完璧とは言えないかも知れない。過去には戦地帰りの兵士のせいで数百人がコレラに罹患して地元自治体の病院がパンクした星系等もあるし、フラッシュバック状態の兵士が駅で銃乱射事件を起こした事もある。当然そうなれば住民の不満は爆発して、基地の軍務が滞り、ひいては同盟軍の作戦効率そのものにまで影響を与えかねない。

 

「今後三か月以内に部隊受け入れ予定のある施設の一覧を作成しました。今後は特にこれら施設周辺自治体との交渉がメインになると思われます」

 

そう言って恭しく書類を提出する少尉。

 

「……仕事が早いな。まだ命じてもないぞ……?」

「命じられた仕事だけを行うのは半人前、余裕があれば自身で考え必要な仕事を行うのが一流である、と予備役士官学校で指導を受けました」

「……成程」

 

 指導されるだけで出来れば苦労はしない事だが、とは言わない。今の私が言えば皮肉か嫌味の類に聞こえる事だろう。

 

 書類に軽く目を通してから、私は自身の作業に戻る。固定端末にタッチパネルとキーボードで情報を入力していく作業だ。

 

「あっ……失礼、ここの書式と内容に間違いが御座います」

 

 そういって少尉は一目で見抜いた液晶ディスプレイ内の間違いを指摘する。

 

「えっ……マジ?……あ、本当だ。おいおい……こんな場所からか?これじゃあ振出しじゃないか」

 

 凄まじい徒労感が襲い掛かる。私の努力は何だったのか……?

 

「……お待ち下さい。この程度ならばすぐに修正出来る筈です」

 

 そう言って体を椅子事動かしこちらのデスクに来る。肩が当たりそうな、付けている香水の香りも分かりそうな距離から私の持っていた参考資料を受け取り、入力データを修正していく。

 

「……早いな」

「お褒めに預かり光栄です」

 

 にこり、と人当たりの良い笑みを浮かべての返答。資料とディスプレイに相互に視線を移し、手元のキーボードを殆ど見ずに作業を進めていく。感嘆する作業効率だ。もうこいつだけで良いんじゃね?などと怠惰な考えが思い浮かぶ。

 

「………」

 

 カタカタと横合いから作業を変わってもらい、馬鹿みたいに座っている私がどこか間抜けに思えてくる。

 

 ……いかんな、ベアト相手ならば下手に帝国的価値全開だから誤魔化すのに考えが向かうから気にならんが、この少尉相手だと劣等感ばかり感じる。……まぁ、端目から見れば殆ど同じであろうが。

 

 画面に素早くデータ入力されるディスプレイを見、その後小さく小刻みに動くブロンドの髪にそこから小さな耳が出る頭部に何となく視線が移る。

 

 ……この監視役を追い返す機会が無いな。事務主体の後方勤務でボロを出す要因が今一つ見つけられない。前線勤務ならあるいは、とも考えるが私の生命の危機を賭けの対象になぞしたくもない。苦労して追い返しても「代用品」が控えていれば意味もない。

 

「……代用品、ね」

「はい?」

「後どれくらいかかりそうだ?」

 

 私は平静な振りをして尋ねる。考え事が口に出るとか私は馬鹿かも知れない。

 

「後少し……ここのページを修正すれば終わりです」

 

 そう言って再び作業を再開する。そして一分も経たずに最後の修正を終える。

 

「もう出来たのか?」

「はい、このような事務は慣れておりますので」

「済まんな。恩に着る」

 

 一応、監視役であろうとも無駄にヘイトを稼ぐ必要もないので感謝の言葉を口にする。寧ろ、相手の警戒を解くためには積極的にした方が良いかも知れない、などと思う。

 

……こんな事考え始める私の性格は多分僻んでいる。

 

「いえ、……それでは失礼します」

 

 そう言って私を見て一礼した後、椅子を動かして隣のデスクに戻る従士。

 

……その場には微かな柑橘類の残香が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙暦8世紀において、西暦時代の宗教の始祖の誕生日とも、古代帝国の建国記念日、あるいは偉大な皇帝の即位日等その紀元に対して様々な説が唱えられるものの、12月25日のクリスマスの存在自体は忘れ去られる事なく、続いている。

 

 特にゲルマン文化の影響を色濃く受ける銀河帝国ではクリスマスは一年の中で特に重要な日の一つだ。11月の終わりから各家庭ではアドヴェント待降節のためのアドヴェントクランツを飾り、四本の蝋燭を立て、内一本に火を灯す。以降日曜日が来る毎に一本ずつ火を灯してクリスマスを待つのだ。

 

 そして前日のクリスマスイヴにはツリーを飾り立て、どの家庭もグリューワインを飲みながら晩餐会とプレゼントの受け渡しをする。

 

 特に名物と言われるのが帝都オーディンを始め帝国の大都市でこの日のみ深夜遅くまで歓楽街の街灯とイルミネーションが黄金色に輝き、臣民が買い物に明け暮れる「帝国降誕祭市場(ライヒス・ヴァイナハテン・マーケット)」である。特に帝都オーディンでのその賑わいはフェザーンやハイネセンポリスのそれをも上回ると言われ、帝都全体が夜を忘れたかのような活気に溢れかえる。

 

 当然のように亡命帝国人もこの年は祝うべき祝日である。同盟各地の帝国人街はツリーが飾られ、市が開かれ、教会では讃美歌が響く。

 

 ヴォルムスを始めとしたアルレスハイム星系政府領内も同様にこの文化を受け継いでいる。星都を中心にどの都市もクリスマス一色だ。この日は「皇帝陛下」の臣民への恩寵により、何万樽ものビールと数十万人分ものヴルストやザワークラフト、ジャーマンポテトがパブで無料で配られるほか、商品への税(所謂消費税)も撤廃される。都市の平民達は偉大で慈悲深い皇帝グスタフ三世陛下を星系歌を歌い、肖像画を抱えながら讃える。

 

 地方では貴族達が領民に恩寵を授ける。この日には平民や元農奴や元奴隷達が街中で貴族達に気安く声をかける事が許される。そして多くの場合、貴族達は地方の酒場でビールとヴルストとザワークラフトを場の者達に奢ってやるのが常識である。奢られた臣民達は相手の貴族の器量を称賛し、一族の末長い繁栄を(建前上)祈願して、後は勝手に騒ぎ出す。あるいは荘園の雇農達は地主や領主、代官が用意した料理を有り難く頂き朝まで飲み食いしてお祭り状態だ。

 

 これらの行いは同盟では亡命貴族や政府のある種の人気取り政策とみられるが本人達や平民達はそうとは考えていない。平民共に祭日にこのような恩寵を授けてやるのは祭事にその管理や統制を行う指導者階級の当然の義務である。寧ろやらない方が貴族としては自身の貴族としての役目を蔑ろにしている事を意味しており、恥晒に等しい。これは回廊の向こう側の貴族も最低限の貴族の義務としてやっている事だ。いや、それどころか見栄のために大貴族程豪快にやっていると言える。

 

 一方、平民達……特に下の階層の者……もその様な事の出来る財力を持つ貴族達に畏敬の念を抱くが、食事を奢られる事自体は寧ろ平民階級の当然の権利である、と思っている節があった。

 

 無論平民階級の中でも富裕層は貴族達の慈悲を受けない。貴族の慈悲にすがるのは自身が支配されるべき弱者と認める事だ。自分達を貴族程とは言わなくとも農民や農奴とは違う強者、エリートと自負する以上卑しい事は出来ないのだ。

 

 被支配階級が細やかな恩寵に預かる頃、支配者層は贅を凝らした祝宴を開く。特に宮廷の住民は美しいドレスと宝石に身を包み、多くの使用人や侍女を引き連れ宮廷に参上し、鮮やかな食器に乗せられた高価な料理と、アルコールで舌を楽しませる。互いに優美な口調で挨拶をし、美術品や工芸品を交換し、舞踏会で踊る。

 

「良かったのかね、有休を取らなくても?」

「いえ、この時期は人手不足ですので……新人の私が偉そうに休むのもどうかと……」

 

 12月24日2000時。クリスマスイヴの夜、人気の少なくなった事務室の中でコクラン大尉が尋ねる。

 

 いや、ねぇ……本音としては寧ろ御願いしてでも残業したいくらいだったりする。私としては有休取っても宮廷のパーティーで胃に穴が空くので……完璧な所作を維持して営業スタイルを固定しながら挨拶回りは普通にしんどいよ?相手の顔全て覚えておかないといけないし。同盟軍に所属しておけば軍務のために欠席、と誤魔化せるかるのが救いだ。

 

寧ろコクラン大尉こそ妻子持ちなのに良いのだろうか?

 

「ああ、有休かい。……下りなかったからね」

 

 くたびれた微笑みに中間管理職の悲哀を感じた。士官学校出でもないので縦の繋がりも横の繋がりもなく、こういう日に業務を押し付けられる訳だ。それを更に部下に押し付ける程に傲慢にもなれないのでこうやって職場に残って仕事しているようだった。

 

 こんな仕事の押し付け合いで良いのか同盟軍、と思うがそこは流石にクリスマスや年末年始でも後方の緊急対応要員は存在しているし、前線は通常通り二十四時間警戒態勢で機能している。そもそも敵方の帝国軍は貴族階級が軍の高官の多くを占めるため祝日に大規模な戦闘を仕掛ける事は滅多に無い。大貴族の多くが新無憂宮のパーティーに招待され、古式ゆかしい武門貴族でも皇帝からの招待を無碍にするのは難しい(堕落したほかの大貴族がこれ見よがしに非難してくる、という事もある)。亡命貴族と違い同盟軍と言う皇帝の権威が届きにくい組織ではなく、皇帝に仕える帝国軍に所属しているからだ。平民出身の高級士官にしても下手に戦闘を起こして敗北すると「折角の吉日に皇帝陛下の御心を傷つけた」と陥れられる可能性もある。結果双方ともこういう場合、余り積極的に戦おうとしないようだった。

 

「はぁ……娘にまた嫌われるな」

 

 中年サラリーマンのような深い深い溜め息をつく大尉。ははは、何も言えねえ。

 

私が誤魔化すように苦笑いを浮かべている時だった。

 

「皆さん、深夜まで御疲れ様です。少しお休みしませんか?軽食も用意致しました」

 

 爽やかな同盟公用語は、決して大きい声でもないのに反響するように室内に響いた。御淑やかな笑みを浮かべる出向少尉が箱と珈琲と紅茶セットを持って室内に入る。

 

「あ、少尉。それシュトーレンですか?」

「少尉殿が御作りに?」

 

 同じく残業を食らっていた二課の事務員達が手を止めると、ぞろぞろと集まりだす。

 

「はい、この前作ったものです。幾つか種類もありますので御好きなものをどうぞ?」

 

 見れば確かに幾つかの種類があった。ナッツの練り込まれたヌッスシュトレンにバター・レーズン・ドライフルーツを練りこんだブターシュトレン、ペルシパンシュトレンは文字通りペルシパンを練り込んでいる。

 

「皆さん、珈琲と紅茶のどちらに致しましょうか?」

「ああ、珈琲でお願いしますよ」

「あ、俺も珈琲で」

「私は紅茶でお願いします」

 

 スライスしたシュトーレンを摘まみながら各々飲み物を注文していく。尤も時間が時間なので大半は眠気覚ましに珈琲だ。

 

「大尉と中尉は如何でしょうか?」

 

 一通りの注文を受けた後、まだ注文していなかったコクラン大尉と私にも尋ねる。

 

「ああ、では私は珈琲でお願いします」

 

 コクラン大尉は二つ階級が違い、二回り以上年下の少尉に対して丁寧にお願いする。

 

「中尉はどう致しましょう?」

 

優しい笑みを浮かべながらの従士の質問。

 

「ん、コー………」

 

自然と私は珈琲、と言おうとして、一瞬止まる。

 

「……どうかなさいましたか?」

 

小首を傾げながら可愛らしく私に尋ねる。

 

「……いや、紅茶でいい。頼めるか?」

「……はい、暫くお待ち下さい」

 

 従士は、恭しく頭を下げると手慣れた動作でカップに珈琲と紅茶を注いでいく。

 

「はい。皆さん、御淹れしました。どうぞ」

 

少尉は一人一人にカップを差し出す。

 

「……中尉も」

「ああ、御苦労」

 

 受け取ったカップを見下ろす。湯気を上げる紅葉色に私の顔が薄っすらと浮かんでいた。その表情は何ともうだつが上がらない、情けない顔だった。

 

「ふっ……まぁ、その通りだよなぁ」

 

 誰にも聞こえない小声で呟いて、紅茶を一口。いっそ憎らしい程美味しく、絶妙に私の好みの甘さであった。市販の、即席の茶葉であると思えば望みうる最高レベルの味だ。

 

 そのままブターシュトレンを一切れ貰う。少し固い感触、その後濃厚なバターの風味とドライフルーツの酸味が舌を楽しませる。強い味だが、それはシュトーレンの特徴だ。焼いた後時間を置く事に生地に具材の味が染み込むのだ。

 

「お、美味いな、これ」

「本当、これ手作りなんですか!?お店の商品みたいです!今度教えて下さいよ!」

「はぁ……家の嫁も少尉みたいに料理上手だったらなぁ……」

 

 居残りを食らっている事務員達は口々に語り合いながらシュトーレンのスライスを口にしていく。私も紅茶を堪能しながら時たまシュトーレンを摘まむ。そのままデスクに座りながら私は休憩タイムと言う事で携帯端末を開いた。

 

「お、来ているな」

 

 メールボックスを見れば新着メールが数十件来ていた。その大半は所謂士官学校同期からのものだ。

 

 士官学校卒業生にとって派閥は縦の繋がりであり、同期は横の繋がりである。所謂「同期の桜」だとか「同じ釜の飯を食う」間柄と言われるものだ。

 

 実際はそんな良いものではなく、特に他派閥の者との関係はどちらかと言えば最低限の情報収集や交渉の窓口としての繋がりを維持している、に過ぎないが。

 

 開けば当然どれも所謂クリスマスメールというものだ。

 

「チュンやコナリーからのものは当たり障りない内容か。スコットは……情報技術系だけあってやけにフォントや装飾に力入れている……ってジョークプログラム仕込んでんじゃねぇ!!」

 

……取り敢えずスコットのは削除だな。

 

 気を取り直して他のメールを開く。デュドネイ、面倒だからメリクリで終わらせるとか手抜き過ぎじゃないですかねぇ?マカドゥーはコープのとセットだ。……おう、当たり障りない内容だけど読む向き変えたら呪いの言葉になるのやめーや。ヤングブラッドのメールは相当気を使っているのだろう、宮廷帝国語で完璧な様式だ。ある意味一番(揶揄うために)楽しみにしていたホラントの内容が滅茶苦茶形式主義で心が籠っていないのがありあり分かる。どこかのサイトか本の例文を丸写しに違いない。ヴァーンシャッフェはメールで送ってこない。電子メールより紙のクリスマスカードを好む。宿舎のポストにでも入っている事だろう。

 

 そのほか教官や先輩、一部の後輩からも送られていた。取り敢えず不良騎士さん、クリスマスメールに結婚しますなんてフレーズ入れるな。自慢かね?自慢しているんだな?互いにあーんとか羨まけしからん……!!末永く爆発しろ!

 

「畜生……リア充め。で、問題は……」

 

 ………分かっていたが、やはりベアトのは無いか。まぁ、送られていれば紙のカードの可能性の方が高いが……余り期待出来ないな。

 

 少々陰鬱になる場面もあるが、それでもこのまま平穏に12月24日は終わりを迎えようとしていた。

 

…………まぁ、そうもいかないんだけどね?

 

 室内の雰囲気をぶち壊すかのように固定電話が鳴り響く。それに対して皆が一旦体を硬直させた。

 

「………」

 

 数秒の間鳴り響く受信音に、しかし誰も動こうとしない。

 

「………はい、御待たせ致しました。ヴォルムス星域軍地域調整連絡室です」

 

 そのため一番近くにいた私が根負けして受話器を取っった。

 

『こちら第1051後方支援大隊所属、ミラン少佐だっ!ちっ……こんな聖夜に済まないが面倒事だっ!!』

 

少々くぐもった声が響く。

 

「……何事でしょうか?」

 

 その口調からただ事ではないと察し、私は気を引き締め尋ねる。

 

『うちの馬鹿共が事故起こして弾薬と燃料を路上にばら蒔きやがったっ!消火と封鎖をしているが、行政や民間と今ややこしい事になっている。そちらから帝国語の堪能な調整役を連れて来てくれ……!』

 

 受話器からは騒ぎ声や怒声、サイレン音が鳴り響いている。うっすらと帝国語が聞こえていた。今まさに何事かを揉めているようだった。

 

「了解しました。今からそちらに向かいます。場所はどこでしょう?」

『ああ、ハノーヴァー防衛区、第78番アウトバーン線だ……!ちぃ、だからせめて帝国公用語で話せって言ってるだろう!?何言っていやがるか分からんわ!!』

 

 わいわいと、言い争う声が聞こえる。これは急いだ方が良いかも知れない。

 

「……課長、これより現場に向かいます」

 

 私が受話器を置いて立ち上がると少し驚いた表情になるコクラン大尉。

 

「中尉、いいのかい?78番線は確かここからだとヘリでも一時間は必要だが……」

 

 中途半端に遠いんだよなぁ……地方の分室からも似たような距離だ。

 

「ここに電話がかかりましたからね。それに受付した身ですから私が行った方が良いでしょう。……それに地方訛りの帝国語を細部まで理解出来るのは地元出身者位ですよ」

 

 半分冗談気味に答える。同盟にも地方訛りはあるが、階級と出身地で殆ど別言語な帝国語はレベルが違う。帝国語を学ぶ同盟人でも公用語以外が分かる者はそう多くはない。……何よりこの手の案件のために私がいるのだ。

 

「……分かった。ヘリの要請はこちらからしておく。……済まないね」

「いえ、私の仕事はもう余りありませんから」

 

 隣の補佐が優秀なお蔭で私が今すぐ処理する必要のある案件は他の事務員より少ない。皆暇ではないのだから余裕がある者が行くのが筋であろう。

 

 私は上着の上に防寒着を羽織り、デスクの上のベレー帽を被る。

 

「あ……私も補佐として同行致します!」

 

 そう言ってノルドグレーン少尉が同じように外出準備をする。

 

「いや、別に……」

「法律関係の問題ならば私は心得があります。補佐として最適かと。宜しいでしょうか、課長?」

 

 あ、私と言い争うのでなくて上官の説得を選んだ。機転が利きやがる。

 

「そうだなぁ、中尉だけなのも心細い。少尉も同行を御願いしても?」

「はっ!」

 

 コクラン大尉の決定に惚れ惚れするような敬礼で答える少尉。……どこまでも監視してくる気だな、こりゃあ。

 

 ……さて、民間トラブルは迅速な対処が住民感情の宣撫の上で不可欠だ。故に有事に備えて常時待機している基地の航空軍所属のヘリで現場へと向かう事になる。

 

 無論、軍事任務ではないので大袈裟に大型軍用機なぞ運用しない。民間機としても使われるタイプの人員輸送用ヘリの乗り込む。同じくスクランブル待機の残業代を稼いでいたパイロットに謝罪と挨拶、目的地の確認をすれば夜の軍用空港をヘリが飛び立つ準備をする。技術の発展により夜間飛行における事故の危険性はかなり軽減されているが、油断は出来ない。

 

「こんな夜分に申し訳御座いません、メリークリスマス」

「いえいえ、こちらこそ残業御苦労様です。メリークリスマス!」

 

 操縦席のパイロットとそんな会話をした後、ヘリは誘導員と管制塔の命令に従って離陸した。

 

「少尉、連絡の続報はあるか?」

「はい、既に警察と消防隊、救急医が派遣されているとの事ですが、現場に軍部の消防班、憲兵が到着し、トラブルになっているようです」

 

携帯端末で通話しながら少尉が伝える。

 

「余りトラブルは止めて欲しいが……」

 

 とはいっても弾薬類の消火作業は民間の事故とは違う。化学薬品も民間工場などが使用しているものとは大きく異なる。

 

「医療関係は民間、消火に際しては軍部の消防班を中心に指揮を取る事を勧めてくれ。……まぁ、聞いてくれるかは怪しいが」

 

 機密保持の理由もあり、特に正規軍など、星系警備隊以外の同盟軍の不祥事は軍部が独力で解決したがる節がある。面子や軍規の問題もあるだろう。一方、現地自治体や警察から見れば所謂身内の庇い合いに見えない事もない。そのほか同盟軍と亡命政府の間で結ばれた各種基地協定や地位協定の関係は極めて複雑だ。一旦拗れると互いに法律と面子を盾に延々と言い争いかねない。

 

「死人は出ていないんだな?」

 

 それを特に尋ねる。人死にが有るのと無いのとでは問題の規模が違うのはいつの時代も同じだ。

 

「数名の負傷者がいるようですが、いずれも軽傷。現状死亡者は確認出来ておりません」

「そうか、それは結構な事だ」

 

 この聖夜に態々アウトバーンを使う奴は多くない。大都市間の交通路であったのが痛いが、その点では幸運か。

 

「イエナ市に近いな……ならルーベン男爵の所の警察が来るか。公用語で上手く話が通じないならキフォイザー訛りだろうな」

 

 痴愚帝時代の財務尚書の地位にあったルーベン男爵家は、オトフリート二世時代に不正蓄財した財産を没収され、島流しになった一族で有名だ。その後帝国領辺境の領主として続き、後に同盟に亡命する事になったが、当然ながら広い帝国では方言の差も大きい。イエナの住民の帝国語は貴族階級は兎も角、平民階級は訛りが強い事で有名だ。同じ帝国人なら分かるが、同盟人には細かい意味合いを理解するのは容易ではない。

 

「下手に拗れてなければ良いが……」

 

余り期待しない方が良いだろう。

 

「最悪、奥の手を使わないといけないかもな……」

 

 ヘリの窓から輝く町並みを見ながら、私は小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 ヴォルムスの主要都市は飛行機便や海上航路のほか、鉄道と高速道路(アウトバーン)、地下・海底トンネルで結ばれている。ここまで輸送網が綿密に整備されているのはヴォルムスが人口過密な惑星、と言う事も理由であるが、同時に軍事的意味合いも大きい。鉄道は当然ながら兵員輸送、地下や海底トンネルは耐熱コンクリートと特殊合金製であり、多少の軌道爆撃では崩壊しない。高速道路は有事の滑走路として使用する事が想定されている。

 

 同じようなインフラ整備は他にはヴァラーハやカナン、マルドゥーク等が実施しているが、ヴォルムスのそれの徹底具合には流石に一歩譲る。

 

 78番アウトバーン線の事故現場に着いたのは事故から1時間14分後、2135時の事であった。

 

「これは……案外酷いな」

 

 消火の難しいナパーム弾が混ざっていたのか、大型地上車が十台が横に並べるアウトバーンはしかし、一面が燃え盛っていた。軍用車も含む何台かの地上車がボディを飴のように溶かしながら崩れていくのが見えた。一部の火の手はコンクリートの通りを越え草原にまで広がっており、上空から消防ヘリが化学薬剤入りの水をぶちまけていた。

 

 自治体と同盟軍の消防車十六台、救急車が五台、警察車両が十台停まっていた。そのほか軍用車の車列が離れた所で停車していたほか、野次馬か、足止めを受けたからか三十台以上の民間車両が見える。辺り一面で軍人・警官・消防士・医師・役人・民間人が同盟語や帝国語でやいのやいのと騒ぎ立てる。

 

「同盟軍と自治体の代表はどこかっ!」

 

 ヘリから降りた我々は叫ぶ。何よりもそうしなければ始まらない。

 

 十分程探せばすぐにこの騒ぎの収拾を図ろうとしている司令部のテントに辿り着く。

 

「第211後方支援連隊司令官、ミハエル・テオドラキウス中佐です。本件の対策司令官を拝命しました」

 

 初老の気難しそうな軍人が敬礼する。第1051後方支援大隊の上位部隊司令官がでばって来たのは少しだけ驚いた。

 

「地域調整連絡室二課、ティルピッツ中尉です」

「同じく、ノルドグレーン少尉です」

 

我々は敬礼で相手の挨拶に答える。

 

『……そちらが警察からの代表でしょうか?』

 

 そして私はキフォイザー訛りの帝国語で佇む警察官に尋ねた。

 

『はっ、本官は我等が慈悲深き領主にして指導者、イエナ市長ルーベン男爵より治安管理の任を拝命しておりますバウアー一等警部であります。此度は宜しくお願い致します!ようやく会話が出来る方に会えました……!』

 

 茶色い口髭が印象的なバウアー警部はテオドラキウス中佐を一瞥し苦々し気な顔をした後紳士のように恭しく名乗った。フォンが付いていないのでどうやら平民(士族かも知れないが)らしい。

 

「死亡者がいない、と伺っておりますが事実でしょうか?」

 

ノルドグレーン少尉が中佐に確認するように尋ねる。

 

「はい、我が軍の将兵、それに市民数名が軽い火傷を負っておりますがそれ以外は無事です」

「それは良い事です」

 

 続いてバウアー警部にもキフォイザー訛りの帝国語で尋ねる。答えは同様であった。

 

 その後話を聞いた。内容は電話と事前調査の内容通りであった。前線派遣任務に備え、弾薬保管庫から荷物を運び出し移送していた第1051後方支援大隊のトラックの一台が、乗員がクリスマスだから嵌めを外したのか、飲酒運転をして民間車両と衝突しそうになったようだ。それ自体は避けたがトラックが横転。後は玉突き事故を起こし、弾薬や燃料が種火で引火爆発、と言う訳だ。爆発前に避難が出来たため全身打撲や骨折、捻挫した兵士や市民がいるが死人自体は出なかった。尤も、やはりナパーム弾も荷物にあったようでいつまで経ってもなかなか火は収まらないようだ。

 

 そして案の定自治体と軍部で事件処理の上でトラブルになっているらしかった。

 

「地位協定では公務における事故・事件の対応は処理と費用は同盟軍が主体となる事、また第一裁判権は同盟軍にあると定められている。しかしその警官の聞きづらい帝国語によればこれらは自治体の受け持ちなどと言いよる」

 

一方、バウアー警部は不快気に語る。

 

『地位協定においては悪質な事件に際して身柄引き渡しの「配慮」が許可されている筈です。そもそも処理に関して軍部主体ではありますが必要に応じて自治体の協力も可能とされています。此度の事故においては我等自治体の経済活動に悪影響を与え、かつ未だに解決しておりません。軍部の能力不足は明らかであり、当方としてはただちに被疑者受け渡しと事故処理への正式な介入許可を頂きたい』

 

 ノルドグレーン少尉が双方の意見を翻訳するが、意思疎通が図れても双方の関係は陰険なままであった。 

 

「馬鹿な、たかが飲酒運転、まして死人も出ていまい!どこが悪質か!ましてこの星の刑法は厳罰主義であろう?必要以上な不当な重罰を受けかねんわ……!」

『何を言うか……!死人が出ていないのはただの幸運でしかない!ここで同盟軍が正しい刑罰を与えなければまた違反者が出て来るのは自明の理。市民の不安を払拭するためにも当方への引き渡しを願いたい……!』

「却下だ!貴官らに引き渡したら自白の拷問を受けかねん……!」

 

 少尉の翻訳を通じて言い争いを始める軍と警察の代表。 

 

あー、これは事件への主導権争いが起きているな。

 

「中佐、この星の取り調べに於きまして重要事件を対象としたものを除く拷問は固く禁止されています。また、前例から見てもこの場合の判例は懲役刑の場合四年が平均であり、同盟軍の判例と殆ど差異は御座いません」

 

 ノルドグレーン少尉の丁寧な説明も、しかし半ば感情的な中佐には余り意味がないようだった。

 

「ふん、肉体的拷問以外にも幾らでも手段はあろう?秘密主義的なこの星の警察の言葉なぞ信用出来ん。そもそも聞き取り調査の時点で言語の問題もある。軍法会議の方がより公正な判決が下されよう」

『同盟軍が本件を身内のみで処理しようとしている事は明らかだ!まして、男爵はこの地の統治を預かる身、臣民の保護の義務があり、それを蔑ろにしようという同盟軍の行いを看過する事は出来ない……!』

 

 完全に意地の張り合いであった。事件そのものよりも、軍部と自治体(領主)の面子のために対立しているようにも見える。

 

「此度の案件については確かに悪質な事件とするには条件が不足しております。ですが同時に火災の鎮火は未だになし得ておりませんので正式に自治体への協力要請を行うべきかと……」

「いらん、軍のみで解決出来る。下手に現場を荒らされるのはご免だ……!」

『男爵には臣民を保護する義務があります!故に裁判を自治体で行うのは当然!男爵の市長としての沽券にも関わります。どうせマスコミが介入して恩赦を下されるに決まっていますよ……!』

 

 互いに通じない言葉で罵り合う二人。互いに親の敵を見るかのようだ。

 

「え、えっと……」

 

 流石に少尉もたじろぐ。これまでの相手は大半は陳情であったし、クレームと言っても取るに足らない立場の者に過ぎず、大概彼女の立場を知るとたじろぐものだった。交渉の際も双方が少なくとも歩み寄りをしようとする空気はあったし、理性的な場合が多かった。今回のように双方権威があり、かつ憎しみを持って対立した状況は初めての事であった事だろう。

 

「こりゃ……駄目だなぁ」

 

 感情的に双方を非難する中佐と警部。互いに言っている事は分からんだろうが、お蔭で通訳兼調整役の少尉のみ困惑し、困り果てていた。

 

 この手の場合は双方御上の面子があるので引きようがない。現場で説得するのは少し骨が折れる。

 

なので説得するなら現場ではなく、御上だ。

 

「………」

 

 収拾が尽きそうにない場よりひっそりと出て私は携帯端末で電話を掛ける。まずは……。

 

『夜分遅くに失礼する。ティルピッツ伯爵家のヴォルターだ。ルーベン市長、いや男爵に取り次いでもらいたい』

 

 出てきた小役人に宮廷帝国語で尊大に命じる。これくらいに言わないと逆に怪しまれるからね、仕方ないね。

 

『メリークリスマス、男爵。御壮健で何よりです。……はい、例の事故の件で……いえ、男爵の下の警官や消防は実に勇敢で、忠誠心厚い者達です。良い臣下を御持ちになっておられる』

 

 取り敢えず形式的に現場の者達を持ち上げる。上から反則技加える以上はそれくらいしておかなければ彼らの面子が立たない。

 

『はい、同盟軍との間で……はい、そこをどうか、伯爵家の名に懸けて公明正大な裁判を付ける事を御約束します。はい……地位協定に基づきインフラ復旧は当然同盟軍が責任を持って行います……裁判につきましてはそちらに法務士官がおられれば優先的に…はい………男爵の御寛容に感謝致します』

 

 丁寧に礼を述べた後、電話を切る。続けて別口に電話をかける。受付に所属を伝えてアポイントメントを取る。

 

「……夜分遅くに申し訳御座いません。今は……ああ、仕事中に大変失礼致します。准将閣下に御頼みしたい事がありまして……」

 

 基地の司令部にブロンズ准将に同盟公用語で懇切丁寧に状況説明をする。

 

「はい……ええ、軍法裁判については星域軍の法廷で、はい、こちらから二、三名、形式的で良いので法務士官の席を頂ければ……はい、市長にはこちらから話を通しますので。消火活動についてはこちらの警察と消防にも協力の許可を……ええ、そうですね。今後は共同訓練も行うべきでしょう。私の方から提案、という形で……はい、では……え、はい。メリークリスマス」

 

 誰も見ていない事を確認しつつ電話相手に見えていないのでへこへこ卑しい平民の如く頭を下げる。そして電話を切った後……軽く溜息を吐く。

 

 双方の顔を立てつつ物事を収めるのはストレスが溜まる。まぁ……その分パイプ役になれば私自身の立場も強化される訳ではあるが。何事も私を通じて交渉しようとする空気が生まれれば情報収集の面で(多少は)優位に立てる、というものだ。

 

……お腹痛いよぅ。

 

 尤も、こんな腹痛に歪む表情なんて見せられない。表情をいつも通りに固定した後、テントに戻る。同時に余り愉快ではない言葉が飛び交っていた。

 

 法律を盾に、感情剥き出しで通じない言葉で罵り合う姿はコントに等しい。言葉を穏当に訳する少尉はかなり困惑していた。冷静な人物ほどこういう感情を含んだ会話は苦手だ。若さと経験不足もあるだろう。

 

 同時に携帯端末の着信音が鳴ったのは流石に狙い過ぎであろう。

 

 失礼、と双方が一旦席を外して通話を始める。一瞬呆気にとられたような少尉。だが、すぐさまその意味を理解したようで、私の方へ顔を向けると少し深刻そうな表情を向ける。

 

「若様……!」

「……問題でも?」

 

指摘したい事は分かるが敢えて知らない振りをする。

 

 ちらり、と周囲を見てから恭しく、小鳥のような囀りで耳打ちする従士。

 

「失礼ながら、此度の不祥事は同盟軍のもので御座います。若様が伯爵家の立場に立ち問題に関わる必要はないかと愚考致します」

 

 態々同盟軍のために伯爵家の名前を傷つける必要はない、と言いたいらしい。

 

「お前に解決出来そうだったか?」

 

そう口にすると顔を強張らせる少尉。

 

「……と、いうのは冗談だ。別に私も損得勘定抜きの善意でやっている訳じゃないさ。この程度なら見方によっては双方を仲介した形だ。こういう事を続ければ同盟軍もバルトバッフェルやケッテラーよりこちらに話を通すように仕向ける事も出来るし、逆に同盟軍絡みの問題で他の貴族が頼ってくるようにもなるかも知れん。違うか?」

 

 伯爵家の影響力を高めるという実益がある、と言い訳する。

 

「……言いたい事は理解しますが」

「まぁ、上手くやらんと藪蛇になるな。だが、やりようによっては使える。……少なくとも今回は上手く行きそうだ」

 

通話を終えた警部と中佐がそれぞれ妥協案を述べる。

 

『遺憾ながら……引き渡しは取り止めても構いません。だが、裁判における参考人と裁判官について我が方の縁者の出廷を御願いしたい。また、消火活動についてはやはり迅速なインフラ復旧のため我が方の正式な参加を改めて要請する』

「我が同盟軍としてはやはり軍規を正す上でも被告人の引き渡しには応じる訳にはいかない。……但し、消火活動及び、インフラ復旧については我が軍の軍事活動に伴う人員不足もあるため。今回に限り地元自治体組織の参加を許可しても良い、と司令部より判断が出された」

 

 双方とも相手に案件を伝えるように要請する。

 

「分かりました」

 

 私は嫌味を含む内容は無視し、敬語に変換した上で双方に案を伝える。双方共不快な表情を相手に向けるが上からの御達しに逆らう訳にもいかない。

 

「……では正式な文章で協定を作成致します」

 

 現場では既に共同での活動を行っているが、法的には認可されたものではないので正式な文章にして活動した証拠が必要であった。後出しじゃんけんではあるが細かい事を気にして問題を掘り起こす必要もなかった。正式には双方が事故への対応を開始した時点で緊急対応で共同体制を取り、文章を後から作成した体になる。

 

「それでは、この内容で宜しいでしょうか?」

 

 急いで作成した書類の内容を双方に確認して貰う。双方同意した上で両者と書類作成した私がサインを入れる。

 

「少尉、書類の不備がないか、確認を」

「えっ……はいっ」

 

 話を振られた事に少しだけ驚きつつも、すぐさま書類を確認する。

 

「……はい、同盟法、星系法、軍法及び地位協定に対して違反内容は御座いません」

 

 そう言って確認者として予備役法務士官の技能を有する少尉が最後にサインをする。

 

 そうすれば、後はスムーズに進む。双方共無能ではなく、同時に御上の面子もあるので互いに迅速に事故対応の共同体制を作り上げる。翻訳を介してこの迅速具合は舌を巻く。

 

 消火作業が完全に終了したのは日付変更前の2340時の事である。尤も軍法会議に向けた憲兵の調査、有毒ガス等の除染と燃焼した地上車の撤去、道路の補修作業などを考えると最低でも数日は道路復旧にかかろう。その間う回路を使うか対向線の一部を方向変更するしかない。市の交通警察や物流・交通関連の各役所との交渉等も必要だ。マスコミ・住民対応は地域調整連絡官の最大の仕事であった。

 

つまり……仕事は寧ろ始まったばかりという事だ。

 

「あ、日付変わった」

 

 現場のテントで携帯端末越しにコクラン大尉との対応相談を終えたと同時にに日付が翌25日に変わっていた。

 

「お疲れ様で御座います」

 

 恭しく声を掛けられて振り返れば湯気の立つマグカップを両手に持った従士がいた。

 

「少尉も御苦労だ。法務部との引き継ぎはどうだ?」

「特に問題無く終わりました。お寒いでしょう?どうぞ」

 

そう言ってマグカップを渡される。

 

「ああ、済まんな……御二人さんはどうだ?」

「先程までの不仲が嘘のようにスムーズに仕事をしております。……若様」

「ん?」

 

視線を向けると小さく頭を下げる少尉が映る。

 

「先程は御無礼を。確かに若様の選択は伯爵家の興隆の上で寄与するもので御座います。浅はかな諫言をした身を御許し下さい」

 

お、おう………。監視役に謝罪されても怖いわ。

 

 多分報告されるんだろうなぁ。まぁ、この程度なら然程問題ないが………監視の目が強くなるからこれからは余り裏口交渉でも口調に気を付けないといけない、か。

 

「構わんよ。私のように同盟軍と同胞の双方を良く知り、上に交渉口が無ければ出来ないからな。少尉には出来ないのは当然だ。少尉と私とでは見ている目線が違う。気に病む事は無い」

「はっ、寛大な御言葉感謝致します」

 

 私の誤魔化しに即答する少尉。……誤魔化しきれたらいいなぁ(願望)。

 

「うむ……」

 

 余り話しているとぼろを出しそうなので逃げるように視線を逸らしマグカップを口元に近づける。と………。

 

「……珈琲か」

 

 湯気を上げる黒い液体を見つめ、一気に私は複雑な気分になる。

 

「……若様?」

 

不審そうな口調で私を呼ぶ少尉。

 

「……淹れてくれて済まないが、所要を思い出した。貴官は休憩してくれて構わない」

 

 私は側のテーブルにマグカップを置くと、殆ど逃げるようにテントから出る。

 

 暫くアウトバーンから逸れた草原を歩くと陰鬱な表情で夜空を見つめる。憎らしい位に綺麗な空だった。

 

「勿体ないけど……なぁ?」

 

苦笑しながら私は頭を掻き、次いで溜め息をつく。

 

「はぁ、早く連れ戻さんとなぁ」

 

 それまでに珈琲を飲むのは何処となく抵抗感があった。……終わったら珈琲淹れてくれ、と言ったのは私だから、な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テントに残った出向士官は、冷たい表情で湯気を上げるマグカップを見つめる。

 

「………未練がましい」

  

 忌々しげにそう呟いた女性は、舌打ちした後、自身のマグカップを口元に含んだ。

 

 その表情は無機物のようで、その視線は氷のように冷たかった。

 








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