帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第六十八話 アルーシャとシロンはきっと仲が悪い

 新美泉宮の東苑の一角にある「白真珠の間」にて、式典が行われた。各方面にて亡命政府と同胞のために活躍した914名に対する受勲のためにである。

 

 特に重要な148名に対しては典礼尚書から一人ずつ名前を呼ばれ、其々軍務尚書、あるいは内務尚書から、と各尚書から功績を読み上げられ、勲章や褒賞が授けられる。室内の一段高い玉座では侍従や近衛に周囲を守られた銀河帝国亡命政府の「皇帝」グスタフ三世が慈愛の微笑みと共に見守る。

 

「ティルピッツ伯爵家本家、ヴォルター・フォン・ティルピッツ同盟宇宙軍中尉!」

「はっ!」

 

 合唱団のクラシック演奏が鳴り響く中、明らかにカツラを被ったふくよかな典礼尚書が私の名前を読み上げれば、私はそれに室内に響く掛け声で答える。幼少期から躾られた完璧な動作で軍務尚書の下に歩みを進めれば、そこには亡命軍元帥、父の叔父、今は亡き祖父の弟であるラントシュトラーゼ=ティルピッツ子爵家当主アルフレート・フォン・ティルピッツが侍従を控えさせて待ち構えている。モノクル眼鏡を付けているが、あれか?帝国の軍務尚書は絶対にモノクル眼鏡をつけないといけない決まりでもあるのか?

 

「ヴォルター・フォン・ティルピッツ同盟宇宙軍中尉、宇宙暦784年9月の惑星カプチェランカにおける戦功を賞し、貴官を亡命宇宙軍予備役大尉とし、騎士鉄十字章、亡命軍戦傷章を授与する。宇宙暦784年12月8日銀河帝国皇帝グスタフ三世」

 

 そこまで言ってから侍従が差し出した勲章を軍務尚書は手に取ると私の同盟軍の士官服の胸元に飾り付ける。

 

「貴官の今後の活躍と、同胞、そして皇帝陛下への献身を期待する」

 

厳粛な空気の中、軍務尚書は威厳を込めて激励の言葉を口にする。

 

「はっ!」

 

 そして軍務尚書の最後の言葉に対して私は敬礼すると共に、顔を引き締め、鋭く響く声で答えたのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

「そうして胸元の勲章を手にしたのが五日前の事だったかな?」

「その後も晩餐会があったし、細々とした式典とパーティーからようやく解放された訳だな」

「ご苦労様、とでも言おうかい?」

「ははっ……!地獄はまだ終わっていねぇよ……!」

 

 無意味に広大な新美泉宮の庭園の一角、花園に建てられた大理石のガゼボの下で私的な茶会中の会話であった。私はティーセット、ケーキ類や軽食を乗せたティースタンドが置かれたテーブルを挟んで亡命軍士官服を着飾る旧友に愚痴る。というかアフタヌーンティーはイギリスの文化じゃないのか?まぁ、大帝陛下が定めたのはなんちゃってドイツ文化だけどさぁ。

 

「今更だが……貴族の行事って多くね?休暇って何だろうな?」

 

 半分光を失った瞳で私は尋ねる。今日だって晩に同盟駐留軍の将官との食事会に父と参加しないといけないのだ。軍で仕事している方が気楽というのは可笑しい。あれか?帝国軍の貴族軍人はこういう面倒な行事から逃げるために軍務についているのかな?

 

「おかげで碌に親と話も出来ない。出来ても大概母上が主導権を取るしな」

 

 押しが強いと言うべきか、唯我独尊と言うべきか、まぁ、話を阻める奴が殆どいないからなぁ。基本周囲の小間使いも侍女も営業スマイルでお喋りを聞くだけだしな。父に至っては同時に自宅にいるタイミングが殆ど無く、数少ない時間は所謂御客様を招いての会食だったり、執務中だったりする。

 

「……おかげでベアトの状況を把握するのにも苦労した」

 

 私は周囲を見渡して、暫定付人の従士が聞こえない距離にいる事を確認した後にそっと伝える。ガゼボの下にいるのは賓客たる私とアレクセイと後一人、そして口の固い老いた使用人兼宮廷侍従が一人である。警備は其々のお付きの方々には周囲に離れて貰っている(それでも目で見える距離にいるが)。

 

 件の三名の様子を探ろうにも明らかに暫定でついている付き人や使用人に監視されている。大した事ない情報を集めるのも相当手間をかけた。自意識過剰かと思われるかも知れないがマジだ。

 

「面倒だね。……このままだと次の出征で出ていった所で勝手に処断が決まってしまうかも知れないよ」

「……やっぱりあるのか、出征は」

 

 ロボスの叔父やリューネブルク伯爵等幾人かの知人に尋ねたが……。

 

「統帥本部の方も忙しくなっているからね。来年四月ないし五月頃かな。進捗具合から見ると」

「となると場所は……イゼルローンか」

 

 原作では具体的内容が描かれていない第四次イゼルローン要塞攻防戦、それが始まろうとしている訳だ。

 

「こりゃ、そろそろ私の所にも辞令が来るな。まさかとは思うが最前線の攻略部隊じゃなかろうな……?」

 

雷神の槌で消し飛ぶなんて御免だぞ……?

 

「流石に一度死にかけたから、早々危険な部署には配属されないさ。勲章持ちだしね。後方支援か、前線といっても艦隊司令部辺りだと思うよ?」

 

 苦笑しながら老侍従が注いだ紅茶を口に含むアレクセイ。

 

「この星から出ていくとなると面倒だ。それまでにどうにかしたいが………」

 

 従士……特に使用人達に尋ねても話を逸らしたり、はぐらかされてばかりだ。私の権威でごり押し、といっても両親の前では大した役に立たないしなぁ。

 

「別に良いんじゃないかしら?駄目な従士なんて代わりを貰ったらいいのに」

 

涼しげな、綺麗な美声で問題のある発言が飛び出した。

 

「………」

 

私は少々困った顔で発言者の方向に目を向ける。

 

 あからさまな程のお嬢様がそこにいた。翡翠色の瞳に鮮やかな金髪縦ロール、金糸で編まれたドレスを着た小柄な美少女はデザートを食べる所作の一つ一つまで洗練され、かつ貴族らしい高慢さが見て取れた。

 

 亡命貴族の中でも極右、星系議会最大野党「帝政党」の党首と内務尚書を兼任するブローネ侯爵の娘シャルロッテ・フォン・ブローネ嬢がこの茶会の三人目の参加者であり……目の前の旧友の婚約者であった。

 

「……シャル、余りそういう事は言わないで欲しいんだけど」

 

 不快、というよりも困った、と言った表情で恭しく旧友が注意するが、このお嬢様は反省するどころか詰まらなそうに表情を変える。

 

「だって事実じゃない。さっきから従士だの任務だの面白くないわ。アレクも、ティルピッツ様もそんなどうでも良い事ではなくて、もう少し楽しい話をして下さいな」

 

 子どものように拗ねた口調でそう答えるフロイラインである。いやいやいや、結構シリアスな話をしていたと思うんだけどなぁ!?

 

 第七代銀河帝国皇帝、痴愚帝ジギスムント二世の事ジギスムント・フォン・ブローネの即位前の家名で有名なブローネ侯爵家は、その後痴愚帝の息子、次代皇帝オトフリート二世の弟であるエーリッヒが受け継ぎ、流血帝アウグスト二世の時代も辛うじて生き延びた。止血帝エーリッヒ二世時代には宮内尚書に任命される等、数少ない皇族所縁の一族として重宝されたが、ダゴン星域会戦後の「暗赤色の六年」時代に派閥抗争に敗れ亡命を余儀なくされた。

 

 そんな背景を有する侯爵家であるが、現当主ブローネ侯ヴィルヘルムは復古主義を支持する政党(帝政・身分制度・劣悪遺伝子排除法・社会秩序維持局復活等を掲げる)の頭目であり、その娘はその影響をばりばりに受けているような人物であった。

 

 獅子帝が称するなら頭が砂糖菓子で出来たような令嬢、とでも表現するだろう。花とドレス、宝石にケーキとポニーを愛し、恐らくナイフとフォークよりも重い物は持った事もない。自身の望みは命令すれば叶い、従士や奉公人は道具、平民に至っては関心がそもそも無いだろう。宮廷と同じ門閥貴族だけが世界の全てと考えていそうなお姫様であった。

 

「ははは、済まないね。けどこの友人にとっては大事な事なのさ。シャルだってヴェルテとバーダーがいなくなると困るだろう?」

 

 アレクセイは彼女のお気に入り(無茶ぶりや我儘の相手をさせられている)の従士達を例にして弁護する。

 

「別にぃ、その時は別の子を御父様に貰って来てもらうわ」

「新人はシャルの好きなケーキも、服のデザインも知らないよ?一から教えるのかい?」

「むむ……それは確かに面倒かも」

 

 あっさり反論され、どこか神妙な顔つきになるフロイライン。むっ、と不機嫌そうに苺とクリームが挟まれたフルーツサンドを突き刺したフォークを口に咥える。

 

「……仕方無いわね。そういう事なら問題にする事も分かるわ」

 

 渋々自身の過ちを認めるお姫様である。寧ろこうでも言わないとどこが問題なのか理解しそうにない。それにこれが平民が口にした事であれば気にもしなかっただろう。皇族と伯爵家の嫡男という「同族」の言葉だから聞いていたと言っていい。

 

「それにしてもティルピッツ様も物好きだわ。戦争なんて私余り興味が無いから知らないけど、付き人以外の所在も気にするなんて」

「長く使って……と言うほどではないけどそれなりに時間は共にしたからね。危険を共にすれば愛着も湧くさ」

 

 彼女に理解しやすく私は伝える。恩義やら口にしても理解してくれないだろう。使った「道具」への愛着、と言った方が彼女には余程分かる筈だ。

 

「ふーん、そういう物なの。……けど、流石にもうそんな話詰まらないわ。ねぇねぇ、アレク。この間公演した演劇はもう見たかしら!?」

 

 身を乗り出しながらはしゃぐようにアレクセイに語りかける侯爵令嬢。流石にもうこれ以上は秘密の会議は駄目なようだ。

 

 アレクセイが侯爵令嬢の話に紳士的に応対しながら、ちらりとこちらを見て視線で謝罪するのが分かる。構わんよ、別に。

 

 肩を竦めながらそうジェスチャーで伝え、ティーカップを口に含む。飲み終えると、すぐに老侍従は次の紅茶のカップを差し出した。ミルクティーとは、私の次の注文を先読みでもしていたのかね?

 

 私は理解しているが、一応自身の口元に人差し指を立て、この侍従にこれまでの話を全て忘れるように伝える。宮廷は噂と流言の絶好の繁殖地である。人に知られたくないときは周囲を遠ざけ、信頼出来る者のみを側に置いて話すことだ。逆に敢えて噂や流言を広めたい時は口の軽い使用人共を近くに置くわけだ。

 

 この老人は信頼出来る人物ではあるが、念のため注意する。不快に思われたかも知れないが、老人は恭しく礼をして私のメッセージに答えてくれた。 

 

「やっぱり『流血を欲するブリュンヒルト』は陰鬱ね。作者が悲劇が好きなのは分かるけど、幾ら何でも不都合主義過ぎるわ。バルバロッサがあのタイミングで死ぬのは興醒めも良い所だもの。きっと筆が乗って勢いで書いてしまったのね」

 

 昼過ぎ、そろそろ茶会も終わりに差し掛かり、私達はフルーツタルトを口にしながら彼女の最新の文学作品の論評に耳を傾ける。いや、宮廷文学や騎士道物語は余り興味が無いのが本音なのでほぼ彼女の一人語りになるのだが……。

 

「やっぱり『フィリップと死せるマグダレーナ』より良い作品はなかなか無いわねぇ。あれは名作だわ。……ああ、そうそう。この前読んだ『テルヌーゼンの帝国騎士』は思いのほか良かったわ。廃墟で賊から姫を救う場面は情緒的だけど読み応えがあるわね。最近の作品の中では一番お気に入りよ」

「さいですか」

 

 このフロイラインは中々にお喋りだ。このまま放っておけば多分何時間でも話して見せるだろう。旧友もよくもまぁ、話に付き合っていられるものだ。 

 

「御嬢様、失礼ながらそろそろ……」

 

 フロイラインに次の予定についてそう伝えたのは亡命軍の礼服に身を包んだ若い麗人と背の高く日焼けした男性の従士であった。

 

「むっ、もうそんな時間?お前達、空気読みなさいよ、これからが良い所なのよ?」

 

 お喋りを邪魔されたからだろう、随分と不機嫌そうな表情を浮かべるフロイライン。時間は文句言っても巻き戻らないから当たってやるなよ、と内心で思う。

 

 まぁ、口にはしないが。そういう指摘は門閥貴族の権威を公衆の面前で貶める行為とも取れる。身内や親しい間柄でなければ容受されない。唯でさえ旧友の婚約者であり、その相手が目の前にいる状況、あの貴族主義的なブローネ侯爵家出身となると気安く口を開く訳にもいかない。

 

なので、ここで窘める役を負うのは……。

 

「シャル、余り無理強いは良く無いよ。また茶会の機会は用意するから、今日は一旦屋敷に、ね?今夜、手紙を書くよ」

 

 婚約者に対して、というよりは我儘な娘に言い聞かせるような、しかし十分に思いやりを込めた口調で伝える新品少尉。最後にお願い、と頼み込む。

 

「むっ……」

 

 貴族主義の環境で蝶よ花よ、と育てられた侯爵令嬢でも流石に、寧ろだからこそ皇族に強く出る事は思考の埒外であるらしい。口元をむすっと結び暫く葛藤していたようだが……小さく溜息をつくと肩を下げた。

 

「……分かったわ。そこまで言うなら仕方ないわね。お願い、というなら聞くしかないじゃない」

 

 まだ不満そうに、しかし渋渋といった体でそう答えるフロイライン。

 

「……ありがとう」

「けど!」

 

 安堵の表情を浮かべる旧友に閉じた扇子を向け、ジト目で見つめる。

 

「手紙、忘れないで。後次の御茶会も、ね?」

 

 ……性格は兎も角、にっこりと首を傾げてお願いする姿は門閥貴族の御嬢様らしく可愛らしかった。

 

 箱入り娘が先に付き人や小間使いをぞろぞろ連れて退出した後、旧友は私の対面に座り直し、紅茶を口にしながら弁護する。

 

「……悪いね。決して悪い娘じゃないんだよ」

「悪くても選択肢は無いしな」

「ははは……」

 

漏れ出る笑みは、寧ろ苦笑いに近かった。

 

 与党たる立憲君主党と対立する帝政党は自立党と共に万年野党ではあるが、それでも党に所属する大貴族は少なくなく、選挙においては(公約から見て信じがたいが)平均して二割前後の支持を得ており、無視出来ない影響力がある。婚約がその代表たるブローネ侯爵家の懐柔策の一環として行われている事が明白だった。

 

「まぁ、悪意は無さそうだけどな」

 

逆にあれが演技ではなく素と言うのも怖いが……。

 

「まぁ、作法は守る子だから」

 

暗に勝手に言い触らす人物ではない、と告げる。

 

 今回の茶会は別に無為にお茶を飲んでお喋りをしていた訳ではない。アレクセイとの情報交換のためである。対面上は(実際それも目的ではあったが)あのフロイラインを紹介してもらい、親睦を深めるため、という形式だ。その際に人払いをし、彼女には予め内容はオフレコと伝えている。

 

「お前さんがそういうなら信じようか。色々手間かけさせているしな」

「そうしてくれると有難い。私としてもこれ以上探ったり、口を滑らせるのは結構際どいからね」

 

 兄と相当年が離れているし、オーディンと違い皇族暗殺が日常茶飯事、と言うわけではないが、それでも帝位継承順位は高いのだ。下手に貴族の諸事情に介入を続けるのは限度を誤れば危険である。

 

「分かったよ。御苦労様で御座います、皇子様」

 

 わざとらしく礼をして感謝する。まぁ、ほとぼりが冷めたら正式に(自腹で)謝礼で何か贈るので勘弁して欲しい。

 

 そんな事をしているうちに、こちらの迎えも来たらしい。 

 

「若様、呼び出した馬車が来たようです。彼方に控えておりますので御案内致します」

 

 亡命軍後備役徽章をつけた二十になるかどうかと言う少女が近衛兵と何事かを会話すると、こちらの側に来て報告する。

 

「……手際が良いな」

 

私は、目を細め少し警戒する口調で答える。

 

 ベアトよりも僅かに薄い、しかし鮮やかな金髪に彼女より僅かに濃い赤い瞳、染みの無い陶磁のような肌は恐らく余り野外に出ないからだろう。ベアトに似た、しかし少し柔らかそうで、(悪い意味で)賢しそうな女性……。

 

「主人のために気を回すのは付き人として当然の仕事で御座います」

 

 テレジア・フォン・ノルドグレーン予備役少尉は私に微笑みながら恭しくそう口を開いた。

 

 

   

 

 

 

 

 ハイネセンから故郷に戻るまでは暫定的に馬鹿が付き従っていたが、流石に(明らかに)不味いと思ったのか交代させられ、ここ一週間ばかりはこの甲斐甲斐しいノルドグレーン家本家筋の従士が暫定的処置として付き従っていた。

 

 ノルドグレーン家と言えば伯爵家の中では行政・治安関係に関わる一族で代々領地の徴税官、財務官僚、また憲兵や警察、法律関係の職務に付いていた。帝国にいた頃は領内の不満分子や犯罪活動、脱税者の摘発、拷問、裁判のほか家臣団内での反逆者の監視等も行っていたらしい。そのため前線任務に就く者は少ないが、それでも最低限訓練を受け、法務士官や経理士官、或いは予備役、後備役を兼任して官吏に就いている者は多い。彼女の場合も予備役少尉の階級にあり、最低限の護衛訓練を受けているため暫定で付き人として配属された……こっちの意思とは無関係に。

 

……おう、これ監視役だよな?

 

 御者の走らせる馬車の中で私は今後について考える。今回の失態について、幾つか言い訳に使えそうな内容はある。問題は最低限両親……特に父をどうやって会話の席に引き摺り出すか、だ。

 

 元々宇宙艦隊司令長官と言う役職は暇ではない。同盟や帝国のそれより遥かに規模が少ないとは言え、だからこそ限られた戦力を効率的に運用しなければならない。同盟軍との作戦範囲や役割分担の調整もあるだろう、そう考えればその労力は決して引けを取らない。

 

 そこに出征計画、宮廷行事、領地(と言うのは微妙だが)の監督もある。時間が無いし、それを言い訳にしてくる事は明らかだ。

 

 強引に交渉に持って行くのも手だが、そのための手駒が無いし、リスクもある。限られた時間内に不興を買わないように、かつ交渉に持ち込み説得するとか地味に糞ゲーの気がする。

 

ちらり、と馬車の反対側の席に目をやる。

 

 背筋を伸ばした惚れ惚れするような綺麗な座り方で暫定従士が控える。彫刻のように整った、しかしぴくりとも動かない表情と固定された視線は私の行動を監視しているのはほぼ明らかである。

 

「何か御用で御座いますか?」

 

 私の視線に気付いたのか、微笑みを浮かべながらはきはきした……しかしどこか形式的な……声で尋ねるノルドグレーン予備役少尉。

 

「………いや、何でもない」

 

 私は、少しだけ投げやりに答え視線を窓の外に向ける。無駄に広いがために馬車に乗車して三十分は経っているにも関わらず未だ外苑の並木道に入ったばかりのようだった。馬車を護衛する騎乗した近衛兵も御苦労な事だ。

 

「御要望があれば何なりとお申し付けくださいませ。不慣れな身では御座いますが付き人として可能な限り御期待に御答え致します」

「そうか……」

 

 営業スマイル全開の美女の発言に、話半分に私は答える。貴族階級は代々端正な男女の血を入れているため美男美女率が高く(口の悪い同盟人は「品種改良」等と揶揄する事もある)、当然彼女もその例に漏れない。女性に不慣れなシャイな人物なら下手したら笑みと会話だけで陥落してしまうかも知れない。

 

 その点では、子供時代に二十四時間三六五日美形ばかり周囲にいたので耐性がある事は幸運であった。こいつは信用出来ない。家柄もそうだし、しれっと「暫定」の二文字を抜いてくる時点で警戒対象だ。ベアト似なのはあれか?代替品で我慢しなさいって事か?ちょっと闇が深そうなんだけど?私どう見られているの?

 

 ………不味いなぁ。二十四時間監視してくる相手が付いて来るとか、前任の馬鹿の方がマシとか笑えない。おかげで情報を集めるにも何かにつけて人払いしないといけなくなった。無駄な手間をかけさせて時間稼ぎしようという魂胆かね?

 

 第三者経由で分かる情報は少なくとも三名ともまず生存している(というかしてないと困る)、後遺症は無い状態である事、私と同じく負傷から復帰した同盟軍人の通例で休暇を取っている事になっている事、恐らく実家で閉じ籠っている(あるいは軟禁?)状態である事だ。

 

 取り敢えず気付いたら最前線で死んでいて御骨が帰ってきた、なんて言う最悪の状況ではない事が分かったのは良しとすべきか……。

 

「帰宅後は、ヴォルムス星域軍のブロンズ准将との会食がありますが、御召し物は用意致しましょうか?」

「いや、軍服で良いよ。同盟軍人である以上そちらの方が良いだろうさ」

 

 どうせ、父の添え物だし、着飾った服装なんかしても悪印象しか与えまい。というかたかが中尉なのにお偉いさんの会食に(父が主役だが)出席させるとか鬼かな?同盟軍人としてギリギリかつ門閥貴族としてもセーフな態度で接する苦労分かる?おう、分かんないよね、畜生!

 

 

 

 

 

 

 

 自由惑星同盟軍において第24星間航路を管轄するのが第4方面軍管区であり、その傘下にアルレスハイム星系統合軍、さらにその下にヴォルムス星域軍が存在する。

 

 尤も第4方面軍管区軍は兎も角、アルレスハイム星系統合軍・ヴォルムス星域軍の有する兵力はその看板に比して小さい。アルレスハイム星系は前線に近いが最前線、という訳でもなく、亡命軍と言う同盟軍とは別に大規模な武装組織が存在するためだ。アルレスハイム星系統合軍の駐留兵力は八万名程度、内ヴォルムス星域軍に所属するのは約四万名である。人口6500万を有する有人惑星でありながら惑星上に駐留する同盟軍は地上軍二個師団と百隻に満たない宇宙戦力に過ぎない。

 

 寧ろ、この駐留軍の目的は亡命軍との意思疎通、また大規模遠征時における同盟軍主力部隊の補給や駐屯地提供、情報収集が主任務であり、そのため駐屯基地は駐留軍の規模に比べ異様な程通信・兵站機能が充実し、また歴代司令官は兵站・通信・情報畑の人物が主であり、今年六月に着任した准将もまた同様であった。

 

「今宵は御呼び頂き光栄です。元帥閣下」

 

 使用人に案内され屋敷の食堂の椅子に着席するウィンセント・ブロンズ准将は第8艦隊司令部情報参謀から転任してきた人物だ。士官学校席次第11位で卒業して以来戦功の立てにくい後方勤務ポストを中心に担ってきたがそれでも尚三十代半ばで准将、大半の士官学校卒業生が大佐で軍歴を終える事を考えれば極めて優秀な軍人であると言える。

 

「そちらが噂に聞く御子息殿で御座いますか?」

 

 優しい微笑みを浮かべ流暢な宮廷帝国語で、完璧な所作で尋ねてくる准将。彼は帝国系でなければ、ハーフでも、クォーターでもない。アルーシャ生まれのアルーシャ育ち、アルーシャの紅茶を愛飲し、アルーシャ紅茶のパウンドケーキが好物でアルーシャ紅茶祭りを心の底から愛する生粋のアルーシャ人だ。だが、情報畑の出身であるために帝国公用語以外に宮廷帝国語や中流階級や下層階級、地方の各種方言まで母語のように話し、各階層特有のマナーにまで精通していた。

 

 当然その微笑みも額面通りに受けとるべきではない。同盟軍の地方勤務の中でも第4方面軍管区関連のポストはストレスで胃に穴が開くと評判だ。現地事情と中央との価値観と常識の違いとその調整に苦労している。だからといって帝国系の人物を派遣するのも現地で取り込まれる可能性もあるので余り奨励されていない。そんな中で情報畑出でこのポストに就いている人物が只者でないことは明らかだ。

 

「うむ、私の息子としていずれは伯爵家も継ぐ予定のヴォルターだ」

 

 くい、と顎で促すので同盟軍士官用礼服を着て父の隣に座っていた私は改めて挨拶する。

 

「同盟宇宙軍所属ヴォルター・フォン・ティルピッツ中尉です。ブロンズ准将の御活躍はお耳に挟んでおります。同盟軍の偉大な上官に御会いできる事、誠に光栄です」

 

 「同盟軍人」として准将を褒め称える。この辺りの微妙な単語の選択は本当に面倒だ。

 

 無論、准将もここに来る前に帝国文化、階級制度、アイデンティティーに関する蔵書は熟読しているはずであり、こちらの意図する事は分かっているだろうから、余り不用意な事は尋ねる事も、指摘する事も無いだろうが、というかされたら困る。

 

「カプチェランカにおける活躍は聞き及んでいます。貴方のような若き勇士がいれば同盟は安泰だ」

 

 社交辞令的な会話と共に食事会は始まる。因みに母は同盟軍に所属する貴族軍人の貴族令嬢や夫人の食事会の方に参加して家にない。本人が関心がないであろうし、私(そして父にとっても)そちらの方が良い。

 

 比較的格式ばった食事会ではないが、それでもマナーは重視される。所謂コース料理を使用人達が運んで来るので無数にあるフォークやナイフ、スプーンを使い音を立てずに食していく事を求められる。

 

 そして、当然ただ食事をするためにこんな事をしている訳でもない。

 

「して、こちらから供出すべき艦艇は幾らと言うておる?」

「最低でも1000隻、偵察と後方の補給線の警備に求めたいと仰せです」

「1000隻か。……宜しい、昨年に比べて艦艇の損耗には余裕がある。だが……」

「後方勤務本部が所有中の鹵獲艦艇500隻の修繕と引き渡しについては可能な限り迅速に手続きを致します」

 

 スープを静かに啜りながらも、食堂では父と准将の会話……否、会議が続く。その表情は真剣そのもので、食事の味をきちんと味わえているのか大層怪しいものだ。

 

「捕虜の受け渡しは来年の始めに実施します。それはそうと、来年度の外人志願者の募集人員の件はどのように?」

「こちらとて兵力は幾らあっても足りぬ。それに応募に応じているのはあ奴らの方だ。同盟憲章は個人の自由を認めておるのではなかったか?」

 

 以前にも多少触れた事があるが亡命軍は少なくない兵器と人員を特殊なルートで調達している。艦艇であれば帝国軍から鹵獲したものである。だが、人員については更に特殊だ。

 

 主力は星系政府内で志願・徴兵した軍人であるが、それ以外にも同盟各地の帝国系志願者もいる。

 

更に特殊なものが特殊志願兵だ。

 

 大きく分ければ帝国軍投降兵の中からの捕虜志願者、またフェザーン人や非帝国系同盟人、無国籍・辺境宇宙の刑事犯として収容された宇宙海賊からの外人志願者等に分類出来る。

 

 全国の捕虜収容所内で亡命政府に忠誠を誓った元帝国兵は定期的に同盟軍から引き渡される。同盟にとっては無駄飯食いを減らし、帝国軍の潜在的兵力を削り、亡命軍にとっては実戦経験を有する兵員を補充出来るメリットがある。降伏は不名誉であり家族に迫害が及ぶ可能性もあるために帝国には戦死と報告し、偽名で亡命軍に参加する者も少なくない。亡命軍の人員の二割近く、数十万名にも及ぶ。

 

 一方で、非帝国系同盟人やフェザーン人で志願する人物もいる。多くは傭兵や同盟軍にて諸事情で退役を勧告された者、あるいは帝国の体制や文化、貴族制度を信奉する物好きだ。また辺境宇宙の無国籍の宇宙海賊の中には国籍付与や恩赦と引き換えに軍役に就く者もいる。多くが地上軍の武装親衛隊(SS部隊)に所属し、極少数ではあるが軍功を上げ一代貴族や帝国騎士に受任される者もいた。同じく亡命軍の二割近い比率を占める。

 

 尤も彼らの多くが危険な最前線での任務に就き、戦死率は決して低くはない。同盟人が貴族の手先として戦う事への市民の嫌悪感もあり、度々同盟世論は外人志願者の存在を非難してきた。まぁ、同盟軍の下で戦う亡命軍の中で戦う外人部隊の存在を非難するというのも滑稽な話に思える。

 

 だが、同盟は民主主義の国で、世論の国。ネガティブキャンペーンを続けられたら同盟政府も口を出すしかない。

 

「それもこれも卿らが地上軍を縮小しているためだ。卿らは不足分を我らの同胞の血で補い、我らは人手不足を外人志願兵で補う、違うかね?我らは給金も、遺族年金も未払いにした事は無いぞ。卿らのようにな」

 

 万年金欠のために(少額ではあるが)遺族年金や給与のカットをした歴史がある同盟軍と同盟政府へのある種の皮肉であった。

 

「理解はしています。ですがそれでも外人志願者の戦死率の高さは無視出来ません。せめて運用法の変更や医療装備の改善をして戦死率の引き下げをして頂かなければ。必要ならば専門の顧問を派遣しましょうか?」

「いっそ広報映画でも作るかね?その手の情報操作は御手の物だろう?」

 

 グラスの中のワインを揺らしながら父が半分冗談気味に答える。

 

「それでは志願者が増加してしまうではありませんか。同盟地上軍の人手不足が促進されて困るのは貴方達である事は承知の筈」

 

 少々不穏な会話が続くので私は現実逃避しながら静かに食事をする。さっきから恭しく給仕を行う執事やメイドの方が多分私より神経太いんだろうなぁ。

 

「ならばこそ、彼らの運用法の改善を提案したいのです。貴方方も無駄な損害も、遺族年金の支払いも好んでいる訳ではないでしょう?」

 

 ブロンズ准将の物言いに一瞬しかめ面をするが、暫し考える素振りをして、口を開く。

 

「……ふむ、新しい星域軍司令官は口が回るようだな。宜しい。軍務尚書と地上軍総監の賛同がいるが、意見は具申しよう。……顧問団の宿泊と消耗品の提供は我が家の企業に下請けさせるが構わんな?ほかの者もこの星に金が落ちればある程度納得しよう」

「……考えましょう」

 

 うむ、と静かにワインを呷る元帥殿。見る者が見れば上機嫌である事が分かる筈だ。前任者が胃潰瘍で入院した分、准将が口が回る事(その分無茶ぶりが出来る事)が喜ばしいらしい。交渉相手が頭が回らなければ交渉が纏まる前に潰れてしまう。可能な限り優位に交渉を進めたくても相手が潰れてしまえば意味が無い。ある程度優秀な交渉相手は寧ろ喜ばしい事であった。

 

 というか今さらりと談合しなかった……?あ、気のせいですか、そうですか。

 

 魚料理と肉料理にそれぞれアルーシャ鮃のムニエル、口直しにアルーシャ産茶葉を使ったソルベそしてメインのヴォルムス子牛のローストが提供されると陰険な空気が和らいだ。魚料理は准将の故郷の食材、口直しは客人の好物、子牛は昔より客人の歓待によく利用される食材だ。

 

 同盟にしろ帝国にしろ、あるいはフェザーン人も……いや、歴史的に様々な国家が会談や晩餐の席の料理の調理法や食材の産地等で自国の繁栄や意思表示をしてきた歴史がある。その点でいえばこのラインナップは少なくとも客人を歓迎している事が十分に伝わっていた。調整や意見交換で対立はしても、砲火を交える関係を望んでいない事の表れでもある。

 

 それらの料理を准将は完璧な帝国宮廷マナーで食して見せる。フェザーンでの対帝国貴族工作を経験した事がある、との話は本当かも知れない。

 

 和らいだ空気の中で会話は次第に職務上のそれから私的なそれに変わる。

 

 そしてサラダを終え、甘味に再びアルーシャ紅茶葉のティラミスが出ると准将はこれまでに無いほどに異様に饒舌になった。

 

「いやぁ、こちらに来て故郷の茶葉を頂けるのは幸福な事です。こちらではシロンではなくアルーシャの茶葉の方が主流なのでしょうか?」

 

 こういった雑談の類ならば私も辛うじて参加出来る。というかそれくらいしか出来ない。

 

「ええ、シロン茶は少し甘味が強いので、帝国の菓子と共にするのならば甘味は控えめに、香りの繊細なアルーシャの方が好まれます」

 

 アルト・ロンネフェルトを除けば……とは態態言わない。

 

「それは賢明です。シロン茶はブランデーに混ぜなければ楽しめぬような代物です。アルーシャ茶の足下にも及びますまい」

 

 上機嫌に微笑みながら答える。長年同盟の紅茶業界を二分し、骨肉の争いをしてきたシロン人とアルーシャ人の仲の悪さは有名だ。「ニューボストン市茶会事件」や「パラス紅茶放送暴動」は両惑星の険悪な関係を同盟全土に知らしめた。取り敢えず言える事は彼は紅茶入りブランデーを愛飲する魔術師と仲良くなれないであろう、という事だ。

 

「……そうでした。元帥殿、中尉にはもう御伝えはしましたか?」

「いや、まだだが……卿の口から伝えて貰っても構わん」

 

 デザートのメロンを口にしていると、思い出したようにブロンズ准将が尋ねた。

 

「?何事でしょう……?」

 

私が訝し気に尋ねると准将が答えを口にした。

 

「ああ、来週にも辞令が届くと思うが、君にはヴォルムス星域軍の地域調整連絡官に付いてもらう。と言っても数か月の間だけだが。理由は分かりますね?」

 

 地域調整連絡官は同盟軍と現地住民や現地行政の意見調整を行う部署だ。そして役目は数か月の間のみ……それの意味する所を私はすぐ理解する。

 

 つまり、第四次イゼルローン要塞攻防戦に兵站支援の一員として参加する、という事だ。

 

「責任重大な役職だ。気を抜く事なく精進する事だ」

「は……はっ!」

 

 一瞬言い淀みつつも私は答える。その態度に満足したように頷き、父は再度口を開く。

 

「うむ、そういう訳だ。准将、息子をそちらで働かせる。補佐としてこちらから一人付けるが良いな?」

「ええ、寧ろ人手が増えるのは歓迎です。ましてやカプチェランカの英雄ともなればこちらから御借りしたい程です」

 

父の提案に准将は笑みを浮かべて答える。

 

「?補佐…ですか?」

 

 私が疑問の声を上げるとそこに一瞬目を光らせた父が当然のように答えた。

 

「ああ、お前の付き人のノルドグレーン少尉は事務方に向いているからな。現役に復帰して補佐役に付ける。……良いな?」

「アッハイ」

 

 私は、一瞬殺気と共にかけられた言葉に殆ど条件反射的に答えた。

 

 

 

 

 

 

 

……あれ、これ外堀から埋められてきている?


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