帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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藤崎版に最新話に対して(門閥貴族的に)感想
ご、500年に渡る尊き血脈が消えていくぅ……何て罰当たりな!金髪の小僧絶対許早苗っ!早くブラウンシュヴァイク公とエリザベード様をお救いしろ!盾艦あくするんだよ!(外道)


第七十三話 外国人社員の雇用は待遇に注意

『全く、ふざけやがって……あれもこれもグチグチと……やってらんねぇぞ』

 

 深夜、天幕の中である軍人が煙草を咥えながら同盟語でも、帝国語でもない言語で愚痴った。言語学者が聞けば、それはかつて銀河連邦の定めた公式公用語の一つレグルス語がかなり変質したものであると分かるだろう。

 

『本当だ。確かに給金は良いし、飯も悪くねぇがこんなに息苦しい所だなんて聞いてねぇぞ?』

『訓練も厳し過ぎるしな。こんなに訓練なんかする必要あるのかよ?んな事時間と弾の無駄だぜ。取り敢えず実戦繰り返せば兵士は育つのにな』

 

 マーロヴィアから募集に応募した第36武装親衛師団所属の新兵達は互いに以前の職場との違いに不平を次々と口にする。同盟軍やほかの亡命軍部隊から「面汚し」や「犯罪部隊」とまで言われる第36武装親衛師団ですらまだ軍規が厳し過ぎたようだった。

 

 彼らは亡命軍の募集に志願する以前、マーロヴィア暫定星系政府軍……正確にはその関連組織に所属していた。

 

 旧銀河連邦植民地の一つであったマーロヴィアは同盟接触以前から、そして数年前まで地表を小勢力が分割した混迷の内乱が続いていた。略奪や虐殺、焦土戦やその他の戦争犯罪が当然のように武装勢力や民兵達の間で行われていた。

 

 同盟政府を味方につけたマーロヴィア暫定星系政府は惑星をほぼ統一したが、その後多くの軍人や民兵が武器を強制的に取り上げ、解雇されていった。訳の分からない内に解雇された彼らは怒りの声を上げたが、そこに亡命軍の募集が行われその待遇と給金に惹かれて産まれて初めて宇宙船に乗って遠路はるばるヴォルムスに辿り着いた。

 

『店の物を拝借するのも、文句言う奴らを殴って黙らせるのも禁止とはな』

『ボブの野郎、コカイン使っているだけでしょっ引かれたからな』

『サイオキシンやバリキドリンクなら兎も角よう……ふざけやがって』

 

 彼らにとって故郷で戦っていた頃は出店のものを力づくで手に入れるのは当然の事だった。寧ろ街を守ってやっているのだから当然の事だと考えていた。一般人が自分達の仕事の妨害するなら一発鉛玉を叩き込めが良いだけだったし、戦いが終われば死体や街で物色と略奪が常識だ。軍務に影響が無ければ薬物や飲酒に司令官が口を出す事も無かった。

 

 それがどうだ?今では実戦に行かずに毎日毎日下らん訓練ばかり、少しでもトラブルが起きれば煩い憲兵共が拘束してくるし、何をするにも細々とルールが決められる。ストレスしかない生活だ。

 

『畜生、マジであの上官共うぜぇ』

 

 新兵達の愚痴は上官……士官階級のそれに向かう。亡命帝国系と同盟軍系が師団の士官の大半を占めていた。彼らのこれまでの上官と全く違う彼らの態度に不満が無い方が可笑しかった。

 

『おいおい……坊主共、それくらいにしておけよ。この前の馬鹿共の末路を知らん訳でも無いだろうによ』

 

 同じ天幕の古株の軍曹が横から投げやり気味に口を開いた。半年前に一個小隊が反乱未遂を起こした。決起前に師団長以下の直属部隊に鎮圧され、見せしめに師団の全兵員の前で銃殺された。

 

『あの野郎に逆らうのは止めとけ。あいつらみたいにぶっ殺されるのがオチだ』

 

 肩を竦め呆れ気味にそう忠告した古参の軍曹は興味を無くしたように明日の演習に備えとっとと寝袋に潜り込んで眠ってしまう。

 

 その忠告を受けた幾人かの新兵はそれに従いそそくさと就寝する。

 

『……ちっ、古参の野郎共は腰抜けしかいねぇ』

 

残った新兵達が集まりながら小声で話し合う。

 

『もう我慢出来ねぇ。こんなのやってられるかよ』

『どうせ兵士なんていつかは死ぬんだ。ならば好きにやった方がマシだ』

『じゃあ……やるか?』

  

 不穏に空気が周囲に充満する。ちらり、と周囲のほかの兵士が寝てしまったのを確認する。

 

『……やるなら今しかねぇ。後何日もしねぇうちにまた船に詰め込まれて戦場行きだ』

『ここなら街も近くにある。山に隠れちまう手もあるな』

『適当な家に乗り込んで隠れるって手もあるな』

『やるか?』

『それじゃあ、こういう作戦はどうだ……』

 

 満天の星空の下、天幕の中で新兵達は衝動的に、不吉な計画を立て始めていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3月13日、アルトマルク演習場における大規模野戦演習は後半を迎えつつある。

 

 対戦演習は最終段階に突入していた。同盟軍4個師団と亡命軍3個師団を中核とした戦力は対戦相手たる1個師団及び2個予備役師団に対して最終的攻勢を開始していた。地雷原と有刺鉄線、トーチカ、砲兵陣地を巧妙に組み合わせた防衛線を航空軍の大気圏内戦闘機、大気圏内攻撃機、大気圏内爆撃機、輸送ヘリ、戦闘ヘリ、無人機、宇宙軍の宙陸両用戦闘艇や大気圏内航行可能戦闘艦からの濃密な援護を受けながら一つ一つ撃破していく。

 

 特に第36武装親衛師団の戦いは目を見張るものがある。本質的には山岳戦を想定した軽歩兵師団に過ぎないが、最前線を受け持ち、時に正攻法、時に型破りな戦闘を行う事でほかの部隊には無い戦績を上げていた。

 

 一因としてほかの部隊よりも損害に頓着していない、という点が挙げられる。数名の戦死や負傷判定を受けた程度ではその攻撃が止む事はない。

 

 既に演習内における師団損耗率の判定は三割を越え、四割に届こうとしていた。軽歩兵編成の一個武装親衛師団の兵員は一万四〇〇〇名前後、主力を二個旅団四個連隊からなりそこに機甲部隊、砲兵部隊、防空隊部隊、工兵部隊、後方支援部隊、航空部隊、衛生隊、通信隊、憲兵隊等からなる。戦闘部隊は全体の六割から七割である事を考えればほぼ壊滅しているとも言っていい。通常の地上軍師団が一割から二割の損害で戦線を後退する事を思えばそれは異常である。

 

 そのような結果を招いているのは師団上層部の命令もあるが本質的に人員の兵士達自体が人命軽視の嫌いがあるためだ。特に戦力の四割を占める同盟勢力圏の辺境外縁域やその外出身の元軍人や傭兵は帝国以上に人命が安い戦場で戦ってきた者が多かった。同盟やフェザーン出身者も戦争中毒者に類する者が多々見られた。帝国人投降兵は言わずもがなだ。そんな兵士達の気質がこの悍ましい損害率を生み出していた。

 

 せめて部隊交代をするべきだが、それすらせずに前進するのは時間を与えないためだ。戦力交代にかかる時間で仮想敵部隊の再編が行われるのは目に見えていた。その時間を与えずひたすら前進する事で敵に対応する時間を与えないようにしているようだった。戦死判定や負傷判定の出た味方は当然のように置いていく。演習であれば判定の出た者はその場でガムを噛みながらぐちぐちと駄弁っていれば良いが、実戦であればその場に死体と息絶え絶えの負傷兵が捨て置かれる事になる。

 

 人命重視の同盟軍であれば正気を疑う光景だろう。人命軽視のきらいのある帝国系将校と同盟領外縁部の世紀末覇者世界出身の兵士が中核にあるために可能な戦い方であった。

 

「本当、価値基準から違うな……」

 

 軍用トラックに荷物の如く詰め込まれる第36武装親衛師団の兵士達を見て思う。どれもこれも同盟軍や亡命軍の一般兵とは違う剣呑さ、そして獣じみた荒々しさがあった。前世で言えばアフリカやら熱帯の紛争地帯にいそうな雰囲気である。

 

 これを見れば同盟の拡大期、ハイネセンファミリーが旧銀河連邦植民地の原住民を蛮族と呼んだのも納得してしまう。無論、パルメレントやカッファーと言った恒星間航行技術を維持し、数千万から億に届く人口を有していた惑星もあったが圧倒的に少数派であり、大半の旧植民地は恒星間移住時代以前にまで技術が衰退したもの、外部との通商が不可能になり食料や水、資源不足で壊滅したり人口が激減したコロニー、内戦状態が数百年続いていた惑星も多かった。

 

 相対的に通信と通商航路を押さえ、技術面で優位に立ち、圧倒的多数派を分断に成功したハイネセンファミリーはこれら諸勢力を吸収し、豊富な労働力と土地、資源、その他資本と生産物の消費者層を手にする事に成功し、自由惑星同盟は百年余りの間に飛躍的な経済成長を遂げたのだ。

 

 だが宇宙暦8世紀末に至るも、未だに同盟、そして恐らく帝国の外縁部には同盟と帝国の双方に属さない弱小勢力が幾つも存在すると想定されている。同盟の場合、回廊付近の外縁領域を中心とした領域に現状でも十数個の旧銀河連邦植民地を確認しているほか、宇宙の流浪人と化し星間交易商工組合にも加盟していない船団(宇宙海賊も兼任)が二十から三十ほど把握されている。同盟政府は対帝国戦争で予算を削られているものの、現在に至るまでこれら組織と随時接触と交渉、段階を踏んだ国内の安定化と教育・文化・経済支援と同盟への加盟を進めている。

 

 そして同盟の介入により外縁勢力の内戦や紛争終結、星系警備隊の設立等が行われると大量の傭兵や同盟に認められた暫定政府と対立していた軍閥や地方勢力の兵士、更には暫定政府軍内でやらかした兵士が職にあぶれ同盟やフェザーンの民間軍事会社や亡命軍の外人部隊に流れるのだ。同盟政府としてはこれらの軍人崩れが犯罪組織や宇宙海賊、テロリストに転職されても困るのでこの流れを黙認していた。  

 

 帝国やフェザーンとはまた違う意味で同盟人とは価値観の違う彼らの扱いは苦慮する。取り敢えず柄が悪い。教育制度が崩壊して子供時代から人を撃っている兵士も珍しくなかった。最近流入の多いマーロヴィア系の場合、同盟との接触後も三十年も紛争が続いていた事もあり道徳と民主主義を指導するのは至難の技、殆ど力づくで抑える事で(最低限の)軍規を維持していた。

 

 改めて思うがまともな神経があればこんな師団率いりたくない。いつ暴動や反乱があるか分かったものでは無い……というより師団の八十年に渡る歴史上、実際にダース単位で暴動や反乱未遂、上官殺害が発生している。師団の普段の駐屯地は周辺に都市の無い辺境だ。

 

 後で詳細な記録を読み取るとミハイル・シュミット大佐は比較的師団を統制出来ている方なのだと思えてしまう。不祥事はちらほら起こるが軽犯罪が大半であり、殺人事件や反乱が無いだけ師団の歴史では比較的マシらしい。特に古参兵は一応統制しきれているようでトラブルを起こす兵士の大半は着任から日の浅い新兵だ。

 

 ……いや、落ちる所まで落ちただけなんだろうけどさ。後は昇っていくだけなんだろうけどさ。地上すれすれを滑空しているだけなんだろうけどさぁ!

 

「まぁ、発生率が下がっているだけマシだろうが……」

 

 一応改善傾向にあるのでもう一度御訪問する必要が無いのが幸いだ。もう一度あのヤクザ事務所みたいな師団司令部に行きたくない。

 

「問題は………」

 

 演習司令部から演習場全体を見渡す私はちらりと隣に控える従士を見た。

 

 師団司令部への訪問以降、ノルドグレーン少尉が少し変わったように見える。正確には私に対してはこれまでと変わらず礼節を持って丁重な態度で接していた。

 

 問題は仕事への態度が一段と積極的に、かつ厳しいものになった事だ。無論、これまでも事務能力は優秀であったし、素早く、的確に職務を処理していた。

 

 だがあの件以降、職務中の態度がかなり刺々しくなった。これまで以上に迅速に、かつ一つ一つの案件に対しての軍民双方への対応が厳しいものになった。

 

 当然、感情的な問題も多い職務でそのような態度を取るのは本来ならば好ましい事では無い筈だった。だが、少尉の場合は完璧な理論武装をした上で説明するために双方の当事者達も反撃を出来ずに口を閉ざすしかなくなる。そのような態度のため特に軍部の方が尻込みして部隊を厳しく統制、結果として案件の全体数の減少に寄与し法務部や憲兵隊からの評価は却って高くなっているようであった。

 

 そのため、法務部や憲兵隊とトラブルを起こすのも宜しくない、それに結果自体は出している事、内容自体は真っ当な事から、私はこの件に対して現状では様子見を決め込んでいた。

 

「何か御座いますでしょうか?」

 

 私の視線に目敏く気付いた少尉が(少なくとも外見は)慈愛を込めた、優しげな笑みを浮かべながら尋ねる。職務中の厳しく鋭い態度からは想像も出来まい。

 

「いや、少し疲れただけだ。少尉こそ、随分と職務に精励しているが、気疲れはないか?休憩も効率的な業務を行う上では重要だ。無理はしないことだ」

「心得ております。若様こそ、御無理を為さらぬよう」

 

 一礼をしてそう答える所作は優雅であった。……内心は分からないが。

 

(やはり、ある種のコンプレックスというものかね……?)

 

 この前まで予備役の事務屋である。前線勤務なぞしている筈もない。私の前でシュミット大佐にあそこまで罵られたら面子丸潰れに等しい。当然噂なんてものは滑稽なもの程広がるものだ。第36武装親衛師団内ではとっくに話は広がっているだろうし、そこからほかの部隊にも広がっているかもしれない。当然演習参加の部隊の人員は新兵を除けば従軍経験者が殆ど、トラブルを起こす者に至っては九割方がそうであろう。それ故にトラブルを起こす従軍経験者に対してより厳しい、鋭い態度になっている可能性があった。

 

 理解は出来る、いや理解せざるを得ない。下級とはいえ貴族である。貴族の矜持として、一族の名誉や付き人としても舐められたままなぞ許せる筈がない。立場的に選択肢はそう多くはないだろう。(同じ貴族からの)噂や評判は貴族の死活問題だからね、仕方ないね。原作のクロプシュトック侯爵宜しく悪い噂や悪評が広がると身内含めて敬遠されたり職場で御休みもらったりするからね、縁談も吹き飛ぶだろう。

 

 まぁ、あれの場合よりによって皇帝暗殺だなんて最悪の手段使おうとした時点で擁護出来ないけど。フリードリヒ四世は根に持つ性格ではない(というより無気力)だし、ブラウンシュヴァイク公は高慢だが頭を下げて帰順する者には寛容な人物だ。

 

 派閥と権勢が温存されている内に頭下げておけば相手も同じ大貴族、冷笑されようとも辛うじて一族の名誉は守れただろう。プライドの無い私なら言い訳並べてそうする。あるいはそれが耐えられないとしてもフリードリヒ四世即位と共に反乱を起こした方が軍事的にも政治的にも合理的だったろう。息子死んだ後に大貴族を巻き込んで皇帝暗殺未遂とかちょっと悪手過ぎません?一族郎党根切だぞ、あれは。

 

「さて、そろそろ模擬戦闘も終わりだな。次の実弾演習の方の対応に入ろうか」

 

 演習場で動き回る人影の群れに背を向け、私は少尉と共に演習司令部の天幕に向かう。演習はまだ前半戦が終わったばかりであった。

 

 ここまでの演習はレーザー照射器やペイント弾等を使用したものであり実弾は一発も使用させていない。

 

 当然ながら実弾も金がかかり毎回の演習で使用出来ない上、事故による死者や装備の損失もあり得るため安全確認も重要であった。正規艦隊や番号付き地上軍ですら実弾を使う訓練は三日に一度だ。

 

 無論、幾らシミュレーションを始め訓練用機材が発展しリアルに近づいたとしても、これから実戦という直前の演習ですら実弾を撃てない、というのは流石に滑稽だ。3月16日から18日にかけては出征前と言う事もあり、実弾演習が解禁される。

 

 豪勢な事に、三日間に渡り各種合わせて四万七〇〇〇トンに及ぶ弾薬が一〇万近い兵士の最後の実弾演習のために用いられる事が計画されていた。演習場から七十キロ北に離れた同盟軍・亡命軍共用のジークブルク後方支援基地の弾薬庫から輸送する。

 

 演習の計画段階において、3月14日より同盟軍第115地上軍団及び亡命軍第9野戦軍団の司令部直属及び傘下各部隊の後方支援部隊がジークブルク後方支援基地に向け進発する事が決まっていた。演習支援部隊が実施しないのはこの弾薬輸送任務もまた演習参加部隊の訓練の一環として行われるためだ。

 

 無論、この訓練に対しても地域調整連絡官の任務が存在する。演習場近辺は人口が希薄とはいえ、後方支援基地との途上では軍事施設に勤務する軍属や軍人向けの各種娯楽施設、その従業員と家族用の生活のための都市が建設されている。何等かの事態が発生した場合、ジークブルク市での即応要員は突発的事態への対応が求められる。

 

 弾薬輸送用に計画されたアウトバーンは街から外れた所を通るがそれでも事故が起これば住民被害が起こり得る。利用するアウトバーン自体の封鎖もあるし、実弾使用のための騒音もある。予め通知はしているがそれでも通告して放置と言う訳にもいかない。

 

 そのため、地域調整連絡室の人員は演習場における事件処理要員、都市での再度の通知及び突発事態への対処要員、弾薬輸送中の事件対処用の同行要員に別れる事になる。

 

 演習場でのトラブル対処については分室のスモラレク准尉が任じられた。二等兵から昇進した定年間近のために配属されたような人物だ。軍歴と軍功はあるので相手軍人から一定の敬意は与えれられるだろうために演習場に待機させる。

 

 ジークブルク市での対処要員は私しか適任がいない。こういう時に貴族の身分とコネが使える。トラブルが起きても私相手ならばいきなり揉め事にはなるまい……筈だ。

 

 弾薬庫での荷載と輸送に同行するのはノルドグレーン少尉が適任だった。弾薬輸送のための各種手続きや運搬・安全基準等法律面で精通しているためだ。一番責任重大な持ち場である事も含め、能力が最も高い人物が対応するべきであることも理由だ。

 

「そういう訳だ。済まないが一番危険のある任務だが無事やり遂げて欲しい」

 

 演習司令部の天幕のすぐ外にて、私はそう口にして各種の関連書類を手渡して命令する。実際彼女の適任であるし、下手に御願いする口調で言うよりもはっきり命令した方が相手に取っても気が楽だ。無論、命令した以上可能な限りのサポートをするのと、いざと言う時の責任を取るのは上司の役目である。

 

「はい、どうぞお任せ下さい」

 

 しかし少尉は嫌がる事なく、寧ろ望むかのように笑みを浮かべ答える。

 

「そうか。頼んだぞ?期待している」

「はっ!」

 

 敬礼して任務に向け立ち去る少尉を一瞥する。そして私もまた眼前の業務を全うするために、自身の持ち場に向かうために留め置かれたジープの後部座席に乗り込むと、運転手に目的地を伝えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 弾薬の運搬と言えば特に安全に気をつけて実施されるべき作業である。弾薬類は基本的に軍事攻撃やテロ、災害やその他の事故に備え安定した地層で鉄筋コンクリートと超硬質繊維の壁に守られた地下で、湿気に備えた換気設備、火気に備えた消火設備を装備した上で弾薬の種類ごとに区画分けされなければならない。

 

 三重のセキュリティをクリアしたら防護服を着た作業員が運搬車や運搬機械で弾薬を司令部からの書類に従って量を地上に運ぶ。ブラスター用エネルギーパックにタングステン合金製の砲弾、電磁砲用ウラン弾に誘導ミサイル、ナパーム弾、ロケット弾等が続々と地上に運び出され、慎重に各種輸送用トラックや輸送機へと積み込まれていく。

 

 後方支援基地の基地正面門のゲートにて再びセキュリティチェックを受け、車両が軍の登録を受けたものか、乗員が軍から派遣された人物か、運搬される荷物が上層部から認可を受けたものである事が確認されると遂に輸送車両はアウトバーンを走る。当然事故の危険やテロ、その他の襲撃に備え時速40キロ、護衛の対地雷・対戦車ミサイル防護能力を備えた装甲車が先導するほか周囲を護衛部隊が守る。

 

 数千両の軍用トラックが綿密な計画の元に次々に後方支援基地に到着し、弾薬を荷台に搭載して演習場へと向かう。渋滞や事故の危険、それによる燃料の無駄な消費を抑える事を達成して見せる緻密な運搬計画、それを作成した演習司令部の後方参謀達は称賛されて良い。

 

 ノルドグレーン少尉もまた、弾薬輸送任務に携わる一員として後方支援基地やアウトバーンをジープに乗りながら職務を全うしていた。後方支援部隊と協力してセキュリティと安全管理に携わり、道路の警備や利用住民への迂回の説明と連絡を行う。

 

 彼女は自身に課せられた役目を、まずは十全に果たしたと言えるだろう。3月14日0900時より始まった運搬作業は大したトラブルも発生せず、同日1700時までにその8割が完了しつつあった。

 

 夕暮れ時、ノルドグレーン少尉は第36武装親衛師団所属第36武装後方支援連隊の輸送トラックの車列に同行していた。

 

「そろそろ弾運びも終わりですね。いやぁ、問題なく終わって良かったものです」

 

 ジープに相席する憲兵が漸く終わった、とばかりに気を抜いた返事をする。

 

「確かにもうすぐ任務完了ですがまだ終了ではありません。気を抜かないで下さい。寧ろ疲労が溜まり、日が暮れて視界が暗くなる今の時間帯の方が事故や襲撃の危険が高まっている事を忘れないで下さい」

 

 礼節を持って、しかし淡々と、鋭い口調でそう答える上官に相席する方と、運転する憲兵が苦笑いする。

 

「確かにそうですが、少々気を張り過ぎでは?」

「いえ、あの部隊が対象でしたら寧ろそれくらい当然です」

「それは……まぁ、分からない事もありませんが……」

 

 第36武装親衛師団の悪評は彼らも散々知っているし、実際この演習任務中も不祥事やトラブルで手を何度も焼いてきたので反論するのは困難であった。特に一部の者達は制限速度を大幅に越えてトラックを走らせたりしたため危うく前方の同盟軍の車両に追突しかけた。これはギリギリで停まったから良かったものの、当の運転手は悪びれもせずに自身の運転テクニックを誇る有様だった。

 

「彼らがまた不祥事を起こせば、それは現場にいる私達の責任でもあります。……心外ですが、少なくとも市民はそう繋げる可能性も否定出来ません。我々はそれを監視し、事前に摘み取る事もまたこの場にいる任務なのですよ」

 

 その説明に同乗する憲兵達も神妙な顔つきになる。憲兵隊員は秩序の守護者だ。軍規を正し、一部の恥ずべき軍人から市民を守護するのが使命であり、実際それを求めて志願する者も少なくない。

 

 勘違いされる事も多いが憲兵隊は部隊ごとに設置され、また治安の悪い地域や軍規の行き届かない問題部隊にも重点的に配備される。そのために憲兵隊の半分以上は前線や危険な任地についている。いざという時素手で制圧する必要もあるために訓練も厳しい。決して楽に軍務に就きたいからと憲兵隊に配属される者は殆どいないのだ。故に憲兵隊に不真面目な者は殆どいない。

 

 尤も、それもノルドグレーン少尉にとっては一種の方便であったが。

 

(そうです。我々の責任です。……私と若様の責任です)

 

 それ故に不祥事の放置は許されないのだ。対応すべき不祥事が起こればその分「主人」が矢面に立たなければならず、そのような事態を放置し、「主人」の手を煩わす自身の責任になる。それ故に監視する。

 

 特に少尉は第36武装親衛師団が不快であった。品が無く、軍規が緩み、だらしなく、何よりもあらゆる雑多な種族が混ざった掃き溜めのような部隊であったためだ。帝国軍や亡命軍一般部隊のように種族的均一性もなく、同盟軍のように秩序もない。その癖実戦経験を誇る事ばかりして鼻について仕方ない。

 

「実戦経験が何なのですか……」

 

小さく少尉は呟く。

 

 特に最後が不快に過ぎる。実戦を知らない事の何が悪いと言うのか?当て付けなのか?屈辱だ。自身の何がいけないのと言うのか?自身の方が「付き人」の持つべき能力は上だと言うのに………。

 

「………っ!」

 

 そこまで思い浮かべ、不遜な考えを振り払う。そんな事を考える暇は無い筈だ。それにそんな事を考えるべきではない。何も考えるな。唯、自身の職務を、「役目」を果たせば良いだけだ。そうだ、それでいいのだ。ちゃんと「役目」さえ果たせば自身が疎まれる理由も、外される理由もない。有る筈がない……!

 

 そこまで考えていると車列から数台のトラックが抜け、反対車線の路肩に停車するのが見えた。何やらトラックから降りた乗員と数名の護衛が話し出す。

 

「……失礼、何をしているのです?」

 

 ジープを近くに停めさせ、彼女は降りるとそう質問した。

 

「いえ、彼らが言うにはどうやらトラックの調子が悪いようで、メンテがしたいそうです」

 

護衛の装甲車から降りた兵長が少尉の質問に答える。

 

「そうですか。迅速にお願いします。輸送計画に齟齬を出す訳には行きません」

 

 どうやら他の車列は彼らをおいて演習場に向かうらしくそのまま次々と通り過ぎる。

 

「少尉、我々は……」

「ここに待機しましょう。こういうトラブルのために我々がいます」

 

相席していた憲兵が降車して尋ねるので少尉は答える。

 

 数台のトラックの乗員が工具箱を手に、トラックのボンネットを開き始める。

 

「たく……整備くらいしておけ」

 

 護衛の兵士達が装甲車に体重を乗せながら面倒臭そうに待機する。一人に至っては煙草を吸い始めた。

 

「護衛が気を緩めるものではありませんよ」

「そういいましても、こんな場所で襲撃なんて有り得んでしょ?」

 

 護衛に少尉が注意をするが、兵士達は誤魔化すような笑みを浮かべお喋りを始めた。呆れたものだ。これだから同盟の市民兵達は……内心で悪態をつきつつ、ノルドグレーン少尉のみが真剣に周囲を警戒していた。

 

 車列が完全に見えなくなる。暫くアウトバーンにはお喋りと工具の音のみが聞こえる静かな時間が流れる。

 

 ノルドグレーン少尉は次の車列はいつ来るのか、とふと後方支援基地に向け続く耐熱コンクリートの道に視線を向けた。

 

次の瞬間、妙に古めかしい、乾いた音が響き渡った。

 

「……?」

 

 ふと少尉は音の方向に視線を向けた。と、見ればほかの者達も同じ方向に視線を向けているようだった。見れば、そこには硝煙の煙がたなびく拳銃を手にした亡命軍兵士がいた。

 

「……あっ?」

 

 煙草を吸っていた兵士がくぐもった声を漏らした。吸い切っていない煙草を床に落とす。彼は自身の胸に手を当てる。……真っ赤な血で掌は濡れていた。

 

 兵士が倒れると共に護衛の兵士や憲兵がブラスターライフルやブラスターを構えようとした。だが同時に鳴り響く火薬銃の銃声と共に彼らは反撃する暇も与えられずに倒れる。第36武装後方支援連隊の兵士達が装備するのは旧式の小口径火薬式リボルバーであり、防弾チョッキの存在もあり致命傷を受けた者はいなかった。だがそれでも数発の弾丸を受ければ当然激痛により動くのは困難を極めた。

 

『やったか……!?』

『待て!一人残って……ぐっ!?』

 

 ジープの影から飛んできたブラスターの線条を受け一人が腕を負傷する。

 

『ちっ……よりによってあの煩い女が残りやがったか……!』

 

 ジープを挟んだ銃撃戦が始まる。尤も戦況は圧倒的に片方に優位過ぎた。

 

「く……あいつら、思いのほか正確に撃ちますね……!」

 

 流石に実戦経験があるだけか、火薬式の拳銃の分際で思いのほか正確に銃撃をしてきており、ノルドグレーン少尉は車内の無線機を取る事すら困難を極めた。

 

 尤も、相手を意外に感じていたのは敵側も同様であったが。戦闘処女の子煩い貴族様の御守りと思えば一人だけ真っ先に反応してジープの影に隠れた。そしてすぐさま反撃し、既に二名負傷していた。これならば真っ先に狙い撃ちすれば良かった……!

 

「ちっ……反乱とは……!流石は掃き溜めですかっ……!」

 

 舌打ちしつつ、少尉は複数人に対してブラスター一丁で健闘して見せる。

 

だが、元々多勢に無勢、銃撃戦はそう長くは続かない。

 

「っ……!弾切れ!」

 

 すぐさまブラスターのエネルギーパックを換装しようとするが、元より命知らずな反乱兵士達は突撃する。即座に一人の胸を撃ち抜くが次の瞬間には左肩を撃ち抜かれた。

 

「ぐっ……!?」

 

肩の骨が砕かれる感覚がした。

 

 歯を食いしばり、痛みに耐えて更に一発。一人の足を撃ち抜く。だがそこに今度は右腕を撃たれその痛みでブラスターを手から落とす。

 

「痛っ………!」

 

 焼けるような痛みに耐え、血を流して震える手を伸ばし落ちたブラスターを拾おうとした所に頭部に衝撃を受けてノルドグレーン少尉は倒れこむ。反乱者達は倒れる警備兵からブラスターライフルを租借したらしく、その銃床で彼女を殴りつけたらしかった。

 

『このアマ、調子こきやがって、ぶち殺してやる……!』

『待て、こいつは確か御貴族様、しかも同盟軍だ。使えるぞ……』

 

 鈍痛により急速に意識が薄れる彼女の耳に聞き慣れない訛りが強い言葉が響く。

 

『けっ……イブンは?……畜生』

『ここに何時までもいたらバレる。さっさとこいつ乗せて逃げるぞ……!』

『よし、では当初の作戦通りに……』

 

 早くこの事態を知らせなければ、反乱だ。不祥事なんてものではない。早く伝えなければ自身の「主人」が危険だ。そうしなければ「私」の存在意義は……。  

 

 そう頭は理解しつつも、頭痛のような痛みは彼女の抵抗空しくその意識を闇の世界へと誘うのだった。

 

 

    

 

 

『ぐっ……こ、こちら同盟地上軍、ヴォルムス星域軍……ヴォルムス憲兵隊……ベリオ・イズン上等兵……同盟軍基地に繋いでくれ……は、反乱だ……亡命軍の兵士共の反乱だ……銃撃を受けた……かはっ…ぐっ……至急救援を乞う、繰り返す……』  

 

 重症の憲兵がアウトバーンに備え付けられた交通局用緊急電話回線から通達したその無線通信が演習司令部に届いたのは3月14日1815時の事であったとされる。

 




少尉も主人公に対する(作者の)呪いの巻き添えを食らった模様。取り敢えず主人公を吊るさなきゃ(使命感)

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