帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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第八話 ルーチンワークもクリエイティブな仕事もどちらも面倒なもの

「では皆さん、これより見ていただくのは基地のロジスティック部門についてです」

 

 同盟宇宙軍モーリス・サックス大尉は亡命軍教官と共に学生を引率しながら饒舌に説明を続ける。

 

「兵站については世間一般では単に補給の事くらいしか思い浮かばないと思います。しかし、皆さんも講義で知っての通り実際はそれだけではありません」

 

 兵站は平時・有事における軍の活動・機関・施設の総称だ。平時に置いては各基地・各部隊への武器・弾薬・燃料・食料・医療品・日用品の輸送・配給の手配や兵器の定期点検等、有事においては事前の計画や前線への要望に答え迅速かつ過不足無く物資を各部隊に輸送するほか、前線への後方支援基地の構築・維持、負傷兵の後送や戦死者の遺体回収、兵器の修繕等が挙げられる。

 

「知っての通り同盟軍においては兵站は後方勤務本部の管轄です。しかし、同時に忘れてはならないのは実際に物資を集積する補給基地の存在でしょう。

 

  巨大な扉が自動開閉される。サックス大尉は膨大な物質の収用されたコンテナに足を踏み入れ再びニュースキャスターのごとき説明を再開する。

 

「現在同盟宇宙軍は53個の宇宙要塞型補給基地を有しております。これらは主にハイネセンから帝国国境に構築されております。理由はナンバーフリートを始めとした宇宙艦隊の素早く、長期に渡る展開のためです。当然ながら補給物資の詰め込みには時間がかかり艦隊の航行速度にも影響を与えます。そのため同盟宇宙軍の艦隊においては最低限の物資のみを貯蔵し、会戦前に物資を各基地で補給、万全の状態になってから艦隊戦に移ります」

 

 同盟軍の宇宙要塞型補給基地はその多くが航路の辺境にある。元来距離の防壁による防衛戦を想定していた同盟宇宙軍は帝国軍に対してこれらの基地を拠点に戦隊単位でのゲリラ戦・漸減戦を構想していた。そしてこれら補給基地の分散の結果、同盟宇宙軍艦艇は航続距離を犠牲にして小型化・低コスト化を実現する事にも成功していた。

 

 実際のダゴン星域会戦では当初の想定とは違い艦隊決戦となり、以後これが同盟宇宙軍のトレンドになったもののこの補給基地の分散配備により同盟宇宙軍は帝国軍に比べ艦隊の即応化に成功したほか、後方支援の面で周辺に多くの補給基地があるためより迅速に、より柔軟に対処出来るというメリットを受けていた。

 

「これにより帝国軍の出征後にでもこちらの優位の星系での決戦を強制出来る事になった訳です」

 

 サックス大尉が質問が無いか尋ね、幼年学校の生徒達ははきはきした声と模範的な体勢の挙手で疑問をぶつける。

 

「同盟軍の主力艦隊はハイネセンに駐留していますが国境への常時展開を実施しない理由はなぜでしょう?」

 

少し幼さの残る女生徒が質問する。サックス大尉は笑みを浮かべて返答する。

 

「はい、そうですね。一つには主力艦隊の練度維持と損失回避が挙げられます。ナンバーフリートは兵員と装備の質の面で同盟軍の精鋭部隊と言えます。国境展開によりそれらに不必要な犠牲を生むことによって会戦時に帝国軍に対して不利になり得る点がまずあるでしょう」

 

生徒達の様子を見て話を続ける大尉。

 

「また、予算の面もあります。一個艦隊の艦艇は1万隻を越え兵員は100万を越えます。これらの駐留する基地の建設と維持、部隊の展開、これらのローテーションを想定すると現状に比べ多くの予算が必要となります。予算は有限、ならば現状の国境警備部隊の増強で十分と判断されたためです」

 

 そもそも帝国軍にしても距離の防壁の効果で哨戒艦隊の規模は決して大きくない。わざわざ正規艦隊を雑務に就かせるほどのものではない。

 

 もっとも、イゼルローン要塞の建設により同盟軍でも国境へのナンバーフリートの常時待機させるべきと言う意見も出ている。だが、一方そのための予算で要塞攻略のための艦隊増強、具体的には現状の11個艦隊体制を12個艦隊体制に増強した方がよいと言う意見もあり未だに答えは出ていない。

 

「私達からすれば艦隊の駐留の方がいいのだろうけど……」

 

 アレクセイは説明を聞きつつ小さな声で呟く。単に自分達の星の安全を考えればその方がよいだろう。彼の友人もそう宣う筈だ。だが亡命政府の国是としてはそんな事認められる筈もない。廻廊の向こう側の奪還は惑星住民5000万人、いや同盟領全域に離散する帰還派市民数億人の悲願だ。そのために1世紀以上戦い続け、多くの資金を費やし、同胞の協力を得てきたのだ。それを我が身可愛さで方針転換なぞ許される筈もない。同胞の犠牲を無駄に出来ない。

 

「ヴォルターは肩を竦めるんだろうな」

 

 ベアトに肩を借りて今にも死にそうな表情で医務室に向かっていた友人の情けない顔を思い浮かべる。案内役の同盟軍軍人も半分呆れ果てた顔をしていた。その様子を思い浮かべ思わず小さく笑ってしまった。

 

 決して優秀とはいえない。門閥貴族として多くの指導を受けている事もあり無能では無いが秀才とはいえる程際立っている訳でも無い。貴族としても最低限の礼儀こそ実践出来ているがそれだけだ。精神面では誇り高き貴族というより小市民に近い。父親に矯正されているがなかなか根っこは変わらないようだ。

 

 名門貴族であるが、それだけな筈の人物をしかしアレクセイはとても気に入っていた。幼馴染である事もあるが、恐らく彼が一番気に入ったのはその無頓着なところなのだろう。

 

 少なくとも彼の前ではゴールデンバウムのアレクセイではなく、普通のアレクセイとして話せるからだろう。少なくとも彼の態度は自分をさほど神聖不可侵たる皇族の一員として扱っていない事を物語る。敬語で話そうともそこに本当の意味で敬意はさほど含まれていないだろう。

 

 だからこそ気が楽だ。同時にそんな彼の事を羨ましくも思う。出自に縛られず本音を言える図太い……抜けているともいう……性格を。

 

「まぁ、他所は他所、家は家、か」

 

 当然自分がそんな事をしていい筈もない。同盟においても自身の言葉の重さは理解している。だが……だからこそ、せめて自分の近くにはあんな友人が居て欲しい。

 

「はぁ、本当に大丈夫かな。ヴォルターの奴……」

 

 呆れつつもアレクセイは再び、同盟軍人の説明に耳を傾けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 補給基地アモン・スールⅢ指令部にて警戒配置についていたオペレーターがそれに気付いた。

 

「ん?これは……おい、どう見る?」

 

そのオペレーターは隣の同僚に尋ねる。

 

「うん?これは……イレギュラーか?」

 

レーダーは、補給基地に近付く隕石を捉えていた。

 

 巨大ガス型惑星であるアモン・スールの環を形成する衛星軌道上の隕石群の総数は推定120万個に達する。当然ながらその軌道は宇宙船の航行のみならず補給基地の安全にも影響を与える。そしてその全ての軌道をデータ化・記録出来ている訳でもない。

 

「このサイズだと放置は危険だな。距離があるうちに焼いてしまうか」

 

 そう判断しオペレーターは基地守備隊の要塞砲部隊に連絡を入れる。

 

「こちら指令部索敵班、イレギュラーを発見。そちらに処理を頼みたい」

 

『イレギュラー?分かった。観測データを共有したい。送信を頼む』

 

 基地守備隊からの返答に従い観測データを送信するオペレーター。

 

『……あー、確かにこれは念のため焼いた方がいいな。全く軍人にもなってやるのが万年石の掃除とはなぁ』

 

呆れるように愚痴を言う守備隊の隊員。

 

「ははは、そういうもんじゃないさ。こんな補給基地で座っていれば給料貰えるんだ。楽でいいじゃないか?」

 

 比較的後方であり、治安も悪くないこの星系の補給基地は正直気楽な職場だ。帝国軍も、宇宙海賊やテロリストとの戦闘もない。戦死の心配が無いのはこの時代の軍人としては楽園だ。

 

『違い無いな。さて、一仕事しますかね』

 

 その通信と共に補給基地の中性子対空ビーム砲搭の一つが起動する。観測されたデータに基づき角度を調整した砲搭は次の瞬間一筋の光線を撃ち込む。

 

 基本的に動力の関係で『雷神の槌』のような要塞主砲でなくとも、通常の要塞砲は対空用のそれでも戦艦の中和磁場すら貫通するほどの高出力のを発揮する。無論、機動力の関係で要塞砲はなかなか艦艇に命中しない、しかもこのアモン・スールⅢの砲台は後方の補給基地のため旧式のまま更新されていない代物だ。だが、相手が隕石相手ならばその性能は十分だ。

 

 数秒の沈黙……次の瞬間遠方で小さな爆発の光が観測される。

 

「敵を撃破。任務完了、だな」

 

オペレーターは、ふざけるように報告する。だが……。

 

「ん?またイレギュラー?」

 

再びレーダーにデータに無い軌道を進む隕石を捉える。

 

「おい、こっちにも反応があるぞ!?」

 

別のオペレーターが報告。

 

「こっちもだ。数5……いや、6、7個……いやまだ増える!?」

 

また、別のオペレーターが驚くように叫ぶ。

 

「こっちに来ている!?」

「速い……これは自然の動きじゃないぞ!?」

「何をしている!?早く迎撃しろ!?」

 

 慌てて指令部の基地司令官代理が叫ぶ。オペレーター達は急いで守備部隊に迎撃指示を出した。

 

 幾条もの光線が暗黒の宇宙に向け撃ち込まれる。同時に遠方からの爆発の光が照らし出される。

 

「L-25宙域、M-16宙域の目標撃破!」

「Q-52宙域、V-34宙域、N-40宙域にも隕石が!」

「D-14、C-11もです!」

 

 次々と来る報告。既に補給基地に向かう隕石の数は50を越えていた。

 

「狼狽えるな!たかが石ころだ!一つ一つ撃破すればいい!」

 

 司令官代理は叫ぶように命じる。隕石迎撃の歴史はそれこそ西暦の太陽系の開発時代から続いている。その迎撃技術もノウハウも既に一種の極北に達している。たかが隕石攻撃程度、無力、とはいかぬまでも十分迎撃可能であった。

 

 実際、対空ビーム砲の迎撃で隕石の数は確実にその数を減らしていく。

 

「ふんっ、このような安い攻撃、帝国軍では無くどうせ宇宙海賊だ!この程度の攻撃で同盟軍の基地を破壊出来るものかっ!基地司令官に回線を繋げっ!」

 

 司令官代理は相手の正体を正しく看破していた。今時特殊な状況でもない限り隕石による質量攻撃なぞ簡単に無力化される。艦隊であれば回避は容易だし、要塞等の固定施設でも多数の迎撃システムがある。何なら基地の姿勢制御装置で公転速度を少しずらしてもいい。機動要塞となると大袈裟ではあるが衛星軌道を回る施設の公転速度を多少ずらす程度ならばそこまで大がかりな設備入らない。広い宇宙ではその程度のずれでも無誘導の質量攻撃の回避には十分だった。

 

 司令官代理が鼻で笑いながら自室で休息をとっている上官に報告を入れようとした次の瞬間、基地指令室を震動が襲う。

 

「うおっ……!?何事だっ!?」

「ミ、ミサイルですっ!ミサイル攻撃が命中しました!」

「馬鹿なっ!索敵班、なぜ気付かなかった!?」

 

 後方支援要員と旧式装備中心の補給基地とはいえ、宇宙海賊程度の所有するミサイルが命中するほど同盟軍の迎撃態勢は脆弱では無い筈だ。

 

「レーダーに反応なし……恐らく新式のステルスミサイルと想定されます!」

「馬鹿なっ!?宇宙海賊程度がかっ!?」

 

 宇宙暦のミサイルはレーダー透過装置とレーダー吸収塗装が為されているのが普通だ。だが同時に150年近く続く戦争でレーダー等の索敵機器も絶えず性能向上のために改良を受け、ミサイルもそれを受け改良を続ける鼬ごっことなっている。

 

 これが帝国軍の第一線で使用されるミサイルならばまだ理解出来る。後方のこの基地の索敵網を抜く事もあり得る。だが、相手は宇宙海賊の筈だ。奴らの保有する装備は大概が同盟と帝国に比べ2,3世代は遅れたものだ。同盟軍の索敵網をこんなに易々と抜けるとは思えなかった。同時に帝国軍とも思えない。強行偵察艦ならともかく、少数とはいえ艦隊が一切の感知を受けずこんな星系まで奴らが侵入するとは思えなかった。

 

「げ、迎撃だっ!レーダーが駄目なら光学機器を使え!」

 

 光学機器はレーダーに比べて古典的で非効率的な索敵方法だが、逆に対ステルス的索敵手段としては確実だ。だが……。

 

「くそっ!A-7,D-2砲塔破壊されました!」

「C-2砲塔大破っ!奴らこちらの迎撃手段を潰しに来やがった」

 

 対空ビーム砲塔は光学手段で発見したミサイルの迎撃を始める。だが、光学手段は発見の効率……特に発見可能距離の面で圧倒的に不利であり、1つ、2つとビーム砲塔は破壊されていく。

 

「おのれ……!」

「司令官代理っ!敵艦隊発見っ!」

 

 怒りに震える司令官代理にオペレーターの報告。指令室の液晶画面が敵艦隊の姿を映し出す。司令官代理の推測は正解だった。敵艦隊の艦艇は武装民間船や同盟や帝国軍の旧式戦闘艦艇やスクラップの継ぎ接ぎだ。御丁寧に艦首に髑髏まで書いてくれている。

 

「海賊風情が舐めた真似をっ……!!防衛部隊に連絡!対艦ミサイルでデブリにしてやれっ!」

「隕石、至近……来ますっ!」

 

 司令官代理が反撃命令を下そうとすると同時にオペレーターが悲鳴に近い声で報告する。

 

「さっさと撃ち落とせっ!」

「砲塔の死角です!」

 

 補給基地の対空砲塔は死角が出来ないように、それぞれの砲塔が援護出来るよう計算され設置されている。だが、当然の事だが砲塔が破壊されれば迎撃の死角はどうしても出来る。ミサイル攻撃により砲塔が破壊されたため生まれた死角に縫うように突入する隕石を破壊するのは簡単ではない。あるいは海賊側は迎撃網の、相互に援護する砲塔の射線を観測するためにわざと最初に隕石群を突入させたのかも知れない。

 

「駄目ですっ!迎撃間に合いませんっ!衝突まで30秒!」

 

 補給基地各所のスラスターを起動させ公転速度を変更する時間的余裕は無かった。たかが海賊の質量攻撃と考え事前にその準備をしていなかったからだ。

 

「馬鹿な……こんな時代遅れの攻撃で……」

 

 唖然とする司令官代理。だが、すぐに我に返り行うべき指示を出す。

 

「っ……衝突箇所を予測しろっ!対象ブロックから兵員を退避させろっ!エアロックの準備!通信士!基地全域に衝撃の警告をっ!」

「り、了解っ!」

 

 動揺しつつも命令を素早く実施する司令部要員。腐っても彼らは同盟宇宙軍の軍人、戦争のプロだ。与えられた命令には迅速に対応する。

 

「け、計算結果でましたっ!これは……基地Dブロック、第3コンテナ倉庫外壁付近です!」

「同ブロック要員に連絡!避難命令をっ!」

「隕石衝突、来ます!」

 

 その報告とほぼ同時にアモン・スールⅢに直径112.4メートルの隕石が衝突する。補給基地全体を地震のような揺れが襲う。司令部要員は悲鳴を上げ倒れ込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ミサイルの下りはカプチェランカでラインハルトとキルヒアイスの会話を元に考えました」(ハードウェアのいたちごっこ)。







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