帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第八十二話 職場で親族と会うと何か気恥ずかしくなるもの

 宇宙暦785年4月8日1620時、ダゴン星系外縁部にて銀河帝国軍宇宙軍隠密偵察艦「A-487」は多数の重力異常を探知した。

 

 艦長は口にしていた珈琲の紙コップを手元から落とし驚愕の表情を表すと、すぐさま怒声を上げて観測命令を下す。

 

 レーダー透過装置とステルス塗装、熱処理塗装の為された「A-487」は自衛用の最小限の武装しか装備していない。

 

 だがそれで良いのだ。この艦の最大の武器はその各種観測装置及び通信装備である。艦首部の超高性能光学カメラやレーダー、熱探知装置、赤外線探知装置、金属探知装置、通信傍受装置等が最大出力でいきなり現れた未確認勢力……否、自由惑星同盟を僭称する叛徒共の大艦隊の総数と展開、所属部隊の情報を集める。

 

「総数三万……いや、四万…まだ増える……!」

「所属部隊……第三艦隊、第一一艦隊……第二艦隊のナンバーを確認!」

「反乱軍の無線通信量急激に増加!記録及び解析を開始します……!」

 

艦橋では兵士達が矢継ぎ早に報告をしていく。

 

「よし、要塞司令部に秘匿通信!1220時、ダゴン星系6-8-1宙域にて我反乱軍を捕捉せり!」

 

 艦長からの命令に従い通信士がイゼルローン要塞に向け暗号化させ傍受の可能性の低い秘匿通信にて連絡を行う。

 

「よし、本艦はこれより反乱軍を追跡、可能な限りの情報収集を……」

「艦長!高エネルギー反応!直撃来ます!」

 

 報告とほぼ同時だった。たとえ隠密偵察を主眼に置いた偵察艦とはいえこの数の艦艇の索敵を完全に潜り抜けるのは簡単ではなく、不運にも「A-487」は余りに大艦隊に近すぎた。結果、索敵と通信を逆探知され大艦隊の先鋒部隊の集中砲火を受けたのだ。

 

 避ける暇なぞ無かった。中性子ビームの雨に飲み込まれた「A-487」はまず展開していたエネルギー中和磁場発生装置の出力を越えたエネルギーの奔流を受けシールドを撃ち抜かれた。そしてその船体に塗られた対レーザーコーティングを瞬時に蒸発させた。特殊合金と金属繊維による複合装甲を光条が貫通し、爆炎が艦内を一瞬のうちに飲み込んだ。

 

 酸素は燃焼し、破損した核融合炉は炉内のエネルギーを外部へと吐き出した。偵察艦は瞬時に数億度の火球に変貌し、内在した一切合切を全て原子に還元したのだった………。

 

 

 

 

 

 

 ワープアウトと同時に各種の索敵機器により発見した周辺の偵察部隊を「草刈り」していく同盟軍遠征艦隊。各司令部の航海課の精力的な努力の結果、当初の予定より十時間以上早い到達であった。しかし奇襲から始まった虐殺に近い一方的な戦闘でありながら遠征軍総司令部も、まして各艦隊司令部の人員も誰一人として歓声を上げる者はいなかった。

 

「やはり、早期に通報されたな」

 

 第三艦隊旗艦「モンテローザ」艦橋で腕を組むヴァンデグリフト中将は苦虫を噛む。本来ならば逆探知と反撃に備え偵察艦はある程度距離を取ってから接敵を友軍に連絡する。そうで無ければ自殺行為に等しい。

 

 帝国軍の偵察部隊は撃沈の危険を一切気にせずに友軍に通達した。自己を犠牲にしてでも軍全体へ危機を通達したのだ。即ち、偵察部隊は帝国軍に体勢を整える貴重な時間をその命と引き換えに提供した事を意味する。

 

「遠征軍総司令部より連絡、帝国軍警戒網に接触。全部隊は警戒を厳と為し、第二級戦闘体制に移行せよ」

 

 通信士の連絡にヴァンデグリフト中将は参謀長ロウマン少将と顔を合わせて頷きあう。

 

「恐らく回廊出入口に展開する帝国軍は一個艦隊、遭遇は12時間以内であると想定されます。総司令部との打ち合わせの通り艦隊の隊列を整えつつ、割り当て宙域への偵察部隊を展開しましょう」

「うむ、各分艦隊及び直轄部隊との通信を繋げ、後方支援部隊及び陸戦隊は兵站拠点の設置を開始、機動艦隊は偵察機を展開せよ!」

 

 ヴァンデグリフト中将の命令に従い第三艦隊は周辺に警戒網を展開、後方支援部隊と陸戦隊がダゴン星系第一一惑星第四衛星に兵站基地を設置する。そちらに若干の警備部隊を残置しつつ主力はダゴン星系を横断する形で進軍する。第二・第一一艦隊も同じくワープ時に出来た隊列の乱れを整えつつ前進を開始する。遠征軍司令部及び各種独立部隊からなる予備戦力はその後方に陣取る。

 

「では我々も仕事に移るとするか」

「り、了解……」

 

 艦橋の端で柱にもたれながら私は今にも死にそうな口調で返答する。うう……大型艦だからまだ艦自体が安定して酔いにくいが、それでも正直何度もワープされたら気持ち悪い。

 

 事務に移るスタッフ達が擦れ違い様に何だあれ、とちらりと見るが流石にもう衛生兵を呼ぶ者はいない。どうやらここ数日で慣れたようだった(最初の頃は何度も医務室に連行された)。

 

「……本当に大丈夫かね?」

 

 ロボス少将が心底心配そうに尋ねる。まぁ超光速航行する度にこうなれば仕方ない。

 

「いえ、流石に慣れてきましたので………うん…はい、いけます」

 

 十分程休憩すればどうにか気分も改善されて職務可能な状態になる。

 

「そうか、では中尉には宙域情報の整理と連絡をしてもらおう」

「……了解です」

 

少々弱弱しくも、私は敬礼して命令を承諾した。

 

 そんな訳で私とベアトは乱れた隊列の整理と情報課や偵察部隊から提供された情報を基に各部隊に航行上の障害の報告と対策を通達していく。既に通信にはノイズが混じり始め、各部隊は通信の出力を上げねばならなかった。通信システムやデータリンクに対する帝国軍の電子戦も始まる。後方支援部隊の電子戦部隊を中心とした部隊は見えない攻撃への対処と反撃に移る。

 

 電子の海で静かに暗闘を続けていく中で日付は変わり4月9日0250時、ダゴン星系回廊側外縁部にて亡命軍所属のモスグリーン塗装の為された帝国標準型巡航艦が二八光秒の距離にて一万隻を越える帝国軍艦隊を捕捉したとの情報が入る。本隊との距離はこの時点で凡そ二光時であった。

 

「来たな」

「敵艦隊の部隊番号を確認しろ……!」

 

 参謀達が叫ぶ。巡航艦から送られた映像が艦橋スクリーンに表示される。漆黒の宇宙一面に銀色に光る点が映し出される。

 

「帝国軍の部隊番号を確認……グライフス大将指揮下、帝国軍第二竜騎兵艦隊と推定……!」

 

 情報分析班が艦隊編成や艦艇に振られた番号や識別信号、傍受した通信内容から敵艦隊の部隊名と指揮官を導き出す。

 

「艦隊戦、か……」

 

 第三艦隊旗艦「モンテローザ」艦橋のデスクで作業するロボス少将の傍らで私は小さく呟いた。私にとっては文字通り一兵士として参戦する初めての宇宙戦闘であった。

 

「そう緊張する必要はない。艦隊旗艦が前に出る事はないし、仮に砲火に晒されようともこの艦の中和磁場の出力と装甲の厚さはほかの艦艇の数倍はある、そうそう沈みはせんよ」

 

 青い顔をする私に安心させるようにふくよかな顔で笑みを浮かべる航海参謀な叔父殿。

 

「だと、いいのですが……」

 

 うん、原作のアイアース級はガンガン沈んでいたね。獅子帝だからね、仕方ないね。

 

 帝国軍第二竜騎兵艦隊はイゼルローン回廊入り口内部に展開する。狭い回廊内であることと航行の難所であるダゴン星系の地理的状況から三倍の戦力を有していたとしても正面からの戦闘は決して簡単なものではない。

 

 同盟軍はイゼルローン回廊同盟側出入口に全軍を展開させる。万一帝国軍が回廊から出てくれば半包囲出来る体勢だ。尤も、それが分かって態態出てくるとは思えないが……。

 

 4月9日0945時頃、同盟軍は帝国軍に対して攻勢を始めた。同盟軍の主力となるのは第三艦隊の艦艇一万四五〇〇隻である。一方相対する第二竜騎兵艦隊は艦艇一万四八〇〇隻、戦力的にはほぼ同等であるが同盟軍にはまだ二個艦隊を中核とした予備戦力が控えている。

 

 これ自体は予め予定された計画であった。回廊内での戦闘を第一一艦隊が、帝国軍主力艦隊との戦闘を第二艦隊が、司令部直轄艦隊や独立艦隊は予備戦力として必要であり、数も足りない。よって第三艦隊が最初に殴り込みをかけるのだ。

 

 第三艦隊の副司令官オーギュスト・ルフェーブル少将が指揮を執る第二分艦隊及び第三分艦隊が前進する。ルフェーブル少将は気難く頑固な性格で知られるが二等兵から提督となった歴戦の宿将で二度の名誉勲章と一度の自由戦士勲章を受勲した名将だ。

 

 司令官・副司令官共に叩き上げと言うのは他の正規艦隊には無い特徴である。建国以来最前線で同盟の盾として、矛として多くの武功に恵まれた精鋭艦隊は他の艦隊に比べ実戦主義の気風があり幹部にも叩き上げ軍人が多かった。

 

 第二・三分艦隊が戦列を整え前進する中、第四・第五分艦隊は後方で支援と交代要員を務め、第一分艦隊は最後衛で指揮と予備戦力を兼ねる。

 

 通信士、索敵班以外は誰も口を開かない。映像やレーダー上ではゆっくりと、実際はマッハを越える高速で両軍は接敵する。

 

 艦橋内に緊張が走る。索敵班が刻一刻と近づく距離を報告する。

 

「砲撃戦用意……」

 

 ヴァンデグリフト中将は右手をあげて、義務的にそう告げる。

 

 そして長距離砲の有効射程内、約二〇光秒の距離に入ると共に彼は命じた。

 

「砲撃開始っ!」

 

 老提督の号令と同時に戦艦や巡航艦の数万という砲門から一斉に中性子ビームの雨が回廊の向こう側に撃ち込まれた。そして……やや遅れて帝国軍から返礼の砲火が叩き込まれる。

 

「……!!」

 

 旗艦はかなり後方に展開しているために砲火が来る事が無い事は理解していたが、それでもスクリーンからこちらに向け放たれる無数の光条に一瞬私はたじろいだ。

 

 そして砲火が当たらない、と言うのは部分的にではあるが最前列の部隊も同様であった。当然のように互いに高速で移動し未来座標の予測が困難な遠距離砲撃では砲撃の大半は漆黒の闇に消えていく。

 

 それでも五、六発に一発程度ならば命中するが強固に互いをカバーし合うエネルギー中和磁場の多重結界の前に砲撃の殆どは受け止められる。それをも運良く貫通しても艦艇表面の対ビームコーティングと複合合金装甲を貫き艦艇に致命的ダメージを与えるのは非常に難しい。

 

 実際第一撃で双方共に喪失艦艇も、損傷艦艇も発生しなかった。だが、それも今だけの話だ。

 

 軍艦同士の砲撃戦では火力の集中が勝敗を左右する。即ち部隊間で単一目標を集中攻撃し、その中和磁場に限界まで負荷をかける。そして交代する前に撃破するのだ。

 

 そのために重要なのは砲撃の命中精度と隊ないし群単位の連携である。特に連携はデータリンクと艦隊運動が鍵になる。部隊間で相互に通信し目標を絞り各種センサーで敵艦艇の座標を精査しそこから未来位置を予測する。そして敵の砲撃を回避しつつ優位な位置を確保し砲撃のタイミングと合わせる。中和磁場に負荷のかかった艦艇、損傷艦は支援を受けつつ迅速に後退して空白を他艦が埋める。

 

 砲戦から数分経過し、最前線では遂に損害が生じ始める。

 

 第三艦隊で最初に犠牲となったのは第81戦隊第561巡航群所属の巡航艦「ネイリーズ」だった。帝国軍の数隻の巡航艦の砲撃を集中して受け中和磁場は限界に達する。援護を受けようにも同じ561巡航群所属の艦艇は帝国軍の連携した牽制砲撃の前にその動きを封じられる。

 

 次々と撃ちこまれる帝国軍巡航艦の砲撃は砲門数こそ少ないがその口径と核融合炉の出力から同盟軍のそれよりも一撃の火力は大きい。「ネイリーズ」は中和磁場の出力を限界まで上げると共に回避運動に専念する。一発を面舵を取り回避し、同時に来る二発を急激に船体を傾けて紙一重で避ける。続いて来る一発は参戦してきた戦艦「アイフェルドルフ」のものだった。巡航艦のそれとは比較にならない火力の前に中和磁場は貫通し、船体を貫いた。

 

 内部で巻きおこる破壊の嵐。それでも艦のダメージコントロールシステムは隔壁の封鎖と消火剤の噴出、無人ドローンによる応急処置が自動で行われる。艦長は声を荒げて混乱する艦橋を落ち着かせ命令を下した。それに従い艦内乗員の内ダメコン要員が宇宙服を着て艦の修繕に向かい、砲術要員は反撃の砲撃を、航海長は続く砲撃を避けながら後方に下がろうとする。

 

 だが、全ては手遅れだ。続く巡航艦三隻の集中砲火を手負いの「ネイリーズ」が避ける、あるいは耐えきる事は出来なかった。艦首に命中した光条は船体を貫通し、核融合炉を爆散させる。真っ二つに爆発する「ネイリーズ」はその内部から大量の船体の破片や有機物を吐き出し、次いで二度目の爆発の後にはそこには完全な虚無しか無かった。

 

 しかし空いた穴にはすぐさま第561巡航群所属の「コイピン」が滑り込み戦列を維持する。第561巡航群は復讐とばかりに撃ち合う帝国軍第819巡航群所属の「ルールモントⅢ」を原子に還元する。

 

 同じような事は戦線各所で起きていた。帝国軍巡航艦「ムへール」が大破し、そこに集中砲火を受け爆沈する。同盟軍の戦艦「アハルネス」は帝国軍の戦艦二隻の巧妙な連携の前に回避運動を阻害され中和磁場を削り取られ撃破された。帝国軍の高速戦艦「ゲフレース」は既に一隻の巡航艦を撃沈していたが経験の浅い艦長が気負う余りに戦列から突出した所を第143戦艦群の集中砲火で蜂の巣となった。

 

 戦局は一進一退、それが変化するのは砲撃距離が一〇光秒の距離に差し掛かった頃である。レーザー砲装備の同盟軍駆逐艦が一斉に戦列に参加する。たちまち火力は数倍のものとなり最前列の帝国軍艦艇十数隻が瞬時に火球と化した。

 

 だが、流石は正規軍である。すぐさま体勢を立て直すと戦艦部隊が前に出て中和磁場の出力を最大にする。戦艦が防御に徹し、そこを巡航艦や高速戦艦が中距離からの狙撃を始める。狙いは中和磁場も装甲も薄い駆逐艦である。小回りの利く駆逐艦部隊は舞うように砲撃を回避するが巧緻な連携を行う帝国軍部隊により集中攻撃を受けた何隻かは袋叩きにあってしまう。

 

 1100時、膠着していた戦況の中、帝国軍艦隊は回廊の奥へと三光秒程後退する。

 

「誘い込んでいるな」

 

 ちらりとデスクから視線を移せば艦橋の司令官席で腕を組むヴァンデグリフト中将はロウマン参謀長に呟いた。

 

「はい、ですがここで引いては意味がありません。ここは敢えて前進させましょう」

「うむ、第二・三分艦隊は進撃を停止!第五分艦隊を突入させる!」

 

 狭い回廊内にいきなり大軍を突っ込ませれば身動きが取れなくなるし、第二・三分艦隊は多少とはいえ損害を負い、エネルギーを消費していた。無傷であり、機動力に優れた第五分艦隊を突入させる判断は誤りではない。

 

 パウエル少将指揮下の第五分艦隊二五二〇隻が一斉に突入する。パウエル少将は攻守のバランスの取れた良将であり、部下を良く統率し、攻勢では勇猛、防戦では粘り強い働きを見せる。回廊突入にはうってつけの指揮官だ。

 

 回廊奥に後退した帝国軍艦隊戦闘集団は回廊の危険宙域ぎりぎりの表面に広く展開し、回廊入口に差し掛かった第五分艦隊先頭集団に一斉に砲火を浴びせた。それはある種の十字砲火である。突入部隊は少なからず損害を出さざる得ない、少なくとも戦況スクリーンを見ていた私はそう考えた。

 

だが………。

 

「げっ、よくあの砲火を避けるな……!」

 

 思わず私は感嘆と呆れを混ぜ合わせた感想を口にした。実際、相当綿密に計算されたのだろう帝国軍の十字砲火の火線は、しかしその殆どが虚空をすり抜けるばかりだった。同盟軍艦隊の進軍速度が帝国軍の想定よりも早すぎ、砲撃の座標修正が間に合わないのだ。

 

 先頭集団である同盟軍第94戦隊は巡航艦と駆逐艦を中核とした高速機動部隊だ。司令官キャボット准将は粗野な印象を受けるが、その実艦隊運用統合研究科出身、士官学校を卒業席次26位の上位卒業者という煌びやかなエリート士官だった。つい三か月前に准将に昇進したばかりの人物であり、どのような激しい砲火の中でも躊躇なく突き進む恐れ知らずで陣形転換や戦術眼にも優れる。

 

 砲撃の雨を全速力で抜ける第94戦隊はそのまま正面の駆逐艦部隊に肉薄する。恐らくは十字砲火で足止めし、駆逐艦の瞬間火力で一気に前方集団を圧殺するつもりだったのだろう。だが、既に狩る側と狩られる側の立場は逆転していた。

 

 巡航艦が中性子ビーム砲とミサイルを撃ちまくり、その迎撃に気を取られている内に駆逐艦部隊が素早く帝国軍の陣形に躍り込む。同盟軍駆逐艦は側面や後方にも副砲を多数保有しており乱戦でも多くの強みを発揮出来た。

 

 一方、帝国軍駆逐艦はミサイルや電磁砲等の遠方への火力投射には優れるが小型艦同士の乱戦には向かない設計であった。そしてその設計思想の差はここでは致命的と言えた。

 

 帝国軍先鋒集団の中で同盟軍駆逐艦が存分に暴れ回る。瞬く間に数十隻の帝国軍駆逐艦が同盟軍駆逐艦側面に装備された光子レーザーの集中攻撃を受け爆散した。装甲が薄く誘爆しやすいミサイルを多数装備する故の脆さである。そこを第五分艦隊本隊が前進して混乱する帝国軍前衛を削り取る。

 

 戦局は一気に同盟軍に傾く……誰もがそう思った。だが……。

 

 次の瞬間第五分艦隊の各所で次々と爆発の光が生まれる。近距離で起爆したレーザー水爆ミサイルの光であった。

 

「ちぃ!やはり潜んでいたか!」

 

 ロウマン少将が舌打ちする。暗礁宙域や艦艇の残骸から飛び出すように現れるのは全長五十メートル余りの雷撃艇やミサイル艇等の所謂大型戦闘艇部隊であった。単座式戦闘艇に比べて機動力に劣り、戦闘艦と違い恒星間航行能力を持たないものの火力では前者に、小回りでは後者に勝る。回廊内の戦闘にて帝国軍が大型戦闘艇を用いて奇襲・一撃離脱戦法を多用する事は珍しい事ではない。

 

 同盟軍各部隊は気が狂ったかのように対空レーザー砲や対空ミサイルを撃つが大半の雷撃艇やミサイル艇は悠々とそれらを回避し、中和磁場では防げない爆弾やミサイル、あるいは電磁砲と言った実弾兵器を撃ち込み素早く後退する。中には機雷艇が機雷をばら撒く事で艦の動きを封じ、そこに数隻がかりでレーザー水爆ミサイルを撃ち込み戦艦を吹き飛ばす手練れの部隊まであった。

 

 一時的に戦局は帝国軍に傾いた。だがそれもまた長くは続かなかった。猛威を振るっていた戦闘艇部隊は後方の航空母艦から発進した空戦隊や各艦の保有する直掩部隊の単座式戦闘艇「スパルタニアン」、あるいはその一世代前の「グラディエーター」の前に次々と撃破される。

 

 流石に大型戦闘艇では機動力で相手にならず、かといって装甲も薄いのだ。当然の帰結であった。帝国軍の大型戦闘艇部隊は慌てて後退、帝国軍本隊からは白く輝く「ワルキューレ」が何百機と発進して「スパルタニアン」を迎撃する。両軍は空戦隊が空戦を繰り広げる隙に対空射撃を実施しながら艦隊を引き離す。

 

 初戦の空戦において同盟側で活躍した空戦隊はハイネセンファミリー系の熟練パイロットが多く所属する第54独立空戦隊、帝国系中心の第131独立空戦隊等だ。両空戦隊は競う合うように撃墜スコアを稼ぐ。無論、帝国側も狩られてばかりではない。寧ろ帝国側は二機一組の巧緻な連携プレーによって同盟軍空戦隊に対して少なからずの損失を与えていた。

 

 4月10日0300時、帝国軍の全面後退を以て同盟軍は回廊出入口宙域の確保に成功、第三艦隊は一旦後退し、代わりに第一一艦隊第四・五分艦隊及び亡命軍の五個駆逐群と二個戦闘艇群が回廊への進出を始めた。後方支援部隊は前線での損傷艦艇の回収と修復、救難活動、医療活動を本格化させる。この時点で同盟軍は艦艇五二五隻を、帝国軍は七二〇隻から七七〇隻を喪失した。

 

 この初戦において同盟軍は戦術的勝利を治め、全軍の指揮は高揚したと言えた。艦橋内では緊張が解れた若手将校を中心に今回の戦闘について口口に議論を始めていた。

 

 まぁ、初めての会戦で禄に仮眠も出来なかった私は士気なぞ気にせず第三艦隊が安全圏に到達したと同時に自室のベッドに潜り込んだが。……だって寝ている間に被弾したら怖いんだ仕方ないだろう……?(少しでも仮眠をとるために従士に膝枕して貰ったのは内緒、いいね?)

 

 

 

 

 

 

 

 回廊出入口の脅威を排除した後、慎重に機雷等を掃海しつつ同盟軍は回廊内に進出した。そして4月12日より帝国軍と接触、次々と制宙権を巡る小規模な戦いが連続して起きた。

 

 それは回廊内を立方体に区切った数千もの宙域を一つ一つ帝国軍と争奪する形で始まり、第1次・第2次攻略作戦においても同様に見られた現象である。狭い回廊内での制宙権確保は艦隊の展開と陣形転換の上で必須であったのだ。狭隘な回廊内部で十数隻から数千隻単位の小戦闘が一日に数十回繰り広げられる。

 

 一方、ダゴン星系の回廊出入口手前に移動した遠征軍司令部では日夜前線からの戦況の報告と情報収集、その共有と新要素を追加した作戦会議が行われていた。

 

 そして4月16日1430時、遠征軍定例会議のために第三艦隊司令部からロボス少将の付き添いで総旗艦アイアースに移乗していた私とベアトは所謂士官サロンで会議が終わるまで午後のティータイムを楽しもうとして……。

 

「うわー、会っちゃったよ」

「それはこちらの台詞だ」

 

 ソファーの上でうんざりした言葉を吐く私、対面では忌々し気に第一一艦隊航海課所属ウィレム・ホーランド中尉、つまりホラントが紙コップの珈琲を飲む。

 

「全くその通りだわ。まさかお前のような下位席次が正規艦隊司令部勤務だなんて……随分と安いポストになったものね」

 

 自動販売機から栄養ドリンクを購入して嫌味たっぷりで語るのは同じく第一一艦隊航海課所属のコーデリア・ドリンカー・コープ中尉だ。煩ぇこの野郎。婚期逃して行き遅れ……。

 

「おい、誰が行き遅れろって?」

「何でナチュラルに私の心読むんですかねぇ!?」

 

私はサトラレなのか!?

 

「何下らない事言っているのよ。……はいはいそこの犬、分かったからそう睨まないでよ」

 

 殺気を込めてコープを睨みつけ……というかブラスター抜こうとしないでマジで洒落にならんから。

 

 私がベアトに辛うじてブラスターを持つ手を解かせて横に座らせる。そして深く溜息。

 

「はぁ……それにしても、お前らとこんな所で会うとはなぁ」

 

 第一一艦隊に所属しているのは聞いていたがまさか総旗艦のサロンで会うとは思わんよ。

 

「ホラン……ホーランドも言ってたけどそれはこちらの台詞よ。田舎なカプチェランカ勤務から何をどうすれば一年後にそうなるのよ」

 

 呆れるように私の胸の略章群を栄養ドリンクを持った手で指し示す。

 

「さあな、戦神様の祝福でもあったんじゃないか?」

「どう考えても疫病神に呪われているだけだろう」

 

おい、止めろホーランド。事実を言うな、泣きそうだ。

 

「いや、けどそう言うお前も大概だろう?」

 

 元々帝国系からの嫌がらせで危険なドラゴニア星系第二惑星基地に配属、昨年の帝国軍の攻勢で基地陥落後、この次席は敗残兵の群れを組織して通信基地と補給基地計四か所を襲撃・占拠した。同盟軍接近の情報が伝達されるのを封じるばかりか占拠した通信基地経由で偽造情報まで流布し帝国軍を混乱、結果的に同盟軍はこの働きにより帝国軍への効果的な奇襲を成功させた。おかげで勲章を受け取り中尉様、6月になれば大尉様だ。

 

「ふん、あの程度の戦いなぞ危険の内に入らん。戦闘部隊との遭遇は避けたからな。敗残兵といっても地上軍や陸戦隊の戦闘要員が中心だった。帝国軍が地上戦が得意だとしても後方支援要員に遅れなぞ取らん」

「おう、お前が言うと説得力あり過ぎて困る」

 

 射撃、戦斧術、ナイフ術、徒手格闘術全て一級ないし準特級、帝国語、潜水術・狙撃・ハッキング・爆発物処理技能保有、100キロのベンチプレスを持ち上げ、長距離走・短距離走の成績は士官学校で三位内には常に入っていた。古今東西の武器を取り扱え、分隊・小隊単位の指揮も卒なくこなす。私よりも地上軍向きの癖に宇宙軍方面の講義も完璧にこなしやがる。確かにこいつならば危機でも何でも無かろう。

 

「まぁ、それは良い。だがコープ、お前まで中尉とか冗談はよしてくれよ?お前後方にいた筈だよな?」

 

 私やホーランドが帝国軍と戯れていた時にこいつは冷暖房の効いたハイネセンの第一一艦隊司令部にいた筈だぞ。折角会うと同時にマウント取ろうと思っていたのに!

 

「事務でも昇進出来る奴は昇進出来るの。筋肉に頼らないと昇進出来ないあんたらとはここの出来が違うのよ、ここが」

 

 そうこちらを小馬鹿にしたように自身の頭部を指差す。よしよしベアトキレるな。ステイ、ステイ!

 

 別に後方で一年未満で昇進したのは彼女だけではないらしい。首席のヤングブラッドは昨年12月に査閲事務の職務のみで昇進したし(書類の偽造やら不備・不正について何件か発見したらしい)、それ以外にも二、三名昇進した者がいるそうだ。例年一年以内に昇進出来るのは数名である事を考えるとその意味では我々の世代は豊作らしい。

 

「はぁ、貴方達、相変わらずねぇ。……この分だとスコットの奴が言い触らしていたネタはマジかしら?」

「スコット?アイツが何ほざいたんだよ?」

 

 戦略シミュレーション大会で同チームだったスコットも今は少尉として遠征軍付きの後方支援部隊情報処理隊に勤務している。流石に気軽に会う事は出来ないが時たまにメール位はしているが‥…。

 

「え?第三艦隊の旗艦に乗船すると同時に首輪かけたそこの犬連れて男子便所に連行したって……」

「知らない所で最大級の名誉棄損が行われている!!?……あ、いや…すみません……」

 

 流石に叫んだ。叫んでテーブルを叩いた。周囲の上官方に煩いとばかりにこっちを睨むのでしょんぼりと謝罪した後に低い声でコープに尋ねる。

 

「え、嘘だよね?冗談だよね?」

「マジマジ。メールで同期で結構広がってるわよ?あんたが男子トイレで憲兵に叱責されている動画あるけど見る?」

 

 と私物の携帯端末から動画を再生するコープ。え、あの時の動画!?ちょっ……いつ撮った!?おいこら、雑コラで傍のベアトに犬耳尻尾つけんな!私が特殊性癖みたいに見えるんですけど!?

 

「道理で最近女子の同期陣から謎のツイート無視されている訳か……!」

 

 スコット……あの糞オタクナルシストがっ!覚えてやがれ!後で筋肉バスターにかけてやる……!

 

「というか信じるなよ!?お前、私がベアトにこんな事する奴と思うのか!?」

「じゃああんたの方が受け?」

「何がっ!?」

 

 てめぇ今何想像した!?社会秩序維持局呼ぶぞ!?

 

「若様もしお望みでございましたらどうぞ御無理なさらずお申し付け下さい。この程度の仮装ならば御命令があればいつでも対応致します」

「しなくていいよ!?」

 

 スコットの雑コラ動画を見ながら極めて真面目に言わないで!ほら、コープが塵見る目でこっち見ているから!

 

「……馬鹿らしい」

 

 心底呆れ果てた口調でホーランドはこの馬鹿騒ぎが終わるまで暫く静かに珈琲をお代わりしていた。おいこら、高みの見物するな。え、憲兵さん!?煩いから黙れ?いやけどこれは…………はい。

 

 

 

 

 

 

 

 ……騒がしさに誰かに通報されたのだろう、憲兵に注意され(また私だけだった、解せぬ)、頭を下げ必死に謝罪してお帰り頂いた。

 

「はぁ……」

 

 納得出来ない気持ちを押さえて、改めて気を取り直すと休憩兼会議の終わりを先程とは打って変わり静かに待ち続ける。尤も完全に手持ちぶさたと言うわけでもなかった。何せ……。

 

「あら、3-5-3宙域の戦闘が終わったようね」

 

 情報をいち早く伝えるためにサロンに設置された前線戦況報告映像を見てコープが呟く。大型薄型テレビの液晶画面内では回廊内で入り乱れて戦う同盟軍と帝国軍の部隊が点となり表示されている。

 

「む……予想以上に早かったな。あそこは後半日は続くと思ったが」

 

意外そうにホーランドが口にし、テレビを見やる。

 

「見たところ援軍が上手くやったらしいな」

 

 私は戦況報告する画面の動きを見ながら呟く。3-5-3宙域では第61戦隊が八〇〇隻から八五〇隻程の帝国軍と交戦していた筈であった。

 

「援軍のウランフ大佐の巡航群が側面から奇襲、そこに第61戦隊が突撃……流石ウランフ大佐、と言った所かしら?」

 

 流石に普段嫌みばかり口にするコープも感嘆に近い口調で指揮官を賞賛する。

 

 士官学校卒業席次6位、第211巡航群司令官ウランフ大佐は前線での武功に恵まれた良将であり、二十年後の宇宙艦隊司令長官ないし統合作戦本部長候補の一人である。既に回廊内での一連の戦いにて二十回近く戦闘に参加し、その大半で勝利していた。勝利していない戦いにしても引き分けないし、戦力差からの戦略的撤退と言えるものだ。

 

「大佐もそうだが、此度は下級指揮官まで優秀な将ばかりだ。今回の回廊内の戦いはスムーズに終わりそうだな」

 

 ブラックの珈琲を口に含んだ後、仏頂面でホーランドが語る。第1次攻防戦では制宙権確保に五週間、第二次攻防戦でも四週間半の日数がかかっていた。だが、此度の戦いでは恐らく三週間かからずに要塞正面まで辿り着けそうであった。前線で活躍する下級指揮官や艦長は同盟軍の中でも優秀な者達で固められ、しかもこの遠征に備え回廊内での戦闘訓練を存分に積んでいた。

 

「まぁ、どうせ帝国軍にとっては計画の誤差の範囲でしょうけど、問題は……」

「要塞だな」

 

コープから話を受け継ぐようにホーランドが口を開く。

 

「あの規模の要塞だ。要塞自体の姿勢制御機能と回廊の特性、そこに艦隊も相まって大型質量兵器は使い物にならん。光学兵器は弾かれ、ミサイル等も威力が足りん。辛うじて開けた穴に入れば装甲擲弾兵の大軍が待ち構えている」

 

 イゼルローン要塞表面は耐ビーム用鏡面処理を施した超硬度鋼、結晶繊維、スーパーセラミックの四重複合装甲で形成され、更に表面を深さ一一〇メートルの流体金属の「海」で覆われている。流体金属の「海」の下には現状の最新情報では一万五〇〇〇門の浮遊砲台、一二〇〇基の索敵レーダー、六〇〇基の戦闘艇射出機が設置されている事が確認されている。この表面を吹き飛ばして要塞内部に陸戦部隊を揚陸させたとしても迷路のように入り組んだ構造、無数の無人防衛システム、増強された分も含めた軽装陸戦隊三〇万、装甲擲弾兵団一〇万が控える。

 

 特に増強された装甲擲弾兵第三軍団は別名を「復讐軍」と称される精鋭部隊の一つであり、装甲擲弾兵副総監を兼ねるオフレッサー大将の直属部隊だ。仮に要塞を完全制圧するつもりなら最低でも八〇万の陸戦部隊は必要であろう。

 

「別に今回の遠征は要塞を取ってこい、という訳ではないわ。艦隊に打撃を与えてこい、要塞の情報を集めてこい、可能ならば土産に表面に穴を開けてこい、「雷神の槌」は撃たれるな、というのが軍部と最高評議会のお達しよ。尤もそれ自体が相当難易度が高いのだけれど」

 

 何気にハードモードな注文ではあるが、実際ここ数年劣勢状態にあった同盟にとっては軍事的にも、国民の支持、財政的にも必要な処置ではあった。尤も、失敗すれば再び同盟軍は苦境に喘ぐ事になるだろう。

 

(……駄目だと知る身からすれば辛い話だな)

 

 原作では記されていないから詳しくは分からない。だが、数年後にエルファシル星系にまで分艦隊規模の帝国軍が進出している時点で最低でも一発くらいは「雷神の槌」を撃たれていそうな気がする。いや、可能性が高いだけで決定はしていないが……。

 

「何はともあれ、その辺りは遠征軍司令部に期待、という所ね。……話をすれば、終わったようね」

 

 そう言って珈琲入りの紙コップをテーブルに置くコープ。彼女の視線の先を見れば会議が終わったのだろう、続々と隣接する会議室から出てきた遠征軍幹部が副官や同僚と話しながら休憩のために、あるいは連れて来た部下の回収のために入室する。ヴァンデグリフト中将やロウマン少将、作戦参謀のリウ ユイレン准将と議論していた叔父がこちらを見やると司令官達に一礼してからこちらに向かう。

 

「おお、待ったかヴォル坊、ゴトフリート君。済まんな、会議が少し長引いてしまってな」

「いえ、こちらは問題ありません。少将こそ御疲れ様です」

「若様の仰る通りで御座います。少将、会議御疲れ様です」

 

ロボス少将の言に私とベアトは立ち上がり敬礼する。

 

「待たせたなコープ中尉。……それにホーランド中尉、司令部に戻る。早くしろ」

「了解です、少将」

「了解致しました」

 

 すぐ側で似たような会話があり、思わずそちらを振り向く。そして……。

 

「げっ」

 

思わずそう口に出てしまったが私は悪くない。

 

「……これはロボス少将、奇遇ですな。どうやら園児の引率のようで」

「これはフェルナンデス少将。そういう貴方は迷子の捜索ですかな?」

 

 明らかに互いに嫌味の混じった言いようであった。敵意と軽蔑を含んだ視線が交錯する。

 

 コープとホーランドの下に来たのは第一一艦隊司令部航海参謀トビアス・フェルナンデス少将だった。「長征一万光年」では恒星間探査船の一隻の艦長を務めたハイネセンファミリーの名家であり、「長征派」に属する軍人家系の出であった。ロボス、シトレ両者の同期であり、卒業席次は第3位、エリート中のエリートと言って良い。外見はどこか陰湿そうな顔立ちだった。ぶっちゃけるとどこかの魔法学校で魔法薬教えていそう。

 

 つまり何がいいたいかと言えば……あれ、これ会ったらあかんパターンじゃね?

 

「ほぅ……そこの副官、見た事がありますな」

 

 粘り気のある、声で私を蛇のように一瞥するフェルナンデス少将。

 

「ああ、そうでした。確か……コープ中尉に戦略シミュレーションで敗れたティルピッツ中尉でしたな」

 

 わざとらしくそう口にする。コープは少しだけ居心地が悪そうに眼を逸らす。おいこら逃げるな。

 

「ええ、そうです。シミュレーションで後一歩で逆転し、カプチェランカで勲功を上げて同期で最速の昇進と名誉勲章受章を成し遂げたティルピッツ中尉です」

 

 そう言ってにこやかな笑みを浮かべロボス少将は軽く私の背中を叩き背筋を伸ばさせる。私の胸の名誉勲章略章(壊れたので代用品を受け取った、因みに有料だ)が照明の光に輝く。

 

「………」

「………」

 

 互いに微笑みながら見つめ合う少将二人。だが当然のように目は笑っていない。コープはさっきから目を逸らし、ホーランドは目を閉じる。ベアトはフェルナンデス少将を敵意を持って睨み、周囲のサロンの住民は触らぬ神に祟りなし、とばかりに避難を開始した。

 

「……それにしてもロボス少将も物好きなものだ。栄えある正規艦隊、しかも格式ある第三艦隊の航海参謀という重職にありながらその副官が席次三桁、それも後半の者を指名するとは。僭越ながら身内贔屓が過ぎるのではないですかな?百万を越える兵士の命に責任を持つ立場である事をもう少し自覚すべきではありませんかな?」

 

 フェルナンデス少将がそういえば直ぐ様ロボス少将も噛みつく。

 

「いやはやこれは驚いた。少将殿ともあろう者が随分と誤解しておられるようで。この中尉はあのカプチェランカで連隊相手に生き抜いた勇士、それも負傷した友軍を見捨てずに戦い抜いたのですぞ?その姿こそまさに部下の命に責任を持つ士官として相応しい姿、到底オフィスの上で書類だけを相手にする者とは実戦における覚悟と責任が違いますぞ?」

 

 こちらもわざと大袈裟気味に語り聞かせる叔父である。ベアトはウンウンと頷く。当然相手側の少将は一層不快げに表情を歪める。

 

「……ロボス少将は随分と斬新なお考えをお持ちのようだ。参謀にあるべきはミスを犯さずに、犯してもすぐに修正出来る冷静な判断能力ですぞ?危機に陥っては二流、一流は危機を事前に回避するものです。コープ中尉はこの遠征中にも各所で参謀としての冴えを見せております。帝国軍の潜伏ポイントの想定をしてもらいましたが見事にほかのベテランスタッフと同等の、一部では上回るレベルでした。お蔭で此度の遠征に置いても進軍速度の向上の一助を担っております。そちらは実戦レベルでの功績は既に挙げましたかな?」 

「これからに期待ですな」

 

 睨み合う両者。静かで、しかし重苦しい空気が辺りを支配する。(当事者二人を除く)誰もがここから立ち去りたいと考えていた。  

 

二人が再び口を開こうとした、その時だった。

 

「ディリィちゃーん!!」

「うげっ!!?」

 

 気の抜けた声が響き、遅れて絞められた鶏のような悲鳴。二人の少将の間を抜けるように駆け寄った影は……そのままコープに飛び付いた。

 

「もー、やっと会えた~ディリィちゃ~ん!!お姉ちゃん寂しかったわよぅ~!何でウチの部署に配属にならないし、顔出しをしてくれないのぅ~!??」

 

 それは女性士官だった。二十代であろう、赤みがかる茶髪をポニーテールにした藍い瞳、相当に美人でありどことなくコープに顔立ちが似ていた。コープの顔立ちを大人にしてきつい目元を柔らかくすれば恐らくこの顔になるのだろう。首元の階級章は少佐なので恐らくは士官学校卒業生である事は間違いない。

 

「や、止めてよ姉さん……!!そんな性格だから姉さんの所には行きたくないのよ……!!っ……!お、お願い離れて!皆見てる!」

「嫌~!ディリィニウム補給しないとお姉ちゃん死んじゃう~!」

「勝手に死ね!」

 

 コープを抱きしめる女性士官はコープの頬に自身の頬を擦り付けてぎゅっ、と体を密着させる。一方コープは悲鳴を上げながらそんな女性を必死に引き離そうとする。周囲の様子に気付くと恥ずかしさからか顔を赤くして罵倒を浴びせる、が全く効果は無いらしい。

 

「「「…………」」」

 

 サロンにいた全員が口元をあんぐりと開いて視線を集中させていた。先程までの剣呑な空気をしかしその少佐は完全に無視して割り込んだばかりかコープに抱き着き、本人が嫌がるのを気にせずに頭を撫でまわして続けていたのだから。

 

 騒がしくコープに抱き着く女性は暫くするとようやく周囲の視線に気づいたようにぽかん、とした表情を作る。と、頭の上に電球が出てきそうな表情を作った後、こう口を開いた。

 

「あ、皆さんすみません!オーレリアです、オーレリア・ドリンカー・コープ少佐です!可愛い我が家のディリィがいつも御世話になっています!」

 

 痛々しい、あるいは不機嫌そうな、呆れや怪訝そうな様々な周囲の視線を一切気にしない、あるいは自覚してなさそうな屈託のない笑みを浮かべ女性は敬礼をした。

 

 コーデリア・ドリンカー・コープ中尉の姉、同盟宇宙軍第二艦隊司令部後方課参謀オーレリア・ドリンカー・コープ少佐はギャーギャーと騒いで逃げ出そうとする妹をがっちりと豊かな胸に押し付けるように抱きしめながら場の空気を完全にぶち壊したのだった。




凄い今更だけど個人的にはコープの外見は某これくしょんの陽炎型長女、コープ姉は同作品のレキシントン級二番艦だったりする

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