帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第八十五話 芸術は爆発だってばっちゃが言ってた

 決して狙っていた訳では無かったがブランシャール元帥とブランデンブルグ大将の攻撃命令はほぼ同時の事であった。

 

 両軍の艦隊の主砲が一斉に砲撃を開始し中性子ビームが、光子レーザーが、電磁砲の雨が暗黒の宇宙の果てに消え、同時に向こう側から撃ち込まれたそれが双方に襲いかかった。

 

 初撃にして両軍の各所で艦艇が爆発して数億度の火球が生み出される。だがそれは中和磁場が有効に働いていない事が理由ではない。

 

 狭い回廊内での七光秒という比較的近距離での砲撃戦、故に両軍とも初撃から電磁砲を初めとした実弾兵器を全力で投入していたがためだ。中和磁場の効かないこの手の兵器は回避運動か装甲強度で受け止めきるか以外の対策はない。そして、回廊という地形条件下においては前者はなかなか困難であった。

 

 近距離戦闘は実弾兵器が充実している帝国軍の優位となり得る距離、帝国軍駆逐艦は正面の電磁砲群とミサイル群を一斉射する。同盟軍両翼に展開する第二・一一艦隊の最前列部隊はミサイル群を対空レーザー砲で迎撃し、狭い空間で必死に回避行動を取る。だがそれにも限界がある。戦艦「メレアグロス」が正面から電磁砲を次々と受け爆沈し、巡航艦「プレーリー5号」は回避に必死になる余り同じ巡航群に所属する「モンカルム」の横腹に突っ込む。

 

「落ち着け、隊列を維持しつつ損傷艦艇から後退させろ!駆逐群は前進し防空と敵駆逐艦の撃破に専念、戦艦群は後退!隙を見せるな、押し込まれるぞ!」

 

 第二艦隊第三分艦隊第34戦隊司令官ジャック・リー・パエッタ准将は叫ぶ。厳格な准将は戦隊を自身の手足の如く完全に統率し、常人ならば陣形が崩壊してしまうだろう帝国軍の猛撃を凌ぎつつ戦隊と敵艦隊との距離を取って見せる。

 

 パエッタ准将程ではないしろ可能な限り損失を抑えながら後退する同盟軍両翼の前衛部隊。それが帝国軍を誘っている行動である事は明白であり、当然帝国軍はその動きを無視する……訳にもいかなかった。

 

 同盟軍が後退すれば砲戦は近距離戦から中距離戦へと移る。そうなれば今度は帝国軍駆逐艦はその装備の大半を封じられ、代わりに同盟軍駆逐艦群は光子レーザー砲を一方的に撃ち込む事が出来火力に数倍の差が生じるのだから。

 

瞬く間に帝国軍両翼の前方集団が火球に包まれる。だが、同時に同盟軍の誘いに乗る訳にもいかない。

 

「戦艦群を前方に押し出せ!中和磁場出力30%上昇!駆逐艦は長距離対艦ミサイルで支援に回れ!」

 

 グライフス大将の命令は的確であった。最前列で整然と壁のように隊列を組む標準戦艦による中和磁場の鉄壁の守りは同盟軍の猛攻を辛うじてではあるが防ぎきる。

 

 だがそれは同盟軍のそう仕向けた罠であった。狭い回廊内でかつ小回りの利かない大型戦艦が密集と言う状況は単座式戦闘艇にとって的でしかない。同盟軍第二艦隊第三分艦隊と第一一艦隊第四分艦隊所属のラザルス級、あるいはホワンフー級航空母艦より独立空戦隊が次々と発艦し始める。

 

 宇宙暦773年に正式採用され、同盟軍の次期主力単座式戦闘艇として配備が進められる「スパルタニアン」は単座式戦闘艇としては大型で重武装の部類に入る。ウラン238弾機関砲と低出力中性子ビーム機銃を標準装備しており、またレーザー水爆ミサイルや対艦ミサイルを装備する爆装型も存在する。

 

 同盟軍において単座式戦闘艇の存在意義は第一に艦隊決戦時における補助戦力としてであった。未だ前線に配備される「グラディエーター」、二世代前の「カタフラクト」もそうであるが同盟軍の単座式戦闘艇は帝国軍艦艇を撃破するために大型かつ重武装であり空戦よりも対艦戦闘を想定していた(また大型であるために拡張性が高く強行偵察型や救難型・工作作業型等のバリエーションが豊富だ)。

 

 対空レーザー砲や電磁対空砲でスパルタニアンを迎撃する帝国軍の戦艦。だがスパルタニアンはその砲火の前に何機かは火球となって四散するもの大半は帝国軍戦艦の中和磁場の内側に入り込み爆装型の懐に抱く一撃必殺の対艦ミサイルによる戦艦の急所を狙い撃ち、あるいは空戦型の低出力ビーム機銃が船体を切り裂き、電子装備や機関部に損失を与えその戦闘効率を低下させる。

 

『よしっ!各機、次はあのデカ物をやるぞ!』

 

 駆逐艦のミサイルポッドをビーム機銃で撃ち抜き誘爆させた中隊長は部下達に次の獲物を指し示す……とほぼ同時にその視界が光に覆われ永遠に意識を消失させた。

 

『中隊長!?うわっ………』

 

 去年専科学校を卒業したばかりの新兵が目の前で爆散した中隊長機に向け叫ぶ。だがその一瞬の意識のブレが彼の生命の明暗を分けた。続いてくるビーム機銃の光条の前に紅蓮の炎に包まれるスパルタニアン。中隊の他のパイロット達は教練通りに互いの援護が可能な距離を取りつつ散開する。

 

暗黒の宇宙に彼女達は淡く光る純白の姿で舞う。

 

 帝国軍航宙騎士団の主力単座式戦闘艇「ワルキューレ」、太古の神話で登場する戦天使の名を与えられたそれは「スパルタニアン」とは真逆の設計思想の下に生み出された機体である。

 

 哨戒や制空戦闘、艦隊防空を念頭に開発されたそれは帝国軍の財政的な余裕と戦術面での割り切りの結果だ。対艦戦闘は雷撃艇等の大型戦闘艇に任せ、ワルキューレは艦隊に襲い掛かる同盟軍の単座式戦闘艇迎撃のために機動力のみを重視していた。対艦・制空それぞれのための装備を並行して配備する余裕があり、その主任務が正規軍同士の全面戦闘より寧ろ治安維持にある帝国軍だからこそワルキューレはこの世に生み出された。これはワルキューレの一世代前の「スレイプニール」とも共通する設計思想だ。

 

 機動力を持ってアクロバティックにかつトリッキーに襲い掛かるワルキューレに対してスパルタニアンの対抗策は単純明快でありその大柄な機体によるエンジン出力、そして武装の火力による距離の引き離しと遠方からの弾幕形成だ。

 

 艦艇同士の激しい砲撃戦の間で単座式戦闘艇同士が舞うようにドッグファイトを演じる。敗者は愛機と共に暗黒の宇宙の一角で原子へと還元される。

 

砲戦から三時間経過すると敵左翼を担う第二猟兵艦隊の隊列に混乱が生じ始める。

 

「これはチャンスだな」

「はい?」

 

 未だ艦隊戦に参加していない第三艦隊旗艦「モンテローザ」の艦橋で待機していた私は戦況スクリーンを見つめる叔父の声に反応した。

 

「見よ、帝国軍の一部が浮足立っておる。痺れを切らしたのだろうな」

 

見れば第二猟兵艦隊前衛部隊には個艦や隊単位で不用意に突出する者が多々出始める。

 

「恐らくは一部の貴族将校と平民出の将校が挑発に興奮しているのだろう。このまま引き摺りこめれば良いが……」

 

 原作を見た者の多くは貴族将校は馬鹿の集まりと考えるかも知れないがそれは正しくない。貴族将校の中で無謀過ぎる戦い方をするのは第二次ティアマト会戦以降に増加した武門貴族以外の出の貴族将校くらいだ。贅沢にも幼少期より戦場経験豊富な古兵より鍛錬を受け、第一線で指揮を執ってきた老将から一対一で戦略を学ぶ武門貴族は、家自体が腐敗していない限りは誇り高く、知識量だけでなく胆力と忍耐力に富む者が大半を占める。原作で言えばミュッケンベルガーやエーレンベルグは武門の名家の出であるし、悪名高き「ミンチメーカー」ことオフレッサーも下級ではあるがかなり古い武門の出だ。

 

 寧ろ、命が惜しく、貴族としての外聞を気にしない平民将校の方がこのような命の取り合いに際して自制が効かずに恐慌状態になり、あるいは興奮状態になり突出する者が多い。

 

 尤も、逆に貴族将校は武功や勇猛さ、体面を気にするので敢えて隙を見せれば食いつきやすい傾向もあるのだが(逆に平民将校はびびりなので罠を警戒し及び腰になる)。

 

 まぁ、その話は置いといて……第二猟兵艦隊と相対する第一一艦隊は砲撃をあしらいながら更なる突出をさせようと斉射と共に後退する。帝国軍の前衛部隊は攻撃に一旦怯むと、しかし次の瞬間にはパニックになったように乱射しながら突入し始める。

 

 恐らく上位司令部は前線部隊を引き留めようと命令を発しているだろうがそこはやはり電子戦能力では同盟艦艇が帝国艦艇よりも優位であり全力で通信を妨害する。

 

 無論、帝国軍にはイゼルローン要塞がありそこから放たれる電波妨害も凄まじく通信が使い物にならないのは同盟軍も同様である。それでも同盟艦隊は光通信で相互に情報交換しながら連携し、突出する帝国軍を更に引き摺り込む。

 

 帝国軍最先鋒集団は本隊よりも四光秒も突出してしまった。次の瞬間巧妙に敷かれた第一一艦隊の十字砲火を受け瞬く間に最先鋒集団は爆炎に包まれ数十隻が撃破される。

 

『隊列を組み直せ!十数隻単位の少数団に別れ火砲の集中を避けよ!集団単位で連携しつつ本隊と合流するのだ!』

 

 同盟軍により傍受された第二猟騎兵艦隊第Ⅲ梯団司令官オスカー・フェルディナント・フォン・トゥルナイゼン少将の命令は的確であった。無線通信が中々出来ない中で暴走する各艦を辛うじて再編する手腕は決して無能ではなく、そこにグライフス大将率いる本隊が長距離砲による支援を実施すると第一一艦隊はそれ以上の攻勢は不可能であった。

 

 一方、我が方左翼、第二艦隊と要塞駐留艦隊の戦いは右翼に比べて動きは小さいが激しさは寧ろこちらの方が上であると言える。

 

 第二艦隊は第一艦隊と共に自由惑星同盟宇宙軍設立以来の歴史を持つ伝統ある艦隊であり、第一艦隊がバーラト星系から動く事が少なかったのに比べ設立初期から数多くの実戦を繰り広げた艦隊だ。艦隊決戦を念頭に入れた重武装艦隊でもあり、その火力と練度は同盟軍内でも一、二を争う。

 

 相対する要塞駐留艦隊……別名を「有翼衝撃重騎兵艦隊」と称されるこの艦隊はある意味では帝国軍において正規十八個艦隊を凌ぐ精鋭艦隊である。

 

 帝国の勢力圏を最前線にて守護するために設立されたこの艦隊は帝国全軍において皇帝直属である「白色槍騎兵艦隊」同様に最新鋭装備が優先的に配備され、帝国宇宙軍最強と称される「黒色槍騎兵艦隊」同様に士族階級や武門貴族出を中心に精兵が配属される。そして常に自艦隊を上回る敵艦隊と正面から殴り合う事を前提にした厳しい訓練を施されていた。

 

 第一一艦隊のそれよりも激しい砲火を受けながら、しかし要塞駐留艦隊は整然と隊列を維持し反撃する。司令官のブランデンブルク大将は武門貴族の出ではないが帝国を代表する良将であり、良く艦隊を纏め上げているようであった。前衛の第Ⅱ梯団司令官兼要塞駐留艦隊副司令官ヴァルテンベルク中将は少々粗い指揮ではあるものの同盟軍の猛攻を受け止め、激しく反撃をして見せた。一進一退の攻防が繰り広げられる。

 

 主力部隊が激戦を繰り広げる中、後方の兵站線や回廊内のデブリ帯、暗礁宙域においても規模こそ小さいものの熾烈な戦闘が繰り広げられる。

 

 ダゴン星系を中心とする後方では帝国軍のゲリラ艦隊や陸戦部隊、帝国紐付きの宇宙海賊が戦闘艇や星間ミサイル等での嫌がらせを輸送部隊や工作部隊等に行い、同盟軍や亡命軍はその迎撃と護衛を行う。前線のデブリ帯や暗礁宙域では情報収集や偵察、奇襲を意図した両軍が小競り合いを始める。規模こそ数十人から数百人、数隻から十数隻ではあるものの情報は古来より戦いの趨勢を決めるものであり、軽視出来ない。

 

 帝国軍はメルカッツ中将やシュトックハウゼン少将の指揮の下で善戦するがこのような少数での非正規戦では正規軍である帝国軍よりも亡命軍の方が部隊の編制や成り立ちから優位にあり全体では我が方が主導権を握りつつある。

 

「うむ……やはりそう上手くはいかんか。仕方ない、我々も仕事に戻るとしようか」

 

 ロボス少将の言葉に我に返り、私は慌てて作業を再開する。第三艦隊が後方で予備戦力に置かれているといっても暇である訳では無い。寧ろ第二・一一艦隊が戦闘に専念できるよう後方の兵站維持や警備、周辺の哨戒や宙域情報の収集・分析を行い両艦隊司令部や遠征軍総司令部に通達しなければならないし、緊急時にはいつでも前線に突入出来るように艦隊のコンディションを保つ必要もある。

 

 第三艦隊航海課は前線と後方の宙域におけるエネルギー流や宇宙嵐、重力異常等について気象観測艦艇や情報収集艦艇が集めた情報を整理し、遠征軍司令部、後方の補給部隊、前線に展開する部隊へ最適な移動ルートの助言を行うほか、自艦隊が前線に展開する際の手順について計画する。それだけでも前線で戦うのに比べればマシとはいえ相当の労力を必要とした。

 

「イゼルローン要塞からの通信妨害が想定以上だ。前回に比べ電子戦装備が大幅に強化されているな」

 

「モンテローザ」艦内食堂にて航海課副参謀コーネフ大佐が資料を片手に、もう一方の手にスプーンを持ちながら唸るように指摘する。

 

 5月4日1930時、第三艦隊航海課スタッフは即応要員を残した上で夕食を摂っていた。メニューは第三艦隊旗艦「モンテローザ」名物にして同盟軍艦隊カレー選挙にて第四位に輝いた海鮮(会戦)カレー定食である。駄洒落かな?

 

「前線でも相当艦隊の統制に苦労しているそうですね」

 

 私はコーネフ大佐の言に返答しながらカレーライスを口に入れる。うおっ、滅茶苦茶美味い。アプス産の帆立・海老・烏賊は濃厚な味わいだ。上に乗せた白身フライもサクサクである。

 

「い……烏賊……」

 

 一方、ベアトはスプーンに乗る烏賊をどこぞの冒涜的な邪神でも見るかの如く凝視していた。カリーヴルストもあり帝国人もカレー自体は然程抵抗はない(ライスやナンよりもパンで食べる者が多いが)、だがシーフードカレー、まして烏賊や蛸のような軟体動物を食うかといえば……という訳で人気メニューであるもののベアトにとってはこの名物料理は拷問に近かった。

 

「大丈夫か?何なら烏賊だけこっちに入れるか?」

 

 私がそういうと一瞬救いを求めるように瞳を輝かせて、しかしすぐに我に返ったかのようにベアトは改まり拒否の言葉を口にする。

 

「いえ、今後もこのような試練は幾度も来ましょう。たかが食事程度で我慢出来ないでどうして若様を御守り出来ましょうか?まして若様に私の分の苦痛を肩代わりしてもらうなぞあってはならない事で御座います」

 

 糞真面目な顔でそんな事を語るベアトである。完全に修練に耐える修行僧の表情だ。いや、別に私はお前と違って烏賊平気だからな?

 

「若様の士官学校での言、今更ながら実感致しました。確かに学生時代からほかの食事に慣れておき正解で御座います」

「お、おう……」

 

 キラキラした目でこっち見ないで。士官学校の学生食堂でライヒ以外のメニューを食べる言い訳であったが未だに信じているのかよ。

 

「そうだぞ、好き嫌いはいかん。戦場では出た物は食わんといかんのだ。ましてカレーは完全食、栄養摂取の上では極めて効率的な料理だ。残してはならん」

 

 そう言いつつ四枚目のカレーを堂々と食べるのはロボス少将だ。いや貴方は流石に食べ過ぎですから。付け合わせのサラダも三杯、漬物四皿、デザートの杏仁豆腐二杯も含めてどれだけ食う気ですか。

 

 尤も内心で突っ込みつつも口にはしないが。参謀や立場としてのストレスは理解しているし、余り毒のある言い方をするとしょげてしまう人だ。面倒見てもらっている立場で文句は言えまい。

 

「まぁ、それはそうとやはり通信妨害は面倒だな」

「ええ、前線では光通信とシャトルでの連絡を行っておりますが帝国軍の方も優先的にシャトルを狙ってきているようです。既に四機のシャトルが単座式戦闘艇に撃墜されているようでして……」

「護衛の空戦隊の増加が必要だな。前線からは空戦部隊の増援要請はあるのか?」

 

 ロボス少将とコーネフ大佐はカレーを口にしながら前線の状況について相談を始める。こうなると新米士官の我々は蚊帳の外である。

 

 私は黙って食事に戻る。栄養摂取と睡眠、そして鍛錬により身体のコンディションを最高に保つ事も軍人の仕事であった。………後ベアト、マジで烏賊代わりに食おうか?

 

 前線では5月6日に至るまで各艦隊が前線の分艦隊を後退させつつ戦闘を継続していた。D線と回廊の危険宙域の間の宙域を主戦場としながら虚虚実実の駆け引きが繰り広げられる。このような戦闘では艦隊単位よりも寧ろ個艦や隊、群、戦隊単位の戦術的な戦果が脚光を浴びる。

 

 パエッタ准将やスズキ准将は最前線部隊の司令官として劣悪な通信状態の中戦列を維持し続けた。戦線の穴を迅速に塞ぎ、火線を集中させて突出した敵を叩く。前線の帝国軍を地道に、しかし着実に削り取っていく。

 

 一〇年後の正規艦隊司令官を確実視される第211巡航群司令官ウランフ大佐、第707駆逐群司令官ボロディン大佐の活躍は戦局全体から見れば微々たるものではあるが前線部隊にとっては心強い事この上無い。

 

 個艦や個人単位では戦艦「ニューデリー」艦長のテイラー中佐、駆逐艦「キャラハン33号」艦長兼第2091駆逐隊司令官ジョンソン少佐、駆逐艦「ユキカゼ」艦長のニルソン大尉等が単独で複数の敵艦を撃破して勇名を馳せる。

 

 第54独立空戦隊隊長ハワード・マクガイア大佐が単独でワルキューレを屠りまくる事自体は驚きに値しないが、それが配備が進む「スパルタニアン」ではなく旧式の「グラディエーター」に乗っての事である事は恐るべき事だ。5月5日1240時の戦闘では四〇機以上の単独撃墜記録を持つ航宙騎士団のエースパイロット、オットー・フォン・メンダール大尉を一騎打ちの末に撃墜した。

 

 第54独立空戦隊のライバルである第131独立空戦隊は張り合うように戦果を伸ばし、ヘルムート・フォン・バルクホルン少佐、エミール・ヴォルフ大尉、ヨーゼフ・フォン・クラウゼン大尉等が総撃墜数を一〇〇機の大台に乗せて見せた。単独撃墜数一〇機を達成した若いエースの誕生は数えきれない。

 

 5月7日0400時、標準時間でいう所の明朝前に戦局は動く。帝国軍は左右両翼を広げ同盟軍に対して猛攻撃を開始した。

 

「我が方を半包囲、あわよくば主砲射程内に押し込もうという事だな。性懲りもなく同じ手を使いよる……!」

 

 第三艦隊参謀長ロウマン少将は戦況スクリーンを見やりながら毒づく。イゼルローン要塞からの後方支援により帝国軍の回復能力は同盟軍よりも高い。回廊内での諸戦闘とこれまでの要塞前方での攻防戦の結果第二・一一艦隊は少なからず疲労していた。ここが勝負であると帝国軍は判断したらしい。

 

 前進しながら猛撃を開始する帝国軍、前方から正規艦隊による砲撃が、横合いから大型戦闘艇による一撃離脱の近接格闘戦が実施される。次々と船体を引き裂かれ爆散する同盟軍艦艇。

 

「そろそろ上から指令が来るな。全艦に第一級戦闘態勢を伝達しろ」

 

 仮眠を取っていたヴァンデグリフト中将は司令官席から起き上がるとズレていたベレー帽を直し、眠気覚ましの珈琲を口にしながら命令する。

 

 突如艦内ブザーが鳴り響き、その命令に従い作戦参謀達が作戦の確認を行い、通信参謀達が各部隊に命令を通達、情報参謀達が収集した情報を基に帝国軍の状況分析を、そして私達航海参謀は艦隊運用ルートの指定と交通整理計画を実施する。

 

「ヴォル坊、ゴトフリート君、覚悟しなさい。ここから少し忙しくなる!」

 

 ロボス少将が叫びながら資料の山を手にコンピューターに向かい合う。前線では劣勢に陥りつつあるがどうやらここまで上層部の作戦通りらしい。

 

「若様……!」

「ああ、……まぁ、下っ端は深く考えずに命令に従うだけか……!」

 

 私はベアトに淹れてもらっていた早朝(というにも早すぎるが)の珈琲をデスクに置いて急いで作業に移る。具体的に上がどのような作戦を計画しているかは不明だが、兎も角も叔父やコーネフ大佐の命令に従い艦隊の展開のための交通管制の指示を通信士に命令して行わせる。

 

 帝国軍は半包囲体勢を形成しつつ前進する。狭い回廊内では下手な援軍を投入しても的になるだけ、そして帝国軍は同盟軍に艦隊運用を行う余裕を与えないように狭隘な回廊のスペースを限界まで活用していた。

 

 第二猟騎兵艦隊からはルッツ少将の第Ⅳ梯団、グラーデンブルク少将の第Ⅴ梯団、要塞駐留艦隊はヴァルテンベルク中将の第Ⅱ梯団、ビッテンフェルト少将の第Ⅴ梯団が一気に突撃する。どの指揮官も武門貴族や士族階級出の勇猛な指揮官だ。

 

 帝国軍はエネルギーを使い切るかのようにビームとレーザーを撃ち、電磁砲とミサイルをばら撒く。僅か一時間余りのうちに同盟軍は五〇〇隻余りの艦艇を喪失した。一個戦隊に及ぶ戦力が消滅したのだ。

 

「こ、これ不味くないですか……!?」

 

 各部隊への展開ルートの設定と通達をしながらも、横目で戦況スクリーンを見ながら私は上ずった声で尋ねる。左右両翼ともかなり押されていた。シミュレーションなら兎も角実戦でここまで激しい消耗は早々無い。全体の投入戦力の規模が違うとしても看過出来るものではない。同盟軍は限りなく敗走に近い状態で後退する。辛うじて要塞主砲射程内に押し込まれないように踏ん張るがいつまで持つか怪しかった。

 

「安心しろ、全て作戦のうちだ。早くこの命令を通達したまえ」

 

 急かすようにコーネフ大佐が命令書を私に押し付ける。そう言われてしまえばこちらの立場では命令の遂行に集中するしかない。上官達の言葉が虚勢ではないと信じて作業を続ける。

 

 0535時、同盟軍遠征軍司令直属の「特務部隊」が増援に両翼に派遣される。第二・一一艦隊の後退を支援するように中和磁場を最大出力で展開し帝国軍の猛攻を受け止める。攻撃に回す分のエネルギーも全て防御に割り振っているためか帝国軍の総攻撃の前でも殆ど損害は出ない。「特務部隊」が殿を務め両艦隊は全力で退避する。

 

 帝国軍前衛部隊はこの機に可能な限り戦力を削りこちらの兵站を圧迫しようと考えたのだろう。速力を速めて中和磁場の効かない近接戦闘での撃滅を行おうと突撃する。

 

 帝国軍駆逐艦が電磁砲を撃ちながら突撃した。「特務艦隊」は回避運動を行うがその機に同盟軍の隊列に躍り込みゼロ距離射撃を実施する。駆逐艦がこじ開けた道を巡航艦が広げ、戦艦がビームと電磁砲を撃ちながらワルキューレが発進する。

 

 最前線では混戦状態となり、同盟軍は不用意な砲撃が出来ない。「特務艦隊」を盾のように使いながら一気に帝国軍は同盟軍主力に肉薄する。

 

 このままでは戦線が崩壊するのは時間の問題であった。時間の問題の……筈であった。

 

 爆発が起きた。両軍入り乱れる最前列にて突如、同盟軍艦艇は次々と内部から爆炎の華を咲かせた。

 

「なっ……!?」

 

私は絶句すると共に暫く思考し、状況証拠から全てを理解した。

 

 それは艦内の核融合炉を意図的に暴走させた上で装備するレーザー水爆ミサイル数十発の自爆によって生じさせ、液体ヘリウムにて油を注いだ事により生まれた短命の小太陽であった。激しい熱線が帝国軍艦艇の装甲を溶かし、吹き飛ばし、薙ぎ払う。強力な放射線と電磁パルスが艦内の電子機器に負荷をかける。四散した艦艇の残骸が船体を切り裂き、貫通する。

 

 同盟軍の増援部隊……否、「特務艦隊」は一兵も乗員の存在しない無人艦隊であった。大半が一五年から二〇年前建造の後数年で第一線を退く予定であり、尚且つ性能的には未だ中和磁場の出力が通用する艦艇が取り揃えられた。

 

 そして予め決められた宙域に船体外部の光学カメラによる座標確認により展開し、後は自爆のカウントダウンがゼロになるまでひたすら予め入力された命令に従い乱数回避と中和磁場の全力展開のみを行う。

 

 勢いに乗って得意の近接戦闘を行いながら混戦状態に移った帝国軍の裏を掻き、自爆するために用意された無人艦艇の数は凡そ二〇〇〇隻、実際に撃破されずに自爆した艦艇は一二〇〇隻余り、爆炎と衝撃により帝国軍の前衛四個分艦隊は二〇〇隻が撃沈され、その三倍が損傷し、陣形は完全に壊乱して烏合の衆と成り果てた。

 

「今だ!全軍全速前進!火力を集中させて要塞中央部に敵を押し込め!」

 

 ヴァンデグリフト中将の命令が艦内に響き渡ると共に私は艦を襲う衝撃で思わず仰け反った。第三艦隊旗艦「モンテローザ」が、いや第三艦隊、更には司令部の直属部隊や独立艦隊に至るまでが最大速力で突撃を開始した。その余りの急な加速のために艦内の慣性制御装置が衝撃を殺し切れなかったのだ。

 

「うおっ……熱っ!?」

「若様、御怪我はっ!?」

 

 すかさずベアトがこけないように私を支える、その艦の揺れでデスクの上の珈琲がぶちまけられ亜麻色のズボンに豪快に降り注ぐ。ベアトが小さな悲鳴を上げた。

 

「い、いや……問題無い!それより……」

 

 少し熱かったが淹れたばかり、という訳でもないので火傷するほどでは無かったのは幸いだ。それに、今はこんな事は大した問題では無かった。

 

 揺れる艦内、私はメインスクリーンを見据える。戦況は劇的に変化しようとしていた。第三艦隊は全速力で正面に躍り出て、第二・一一艦隊は左右から反撃に出た。

 

 自爆攻撃の混乱から未だに立ち直らない前衛部隊を同盟軍三個艦隊とその他諸部隊の砲火が一斉に襲い掛かる。中和磁場の展開や連携が出来ない帝国軍は個々に迎撃せざる得ないが当然効果的な反撃は不可能、瞬く間に百隻単位でスクラップに成り果てる。

 

 同盟軍は砲撃により帝国軍を左右正面から要塞砲射程内に押し込む。結果、救援に来た帝国軍主力と同盟軍は要塞砲の目の前で四つに組む形で殴り合いとなる。

 

 後方で英気を養っていた第三艦隊が最前線に迅速に展開し、長時間に渡って戦闘に参加していた第二・一一艦隊は帝国軍を左右から要塞砲射程に捩じ込むと後を第三艦隊に任せ距離を取り、遠距離援護砲撃に専念する。

 

 帝国軍にはイゼルローン要塞という強力な兵站拠点があるものの正面からの総力戦となれば単純な数の差は大きな意味を持つ。第三艦隊は数万発に及ぶ対艦ミサイルを一斉に撃ち込み、単座式戦闘艇部隊を次々と投入して手数で帝国軍を圧倒しようと試みる。

 

 帝国軍も反撃のミサイルを発射し、各艦からワルキューレが発艦する。第四弓騎兵艦隊所属の雷撃艇・ミサイル艇・砲艇が補助戦力として艦隊戦の最前線に投入された。大型艦の中和磁場の内側に身を寄せ電磁砲やレーザー砲、ミサイルをを撃ち込む。戦闘はかつてない激しいものとなり、損失は加速度的に増加する。

 

 0735時、同盟軍は喝采を叫ぶ。潰滅状態でありながら尚も激しく反撃していた要塞駐留艦隊第Ⅴ梯団、その旗艦「アーサソール」をウランフ大佐率いる第211巡航群が撃沈したのだ。更に0756時頃傍受された帝国軍の通信により第Ⅴ梯団司令官ベルント・グラーフ・ビッテンフェルト少将の戦死が確認された。多くの高級軍人を輩出してきた帝国士族の名門ビッテンフェルト家の猛将を討ち取ったのである。

 

 同日0930時にはボロディン大佐麾下の第707駆逐群が第二猟騎兵艦隊第Ⅳ梯団旗艦「ゲルド」に損傷を与えた。撃沈こそ出来なかったがこれにより第Ⅳ梯団旗艦の指揮能力は大幅に低下したと見られる。

 

 帝国軍の前線では指揮系統の麻痺により艦隊の移動も禄に出来る状況では無かったし、主力は同盟軍に拘束され、「雷神の槌」は味方を巻き込むが故に使用不可能。仮に帝国軍が中央を開けて射線から外れようとすれば同盟軍に付け入る隙を与える事にもなりかねなかった。

 

「よし、後は………」

 

 ヴァンデグリフト中将は正面の敵に砲火を浴びせつつも別の事に気を配っていた。主力部隊により影になっている後背から別動隊一〇〇〇隻が戦場を迂回する。イゼルローン要塞への直接攻撃の命令を受けていた小部隊は前線から発されるエネルギー反応に紛れて要塞に接近し………四光秒の距離で要塞側に気付かれる。

 

 角度の関係からイゼルローン要塞からも別動隊からも砲撃は不可能ではあった。だが要塞側は浮遊砲台二〇〇〇門が流体金属層の表面に現れ別動隊の予定攻撃位置に向け砲撃を開始する。すると流石に艦隊側も気付いたのだろう。要塞駐留艦隊第Ⅳ梯団が先回りの動きをすると同盟軍部隊は不利を悟り、無駄な戦闘もせず後退する。

 

 1100時頃には同盟軍は早朝からの優勢とは打って変わり次第に押され始めた。兵站能力の差による弾薬不足と帝国軍の地力によってである。帝国軍前衛部隊は混乱からどうにか立ち直り後方に下がる。そして帝国軍主力部隊は旺盛に反撃に移った。

 

 要塞駐留艦隊は精鋭としての意地を見せ火線の集中により相対する第三艦隊第三分艦隊と第二艦隊第五分艦隊の戦列をじわじわと削り取る。決して独創的な作戦こそないが基本的な戦術を高度なレベルで実演して見せる要塞駐留艦隊の前に同盟軍は遂に二光秒後退せざる得ない。特に第Ⅴ梯団は艦隊の再編後最前線に返り咲き戦死した司令官の仇を討つように獰猛な戦いぶりを示す。

 

 第二猟騎兵艦隊は第四弓騎兵艦隊と共に戦線を再構築する。同盟軍の更なる攻撃はメルカッツ中将率いる戦闘艇部隊の波状攻撃の前に1145時までに断念させられた。

 

 1220時頃、両軍の戦闘は疲労と消耗により小康状態に移った。両軍は八光秒の距離で牽制の砲撃を撃ち合うが大半は中和磁場の多重防御の前に弾かれ威嚇以上の意味を持たない。空戦隊は小隊単位での空戦を行うばかりだ。

 

 8時間半に渡る激闘が終わり、「モンテローザ」艦内ではようやく張り詰めた空気が弛緩していた。参謀達は交代で食事とタンクベット睡眠を行うよう通達が為される。通信士達や索敵班の要員は背を伸ばし欠伸をして軽口を話し始めた。

 

 油断、とはいえない。実際敵も味方も休憩せず殺し合いを続ける訳にはいかないのだ。それに艦隊司令部が休憩していても前線では分艦隊が定期的に交代して休息と警戒を実施している。今いきなり大攻勢が行われても最前線は機能しているので簡単に戦列が崩壊する事はない。寧ろ休める時に休む事も任務である。

 

「ふぅ……」

 

 私もまた緊張の糸が切れて椅子に座り込む。相当運が悪くなければ旗艦に乗って戦死、なんて事はないがやはり怖い物は怖い。ビームの光があちこちで飛んでいるからね、仕方ないね。

 

「若様、御疲れ様で御座います」

「ああ、ベアトも御苦労。……流石に疲れたな」

 

 砲撃が飛ぶ中で次々渡される書類と情報に従い艦隊の航路管制の指示をしないといけないのはストレスが溜まる。連絡しても出来るか!などと彼方さんの航海参謀や航海士に文句言われたりもする。まぁ、あっちからすれば危険の少ない旗艦から無理を言いやがって、という所であろう。

 

「……乾いてしまいましたね」

「ん?ああ……そうだな。こりゃあ中々落ちないな」

 

 私はベアトの視線に気付いて苦笑する。ズボンには真っ黒な染みが盛大に出来ていた。ハンカチで拭いてみるが当然ながら今更意味が無い。洗濯の時には後が残らないように漂白剤をどっさり入れないと………。

 

「………」

「………若様?」

 

ハンカチで拭く手を止めて黙り込む私にベアトが怪訝そうに尋ねる。

 

「………いや、何でもない。ズボンを替えないとなぁ」

 

 誤魔化すように叔父とコーネフ大佐に連絡した後、私はベアトに先に食堂に向かうように命令して自室に向かう。

 

 艦内通路を通り、艦内モノレールを下りて士官用居住区画の私室に入室するとズボンを脱ぎ箪笥から予備の物を取り出し履き終える。

 

そして脱いだズボンにちらりと目をやる。

 

「……まぁ、意識し過ぎだよなぁ」

 

 私が真っ黒な染みを見て真っ先に思い浮かべたのは血であった。魔術師の最期の姿。足から流れズボンを赤黒く染めた血……。

 

 それを、その場面を思い浮かべ改めて、今更のように私は何十万もの人間が死ぬ戦場にいる事に思い至った。安全な旗艦にいるために切迫感は無い、がそれでも目の前で沈む軍艦一隻一隻にどれだけの人間がいるのか、沈む寸前に中で何が起きているのかを意識して血の気が引いた。

 

「腹は……減らんがそうもいかんな」

 

 嫌なタイミングで嫌な事を思い浮かべてしまい食欲は湧かないがそうもいくまい。食べられる時に食べないといけないのは当然だしベアトが心配する。いざという時に詰まらない事で足を引っ張りたくもない。

 

 私は鏡の前で表情を整え、ベレー帽のズレを直すと踵を返して部屋を立ち去る。向かうはベアトが待機しているだろう艦内食堂だ。まだまだ今回の遠征は続きそうな様相であり、体力維持のために一食だって抜くのは宜しくないのだから………。

 




尚、フラグ回収のため来週くらいから作者の祝福(呪い)が主人公を襲う模様

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