帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

89 / 199
第八十六話 さぁお前ら、御待ちかねのイベントだぜ?

 5月7日の戦果は同盟軍全軍の士気を高揚させたが、それ以降手詰まりに陥った事も事実であった。

 

 イゼルローン要塞は強大な後方支援基地だ。同時に四〇〇隻の艦艇を修復可能な修繕ドック、一時間で七五〇〇発のレーザー核融合ミサイル等の各種兵器・弾薬を製造可能な軍事工廠、強力な通信妨害とサイバー攻撃・情報収集能力を持つ電子戦部隊と設備を保有し、穀物のみでも七万トンの保存が可能な倉庫、二〇万の負傷者の収容と同時に五〇〇〇名の手術が可能な病院、兵士の休養のための各種の娯楽施設まで完備している。当然要塞自体の自衛能力も浮遊砲台や要塞主砲もあり完璧だ。

 

 一方、同盟軍はダゴン星系に臨時の大規模補給基地を建築したほか、要塞までの航路に主要な通信・警備・補給基地だけでも三〇以上設置し前線と後方の物資や予備戦力、負傷兵の移送、情報の共有に力を入れる。

 

 それでも補給線の長さはいかんともしがたい。同盟軍は次第に弾薬に余裕が無くなり、損傷や故障による艦艇の後送が増加しているにも関わらず、帝国軍は体制の整った安全な要塞内で整備と無尽蔵の補給を受ける事が出来た。

 

 帝国軍に相応の打撃を与えた遠征軍ではあるが、流石に帝国軍首脳部を甘く見すぎていた。与えた損害は想定の六割から七割程度でしかない。これでは遠征の目的を達成した、と言うには説得力が欠ける。  

 

 政治面の話は置いたとしても軍事的にも撤退は至難の技であった。打撃を与えきれていない現状では下手な撤退は帝国軍に「雷神の鎚」を発射させるチャンスを与えかねないし、迫撃を受け損害を受ける可能性も高い。

 

 一方、帝国軍としてはこのままむざむざと撤退を許す気はない。同盟軍に侵略に対する相応の報復をせねばならない。小規模な波状攻勢をかけつつ同盟軍の弱体化を図る。

 

 5月8日から5月10日にかけ両軍は数百隻から数千隻単位の戦闘を繰り広げる。双方共に隙を見せず、奇襲や火線の集中を画策し、相手の策を阻止する。結果として状況は千日手となり消耗戦の様相を見せつつあった。

 

「ですので、どうか此度の陽動を受け持ってもらいたく考えておりまして………」

 

 5月10日1500時、私はイゼルローン遠征軍に従軍する亡命軍派遣艦隊旗艦「リントヴルム」の会議室内で新たな作戦の説明を行う。

 

 あの「ヒューべリオン」と同じオケアノス級旗艦級大型戦艦(アイアース級の三世代前に当たる)の一隻である「イアペトス」を同盟軍から購入して改造と改名を受けた「リントヴルム」は元同盟軍の艦艇とは思えない程に華美な装飾が為されていた。

 

 そんな訳で「リントヴルム」の会議室は帝国軍もかくや、という程に豪華なシャンデリアが吊るされ、壁紙は緻密で美しい文様が描かれ、重厚な絵画が飾られている。会議室のテーブルに座る諸将に至ってはオーダーメイドである事を良い事に各々好きなデザイン(二重帝国や第二・第三帝国風が多い)の軍装に身を包み、胸元には勲章を飾り立てる。平均年齢も高く、会議室全体が私に圧力をかけているように思えた。

 

 派遣軍司令官カールハインツ・フォン・ケッテラー大将(分家子爵)、副司令官フィリップ・フォン・ハーゼングレーバー中将(分家男爵)、参謀長ヴィクトール・フォン・ヴァイマール少将(伯爵)……見事に門閥貴族ばかりな面子の前で「同盟軍人」の立場で意見するのは胃が痛くなりそうだ。

 

「ふんっ、腰抜け共め。自分達が船に乗るのが怖いからとティルピッツの息子をよこしてきたか」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らしながらパイプを吸うケッテラー大将。そりゃあ普通の同盟人はこんなザ・帝国な所に身一つで来たくないからね?なんで部屋の隅にピッケルハウベに槍持ってる警備がいるんだよ、突き刺すのか?突き刺すんだな?

 

「作戦自体は理解した、だがこれでは我が方の用意する陽動部隊の危険が高すぎる。卿もその事は理解していよう?その事について司令部に対して意見はしなかったのかな?」

 

 副司令官のハーゼングレーバー中将は礼節を持って、しかし容赦無く追及する。いやいや、私下っ端の上部署違うからね?作戦の根幹に関わるとか無理だから。これでもどうにか作戦課にロボス少将が掛け合って修正した案だからね?

 

「まぁまぁ、御二人共そう言う物ではありませんでしょう。ティルピッツ中尉の立場ではそうそう意見も出来ないでしょうから」

 

 優男風の参謀長は私の肩を持つ。ヴァイマール伯爵家は元を辿ればティルピッツ伯爵家の分家が起源だ。一二代前に別れた分家が八代前に惑星ヴァイマールを開拓して領地の名に改名した事に始まる。独立性はティルピッツ姓の分家より高く、爵位は同格ではあるがそれでも宮廷ではティルピッツ伯爵家傘下の一家と見なされるし当人の一族でもそう理解している事だろう。

 

 原作でいえばカストロプ公爵家とマリーンドルフ伯爵家やキュンメル男爵家、あるいはブラウンシュヴァイク公爵家とフレーゲル男爵家やシャイド男爵家の関係と思えば良い。帝国貴族における分家は主家の領地の一部を借り受ける場合は主家と借り受ける領地の名を、自身で領地を開拓するか皇帝から与えられた土地を統治する場合は元の家の名は名乗らない形となる。名は別になるもののそれでも本家との繋がりは保たれ、同じ始祖の血が流れる同族であるという意識は強い。

 

「無論、こちらとしても友軍たる亡命軍を唯の囮として利用する意図なぞありません。此度の作戦では同盟軍からも二〇〇隻が同行する予定のほか作戦全体で参加する艦隊は三〇〇〇隻に上る大規模攻勢となります。寧ろこのような作戦における要となる立ち位置を任せられる事は亡命軍に対する期待の表れである、と見るべきであると愚考致します」

 

 あくまで同盟軍人の立場で私は意見する。貴族の立場になると何気に私が最高位になるのだがこの場でそんな他家の面子を潰しまくる事なぞ絶対に出来ないし、しても作戦が上手く行くとは思えず、万が一上手く行っても後が怖い。あくまでも同盟軍人の立場で説得して相手側が自身の考えで選択した形にしてもらわなければならなかった。

 

「……参謀長、どうだね卿の見る限りこの作戦の正否は?」

 

 ケッテラー大将は作戦の出来をヴァイマール少将に尋ねる。

 

「成功の可能性は低くないかと。尤も、同盟軍が想定している程の成果が得られるかと言えば怪しいですが……」

 

最後を少々濁すように答える参謀長。

 

「ふん、だろうな。所詮は賎しい者共の末裔よ。詰めが甘いわ。この前の無人艦艇を使った作戦も結果は予想を下回る出来だったからな!」

 

 ケッテラー大将は遠征軍に対する罵倒を口にする。純粋に批判しているというよりは感情的に嫌っているような言い方であった。

 

「全く持って無能共の集まりよ、第二艦隊も第一一艦隊も長征派の腰抜け共の艦隊。あの程度の攻勢も防げんとは!見ていたかね、後退時のあの醜態をっ!」

 

 暫くこのような愚痴を吐き続ける大将。会議室の幹部は半分が我が意得たりとばかりに頷き半分がまたか、とばかりの表情で肩を竦める。

 

 一頻り罵倒をし終えた後、ケッテラー大将はようやく本題に入る。

 

「まぁ良かろう。奴らが『我々の助け』を求めるのならば我々も慈悲をかけてやらん訳でもない。卿も本艦で同胞の活躍を見学すると良い」

 

 不機嫌そうにそう言いつつパイプを口に加える大将。私は優美に礼を述べ、内心ストレスで胃が痛くなりそうになりながらほうほうの体で会議室より退出する。

 

「若様、御帰りなさいませ」

「ああ、ようやく終わったよ」

 

 会議室のすぐ傍で私が退出するのを待っていたベアトに私はそう声をかける。

 

「御提案の方は?」

「まぁ、丁寧に説明してどうにかだな」

 

 それでも初期案では通らなかっただろう、作戦の修正に心血を注いだ叔父上のお陰だ。

 

「奴隷共の提案に乗るのは癪ですが、ここで作戦が成功すれば亡命軍に一層の軍功を稼ぐ機会になり得ますし、修正案を提示し、説明したロボス少将と若様の功績になり得ます。どうぞここは御耐え下さい、此度の遠征は長征派の色の濃い遠征です、このような形でなければ功は得られません」

 

 重々しく、宥めるように私に語りかけるベアト。いや、口にはしないが実の所その方面はぶっちゃけ気にしていないんだけどね?

 

 私はベアトの言に誤魔化すような笑みを浮かべて答える。ベアトは恭しく頭を下げた。うん、今どういう風に解釈したのか聞きたくないや。まぁ、それはそうとして……。

 

「おい、何でこれがここにあるんだよ?」

 

 取り敢えず足元で亀甲縛りにされて拘束されている……いやもう誰か分かるよね?それに視線を向けながら尋ねる。

 

「はい、若様が会議室にいるのをどこからか聞いたようでして、涎を垂らしながら突入しようとしたために警備と共に制圧しました」

 

 足元で縄に縛られ口元をガムテープで閉じられているレーヴェンハルト准尉が芋虫の如くのたうち回るのを一瞥した後、淡々とベアトは答える。

 

「そうか、的確な判断だった……と言いたいが亀甲縛りは駄目だな、見ろよ、寧ろ興奮しているぞ」

 

 何が悲しくて捕縛された状態で恍惚の表情をしている姿を見ないといけないんだよ。

 

「うーうー!」

 

 何やら呻くように何かを訴えようとしている准尉。私は胡乱気にそれを見やり、ベアトに念には念を入れて改めて手足を拘束させた後乱暴にガムテープを取ってやると元気そうに叫んだ。

 

「若様、私は逆海老と蟹縛りもイケますよ!?」

 

 取り敢えず私は笑顔を浮かべもう一度ガムテープで黙らせる。

 

「うー!うー!」

「これは独房にでも放り込んでおいてくれ。よしベアト、そろそろ戻るぞ」

 

 警備兵達にこの肉の塊の処置を命じた後、ベアトにそう声をかける。あれでも今回の遠征で単座式戦闘艇四機と雷撃艇二隻を撃破したエースパイロットだと知られたら新任パイロット達の幻滅は間違い無かろう。というかあんな性格で良く今日まで戦死せずに済んだものだ。あいつに墜とされた奴らは死んでも死にきれないだろうな………。

 

「……思考が変な方向に向かっているな」

「はい?」

「……こちらの話だ」

 

 思わず私は脱力して小さな溜息をつく。後は戻って報告をしなければならないのだ。どちらかの肩を持ち過ぎてもならない面倒な立ち位置、ロボス少将のストレスが嫌でも理解出来てしまうなぁ……いや、少将よりは遥かにマシだけどね?

 

 両軍の間で細かな調整をせねばならないが、作戦自体は双方共にプロの軍人であり方針が決定されれば内心は兎も角実務レベルでは滞りなく実施に移る。

 

 5月11日1800時、小競り合いの頻発する最前線において同盟軍の左翼方面にて小さな攻勢が始まる。亡命軍の艦艇五〇〇隻が同盟軍二〇〇隻と共にエイルシュタット中将率いる帝国軍第二猟騎兵艦隊第Ⅱ梯団に攻撃を仕掛ける。

 

「前衛各隊、隊列を乱すな。目的は撃破ではない、砲撃を受け流しつつ後退せよ」

 

 本音は兎も角、ケッテラー大将は艦隊を完全に一つの生物のように統制して撃沈艦艇を出さずに第Ⅱ梯団を引き摺り出す。同行する同盟軍が一八隻を喪失し、帝国軍側が二二隻を撃沈されている事を思えばこの統制能力は同盟軍の提督としても十分通用するだろう。

 

 無線通信が妨害されようとも関係なかった。亡命軍はそれぞれが数隻から十数隻に分かれ各集団が阿吽の呼吸で火力を集中させる。主砲の射程ぎりぎりを見極め砲撃と共に後退を重ね、巧緻に連携しながら敵に出血を強いる。その姿は画一的に育成される軍人というよりも職人気質の戦士の集団のようであった。

 

「当然だ、同盟の市民兵共と同じにされてはたまらん」

 

 指揮を取りながらケッテラー大将は答える。亡命軍の主力は亡命貴族の私兵軍、正確には貴族の私兵軍の中核を構成する武門従士、奉公人、士族、軍役農奴は世襲で代々軍人として育てられてきた戦闘のプロだ。軍人となるために費やされていたリソースは同盟軍及び帝国正規軍の徴兵や志願した平民とは比較にならない。

 

 その上で幼少期からの集団指導や婚姻、代々一族で役職の引き継ぎなどの成果もあり、縦と横の繋がりと信頼関係は強固だ。部隊の艦長が全員親戚、部署の同僚が全員幼馴染み、親や祖父の就いていた役職にそのまま引き継いで就く者なぞ幾らでもいる。

 

 それこそ各艦や部隊間で船員や友軍の意思疎通が無線で伝えなくとも目配せや些細な動きで分かる領域だ。その連携レベルは訓練だけで到達出来るレベルを超えている。そして少数での戦いや無線などの使えない戦場ではこの事が大きな影響を与えるのだ。

 

 小賢しくも戦力を削りながら後退を重ねる陽動部隊、付け入る事が出来そうで出来ない距離と陣形で帝国軍を誘い出す。

 

 突出した第Ⅱ梯団の側面を無数の光条が襲い掛かった。密に回り込んだ第三艦隊第四分艦隊と第三艦隊司令部直属の第28戦隊による巧緻を極めた側背攻撃による結果だ。無論、その動きを気取られないように電子戦やダミーで艦隊の移動を欺瞞した工作部隊や電子戦部隊の活躍も忘れてはならない。

 

「今だ!斉射三連、反撃に移れ!」

 

「リントヴルム」艦橋にてケッテラー大将は最適なタイミングで最適な選択をした。これまで攻撃を受け流してきた亡命軍は帝国軍の中央部に火線を集中させる。側面攻撃により思わず足を止めた帝国軍の隊列には歪みが生じておりそこに大火力を叩きつけられた事で中和磁場の防壁は決壊する。数十隻が爆散し、同数の艦艇が致命的な損傷を受ける。

 

 戦局の異変に周囲の部隊も気付いて戦端を開く。同盟軍と帝国軍双方の周辺部隊が戦場に急行する。絶妙な均衡の上に成り立っている現在の戦況を動かし得る可能性があった。同盟軍は戦局の好転のため、帝国軍はその阻止のために集結する。

 

「弾を惜しむな!今のうちに戦力を削るのだ!」

 

 ケッテラー大将は帝国軍が駆け付ける前に可能な限りの戦果を稼ごうと試みる。側面から襲い掛かる同盟軍も対艦ミサイルを撃ち込み帝国軍の撃滅を試みる。

 

「このままいけば……!」

「……いや、そう上手くはいかないらしい」

 

「リンドヴルム」艦橋で喜色を浮かべるベアトに、しかし私は否定する。

 

「ぬっ、後退せよ!」

 

 ケッテラー大将の命令は僅かに遅かった。次の瞬間前方に展開していた部隊が高速で接近してきた雷撃艇の攻撃を受け大破する。

 

 足の速い戦闘艇部隊を主軸とする第四弓騎兵艦隊はこの状況に最も早く対応した。雷撃艇が亡命軍と同盟軍に一撃離脱攻撃を仕掛け、砲艇部隊が長距離砲撃で支援する。想定よりも遥かに素早い対応の前に亡命軍と同盟軍は損害こそ軽微であるが怯む。そのうちに素早く体勢を立て直した第Ⅱ梯団は第四弓騎兵艦隊と連携しつつ後退する。

 

 後は各宙域より急行した同盟軍と帝国軍の諸部隊が混戦状態で戦闘を行う事になる。醜悪な泥仕合だ、無意味な戦闘により同盟軍は貴重な戦力を消耗していく。

 

 ケッテラー大将はその中では有意義な選択を行った。泥沼の戦闘に参加せず長距離砲で支援砲撃しつつ戦場より後退する。

 

「ふん、やはり大した戦果は期待出来んかったな」

 

 不機嫌そうにするケッテラー大将より私は視線を逸らした。私が考えた訳ではないが売り込み役を引き受けた(させられた)事は事実なので複雑な心境だった。

 

 今回の作戦とその後の諸戦闘の結果、帝国軍は推定七〇〇隻から七五〇隻の艦艇を喪失し、同盟軍と亡命軍もそれぞれ五八六隻、二八隻の艦艇を失った。損失数では帝国軍を下回ったが作戦の目的である帝国軍に対する痛撃を与える目的は達成出来なかった。寧ろ兵站面では同盟軍の方がより負担が大きい戦いであった。

 

 この戦闘以降、両軍の戦闘はどちらが有利か分からないままより混迷を深める事になる。

 

 

 

 

 

 

 5月13日1600時、私とベアトはアルテナ星系9-7-4宙域に展開中の第三艦隊第96戦隊旗艦「シャガンナータ」に対する伝令任務を命令された。当戦隊は現在同盟軍右翼最前線にて戦闘中であるが帝国軍及び要塞からの通信妨害により連絡が取れない状態に陥っていた。

 

「第96戦隊に対してこのポイントへの火線の集中、そしてこの宙域への後退により敵部隊の誘導を命じて欲しいのだ」

 

 ロボス少将より具体的な命令の説明をソリビジョン上の艦隊展開図に連動しながら受ける。命令自体は端末に記録されているが端末の損失時に備え、また相手司令部に対する補足的な説明、命令実行時の司令部からの代理補佐役として内容を理解する必要があった。

 

「ではこの部隊がこちらの陽動に乗らない場合はこのまま牽制しつつ後退を?」

「うむ、どの道このままこの宙域に留まっては撤退時に取り残されかねん。可能であれば痛撃を与えた上での撤収が望ましいがあくまでも可能であれば、だ。総司令部も期待はしておらん。戦隊司令官のアップルトン准将は優秀だ。その程度理解はしておろうが一応頭に入れておくことだ」

 

 私とベアトが連絡するべき作戦に対する質問を幾つかする。いざ彼方に行き作戦を実施してもらって不測の事態に陥って質問攻めされたら敵わない。少しでも疑問点があれば遠慮せずに尋ねていく。どうやら同盟軍は全体としてはこれ以上の戦闘行為を無意味と感じているようで戦線の縮小と撤退準備に入ろうとしているようだ。

 

 無論、このまま引き下がる訳にはいかないのでその前に何回か帝国軍に打撃を与える作戦を実施する事は予想されるが……。

 

「大丈夫かね?今回は流石に最前線、不安ならばほかの者にお願いするが……」

 

一通りの説明を終えると叔父は心配そうに尋ねる。

 

 宇宙艦隊同士の会戦において通信妨害は当然であり、特に狭い回廊にイゼルローン要塞という巨大な通信妨害基地があるために、要塞遠征戦では特にシャトルによる伝令が頻繁に行われ、それは恰好の攻撃目標になる。

 

 何せ命令を伝達しているのだからシャトルを墜とせば確実に敵の指揮系統に打撃を与える事になるし、カプチェランカでの「司令部伝令班」の役職同様大概士官学校出のエリート軍人が伝令役、場合によっては参謀が乗っている事もある。墜とさない訳がない。

 

 既に遠征軍内において撃墜された伝令シャトルの数は二桁に昇る。伝令自体は何百回も行われており一度の伝令で撃ち落とされる確率は数パーセントであろうが、前線に近い分より危険であろう。

 

尤も、だからと言って嫌だ、という訳にもいかない。

 

「いえ、ここで危険な任務だからと言って降りたら印象が悪すぎますよ」

 

 唯でさえ帝国軍の想定以上の妨害で人員不足なのだ。その上ここで門閥貴族の私が旗艦に引き籠ったら笑い者どころの話ではない。

 

「私を引き入れた少将の立場も悪くなるでしょう?」

「そんな事は気にせんでよい。私は御両親に安全を約束して借り受けた、そして御両親は私を信頼して跡取りを貸し出したのだ。私はヴォル坊の身の安全を保障する義務がある」

 

 憮然として叔父は答える。自身の立場を心配される事が心外のようだ。

 

「いや、失礼。……ですが私としても周囲の視線が痛いのは中々……」

 

 半分くらいベアトに世話されているためな気がしない訳でもないが……ちらりとベアトを見ればこちらの視線に気付き決意した表情で口を開く。

 

「たとえこの命を犠牲にしてでも若様の身は必ずや……必ずや御守りする事を誓います」

 

 きっ、と敬礼するその表情はかなりの覚悟があった。彼女の目線では失敗ばかりするのに手元に置かれているのだ。その意思は相当の物だろう。

 

……いや、殆ど私の自滅のせいだけどね?

 

「ベアトもいますし、私も死にたくはありません。危険があれば無理せず付近の艦に保護してもらいます。心配して頂けるのでしたら……そうですね、護衛のスパルタニアンを多めに用意して頂けたら幸いです」

 

 私も流石に上からの命令から逃げる訳にはいかないが、安全対策には手は抜かない。ロボス少将の伝手から相応の手練れは用意するつもりだ。

 

「うむ……だが……いや、分かった。ヴォル坊の経歴にも悪いからな」

 

 そう言いつつも帝国軍の艦隊と相対しても眉一つ動かさない叔父がしおれた表情になりながら口を開く。

 

「だが、本当に無理はしない事だ……最悪降伏しても良い。名前を言えばぞんざいに扱われる事はそうそうあるまい」

 

 念を押すように口にした最後の提案は私の耳元で小さい声だった。私の保護責任が叔父にあるのなら降伏しても責任の大半は叔父に来るので私を責める者はいない、という方式だ。

 

「……はい、無理はしません。ですが私もこの遠征が終われば大尉への昇進と友人の式に乱入する予定がありますので五体満足で帰るつもりです。どうぞ御安心を」

 

 私が笑みを浮かべながらそう答えるとようやく少将もまだ心配そうにしながらも返すように微笑んだ。

 

 伝令シャトルは撃墜される事も想定して二機、護衛に「モンテローザ」防空航空隊より一機に対して二機の計四機のスパルタニアンが用意された。パイロットは旗艦の直掩防空隊に所属している事もありベテラン揃い、内一人に至っては単独撃墜数六八機のトップ、とは言わなくとも相当のエースパイロットだ。

 

「坊や、安心しな。ユーティライネンやブレンゲルが来ようと守ってやるさ」

 

 その撃墜王ジョニー・マリオン少佐は発進前に冷やかし半分、挨拶半分にそう呼びかける。彼が口にした名はこの辺りの戦域で暴れ回っている帝国軍のエースパイロット、単独撃墜数八四機のユーティライネン中佐、同じく七一機のブレンゲル大尉だ。

 

 無論、これ以外にも他の戦域で確認されている手練れの帝国軍エースは幾らでもいる。流石に三桁台となると今回参加している事が確認された帝国軍のエースの中でも十人程度しかいないが……。

 

「ええ、頼みますよ」

 

 私は不愉快そうにするベアトを宥め、苦笑いを浮かべながらも愛想よく挨拶する。

 

 彼方からすればロボス少将のせいで餓鬼の御守り役をさせられたのだから仕方ない、あれくらいの愚痴は受け流しても良いだろう。少なくとも亡命軍所属の癖に護衛に入ろうとして連れ戻されたどこぞの准尉よりも余程マシである。いや、マジでどこで話を聞きつけたんだよ……。

 

 乗船するシャトルの人員は私とベアト、それに操縦士にマコーネル准尉と副操縦士のルゥ軍曹が就く。双方共に戦場でのシャトル運用を幾度も経験し、ワルキューレに追われて生還した熟練操縦士だ。たかが新米士官のシャトル相手にこれだけの人材を投入するのは大盤振る舞いと言って良かろう。

 

「ホテルにようこそ!さっさとチェックインしてくださいな。確か無重力酔いが酷いんでしたっけ?ここでリバースするのは止めて欲しいので解放するなら……ほら、そこのビニールにお願いしますよ?」

 

 サングラスをかけた中年の准尉は揶揄い交じりにそう助言する。伝令用シャトルには残念ながら重力発生装置も慣性制御装置も無かったので伝令中は無重力の感覚と戦わないといけない。

 

「はは、出来るだけ丁寧な運転でお願いします」

「悪いが前線だからなぁ、ワルキューレにケツ追われながら上品に運転するのは無理ってものですぜ?」

 

 准尉はからからと笑いながら答える。さいですか………御免、今更後悔してきた。

 

 当然、今更「もーやー、降りる!」なんて言って許される訳のない同盟軍である。覚悟を決めるしか……あ、御免、緊張でもう駄目。

 

「若様、どうぞお休み下さいませ」

 

 全く嫌な顔せず微笑みながら膝枕を進めるベアトと一切躊躇なく顔を埋めて倒れる私だったりする。え?羨ましい?いや、マジで昔からワープや無重力酔いで戦闘不能になるとこうしてもらっていたので半分習性なの、邪な考えめぐらす余裕もないの、ガチ目に項垂れながら太腿に顔埋めているの。感慨なんて一ミリもねぇよ。

 

「ううう……マジすまん。これだけは本当無理………」

「はい、存じ上げております。御遠慮なされず御休息下さいませ。不測の事態に関しては私が対処致します」

 

 慈愛の微笑みを浮かべながら頭を撫でてこちらの容態を慮るベアト。私の体に合わせて膝の高さと姿勢が楽になるように調整し、額に汗をかけばハンカチで拭いてくれる。うん、マジで良い娘です、はい。

 

「畜生、爆発すればいいのに」

 

 副操縦士のルゥ軍曹が舌打ちした気がしたが気にしない。

 

『306号、発進準備に移れ、乗員は揃ったか?』

「オーケー、ルゥ。もう無駄口叩くなよ。管制、こちらマコーネルだ。御客様が乗船した、発進許可を……」

 

 マコーネル准尉はそう注意した後無線で「モンテローザ」艦載機管制室に無線連絡をする。

 

『了解、これよりハッチを開く。コントロールの委譲を完了!』

「よし、こちらシャトル306号……発進する!」

 

 准尉がそう叫んだ数秒後、ゴッ、という音と同時に船内の重力が消え失せて体が宙に浮きそうになるが、これはシャトルの座席に備え付けられた固定ベルトのおかげで回避される。

 

「うう……出た、か」

 

 ちらり、と膝枕されながら向かい側の座席の窓を見る。その先は先ほどまで空気のある艦内であったが、今や漆黒の宇宙空間であり、細々と光る宇宙船とビームの光条がちらりと映る。

 

 予備のシャトル307号、そして四機のスパルタニアンを護衛につけたシャトル306号は宇宙を駆ける。友軍の艦艇を影にしてその中和磁場の恩恵を受けながらレーダーに映る敵味方識別信号を下に目的の艦艇に向かう。

 

「無事にたどり着けたらいいが……」

 

 ベアトの膝の上で呻きながら私は呟く。が、どうやらフラグを立ててしまったらしい。次の瞬間シャトル内で警報が鳴る。

 

「奴さんの御出座しだな」

 

 マコーネル准尉が呟く、と共に目の前をビーム機銃の閃光が通り過ぎる。

 

「少し手荒な運転になりますよっ!」

「うげっ……!?」

 

 次の瞬間船内が揺れ、慣性の法則により、椅子や壁に体が押し付けられそうになる。ベルトとベアトが抱きついてくれるおかげでどうにか私は体を固定する。まるでジェットコースターに乗っている気分だ。

 

「さっさと処理してくれ!少佐!」

『分かっている!少し待てよ!』

 

 窓を見れば四機のスパルタニアンと六機のワルキューレが入り乱れて空戦を演じていた。数的に不利であるが次の瞬間にはシャークマウスを刻んだマリオン少佐の機体が二機のワルキューレの背後を取り撃墜、更に味方の死角から襲いかかる一機を撃破する。

 

 瞬く間に数を逆転された事にワルキューレのパイロット達は動揺しているようだった。そしてその隙を見逃す程護衛部隊は愚鈍ではない。マリオン少佐以外の三機が反撃を開始すると数分もせぬ内に全ての敵機は宇宙の塵と化していった。

 

「……流石叔父上の手配した護衛、か」

 

 原作のトランプのエースに比べて尚強いかは分からない。だが少なくともそこらの者達に比べれば相当の技量であることは何となく理解出来た。

 

 このまま無事目的の艦まで辿り着ければ良いのだが………。

 

 旗艦「モンテローザ」より発進して40分余りが経過した頃、シャトルは第三艦隊第五分艦隊第94戦隊の展開宙域を航行する。電波妨害が酷くなり単独で目的の艦艇の位置を把握するのも難しくなったため近隣の友軍から情報を受け取る。

 

 第94戦隊旗艦「アウゲイアス」の中和磁場内に入るとシャトルは無線通信で目的艦艇の座標について情報を受け取る。更に第96戦隊に無線で出迎え部隊の派遣も出来ないかを通達する。

 

『余り期待は出来ないがな、この状況だ。こちらの無線にはノイズばかり流れるし繋がったとしても傍受の危険もある」

 

 そうなれば却って合流地点に帝国軍が待ち構えている、という事態も起こり得る訳だ。第96戦隊司令官ハーヴィー・キャボット准将はシャトルの液晶画面の中で薄い顎鬚を摩りながらそう指摘する。

 

 キャボット准将は一見粗雑なブルーカラーにも見えるがその実エリートの揃う士官学校を上位で卒業し、同盟軍の精鋭である正規艦隊の将官に任命される程に優秀で紳士的な人物だ。此度の遠征でもダゴン星系での前哨戦を皮切りに既に高速機動戦を駆使して幾度も帝国軍の陣形の弱点をついて撃破している。

 

「いえ、座標の確認が出来ただけでも十分です。ご協力ありがとうございます」

 

 私はシャトルの操縦席に出向いて代表として准将に謝意を述べる。前線で戦闘を繰り広げている中で自身の部隊とは関係ない任務を受けたシャトルとの通信に司令官がわざわざ顔を出すのは丁重に扱われている、というべきだろう。

 

『うむ、危険な任務だが気を付けていく事だ。武運を祈る。……それにしても大丈夫かね?』

「ど……どうにか」

 

 無重力酔いで青い顔する私に心配そうに尋ねるキャボット准将に私は苦笑いしながらそう答える。尚、無線を切ると急いでビニール袋に胃液をぶち込んだ。操縦席の二名が嫌な顔をするが……いや、仕方ないだろ。

 

 後のシャトルの運行について任せて私は再び後方の人員移送室に向かうとベアトに回収されて再び膝で休む。

 

「御苦労様で御座います。どうぞお休み下さいませ」

「たかが通信一つで休憩が必要な程弱るのもどうよ?」

 

 自虐気味にそう言いつつ、ベアトの柔らかな膝に再び戻る。言っておくが膝の柔らかさを楽しむ余裕なぞ一ミリも無いからね?

 

「うう……まぁ、さっき吐いた分で胃の中は空だからマシかねぇ」

 

 内容物は殆どなく胃液がかなり混じっていたので吐くだけ吐いたようだ。気分は悪いがもうこれ以上出す事はあるまい………多分。

 

 情報によれば第96戦隊はここからシャトルで30分余り飛んだ地点に展開しているらしい。遠征軍司令部や艦隊司令部が把握していた宙域ではないがそんな事はよくある事であるし、想定の範囲内だ、その場合の代替命令も用意されている。

 

 1915分頃の事だった。それに最初に気付いたのは副操縦士であり索敵・通信担当のルゥ軍曹だった。

 

「ん?」

 

 多機能レーダーに目を凝らす軍曹。原始的な音波レーダー以外に金属レーダーや熱源探知レーダーからの情報も纏めて表示されるそれを睨みつける。そして、次の瞬間叫んだ。

 

「機長!敵です!」

 

 その掛け声と共にマコーネル准尉は機体を大きく傾ける。同時に通り過ぎる幾つもの光条。次の瞬間には護衛のスパルタニアンの一機が火球と化す。

 

『ちぃっ!待ち伏せかっ!』

 

 無線機からはマリオン少佐の悪態が響く。撃破された同盟軍の戦艦の残骸から現れるのは八機に及ぶワルキューレの編隊。シャトルは二手に分かれて逃亡を図り、護衛部隊は襲撃者の迎撃に向かう。

 

『シャトル!さっさと尻まくって逃げろ!くっ!よりによってアイスメーアかっ!』

 

 吐き捨てるような少佐の声。第五戦闘航宙団「聖アイスメーア騎士団」は帝国軍航宙騎士団においても十指に入る精鋭部隊の一つ、百名余りのパイロットの大半がエース級で占められている。例えベテラン揃いの護衛部隊でも数の差から圧倒的に苦戦を強いられる事になる事は確実だった。

 

 マリオン少佐の機体は巧妙に連携する二機のワルキューレに翻弄される。機体に記されたキルマークの数からまだ同盟では有名ではないが少なくとも三〇機以上を撃破したエース達のようだ。

 

 残る二機のスパルタニアンに対しても同じように二対一の状況に持ち込み、一機が相手の攻撃を引きつけもう一機が隙を見つけ次第襲い掛かる。「聖アイスメーア騎士団」はほかの戦闘航宙団に比べ平民や下級士族が多いために複数人での袋叩きや待ち伏せなども平然と行うパイロットが多かった。

 

 尤も、そんな風に他人事のように観察していられる状況でもない。

 

「中尉!飛ばします!宇宙服の着用をっ!!」

 

 マコーネル准尉が叫ぶ、と共に機体は捻じれるように回転して襲い掛かる戦天使の攻撃を回避する。

 

「うおっ……!?」

 

 余りの衝撃に体が回転しそうになるのをベアトが受け止めベルトを掴ませると床の一角に設けられた収納庫を開く。

 

「べ、ベアト……!?」

「早くこちらに御着替え下さい!」

 

 必死の表情のベアトが収納庫から取り出し私に差し出すのは緊急時用の簡易宇宙服である。

 

 同盟軍において宇宙服を戦闘中に着る者が少ないのは一つに宇宙艦艇の防御手段は電磁磁場による反射と艦隊運動による回避が主流であるためだ。その上撃破されても轟沈でもなければ隔壁閉鎖やドローンによるダメージコントロールで復旧は可能だし、爆沈しても高度にブロック化された船体は、破壊されても封鎖されたブロック内で助かる者も少なくない。シャトルや脱出ポッドだって人員の二倍分が用意されており船内のどこにいても数分以内に脱出可能だ。

 

 一方で宇宙服は着続けると人体に不快感を与えて集中力を削るし、作業の上でも動きにくくなる。その癖デブリでも命中すれば挽肉になる事請け合いであり、酸素も数時間程度しか持たない。戦闘宙域を宇宙遊泳している間に酸欠確定だ。

 

 そのため戦闘中に宇宙服を着る事は一部を除いて余り無かった。今回の場合もシャトルが撃墜されたら十中八九死亡確定である。それでも少しでも生存率を高める必要があった。

 

 私は上着とスカーフを脱ぎ吐き気を堪えながら宇宙服を着始める。

 

「私の補助は良い!それよりお前も着替えろ!」

「ですが……!」

「これくらい一人で出来る!早くしろ!」

 

 そう言ってベアトに宇宙服を押し付ける。ベアトも押し問答をしても時間を無駄にするだけと理解して上着を脱ぎ出す。

 

 私は数分で服を着終えると右手にヘルメットを抱え、もう片方の手に二人分の宇宙服を持って操縦席へと向かう。

 

「マコーネル准尉!ルゥ軍曹!交代で着替えを!」

「馬鹿野郎!お前さんはさっさとヘルメットつけて伏せていろ!」

 

 私が来ればマコーネル准尉は罵倒を浴びせるように言い捨てる。二人共宇宙服を着ずに操縦を続けていた。

 

「し、しかし……!御二人共いつ着替えるつもりですか!」

「そんな時間あるか!いいからヘルメットを着用しろ!」

 

 そう言いながら機体を回転させてビームの光を避ける准尉。

 

「俺達は専科学校出の技能下士官だ!だがお前さんは士官学校出のエリート様だ!こちとら命捨ててでもあんたを助けないといけないんだよ!そんな物着ている時間あるか!……糞っ、機長!あのデブリ帯で撒きましょう!」

 

 ルゥ軍曹は苦々し気にそう言い捨てた後、准尉に提案する。

 

「中尉は新米士官殿だ!ここはプロに任せて早く後部座席に退避をして下さい!というか邪魔だ、失せろ!」

 

 明らかに面倒そうにそう言われたらこれ以上邪魔する訳にもいかない。私は後ろ髪を引かれる思いでヘルメットを着用すると敬礼をして後部座席へと向かった。

 

 今の私に出来る事は自身とベアトの生存率を上げる事、そして無事この難局から脱出出来る事を祈るのみであった。

 

 

 

 

 

 

 

新米士官を追い出すとマコーネル准尉は舌打ちする。

 

「糞、しつこい白水母(ワルキューレに対する同盟軍の蔑称の一つ)共だな」

 

 二機のワルキューレは艦艇のデブリを盾に逃亡する306号シャトルを追う。追いかけっこを続けて少し主戦場宙域からは離れてしまっていた。シャトルは兎も角、ワルキューレは防空任務が主体のためそこまで航続距離は長くない。そろそろ諦めて欲しいのだが……。

 

「護衛も苦戦しているようですね、こっちに来る余裕は無さそうだ……!」

 

 レーダーを見れば護衛部隊は敵を二機撃墜と引き換えに更に一機喪失しているようだ。護衛部隊もベテラン揃いだがこのままでは全滅は時間の問題だ。

 

「恐らく俺達を追っているのは若手だな。ふん、楽な獲物だと思いやがって」

 

 マコーネル准尉は毒づく。この手の戦いにおいては護衛はベテランが多いため同じくベテランが相手を務め、武装のないシャトルを経験値稼ぎにルーキーに任せる事は少なくない。失敗しても反撃の可能性が低く戦場の空気を感じさせる事も出来る。

 

「まだ俺達が撃墜されていない事からもそうでしょうね……!ちぃ……!舐めやがって!」

 

 このまま逃げ続けていつまで攻撃を避けられるか怪しい。流石「聖アイスメーア騎士団」に所属しているだけあり、ルーキーながら動きは悪く無いし、攻撃も次第に精密性を増して来ていた。寧ろここまでシャトルが撃墜されずに逃げ続けている事の方が異常なのだ。マコーネルとルゥの操縦技術が非凡である事の証明であった。

 

「これは腹を括るしかないな……!軍曹、索敵頼むぞ!」

「っ……!了解!どうせ死ぬなら一矢報いるべき、という訳ですかねっ……!」

 

 次の瞬間シャトルはエンジン出力を上げ艦艇の残骸の密集するデブリ群を突き抜ける。大気圏突入能力もあるシャトルの装甲はワルキューレよりは遥かに頑丈であり、ぶつかる小さな破片を力づくで弾きながら、そして巨大な残骸は曲芸染みた技で避けながら宙域を突き抜ける。

 

 一方ワルキューレの装甲は貧弱だ。機動力こそ優れるがまだ若いのだろうパイロット達は思わず機体の速力を落す。

 

『糞っ!叛徒共め……逃がさねぇ!』

『待て!ディーター、焦るなっ、二手に分かれて挟み撃ちにするぞっ!』

『わ、分かったカール、俺は後ろを追う、頭を押さえてくれ!』

『おうっ、へまするなよ!?』

『当然だっ……!』

 

 二機のワルキューレは分散してシャトルを挟み撃ちしようとする。一機が後ろからもう一機がデブリ帯を離れて相手の頭を押さえようと先回りする。

 

『くっ……!索敵レーダーが役に立たねぇ……!』

 

 まだ青年の面影を感じるワルキューレのパイロットの声。そこには戦功に対する焦りが見て取れた。ワルキューレのレーダーは所詮単座式戦闘艇のレベル以上のものではない。エネルギーや金属反応の充満する艦艇群の残骸からなるデブリ帯ではその索敵能力に限界があり下手すれば目標を見逃しかねない。

 

『ちっ、ちょこまかと……!このまま逃がせばカール諸共隊長にどやされちまう』

 

 代々パイロットの職務についている下級士族家エンゲル家の次男ディーター・エンゲル中尉は愚痴りながら熱源の残滓を基にシャトルを追う。折角隊長達がくれた軍功を挙げる機会だ、逃がせば親友のカール諸共しばき倒される事請け合いだ。

 

『どこだ……?』

 

 360度視界が確保される全天周囲モニターに視界を泳がせながらエンゲルは獲物を探す。

 

『カール!そちらからは見つけられないか!?こっちからは発見出来ない!』

『何?デブリ帯からは出ていない筈だが……ディーター後ろだっ!』

『なっ……がっ!?』

 

 次の瞬間エンゲル中尉の視界は回転していた。凄まじい揺れがコックピットを襲う。

 

「シャトルが狙われるだけだと思っていたか!?」

 

 マコーネル准尉が叫ぶ。デブリ帯で動力停止して索敵センサー類を誤魔化し、敵機が傍に来ると共に機体の質量差を武器にした体当たりを仕掛けたのだ。エンゲル中尉のワルキューレは煙と機体の破片を巻き散らせながら迷走する。

 

『ぐぉっ……!?き、機体のコントロールが……!?』

『ディーター!脱出だ!脱出しろ!その機体ではもう持たん!』

 

 データリンクでエンゲルの機体の状態を把握したカール・グスタフ・ケンプ中尉は親友に脱出するように叫ぶ。

 

『ち……畜生!脱出装置が作動しない!』

 

 エンゲル中尉が悲鳴を上げ、ケンプ中尉は苦虫を噛み、士官学校同期でもある親友の生存の手段を考える。

 

『け、警報が鳴っている!も、もう駄目だ!糞っ……!叛徒共めっ……!糞っ…糞っ……無駄死になんて御免だっ……!!こうなったらいっそ……!!』

 

 迷走する機体を辛うじて操るエンゲル中尉。その口調にはある種の狂気が宿り、その機体の動きには同じく鬼気迫る意思をケンプは感じた。そして親友の行おうとしている事を察する。

 

『待て、ディーター!早まるな!』

『カ…カール!伝えてくれ……!ディーターは……士族エンゲル家の名誉に恥じぬ最後を……!』

 

 若干震える声で話す親友の声は、しかしそこから先は無線に雑音が入り聞き取りにくくなる。

 

 分解されながら正面より肉薄するワルキューレを視認するとマコーネル准尉はその意図を瞬時に理解すると共に舌打ちする。

 

「機長、来ます!糞ったれ!帝国の気狂い共め……!」

「軍曹、覚悟を決めろ!」

 

 この時点で回避が不可能である事は確実で、宇宙服を着ていない自分達は機体のどの箇所が衝突しようとも気圧と酸素濃度、機内温度の低下により生存は難しい事を二人は理解していた。故に彼らはこの場で自身のやるべき事を冷静に把握し、文字通り命を賭けてそれを成し遂げた。

 

『こ、皇帝陛下万歳……!』

「ファックカイザー!」

 

 特攻するワルキューレが激突する瞬間マコーネル准尉は機体を大きく傾斜させた。次の瞬間突撃したワルキューレがシャトルの「前半分」を引き千切る。スクラップとなった二つの鉄の塊はデブリにぶつかって爆散した。

 

『ディーター………!』

 

 遠方からの光学カメラによる粗い拡大映像で親友の最期を視認したケンプは暫しの沈黙後、厳粛に最敬礼をする。そして親友の「軍功」を確認した彼は機体を本隊の方角に向け宙域を離脱した。

 

 そしてこの時、彼は爆散の映像が遠方からの拡大映像のために確認出来なかった。千切れたシャトルの「後ろ半分」は四散せずにデブリが彷徨う宙域に漂っていた事に………。

 

 




ふと思いついた下らない小ネタ(ハリポタ風)
ルドルフ「さて、では卿にはどの仕事をしてもらおうかな?どの仕事をしても卿は偉大な功績を建てられる!」
ファルストロング(領地経営は嫌だ、領地経営は嫌だ……)
ルドルフ「領地経営は嫌か?ふむ、宜しいならば……社会秩序維持局局長ううぅぅぅ!」
ファルストロング「ファックカイザー!!」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。