帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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やっぱりジブリは紅の豚が至高だと思った(唐突な感想)


第八十八話 飛ばねぇ貴族はただの貴族だ

 5月13日2000時から翌5月14日0300時にかけて同盟軍右翼第一一艦隊は攻勢に転じた。

 

 第三・四分艦隊が迅速な陣地転換により相対する帝国軍第二竜騎兵艦隊の側面に回り込んだ。前方を受け持つ第二・五分艦隊と共に第一一艦隊は十字砲火を加え帝国軍の戦列を削り取る。狭い回廊内でのこの大掛かりな機動戦は780年代の軍備増強計画により回廊内での戦闘を前提とした艦隊編成に再編された第一一艦隊だからこそ可能なものであった。

 

「ここで帝国軍の隊列に亀裂を入れられれば後退のタイミングを図れるのだけれど、まぁ上手くはいかないわよね」

 

 第一一艦隊旗艦カンジェンチュンガ級旗艦級大型戦艦10番艦「ドラケンスバーグ」艦橋内でコーデリア・ドリンカー・コープ中尉は頬杖をした状態でデスクに座りメインスクリーンを見やる。

 

 後一歩で崩壊させ得る、と言う所で第四弓騎兵艦隊の砲艇部隊が凄まじい速さでその穴を塞いできた。お陰様で第二竜騎兵艦隊もタッチの差で陣形の再編を行い戦線は再び膠着しつつある。前と側面からの挟撃は維持しているが同盟軍はエネルギー不足による火力の減衰、対して帝国軍は要塞からの後方支援の結果贅沢にも中和磁場を全開にして展開している。結果として同盟軍は戦力と火力の分散という愚を犯したに等しい。

 

「これならあんたの言った通り、側面から全力で火力を叩きつけた方が良かったかもね」

 

 コープは横のデスクで書類を整理するウィレム・ホーランド中尉にぼやくように語る。ホーランドは此度の作戦に対して提案の一つとして戦力を二分化しての挟撃ではなく、全軍による側面攻撃、それにより第二竜騎兵艦隊を要塞駐留艦隊の展開する宙域に押し込む作戦を作成していた。

 

 尤も、あくまでも彼の作成したのは所謂参考意見であり、作戦参謀でもない以上その意見は然程反映されず、彼自身も自身の作戦を強く提案したわけでもない。そもそも任官して一年未満の若造の作戦に艦隊司令部がそこまで色めき立って注目する道理も無かった。

 

「まぁ、それだけでもないのだろうけど」

 

 コープは意味深げに呟く。確かに新兵である、というのも一因ではあろうがそれ以上に出自から意見を軽視された側面も否定は出来なかった。

 

 ヴォルムス出身の帝国系、というだけでこの艦隊では居心地は良いとはいえない。ましてそんな出自のひよっこが意見しても生意気と言われるのがオチである。

 

 少しだけバツの悪そうな顔をするコープ。

 

 何を血迷ったのか改名した挙句同胞を捨てたために亡命政府の顰蹙を買い士官学校次席でありながら最前線の激戦地に投げ込まれたこの同期をこの艦隊司令部に招き寄せたのは彼女自身だ。優秀な人材を消耗させたくない、という意図と士官学校でのライバルを詰まらない戦地で無駄死にさせたくないという理由からの善意ではあったが失敗だったかも知れない、と思う。やはり改名しても、縁を切っても上の世代にとっては血は水より濃い、という認識らしい。純粋な帝国系というだけで士官学校次席でありながら冷遇されていた。

 

「そうでもあるまい。俺のような若造の意見を司令部の参謀達が鵜呑みにすればそれこそ愚かというものだ。作戦自体は完成度は高かった。実際成功まで後一歩の所だった。問題は……」

「ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ」

 

 ホーランドの意見を先読みするようにコープはその人物名を呟く。ホーランドはコープの方に視線を向け、頷く。

 

「これまでも優秀な中堅司令官としては有名ではあったが、甘すぎる評価だった。一個艦隊、いやそれ以上を指揮するとしても十分な力量があると思うべきだ」

 

 優秀な艦長が優秀な戦隊司令官とは限らないし、優秀な戦隊司令官が優秀な分艦隊司令官や艦隊司令官とは限らない。人は無能になるまで出世する、と提言したのは西暦二〇世紀の社会学者であったか、兎も角も戦闘艇艦隊の司令官としてであるとはいえ一個艦隊を初めて指揮してここまで動けるものなのか、と敵ながら驚嘆せざる得ない。

 

「面倒ね、見る限りかなり堅実な指揮だわ。命令一つ一つは平凡だけれどミスが無い。奇策で吊り上げるのも難しそうね」

 

 メルカッツ、と言う指揮官の指揮を一言で表すならば「正道」であろう。平凡で保守的な艦隊運用は、だからこそ堅実であり、攻めがたい。戦いになれば余程将器に差が無ければ確実に消耗戦になるであろう。勝利出来る軍人かと言えば判断に困るが大敗するタイプの軍人では無いのは間違いない。安心して大軍を預けられるタイプの提督だ。

 

「いえ、その点でいえば他の敵将も同じね、嫌なほど粘り強いわ」

 

 余り活躍の無いグライフスも何度危機に陥ろうとも寸前の所で持ち堪えるし、ヴァルテンベルクも猪突猛進な面はあるが逆撃を受けても崩壊しない。ブランデンブルクは全軍を良く統率して寡兵で良く大軍の猛攻に耐えている。

 

「帝国軍は統率力に長ける将官が多いからな。どれだけ劣勢でも崩れにくい」

 

 階級社会である帝国において門閥貴族階級の役目は指導者であり、リーダーシップや決断能力、統率力が求められる。そしてそれは軍隊において将官に求められる資質の一つでもある。それ故に帝国軍には部隊の士気を的確に高め、どれだけ撃ち減らされても組織的抵抗を続けるだけの粘り強さに定評ある貴族軍人が多い。

 

 その上でメルカッツはほかの諸将に比べ一層自制心が強いようだ。こちらが敢えて隙を見せても全く反応してこない。尤も、こちらが本当に危機に陥っても積極的な攻勢に出る事も少ないために意地の悪い者が見れば失敗を極度に恐れる臆病者に映る可能性もある。

 

「あるいはそこが撤退に際して付け入る事が出来るかも知れないけど……」

 

 コープはそこまで考えて撤退作戦について自分なりの草案を脳内で思い描く。そしてその内容の客観的評価を尋ねようとちらりとホーランドを見て、その考えを取り止める。

 

「……もしかして気にしている?」

「何をだ?」

 

 そう即答するホーランドはしかし、何か別の事を考えているように上の空だ。

 

「何をって……自分の胸に聞いたら?」

 

 呆れ気味にコープは吐き捨てる。ここ数時間程キレの鈍っているホーランド、理由は大体察しがついていた。

 

 数時間前に伝わった連絡、内容は伝令シャトルの行方不明と言うありふれたものである。幸運にも予備のもう一機は目的地に辿り着いたため命令自体は通達され戦況に影響はないが、問題は行方不明の方の乗員である。

 

 そのお陰で戦線の一部を預かる亡命軍が戦闘中にも関わらず三ダースに及ぶ抗議文を遠征軍司令部に送信してきて通信が一時的に混乱する事態に陥った。

 

 遠征軍司令官ブランシャール元帥は抗議文を読んで困ったとばかりに苦笑いしたというが、それはそうとして無碍にも出来ない。巡航艦と駆逐艦合わせて一〇隻余りの捜索隊が派遣されたとも聞くが撃墜されたとしたら見つかるのはシャトルの残骸や肉片くらいのものであろう。

 

「ここまで来るとあいつ、呪われているんじゃないの?」

 

 コープとしては派閥は兎も角同期の命の危機ではあるがここまで来ると心配よりも呆れの感情が先に来る。比較的安全な部署に歴任しながら一年のうちに三度死にかけるというのもなかなかお目に掛かれない。このまま行けば後方勤務本部に着任しても初日にテロに遭いそうだ。

 

「呪いか、有り得るな。陸戦演習や山岳行軍訓練でもやけに敵を引き寄せたしな」

 

 ホーランドの脳裏によぎるのはなぜか相手チームの陸戦隊主力と鉢合わせたり、山岳地帯でアグレッサー役の同盟地上軍の戦車を引き連れて自分達の下に逃げて来た同期の姿だ。お陰でほかの同期にこっち来るな!と真面目な顔で言われながら全員に逃げられていた。

 

「もうあいつ軍艦に括りつけて殿にしたらいいんじゃないかしら。多分「雷神の槌」がピンポイントで狙ってくるわよ?」

 

 コープのその冗談にホーランドは小さく笑い声を漏らす。その顔はいかにもあり得そうだ、というものだった。

 

「その癖、何だかんだあっても大概生き残るから始末に負えんな」

 

 ホーランドはその厳つい表情で呆れるような笑顔を作る。コープは少しだけ驚いた、彼女にとっては初めて見る表情であったからだ。

 

「そうだな、ゴキブリのように生き汚い奴の事だ、そのうちひょっこり現れるだろうな」

 

ホーランドのその言は希望ではなくある種の確信を帯びていた。

 

 その姿を見たコープは目を丸くして、次いで少しだけ不機嫌そうになり、気を紛らわせるかのように艦橋のメインスクリーンに視線を移した。戦局は未だどちらが優勢とも言い難い混迷の中にあった。

 

 

 

 

 

 

 目覚めた私がまず目にしたのはすやすやと眠りこける従士の寝顔だった。

 

「………」

 

 一瞬硬直した私は次の瞬間に就寝前の事を思い出し、冷や汗を流す。

 

 ……あかん、昨日は調子に乗り過ぎた。あれだ、若気の至りという奴だ。一晩起きて頭を冷やして考えたら分かる。同じ寝袋で寝るとかダウトだろ、常識的に考えて。

 

 取り敢えず私のやるべき事はベアトを起こさずにゆっくり寝袋を出て何事も無かったのように身支度をする事だ。大丈夫だ、私は指一本触れていない、寝ぼけていたとしても入るように言ったのはベアトだ、承諾したのは私も寝ぼけていて正常な判断が出来なかったためで不可抗力なのだ。その上で問題が起きるまでに退避するのだ(逃げたわけではない)。うむ、隙の無い完全な論理武装だ。………多分。

 

「………綺麗だよなぁ」

 

 暗闇の中でも光を反射して輝く深い金髪に、白く柔らかな頬、血色の良い口元に整った歯並び、大きく鮮やかな紅色の瞳がこちらを見つめる。それは美形の血を取り込み、整った栄養バランスの食事で健康な体付きを維持し、小さい頃から美容に気を使ったからこそ生み出されるある種の芸術作品と言えるだろうって……。

 

「見つめる?」

 

 私は目の前の従士を見やる。紅玉のような瞳がこちらを見つめていた。その中には明らかな困惑と混乱と驚愕が写り込み、次第にそこに理解と恐怖の色が加わる。

 

「ベア……」

「申し訳御座いませんっ!」

 

 言い訳を言う前に恐怖に竦む従士が私に悲鳴に近い謝罪の言葉を叫ぶ。

 

「わ、若様に何て無礼な事を……このような狭苦しい寝袋にっ……それに汗臭い姿に密着してっ……い、今すぐ離れます!お待ちください!」

「いやっ……ちょっ……!?うおっ!?」

 

 そう言って寝袋から出ようとしたベアト、そしてそれを引き留めようとした私、双方共慌てて周囲を良く見ずにそんな事を行った結果として寝袋に引っ掛かり、我々はバランスを崩す。

 

「痛っ……げっ」

 

 私は慌てて肘をついて自身が床に倒れるのを阻止するが、同時に現在の状況を理解して表情を凍り付かせる。

 

 現在の状況を端的に説明しよう、共に白いカッターシャツの寝起きの男女、男は床に倒れる女に覆いかぶさる形で肘をついている。そして互いに相手の顔が目の前にある訳だ。

 

 安い三文小説ならばここで恋が始まるのであろうが、現実にはそんな事は有り得ない。ベアトの主観では寝て起きたらいきなり私に押し倒されると言う事案しかない状況だ。性犯罪発生三秒前です。憲兵サン、こっちですよー?

 

「………」

「………」

 

 互いに文字通り目と鼻の先の相手の瞳を見つめる。柑橘類の爽やかな香りが鼻腔に漂う。その香りに一瞬誘惑されるがそれもベアトの瞳を見れば一瞬で消え去る。

 

 ベアトの瞳は震えていた。瞳の奥底には私に対する恐怖と緊張、そして悲しみの色が見えた。というか失望の色じゃないのかこれ?

 

「え、えっと……ベアト落ち着け?」

 

何で疑問形なんだよ、私だよ落ち着くべきなのは。

 

「は、はい……」

 

 一方、ベアトは震える声で律儀にも答える。うん、分かる。凄く怖いですよね?

 

「えっと……その、あれだ。すまんな、勝手に寝袋の中にいて驚いただろ?」

「は……はい………」

 

不安そうな口調でベアトが答える。

 

「その、何だ、一度私が起きた時の会話、覚えているか?」

「はい……」

 

 取り敢えず男らしくなく言い訳をするとしよう。ここでベアトとの関係悪化はイコール死を意味するからだ。

 

「私もかなり寝ぼけていてな、本来ならばあのような提案受け入れるべきでは無かったのだが……迷惑をかけるばかりか怖がらせたな?」

 

 私が女ならいきなりベッドの中に男がいたら怖いどころの話ではない。

 

「い、いいえ……し、謝罪はこちらのすべき事です。寝ぼけていたとはいえ、あのような不躾な提案をした事をお許し下さい」

 

 萎縮するベアトはそう答える。その表情を見る限り本当にそう考えているのだろう。……御免、こっちも下心有りで提案に乗ったんだよ。というか寝ぼけているのを良い事に取り入ったんだよ。

 

………いや、本人には言えないけどな?

 

「そ、そうか。……いや、私もそれは同じだ。寝ぼけていたとはいえ、最終的決定は私がしたのだ。ここは御互い様と言うべきだろうな、そうだろう?」

 

 私は自身の立場を守るためにそのように落とし所を着ける。完全に誤魔化しだ。

 

「は、はい……そう、ですね……はい、若様の御慈悲に感謝致します」

 

 何事かベアトの脳内で結論に達したのか、暫し考えこんだ後、そのように謝意を示す。

 

 私はその言葉に余裕を持った表情(の振り)をして頷く。そしてそのまま極自然に覆い被さっている体勢から離れる。

 

「……」

「……」

 

 互いに起き上がり、暫し無言で、バツの悪そうに見つめ合う。まぁ、何を話せばいいのか分からんので当然だ。

 

……気まずい。これ、何か話した方が良いよな?

 

「そういえ……」

 

 艦橋内の警報が鳴り響いたのは、私が意を決して従士に対して口を開こうとした正に次の瞬間であった……。

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ、ベアト?」

「少々お待ちください、今拡大映像を出します」

 

 すぐさま軍人として私達は行うべき事を始める。予備電源と繋げた艦橋の生き残っている端末を利用し、警報の正体を把握するのだ。

 

 巡航艦「ハービンジャー」に装備された未だ辛うじて稼働する高性能光学カメラが対象を所々映らない艦橋のメインスクリーンに映し出す。

 

「……巡航艦だな」

 

 映し出されるのは帝国軍標準型巡航艦、正確にはその残骸である。「ハービンジャー」とは真逆で艦首が吹き飛び後ろ半分のみが残るそれは明らかにこちらとの接触コースに乗っていた。恐らく巡航艦の衝突警戒警報がこれに反応して鳴り響いたのだろう。ゆっくりと浮遊している現在の状態ならいざ知らず、損傷していない航行中の艦艇ならば数分で衝突してしまう距離だ。

 

「……衝突して持つと思うか?」

「賊軍の標準型巡航艦の質量は同盟軍のそれを上回っています。単純に衝突すれば損害はこちらの方が大きいでしょう」

「だよなぁ……」

 

 全般的に防衛戦を中心とする同盟軍は兵站面を気にする事は少ない、その上揚陸能力や航続能力も重視していないため帝国軍のそれより一回り小柄だ。よく言えば必要な性能のみをコンパクトに纏めて的を小さくしているとも言えるが悪く言えば貧乏性で拡張性が小さいともいえる。

 

 まぁ、設計思想の評価は兎も角もここで重要なのは同盟軍の戦闘艦艇は帝国軍のそれよりも小さいと言う事だ。当然ぶつかればどうなるか言うまでもない。少なくとも衝撃によって最良でも中の人間は全身鞭打ち状態であろう。

 

「選べる選択肢は二つに一つ、ここを放棄して別のデブリを目指す、あるいはあれの軌道を変える。どちらが良い?」

 

 私はベアトに問いかける。答えは出ているがベアトの意見も聞きたかった。

 

「あのデブリの軌道を変更する以外にありません。他のデブリに移動、と言いましてもこの辺りである程度形の整ったデブリはほかに見当たりません。ここの放棄後に代わりが見つからなければ酸欠になります。一方、あのデブリの軌道を変えるのは然程難しくはありません。ランチで向かい幾つかの箇所に爆薬を仕掛ければ軌道を変える事は可能でしょう。場合によっては内部を捜索して物資の補給も可能かも知れません。問題があるとすれば………」

「残兵か?」

 

 私はベアトが続けようとした言葉を紡ぐ。ベアトは無言のままに頷いた。

 

「あの外見から見ると内部も相当な損害を受けている筈、生存者がいるとしても脱出している可能性もありますが……」

「逆に言えば逃げ遅れがいても可笑しくはないな」

 

 そうでなくても我々のように宇宙漂流して残骸に辿り着く者もいるだろう。最悪の最悪、銃撃戦を覚悟しないといけない。

 

「若様……」

「いや、悪いが私も行かせてもらうぞ」

「ですが……!」

 

ベアトが言う前に私は機先を制して同行の意思を示す。

 

「逆に考えろ、お前一人行って帰ってこなかったらそれこそ終わりだ。いざという時私一人で軌道を変えるなんて無理だ。お前が一命をかけて成功したとしても次問題が起きたら?やはり終わりだ。地上なら兎も角、今の私にはお前が命綱なんだ、マジで一人にしないでくれ、な?」

 

 それは厳然たる事実だ。無重力空間では私は元より無い実力の更に半分も出せやしない。文字通りベアトがいなければ生き残れないであろう。ベアトが死ねば私も遅かれ早かれ十中八九死ぬ。ならば同行した方が良いのだ。

 

「それに想定外の事態になっても一人よりは二人の方がマシな筈だ。まぁ、ランチくらいなら流石に操縦は出来る。運転手代わりにはなるさ。それに爆薬だけ設置してさっさと終わる可能性もあるしな」

 

 ベアトは一瞬何か言おうとするが、恐らく冷静に分析してその方が良いという結論に達したのだろう。私の意見を肯定した。

 

 そうなれば後は準備するだけだ。食事と身支度を終わらせた私達は宇宙服を着用する。武器にブラスターライフルやスタングレネード等を装備するほか、予備の酸素タンク、軌道変更用の設置型時限爆弾を用意する。移動手段は艦内で放棄されていたランチだ。

 

 ランチはシャトルと違い核動力ではなく原始的なロケット燃料が動力であり、速度も航続距離も長くない上、密閉空間でもないため乗船中も宇宙服着用が必須だ。何方かと言うと小規模な陸戦部隊の揚陸や短距離人員移動、艦表面での作業用に利用される類のものだった。正直この作業に使うのにも少し無理がある程度の代物だ。例えるならばシャトルは動力付きの金属製ボートでランチはオールで漕ぐ木製カッターと考えてくれれば良い。

 

 5月14日1000時、艦内に放棄されていたランチのセキュリティを解除した後荷物を載せて乗り込み、発艦する。そして凡そ四〇分余りの航行の末、漸く遠目にそれらしい残骸を視界に見出す。

 

「あれ、だな………」

 

 我々の乗っていた巡航艦の残骸から一光秒どころかその十分の一も無い距離ではあるが小型で核融合エンジンを持たないランチでは片道四〇分、残骸自体の持つ運動エネルギーでは何時間もかかるだろう。遠近感覚も分かりにくいため宇宙空間での移動は距離感が可笑しくなりそうだ。

 

「うぇっ……ベアト、衝撃に注意してくれ、そろそろ着陸体勢に移る」

 

 胸焼けするような感覚を堪えて私はベアトにそう伝える。シャトルよりは足が遅いため衝撃は小さいがそれでも無重力というだけで気持ち悪い。

 

 巡航艦の残骸は周囲の装甲も破片などの衝突で相当荒れていた。宇宙艦艇の装甲は大概複数枚の複合装甲と衝撃吸収材、耐熱素材等が折り重なり、その表面を対光学兵器用の塗装でコーティングされてかなり頑丈な造りで出来ている。それでもやはりいざ戦闘となれば強靭な装甲もせいぜい気休め程度にしかならない。

 

 私はランチの着陸誘導システムの補助を受けながら船体表面に慎重に着艦する。ランチからワイヤーが射出され、ランチを固定する。

 

『では若様、揚陸致します』

 

 酸素ボンベの空気を補充したベアトが爆弾を収納したトランクと護身用のブラスターライフルを手にして無線でそう伝える。

 

「分かった。こちらも周辺警戒は行うが気を付けろ」

 

 私はランチに装備された赤外線レーダーで警戒態勢に入る。ランチに装備した追加装備のRWSが360度回転しつつ警戒する。私自身もブラスターライフルを腕の中に持ちランチの操縦席で待機する。

 

 ベアトが安全帯をランチに装着しながら軍艦の甲板に降りる。ブラスターライフルで警戒しながら移動と爆弾の設置作業を実施する。計一〇箇所に爆弾を仕掛け爆破しその衝撃で軌道コースを反らす予定であった。

 

 私は周囲を警戒するように見渡す。

 

「何もなければ良いが………」

 

 限られた小型爆弾で大質量の軌道を変えるためには設置する場所にも注意が必要だ。一つ設置するにも移動時間含め五分は必要だろう。計五〇分の時間警戒しなげればならない。

 

「………」

 

 流石にいつまでも万全な警戒が出来る訳でも無い。人の集中力には限界がある。二〇分も経つ頃になると警戒が緩み始めるのは当然である。

 

だから恐らくそれは幸運だった。

 

 ふと見つめたランチのサイドミラー、本当に気紛れで見たそれに、しかし次の瞬間は目を見開いた。同時に私は理解した。自身の愚かな失態に。

 

 私は着艦した残骸の内部にいる残兵を警戒していた。故に水平に360度警戒していた。無人銃座のRWSもそのための装備だ。

 

 だが待って欲しい、宇宙空間に上下なぞない。故に早く気付くべきだったのだ。何故真上から敵が襲いかかって来ないと考えていた?

 

「ちぃっ……!?」

 

 私の体は殆ど反射的にランチの窓から身を乗り出してブラスターライフルを直上に向けて発砲していた。

 

「ホバーバイクかっ!?」

 

 原作で言えば要塞対要塞戦においてイゼルローン要塞に揚陸していた装甲擲弾兵の利用していたあれを思い浮かべてくれたら良い。無重力ないし低重力空間でも運用可能な二人乗りのホバーバイクが二機真上から襲いかかる。恐らくは周囲の小さなデブリに隠れていたのだろう、このタイミングまで気付かなかった。

 

 私のブラスターライフルの発砲は、しかし動きの早いホバーバイクに効果的な一撃を与えられる程のものではない。寧ろこちらに気付いた帝国兵(簡易宇宙服を着ていた)は同じくブラスターライフルで返礼の射撃を行う。

 

「うおっ……危ねぇ!?」

 

 慌ててランチ内に隠れる。尤も、ランチは非装甲なので中にまでブラスターの光条が何発も抜けてきたが。いや、それ以上に問題は……。

 

「ちぃ、RWSは駄目かっ!」

 

 レーダーと連動する無人銃座は上方からの射撃の雨にやられ、その索敵装備を損傷してしまっていた。無人銃座の稼働可能な角度の外側からの攻撃に反撃する手段はない。いきなり此方側の有する最大の火力を喪失してしまった。

 

『若様っ……!?』

 

 事態に気づいたベアトからの無線。

 

「ベアトかっ!?こちらに来るなっ!危険過ぎるっ!!」

 

 今ベアトが来ても遮蔽物が無く、機動性も劣る以上ただの的にしかならない。

 

「降りては来ないな……」

 

 銃撃も止み、状況は膠着状態に入る。

 

「……恐らく目的はこのランチか」

 

 そうでなければ装甲の無いランチへの攻撃を止めまい。いっそ携帯式の誘導弾で吹き飛ばしても良かろう。それをしないのはランチを可能な限り無傷で手に入れたいということ、そして……。

 

「向こうも万全な状態ではない、という事か……!」

 

 恐らくは同じようにこの艦かほかの艦で漂流していた帝国兵なのだろう。足が欲しくてランチを強奪したいようだ。こんな小さい舟でも欲しいとは相当追い詰められているのだろう。

 

「それなら勝機はあるか……?」

 

 私は無線越しにベアトに安全帯を外し、安全な場所に身体を固定するように伝える。サイドミラーを見れば遠目から近接武器に装備を変更した帝国兵が見える。恐らくは小柄の戦斧とスピアガン、ランチを傷つけずに一撃離脱で襲いかかるつもりなのだろう。このままでは遅かれ早かれ私はヴァルハラに向かう事になる。機先を制して一気に戦闘の主導権を奪わなければならない。

 

 ベアトが安全帯を外したのを確認し、私はタイミングを見計らう。サイドミラー越しにホバーバイクがこちらに直上から降下してきたのを確認し、私は反撃に移る。

 

「………よし、行くぞ!」

 

 次の瞬間、私はランチを操作し、船底のスラスターを全開で噴出した。

 

『っ……!?』

 

 サイドミラー越しに視線を移すとホバーバイクに乗る帝国兵が怯んだように狼狽える姿が映りこむ。

 

 直上に加速するランチを避けようと回避行動を取るホバーバイク。私はブラスターライフルを構える。

 

「食らえ……!」

 

 加速したランチの速度に小回りの利きにくいホバーバイクでいきなり反応は出来ない。私は衝撃に備える。

 

 同時にランチを激しい震動が襲う。真空の空間のため衝撃音こそ響かないがそれが意味する事は理解している。ランチの天井部分が一機のホバーバイクに衝突した。ランチの横窓を見れば破損したホバーバイクと投げ出される宇宙服を着た人影がばたばたと巡航艦の残骸に向け落ちていく(という表現も正確ではないが)のが一瞬見えた。

 

 だが、その事にいつまでも気を取られる訳にもいかない。私は同時に反対側の窓に頭を向けブラスターライフルの筒先を向ける。

 

「狙撃は比較的得意なんだよ……!」

 

 私の射撃の前に操縦席の帝国兵は射殺され、後部のもう一人は狙いが逸れたがそのままランチをホバーバイクにぶつけてホバーバイクから振り落とさせる。宇宙の彼方に飛んでいけや!

 

 一応の敵の無力化を終え、私はランチの機動を静止する。そして、バクバクと動く心臓の鼓動を聞きながら何度も深呼吸をする。

 

「どうにか上手くいったな……」

 

 余りに機動が急なせいで、緊張感と相まってかなり気持ち悪いがどうにか上手くいった。相手がランチを破壊する事に慎重なのが幸運だった。そうでなければもっと有効で簡単な攻撃によって私は殺されていただろう。

 

『若様……!』

 

 簡易宇宙服に備え付けられた無線機からの従士の声が響く。

 

「だ、大丈夫だっ!!怪我はない、今降りる!!」

 

 私はベアトを安心させるように余裕を持った声で呼び掛けに答える。

 

『危険です!上にいます!』

「へっ……?」

 

次の瞬間、目の前に閃光が通り過ぎた。

 

 ちらりと天井を見る。ランチの操縦席の天井からは小さい熱で赤く爛れた穴、下を見る。両足の丁度間、座席に同じように赤く溶けた小さな穴があった。

 

「うおおぉぉっ!!!???」

 

 私は咄嗟にランチの操縦レバーを大きく降っていた。殆どパニック状態での操縦は、しかしある意味では最善ではあった。

 

 バーニアとスラスターを噴かせたランチは気が狂ったかのようにぐるぐるとその場で回転していた。天井に張り付いているであろう帝国兵を振り払うためだ。尤も、そこまで深く考えているわけでも無く完全に半狂乱になっての行動であったが。

 

『若様っ!?若様落ち着いて下さい!御無事なのですかっ!?』

 

 ベアトの無線に僅かに落ち着きを取り戻す私。だが、タイミングが悪い。下手に操縦が落ち着いたせいで次の瞬間、横窓から手が伸びてきたのだから。

 

「ふひぃ!?」

 

 変な悲鳴を上げて真横に顔を振り向かせると必死にランチにしがみつく帝国兵の姿がそこにあった。

 

「まずっ……」

 

 帝国兵が伸ばす手の反対側に何を手にしているのか視認して私は目を見開く。

 

 こちらに向けたブラスターの閃光を、私は寸前にその手を上に反らす事で脳天に食らうのを回避する。

 

『危ねぇだろうが!』

 

 思わず私は帝国語で相手を罵倒する。そのまま片手で操縦幹を握り、もう片方の手で相手のブラスターを持つ手を封じる。

 

 その間私に操縦されたランチは激しく回転し帝国兵を振り落とそうとするが相手もしぶとくしがみつく。というかしつこい、こいつガムか何かの生まれ変わりかっ!?

 

『この野郎、さっさと落ちろ!』

 

 そう叫びながら私は相手のヘルメットに肘打ちをする、が余り効果は無さそうだった。

 

『若様っ……止まって下さい!危険です!』

「へっ……!!」

 

 ベアトが無線で警告の言葉を叫ぶ、が全ては手遅れだった。帝国兵に対応しつつ激しく回転する視界でその危険に気付くのは困難であった。

 

「あっ……やばっ……」

 

 いつの間にか巡航艦の残骸が目の前に迫っていた。私は慌ててランチのバーニアを噴かせて正面衝突を回避する。 

 

 ……いやまぁ、少し遅かったのだけどね。

 

 先程ホバーバイクにぶつかった時以上の激しい衝撃が私を襲う。視界が回転し、一瞬平衡感覚と聴覚を失う。

 

「かっ……い、生きているのかっ……私はっ?」

 

 次に意識が戻った時には私は甲板に身を投げ出していた。頭を打ったのだろうか?視界が揺れ、頭痛がする。体も打った可能性が高い、骨は折れていないだろうが筋肉が痛む。幸運にも我慢出来ない程のものではない。

 

 私は薄れそうになる意識を繋ぎ止め起き上がる。どうやらランチから放り出されたようだ。ランチは残骸に横から突っ込んだ形でめり込んでいた。

 

『若様…!若様……御返事を下さい!』

 

 無線機からベアトの泣きそうな声が響く。

 

「あっ……ああ、安心しろ、取り敢えず生きている。宇宙服も穴はない。問題ない」

 

 私はベアトを安心させるように返事をする。糞、眩暈と吐き気がするな……。

 

『手を上げて貰おうか?』

 

 そこに低い男の声が割り込んだ。正確にはそのような男の無線の声が、だが。

 

「………嫌な予感がするな」

 

 私は後ろからの不穏な空気に気付き、ゆっくりと立ち上がる。そして相手を刺激しないように慎重に振り向く。そこには恐らく先程まで私と戯れていたでおろう帝国兵がブラスターをこちらに向け佇んでいた。

 

『若様……?』

「……隠れろ、機を待て」

 

 ベアトの怪訝な声に、私は宇宙服内の無線の送受信周波数を一瞬秘匿回線にしてベアトに命じる。ベアトならその言葉だけで意味を理解するだろう。

 

『帝国語は分かるだろう、官姓名を答えろ』

 

 帝国兵は無線越しに静かに命じる。

 

「……悪いが、こういうのは先にそちらが言うべきじゃないのかね?ブラスターを向けてとは卿の学んだマナーは随分と荒々しいものだな?」

 

 震える声で、しかし相手の無礼を非難するように命じる。無論、私もこんな所で空気も読まずに高慢な態度を取る訳ではない。相手にそれが通じると理解しての発言だ。

 

 一つには相手の発する帝国語が帝国標準語ではなく宮廷帝国語であった事、そして二つ目に態々射殺せずにこのような事を尋ねる事それ自体から自身が撃ち殺されない……少なくとも当分の間は……と理解していた。だからこそ私は敢えて「門閥貴族らしく」そのように答えたのだ。

 

『この状況でそのような態度を取る度胸があるのは認めてやろう。……宜しい、酸素も、時間も無駄には出来ないのだ。それくらい先に答えてやる』

 

 相手は一歩近付く。そして曇ったヘルメットから内部の顔が光の加減で一瞬映り混む。その顔に私は口には出さずとも内心で驚愕していた。

 

 ……まさか、ここで出くわすとはな。

 

『ファーレンハイト、アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト少尉、二等帝国騎士階級の二代目さ。どうだ、これで良いだろう?卿の官姓名を述べられたい』

 

 士官学校を卒業したばかりであろう、若々しい白髪の新任少尉は淡々と、問い詰めるようにそう口を開いたのだった。

 




本作内の銀河連邦初期から中期の宇宙海賊は紅の豚の空賊とか麦わら海賊団、ミニスカ宇宙海賊みたいなのが多いイメージ(義理人情やショー化、賞金稼ぎと決闘)
尚、恐慌後の後期はガチ目の凶悪宇宙海賊が台頭してルドルフが誕生する模様

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