帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第九十二話 アイサツ前のアンブッシュは一回限りの限定

それは突然の出来事であった。

 

 突如金切り音を立てた艦内スピーカー、その音を前に巡航艦「ロートミューラー」の生存者達はまず驚くように注目し、次にスピーカーがまだ生きていた事に意外そうな表情を浮かべた。副長が使っていなかったのでとっくに壊れていたと思っていたのだ。

 

そして、続いて響いた声の前に兵士達は驚愕した。

 

『各員傾聴っ!これより「ロートミューラー」艦長クリストフ・フォン・ダンネマン少佐が通達を為される!』

 

 その声がこの艦に着任して日の浅い少尉のものである事に気付いて動揺と困惑を浮かべる生存者達。だが彼らがその事についてじっくりと考える時間は無かった。

 

『諸君、このような形で語りかける事を済まなく思う、本艦の艦長ダンネマン少佐だ』

 

 続くようにスピーカーから発されるのは怪我の影響か、少々弱々しくもしかし威厳のある声、ダンネマン艦長のそれに違いなかった。

 

「どこからの放送だっ……!?」

 

 艦内管理室にいた副長が叫ぶ。艦内管理室を始め、ソリビジョンか映像を見る事の出来る区画では椅子に座る艦長とその傍で直立不動の姿勢で佇むファーレンハイト少尉の姿を見る事が出来た。

 

『此度については私の指揮上の過失によって思いもよらず貴官達に多くの負担を掛けた事心苦しく思う』

 

 それは同盟人から見れば尊大に見える言い様ではあったが、それでも多くの兵士達にとっては下級とは言え貴族が自発的に目下に謝罪する事は青天の霹靂であり、少なくない兵士達がどよめく。

 

『知っての通り、我々は現在、艦が重大な損傷を受け、漂流の身である。本隊がいつ我々の救助に来るかは不明瞭であり、物資もまた不足を来しつつある。このままでは遠からず我々は最終手段を取らざるを得ない』

 

 最終手段、即ちは艦の自沈による自決である。救助の見通しが立たず、餓死か窒息死が迫る宇宙での漂流においてはそれは必ずしも除外されるべき選択ではない。

 

生存者の多くは不安げに互いに目配せし合う。

 

「お、恐らくは医務室からの送信であると考えられます!」

「送信を遮断しろっ!糞、若造め、艦長に何を吹き込んだ……!」

 

 端末を操作してそう答える部下にそう命令した後、堂々と映像の中で佇む少尉に視線を向けて罵倒する副長。

 

「だ、駄目です……!ハッキングで無理矢理送信されて……糞、時間が足りません!」

 

 電子戦要員ではない臨時のオペレーターは命令を聞かない端末を殴って叫ぶ。送信の遮断が不可能、その事実に苦虫を噛み、艦長が口を再び開くと、副長は再び映像に意識を向けた。

 

『私は最悪の事態を避けるために指揮を取れぬ自身に代わり副長フォスター大尉に指揮権を委ねた、だが』

 

そこで一層力を込めて少佐は語り始める。

 

『ファーレンハイト少尉を始めとした幾人かの将兵が私に直訴した。フォスター大尉が指揮官としてあるまじき行為の数々、殊に部下に恣意的な態度で任務を与えている点、更には自身達の身の安全を優先し部下を放棄する計画を立てている事、軍規に違反する命令等は艦長として看過出来ない!故にこの瞬間を以て巡航艦「ロートミューラー」艦長クリストフ・フォン・ダンネマン少佐の名を持って布告する。副長フリッツ・フォスター大尉の指揮権の剥奪、及び軍務の放棄の疑い有りとしてその拘束を命じる!』

 

 その命令に副長、そして艦内管制室の将兵全員が衝撃を受ける。だが次の瞬間、我に返ったフォスター大尉が機転を利かせて叫ぶ。

 

「ファーレンハイト少尉の反乱行為の疑い有り!奴を拘束せよっ!」

 

 副長の命令は適切だった。全てを艦長の自由意思では無く、ファーレンハイト少尉が険悪な副長から指揮権を強奪するための虚言を弄した、あるいは脅迫した、という解釈をする事で艦長の「保護」を行おうと言う訳だ。

 

 この判断は妙案と言えた。万が一話が漏れ後から反乱として帝国軍本隊で軍法裁判にかけられても言い訳が可能であるし、副長の部下達も上官反抗罪に問われる可能性を可能な限り低くする事が出来る。

 

 艦内管制室にいる兵士達は脳内で二つの選択を天秤にかける。このまま艦長の命令を聞くか、副長の命令を聞くか、そしてその答えは明白であった。今更あの新参少尉についた所で撃ち殺されかねないし、助かるためにはランチの席が足りない。どちらが自分達の生存率が高いかと考えれば選ぶのは当然後者であった。

 

 だが、次の瞬間艦長の下した命令の前に再び彼らの思考が停止する。

 

『よって、私は現状において諸君の生存の努力を志向し、その階級・能力から指揮権を委ねるに相応しい人物としてティルピッツ伯爵家のヴォルター・フォン・ティルピッツ予備役准将を本艦の臨時指揮官として任命する』

「はっ?……はああぁぁぁぁ!!??」

 

 副長が一周回って笑いを誘うような驚愕と衝撃を受けた声を上げる。見れば口を大きく広げ、目は今にも飛び出そうな程に見開いていた。

 

 尤もそれも仕方ない、副長も、他の者達も指揮権の移譲程度は想定していたが、精々ファーレンハイト少尉に対してであろうと考えていた。まさか反乱軍の捕虜に指揮権を移譲する事までは想定しない、想定出来る訳がない。

 

 ある意味では身分間の常識の違いが生んだ喜劇だった。副長も捕虜が火薬庫である事くらいは理解していたが所詮捕虜は捕虜でしかなく、流石にそこまでは考慮に入れていなかった。帝国内において尤も身分に平等で、公平な組織である帝国軍に長年所属していれば当然だ。

 

 残念ながら帝国貴族にとっては亡命貴族もまた貴族であり、それは即ち優秀な遺伝子を引き継ぐ「指導者階級」であった。亡命政府軍や亡命貴族との戦いは殺し合いと言うよりも「喧嘩」か「決闘」のように新無憂宮では理解されており必ずしも固形化した殺意と敵意の塊を向ける相手ではない。同じく高貴な血を引き継ぎ、対等の立場にある「指導者階級」に対して指揮権を委ねるのは然程可笑しい事には思えなかったのだ。寧ろ艦長よりも引き継ぎ相手が貴き血筋であれば当然であった。少なくとも相応に古い家名を背負う艦長にとってはそれは特に違和感は無かった。

 

 無論、そこには粗雑な扱いを受けた捕虜が訴えた、という事も大きな理由であったが(もし巡り巡って帝国にまで話が伝われば所詮帝国騎士家のダンネマン家は村八分されて窮地に陥りかねないのだ)。

 

「おいっ!独房にも人を回せ!中の馬鹿貴族を絶対出させ……」

『では、ティルピッツ予備役准将から通達がある。総員、心して傾聴せよ!』

「なぁ!?」

 

 更に表情を驚愕させ副長は振り返る。その視線はハッキングされた液晶スクリーンに向く。

 

 そして画面の端から貴族らしく背筋をピンと伸ばした青年が現れ、映像の中央に立つ。大半の兵士達は声だけであるが食堂等に陣取っていた兵士達は固定式の液晶テレビからその貴族らしい整った、それでいて鋭く尊大な顔を見る事が出来た事であろう。

 

青年は一切緊張の表情を見せず、堂々と口を開く。

 

『諸君、私がティルピッツ伯爵家長子にして自由惑星同盟軍所属、ヴォルター・フォン・ティルピッツ中尉、いや帝国軍予備役准将と名乗る方が適切だな。ダンネマン艦長より推薦を受け卿らの新しい指揮官に任じられた』

「なぜっ……カメラだとこちらに……!?」

 

 副長が視線を移動させる。カメラを通して移り込む映像、そちらを見れば捕虜を収容した独房の中にあの貴族の餓鬼が確かに移り込んでいた。だが……だが確かに艦長に紹介され演説擬きをしている男はあの貴族に違い無かった。

 

 そしてそれが恐らくは替え玉されたのだろう、という事実に数秒遅れて思い至る。

 

『私は知っての通り卿らの言う所の反乱軍に所属している一軍人であり、ついこの前まで卿らと砲火を交え、そして数時間前まで捕囚の身にあった』

 

 スクリーンに映る青年貴族はその事実を恥じ入る事も無く堂々と口にする。その姿はまるでこう言った場面に慣れている印象を受ける。

 

 実際門閥貴族の子弟である以上幼少期より大勢の前での弁論や演説の訓練、いや実践だって普通に行う。それに比べればたかだか数十人、それもカメラ越しであれば緊張するに値しない。

 

 スクリーンに映る青年貴族は端正な顔立ちに強い意志を示す、堂々とした立ち振舞いは開祖ルドルフ大帝の演説時のそれを意識していた。発声練習の結果滑舌が良く、良く通る声はシリウス政府のカール・パルムグレンのそれを模倣している。その人を引き寄せる言葉遣いは初代地球統一政府首相リカルド・マーセナスから学んでおり、身ぶり手振りはゲルマン第三帝国のアドルフ・ヒトラーのそれのように力強く相手の内面に訴えかけるものであった。

 

『だが、捕囚の身となったのは擬態である。ここに私がいる事からも明らかな通り、私は戦いに敗れ捕虜にされたのではない、嘆願されたために敢えて自身を捕囚の身に貶めたのだ!』

 

 青年貴族は語る。戦闘中に遭遇した帝国騎士ファーレンハイト少尉との唾競り合いの中で互いの身分、そして彼とその部下達が危急の事態に陥っている事を知る事になったのだと。その上で敵対者として相対しつつも自身が伯爵家の人間であると知った少尉が自身の恥を偲びつつも自身の器量では最早貴族としての責任を果たせないがためにその力添えを嘆願したのだと。

 

『故に私は恥を偲びつつ嘆願した彼の名誉に応え、一先ず捕囚の振りをしつつこの艦の事情をこの目で直に見、この身で体験する事にした。そして彼の言う通りであった、この艦の状況は誠に危機的なものであると言える。あのような副長が指揮官代理だとは!』

 

 指揮官としての器量が不足する小者、決断力も責任能力も無い到底指導者として不足する小賢しい平民。そう副長を扱き下ろす。

 

『まして奴はこのまま自分達だけが助かるために責任を持つべき部下を切り捨てようとしている、それは艦長ダンネマン少佐の意思にも反する事だ。故に私は同盟軍人である前に臣民を指導すべき貴族としての使命を果たす事とした。そしてファーレンハイト少尉と共に艦長に掛け合い、正に今その指揮権を移譲された!』

 

 そして相手を安堵させるような、それでいて高圧的でもある口調で青年貴族は兵士達に語りかける。

 

『諸君、安堵せよ!ティルピッツ伯爵家が一族の末裔ヴォルターの名にかけて諸君達の生命と名誉を保証する、各員今すぐに正規の指揮系統に復帰するのだ!尚、この命に逆らう者は軍規、そして帝室と秩序に反逆する逆賊として解釈し、場合によっては極刑に処される事も覚悟せよ!』

 

 それが当然の権利であるかのようにスクリーンの中で二十歳を過ぎたばかりの若造が高らかに宣言する。口調、身ぶり手振り、姿勢、視線、表情、全てが幼少期からの濃密な貴族教育により躾られたそれらをフル活用した扇動の技術の結晶であった。流石に経験不足から見る者が見れば粗があるであろうが、少なくともこの極限状態においては十分な出来と言える。

 

 だが、内容は正直な所失笑を禁じ得ないものだ。同盟軍人が帝国軍法と帝室の名の下に指揮下に入れと命令する姿は一歩引いて考えると滑稽に過ぎた。だが、当の本人達にはそれは必ずしも滅茶苦茶なロジックではなかったし、そんな事が気にならない位にはその扇動はそれなりに上手くできたものであった。

 

 艦内管制室の将兵は演説を唖然として、あるいは顔を青くして見続け……ふと、副長がいち早く我に返る。

 

「戦闘用意だっ!武器を取って今すぐ医務室に……」

 

 副長が怒鳴り声を上げながらそう命令した次の瞬間、その叫び声は強制的に封じられる。………艦全体を襲った揺れによって。

 

「なっ……!?」

 

 副長達が何が起こったのか一瞬理解出来なかった。まるで艦が被弾し切断された時のような揺れ、それも無重力状態で起こったために室内は混乱の渦に陥った。

 

 身体が揺れにより壁や天井に叩きつけられる。それどころか書類や小物の類が宙を舞い、そのまま床に落ちる事なく四方八方に跳び回る。身体を叩きつけられた痛みと視界を邪魔する資料により彼らは事態を把握する事が困難だった。

 

 その震動は予め艦の残骸表面に設置した同盟軍で制式採用されている60式工作用時限爆弾(同盟軍愛称ジャスタウェイ)の高性能爆薬の爆発によるものであった。

 

そして、それこそが狙いだった。

 

 視界が塞がれ、混乱する中、天井の換気扇の網が勢い良く外される。

 

 続いて現れるのは簡易宇宙服に姿勢制御用簡易スラスターを取り付けた侵入者。

 

「敵襲……っ!」

 

 悲鳴を上げるように一人が叫ぶ、が次の瞬間には侵入者の手元にあったエアライフルから撃ち出される合成樹脂性の瞬間凝固粘着弾により壁に張り付けにされる。

 

「糞っ……!撃て!撃ち殺せ!」

 

 誰がいったかは不明だが、その掛け声に反応した数名が腰のハンドブラスターを抜き取り発砲する。慌てて人影は物陰に隠れる。

 

「ちぃ、考えなしめ……!」

 

 物陰に伏せた侵入者ことアーダルベルト・フォン・ファーレンハイト少尉は彼らの愚かな行為に舌打ちする。計器や端末に被害を出さないようにブラスターや火薬銃、パラライザー銃を使っていないと言うのにこれでは配慮した分損したように思えた。

 

「もう、配慮するだけ無意味ですね」

 

 その低い声に続くように光条が輝く。それと共に数名の敵兵が悲鳴を上げ腕を掴み宙でのたうち回る。その抑える腕からは赤い染みが広がっていた。

 

「ほぅ、中々……やはり油断出来んな」

 

 ファーレンハイト少尉が換気口から現れた簡易宇宙服姿のベアトを見て呟く。彼女はハンドブラスターを三回発砲し、その全てが相手の利き手を撃ち抜いていた。かなりの腕前、ファーレンハイト少尉は自身の選択の正しさを実感する。彼女を敵に回すと負けないまでも相当に苦労した事であろう。

 

だが、敵……軍人としての先達達は決して甘くはない。

 

「伏せろっ!体を固定するんだ!」

 

 ケストナー中尉はいち早く混乱から立ち直り、デスクの下に隠れながら叫ぶ。腐っても彼らは平民階級でありながら才能と努力で兵士や下士官として前線で戦い戦功と経験を積み重ねて来たのだ。まして地方部隊ではなく正規艦隊所属である、陸戦部隊でなくとも相応の白兵戦闘の心得はあった。

 

 彼らは居場所を特定されないように物音を立てず、身を伏せながら射撃を、あるいは一発狙撃する毎に移動する事で狙いを付けさせないようにする。

 

「舐めるな糞貴族がっ!」

「ぺーぺーの餓鬼共め粋がるんじゃねぇ……!」

 

 彼らの張る弾幕は濃密で正確であった。その上その場で即席で援護し合い反撃を防いで見せる。

 

「ちっ、流石に甘く見過ぎたな」

 

 ファーレンハイト少尉は少しだけ苦い顔をしてエアライフルを撃つ。床に伏せていた敵兵の一人に当たると四散した粘着性瞬間凝固樹脂によって首や両手が床に張り付き動きを封じられる。だがすぐさま弾幕を張られそれ以上の攻撃を封じられる。

 

 少尉の想定以上に彼らは粘っていた。さしもの少尉も軍歴一年も無い新兵であったという事だ。相手を侮りその実力を僅かではあるが過小評価していた、それ故の苦戦であった。

 

「だからこその備えあれば憂い無しってな?」

 

次の瞬間、換気扇から何かが飛び出す。

 

閃光手榴弾(フラッシュグラナーダ)……!」

 

 目の前にそれを見つけたオーマン曹長が悲鳴に近い声で叫ぶ。同時に室内全体を190デシベルの爆発音と120万カンテラの閃光が襲う。その威力は無防備で受けた者の視界を数分に渡り奪うだけでなくその聴覚、更には方向感覚の一時的喪失まで招く。

 

 その光と爆音の前に敵兵の大半はそれだけで事実上無力化された。簡易宇宙服により光や爆音を通さないファーレンハイト少尉やベアトは一方的にのたうち回る彼らを拘束する。

 

「畜生!舐めるな……!」

 

 咄嗟に目を閉じ、耳を塞ぐ事で五感へのダメージを最小限に留めた数名がベアト達に反撃の発砲を行う。だが……。

 

「私を忘れて貰っては困るんだがな……!」

 

 今更のように換気口から降り立った私(当然簡易宇宙服を着た状態だ)がエアライフルでハンドブラスターをベアトに向けたケストナー中尉をその引き金を引かせる前に無力化する。続いてこちらに銃口を向ける一人の下士官をそのハンドブラスターに向け撃つ事で衝撃で射線を逸らす。横合いから襲い掛かるベアトに頭部を回し蹴りされてその下士官は意識を刈り取られた。

 

「若様っ……御無事で御座いますか!?」

 

 蒼白な顔つきでこちらを見やるベアト。だがそれは忠義心から来たとしても誤った判断だった。

 

「糞餓鬼共め……!」

「っ……!?」

 

 気絶した振りをしていたのだろう、ブラスターライフルを持った別の敵兵が突如動き出し、そのライフルの銃床でベアトに襲い掛かる。そして……。

 

「そうはいかんよ……!」

 

 バックパックで加速したファーレンハイト少尉がその敵兵に横合いから高速で突撃して相手を壁に蹴り上げる。

 

「うがっ……!?このっ……うえっ!?」

 

 壁に叩きつけられた敵兵が反撃に移る前に私とファーレンハイト少尉はエアライフルを連射して相手が指一本動かせないまでに合成樹脂まみれにしてやった。抜け出そうと足をばたつかせる姿はどこか滑稽であった。

 

「ベアト、大丈夫かっ……!?」

 

エアライフルを降ろして私は叫ぶように尋ねる。

 

「えっ、は…はい、大丈夫で御座います!」

 

 一瞬呆けた後、事情を理解したベアトが慌てて返答する。

 

「それは良かった。少尉も良く助けてくれた、感謝する」

 

 事態に気付いて援護してくれた食い詰めにも感謝の言葉をかける。尤も、礼でしたら恩賞という形で期待しますよ、という返答で返されたが。貧乏貴族らしい言い草だ。余り礼儀のある返答ではないので不快気にベアトが食い詰め少尉を睨む。

 

「おいおい、一応助けたのだから感謝して欲しいのだがな」

「少尉の事を完全に信用している訳ではありませんので」

 

 その返答に肩を竦めながらこちらを見る少尉。ベアトらしい返答ではある。仕方ないので助け舟を出してやろうか……そう考えた瞬間であった。

 

「糞貴族共め……!」

「えっ……ぐっ!?」

 

 耳元に響いた怨念めいた言葉、続いて視界が回転して手元からエアライフルが手放される。そして首元に腕を回されこめかみに何か嫌な感触が響いた。

 

「若様……!!」

「動くんじゃねぇ!このぼんぼんの脳天撃ち抜くぞっ……!?」

 

 驚愕と絶望に彩られた従士がこちらに駆け寄ろうとしたのを制止したのは副長の怒声だった。その声の前にベアト、それにファーレンハイト少尉も動きを止める。

 

「はぁ……はぁ……糞、ふざけやがって。録画か、詰まらん手を使いやがって……!」

 

 フォスター大尉は息切れしつつも脳細胞をフル回転させて私やファーレンハイト少尉がこの場にいる理由を理解したようであった。

 

 そうだ、先程まで流れていた映像は録画されていたものをハッキングして流しただけのものだ。映像を流す事で兵士達の支持を得ると共に艦内管制室に詰める副長達の意識を逸らし換気口を通る際の物音を誤魔化す。続いて時限爆弾の爆発による震動により混乱を引き起こして奇襲攻撃をかける、最後は閃光手榴弾により視覚と聴覚を奪う事で無力化する。それなりに良く出来た作戦であったのだが……何事も計画通りにはいかないらしい。

 

「貴様っ……!自分の行いが何を意味しているのか理解しての所業かぁ……!!?」

 

 ハンドブラスターを構えながら烈火の如く怒り狂った声を上げる従士。その憎悪と敵意に満ち満ちた眼光の前に一瞬副長は、更には私と恐らく食い詰め少尉も肩を震わせた。

 

 尤も、ベアトに出来る事が存在しないことを直ちに理解した副長はすぐにその視線に対して睨み返した。

 

「はっ……!殺れるものなら殺って見るがいい!その前にこいつの脳天が吹き飛ぶだけだぞっ!」

 

 そういってハンドブラスターの銃口を私の頭部に押し付ければ怒りに赤く染まっていたベアトの顔はすぐに青くなる。

 

「フォスター大尉、これ以上の抵抗は無意味です。直ちに降伏を御願いしたい」

 

 一方、ファーレンハイト少尉は当然ながらベアトに比べれば衝撃は小さいようで、エアライフルを向けながら淡々と投降を呼び掛ける。

 

「五月蝿い反逆者め!。反乱軍に鞍替えとは名誉ある帝国騎士の名が泣くぞ、糞餓鬼め……!」

 

 その発言は心からのもの、と言うよりは寧ろ貴族階級である少尉への当て付けか嫌みに近いように思われた。

 

「残念ですが私は反乱軍に付いた覚えも、ましてや反乱を起こしたつもりもありませんが?貴方こそ、艦長の命令は聞いていたでしょう?軍法会議に告発されたくなければ銃を下ろし、准将を解放する事です」

 

 どの口が言うか、恐らくは副長と私の双方が内心でそれを吐き捨てていた。少なくとも生粋の同盟軍人から見ればまごうことなき反乱行為であると認識した筈だ。

 

「ふん、准将様ね。こちとら何十回も軍務についてようやく大尉と言うにいい気なものだな、ええ?二十そこらの小僧の癖にな……!」

 

ありありとした嫌悪感を滲ませながら副長は答える。

 

「艦長も艦長だ。所詮は貴族同士と言う訳か、あんな馬鹿げた命令をするとは呆れ果てるっ……!」

 

 その言葉には失望と軽蔑の感情が垣間見えた。どうやら副長なりに艦長の事を評価はしていたらしい。副長なりに、ではあるが……。

 

「暴言はそれまでにして頂きたい。これ以上の発言は我々としては看過出来ません。……どうするつもりですか?このままでは貴方の破滅も時間の問題ですが、逃げられると御思いで?」

 

一瞬私と目配せした少尉はアイコンタクトをし、想定に従い精神的に揺さぶりをかけるように尋ねる。

 

「黙れ、どの道貴様らがこのまま見逃すつもりも無い事位知っているのだよ……!何、このままお前達を全員始末すれば兵士共はどうしようも出来まい。後は艦長に命令の取り消しを迫るだけよ……!」

 

 従うべき相手がいなくなれば兵士達もこの状況で指揮する指導者が必要なので副長に従うほか無い、という訳だ。更に言えばそれが不可能ならばこの巡航艦(の残骸)を自沈処理した上でランチを使い一人で逃げるつもりであろう。証拠となるもの全てを消し去れば帝国に帰還しても軍法会議にかけられる心配は無い。

 

「それは少し兵士達を見くびり過ぎだと思うがな……」

「ふん、所詮下級兵士なぞ命令が無ければ何も出来ん木偶共ばかりよ。私はな、貴族共が安全な場所から命令する中そんなぐうたら者共を率いて戦って来たのだ、貴様らには分かるまい!」

 

 食い詰め少尉の発言を鼻で笑う副長。それは正確ではないが誤りとも言えない。

 

 以前にも触れたが良くも悪くも下級兵士の多くは出自もあるし、訓練でも自分で考えないように指導される。あくまでも考え、命令するのは士官下士官の仕事であり、兵士達は与えられた命令に従うのみだ。作戦への意見を求められる事は無いし、疑問を考える事も必要無い。淡々と命令に従えば良いのだ。

 

 その指導法は帝国軍の粘り強さに通じるが同時にその戦い方は柔軟性が低く、指揮官を失えば統制が一気に崩壊する。第二次ティアマト会戦が良い例だ。アッシュビーによって後方から司令部を直撃され多くの将官や中堅指揮官を喪失した帝国軍は各部隊が眼前の戦況に柔軟に対応出来ず一つ一つ各個撃破されてしまった。

 

「……演説はそれまでかな?大尉?」

 

 さて、少尉が副長の気を引いているうちに準備を終えた私は悠々と(内心戦々恐々と)副長に尋ねる。

 

「おいボンボン、今の状況を理解しているのかって……っ!?」

 

 私をなじる言葉は途中で止まる。そりゃあそうだろうさ。私が腰から取り出した閃光手榴弾を見せつけられたら、ね。

 

「精一杯の悪あがきをしてくれる所を悪いが、最後が上手くいかない事位学習済みなんだよ……!」

 

 いつも計画を立てて実施しても最後に無様な事になるから、多少はね?

 

「ちょっ……待……」

 

 本日何度目かの、そして一番の驚愕の表情をした副長が制止の声を上げようとする、が全てはもう遅かった。

 

 次の瞬間私の目の前、超至近距離で閃光手榴弾が炸裂する。私が目を強く閉じて身構える。同時に瞼を閉じても視界が明るくなり、弾けるような轟音が響き渡るのを感じた。気密性が強く、ヘルメットが偏光グラスでコーティングされている簡易宇宙服とはいえこのような近距離での閃光手榴弾の起爆は余り想定していないからであろう。

 

「ぐっ……こりゃ……流石にきついな……!」

 

 首元を締めていた腕が離された事で宙を浮く事になったのは何となく分かるがちかちかとして判然としない視界、酷い耳鳴り、ぐるぐると脳を掻きまわされるような頭痛の前に整然とした思考が出来なかった。あっ……やべっ、気持ち悪くて……うえっ……!?

 

「若…ま……外……しっ…り………」

 

 従士の声が微かに聞こえてくる。ヘルメットを外され、嘔吐による内部の酷い匂いと器官への侵入による窒息から解放されたのは何となく分かる。

 

「げっ……げほっ……おえっ……べ……ベアトだな……!?どこだっ……!?よく分からない……!」

 

 私は不明瞭な視界であちらこちら見て手足をばたつかせる。すぐに誰かが私の手を握りしめて引き寄せたのが分かった。私はそれを強く握り返す。それに答えるように身体を抱き寄せられる、

 

「若様……御無事で……い……拭き…ます……」

 

 恐らく吐き出した吐瀉物を拭き取るためであろう、顔にハンカチか何かを添えられて拭われる。

 

「ふ…副長は……?」

「今…拘束……た……とこ……安し……ろ」

 

 キンキンと耳鳴りが響き続けるがファーレンハイト少尉の声が僅かに響く。断片的にしか聞こえないが恐らくは拘束に成功し無力化出来たと思われる。

 

「そ、そうか……苦労をかける。痛っ………」

 

頭が痛いな、鼓膜は……多分破れていないのは幸運だ。

 

「若様…申し訳御座いません……!このような事……!」

 

 ようやく見えるようになってきた視界には半泣きで私の顔を拭く従士の姿が映る。

 

「いや、油断していた……少し気持ち悪いがそれだけだ。……血が出るような怪我は無い。安心しろ」

「ですが……!」

「いや、いいんだ。それよりファーレンハイト少尉共々よく注意を惹いてくれて助かった。お陰で気付かれずに取り出せた」

 

 私がヘタレで(間違ってはいないが)怯えて何も出来ないと思って油断していた事も一因だが少尉は挑発するように意識して、ベアトは素で怒り狂う事で副長の意識を惹いてくれた事もこの半分道連れに近い作戦が成功した理由であろう。

 

 ちらりと視線を向ければ電磁手錠をかけられた副長が閃光と爆音による耳鳴りと頭痛、そして目の眩みで呻いていた。その傍には彼を押さえつける少尉がいる。

 

 私の視線に気付いたのだろう、ベアトも捕囚となった副長に視線を向ける。尤も、私と違い敵意と殺意に溢れたものであったが。

 

「若様、この下種の始末はどうぞ私にお任せ下さいませ、可能な限り苦痛を味合わせて処理致します」

 

 そう言って腰の炭素クリスタル製のファイティングナイフに手を触れるベアト。

 

「………」

 

少尉は私を試すような視線を送る。分かっとるがな。

 

「止めろベアト」

 

 私は期待されている通り、いや当然の帰結として従士を制止する。

 

「ですが……!」

 

その答えにベアトが反対する、が……。

 

「私に恥をかかせるな」

 

 既に無力化している。ほかに敵の襲撃がある訳でもない、この上で抵抗不可能でその余裕があるのに個人的な憎悪で捕虜を殺害するのは戦時法違反の虐殺行為に認定される。虐殺上等だった戦時法の無い戦争初期でもあるまいにそんな事をする訳にはいかない。

 

「それに裁判に掛けられるのはお前だ、大事な従士をたかが平民相手に失えるかよ。それともお前はそんなに安いのか?構わん、捨て置け」

 

 私は掃き捨てるようにそう言い放つ。実の所、それも理由だが同時に自身のために道理や自身の発言を取り消すような人物と食い詰めに思われたら危険という事もある。私だって完全に彼を信用している訳ではない。余り悪感情を抱かれたくはなかった。

 

「……了解致しました」

 

 嫌悪感丸出しで倒れる副長を一瞥するが、最後は私の言に従うほか無い。殺気を押し殺す従士。

 

「いやはや、随分と御苦労なされているようですな?」

 

 その様子をどこか楽しむように観劇していた少尉が私にだけ聞こえるように小声で囁く。どうやら私と従士の関係を理解したようだった。

 

「さてな、それよりも兵士達の方はどうだ?あのふざけた命令に本当に従うのかね?」

 

 同じ帝国軍人であり寵姫の弟であった獅子帝すら駆逐艦内での下剋上は一筋縄ではいかなかった。ましてや反乱軍の兵士の戯れ言を本気で聞く者がいたか、今更ながら不安になってきたところだった。

 

「その事なら安心する事だ、扇動のためのサクラなら仕込んでいる。今頃……」

 

 そう食い詰め少尉が続けようとした所で室内の自動扉が開かれた。

 

「……成る程、確かに心配する必要は無さそうだな」

 

 突入してきた兵士達の様子を見て私は呟く。ブラスターライフルやハンドブラスターを手にした兵士達は、しかし室内の状況を見やると困惑に近い表情を浮かべ互いの顔を見合わせる。

 

 私は自身の行うべき事を自覚し、覚束ない足を力づくで立たせて、顔の筋肉を無理矢理動かして余裕のある表情に固定する。そして声の震えを止めて兵士達に言い放つ。

 

「諸君は先程の命令に従いフォスター大尉以下の人員を拘束しに来た、と見て間違い無いか?」

 

 そう尋ねられた兵士達は一瞬動揺しつつも無言で頷き肯定した。

 

「宜しい、諸君達は正しく軍規と軍律に忠実な帝国軍人のようだ。だが悪い事をしたな、卿達の義務を遂行する機会を奪ってしまったようだ。丁度私は艦長命令に従わぬ反逆者共を制圧し終えた所だ。見て分かるであろうが……そこに転がっているだろう?」

 

 そう言って指差せばそこには気絶するか呻いている敵兵が電磁手錠や凝固樹脂で拘束された状態で壁や床に張り付き、あるいは浮遊している。その様子を見て兵士達は若干驚いているようだった。

 

 いや、実の所殆んどはベアトと少尉の仕事なんだけどね?無論この場で態態そんな事は口にしない。

 

 さて、私はそんな動揺する彼らを一瞥し、背筋を伸ばし、更に畳み掛けるように口を開く。

 

「さて、先程の放送は覚えているであろうが、私が卿らの臨時指揮官として任命されたティルピッツだ。確認のために尋ねる。諸君は私の指揮下に入り、その命令を一切の疑念無く、一切の瑕疵もなく遂行する意思があるか?私は中途半端な態度の部下を持つのを好まん、我が命を粛々と、恙無く実行出来ぬ部下は願い下げだ。卿達はどうだ?何事があろうとも揺るがぬ忠誠心を持って命令を実行する覚悟が、その意思があるか?」

 

 マウントを取るようにそう詰め寄る。実際中途半端に心変わりされていきなり後ろ弾撃たれたり、反乱されたりしたら困る。ここで確実に彼らの言質を取る必要があった。そして当然のことであるがそれを運任せにはする気は無い。つまり……。

 

「アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト少尉、ティルピッツ司令官の命に対して一つの例外無く従う事をここに宣言致します!」

 

 計っていたかのようにこのタイミングで少尉が大声で宣言して敬礼をする。察しが良くて助かる。

 

「ベアトリクス・フォン・ゴトフリート中尉、同じく若様の御命令に従わせて頂きます!」

 

 ベアトもここで同じく宣言する。正直ベアトの存在は大半の兵士にとっては誰こいつ?状態であろうがこういう時は勢いに任せてしまい突っ込みを入れられない空気を作るに限る。

 

「わ、私も指揮に従います……!」

「お、俺も従わせて頂きやす……!」

 

 フォンの付く貴族が二人(うち一人は内心誰だよ、と思われているだろうが)私に恭順する意思を示す事で場の空気は支配された。一人、また一人とそう宣言し、敬礼を行う。

 

 一分と掛からずにその場にいた十数名の兵士の恭順を受け入れた私は鷹揚に頷き、続いて艦内に残るほかの生存者を呼出し、恭順するか否かを問いただす。当然ながら既に反対派をほぼ壊滅させ、残る多数派を手中にした私に反対出来る者なぞいる訳がない。

 

 こうして、内心綱渡り気味ではあったが、5月16日1900時までに私は巡航艦「ロートミューラー」(の残骸内)の完全掌握を果たしたのだった。

 

……ああ、滅茶苦茶お腹痛い。後で隠れて胃薬飲もう。

 


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