帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第九十三話 作者の悪意には勝てなかったよ……

 艦内の完全な掌握をしたのは良い、だがここからが本当の意味で重要であった。兵士達の多くは権威もあるがそれに匹敵する程度には自らの生命の安全のために恭順した事を忘れるべきではない。

 

 5月16日2200時、私はフォスター大尉以下の反逆グループの拘束と独房監禁後、改めて艦長たるダンネマン少佐に意見具申した。

 

「即ちこの艦を放棄する、と言う事ですな?」

 

 ベッドの上で疼く傷口を押さえながらダンネマン少佐は答える。

 

 副長の確保と残骸の軌道変更のために船を爆破した震動で傷口が少し開いたらしく、包帯からは僅かに血が滲んでいた。予め医務室の重傷者達には体を固定し、対衝撃防御の体勢をしてもらったが流石にそれだけでは足りなかったようだ。

 

「この艦の物資は欠乏しております。酸素と電源も決して長く持つものでもありません。我々がこちらに揚陸する前に乗艦していたデブリの方がまだ安定しております。どうぞ、御理解下さい」

 

 私は艦長に敬語で尋ねる。そこには年長者に対する敬意と傷口を開かせてしまった負い目があるが、それ以上に圧力をかけると言う心理的目的があった。貴族としての立場がこちらが上であるのと含め相手が断りにくくなるであろうと期待してのものだ。

 

「……私の如き無能者が意見出来る立場では御座いません。このように最も必要とされる時に怪我で指揮が取れず、それどころか後継に指名した副長が暴走し、あまつさえ伯爵家の子息に無礼を働くに任せてしまったのです。この上は最善の判断が出来る御方に全てを委ねるのが艦長としての役目でしょう」

 

沈痛な表情を浮かべる艦長は言葉を続ける。

 

「反乱軍……いえ、同盟軍の救助を目標にしている、と仰いましたな」

「はい、艦長にとっても不本意かつ不名誉な事と理解しておりますが、現状それが最善の判断でしょう」

 

 それは即ち彼ら帝国兵にとっては降伏を意味する。まして下級貴族とは言え誇りある帝国騎士たる艦長には苦渋の選択であろう。

 

「此度の責は全て私にあります、ですので部下の将兵の処遇につきましては伯爵家のお力添えを頂きその名誉が傷つく事が無きように、御願い致します」

 

 ベッドの上で深々と頭を下げる艦長。身分が違うとは言え、事実上階級も、年齢も下の若造に蟠りもなくその行動が出来る事は感嘆すべき事だ。ファーレンハイト少尉の印象と短い会話しか彼を分析する材料はないが、それでも優柔不断で堅物ではあるが誠実で責任感の強い古き良き帝国騎士らしさが垣間見えた。

 

「艦長、頭を御上げ下さい。御心配には及びません、元より自身で関わる事を決めた事、ならばその面倒を最後まで見るのは寧ろ当然の事です。それには無論、艦長の名誉も含まれます。どうぞ御安心下さい」

 

 私はにこりと微笑みながら誠心誠意礼を持った態度でそう答える。半分は心からの、もう半分は少佐の機嫌を損ねないようにだ。

 

「その懐中時計は担保として御渡し致します。それがあれば亡命政府も、帝国政府からも不当な扱いを受ける事は無いでしょう」

 

 そう言って艦長の首にかけられた金時計に視線を向ける。純金製に螺子巻き機械製のそれは時計職人の手作りであり、上蓋には伯爵家の彫金が彫られている。これを持って説明すればどちらに回収されたとしても名誉は守られるだろう(尚副長が拝借した万年筆は回収済みだ)。

 

「……ありがたき幸せです。このような寛大な処遇をして頂き恐縮の極みです」

 

 最終的に私の提案は(断りにくい雰囲気を作り上げた事もあり)少佐に受け入れられ、私だけでなく艦長からの命令もしてもらい「ロートミューラー」の放棄を実施する事になった。

 

 応急修理を終えたランチに追加増槽を装備、そこにホバーバイクも括りつける事で推力を強化、私とベアトが当初乗艦していた巡航艦「ハービンジャー」(の残骸)への移乗を開始させる。物資・電源・酸素量全ての面で彼方の方が余裕があったので当然だ。

 

 無論、可載量の関係もあり幾回かに分割しての移乗になる。更には残骸同士の衝突回避のため仕方ないが艦表面での爆破作業により軌道が変更された事で「ロートミューラー」と「ハービンジャー」はその距離を広げ、また両者共移動するために迅速に行動しなければランチが座標を見失う可能性もあった。

 

 最初の移乗はザンデルス軍曹やダンネマン艦長、負傷兵を中心とした(比較的)信頼出来る者と負担の大きい者を向かわせた。彼らならば反乱を行う可能性が低く帰還してくるであろうと考えてだ。

 

 ダンネマン少佐自身は艦長としての責任もあるので最後の便で良いと口にしていたがこれは却下した。彼の責任感は尊敬に値するが正直後になる程危険な航海になるので負担になる。丁重に断り最初の便で向かわせた。

 

 ランチが帰還後の第二便に乗船するのは敵対していないが完全に信頼しきれない兵士達だ。所謂恭順時に明らかに周囲の空気に流されていたであろうメンバーが中心となる。武装したベアトに監視役を命じていざという時には銃殺も許可していた。ベアト個人としては私の傍から離れる事に否定的であったが我慢してもらう。

 

 別に他意があるわけではない。彼女には第二便が「ハービンジャー」に辿り着いた後は艦内での蜂起が無いかの監視のために必要だし、彼方からランチの誘導や通信要員となってもらいたかった。同盟製の管制機材や通信機材を十全に扱えるのは私とベアトだけだ。

 

 第三便、最終便にようやく私を含む残りの全要員がランチに乗船する。この最終便には私とファーレンハイト少尉を含む数名のほか拘束した上で宇宙服を着せたフォスター大尉以下の管制室で抵抗したメンバーが残存物資と共に移送された。正直これには異論も出たが流石にこのまま物資もない残骸に拘束したまま放置するのもエグいし、同盟軍に回収された後の悪評が怖いので押し通した。

 

「そういう訳だ、まぁ静かに遊覧航海とでも行こうか?」

 

 艦内に置き去りの兵士がいないか確認し(死体は流石に運ぶ余裕は無かったが)、うーうーと猿轡された状態で何かをほざく(間違い無く好意的な内容では無かろう)をランチに荷物のように括りつける。腹立つのでヘルメットのグラス部分に青狸のような髭を書いておく。あら、可愛いわ!(煽り)

 

「何気に陰湿な復讐だな……」

 

 呆れ気味にランチに搭乗する食い詰め少尉が感想を口にする。確かに向こうに着いたら良い物笑いの種になるだろう。

 

「これくらいで我慢してやっているんだから感謝して欲しいけどな。寧ろ高貴なる貴族様としては寛大過ぎて泣いて感謝して欲しいくらいだぞ?」

 

 肩を竦めて嘲りと自嘲をブレンドした表情で小さく笑う。まぁ、戦争中の敵相手だからあれくらいの扱いが不当過ぎるという訳でも無く、それに対して死を持って償わせてやる資格は本来私にも無い。それを理解していながらもこのような言葉が出て来る私も大概精神構造が高慢な貴族階級のそれに変質しつつある事を自覚させられた。

 

「何とまぁ高慢な事で」

 

 呆れるような声で少尉は頭を振り、最後の反逆者をランチに括り終える。括りつけられた者の半分は副長のように元気に何事かを叫ぼうとしながら体をばたつかせ、残り半分は諦めムードで大人しくしていた。いっその事暴れる方は電磁警棒で麻痺させてから運ぼうかとも考えたが流石に虐待扱いになるので止めておいた、が今更少し後悔していた。

 

「よし、それでは出航と行こうか」

 

 5月17日1600時、ランチの最終便が「ロートミューラー」より出航する。軌道が変わり少しずつ相対距離が開き、座標もズレているので決して楽な航海ではない。現在位置を見失えばそのまま推力を得るための燃料が枯渇し、移動も出来ずに酸素を失い全員仲良く窒息死する事になるだろう。

 

「物好きな事で、嫌そうにする癖に危険な役回りを請け負うなどと、もしや被虐趣味でもあるので?」

 

 ランチの管制誘導装置を調整していた私にランチの荷台で周辺警備と副長達の監視を行っていた少尉が秘匿回線で尋ねる。決して安全とはいえない、大海を手漕ぎボートで進むようなこの航海、不安を紛らわしリラックスする事も兼ねているのであろう質問であった。

 

「いやいや私は極めてノーマルな趣味だぞ?少なくとも亀甲縛りで興奮するような性格じゃあない」

 

 無論蝋燭攻めでも鞭打ちでも興奮しない。私は門閥貴族らしくノーマルで正常で精神的に健康的だ。

 

「正直心外だが……それが義務だからな」

「義務、ですか?」

「まぁ、武門貴族と文官貴族、領主貴族とで勝手は違うだろうが、家庭教師がそう言っていたのよ」

 

 身勝手で臆病で、責任を取りたがらず、守るべき名誉もない平民共は戦場で逃げる事も、決断をしない事も、危険を避ける事も許されよう。

 

 だが、臣民の模範にして自由・自尊・自律・自主の精神を受け継ぐ門閥貴族は違う。公共のために誰が反対しようとも、誰を敵に回そうとも、誰に殺意を向けられようとも自らの信ずる最良の道と選択を選び決断して突き進まなければならない。

 

 そのため貴族は必要な時には逃げなければならない。だがそれは命惜しさからではなくそれが公共のため、社会のために必要な時だ。そして逆説的に言えば必要ならばどのような危険の中でも逃げてはならない。

 

 公共のために時に冷徹な命令を下し、時に不名誉を飲み込み逃げ、時に危険を顧みずに戦う、それはすぐに欲望に負ける唯人には出来ず、四原則を併せ持つ高貴な血を持つ者だけで可能な事なのだ、いや建前だよ?

 

 当然ながら口では綺麗事なぞ幾らでも言える。本当に公共のため、社会のために自身を律していける人間なんてそういるものではない。

 

 揺るがぬ意志を履き違え欲望のままに生きる貴族、必要だと言い訳して安全なところに逃げ込む貴族、勇猛果敢と猪突猛進の区別をつけずに愚かな戦い方をする貴族だっている。コスト度外視の教育の結果頭が回り、肉体は頑健かも知れないが精神構造は特権と偏見により歪んでいる者は決して少なくはない。

 

「まぁ、私もそんな御貴族様の一人な訳だが、この場では品行方正な平民共の理想の貴族を演じる必要があるからな、建前通りに勇気を見せないといけないわけだよ」

 

 尤も、士官学校を始めとした軍人教育も私の今生の性格に影響を与えている可能性もあるが。士官たるもの、兵士達の模範となり最前線で戦い、最後尾で後退せよ、ってな。

 

「心掛けは立派ですがこの場で言ってしまっては台無しですな」

 

 食い詰め少尉は小さな笑い声を立てながらそう感想を述べる。

 

「馬鹿野郎、平民相手に言うか。同じ貴族、しかもお前さんは私の化けの皮位理解しているだろう?」

 

 ここまで散々空気を読みながら私をサポートして来たのだ。底の浅い私の思考位はとっくの昔に把握している筈だった。

 

「確かにな、実力に比べて分不相応な義務を背負って過労死寸前、といった所だな。強いて付け足すならば茶番劇の演技と口ばかり上手くなったようだな?」

 

 おう、秘匿回線だからって急に辛辣な評価になっているぞ。理解してはいるがそこまで堂々と言われると流石に少し悲しくなるからな?

 

「自身で言っておいて半泣きになられても困るんですがね……」

 

 呆れるような口調で拗ねる私の態度に対して首を振る少尉。

 

「全く……まぁ、建前を守る気概があるだけマシ、という程度には称賛して置きましょうかね?」

 

 冷笑するような鼻息……しかしその後に食い詰め少尉は何かを思い出したようにどこか萎れた、複雑な声でそう呟いた。

 

「…………」

 

 暫し重い沈黙が続く。私はその空気から逃げるように目の前の作業に集中し始める。発艦から四〇分余り過ぎてからベアトからの通信が入る。

 

『若様、無線は繋がっておりますか?繋がっていれば御返事を下さいませ』

「ああ、繋がっている。調子も悪くない、クリアだ」

 

私は通信状態が良好であることを伝える。

 

『現在こちらは進路をT-K-G方面に向け漂流中です。ランチのIFF(敵味方識別信号)の反応から計算するとそのままM-K-Y方面に進めば最短で合流が可能です』

「そうか、誘導を頼む」

 

 ランチの航路管制レーダーは「ハービンジャー」からのシグナルを受け取り、それに従い航路を再設定する。

 

「後一時間余りか……」

 

 最初の頃に比べて相当離れたな……尤も軍艦だとあっという間の距離なのだが。

 

 核融合炉を備えた艦艇と違い所詮は宇宙進出時代初期から使われている液体水素を使ったランチでは推力に限界がある。

 

 13日戦争以前、既に二大超大国の一つ北方連合国家は数千人規模とはいえ月面都市「ルナネクサス」(後のルナシティ)を建設し、火星にも進出していた。この時代の最新鋭のエンジンは20世紀の技術の延長上であり、主に液体水素を利用したものであった。地球と月を往還した「ホーナー号」、スペースプレーン「オリオン」、月移民船「ガリレオ」は現在の人員輸送シャトル以下の速力ではあるが当時としては最新鋭の宇宙船であった。

 

 地球統一政府の成立後太陽系全域に人類が進出した後も外惑星を航行する一部の艦船が熱核ロケットエンジンを装備した以外は変わらない。西暦2253年にアルファ・ケンタウリに発進した人類初の恒星間宇宙船「メガロード」は全長約二キロ、人類初の核融合炉とそれを利用した核パルスエンジンを搭載したものであったがその内実は洒落にならなかった。船体の半分をエンジンが占め、しかも現在の核融合炉のそれと比べれば話にならない性能と信頼性であり本来ならば外宇宙に出すべきものではなかった。しかし当時の政治的理由から無謀な計画は強行された。

 

 無論結果は知っての通りだ、恐らくはエンジンの暴走が本船の遭難に繋がったのだろうと後世の多くの歴史研究家は指摘する。

 

 核融合炉技術の熟成と効率化、そしてその出力を利用した西暦2360年の超光速航法の実現によりようやく近代的宇宙船の雛形が誕生する。西暦2404年にカノープス星系に向かった人類初の恒星間移民を実現させた「オラティオ号」と「アラトラム号」は七か月の航海とその間に行った一二回の短距離ワープの末一万五〇〇〇名の移民団を無事目的地に送り届ける事に成功した。

 

 人類初の恒星間戦争となるシリウス戦役中、宇宙船技術は恐竜的進化を遂げた。

 

 慣性制御装置、重力制御装置、エネルギー中和磁場発生装置、バザードラムジェットエンジン等の技術のプロトタイプが開発され戦役の初期と最終期とでは艦艇の性能は最早別物となっていた。地球軍においてその進化に追従出来たのは三提督位のものだった。ほかの諸提督達は余りに早い艦艇の高性能化にその思考が追いつけなかったし、地球軍の艦艇はその膨大な数から更新が遅々として進まず、多くの旧式艦艇が戦役最終期まで投入される事になった。

 

 一方、ジォリオ・フランクールと彼の下で活躍した黒旗軍十提督は新時代に適応し、最新技術で開発された艦艇の性能を十全に引き出し、集中運用した事がその勝因の一つとも言われている。

 

 そして宇宙暦8世紀後半の現在に至っては単艦かつ航路の状況にもよるが理論的には一日に一五〇光年の移動が可能となっていた。命懸けで航海していた初期の移民船は涙目である。当然今我々が移動している距離も本来ならばここまでの時間をかけて慎重に航海するのが馬鹿馬鹿しくなる距離であった。逆説的に言えばそれだけ我々の窮状を表しているとも言えるが……。

 

 尤も、このような事を考えていられるうちはまだ恵まれていたんだけどね?何せ……。

 

「……嫌な予感がしてきたぞ?」

 

 1715時頃のファーレンハイト少尉からの報告がその第一報だった。後方に明滅する光有り、というものだ。デブリの影になっていたため七光秒と言う近距離からようやく見る事が出来たのだという。

 

 そして私の予感は的中する。1720時、デブリ帯の影からその姿が完全に確認された。それは……。

 

「駆逐艦か……!」

 

 帝国軍標準型駆逐艦の約一個隊。デブリ帯の索敵行動中であったのだろう。アクティヴセンサー類を全て最大出力で稼働させておりその際の発光が確認された光だったようだ。

 

「……不味いなぁ」

 

 私は小さく呟く。ここまで来て帝国軍の捕虜になりたくはない。ない、が駆逐艦の一個隊が相手ではどうしようもない。いや、もっと根本的な問題だ。「ロートミューラー」の生存者達は助かるために私の指示に従い同盟軍に降伏するのだ。では目の前に帝国軍が現れればどうなるか?考えるまでもない。立場は逆転する。

 

 私はランチの乗員がブラスターの銃口を向ける事を覚悟した。そして反撃のために腰元のハンドブラスターに手を添え……ランチのすぐ傍を通り過ぎた強い光の線条に私は身体を強張らせた。

 

「っ……!砲撃かっ!此方を狙っている……?」

 

 ランチの直上を通り過ぎた砲撃、それを見て一瞬私はランチそのものが狙われていると考えた。だが、すぐにそれを否定する。余りに小さすぎるランチ(単座式戦闘艇の四分の一も無い)を遠方とはいえ光学兵器で狙うのは極めて難しい。それならばミサイルの近接信管で吹き飛ばした方が効率的だろう。帝国軍もその事を理解していない筈もない。

 

 次の瞬間反対側から帝国軍駆逐艦隊に向け砲撃が撃ち返された。それが意味する事は……!

 

「タイミングが良いのか悪いのか分からんな……!」

 

 同盟軍と帝国軍、共に十隻にも満たない小部隊が射程の短い光子レーザーや電磁砲、対艦ミサイルを乱射し始める。

 

『若様!射線から今すぐ退避して下さい!このままでは戦闘に巻き込まれます!』

 

 悲鳴に近いベアトからの無線が響く。分かっているよ、そんな事は……!

 

「ベアト、これはあれか!?救援部隊と帝国軍が遭遇戦をおっぱじめたと考えれば良いのか!?」

 

 ランチの進路を操縦士に変更させると同時にベアトに向けて私は叫ぶ。

 

『どうやらそのようです!先程同盟軍からの無線連絡がありました!救難信号を受けて急行したとの事です!』

「ちぃ、間の悪い……!」

 

 視線をベアト達の移乗した同盟軍標準型巡航艦の残骸へと向ける。大小の艦船のデブリが漂う中一隻のモスグリーン色の残骸を守るように救難部隊が前に出て帝国軍に応戦していた。

 

『……!今陸戦隊が揚陸を………』

 

 次の瞬間暫く無線に砂嵐が混じり十秒余りして男性の声で同盟公用語が発せられる。

 

『こちら駆逐艦「カメリア29号」臨時陸戦隊ボーリィ大尉だ!この無線の主はヴォルター・フォン・ティルピッツ宇宙軍中尉で間違いないかっ!?』

「はいっ、こちらティルピッツ中尉であります!現在ランチに搭乗し座標4-9-7のT‐B‐Sを航行中!ランチのすぐ傍でレーザーとプラズマ化した劣化ウラン弾が飛び交っております!」

 

私は緊迫とした現状を報告する。

 

『なんてこった……座標を指定する、座標N-B-Sに向けて進路変更せよ!そちらの宙域に回収部隊を送る!』

 

 ボーリィ大尉の判断は正しい。距離的にはこのまま艦艇を前進させて回収する方が早いが戦闘宙域のど真ん中でそれをやるのは危険過ぎる。流れ弾にデブリの巻き添えを受ける可能性もあるし、軍艦が速度を間違えればランチは衝突の衝撃で叩き潰されるだろう。

 

「了解!僭越ながらゴトフリート中尉及び帝国兵が複数名いる筈ですがそちらの方はどうなっているのか教えて頂きたい!」

 

 私は承諾の返事と共にこの場で重要な事を尋ねる。面倒な行き違いが起こる前に処理する必要があるためだ。

 

『それはこちらの台詞だ!どうなっている!?何故こんなに……二十人近くいるがどういう訳だ!?一応投降しているので捕虜として拘束しているが……臨時指揮官?どういう事だ!?』

 

 無線の向こう側ではボーリィ大尉が誰かと言い争い、とまではいかないが何やら言い合っている。

 

「ボーリィ大尉、そちらについては詳しくはゴトフリート中尉の説明を御聞き下さい!彼らの身の安全については私が保障します、丁重に扱い可能な限り迅速に亡命軍に御引渡し下さい!」

 

 現状のあまりにややこしい経緯をこの状況で説明するのは難しいので今伝えるべき事だけの口にする。ダンネマン少佐以下の兵士達をその他の帝国兵同様ぞんざいに扱えば不満と不信感から戦闘が起こりかねない(同盟と帝国で価値観が違うために何が無礼に当たるかが違い双方とも地雷を踏む事は珍しくない)。ベアトを付けて亡命軍に押し付ければ最悪の事態だけは避けられる筈だ。

 

 私はそこまで捲くし立てて、ちらりと周囲を見やる。先程までの会話を私はオープン回線で行っていた。ここで艦長達を丁重に扱うアピール(同時に人質となっている事も暗に伝える)事でランチに乗る帝国兵達が私にハンドブラスターを向けて帝国軍の方に走らないようにだ。

 

 どうやら誰も帝国軍の方に向けて逃げる、という行動を起こす者はいない(あるいは封じられた)ようだ。ファーレンハイト少尉は私の会話の真意を理解したようでこちらに不敵な笑みを向けていた。そりゃあ分かる奴には分かるよな。

 

尤も、今の会話で危機が去った訳ではない。

 

「ちぃっ……派手にやってくれる……!」

 

 戦闘は激しさを増していた。帝国軍駆逐艦よりワルキューレが発艦する。同盟軍は後方の巡航艦よりスパルタニアンを発進させたようだ。対空レーザーと対空電磁砲、対空ミサイルが吹き荒れる。糞、平然と光速兵器を使いやがって、こちとら宇宙版手漕ぎボートの事ランチなので一光秒のその十分の一を進むのだって必死なんだぞ!?

 

 現状がどれ程ヤバい状況かイメージするならばユトランド沖海戦やら日本海海戦のような大砲撃戦のど真ん中でボートに乗っているとでも思ってくれたら良い。はは、笑えるよな?ブッダファック!

 

「っ………!」

 

 電波妨害で目標を喪失した対艦ミサイルが近くで自爆した。爆発と共に生み出された破片が真空空間を飛び交う。

 

「左舷スラスター全開!早くしろ……!」

 

 その声と共にランチの片舷から火炎が吹き出しその挙動がかなり無理矢理変更される。

 

 数秒後に先程までいた位置に小さな破片が次々と通りすぎるのが見えた。数センチから数十センチの破片は、しかしその実時速数千キロで通り過ぎており、命中すれば命は無い。

 

「うー!うー!うー!!」

 

 ランチに括りつけられている副長達がパニックになったように騒ぐ。当然だ、この状況でランチにデブリの破片が命中すれば彼らは挽き肉になるか、あるいはランチから引き離されて宇宙遊泳決定だ。まぁだからってほどく訳にはいかないけど。

 

「くっ……続いて直上スラスターだ!カウント五秒前……四……三……二……一……今っ!」

 

 その指示に従いランチは再び急旋回する。ランチの真上を回転しながら弾け飛ぶ十数メートルもの鉄片が通り過ぎる。小さな破片となると数えきれない。宇宙戦艦の複合装甲なら受け止めきれるであろうが我々には間違い無く致命傷であった。

 

「ちょっ……おま……ふざけるな!?」

 

 思わず悪態をつくがそれくらい勘弁して欲しい。命を賭けて戦っているためにそこまで気にしていられないのだろうが、帝国軍は兎も角同盟軍の流れ弾まで飛んで来るんだけど!?

 

 光子レーザーとプラズマ化した劣化ウラン弾とミサイルの破片、そしてそれらによって辺り一帯に撒き散らされる極小のデブリ、控えめに言って地獄だった。

 

「当たるなよ、当たるなよ、当たるなよ……!!」

 

 ランチは何度も無理のある急旋回を行う事でデブリの群れを避けていく。だが……。

 

「来るぞ……避けきれんっ!」

 

 ファーレンハイト少尉が叫んだ。そのほんの数秒後の事である。ランチに衝撃が走ったのは。

 

「うおっ……っ!!どこをやられたっ!?」

「括りつけたホバーバイクが吹き飛んだっ!!」

 

 私の声に少尉が答える。私達はランチの助手席から外部に出て状況を確認する。運が良いのか悪いのか、ランチの右側につけていたホバーバイクが報告通り抉れていた。ランチに直撃していたら死んでいたな(因みに括りつけられていた副長達は無事のようだ、悪運が良いことで羨ましい)。

 

「ランチそのものに衝突しなかったのは幸運かな?」

「いや、命中した事がまず不運だぜ、しかもまだ終わっていないしな……!」

 

 ファーレンハイト少尉の言に私は自身の経験を基に反論する。ほれ、来たぞ来たぞ……!

 

「右舷スラスター全開っ五秒前っ!四……三……二……一……今っ!」

 

 私の命令と共にランチは傾き、慣性の法則に従い私の体はランチから放り投げられそうになる。くっ……!

 

「ううっ……!?う…うううぅぅぅ……!!」

 

 ランチに括りつけられた兵士の一人が暴れる。よく見れば宇宙服に亀裂が出来ていた。運悪くデブリが掠り穴が出来たのだろう。しかも彼は両手足が縛られており自身では穴を塞げなかった。

 

「ちぃ……苦労をかけやがって!」

 

 私はランチの助手席から離れてその兵士の下に行き瞬間凝固樹脂を内容したスプレーを亀裂部に吹き掛ける。

 

「糞、世話の焼ける……!」

「荷物が足枷になっている……!捨てるぞ!?」

 

 食い詰め少尉がオープン回線で私に連絡する。確かにランチの荷台に載せた物資は最早必要ではなかった。寧ろその重さはランチの速度を鈍重にしているとも言える。

 

「よし捨てろっ!捨ててしまえ!」

「了解っ……!」

 

 私の命令とほぼ同時に荷台のワイヤーが外される。ファーレンハイト少尉が荷物を押せばランチから地上車大の小型コンテナが引き離される。これで少しは足は速くなるだろうだろうって………。

 

「うおっい!?」

 

 次の瞬間大きなデブリがコンテナに叩き込まれ、コンテナはひしゃげる。内部の物資が辺り一面に飛び散った。

 

「っ………!?」

 

 ファーレンハイト少尉に勢い良く飛び散った物資の一つが衝突した。速力がそこまででもなく、衝突したものも紙製段ボールであったのは幸運だった。金属製の箱が高速度でぶつかっていれば宇宙服どころか人体が半分に引き千切られていたかも知れない。

 

 尤も、その衝撃で彼は宙に回転しながら放り出されてしまったが。

 

「うおっ………!?」

「糞、今行く……!!」

 

 私は背中のバックパックのスラスターからバーニアを噴出させて急いで彼の救助に向かう。広い宇宙空間では人間大の存在をレーダーで発見するのは簡単ではない。放り出されたらそのまま酸欠で死亡なんてなりかねない。救助は必須だった。

 

「うおぉぉぉっ!?」

「手をっ……掴めっ……!!」

 

 急速に離れようとする少尉は私が差し出した手を身体を回転させつつもどうにか掴む事に成功する。(何気にこれは凄い事だ)。

 

「はぁはぁはぁ……た、助かったっ!」

「どういたしましてだよ……!」

 

 流石に死を実感したのか、宇宙服のヘルメット越しの少尉の表情には緊張に強張り、額には汗が見えた。

 

「だ、だがどうするっ!?距離が随分とついてしまっているぞ!?」

 

 ランチの方向を確認する。荷台の荷物を外したために既に相応に距離がついてしまっていた。客観的に見てこれはヤバい。バックパックのスラスターの燃料は有限であり、私は宇宙遊泳は士官学校でもかなり下の成績だった。

 

正に絶体絶命……と、思うじゃん?

 

「甘いんだよっ!それくらい予想済みなのさっ……!」

 

 次の瞬間、ランチに装着していた安全帯により私の体はランチの方角に引っ張られ始める。ははは!最早不運なぞ私の敵ではない!

 

 …………などと、調子に乗っていた時期が私にもありました。

 

 私がどや顔で宣言した直後の事であった。うん、デブリがね、飛んで来たの。それがね、丁度硬質強化繊維製の安全帯を勢い良く切り裂いたの。あ、これ詰んだろ。

 

「って……嘘だろ!?」

 

 私は悲鳴に近い叫び声を上げていた。同時に背中に衝撃を受けて視界が回転する。

 

「ちょっ…待っ……うぇっ……っ!」

 

 私は急激に襲いかかる吐き気を抑える。胃から食道を通じて逆流する嘔吐物を口を閉じ無理矢理胃袋にリターンさせる。もし吐き出したら呼吸困難になり詰む。何がなんでも吐く訳にはいかなかった。  

 

 涙目になり、口内に胃液の不快感を感じつつもどうにか吐瀉物にはお帰り頂いた。

 

 だが同時に私はそれによる酸素不足と続いて飲み込んだ後に行った過呼吸、そして身体を独楽のように回転させる事による空間識失調により急激に眩暈が襲う。既に握っていた少尉の手の感覚は消えていた。

 

「あっ……これ流石に無理……やばっ………」

 

 急速に思考能力と判断能力を失った私はそのまま意識を手放したのだった……。

 


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