帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第九十六話 末長く爆発すれば良いのに

 5月20日、第四次イゼルローン要塞攻防戦について帝国・同盟政府の双方が勝利宣言を布告した。

 

 4月8日の回廊侵入以来39日間に及んだ遠征は同盟軍の損害は艦艇七八五〇隻、兵員五八万七五〇〇名に及び、帝国軍の損害はその七割前後であると推定されている。

 

 結果だけを見れば同盟軍は要塞攻略が出来ず、帝国軍以上の損害を出し、しかも要塞主砲を撃ち込まれ散々に逃げ出したように見えるだろう、事実帝国はそう宣言した。

 

 だが、それは一面のみを切り抜いた結果である。元より同盟軍は要塞攻略の意思はなく、その軍事的目的は帝国との戦線の押上げと要塞の情報収集であり、それは達成されていた。

 

 また艦艇の損失の四割は作戦のために用意された無人艦艇の自爆であり、実質的な損失は数字程ではない。戦死者にしても同様で「雷神の槌」が殲滅した艦艇は一〇〇〇隻に満たず、しかも一度しか撃たれていない。戦死者数は六〇万人以下でありそれは第一次・第三次遠征で生じたそれを下回り、第二次遠征に匹敵する少なさだ。

 

 帝国軍に対して与えた損害も決して少ないとはいえない。猛将ビッテンフェルト少将を始めとして提督五名を戦死させた、遠征前までに係争状態にあった諸星系の半数を奪還し、残りは帝国軍を惑星の地下へと追いやった。

 

 英雄達の活躍は戦勝に彩りを添える。参謀で言えばロボス少将とフェルナンデス少将がその代表格であり、グリーンヒル少将、ホーウッド准将等が次点に来る。

 

 提督で言えば少将クラスでは第三艦隊副司令官でもあるルフェーブル少将を筆頭にパウエル少将、カニングス少将、准将クラスではパエッタ准将、キャボット准将、リンチ准将、アップルトン准将がその代表格だ。ウランフ大佐、ボロディン大佐はその活躍から年内に准将に昇進する事が内定している。

 

 個人単位の活躍で言えば単座式戦闘艇のパイロットがその代表だ。第54独立空戦隊隊長ハワード・マクガイア大佐はお約束として、副隊長ローランド・シマダ中佐は遠征中にワルキューレ一一機、艦艇八隻を撃破、総撃墜数を二五〇機の大台に乗せた。有名所では「白鷺」リディア・スターク少佐、「ダイハード」イヴァン・マルコフ大尉の戦果がそれに次ぐ。帝国系では「猛禽」ホルスト・フォン・ヴァイセンベルガー大佐、「黒騎士」ヘルムート・フォン・バルクホルン少佐等が特に勇名を馳せた。私を護衛していたジョニー・マリオン少佐は数倍の敵機が襲い掛かる中で生き抜き最終的に遠征中に九機を撃墜した。

 

 そして、何よりも最大の戦果にして幸運は要塞駐留艦隊司令官ブランデンブルク大将の戦死であろう。

 

 高慢な帝国の支配階層たる門閥貴族の一員であり、幾度となく同盟軍に辛酸を舐めさせ、遂には四〇代にならずに大将に昇進した一〇年後の宇宙艦隊司令長官候補ブランデンブルク伯は同盟軍でも特に注意すべき敵将の一人であった。その思いがけない戦死が無ければ流石に同盟側もここまで堂々と戦勝を口に出来なかったであろう。

 

 5月22日、遠征軍は回廊出入口のダゴン星系に集結、5月23日にはブランシャール元帥が報道陣の前で記者会見を行い、本遠征の意義を改めて強調、また年齢を理由に軍務を退役する事を宣言して注目を浴びた。730年マフィアの同期にして65年に及ぶ軍歴を背負う老元帥はこうして同盟軍の表舞台から退場する事となった。

 

 同日、比較的損害が軽微であった第三艦隊とその他独立部隊は交代部隊が来るまで一時ダゴン星系に残留する事が決定、地上軍の第32・33遠征軍と共に国境を守る事となる。

 

 一方、第二・第一一艦隊は遠征軍司令部と共にハイネセンへの帰途に就いた。最高評議会議長スタンリー・マクドナルドは遠征軍総司令官ブランシャール元帥に此度の遠征と退役を記念して自由戦士勲章、ハイネセン特別記念大功勲章を授与する事を発表し、同日同盟議会にて承諾された。遠征軍総参謀長ゴロドフ大将、第二艦隊司令官ワイドボーン中将、第一一艦隊司令官ラップ中将にもそれぞれの功績に応じた勲章が授与される事が正式に通達されている。帰還時にはハイネセンポリスの自由市民通りから凱旋し、最高評議会庁舎前庭にて大仰な式典が予定されるとのことだ。

 

『まぁ、全部政治的な理由でしょうけど』

 

 5月24日、第三艦隊旗艦「モンテローザ」、その私の自室のテレビ通信に超光速通信越しで映るコープは詰まらなそうに答える。

 

『今回の遠征は長征派が主導したから面子のためにも凱旋も勲章授与もこちらが先になるのは仕方ない事よ、文句言わないで。前回は第六艦隊が真っ先に帰還したのだから御相子ってものよ』

「別にその程度でいちいち文句は言わんさ。どうせ一週間かそこらずれ込むだけだろう?そちらこそ茶番劇に参加する心情、お察しするよ」

 

 選挙の宣伝のための凱旋式に笑顔で行進する事になるコープにある意味同情を禁じ得ない。

 

 勝利宣言の決定打となったブランデンブルク大将戦死の報は同盟軍にとっても予想外だった。総司令部が本国に事実上の敗戦の報告を送信する直前、情報通信艦が混乱する帝国軍の通信を傍受し、その精査と数回の裏付けによりその事実を把握した。

 

 その連絡を受けた本国の与党は有頂天になった事間違い無く、同盟議会はブランデンブルク大将戦死を祝う決議を出した程だ。毎回皇帝が変わる度にそれを祝福する決議を出す事で有名な同盟議会であるが、皇族ではない一個人の死亡を祝うのはコルネリアス帝の親征における実働部隊司令官シュリーター元帥、同親征で同盟人一六〇〇万人をオリオン腕に連行した当時の社会秩序維持局長ベルンカステル侯爵、マンフレート亡命帝死後の対同盟戦争を主導したオーテンロッゼ公爵、740年代から750年代にかけて同盟軍の侵攻を14度に渡り粉砕したゾンネンフェルス元帥の四名しかいない。ブランデンブルク大将はその五人目に名を連ねる事となった。

 

『呆れたものよ、どういう経緯か分からないけど偶然で得た戦果であれだけ騒げるなんてね。どう粉飾した所で司令部の本音は敗北よ』

 

 心底呆れ果てたようにコープは愚痴る。代々軍人の家柄である事から思う所があるのだろう。

 

「言っても仕方ないだろうさ、それにその恩恵に与っている私達が言えた義理でもあるまいに」

 

 他人事のように口にするが私もコープも所謂同盟政財界と深く繋がる軍人家系と言える。派閥間の勢力バランスや支持率のために出征を促す議会と蜜月の関係にあるのだ。そしてその恩恵によって贅沢な生活をし、士官学校の門を叩く事が出来るだけの教育を受ける事が出来たのを忘れてはいけない。

 

『帝国貴族の癖に毎回正論を吐くわねぇ……まぁその通りね。そうそう、そう言えば話は聞いたわよ?あんたこっちが帝国軍と必死に戦っている間に王様ごっこでもしていたの?』

「失禁プレイしていた奴に言われたくねぇよ」

『ぶち殺すぞ、貴様』

 

 小馬鹿にするようにコープが私の遭難から回収の経緯を触れて来たので私は事実で反論したらスクリーン越しで人を殺せそうな形相で脅迫された、解せぬ。

 

 いや、確かに回収後の事情聴取でも応対の法務士官がこいつは何を言っているんだ……?という表情されたけどさぁ。そりゃあ意味分からんだろうさ、同盟軍人が帝国軍人から指揮権を引き継ぐとは訳ワカメだよ。艦内演説の動画を憲兵や法務士官と一緒に視聴した時とか居たたまれない気持ちになったよ。左右からの視線で泣きそうになったよ。サンドイッチされた国父の気持ちが良く分かったね。

 

『生きて帰ってくるとは思っていたけど、流石に現地で部下調達は斜め上の展開だったわ……』

「これが人徳というものよ」

『その冗談上手くないわよ』

 

 実際、身分と権威と報酬と空気でごり押ししたのが正しい。人徳なぞ影も形も無い。

 

『何はともあれ、五体満足のようだし、一応生還おめでとう、と言っとくべきかしら?』

「一応なのかよ、というよりも疑問形?」

『ぶっちゃけ私は貴方が生きていても死んでいてもどちらでも良いし、言ってしまえばホーランドの代理のようなものよ』

「代理?」

『業務よ。こっちは帰還航海の業務しながら式典準備やら遠征の評価やら忙しいのよ。貴方が随分と壮大な大冒険してきたらしいから休憩の次いでにホーランドから様子を見るように言われたのよ。……ええ、もうすぐ終了します。ああもう!また上に呼び出されたわ、折角の休憩時間がおじゃんよ!悪いけどもう切るわよ?』

 

 呼出しが入ったようで、急いでコープはそう伝える。良く見れば確かに表情は少し疲れ気味だ。

 

超光速通信を切った後、私は背筋を伸ばし、項垂れる。

 

「はぁ、仕事漬けで帰還と国境警備しながら休憩、どっちが楽なのだかなぁ?」

 

 私は室内に備え付けられた超強化硝子製の窓を見る。ダゴン星系の第一一惑星第四衛星周辺宙域に留まる第三艦隊の姿がそこには見える。後方支援部隊の工作艦や補給艦、病院船が第四衛星に設置されたダゴン11‐4基地と艦隊を忙しく行き交っていた。

 

 数十万の負傷兵の治療、第三艦隊の補給、捕虜の移送、戦死者の遺体回収や遭難者救助のための隠密部隊の編制等後方支援部隊の仕事は山積みだ。

 

 変わったものでは命知らずのフェザーンの業者がデブリ帯を捜索して生存者や戦死者の遺体・遺品等を回収、同盟帝国の双方に売りつけるなんてものまであり、その交渉なんてものも彼らの仕事だ。昨日遭遇したスコットが値切り交渉に出席させられたと呆れていた。殆ど身代金交渉らしい、目の前で自分達の値切り交渉される兵士達はどんな心境であろうか……。

 

「まぁ、私も暇ではないのだけどな」

 

 そう独り言ちて、デスクの上のベレー帽を被ると同時にスポーツ飲料入りのペットボトルを手に私は後始末のために自動扉を開く。そして………。

 

「若様、御待ちしておりました!!忠臣中の忠臣レーヴェンハルト准尉ここにさ……」

「悪霊退散!!」

 

 取り敢えず私は条件反射でペットボトルの中身を目の前の従士にぶちまけた。

 

 

 

 

 

 

「んんっ……もう、若様あんな激しく(スポーツ飲料を)頭からぶっかけるなんて酷いですよ……。見て下さい、こんなべとべとで……若様の(買ったスポーツ飲料の)臭いが体まで染みついてしまったじゃないですかぁ……。その……こういう事したからには……責任取って頂けますか?」

「おい止めろ、括弧を外せ、括弧を。誤解を招く言い方をするな」

 

 冤罪でらいとすたっふルール適用で削除なんて私は嫌だぞ……ん?私は何を意味の分からん事を口走っている?

 

「モンテローザ」より飛び立ったシャトルで私は亡命軍派遣艦隊の旗艦「リントヴルム」に向かっていた。約束通りシャトルの操縦をするのはレーヴェンハルト准尉だ。当初副操縦士の席を進めてきたので笑顔で筋肉バスターをかけてやった。問題は完全に御褒美になってしまった事だが……(涎垂らしてアへ顔してやがった、ドン引きだよ)。

 

「お前は黙って操縦をしておけ、ふざけたら今度は珈琲牛乳ぶちまけるぞ」

「出来れば牛乳の方が好みです!」

「理由は聞かんぞ、絶対に理由は聞かんぞ!」

 

 駄目だ、こいつとは会話したら負けだ。どの方向に会話が進んでも満足しやがる。

 

 私はこれ以上深入りしないように准尉の会話を無視する。前にも触れたが唯でさえシャトルには重力制御装置も慣性制御装置も無いのだ、無重力状態のシャトルで馬鹿話を続けて気持ち悪くなっては笑えない。

 

 私は不機嫌そうにむすっと椅子に座り込むと、ふと思い出すようにちらりと横を見やる。

 

すぐ隣には良く見知った従士が俯き気味に座っていた。

 

 准尉に回収された後私は可能な限り早くベアトに対面した。状況が状況でありベアトやダンネマン少佐以下の捕虜の事情聴取は殆ど進んでおらず合流後の口裏合わせは比較的スムーズにする事が出来た。

 

 実家からの目付け役のヴァイマール少将も事情が事情なのでこちらに協力的で、副司令官ハーゼングレーバー中将は此度の案件に対してものがものであるために中立的な態度を取ってくれるようであった。

 

 まぁ、下手すれば遠征軍全体どころか同盟軍に責任追及が飛び火しかねない案件だ、宮廷上層部も皇帝陛下もこの選挙の時期に同盟との関係悪化は避けたい筈である。私が五体満足で、それどころか捕虜(?)をお持ち帰りしてきたので幾らでも報告の粉飾は可能だろう。

 

 最後の関門は遠征軍司令官たるケッテラー大将である、今日まで派遣艦隊に関する事務処理のために面会が不可能であり、今日ようやくアポイントメントを取る事が出来た。ここさえクリアすれば問題解決でその難易度は決して高くない。

 

 寧ろ私としての不安は叔父たるロボス少将とベアトの心情についてである。

 

 ロボス少将は私の姿を見ると慌てて怪我が無いか抱き締めてきた(その筋力で背骨が折れかけた)。

 

 どうやら私を危険な任務に出した事に相当責任を感じていたようで(その行動をケッテラー大将に責められたという事もある)、ストレスで私が見つかるまで食事も喉を通らずサプリメントで済ませていたらしい。最終的に遠征前より三キロ減量した。尚、遠征後私が遭難する前は暴飲暴食で二キロ増えていたので実質的には五キロ減量していた、おいマジで大丈夫か。

 

 兎も角もそれ以来かなり私の身辺に気を使うようになっていた、気持ちは嬉しいけど三十分おきにトラブルに巻き込まれていないか見に来なくてもいいと思うの。

 

 そして、ある意味少将と同じかそれ以上に衝撃を受けていたのがベアトだった。

 

「ベアト、そう気落ちするな、今回お前に落ち度は無いし、私だって怪我一つしていない、何の問題もないのだからな?」

「……はい、分かっております」

 

 私が気にしないように語りかけるが、ベアトの方は力無く小さく頷くだけである。

 

「……何か気にかかる事でもあるのか?」

「……いえ、ただ自身の無力さを感じてしまいまして」

 

 ベアトは俯いた顔を上げ私に対して複雑な表情を向ける。

 

「普段若様のために努力致しましても、いざその時になると役立たずで……それどころか若様の邪魔になってしまう事も多く、今更ながら自身に存在価値があるのかなどと考えてしまうのです」

 

 自身が何度も失敗してその度に主人の口添えで助けられている状況(ベアト視点)に罪悪感と居心地の悪さを感じているようだった。

 

 特に私が演説で(極めて幸運な事に)帝国兵の投降と協力を取り付けた事がかなり印象に残ったらしい。自身の存在が無くても問題無い……寧ろ存在するだけ無駄ではないかと考えているようだ。

 

「若様のお側に置いて頂いて、自身の未熟さを思い知らされます。所詮私の出来る事は訓練や机上での事ばかり、いざ実戦となると若様に御迷惑をおかけして……その癖御厚意で失敗を擁護してもらう、そのような事ばかりで正直自身が情けなく感じるのです」

 

 そう語るベアトの瞳は潤んでいた。相当精神的に追い詰められているらしかった。ふむ……?

 

「………ベアト、膝を貸せ」

「えっ……!?」

 

 そう言うや早く私はベアトの膝を勝手に枕にして横たわる。

 

「うん、やっぱりしっくり来るな」

「わ、若様……?」

 

困惑気味にベアトが私を見下ろす。

 

「無重力はやはり嫌いだ、気持ち悪い。膝枕、頼まれてくれるな?」

「えっ……?は、はい」

 

私の言葉に対して戸惑いつつもベアトは承諾する。

 

「……だからこそ私は傍に置いておく訳だ」

「……?」

「知っていると思うが膝枕されている時は私としては弱って無防備な状態でな、襲われたらひとたまりもない。私としてはベアトが私の首を切り捨てるなんて想像も出来んし、寧ろ覆い被さってでも守ってくれると考えているが……違うかね?」

「と、当然で御座います!このベアト、若様のためにこの命を惜しんだ覚えは一度も御座いません!」

 

私の質問にベアトは殆ど反射的にそう答える。

 

「その通りだ、カプチェランカでも私のために盾になろうとしてくれただろう?今回の遭難でもベアトのお陰でパニックにならずに済んだ、それだけで私としては大助かりだった。……言っておくがあの時場にいたのが誰でも落ち着けた訳じゃない、信頼している従士だから縋りつけたのだからな?そうでなければあんな醜態は見せられんよ」

「………私は…若様の御役に立てているのですか?」

 

 不安げに従士は尋ねる。普段は大人びた表情をしているがこういう時は子供らしい。

 

「本当に必要無いなら庇うつもりは無いさ。別に昔馴染みなだけでずっと傍に置ける程自分の能力に自信を持ってはいないさ。先程もいったが此度の件は一切お前に落ち度は無い。お前は私の指示に従っただけだし、寧ろお前が良く指示に従ってくれたお陰で今こうして怪我一つなく膝枕されているんだ。褒めてやりたいくらいさ」

 

 内心お前は何を言っているんだ、とセルフ突っ込みを入れつつ私はそう慰める。

 

「………はい、若様がそう仰るのでしたら私が異論を挟む理由は御座いません」

 

そう語り、一旦言葉を区切ると……再び口を開く。

 

「若様………」

「ん?」

「………非才の身ながら今後より一層御役に立てるように修練を重ねます、可能な限りお求めになる事に沿えるように善処致します。ですので……どうか……御見捨て無きよう……お願いして宜しいでしょうか?」

 

恐る恐る、心細げに、切なげにそう伺う。

 

 私はそのような従士の態度に安心させるように笑みを浮かべる。

 

「当然だろう?信頼する傍付きが更に研鑽するのだ、そんな優良な従士を離す訳あるまい?」

 

 私の返答に、ベアトは答えるようにようやく笑みを浮かべたのだった……。

 

「いいなぁ、若様ここにも柔らかで寝心地の良い膝がありますのでどうで「いえ、結構です」ですよねぇ」

 

 横から入り込んできた准尉に私は即答した。そして私はベアトに取り敢えずこの動く猥褻物の撤去を命じる事にした。

 

 このような事がありつつも三〇分余りシャトルに(貞操を守りつつ)乗船した後(何故男なのに守らなければならないのだろうか?)、ようやく私は亡命軍派遣艦隊の旗艦「リントヴルム」に到着する。衛兵の出迎えに答え准尉の拘束を命じた後、従兵により司令長官の下に案内された。

 

 その室内はもし何も知らない者が見れば貴族の屋敷の一室とでも思っただろう。緋色の壁紙が貼られた室内には油絵が飾られ、床は毛皮の絨毯が敷かれている。

 

 天井のシャンデリラが室内を照らし、書類や調度品で見事に飾られた大きな木製デスク、その後方には同盟旗と亡命政府旗が交差するように立ち、御約束のように現皇帝陛下と大帝陛下が国父を包囲している。国父の表情は涙目で微笑んでいた、そろそろ諦めムードである。部屋の隅には振り子時計が黙々と時間を刻み、会議用であろうソファー、小テーブル、硝子棚が置かれる。

 

 到底元同盟軍の艦艇とは思えない「リンドヴルム」の司令長官用執務室に入室した私は敬礼と共に申告する。

 

「自由惑星同盟軍、第三艦隊司令部所属、航海課スタッフ、ヴォルター・フォン・ティルピッツ宇宙軍中尉参りました」

「うむ、……御苦労」

 

 執務室の椅子に座るケッテラー大将は、一見すると厳しそうな表情で返答する、がその内心は別である事を私は知っている。

 

「……少し長話になろう、そちらの椅子に座り給え」

 

そう大将は部屋の隅のソファーに座るように促す。

 

「……それでは御言葉に甘えましょう」

 

 私は少々芝居がかった口調でその言葉を承諾する。私と大将が相対するようにソファーに座ると従兵がタイミングを図ったように入室、給仕としてティーカップに紅茶を注ぐと恭しくその場を退出する。

 

「………では、こちらの資料を御渡し致します」

 

 まずは同盟軍人としての仕事から私は切り出す。同盟軍が救助した亡命軍兵士・死亡した亡命軍兵士の遺体、及び亡命政府への投降ないし帰順を求めた帝国軍捕虜についての引き渡しの証明書、亡命軍に引き渡した同盟軍の物資代金、修理した亡命軍艦艇の修繕費用についての請求書などだ。

 

「うむ、了解した」

 

 大将は資料に頷くと私に資料を引き渡す。それは先程の資料の同盟軍と亡命軍の立場を反対にしたものである。私はそれを捲り凡その内容に誤りが無い事を確認すると了解致しました、と答える。

 

 本来ならばこれだけが仕事だ。それどころか態々派遣軍司令官と私が会う必要すらなく亡命軍の参謀スタッフに資料を引き渡すだけでも良かった。

 

 即ち、ここからは同盟軍人としてではなく帝国貴族として目の前の人物と接する事になる。

 

「さて、それでは此度の案件について認識の共有を致したいのですが宜しいでしょうか?」

 

 私は礼節ある口調で、しかしティーカップを手にして尋ねる。大将の表情が険しくなる。

 

「………此度の事態については誠に遺憾な事であった、任務を通達したロボスと市民軍司令部には私から直々に抗議を行わせてもらった。結果として捜索部隊編成を実行させ卿の身を保護出来たと考えているが……」

「御心配無く、私は此度の事態に対して何者も咎める必要性は無いと考えています、子爵殿」

 

 私は悠然とした口調で、最後の子爵という言葉を強調する。ティルピッツとケッテラーは共に伯爵位であるがそれは本家に限っての事、分家筋に当たる大将の爵位は子爵であり、私が本家を継げば宮廷内におけるその立場は逆転する事は自明の理であった。

 

「しかしながらそれでは……」

「いえいえ、私自身にとっても楽しい冒険でしたよ。母上からは怪我をしないようにと言われたものでスリルでは少し物足りなさもありましたが……まぁ、結果として予想通りに安全に此度の遠征を楽しみ、家への土産話も出来ました、どこに不満があるというのです?」

 

 遠征派遣艦隊の責任者として此度の私の遭難事件に関わる生け贄の羊を引き立てようとする大将に対して、しかし私は無用であると伝える。

 

「ヴァイマール伯もその点に関しては同意しております。此度の件は予定調和であった方が都合が良い、態態同胞の内から罪人を出す必要性なぞありませんよ」

 

 現実では私の遭難から救助までの経緯を調べれば母が卒倒する事間違いない。なので公式記録は事実に比べて表現を矮小化する訳だ。唯でさえ選挙期間中であるのにここで下手に影響力のある母が勝手に暴走して同盟との関係が拗れたら面倒だからな。

 

私は出された茶を一口飲んだ後、続ける。

 

「それは理解しています。ですがやはりこのような事態になったからには現場の責任者として最低限その原因の追究は不可欠であると考えておりまして……」

 

 大将の言葉、その意図する意味をすぐに理解して私は機先を制するように指摘する。

 

「此度の件について責任を取るべき者は一人としておりません、それはロボス少将についても同様です。彼の命令自体は軍組織としての指揮系統に沿ったものですし、相応の護衛体制も整えていた、この件に関しては不運と思うしかありません、まぁ子爵なら理解しておりましょうが戦場では良くある偶然ですよ」

 

 危うく生け贄にされそうになった叔父上のフォローも行う。唯でさえ複雑な立場な上私のせいで相当責められたようだし、正に責任を押し付けられそうになっているので釘を刺す。これくらいは迷惑をかけた身として最低限行うべき義務であろう。

 

 ……まぁ、このまま叔父上の立場が悪くなりすぎると原作のように元帥まで昇進出来なくなり私のアムリッツァ介入手段が減る、という打算的理由もあるが(マッチポンプかな?)。

 

「……私、いえ我らの一族の監督責任も問わぬ、と認識して良いと?」

 

 こちらの内心を窺うように大将は尋ねる。それは彼にとって最も重要な事実確認であった。

 

「少なくとも今度の話について此度の案件を持ち出す事は無い、と夫人殿と御隠居殿に御伝え下さいませ。少なくとも父も、軍務尚書も、無論斡旋した宮廷と典礼省もこのような些事で折角の根回しを反故にするつもりは御座いませんよ、御心配でしたら一筆したためましょうか?」

 

 本家から相当しつこく詰問されていたのだろう、神経過敏気味になっている大将を安堵させるように私は答える。

 

 宮廷からしてもその設立期から長年亡命政府軍の上層部を占めていた三家の一角の衰退を容認する事は難しい。新無憂宮の如く貴族達が抗争を続けていては国力で劣る亡命政府は早期に崩壊してしまう。宮廷と典礼省は貴族間の勢力を調整し、婚姻や養子縁組で連帯させ、没落しそうな家はてこ入れする事で亡命政府内で内ゲバが起こらないように苦心してきた。

 

 軍部三家で一番基盤が脆弱なケッテラー家からすれば此度の案件で折角の婚姻が取り消しになれば冗談抜きでその勢力バランスが崩れる事だろう。何としても大将はそのような事態を回避しなければならず、失敗すれば一族が詰み、その中でも村八分にされる、だからこそここまで疑心暗鬼にもなる。

 

「いいえ、そこまでの事はなさらずとも構いません。しかし……本当に…本当に不問にする、と仰るのですか?」

「……素直にそう答えても信用出来ないかも知れませんね」

「い、いえ……!決してそのような事は……!」

 

私の発言に慌ててそう否定の言葉を口にする大将。

 

「いえ、寧ろ当然の事。私としても配慮が足りませんでした」

 

 宮廷の意向があるとしても、それだけで唯で目をつぶってやる義理はティルピッツ家には無い。全てを無かった事にするとしてもそこから少しでも利益を出そうと思うのは当然だ。

 

「強いて言えば此度の件で捕虜となった帝国兵がいる筈ですが、そちらの処遇について便宜を図って頂きたい」

「便宜、ですか……?」

「ええ、彼らに約束しましてね。帝国に戻るにあたって不名誉な扱いを受けぬように「彼方の宮廷」に通達するとね。大将の方からも帰還者については早急な返還の交渉と弁護について協力を願いたいのですよ、無論仮に残留希望者がいればその扱いについても助力願いたい」

 

 普通に帰還すれば帝国では冷遇される、亡命政府からの返還でも貴族階級なら兎も角平民となるとどこまで考慮されるかは不明瞭だ。フェザーン経由で返還者の通達と擁護の手紙が必要だ(彼方も擁護されたら同じ貴族相手なので不当な扱いをされる可能性は低い)。もし亡命政府ないし同盟に残留・帰化する場合は必要に応じて家族の亡命の斡旋や教育・当面の生活の援助もいる。無論私からも実家に頼み込むが分野によっては大将に便宜を図ってもらう必要もあった。

 

「その程度の事で構わないと?」

「その程度……というには互いの認識に齟齬があるようですね。私としては宣言した以上は平民との約束とはいえ無碍にするような好い加減な事はしたくないのですよ。……どうでしょう、頼まれてくれますかな?」

 

 当然ながら大将が否定の言葉を口にする事なぞ出来る訳が無かった。私は大将の返答に頷くと笑顔で手を差し出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第四次イゼルローン要塞攻防戦が終結した所で、それはあくまでも一五〇年に渡る戦争における一つの戦いの終わりに過ぎない。

 

 宇宙暦785年5月28日、自由惑星同盟総選挙が実施され、翌29日にアライアンスネットワークシステムにより全銀河にその結果が公表された。

 

 結果として政府と軍部の積極的な宣伝もあり第四次イゼルローン要塞攻防戦は要塞攻略こそ出来なかったものの市民の大半には同盟軍の勝利、ないし痛み分けという認識が共有されたからか与党連合たる国民平和連合所属の諸政党はその議席を維持ないし微増に成功し、総選挙以前危惧されていた急進的軍国主義派及び親帝国反戦講和派の伸長は阻止された。

 

 前回に比べ大きな勢力変化が無かったために最高評議会議長兼自由共和党総裁スタンリー・マクドナルド、自由共和党幹事長ロイヤル・サンフォード、サジタリウス民主同盟党首ルーサー・アッシュビー、反戦市民連合党首ジェイムズ・ソーンダイク、立憲君主党副総裁ボニファティウス・フォン・ゴールドシュタイン(ゴールドシュタイン公)、無所属グエン・キム・バーン等、主要な同盟政界の重鎮は引き続き当選する事となり、議会の顔ぶれは殆ど変わる事は無かった。

 

 数少ない新人議員の代表としては自由共和党所属ヨブ・トリューニヒト、サジタリウス民主同盟所属コーネリア・ウィンザー、自由市民連合所属ジョアン・レベロ、労働党所属ホワン・ルイ等が注目された。彼らはそのどれもが実績と名声の双方で議員として申し分ない実力者であり、同盟政界の次世代を担う逸材である。

 

 6月1日、第二次マクドナルド政権が発足、同日自由惑星同盟軍テルヌーゼン士官学校にて785年度卒業式が開催されその祝辞が第二次マクドナルド政権の最初の業務となった。

 

 翌2日には第4次イゼルローン要塞攻防戦及びその他の功績に応じた論功行賞が実施される事になる。私、ヴォルター・フォン・ティルピッツ中尉は2日を以て同盟宇宙軍大尉に昇進、同盟自由銅星勲章、第四次イゼルローン遠征従軍勲章を授与された。ベアトもまた同盟自由銅星勲章こそ授与されなかったが同じく大尉昇進と従軍勲章授与が行われる事となる。

 

だが、同盟にとっての平穏はここまでである。

 

 6月7日、帝国軍の大軍がダゴン星系に侵攻を開始し、同星系を防衛する同盟軍はこれを迎撃、18日までに同盟軍はダゴン11‐4基地の放棄と撤収を発表する事となる。

 

 以降、国境諸星系では要塞攻撃とブランデンブルク伯殺害の報復のために大軍を以て侵攻を開始する帝国軍と、それを防衛する同盟軍による熾烈な攻防戦が続く事になり、数年後には有人惑星を有するエル・ファシル星系にまでその戦火が及ぶ事になるが……今はそれを知る者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 6月21日、国境宙域にて同盟と帝国が激しい抗争を続ける中、同盟の帝国国境に近いアルレスハイム星系ヴォルムスの星都アルフォードの郊外にて細やかな式典が行われていた。

 

 戦火が近づきつつあるとはいえ、流石に約七〇〇〇万にも及ぶ人口を有するアルレスハイム星系にまで帝国軍が進出するような事態はここ数十年なく、帝国軍の現在の侵攻ルートもまたアルレスハイム星系には向いていなかった。そのため配備される同盟軍の増強や遠征から帰還途上の第三艦隊の一部部隊の残留があるとはいえ市民生活に影響するような事はなく、ある家庭が結婚式を催したとしても決して不謹慎な事ではない。

 

「君、うちの娘を良く頼むよ?……マジで頼むからな?貴様ローザを絶対幸せにしねぇとぶち殺すぞ?浮気なんてした日には御近所誘ってお前の首晒しに行くからなマジふざけんじゃねぇぞ手塩にかけて育てた娘を俺から奪いやがって覚えていろよ?」

「お父さん、何で途中から脅迫になっているの……?」

 

 婿に対して声を掛ける父にジト目で突っ込みを入れるのはローザライン・エリザベート・フォン・クロイツェル少尉(6月1日を持って自由惑星同盟軍少尉に着任)である。尤も、その服装は軍人とはかけ離れていた。

 

 所謂純白のウェディングドレスにブーケを手にする小柄な赤毛の女性、それは伝統的な帝国風の花嫁の姿だ。

 

「そうはいってもな……見て見給え!この男の姿を!見るからに軽薄そうで女をとっかえひっかえしそうな面じゃないか!それは……確かに顔立ちは整っているが家庭に満足するか怪しいものだ!きっとローザの見ていない所で女をナンパをしまくっているに違いないとお父さんは思う訳だが‥‥…」

「それお父さんが顔で負けているから妬んでいるだけじゃないんですか?」

 

 結婚式当日になってもこんな事を言う父に呆れ顔になるクロイツェル。自身の夫になる人物がそこまで軽い人物でない事くらい知っているし、自分もそんないい加減な男にほいほい釣られる程尻軽女じゃないのだが……。

 

「それに、そんな好い加減な人がこんなドレスなんて買わないですよ」

 

 そう言ってクロイツェルは自分の身に纏うドレスを父に見せつける。絹製で門閥貴族階級の花嫁が着る筈の職人のオーダーメイド品である。帝国では同盟と違い式に着るウェディングドレスはレンタルではなく購入するものであるがそれにも格式があり、門閥貴族が着るようなものは値段は馬鹿にならないし、金があっても一見の顧客は職人に門前払いされる。もし身分に合わぬ者が買いたいと望めば相応の人物に紹介してもらう必要がある。

 

 逆に言えばそのようなドレスを新興の帝国騎士の娘が着る事が出来るのは正に名誉であり、友人や親族などの出席者に生涯に渡って自慢出来る事であった。

 

「そうよ貴方、唯でさえうちの娘は鈍臭くて料理も掃除も下手でお嫁に行けるか不安だったのに、貰ってくれるどころかこんな立派なドレスまで買ってもらって……寧ろ感謝しなきゃいけないわ」

「お母さんサラリと私をディスってる!?」

 

 クロイツェルはにこにこした表情で辛辣な事を口走る母に泣きながら叫ぶ。確かに事実ではあるが結婚式当日にここまで堂々と婿に言わなくても良いではないか!

 

「え、え~と……ワルターさん?」

 

 御機嫌を伺うようにクロイツェルは婿の名前を呼ぶ。父からは敵視され、母からは自分の駄目な部分を堂々と言われて式をドタキャンしないであろうかと不安そうな表情を浮かべる。

 

尤も、その考えは杞憂のようであった。

 

「ははは、中々賑やかな御家族ですな。私としてもこれくらいの方が好みですよ?」

 

 そのような花嫁とその家族のやり取りを眺めつつ苦笑するのは先程まで花嫁の兄達に妹を頼まれ(脅迫され)ていた花婿の姿である。その出で立ちは伝統的な帝国騎士階級が結婚式において身に纏うスーツである。その姿は実に様になっており、式に出席する幾人かの淑女から不穏な視線を向けられる程だ。

 

 シェーンコップ帝国騎士家の当主ワルターとクロイツェル帝国騎士家の娘ローザラインは、帝都アルフォード郊外の教会にて祝いの式を挙げていた。任官後共に同盟軍のアルレスハイム星域軍所属を通達され、着任してすぐの式であった。

 

「本当すみません……ここまでしてもらっておいてうちの家族は阿呆ばかりで……」

 

 げんなりとした表情を浮かべるクロイツェル。しかもドレスの購入代金や式場(相応に格式がある教会であった)予約、その他の費用や手続きも殆どが忘れやすい自身に代わり目の前の夫になる青年にしてもらっており、花嫁の側から見ると正直情けなく恥ずかしい気持ちであった。

 

「いやいや、気にしないで欲しい、良く家族に愛されている証拠ですよ」

「ですけど……」

「ふ、そうしかめっ面をしないで欲しいものだなぁ、私としては心底この日を楽しみにしていたのだが……ローザは違ったかな?」

 

 にこやかに笑みを浮かべる伊達男がそこにいた。微笑みと共に見える白い歯は俳優のような輝き、大半の女性をそれだけで陥落させるだけの威力を有していた。

 

「い、いえ……私も緊張はしますけど……その…楽しみにしていましたよ」

「それは良かった」

 

 顔を赤らめていじらしくそう呟く姿はとても可愛らしく花婿には思え、花嫁程ではないにしろ照れたように少し頬を染める。尚、貴様がローザなぞと呼ぶなと誰かが叫んだ気がするが気にしてはいけない。

 

「なにせこちらには良い金づるがいますからな。それにこちらは貰う側ですし、余り偉そうな事は言えませんよ」

 

 食客であれ、代々の臣下であれ、その結婚式なり葬式に対して様々な援助をするのは門閥貴族にとってはその忠誠心を捧げられるために当然の義務であり、花嫁を貰う側の婿がその代償としてより多くの負担を背負うのもまた帝国では当然の文化である。

 

 花婿からすればその伝統に従い雇用人から様々な便宜を図ってもらい(図らせて)、その分式のため花嫁より多くの負担をしているだけだ。花嫁が気負う程の事ではないと花婿は心からそう考えていた。

 

「とはいいますけどぉ………そう言えば伯爵様は出席しませんよね?」

「……悪いですが正直祝儀と祝い品のみで結構ですね。本人に来て欲しくも、祝辞をして欲しくもありませんな」

 

 互いに顔を見合わせて同意する新婚夫婦であった。傍から見れば酷い言いようであるが毎度のように「リア充め、披露宴のスピーチで覚えていやがれ!」と捨て台詞を吐く雇用主にして士官学校の先輩に当たる人物である、ぶっちゃけいざ出席したら何を口走るか分かったものではない、正直来るなというのが本音であった。

 

 たかが食客、しかも雇用されてさほどの間もない関係である。大貴族が態々直属の従士でもないのに顔を出す可能性は通常は低く、実際現状二人はその姿を確認していない。このまま何も起きずに平穏に終われば万々歳である。

 

尤も二人の希望は易々と砕け散る事になる。

 

「えー、それでは続いて新郎新婦の御友人からのビデオレターをご披露いたします」

 

 その会場の管理者の掛け声に新郎新婦の表情は凍り付いた。

 

「……ワルターさんこれって」

「……ああローザ、来たな」

 

二人は同時にその答えに辿り着いた。

 

「えっ……!?二人共……?」

 

 そして出席する家族や友人が困惑して呼びかけるのも無視して二人はビデオレターを再生しようとする式場の管理人に飛び掛かろうと必死に走り出す。

 

「それは出来ません」

「まさか初仕事がこんな下らん事になるとは思いもしなかったな(まぁ料理食べられるからいいか)」

 

 しかし管理人に襲い掛かる前に二人はそれぞれゴトフリート大尉とファーレンハイト少尉に拘束される事になった。

 

「ちょっ……!ゴトフリートさん!その拘束解いて下さい!このままじゃ折角の結婚式で晒しものにされます!」

「折角伯爵家からビデオレターが寄越されたというのにその態度は失礼では?ビデオレターが流される事を泣いて喜び末代まで誇って下さい」

「ふざけんな!目を覆いたくなるような内容なんでしょう!?そうなんでしょう!?私は知っているんだぞ!?」

 

 悲鳴を上げながらジタバタする花嫁に、しかしゴトフリート大尉は真顔で拘束を続けていた。悲しい事に士官学校の全科目で最下位グループのクロイツェルにゴトフリート大尉の拘束を解ける道理はなかった。

 

「あー、卿がどこの誰か知らんがこの私が羽交い絞め程度で身動きが取れなくなるとでも?というか他人の式の料理を勝手に食いに来るな」

 

 一方、花婿は自然に相手の内心に突っ込みを入れつつ拘束を解こうと隙を伺う。

 

「只飯集りの同胞に酷い言いようだな。それと我らが雇用主はその程度の事は予想済みのようだぞ?」

 

 そうファーレンハイト少尉が指差す先には第二次防衛線を敷くライトナー家の双子とリューネブルク家の当主(プラスその従士二名)が重装甲服装備でストレッチしながら控えていた。

 

「話によれば同じ薔薇の騎士連隊所属になる戦友を祝いたいそうだ」

「因みに連隊長は伯爵と一緒にビデオレターに出演するようだぞ?」

「冗談ですよね!?」

 

 ファーレンハイト少尉とリューネブルク大尉の発言に普段の飄々とした表情を真剣に引き攣らせるシェーンコップ。

 

「あの……再生しても宜しいので?」

「お構いなく再生してください」

 

 困惑気味に尋ねる管理人に対してリューネブルク大尉は重装甲服越しでも分かるような爽やかな笑顔で答えた。そこには先に結婚した者に対する一種の妬みの感情がどこか見え隠れしているようにも見えた。

 

 取り敢えずこの場で言える事はビデオレターが流れた後に登場したとある式出席者が顔面に玉葱のパイを叩き込まれた後に顔面を真っ赤にした新郎新婦に何度も蹴りつけられたという事である。

 

 こうして細やかな事件はあったものの、宇宙暦785年の6月は、少なくともアルレスハイム星系では平和に過ぎていったのであった……。

 




尚ビデオレターの内容はいちゃらぶする二人の様子を貴族二人が隠し撮りしながら恨み節を語る内容の模様、デート中の惚気話やあーんする姿を参列者達に晒されたのでこのくらいの無礼は許されると思うの

次は幕間、その次の章は数年程飛びます

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