「神様。今日は七百一個のごみを浄化しました。いつお迎えに来てくださるのでしょう」
オゾンは手を組み、ゆっくりと、しかしまるですがるような強さで祈る。
オゾンはオルゴールを見てから、祈りをささげる回数や時間が長くなった。
オルゴールを壊してしまったことが悲しいというのは当然のこととしてある。
しかしそれ以上に、ごみと美しいものが分からなくなってきて不安になってきたのもあるような気がした。
美しいものですらごみになりうる。
そのことがどこか、オゾンには恐ろしく感じられた。
そしてオゾンはそのことがなぜか悲しく感じられた。
相変わらず少年と犬は毎日のようにごみをお宝だといって探し、そしてオゾンの手を煩わせた。
オゾンはごみを増やされてたまらない、といった気分にもなる。
しかしそれとともに、この地にも素晴らしいものは多数あるのかと感心した。
電源を入れれば動きそうなテレビ。
オゾンは家電には詳しくないが、大きくて薄く、見やすそうなテレビだった。
まだ使えそうな自転車。
見た感じではあるがきちんと動きそうなそれは、前輪にばねのようなものがついていて乗り心地もよさそうだということはオゾンにも理解できた。
そして山のような食品の数々。
まだ腐ってもいない食材がおそらく売れ残ったか、形が悪いといった理由だけで大量に捨てられていた。
「夢の島に行けば何もかもがきれいになる」
それは本当のことかもしれない。
夢の島に行けば形の悪いものや使えないものを封じ込めることができる。
それらの中には使い方や考え方次第で使えるようなものもある。 しかし棄てられるものは皆きれいだ。
きれいなものなのに、みな棄てていく。
それは使えない、とか、邪魔になった、といった所有者の身勝手な感情からだろう。
さらに言えば棄てられたものの感情はどうなのだろう。
オゾンは思う。
もしあの少年のように棄てられたら。
オゾンの脳は考えたくない、と思考を放棄賞としていたが、無理やりにでも考えてみる。 おそらく悲しいだろう。
彼自身は明るくふるまって見せている。
しかしながら彼の心の中には、きっとここのゴミ捨て場のような果てしない闇が広がっているのではないか。
オゾンはそう考えると、深くため息をついた。
「臭いものにはふたを、という言葉が人間界にはある」と人間界に派遣されていた先輩の天使がいっていたことを思い出す。
必要のないものや、見たくないものは捨ててしまえばいいのだ。 そんなことを人間はしているのか、と天界の皆は笑っていた。
しかしながらこの姿、そしてあの少年を見ると、それは嘘ではないとはっきり言えるような気がした。
あの少年の素性はよくわからない。
しかし彼はオルゴールというものを知っていたし、そのほかにも知識はあった。
それに何より、あんなに小さいのに一人で生きている。
彼はきっとまた、形の悪い大根や、売れ残ったパンのような、そんなモノなのだろう。
結局彼自身には問題はなく、彼の周囲が悪いのだ。
周囲の身勝手に、彼も振り回されたのだ。
それでも彼は生きている――
オゾンは腐りゆく足元のごみを見る。
眼の前でどろどろに、ぶよぶよに腐っているごみを見ているとそんな考えが正しいのかもわからなくなってくる。
棄てられた時点でごみはごみであり、そして使えないものとして烙印を押されるのだ。
腐敗し、そして汚わいを吐き出す。
そうすればそれは完全なごみと化してしまう。
オゾンはそう考えると、少年のことをどう見たらいいのかわからなくなってきた。
彼はごみなのだろうか。
――そして自分は……
オゾンはそう考えかけて、考えるのをやめた。
これ以上考えてしまうと自分自身が悲しくなってしまいそうだったからだ。
もしかしたら自分はごみなのかもしれない。
ここに使わされて何年も、何億にも及ぶであろうごみを処理しなければならなくなっている。
きっとこの仕事は終わりそうにない。
この仕事が終われば天界に帰れるが、現実には自身で処理できる量以上のごみが排出されている。
しかし神様はここにあくまで使命として送り出してくださった。
天使の輪を頭にかぶせるとき、神様は確かに「お前は強い」と言ってくださった。
さらに神様は人間のようにホンネとタテマエを使い分けて天使をごみのように捨てたりするはずないはずだ――
オゾンはいくつも自分が棄てられた存在でないという論拠を集め、なんとか無理やり胸をなでおろす。
しかしそれは本当にそういえるのだろうか。
何故自分自身がこんな、何億ものごみを処理させるようなところに行かなくてはならなくなってしまったのだろうか。
オゾンは気分転換をしようと、翼を動かした。
夢の島の仕事で一番つらいことは気分転換をすることだ。
汚れたもの、つかえそうにないものばかりで、気分転換になるものが何もないことだ。
例えば少々汚れた川であれば少し浄化すればそれなりにきれいな水を楽しむことができる。 しかしここで楽しむことができるものなど、なかった。
せいぜい棄てられたものから人間のはやりすたりや、欲望を感じ取るような悪趣味なことしかできない。
派遣されて最初のしばらくは、退屈しのぎにそんな遊びを楽しんでもいた。
しかし、今そんなことをしたら心まで腐ってしまうような気がした。
オゾンは肩を落とす。
オゾンはそして顔に映し出された疲れをいやすかのように、ごみの上に座った。
その姿を、少年は天使に気づかれないようにじっと見つめていた。