オゾンは体を少し翼で浮かせ、そして思い切り伸びをした。
今のオゾンにとって、伸びをすることで筋肉の疲れを取ることが唯一の楽しみだった。
体から無意味に入った力や、疲れの類が抜けていくのをオゾンは感じる。
オゾンの表情もまた、堅くなっていたものが、少しずつ柔らかくなっていった。
しかし体が楽になったとしても、何かしくしくするような気持ちが心のなかに感じる。
胸騒ぎではないが、何か寂しさにもような感情。
オゾンは周囲を見渡し、「この景色だもの」と、自らを納得させた。
灰色だらけの景色。
ひどいにおいの空気。
晴れていれば空だけが異様な青さを見せるが、それすらも監獄にいるような気持ちにさせる。
気が滅入るのも当然だともオゾンは感じた。
オゾンはしくしくする心をまるであやすかのように、十字架の前跪く。
ビニル袋の嫌な感じが脚に響いた。
十字架は暗い地上をまるで照らすかのごとく、明るい輝きを見せていた。
オゾンは祈りを捧げ、十字架を見つめる。
――神様がずっと見てくれている。
そう考えるだけでここで浄化を行うモチベーションになるような気がする。
*
あの日、天界ではリングの授与が行われていた。
リングの授与を神様から受けた天使は、地上に降り立ち、そして各自の持ち場を浄化する。
そして浄化が終われば迎えに来てもらえる。
オゾンは人間界に降り立ち、そして神様と神様のために働けることを心待ちにしていた。
人間は神に似せられて作られた、というのだからきっと素晴らしい存在なんだろう。
そして人間を喜ばすことができればきっと、神様も喜んで下さる。
期間も長くて数年だと先輩は言っていた。
オゾンはただ、地上に降り立つことを楽しみにしていた。
「オゾン、あなたはとても強い」
神様の優しい声が聖堂の中に響き渡る。
オゾンは神様の言葉に頬を赤らめた。
「お前の行く夢の島は、人間たちに汚されてしまいました」
神様はそういうとオゾンを向いてほほ笑む。
オゾンはきっと神様のお役に立てるように働くことを誓った。
*
オゾンの表情は旧友のことを思い出したようにほころんだ。
「天使様」
後ろから声が聞こええる。
「あの、天使様!」
オゾンはその声の方向を剥いた。
少年が犬とともに立っていた。
彼は手にこぎれいなバッグを持っていた。
「やっぱりあなたは天使様だったんですね」
少年はどこかうっとりしたような表情でオゾンを見る。
オゾンはそんな彼を、不思議そうに見つめた。
「これ、見つけました」
彼はトラッシュ、と名乗った。
トラッシュはカバンを差し出す。
おそらく人間界では豪華なものとされているのだろう。
茶色い模様の入ったカバンと、ピンク色のガラス瓶に入った香水、いくつかの宝石を差し出した。
オゾンは顔を伏せる。
ごみを渡される屈辱。
しかし最高のプレゼントを渡される喜び。
その二つが心の中をうごめき、そして駆け巡る。
「あら、気が利くのね」
オゾンはそういうと、とりあえずプレゼントに手を触れる。
トラッシュのプレゼントは、あっけなく消えた。
トラッシュは唖然とし、犬は怒りの色を見せる。
しかしオゾンはあくまで涼しい顔をして見せた。
自分は天使なのだ。
天使がごみを受け取るわけにはいかない。
そしてトラッシュのしていることのせいで、自分は天界へと還れないのだ……
オゾンはそう、自身に言い聞かせた。
トラッシュは目線を下にそらす。
そして彼は、まるで言葉をかみしめるように、一言一言丁寧に話を始めた。
「天使様、ここにあるものはすべてごみだと思われるのですか?」
その顔はまるで悲しみにも、怒りにも、諦観にも見えた。
オゾンはため息をつき、ある一点にむけて指を刺した。
何台ものごみ収集車がごみを吐き出していた。
そしてオゾンはため息交じりに言葉を吐いた。
「人間たちがここを汚し続ける限り、私は天界に帰れやしない」
オゾンは顔を伏せる。
トラッシュもまた、まるで胸をナイフでえぐられたかのような、そんな沈痛な面持ちでオゾンを見つめた。
それ以降、トラッシュはオゾンの前に姿を現すことはなかった。