「お久しぶりです、天使様」
トラッシュはすっかり大きくなっていた。
服もどこかで仕入れたのだろう。
緑色であるのは変わらないが、トレーナーではなく、長袖のTシャツになっていた。
声はすっかり低くなっていた。
オゾンはそんなトラッシュの姿を見て、少しだけ目を丸くした。
「ここ最近雨が降らないので、神様にお願いしていただけませんか」
トラッシュはしっかりした声、そして視線でオゾンに願う。
オゾンはそんなトラッシュの願いを「不可能よ」と言ってはねのけた。
実際に不可能だ。
今まで一番の身内である自分自身の願いを一切聞きもせず、ずっとここの夢の島にて果てのない作業をさせてきたのだ。
そんな神様が人間の願いなど聞いてくれるはずなどないだろう。
そういってオゾンは、自身の壊れそうな感情を何とか支えた。
自分よりも下級の存在の願いがもしかなうのならば、それは単なる絶望でしかない。
オゾンはそう思うと同時に、汗がとめどなく流れるのを感じた。
しかし神様は残酷だった。
十字架は光り、そして雨が降り始めた。
夏の雨は、まるで恵みと恨みを一緒に振らせているかのような生ぬるい雨だった。
「天使様、ありがとうございます!」
トラッシュはそういうと、願いがかなった喜びを全身で表すかのように舞い、そしてバケツに水をため始めた。
しかしオゾンはその様子を見て、血の気が弾いた。
「なぜ……」
オゾンの視界はどんどんと遠くなっていくのを感じた。
神様は確かに、「時が来れば迎えに行きます」と言ってくれた。
しかし自分には今までいくら浄化しても迎えに来てくれる人などいなかった。
一生懸命使命を果たしても、まったく見てもくれない。
じゃあ一方でこのごみのような少年は何をしていたのか。
なぜ自分自身をさしおいて、「そんな存在」の願いをかなえてしまうのか。
――承服できない
オゾンは十字架をにらんだ。
オゾンの脳内は過去の映像を呼び起こしていた。
仲間の天使は少しずつ、しかし確実に浄化し、汚れた大地をきれいにしていった。
それはまるで魔術のようであり、それは奇跡のようでもある。
こうすることで天使の使命を果たすことができる。
オゾンは天使として生まれたからには人の役に立ちたいと心から願っていた。
しかし現実は残酷だった。
オゾンの能力は高すぎてせっかく浄化した大地まで消してしまい、後には何も残らない。
その能力のせいで天界からは浮いてしまった。
なんとかオゾンは天使になれたものの、送られたところはここ、ごみの消えない夢の島だった。
消えないごみを消させることで体よく追い出したのではないか――
オゾンの考えはある一点にたどり着いた。
オゾンはそう考えると悲しいどころか、怒りすらわいてきた。
「お前はとても強い」
そういってオゾンは追放された。
結局自分自身はトラッシュとは変わらない、ごみだったのだ。
それどころかごみでありながらも楽しそうに生きているトラッシュとは違い、自分自身はごみではないと考えて生きてきた。
オゾンはうっすらと笑みがこぼれた。
ばかじゃないの。
オゾンはそう、つぶやきたくてもつぶやけない感情が心にあふれてくるのを感じた。
そしてオゾンはゆっくりと十字架に近づいた。
トラッシュはそんなオゾンに気づくこともなく、雨を集めている。
そしてオゾンは十字架を思いッきり握りしめた。
強い風と激しい浄化のエネルギーが周囲にほとばしる。
トラッシュはその勢いで飛ばされ、バケツはからからという音を立てて丘から転がっていった。
まるでその力はオゾンの感情の強さを表しているようでもあった。
「迎えなんて来るはずなかったのよ。14年待っても」
オゾンの顔は涙で汚れていく。
真っ白な顔は涙で真っ赤になっていく。
悔しいのか、悲しいのか、正直なところよくわからない。
ただ涙を流していなければ自分を支えることなどできないような気もした。
初めてオゾンはそんな経験をしたようにも感じた。
「消えなくても、いいんじゃないかな」
トラッシュの声が後ろから聞こえてくる。
オゾンはトラッシュのほうを向いた。
「お前に何が分かる!」
オゾンはトラッシュめがけて叫んだ。
しかしトラッシュはにこりとほほ笑み、手を差し出した。
その手にはかつて自分が加えた傷が残っていた。
*
いつの間にか夢の島の一角に菜園ができていた。
青々しい葉っぱに、瑞々しい赤。
それがトマトであることは、オゾンにもすぐに分かった。
オゾンは目を丸くする。
全くの荒れ地から赤々としたトマトを作り出す。。
その姿はまるで、自分ですら起こしえない奇跡のようだった。
「ごみの中には肥料になるものもあるんですよ」
トラッシュはほほ笑み、オゾンを菜園に案内した。
トマトを消さないよう、オゾンは慎重に飛行する。
「元は、天使様が浄化した土地だったんです」
トラッシュはオゾンを見つめる。
その眼には感謝と尊敬の色が浮かんでいた。
「すごいわね。 天使の使命は、汚れた大地を浄化して、自然を保護すること。この荒れ地をよみがえらせるなんて、天使にも難しい」
オゾンはそういうと小さく笑顔を浮かべた。
その笑顔は夕焼けの垢に照らされていた。
トラッシュはその姿に思わず息を飲む。
そしてトラッシュはトマトを一つもぎった。
「僕もレオも、ただ生きようとしただけです」
トラッシュはそのトマトをオゾンの前に突き出した。
甘酸っぱい香りのする、いいトマトだった。
生きるために自分は何をしていたのだろう。
トラッシュは今までごみでありながらも生きようとしてきた。
一瞬そんな思いがよぎる。
でもいいじゃないか。
棄てられたとしても自分自身を生きればいい。
そう考えるとオゾンの表情はどんどんと柔らかくなっていった。
「ほら、おなかがすくとかんがえかたも悪いほうに行っちゃいますよ」
トラッシュはそういうとトマトを勧めた。
オゾンは一口、トマトを口に含む。
その味は甘酸っぱく、そして明るい味だった。