大冒険は終わらない   作:ろんろま

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プロローグ:目覚める悪意、天界の兄弟

 眩いばかりの光が世界を包み込んだ。

 澄み渡るばかりの青い空を超えた遥か上、宇宙(ソラ)と呼ばれるその中で行われていた死闘が、ついに決着となったのだ。

 

 勝利者である人間の勇者は地上へ帰還し、敗北者である魔界の神は太陽の中に消える。

 

 成る程それは人間にとっては紛れもないハッピーエンドであろう。

 死神の策によって勇者は姿こそくらましたがその生存は約束されている。

 強い絆で結ばれた仲間たちがいる限り、勇者は必ず地上へ戻ることができるだろう。

 

 完全無欠の幸せな終わりというやつだ。

 

「そーんなの反吐が出るよねえ」

 

 暗い、暗い闇の中。一点の光源もない暗黒の中声が響く。

 粘性の強い液体を掻き分けるような水音を背景に、声の主は低く唸るように呟いた。

 

「まさかこのボクが一回殺されちゃうなんて……アバンとマァムめ、よくもやってくれた……」

 

 それは地上でキルバーンと呼ばれていたものの声であった。

 多大な疲労を感じさせるその声には確かな殺意が込められており、底知れない怖気すら感じられる。

 

 先の見えない暗闇の中であったが、キルバーンは道を知っているかのように真っ直ぐ進んで行く。

 

「あいつらだけハッピーエンドなんて許さないよ……」

 

 一歩一歩、キルバーンは進んでいく。粘性が強くなってきたのか、水音が重く深く沈んでいく。

 

「正義と愛の勝利だなんてくそったれなもの、認めるもんか……」

 

 怨敵に対する呪詛が紡がれる中、何かの溶けるような音が鳴り、肉の焼け付くような腐臭が香り始める。

 それきり水音は止んでしまった。キルバーンが立ち止まったのだ。

 

 正確に言うのならば目的地に辿り着いた、と言うべきか。

 

 キルバーンは最後に小さく咳き込み言葉を紡いだ。

 

「さあ起きなよ呪いと怨念の王サマ! バッドエンドを作るのはお手の物でしょ?」

 

 張り叫ぶような大声と共に一際大きな水音が上がる。

 その直後、濁流のような轟音が響き渡り、空間を照らすように赤い光が灯火を創り出した。

 

 まるで血の海のような液体が渦巻く中、キルバーンの姿はどこにも見えなかった。

 

 

 

 

 ーー地底に封じられた世界、魔界。

 例外を除き二つの勢力によって治められているそこは、太陽のない暗黒の世界だ。

 

 魔法力によって作られた人工の陽光によってそれぞれの領域を照らされており、強大な魔法力なくしてできないそれは王の強大さ、偉大さを示すシンボルであった。

 

 例外たる呪われた大地、ジオン大陸でもそれは同様だ。

 魔界最大の危険地帯と言われる瘴気と怨念の大地であるそこは基本的に戦う力を持たないものたちの楽園でもある。

 

 そんな彼らは主に農家、鍛治師として働いておりその姿は地上の人間との違いはまるでない。

 いかに魔族とて戦いばかりに明け暮れる訳ではないとは言え、代わり映えのない穏やかな日々を過ごせるのは変わり者の集いと言われるジオン大陸の魔族たちくらいであった。

 

 瘴気の霧が薄くかかる空気の中、今日も働きに出ていた魔族の少年はふと光が陰ったことに気づいた。

 

「あれ? 今、空が黒くならなかったか?」

「お前ボケたのか。空なんていつも黒いじゃないか」

 

 鍬を片手に同じく働きに出ていた黒髪の魔族の少年が呆れたように答える。

 陰りを見た少年はそういうことではなくて、と前置くと困ったように首を傾げた。

 

「空の色じゃなくて、本当に一瞬光が消えたみたいな感じじゃなかった? 何かあったのかなあ」

「気のせいだろ。それか大魔王様が地上侵攻してるしその影響かもよ」

「うーん、そうならいいけど……やっぱり心配だ。呪怨王様に何かあったのかも……」

「大丈夫だって! きっと隊長さまに怒られて出禁喰らってるだけだろうよ!」

「それはそれで気になるけど。まあ、俺たちが気にしたところで何もできないよなあ」

 

 そういって抱えた農具を担ぎ直す少年はやはり心配そうに眉根を寄せていた。

 少年たちの暮らすアーカの村は農業が盛んな村だ。

 魔界の過酷な環境の中での生命線とも言える食物の生産に携わることは何より尊いことで、ジオン大陸では作物は他の勢力との交易にも使われている程の重要物資だ。

 

 瘴気の中で作物を育てることは大変難しい中、アーカの村は生産量が図抜けていることから食料庫とも呼ばれている。

 そんな農家の少年たちはあーでもないこーでもないと口論を繰り広げていた。

 

 暫しの口論を繰り返す中、不意に黒髪の少年は我に返った。

 

「やっべ話してたら遅れるじゃん! アグリさんとルビさまの説教がくる!」

「え、やだよう殺されるかも!」

「誰が殺しますか悪ガキお二人」

 

 涼やかな女の声に少年二人の動きがまるでアストロンを受けたように固まった。

 壊れたゴーレムのように首を動かすと、その視線を追った先には魔族の女がいた。

 人間でいえば妙齢、といったところだろう。緩く波打つ黒髪を高いところで纏めており、紅玉のような赤い目が印象的な美女だ。

 そんな彼女は少年二人を怒ったように睨みつけていた。

 

「アグリ老がお呼びですよ。たっぷり叱られてからお仕事に行きなさい」

「ひえっ」

「急ごう! おじいさまの説教に遅れるともっと長くなる!」

 

 齢九〇〇歳に届こうとする老魔族の姿を思い出し少年二人は駆け足で荒れ果てた大地を駆け抜けていった。

 その姿を確認しルビと呼ばれた女は小さく息をついた。

 透き通った紅玉のような瞳が大地を照らす光を捉える。思慮に耽る彼女の意識には遠い王城の姿が思い浮かんでいた。

 

「……陰りはそう言うことなのでしょうね。おはようございます、陛下」

 

 十五年前突如として眠りについた主人の姿を思い返し、親衛隊員ルビは早くお会いしたい、と独りごちた。

 

 その同時刻。ジオン大陸を守る親衛隊長クリスタは王城で大仰にため息をついていた。

 

『……一応命令しましょう。帰れお前ら』

「開口一番無慈悲な!?」

『うるさいですね。そもそも作業着で登城するなお前ら本当に帰れ!』

 

 魔法で形作られた声は苛立ちを帯びており、眼下に集まる魔族たちを一斉に竦ませた。

 それもそのはずで、ここはジオン大陸の中心地、首都ユオンにある王城その玉座の間だ。

 限られた魔族しか出入りできないはずのそこに作業着姿の魔族が大勢集っていれば、ため息の一つや二つ吐きたくなるものである。

 

『陰りが見えただとか、復活はまだかとか喧しい! そもそも土足で踏み入るな仮にもここは王城だぞ! 門番は何をしてるのです!』

「あー……それが門番が全通ししておりましてー……」

『分かりました後で殺します。とにかく、民間人は即刻退去しなさい。それがお前達のためです』

「……嫌です」

 

 誰かが小さく声をあげた。

 

『……聞こえませんでしたか。退去しろと言っているのです』

「嫌です! 王様が眠ってから十五年が経ちます! 長くないはずなのに、もうずっと長いのです!」

「そ、そうです親衛隊長殿! 十五年前突然王様が眠りについた、心配はいらないと言われて信じてきましたがもう限界なんです!」

「レアロードが酒場で叫んでた、天界のせいって本当なんですか!?」

 

 煮えたぎるマグマのような怒気が玉座の間に広がる。その凄まじい勢いにクリスタはフードの奥で苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 ジオン大陸の魔族は大半が力無いもの、そしてそれらの子孫の集いだ。

 弱肉強食を理とする魔界において虐げられた者たちの最後の拠り所であるのがこのジオン大陸だ。そこを統べる呪怨王を眠りにつかせたというのは、普段は温厚な彼らを以ってしても堪え難い苦痛であった。

 

『……。仕事に戻りなさい。お前たちが日常を過ごさないのなら意味がない』

「でも!」

『ーーいい加減にしろッ! 負の想念をこの玉座に垂れ流すなッ!!』

 

 王城そのものを揺らすような怒声が響いた。

 

 ジオン大陸を任されている親衛隊長としてこ、クリスタはれ以上の狼藉は譲れなかった。

 大陸最強の魔族の殺気を含む怒気に戦う力のない魔族たちは凍りついたように止まっていた。

 

 やがて各々顔を見合わせると肩を落として外へと出て行く。最後の一人が外へ出るのを見届けて、クリスタは漸く肩をおろした。

 

『……どいつもこいつも好き勝手言って。こちらの気も知らないで……』

 

 そこまで呟いてクリスタは首を横に振った。魔族らに一喝した手前、弱音を吐くことはできなかった。

 しばらく玉座を見つめていたがそれも長くはない。王がいない今親衛隊長であり王の右腕である彼の仕事量は半端ではないからだ。

 フードの奥に隠した目を名残惜しそうに細め、クリスタは玉座を後にしようと踵を返した。

 

「まあ、悪く言うなって。こればかりはお前に苦労をかけた俺が悪い」

 

 掛けられた声にクリスタの脚が止まった。

 空っぽになった玉座の間はそれまでの熱気が嘘のように冷え切っており、その声はとても良く響いていた。

 黒いフードが翻る。その視線の先には紫水晶の玉座があった。

 先程までは誰も座っていなかったそこには黒い人型をした影が浮かんでおり、目にあたる部分だけが爛々と赤く光っていた。

 

 一見すればただの怪物だろう。

 けれどその纏う気配は禍々しいと言う言葉が霞むほどドス黒い色を帯びていた。

 

「おはようクリスタ。長い間の留守、悪かったな」

『あ……っ! おはようございます、呪怨王ブラッド様!』

 

 即座に跪いたクリスタの言葉に頷くように影は蠢き、その姿が変化していく。靄のように薄い密度であった影が密集し、肉体を形作る。

 影が黒い人体を作り上げると同時に、表面がひび割れるかのように血のような赤髪の魔族の男が現れた。

 ゆっくりと見開かれるその瞳もまた血のような赤色であり、爛々とした光を帯びておりこの男こそ先の怪物ーー呪怨王ブラッドだと確信できる。

 

 ブラッドは身体の調子を確かめるように拳を握ると小さくため息をついた。

 

「慌てて起きてきたからやっぱり本調子じゃないな。まあ、仕方ない……さて、親衛隊長」

『は、何なりと』

「今すぐ外の情報を遮断する。結界を発動させろ」

『……は。恐れながらその意図は?』

「何、大魔王バーンが死んだ。大魔王領域の明かりが消滅する前に情報を遮断しろ。民に混乱は不要だ」

 

 呪怨王の気軽な言葉に、一瞬。ほんの刹那のような間であったがクリスタの思考は停止していた。

 血のような赤い瞳が親衛隊長を見据える。冗談の欠片もない凍てついた眼差しに、今度こそクリスタの思考は再開し行動を開始した。

 

『た、直ちに!!』

 

 瞬間移動呪文を使い親衛隊長の姿が玉座から消え去る。その姿を認めて一人残された呪怨王は小さく息をついた。

 顔を上げ天を見据える。

 城の天井を見ているのではない。魔界、地上の空を超えてはるかその先を見通しているかのようだった。

 

「逝ったんだな。大魔王」

 

 誰もいなくなった玉座で呪怨王は一人、古い知己に黙祷を捧げた。

 

 大魔王バーンは原初の魔界を知る数少ない魔族であった。

 強大な力を持つだけの、ただの魔族の身でありながら、魔界の神の座まで上り詰めた強い男だった。

 

 その男が死んだ。その結果が何を齎すのか呪怨王は知っている。

 

「すべては時間との勝負になった。最早形振り構っていられないなこれは」

 

 最大勢力であった大魔王は死に、冥竜王は石に封じられたまま。

 覇者の消えた魔界に戦乱が蔓延るのは時間の問題だ。その先に待ち受ける破滅を想像するのは容易いことだった。

 

 目覚めたばかりというのに考えうる限りの最悪の事態になったことに盛大にため息をついて、呪怨王ブラッドは再生したばかりの心臓に手を当てた。

 

「俺も本気を出させて貰おうか」

 

 

 

 

 これで良かったんだ。

 

 覚束ない意識の中でダイは安堵だけを抱いていた。

 

 地上を黒の核晶の爆発から守るために空へ飛び立ち、共に来てくれた最高の相棒を庇って一人爆発の威力をまともに受けたことに後悔はない。

 そうしなければ誰も守れず、みんなの冒険は終わりを迎えていたのだから当然だ。

 その結果としてダイの身体が吹き飛んだ程度は、代償として安すぎるくらいだ。

 少なくともダイはそう思ったし事実として身体の感覚は未だない。

 

 だからきっとダイは死んだのだろう。

 

(あれ……じゃあどうしておれは考えていられるんだろう?)

 

 死んだのなら意識はないはずだ。そう考え、そう言えばポップは死んでいた時にゴメちゃんと会話していたなと思い出すと。

 なら死んだダイが物事を考えていても何もおかしくはないのだろう。

 

 そんなことをぼんやりと考えていると、ダイは誰かに手を引かれたような気がした。

 それは例えるなら昼寝していたときのようなポカポカな陽気。そう、太陽に包まれるような心地よさ。ダイにとっては母を連想させる温もりだ。

 それがあまりにも心地よくて、ダイはゆっくりと身を任せた。

 

(あったかいなあ……。そういえば、マァムに初めてホイミをしてもらった時も、こんな感じだったっけ)

 

 今更ながら地上に残して来た仲間たちのことを想いないはずの目頭が熱くなる。

 地上は守れたんだろうか。

 みんなは無事なんだろうか。

 かつて父が自分にそうしたように大魔王バーンとの死闘の末に残った僅かな闘気を使って黒の核晶の爆発を押さえ込んだはいいものの、地上に残すことになってしまった皆の安否が心配で堪らなかった。

 

『ダイ』

『ダイ君』

 

 臆病だけれど誰よりも勇気のあるポップや、母のように自分や仲間たちを慈愛で満たしてくれたマァム。

 もう一人の自分のような境遇を持つ頼れる長兄ヒュンケルに、自分にたくさんのことを教えてくれたアバン先生。

 

 次々と大事なひとのことが浮かんでは消えていく中、強い輝きを帯びた金色が脳裏をよぎった。

 

『ダイ君!』

(レオナ……!)

 

 泣き顔を浮かべた彼女に手を伸ばそうとして、その手がないことにダイは堪らなく悲しくなった。

 

(おかしいな。みんなを守れたらそれで良かったのに……)

 

 皆を思えば思うほど悲しみは深まり、とうとう両の目から涙が零れたような感覚を受けダイは自分が泣いていることに気づいた。

 

 ーー本当にこのままでいいのか。

 ーー死んでいなくなってそれで満足なのか。

 

 どこからか問いかけてくる声がする。その声がどこからのものなのか気にすることもできず、ダイはぐっと涙を飲み込んだ。

 脳裏に大魔王バーン……最後には大魔獣と化した宿敵との戦いが呼び起こされる。

 人智を超えたあの戦いを勝利した自分が地上に帰ったところで、幸福な未来を歩めるなんて、どうしても思えなかった。

 

(おれは竜の騎士だから……人間を守れたんだから、これでよかったんだ)

 

 ーーだから一人で黒の核晶を抱え込んだのか。

 ーーそれは都合のいい死に場所を探していたのではないのか!

 

 声は苛烈さを増して響き続ける。その苛烈さが何となく親友に重なりダイは小さく微笑んだ。

 

(いいんだ。おれみたいな化け物が地上のみんなと一緒に過ごすのなんて無理なんだ。だからもう、いいんだ……)

「良いわけないだろーが!! いい加減起きろ!!」

「っ!?」

 

 怒り狂った男の声が耳元で響き渡り、後頭部を強く殴られたような痛みが走る。

 そこでダイの意識は漸く覚醒した。

 

 痛みがある。

 身体がある。

 ……生きている!?

 

 全くの望外の事態にダイは殴られたことも忘れ呆然とした。

 

 今まで彼が寝かされていたのだろう白いベッドの横には小窓がついており、そこから外の景色が見渡せる。

 そこから見える景色は、大魔王軍との戦いで世界中を旅したダイですら知らない光景だった。

 

 見渡す限りにあるのは崩れ落ちた白い建物に、雲のように白い大地。

 一面には黒い霧のようなものが漂っており、見る限り空気が重い印象を受ける。地上にそんな場所があるなんてダイは聞いたこともなかった。

 崩れ落ちた建物だけならピラァ・オブ・バーンの被害にあった地域と予想したであろうが……そんなことを考えているとふと額が疼いたような気がした。

 

 そんな風に呆然と外の景色を観察するダイの背後では二人の人影が取っ組み合いを行なっていた。

 

「ジストにいちゃん、怪我人相手に何してるんだよ!?」

「黙ってろライト。俺はこいつの考えが超気にくわない。自己犠牲根性叩き直してやるからそこに直れ最後の竜の騎士ぃ!」

「ステイ! にいちゃんステイ!」

「……いたっ」

 

 再び頭部に衝撃を受け、ダイはそこで漸く二人の存在に気づいた。

 

 まず目に入ったのは拳を振り上げる青年と、それを止めようとする少年の姿だ。

 少年の年の頃はダイに近いだろう。それが成人を超えているだろう青年を必死に止めようとするのはダイから見ても少々無理があるように見えた。

 よくよく見れば青年の拳の先はダイに向けられており、ダイは先程感じた痛みの原因を察した。

 

「えっ。……え!?」

「ほらにいちゃん、ダイも気づいたから! ステイ!」

「人を犬みたいに言うなライト。まだ頭のネジが戻ってないようだな……」

 

 まだまだ拳を下ろす様子のない青年、ジストからダイを庇うようにライトと呼ばれた少年はダイの正面に立つ。

 ジストは暫くダイを睨みつけていたがーーやがて諦めたようにため息をついた。

 

「え、えっと……何がどうなってるんだ……?」

 

 混乱呪文を受けたように頭に疑問符を浮かべるダイ。

 そんなダイに改めて向き合いライトは口を開いた。

 

「ごめんね混乱させちゃって……ジストにいちゃん、回復呪文のウデはピカイチなんだけど捻くれちゃってて……」

「誰が捻くれ者だライトコラ」

「ジストにいちゃんは黙ってね。何から言えばいいかな……ダイはどこまで覚えてる?」

 

 ライトの問いにダイは頭に手をかざし、ゆっくりと首を横に振った。

 

「おれは確か……皆を黒の核晶から守るために太陽へ向かって……爆発の光が見えた後からは、覚えてないや」

「まず結論から言うね。ダイは死んでないよ。神様がいうには双竜紋だっけ? それが勝手に瞬間移動呪文を使って天界に連れて来てくれたんだ」

 

 ライトの言葉にダイは目を見開いた。

 

「双竜紋が!?」

「その中には先代の竜の騎士……ダイのお父さんの魂があるんだろう? ダイを助けるために力を振り絞ったんじゃないかって神さま言ってた」

「父さん……」

 

 ダイは思わず額に手を当て呟いた。

 竜魔人と化していた時と違いそこには焦げるような熱はもうなく、ただダイ自身の体温を感じられるだけだ。

 

 けれど父が助けてくれた。

 本当かどうかは分からないが今生きていることこそ何よりの証拠だ。

 それが堪らなくダイには嬉しかった。

 

「あ、でも爆発からは助かったとはいえダイの身体はボロボロだったから、ジストにいちゃんが治療してくれたんだ」

「……あの世に片足どころか肩まで浸かってた状況から引き戻してやったんだ。感謝しろ」

 

 ぶっきらぼうに告げるジストにダイは自分に声を掛けてくれていた人物の正体を漸く理解した。

 

「ありがとう、ジストさん」

「ふん。神々に頼まれたからやっただけだ、二度はないぞ」

「そういえば二人ともなんで俺の名前を?」

 

 ダイの疑問は尤もである。

 そのことに思い出したかのようにライトは手を叩いた。

 

「そういえば自己紹介、忘れてた! 俺は精霊のラズライト。皆はライトって呼んでるよ。で、ジストにいちゃんは」

「ジストメーアという。長ったらしいからジストでいい。俺たちがお前のことを知ってるのは当然だ、全てを天界から見ていたのだからな」

「ライトにジストさん……改めて、助けてくれてありがとう」

「俺は弟の頼みを聞いただけだからな。礼はライトだけでいい」

 

 ジストはそう言うと紫色の目をゆっくりと細めた。

 

「ライトがお前を見つけてなければ、今の天界じゃお前はのたれ死んでただろうよ」

「? それってどう言う……」

『ジストメーア! ちょっと手伝ってくれないか!』

 

 扉を叩く音がし、外から男性の声が響く。

 ジストは小さく息を吐くと、ライトの頭を撫で立て掛けてあった短剣を手にした。

 

「少し出てくる。ダイは絶対安静、ベッドから出すなよライト」

「ラジャー!」

「ちょっと待って、話はまだ……っ!?」

 

 布団を剥ぎ取りベッドから飛び降りようと身体に力を込めた瞬間だった。

 意識を向けた瞬間に骨という骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。これまでに幾度も激闘を越え傷を負ってきたダイだが、その全てを超えると断言できる激痛が全身を走っていた。

 

「……言っただろう。あの世へ肩まで浸かってた状態から引き戻したと。ライト」

「うん。ごめんね、ダイ。催眠呪文(ラリホーマ)」

「待って……!」

 

 竜の騎士であるダイには本来効き目の薄い筈の催眠呪文。

 それは正しく効果を発揮し、ダイの体に猛烈な眠気が襲い掛かった。生命力の尽きかけている今のダイに、それに抗うすべはない。

 

 瞼が閉じる寸前、ジストメーアはダイを振り返った。

 

「ゆっくり休め。三ヶ月ずっと戦いっぱなしだったんだ、少しぐらい休まない方がバチが当たる」

「ーー……」

 

 打って変わって優しい声を最後に、ダイの意識はゆっくりと微睡みに落ちて行った。

 

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