大冒険は終わらない   作:ろんろま

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第一話:ダイ捜索の始まり!の巻

 ーー勇者ダイが空に消えてから数週間が経った。

 勿論地上の人間たちは何もしなかったわけではない。

 各国の王が、民が、善き怪物たちがそれぞれ手を取り合い、勇者の捜索は大々的に行われた。

 

 けれど結局ダイは見つからなかったと言う。

 

 ダイの相棒である魔法使い……今や大魔道士となったポップも捜索を続けていたが彼もダイを見つけることは叶わなかった。

 

 ポップだって徹底的に探し回った。

 かつての冒険の道筋を辿り、秘境という秘境を呪文を駆使して探し回った。

 仲間であり優れた占い師であるメルルの力も随分と頼った。

 何度も山を越えた。海を越えた。

 けれど世界を何度回っても……ダイの姿は欠けらも見つかることはなかった。

 

 しかしポップは諦めなかった。

 黒の核晶が爆破するまで諦めなかった諦めの悪さは伊達ではない。

 

 ダイの剣に宿る宝玉が輝いている限り、諦める気は毛頭なかった。

 

 そんな中、ギルドメイン山脈の端で古びた地図を片手にポップは頭を抱えていた。

 

「…………これがこうで、あれがああだから……いやそうするとここの意味が繋がらねえよなあ?」

「あのねえポップ。さっきからずーっと同じことを繰り返してるけど、まだ解読できないの?」

 

 一向に終わらない彼の様子にマァムは呆れたように肩をすくめた。

 彼女の言うことはもっともである。

 ポップが地図を片手に悩みだしてかれこれ一時間は経過しようとしていたのだ。

 いくら周囲に怪物の影がなくともギルドメイン山脈はかつて鬼岩城のあった場所だ。この地に残る大魔王配下の怪物はそれなりにおり、周囲の警戒をしていた彼女としてはたまったものではない。

 

 その横で水晶玉を使っていたメルルも困ったように眉根を眉間に寄せていた。

 

「あの、ポップさん。やはりアバン様にきちんと教わった方が良かったのではないでしょうか……?」

「うっ」

「そうよポップ。それ魔界の文字なんだから一朝一夕で覚えられるわけないでしょう?」

「ううっ」

 

 少女二人の正論に頭に巨岩が乗せられたような錯覚を受けるポップ。

 無論気のせいである。

 

 マァムとメルルを旅に誘ったのはポップだ。かつてパーティの頭脳役として動いていた彼は地図を読むことに慣れておりマァムもメルルもそこはポップを信用している。

 しかしいくら慣れない魔界の文字とはいえ地図を地面に置き、辞書を片手に悩む姿をみれば彼女達の不安は尤もと言える。

 実際彼らは道に迷っていた。

 

 難解な文章に頭を悩ませるポップの様子を見かねたようにメルルは手を叩いた。

 

「気分転換にお昼ご飯にしましょう。ご飯を食べればきっと頭もよく回りますよ」

「……そうね、根を詰めてばかりじゃ疲れちゃうもの。私薪を集めてくるわ」

「はい、お願いしますマァムさん」

 

 軽い足音を立ててマァムの姿が消える。

 すっかり仲良くなった女性陣の様子を横目に、ポップは申し訳なさそうに眉根を下げた。

 

「悪ィ……気を遣わせちまったな」

「大丈夫ですよ、まだ旅を始めた初日ですもの。焦らずじっくりいきましょう」

 

 そういって食事の用意を始めるメルル。

 手際のいいその様子を眺めポップは慌てて手伝いを申し出るもそれはあえなく彼女に断られてしまう。

 しかし何もしないというのも何とも居心地の悪いもので、ポップは食器を出したり周囲の警戒に励むことにした。

 

 ひとまず鞄に地図と辞書をしまい込むと自然と小さなため息が漏れる。

 

 アバンの使徒、そのパーティの頭脳役と呼ばれたポップは決して頭は悪くない。

 しかし彼を悩ませるそれはダイたち勇者一行に味方した魔族、魔界の名工と言われるロン・ベルクにもらった地図であった。

 

 

 

 事の起こりは昨日のことだ。

 ダイの剣の製作者であるロンからダイの生存を教えられ、仲間たちは喜びに沸いていた。

 

 ダイが生きていてくれた。

 

 ただそれだけが彼らの望みだったのだから無理もないことだ。

 パプニカ王国の岬で誰もが涙を流す中、人一倍の涙と鼻水を流したのはポップであった。

 

 新女王となったレオナに招待されかつての仲間たちがパプニカ王城に集いダイの行方を話し合った。

 

 しかし地上の探せるところは隈なく探した。

 故にポップはこう提案したのだ。これだけ探して見つからない以上、ダイは天界か魔界のどちらかに行ったのではないか、と。

 

 その考えに真っ先に賛同を示したのは魔族であるロンであった。

 

【黒の核晶の破壊力は次元にすら影響を与えかねない代物だ、それは十分にあり得る】

【やっぱり! じゃあまずは魔界に……】

【マァム、止めてあげて下さい】

【勿論ですアバン先生】

 

 早速瞬間移動呪文でどこかへと旅立とうとするポップの襟首をしなやかな手が掴んだ。

 薄紅色の髪をした武闘家の少女マァムだ。

 尤も戦いの終わった今は武闘家ではなく村娘としての服に身を包んでいるが、その鍛え上げられた肉体は健在だった。

 

 大魔道士とはいえ素の身体能力では彼女に遥かに劣るポップはあっさりと首に呪文封じを喰らっていた。

 

 一瞬だけ鼻の下が伸びていたのは気のせいである。

 

【冷静さを忘れてるんじゃねえぞポップ。そもそもオメェ、魔界がどんなところなのか知ってるのか?】

 

 そんな彼らの様子を見て大魔道士マトリフは呆れたように声をかけた。

 重力呪文のように文字通りベタンと地に叩きつけられた師の言葉にポップははっと我に返った。

 言われてみればポップは魔界について何も知らない。

 ダイがそこにいるかもしれない、と言う情報だけで動くにはそれは危険すぎた。

 

 ポップが冷静さを取り戻したのを感じマァムはゆっくりと腕を解いた。

 

【もう、本当に世話がかかるんだから……】

【すまねえマァム。なあ、師匠は魔界についてどれだけ知ってるんだ?】

 

 弟子の問いに人間にして齢百に届こうとする大魔道士はふむと顎を撫でた。

 

【俺も随分長生きしちゃあいるが、魔界についての知識はカケラほどしかねえ。

 やれ暗黒とマグマの世界だ、毒霧蔓延る不毛の地だ、血を血で洗う戦乱の地だっつーロクでもねえ世界。

 実情についてはそっちの魔族さんに聞いた方が早いだろうよ】

 

 冷めた眼差しが魔界の名工を捉える。

 この場で唯一魔界を知る男は集まる視線を真っ向から受け止めるとゆっくりと頷いた。

 

【ふ。それだけ知ってれば人間にしちゃ十分さ。そして全く間違っていない。俺たちの故郷魔界はお察しの通りロクでもない世界さ】

 

 皮肉げな言葉と表情に彼の後ろに控えていたノヴァは悲しげに表情を歪めた。

 

【師匠、自分の故郷をそんな風に言わなくても……】

【実際そうだから何とも思わん。まあ故郷思いのお前にとっちゃいい気分ではないだろうが、こればかりは全魔族共通の思いだろうよ】

【……全魔族共通……】

 

 重みを帯びたその言葉にポップは唾を飲み込んだ。

 話を続けるぞ、とロンは言葉を続けた。

 

【いいか、魔界は神々によって封じられた地だ。高位の魔族でもなければ結界を突破し地上に出ることなど叶わん。無論この俺も自分の魔法力を使って突破してきた】

【魔法力を? 鍛治師や剣士としてのあんたはすごいけど魔法力……想像できねえなあ】

 

 ロンが魔法を使ったところなど見た事のないポップは首を傾げた。

 そんな魔法使いの様子にノヴァはムッと顔を顰めた。

 

【先生はオリハルコンを加工出来るんだぞ、ポップ。神々の創りたもうた金属であるオリハルコンを、だ! そんな先生の魔法力が弱いわけがないだろう!】

【あ、あー……! 落ち着けってノヴァ、唾飛んでるって……!】

【ガキのじゃれあいは程々にしておけ。……話がずれたな。そうやって俺は決められた地点で魔法力を使い脱出してきたわけだが……もう同じことはできんぞ。見ての通り腕がこの有様なんでな】

 

 そう言って動かそうとしたのだろう。ロンの包帯の巻かれた両腕が小さく震える。

 たったそれだけの動作ですら額に汗する魔族をポップは慌てて止めた。

 

【無理に動かすなって! それに魔法力が鍵なら俺に任せてくれよ!】

【単純な魔法力なら確かにお前さんが適任かもな。だが人間のお前さんにゲートが反応するかね】

【……ゲート?】

 

 マァムとポップの声が重なる。話の流れからして決められた地点のことだろうとポップはあたりをつけるも、まるで条件があるかのようなロンの言い方が気になったのだ。

 首を傾げる弟子たちの横で大勇者と大魔道士は納得したように頷いていた。

 

【成る程ねえ、魔法力の質ってやつか】

【となればアバカムで開けるのも難しいかもしれませんねえ】

【アバン先生、説明をいただいてもよろしいでしょうか?】

 

 事態を静観していたレオナが言った。

 賢者の卵として、今は女王としてあらゆることを学んでいる彼女であるが二人の先達の交わす言葉に聞き覚えがなかったためだ。

 最も新しい弟子の言葉にアバンは快く頷いた。

 

【勿論ですよレオナ姫。いえ、今は女王陛下とお呼びするべきでしょうか】

【何でしたらレオナとお呼びくださっても結構ですよ、カール王配アバン様?】

【……ま、まあそのお話は後ほどにしましょう。では私的な場ですし、親愛の意味も込めてレオナと呼ばせていただきましょう。

 では改めて、皆さんは大魔宮の扉を開けた時のことを覚えていますか?】

 

 アバンの使徒たちはその言葉にすぐに頷いた。

 唯一長兄だけが首を傾げていたが彼はその時殿を務めていたので無理もないことだった。

 それを見かねたマァムが彼に説明を始めるのを微笑ましく見つめ、アバンは話が終わるのを見計らって言葉を続けた。

 

【あの扉は大魔王の超魔力によって閉ざされていました。私たちは破邪の秘法を使って開きましたが、本来は大魔王の魔力でしか開かないものです。

 では魔界の入り口……ゲートも同じものだと考えられますね?】

【あ……!】

【付け加えるならゲートは魔族が無理やり作った入り口って考えられる。本来この世界にはないものだからアバンがやったように破邪の秘法で無理やり開こうとしても消えちまうだろうよ】

 

 師匠二人の言葉にポップは目から鱗が落ちる思いだった。

 それを捕捉するようにロンが言葉を続ける。

 

【まあそういうことだ。魔族が魔族のために作った代物だからな……人間嫌いの魔族が多いんだ、人間の魔法力を阻むよう作られててもおかしくはない】

 

 つまりそれは魔族がつくった魔界の入り口は魔族にしか開けない可能性があるということであった。

 種族の違いまでは流石のポップでもどうしようもない。

 

 しかしそれでもポップは諦める気はなかった。

 

【じゃあ半魔族のラーハルトの魔法力とか!】

【半魔族も怪しいもんだ。魔族は基本的に人間嫌いと言ったろう? 人間と関わった証拠である半魔族も対象の可能性は非常に高い。罠とか仕掛けてあったりな】

【……じゃあどうしろっていうんだよ!】

 

 あれもダメこれもダメ。八方塞がりの様相にポップの額に青筋が浮かび上がる。

 苛立ちのあまり地団駄を踏みかねない弟弟子にため息をついて、アバンの使徒長兄ヒュンケルは静かに声をかけた。

 

【落ち着けポップ。あくまで可能性が高いだけだ、試してみれば案外開くかもしれない】

【これが落ち着いてられっかよ! ダイが今どうなってるかもわかんないのに、んな博打みたいな賭けに出るなんて俺はゴメンだね!】

【同感だ。ダイ様を最速で迎えに行くためにも確実な方法を取るべきだろう】

 

 仰々しい槍を携えた半魔族の青年ラーハルトはポップの言葉に深く頷いた。

 先代竜の騎士バランの忘れ形見であるダイに絶対の忠誠を捧げる彼は魔界の名工を睨みつけた。

 

【隠していることがあるだろう。早く言わなければその首を落とす】

【なっ!!】

 

 遠慮も何もないラーハルトの言葉と殺気に思わずノヴァは背負った剣に手を掛けた。

 短気極まりないその様子にしかし、両腕が使えないロンは慌てる様子すら見せなかった。

 

【若いな、小僧。そういえば半魔族は見た目通りの年齢だったか】

【御託はいい。早く話せ】

【そう慌てるな……ノヴァ、持たせていたものがあるだろう。それを出してくれ】

【あ……は、はいっ】

 

 今にも槍に手を掛けかねないラーハルトの様子をチラチラと見ながらノヴァは鞄からいくつかの巻物を取り出した。

 広げられたそれは各地の地図であった。

 

 しかしそこに書かれた文字はほとんどの者にとって見覚えのないものだ。

 

 その内の一つを手にとってマトリフは唸り声をあげた。

 

【こりゃあ魔界の文字か。随分と書き込んであるがお前さんが書いたのかい?】

【少し、な。殆どは別の奴が書いたものを貰った。古いものだが……それには魔界で有名なゲートの大凡の位置が書いてある】

 

 ロンの言葉にポップとラーハルトは奪い取るように地図を広げた。

 予想通りの反応を示す二人にロンは愉しげに口元を釣り上げた。

 

【ゲートの大半を作っていたのは大魔王だが、ほかにも作っている魔族はいる。もしかすれば一人ぐらいは人間嫌いでないか、あるいは大雑把な作り方をしている奴がいるかもしれん】

【……それって結局運任せじゃないか?】

【何、魔法力が阻まれることはあっても大魔王との戦いを切り抜けたお前達をどうこうできるような罠はないはずだ。精々モンスターハウス程度の悪戯だ】

【悪戯程度で済むのかそれ!?】

 

 どこか愉しげな魔族の言葉にポップは地図を見つめた。

 彼は人間としては最強の分類に入るとはいえ元来臆病な性質である。魔族の言葉にひたすら不安そうな様子であったが、そんな彼を無視してラーハルトは言葉を続けた。

 

【これほどの数のゲート……一人が知ることのできる量ではない。これはどこで手に入れた?】

【だから貰い物さ。強いていうなら魔界を旅立つ時餞別にもらったってだけのな】

 

 言葉を濁すロンにラーハルトは更に追求しようとする中、見かねた様子でヒュンケルはやんわりと彼の肩に手を置いた。

 

【そこまでにしておけ。それを尋ねてもダイの捜索に直接の関係はないだろう?】

【む……それはそうだが……】

【それよりもロン・ベルク。この地図に記されている場所に行けばゲート……魔界の入り口は本当にあるのだろうか?】

【さてな。作った奴がのたれ死んで消えた可能性も大いにあるし、そもそも大魔王が作ったゲートは消失している。

 だから実際のところ、使えるゲートは片手に満たないくらいだろうよ】

 

 あっさりと告げられた言葉に人間達の表情が驚きに彩られる。

 ロンは更に捕捉するように告げた。

 

【それに万一ゲートが使えるとしても人間は準備もないまま突入するのはやめておけ。さっきも言ったが魔界は暗黒とマグマの大地だ。

 何らかの防御手段を講じるか、あるいは半魔族や怪物ならば問題ないが……生身で行けば即お陀仏だぞ】

 

 その言葉にポップとヒュンケルの肩が震える。

 生身で突入する気満々であった兄弟弟子の様子にアバンは見かねたように息を吐いた。

 

【……貴方達はそういうところ似てますねえ、ポップ、ヒュンケル】

【似てないです!】

 

 これまた声を揃える兄弟弟子の様子を見てレオナは腹を抱えて笑っていた。

 そんなレオナにマァムは呆れたように肩を竦めており、クロコダインは兄弟弟子を微笑ましげに目を細めて見つめていた。

 

 結局のところ地図はポップとラーハルトが分担して預かることになった。

 バランから魔界の文字について教わっていたラーハルトは問題なく地図を読むことが出来たため、本来なら彼が全て持ち出すつもりであったのだが、ポップがごねにごねたためだ。

 因みにポップに魔界の文字についての知識はない。

 

 ないが、二代目大魔道士は独学と根性で地図を読み解く気満々であった。

 

 そのあまりの熱意はアバンがそっと自身でしたためた魔界語辞典を渡すほどだ。

 

 ポップのあまりのしつこさに疲れ果てた半魔族の友人を労いながらヒュンケルは思った。

 ひと時でも早くダイがこの輪の中に戻れるように、と。

 そして相棒の暴走を納めてくれるように、と。

 

 長兄からそんなことを思われているとは露知らず、ポップは地図と辞典を見比べ読み解きを初めていた。

 

 

 

 そんな昨日の出来事を思い返しつつ、ポップは周囲に香る食事の匂いに唾を飲み込んだ。

 メルルが作っていたのはどうやらシチューのようであった。

 じっくりコトコトと煮込まれたそれはポップに気を遣ってか肉の量が多めに見える。

 

 思いがけないご馳走の気配に腹の虫が鳴るのがポップには分かった。

 

 そんなポップの様子に気づいたのか、メルルの手伝いをしていたマァムは微笑ましそうに目を細めた。

 

「あら、大きな虫。もうちょっとで火が通るからもう少し待ってね」

「う、うるせー。別に腹なんて鳴って……」

 

 赤面しつつ強がりを口にするポップをあざ笑うかのように一際大きな腹の虫が鳴り響く。

 耳まで顔を真っ赤に染めた弟弟子に慈愛の笑みを向け、マァムはパンを差し出した。

 

 ポップは暫くの葛藤の後それをゆっくりと受け取った。

 流石の大魔道士も食欲には勝てない。

 女性陣に背を向けパンにかじりつく哀愁漂うその姿に、メルルはそっと出来上がったばかりのシチューを渡した。

 

 大魔道士は泣いていない。断じて。

 

 それから一時間が経ち、十分に腹を満たした彼らは改めて地図を広げていた。

 

「……ちょっと頭を整理させてくれ。俺たちが今いるのはここ、ギルドメイン山脈の中央。ちょうど鬼岩城があったって場所だ」

 

 ポップの言葉に二人は頷いた。

 見渡す限り山脈が連なるここはギルドメイン大陸の最大山脈であるギルドメイン大陸だ。

 メルルの故郷テラン王国からほど近い山脈はかつて大魔王軍が恐るべき兵器、鬼岩城を隠していた場所でもある。

 その証拠に不自然に割れた山を横目に、ポップは古びた地図を指差した。

 

「で、ロンのおっさんの地図に書かれていたゲートの位置もこの辺り。かなり近いはずなんだが……肝心の部分が読めないんだよなあ」

「他のところは読めるの?」

 

 マァムの純粋な疑問にポップは頷いた。

 

「ああ。制作者の名前っぽいのとか、あとは細かな単語はな。読めないところを除くと『ギルドメイン山脈中央部、××に制作』って感じの文だ。そこが読めりゃああとは見つけるだけなんだが……まさかメルルの占いも弾かれるって言うのは想定外だった」

 

 ポップを始めダイ達勇者一行は占い師メルルの力に何度も助けられて来た。

 彼女の正確無比な占いや予知によって何度窮地を救われたことか、と思い返すポップだったが、肝心の占い師の少女は申し訳なさそうに眉根を下げるだけだった。

 

「ごめんなさい……なんども占い直してはいるのですが、やはり邪悪な力に阻まれてしまっていて。

 ……肝心な時にお役に立てなくて、何が占い師なのでしょう」

「気にしないで、メルル。ポップがろくすっぽ地図を読み解けないままここまで来れたのは貴女のおかげなんだから。

 それにメルルが先導してくれたから私たちは怪物達と無闇に戦わずに済んでるのよ。感謝こそすれど、恨むなんてありえないわ」

 

 意気消沈するメルルを励ますマァム。

 ポップもまた同じ気持ちだった。

 

「俺も同じだよメルル。そもそも今の俺があるのもメルルのおかげなんだ。昼ごはんも美味しかったし……メルルには世話になりっぱなしで俺の方こそ申し訳ねえ」

「マァムさん、ポップさん……」

 

 二人の言葉にメルルは感極まったように目を潤ませた。

 その背を優しく撫でながらマァムは笑う。

 

「大丈夫、すぐに上手くいかなくてもいいの。ゆっくりでも一歩ずつ進めていきましょう?」

「はいっ……あ……!」

 

 力強く頷き返したメルルの背が揺れる。緊張を感じる硬い表情に、ポップとマァムの表情が一気に引き締まった。

 

「……怪物がきました。数は十二、こちらを取り囲むように動いています……!」

「ったく空気読まねえ奴らだ! マァム」

「ええ、前衛は任せて。ポップはしっかりメルルを守ってあげてね」

 

 左手に仰々しい手甲……ロン・ベルク作魔甲拳を装備したマァムは呪文を唱えた。

 鎧化の声とともに彼女の半身が禍々しい装甲に包まれる。

 女性らしいボディラインを強調するように、しかし武闘家である彼女の身動きを遮らないように設計されたそれは彼女の防御力を高めるためのものだ。

 

 マァムが武装を展開したのを確認しポップもまた輝きの杖を構えメルルの側に立った。

 しん、と静まり返った山脈を見回してポップは声をあげた。

 

「隠れてるのは分かってるんだ、さっさと出て来やがれ!」

 

 ポップの挑発に応えるように上空に影が現れる。

 コウモリの翼に大きな角を生やしたそれはガーゴイルと呼ばれる怪物であった。

 その背後にはサタンパピーが四体、バルログが三体控えておりいずれも最上級と呼べる怪物たちだ。

 

 集団のリーダーであろうガーゴイルはポップを指差し怒声を上げた。

 

「見つけたぞ魔法使いポップ、武闘家マァム! 今こそ我らが主、バーン様の無念を晴らさせてもらう!」

「魔王軍の残党!」

 

 言うが否やマァムは武神流の構えに入った。

 その一方でポップは周囲の影を盗み見てメルルに目配せする。その視線に気づいたメルルは緊張した面持ちでコクリと頷いた。

 二歩ほど後退った後護身用のナイフをしっかりと握りしめたメルルを確認すると、ポップは小さく呪文を唱え始めた。

 

 そんな彼らの様子を鼻で笑いつつガーゴイルはサタンパピーらに指示を出した。

 

「いけサタンパピー、バルログ! 火炎呪文で焼き尽くしてしまえ!」

「させっかよ!」

 

 ヒャダルコ、と唱え終わった呪文が力として放たれる。

 ポップの右手から放たれる強力な吹雪はサタンパピーら七体分の火炎呪文とまともに衝突し対消滅を起こす。小さな爆発とともに白霧が発生しあたりを包み込んだ。

 しかし流石に七体分の火炎呪文と言うべきか。

 一発の呪文の威力ではポップに軍配が上がるが数の差で徐々にヒャダルコを押し返し始めていた。

 

 一気に視界が悪くなった中マァムはガーゴイルの姿を探す。

 ガーゴイルは呪文封じが得意な怪物だ。ポップが魔法を防いでいる今、彼を狙われれば自分たちは火傷では済まない。

 

 目を閉じ意識を集中する。

 ーー刹那の静寂の後、マァムの耳はコウモリの羽音を捉えた。

 

「そこぉ! 武神流奥義、猛虎破砕拳!!」

「グゲェ!!?」

 

 闘気を込めた痛烈な一撃がガーゴイルの胴体を粉砕する。

 マァムの猛虎破砕拳はオリハルコンすら砕く強烈な一撃だ。怪物とはいえ生物であるガーゴイルに耐えるすべはなかった。

 

 ガーゴイルが沈黙したことを確認しマァムは踵を返す。

 

 その一方ポップはメルルを庇いながらなんとか火炎呪文の猛攻を持ちこたえていた。

 

「メルル、状況は?」

「……邪悪な気配が減りました、残り十一、いえ十! ああすごい! どんどんと減っていきます!」

「さっすがマァム。怒らせちゃいけないな本当に!」

 

 相手の呪文の威力が明らかに弱まったのを実感し、ポップはヒャダルコを放つ手に力を込めた。

 氷系呪文が火炎呪文を押し返していく。

 そんなポップの勇姿を目に焼き付けながらメルルはナイフを片手にじっと機を待った。

 

(また動かない……こちらの隙を狙っている? 一体何の怪物が待ち受けているのでしょう……)

 

 まだ見ぬ残り四体の怪物に警戒を続ける中、ついに最後のサタンパピーが倒れた。

 その瞬間、メルルの中で最大級の警報が鳴り響いた。

 

「ポップさん、下です!!」

「うおっとぉ!?」

 

 メルルの声に慌てて飛翔呪文を発動するポップであったが一歩遅かった。

 ガッチリと足を掴む腕が影から伸びている。それはあやしいかげと呼ばれる怪物であった。四対の腕が絡みとるようにポップとメルルを拘束していく。

 

 大方戦闘後の不意打ちを狙ったのだろう。

 怪物は下卑た笑い声をあげると影でできた腕を首へと伸ばした。

 

 しかしポップもメルルも慌ててはいなかった。

 

「武神流奥義」

 

 白霧の向こうで囁くような声が聞こえる。

 次いで何かが勢いよく突っ込んでくるような音が辺りに響き渡った。

 

「土竜昇破拳ッ!」

 

 勝利の女神の拳が地面を押し上げる。

 それは地面を拳圧で操る武神流奥義。影とはいえ、否影だからこそ地面と密接していた怪物たちに逃れる術はなかった。

 

 拘束から解放され飛翔呪文でゆっくり地面に降り立つポップとメルル。

 拳圧の衝撃かすっかり白霧は晴れ渡り少し先の地面には土埃に汚れた手を払うマァムの姿が見える。

 

 マァムはポップたちの姿を認めると目の覚めるような笑顔でウィンクした。

 

 その姿に改めてポップは思う。

 

(やっぱ……こいつは怒らせちゃいけねえや……)

 

 くっきりとマァムの拳の跡が残った地面を見つめ、ポップは改めて自分の惚れた少女の強さを思い知ったのだった。


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