大冒険は終わらない   作:ろんろま

3 / 4
前回までのお話に修正が多く入っております。内容自体は変わりません。


第三話:凸凹コンビ襲来?の巻

 さしたる被害も無く大魔王軍の残党を撃破したポップ達。

 そんな彼らの様子を遥か彼方から見ている者がいた。

 

 目を凝らすように虎の手を翳した彼の、青い毛並みが風に揺れた。

 

「……あれが噂のアバンの使徒。中々やる」

 

 そこにいたのは一言で言えば虎の獣人であった。

 黒を基調とした服を身に纏い、防具として動きを阻害しない革鎧を身につけている。

 

 彼は肩に蝙蝠のような羽の生えた黒いスライムを乗せ、ギルドメイン山脈の頂上から見下ろすようにポップたちを観察していた。

 

「ビィ。ビィビィ?」

「うん。嗾けた連中、やっぱりやられた。しかも割と瞬殺。大魔王軍と言っても残党じゃあの程度」

 

 黒いスライムはそれを聞いて一声上げた。

 鳴き声にしか聞こえないそれだが、相方には十分な意味として伝わっているらしい。彼は心底嫌そうな表情を浮かべた。

 

「……遊んじゃダメ? 十五年ぶりに起きたのに、それはつまらない。却下」

「ビ! ビビィ!!」

「ヤダ。その命令を施行するならやはり邪魔者がいない方がいいと思う」

 

 全く譲る気のない青い虎。そんな彼の様子にスライムは大きな目をキリリと釣り上げると、羽を使って器用にも胸を叩いた。

 

「ビィ。ビィ!」

「命令権ねえ……ちょっと調子乗り過ぎじゃない? ゴム毬みたいに跳ねてみる?」

「びっ」

「冗談。そんな意地悪は流石にしない」

 

 揶揄う虎の言葉に、スライムはあからさまにホッと安心した様に息をつく。

 そんな相方の頭を撫でながら虎は一つ伸びをした。

 

「ボルの方はどうなってるかな……なんて、分かり切ってるけど」

 

 同じ任務で別の方向へ向かった仲間のことを思い出し、虎は小さく笑った。

 下された命令は三つ。それさえこなせればやり方は任せるというのは実に自らの主人らしいやり方だ。

 

 そして実に青い虎好みの命令である。

 

「ビィビィ、ビィ?」

「……そうだね。いつも一緒の二人がいないのは変な感じがするけど、これはこれで面白い」

「ビ。ビィ」

「相方として十分頼ってくれって? 戦闘能力皆無なのに何言ってるの? 寧ろ頼る方だよね君」

「ビビビビビビーー!!!」

 

 余りにも失礼な虎の物言いにスライムは怒りも露わにその指に噛み付いた。

 甘噛みというには殺意の高い肉を噛む音が聞こえるも、虎は自分のことであるのにまるで他人事のように無視を決め込んでいた。

 

 そうこうしている間にスライムの方が飽きたらしい。歯に毛でも挟まったのかぺぺぺっと何かを吐き出している。

 

 暫くして治ったのか、スライムは恨みがましそうに虎を睨みつけた。

 

「ビィ……」

「自己責任。見ての通り毛むくじゃらな俺の手を噛む方が悪い」

「ビビィ……」

「……そろそろ任務開始するよ。俺も、我慢できそうにない」

 

 いつの間にやら山頂は冷気に覆われていた。

 凍った地面を踏み砕きながら、青い虎の彼は臨戦態勢に移行する。

 

「命令復唱。その一、アバンの使徒の実力を正確に分析。可能であれば撃破」

 

 氷系呪文で形作られた6本の短剣が宙を漂う。

 黒いスライムは彼の邪魔にならないよう、肩から頭の上へと移動し動きを止めた。

 

 相方が定位置に固定したのを確認し虎は跳んだ。

 

「出撃する」

 

 

「お二人ともまだですッッ!!」

 

 予知能力からの反射とも言えるメルルの叫び声に、ポップとマァムは一気に表情を引き締めた。

 メルルを中心に彼女をいつでも庇える位置であることを目配せで確認し、ポップは輝きの杖を、マァムは鎧化で覆われた左腕を油断なく構える。

 

 その直後のことだ。

 

 彼らを中心にした六ヶ所に氷の剣が突き刺さる。その範囲はかなり広く、ちょっとした城の広間程度はあるだろう。

 その内の一本、丁度彼らの正面に位置する場所に突き刺さった氷の剣の前に彼らは現れた。

 

「はろー人間」

 

 気の抜ける発音とは裏腹に、その声色はどこまでも冷え切っていた。

 飛翔呪文か瞬間移動呪文か。土煙もなく静かに降り立ったのは、先の青い虎の獣人だった。

 

 青い虎は小さく首を振ると律儀にも頭を下げた。

 

「俺、ティグルド。見ての通り獣人寄りの魔族。よろしく」

「へっ、なーにがよろしく、だ。こんな舞台作ってやる気満々な癖してよ!」

「挨拶・礼儀は大事。挨拶のできない者は異性にモテない」

「余計なお世話だ!!!」

 

 持ち前の冷静さも吹っ飛ばしてポップは心の底から叫んだ。

 そんなポップの後ろ袖を引っ張り正気を促すメルル。そんな二人の様子を見るまでもなく感じ取りながら、マァムは油断なく声を掛けた。

 

「貴方も大魔王軍の人?」

「答える必要性を感じない、却下。……と言いたいけどそこだけは明言しろと言われてるんだった」

 

 マァムの言葉にティグルドは咳払いを一つし胸を張った。

 

「改めて自己紹介。俺はジオン大陸の呪怨王様の部下。戦闘大好き獣魔族の一人、ティグルド」

「ジオン大陸、呪怨王……」

「いいのかよ? オレ達は大魔王を倒した勇者パーティだぜ? お前達が何か企んでることをバラしてご破算にされちまっても知らねーぞ」

 

 挑発するようなポップの物言いにティグルドはゆっくりと首を横に振った。

 

「全くもって無問題。宣伝は王様の命令の一つだから」

「宣伝って……私達に知られることが目的なのですか?」

 

 ティグルドの魔力に当てられたのだろう。予知能力が警鐘を鳴らす頭を抱えながらメルルは尋ねた。

 しかしティグルドは彼女の声が聞こえていないのか答える様子はない。

 

 まるでメルルを無視するかのようなティグルドの態度に、苛立ちを覚えたポップは指を刺した。

 

「か弱い女の質問に答えないのかよ? それこそ異性にモテないぜ」

「アレはお前が釣れそうだったから言っただけ。俺は弱者に興味ないの。ついでに他人と会話することもあまり好きじゃない」

「……そーかよ。んで、お前の……お前達の目的はなんだ? 宣伝して何がしたい?」

 

 自らが「弱っちい存在」であることを自認するポップはティグルドの言葉に強い嫌悪感を覚えたようだった。

 表情にそれを露骨に浮かべつつ尋ねた言葉に、ティグルドは別に、と前置きした。

 

「命令その二。脆弱な人間達への慈悲としてこれから戦いを仕掛けることを宣言する。感謝するか嘆くかはそちらにお任せ」

「……舐められたもんだぜ」

「俺としては感謝を推奨。……そろそろお喋りも飽きた。我慢も限界」

 

 そう言って新しく作った氷の剣を両手に携えるティグルド。

 虎の眼は爛々と輝いておりどことなく狂気すら感じる迫力を醸し出している。

 

 どこか浮き足立った様子に嫌な予感を覚えたマァムは訪ねた。

 

「宣伝だけならもう十分でしょう。このまま帰って欲しいんだけど」

「却下。命令はまだある。お前達の実力を分析しろという俺好みの命令が」

「それって……」

 

 心底嫌そうな表情を浮かべ、ポップは杖の先に魔法力を集中する。

 

「勿論戦う。心行くまで戦う。何せ人間の強者と遊ぶなんて初めて! 人間ならではの戦闘技術、全て見させてもらう」

 

 その叫びが戦闘の合図であった。

 大地に突き刺さった六つの氷の剣から猛烈な冷気が噴出される。

 

 それは瞬く間に周辺気温を下げ、基点に覆われたギルドメイン山脈の大地に霜を積もらせた。

 

 空気が急激に冷え込むのを身にしみて感じ取り、ポップは用意していた魔法力を炎に変換した。

 

「くそっ、やっぱりあの剣ただの飾りじゃなかったか!」

「六芒星結界を応用した氷結決闘場。解除方法は起点全てを同時に壊すか俺が消すか。身体を動かさないと人間は体の水分が全部凍りついて砕けちゃう、かもね」

「そんなことさせないわ! ポップ、メルルと結界をお願い!」

 

 先制を打って出たのはマァムだ。

 武神流の教えによって磨かれた縮地を使い、ティグルドとの距離を一気に詰める。

 全身の力と鎧化に守られた左半身も相まってまるで槍のようだ。

 

 常人には見ることの叶わないスピードである。ぶつかればタダではすまないだろう。

 

 しかしティグルドは慌てる様子もなく剣を交差させると、真っ向から槍を受け止める姿勢に入った。

 

「……お手並み拝見」

「っ、舐めないで!」

 

 マァムの咆哮が響き渡る。その刹那の後、拳の槍と氷の剣が激突した!

 氷の砕け散る音と共に氷片が花のように舞い散る。

 しかしそれだけだ。

 

 ティグルドの双剣は罅が入り、一部砕けていたものの……マァムの拳は鎧化ごと凍てついた状態で受け止められていたのだ。

 

「そんな! 鎧ごと凍りついた、ですって……!?」

「ロン・ベルク新作と推定。材質……魔鉱石。従来と特に変わらず。まだ鍛冶屋してたんだ、あの御坊ちゃま」

「マァムから離れろ!」

 

 ポップの放った火炎呪文がマァムの左半身を包む勢いでティグルドに襲い掛かる。

 大魔導士の魔法力によって高められた炎はマァムを拘束する氷を難なく溶解するも、ティグルドはまるで火の粉を振り払うかのような気軽さで放った氷系呪文で相殺した。

 

「初級呪文。にしては高威力。いいね。うん、もっとやろう。遊びはまだ、始まったばっかり!」

「こいつは……思ったより面倒そうな奴が来やがったな……」

「ええ本当。メルル、何か感じたら教えて。あの人……これまで戦って来た人達とは何か違う」

「はい……」

 

 マァムの攻撃によって罅の入っていた氷の剣を投げ捨てると、ティグルドの両拳に氷の爪が装着される。

 恐らくはこちらが彼の本来の獲物なのだろう。

 

 ティグルドは虎の顔に小さな笑みを浮かべると、マァムを見て笑みを深める。

 

「接近戦は俺も大好き。武闘家のお嬢さん、遊びましょ」

「望むところよ!」

 

 二人の拳が交錯する。

 まるで真冬の氷上のように冷え切った決闘場内で技を出し合う二人の熱が薄霧のように立ち込めては氷結して行く。

 それは徐々に不恰好な粉雪と化し、ただ冷え切っていただけの場内に降り始める。

 

 最初よりもさらに冷え込んだ空気に危機感を覚えたポップはメルルを見た。

 

「さっみぃ……! メルル、まだ動けるか?」

「はい……ポップさんが最初に火を灯してくれたお陰でなんとか……!

 でも、いけません。六つの基点からはまだ強力な力が放出されています……このままでは常にマヒャドが吹き荒れる中に閉ざされてしまいます!」

「そいつはゾッとしないな……!」

 

 乱打の音が響く中ポップは考える。

 このままでは敵を引きつけてくれているマァムも自分たちも氷漬けになることだろう。

 

 基点が六つというのも問題だ。同時に壊すという条件がなければ順番に壊してしまえばいいものを、どうしても呪文が限定されてしまう。

 

 ポップは試しに一つの基点となっている氷の剣にメラゾーマを放った。

 

「……やっぱあいつの言う通りか」

 

 最大の火炎呪文の直撃を食らった氷の剣は確かに溶けた。しかし瞬きの後、その姿を取り戻してしまったのだ。

 結界内に吹き荒れる吹雪の影響もありただのメラゾーマでは長時間燃焼し続ける事は厳しいだろう。

 

(……もう使いたくはなかったんだけどな!)

 

 寒さに凍えながらも予知能力で糸口を探すメルル、そして霜を被りながらも自分達を守ってくれているマァムの姿を見てポップは覚悟を決める。

 

 右手に魔法力を集中しイメージする。

 氷雪を焼き尽くす爆炎の力を。破壊に特化した禁呪に近いその呪文を。

 

(極大消滅呪文を撃てるほど成長した今の俺なら、完全な形であの呪文を使える!)

 

 ポップの右の指先に一つずつ炎が灯っていく。

 見るものが見れば気づくだろう、その一つ一つがメラゾーマ級のエネルギーを秘めていることに。

 炎が発する膨大な熱エネルギーが周囲の氷雪を溶かしてく。

 

 五指全てに炎を灯し終えたポップは目を見開き叫んだ。

 

「いくぜ! 五指爆炎弾!」

 

 それは人間の手に余る大呪文。

 かつて氷炎将軍と呼ばれた呪法生命体が使った、使用者の寿命を削るほどの禁呪。

 

 本来一発しか放てないメラゾーマを、威力を高めて五発打ち出す。

 

 それこそが五指爆炎弾、フィンガー・フレア・ボムズであった。

 

 ◇

 

「む」

 

 マァムとの拳闘を楽しんでいたティグルドであったが、結界の基点、その内五つが同時破壊されたのを感じとり真顔に戻る。

 しかもどういうわけか基点の再生が始まらない。このままでは残る一つもすぐに破壊されてしまうだろう。

 

 そう意識が横にズレ、動きに僅かな隙が生じる。

 

「マァム、残りの一つを……!」

 

 大呪文の反動を受けたポップが苦しげながらも声をあげる。

 その意味を瞬時に理解したマァムは、ティグルドの隙を見逃す程甘くはない。

 

 姿勢を整え全身の力を一瞬で集中させる。

 

 正の生命エネルギーである光の闘気が彼女の右拳に輝いた。

 それに気づいたティグルドだったが既に遅い。薄紅色の影は再度槍と化し虎の魔族へ襲いかかっていた。

 

「そこぉ!」

「!!!」

 

 防御姿勢を取るも僅かに間に合わず、ティグルドはアイアンフィストの一撃によって最後の一つの氷の剣へと叩きつけられた。

 ガラスの砕ける音が鳴り響き、決闘場内に溜め込まれていた冷気が一気に拡散される。

 

 周辺環境が一気に凍り付いたのを見てポップは改めて身を震わせた。

 

「っっ……とんでもねー中に居たんだなオレ達……!」

「ポップ、ありがとう! 大丈夫?」

「五ヶ所同時潰しは流石に草臥れたぜ……マァムこそ大丈夫かよ?」

「凍って居たのは表面だけよ。微弱な回復魔法で身体を守ってたから、私は大丈夫」

「さっすが」

 

 自らの勝利の女神が無事なことにポップは心底安堵した。

 信頼していても心配なものは心配なのだ。

 

 互いの無事を確かめ合うのも束の間、警戒を続けていたメルルが警告を促す。

 

「……気をつけてください。邪悪な力が強くなっています……!」

「…………痛い」

 

 氷の残骸に埋もれていたティグルドがゆっくりと身体を起こす。

 毛並みとは違う青色は血だろう。ぼたぼたと遠慮なく垂れ流しながら起き上がる様は異様ですらある。

 

 痛いとは口にしつつも口元には楽しげな笑みが浮かんでおり、それがまた異様な迫力を生んでいる。

 

 ティグルドは目に流れる血を乱雑に拭うと、五箇所に燃え盛る炎に気づいた。

 

「驚いた。人間が五指爆炎弾を使うなんて、無茶もいいところ。しかも五発全て発動できるとか、人間としてはバグそのものじゃない?」

 

 虎の魔族は本当に驚いた様子であった。

 使用した呪文をすぐに言い当てられたことに大魔道士は少しだけ動揺する。だが決して表には出さず、ニヒルに口元を釣り上げた。

 

「へっ、どうだい人間にご自慢の結界を破られた味は。舐めてかかるから足元掬われるんだぜ」

「それは素直に反省。次回へ改善。武闘家の一撃も中々の重さだったし、人間も捨てたものじゃない」

 

 拭い去った血をペロリと舐め取る。その口元には確かな愉悦の笑みが浮かべられていた。

 

「……楽しい。ボルじゃないけど、燃えてきた、というのが適切な表現」

 

 滴っていた青い血が氷結する。

 ティグルドを中心に再度冷気が吹き荒れているのだ。

 

 怪我も顧みずに戦いを続けようとするその様を見て、マァムは悲しげに目を細める。

 

「……引いて。その怪我じゃ、これ以上やったら死んでしまうわ」

「ジオン大陸の魔族は普通の魔族より頑丈。無問題。まだ分析が足りない。もっともっと遊びたい……遊ばないと気が狂っちゃう……!」

 

 氷系呪文の青い光がティグルドの両手に灯る。

 戦闘意欲をむき出しにしたその様子に、説得は不可能、とマァムは目を伏せ、意識を切り替える。

 

 慈母の眼差しから一気に戦士に戻った彼女の様子にティグルドは満足げに頷いた。

 

「見たい。もっと見たい。人間が戦うために編み出した技の冴え、もっともっと見せてーー」

「ビッビィ!!」

 

 そのまま呪文が放たれ、戦闘続行と思われたその時。

 ティグルドの頭上でじっと待機していた黒いスライムが痺れを切らした様に翼を使って青い頭を叩いた。

 

 ぺしんと軽い音に見合った弱々しい抗議であったが……水を差されたティグルドはそれはそれは不機嫌そうに相方を頭上から下ろした。

 

「……折角盛り上がってきたのに、無粋」

「ビー! ビビビビッ」

「……忘れてませんー。もう少し分析した方が明確だと判断しただけですー」

「ビビ。ビィ!」

「……はあ。王様の過保護も困りもの。わかった、やめる」

 

 不承不承の撤退宣言に満足したのか黒いスライムは満足げに頭上へと戻る。

 その様子をポップ達はただ見つめることしかできなかった。

 

 それは驚愕のあまり。

 

「……ゴ……メ?」

 

 そう、似すぎていたのだ、そのスライムは。

 

 かつて共に大冒険を歩んだ小さな友達に。

 体色と翼の形を除けば、全く同じと言って良いほどに。

 

 ゴールデンメタルスライムのゴメちゃんに、そっくりだったのだ。

 

 そんなポップ達の尋常でない様子に気づいたティグルドは不思議そうに首を傾げた。

 

「この子はドロップ。ゴメという名前ではない」

「っそう、よね……ごめんなさい、友達に余りにも似ていたから、つい……」

「ふうん。そういうこと」

 

 本当に興が削がれたのだろう。戦闘態勢を崩したポップ達をつまらなさそうに見やるとティグルドは頭の相方を掴んだ。

 ドロップは無造作な掴み方に怒ったのか、抗議するかの様にティグルドの指をガジガジと噛んでいる。

 その様子を見てティグルドは心底呆れたように肩を竦めた。

 

「……また歯に毛が挟まるよ」

「び。……ビ、ビビィ」

 

 先の出来事を思い出したのか震えるドロップ。そんな相方を気にも止めずティグルドは淡々と告げた。

 

「ドロップ、瞬間移動呪文の準備。反省したから、次へ行こう」

「ビッ!」

「ま……待って! その怪我でどこへ行くの!?」

「……妙なことを気にする。ほっとけばいいのに、変なの。まあ、行き先は流石に内緒」

 

 こくこくと頷くドロップ。

 機嫌の治った相方をそっと肩に乗せると、ティグルドはでも、と一つ付け加えた。

 

「楽しませてくれたから特別。命令以外なら何か一つ、教えてあげる」

 

 ティグルドのその言葉に驚いたのはポップだった。

 つい先程まで戦っていたのにまるで後を引いていない。というよりも気にする様子すらない。

 そんなつかみどころがなく、どこまでも気まぐれなその雰囲気は、虎というより猫のようですらあった。

 

 しかし望外の幸運ではある。

 

 ポップはマァムとメルルを見た。パーティの頭脳役の視線に二人は問題ないとばかりに頷く。

 もとより尋ねること、尋ねたいことなど一つしかない。

 

「ダイは……勇者ダイは魔界にいるか!?」

「勇者ダイ……ああ、今代の竜の騎士。大魔王を倒したっていう。魔界にはいない。大方、天界にでも拾われたんじゃない?」

 

 いたらほっとかないし、と小さく呟いてティグルド達の身体を魔法力の光が包む。瞬間移動呪文の兆候だ。

 制止の声を掛けようとしてポップは取りやめる。

 ダイが魔界にいないと分かっただけでも大進歩なのだ。これ以上は望むべくもない。

 

 これ以上言葉がないことを確認すると、ティグルドは何故かメルルを見つめた。

 

「……あと、これは警告。ジオン大陸関係を占うのはやめた方がいい。魂が汚染されても自己責任」

「それは一体……」

「ベルクの御坊ちゃまに聞くといい」

 

 それじゃあね、と言い残し、虎の魔族と黒いスライムは空の彼方へと消えていった。

 残ったのは荒れ果てた大地とポップ達だけだ。

 

 戦闘の緊張感が一気に途切れ、疲れ果てた様子でまず座り込んだのはポップであった。

 

「なんだったんだよあいつは……」

「つ……疲れたわ……」

 

 鎧化を解除したマァムも疲労困憊な様子だ。

 それは無理もない。回復魔法の表面付与はただでさえ繊細なコントロールと強い集中力が必要になる行為だというのに、彼女はそれに加えて前衛までこなしたのだ。

 ポップも大魔法の連発による魔法力の消費や、五指爆炎弾の反動で正直なところ立っているのがやっとの状態であった。

 

 ティグルド自身の実力はかつての大魔王軍の幹部達ほどではない。

 

 それでも急激な環境変化を利用した戦闘方法は、魔族に比べれば脆弱な彼らの身体に無視できないダメージを与えていた。

 パーティの消耗を判断したポップは瞬間移動呪文を使うことにした。

 

「しゃーねえ、一旦パプニカに帰るか……っ!?」

「ポップ!?」

「ポップさん!?」

 

 視界が反転する。身体が倒れたのだとポップが気づいたときには、電流が流れるような痛みが身体中を襲っていた。

 単なる魔法力が切れただけではない。

 

 これこそが五指爆炎弾の本当の反動なのだとポップは理解した。

 

(や……べえ……起きてられねえ……!)

 

 緊急事態と悟ったマァムとメルルが荷物からキメラの翼を取り出すのを最後に、ポップの意識は暗転した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。