被害者:黒木茂氏
素行が悪く、犯罪を繰り返していた男性。ビルから転落して死亡。腕にピンク色のリボンを巻いていた。
金融機関襲撃事件との関連あり?
「相馬矢一。現場近くの不良グループの構成員ですね。
半年前に出所直後の黒木さんを仲間と共に襲撃。全治一ヵ月の大けがを負わせて病院送りにした男だそうです。動機は、被害者の服役のきっかけとなった傷害事件で、弟分が被害を受けたことへの復讐」
薄暗い隣部屋から、特命係はマジックミラー越しに取調室の様子を眺めていた。そして、霧子はそこへと連行された柄の悪い男の来歴を、読み上げる。
「事件当時は流石にうまく犯行を隠していて、犯人特定に至っていなかったけども、そのことを武勇伝に語り明かしていたところから今回、ついに判明と。調子に乗りやすそうな顔してるな」
相馬という男は伊丹達に睨み付けられながら、憮然とした表情で椅子に座っている。話のとおり、軽薄そうな男であった。
『被害者の黒木、ボコったんだってなぁ』
ガラスの向こうから伊丹の威嚇するような声が響いてくる。相馬はそれに頷きつつ、
『そりゃあ、アイツ、拓真の左手を使い物にならないようにしちまったからよぉ。やるしかねえだろ? だから、ムショから出てきたところをボコってやった。いいだろ別に……』
『ただのチンピラ同士の喧嘩だったらなあ、俺らも気にしなくていいんだが……』
『殺人は、ダメだよねえ』
二人がそう言って詰め寄ると、相馬は慌てたように弁解を始めた。
『ちょっと、まってくれよ。俺はあの黒木を恨んでたし、殴ったのは認めるよ。だけど、殺す? んなことしねえよ!?
拓真の仇は病院に送って晴らしたし、その後はアイツも大人しくしてたし! 奴がやり返さない限りは手を出さねえって!!』
『けどなあ、見られてんだよ! てめえが黒木を数日前からつけまわしてるのを!!』
『そ、それは……』
言いよどむ相馬にさらに般若のような顔を近づけると、伊丹は低い声で、
『よーく考えろよ? このままだと殺人容疑で逮捕になるからな』
『い、言えねえ! ただ、俺は殺しはやってねえ! それだけは誓って本当だ!!』
大慌てで取り乱す彼の様子は真に迫っている。あまり演技が得意な男に見えない。だが、アリバイも存在せず、動機も存在、しかも隠し事までありそうだ。有力な容疑者には違いないだろう。
伊丹達はさらに圧力を強めながら、あれこれと尋問を続けている。進ノ介はその様子を見て、眉をひそめた。
「俺には、彼じゃないように見えますけど」
「奇遇ですね、僕もです。それに、興味深いことがあるのですが」
「……被害者の入院歴」
「あのリボンと結びつきそうだと思いませんか?」
右京のつぶやきに、進ノ介は頷いた。取調室を出る。彼が犯人だとしても、あとは一課が情報を引き出すだろう。部屋を出ると、右京は霧子へと指示する。
「詩島刑事、先ほど角田課長がおっしゃっていた金庫荒らしについて、情報をまとめてくれませんか?」
「頼む。あと、あの相馬が何か漏らしたら教えてくれ」
「……はあ、わかりました。くれぐれも無茶はしないでくださいね」
まだまだ事件の全体像は見えていない。いくつもの情報を得て、まとめていかなくてはいけないだろう。
「それじゃあ、俺達は被害者が入院していた病院を、ですね」
相棒 episode Drive
第二話「蜘蛛の糸 II」
進ノ介達は被害者の入院していた病院へと向かった。黒木茂が襲撃後、緊急搬送された病院は大規模な総合病院。記録によると右大腿部の骨折に頭部挫傷。金属バットで殴られたようで、搬送時は意識不明の重体だったという。
尋ねてみると、二人は無事に担当医に会うことができた。
「入院中の黒木さんの様子について、お聞きになりたいと?」
「ええ、細かいことでも構いません。何か、ご記憶に残っていたら教えていただけないでしょうか」
右京が尋ねると、四十代の川田という医師は、少し考えながら話を始めた。
「怪我の程度も重く、足に不自由もありましたからね。最初は見た目と同じく、看護師を怒鳴りつけたり、暴れたりと大変でした。ただ……」
「ただ?」
「入院して一週間ほどしたころから、途端に態度が変わって大人しくなったんです。看護師たちにも彼なりに丁寧に対応するようになりましたし。本を読んだり、パソコンで調べたり、熱心に調べ物をする様子も見えたんですよ」
「そんな風に黒木さんが変化した原因については知りませんか? 入院中に同じ病室の人や、患者、職員の方との交流とか」
進ノ介が尋ねる。
「それが、私どもにも分からず困惑したんです。少なくとも良い変化でしたから、原因まで突き止めようとはしなかったですし。ですが、退院直前に、少しトラブルが、ね」
少し、歯切れが悪そうに医師は言葉を濁した。
「川田先生、黒木さんは殺害されています。犯人逮捕のためにも、教えてはいただけないでしょうか」
「……詳しいことは相手方のプライバシーに関わるので内密にさせてください。……ただ、黒木さんについて、ある入院患者のご家族から強く抗議があったんです。彼が、黒木さんがその患者さんを、その、しつこく付けまわしていたという話で」
そのため、黒木さんは予定より数日早く退院することになったのだという。それ以上の患者に関係することは教えてはもらえなかった。
「それでは、最後に、」
右京は例のリボンの写真を見せた。
「これは被害者が腕に結んでいた物です。入手経路がわからないのですが、どこかに心当たりはありませんでしょうか」
すると、医師は少し目を見開いて、
「……この病院では、長期入院の患者さん達、特に子ども達に誕生日プレゼントを送るんです。確かとはいえませんが、これはその時の包装に使うものに似ていますね」
「なるほど。先ほどの患者というのも……」
「……ええ、小さな女の子です」
それきり川田医師は口を閉ざした。二人は礼を告げ、病院を後にする。そして、そのちょうどいい時間を見計らったように、闇金の襲撃事件を洗っていた霧子から着信が入る。
「もしもし、霧子か?」
『はい、私です。例の事件について、組対と一課からも情報をもらってきました。
城東金融の金庫荒らしですが、五日前の深夜に発生。単独犯ですが、少し離れた場所にスピーカーを置き、遠隔操作でそこから大音量の音楽を流し、社員や近隣住人の気を引くという手を使っています。そして、中が手薄になったのを見計らって、金属バットをもって押し入っています。その後は中に残っていた社員を殴りつけて、制圧。素早く金庫を壊して、金をとり出して逃走。
……金庫の壊し方や器具の扱い方を見ると、手慣れた常習犯の犯行というのが組対の見解です』
「五日前って、ほんとに最近だな。黒木茂は学生時代から空き巣に金庫破りを繰り返しているし、ノウハウはあるはずだけど……。有力な容疑者は上がっているか?」
『それに関してですけど、事務所の監視カメラはあらかじめ細工されたのか、故障していて、犯人の特定が遅れていたんです。
ただ、ボストンバッグを抱えて走り去る人影が偶然、街頭の監視カメラに捉えられていて……。背格好や髪型は黒木茂と酷似し、少し右足を庇うような仕草が特徴的でした』
担当医の話によると、黒木茂は退院時も大けがをした足をまだ引きずっていたという。そう霧子に伝えると、
『……襲撃犯は被害者の黒木さん、かもしれませんね。あの、失礼ですけど、どんな勘をしてるんですか、お二人は?』
距離が近いというだけで、殺人事件と関連性があることに勘付いたのだ。進ノ介の勘には慣れたものとはいえ、同じような人間が二人も三人も出てくると、訝しくもなる。
「まあまあ、そこは刑事の勘ってことで。他には、何か分かったことあるか?」
そう尋ねると、霧子は少し声の調子を落とした。
『被害者の行動に変な点がいくつかありました。うちの調べでは、退院後の黒木さんはそれまでの仲間や知人たちと、一切連絡を断ち切っています。以前に犯罪を共謀したり、日常的に親しくしていた不良仲間なんかですね。
突然のことで彼らにも身に覚えがなく、当惑しているみたいです。
あとは、角田課長が言っていた通り、城東金融の上部組織の三送会が犯人を見つけて始末すると暴れまわっているようですね。泊さん達も気をつけてください』
「そっか、ありがとな」
進ノ介は礼を言って、電話を切ると、右京へと内容を伝える。
「なるほど。取り調べ中の相馬も証言していましたね『最近は大人しくしていた』と。病院での態度の変化とも合致します」
「黒木茂についてまとめると、こんなところでしょうか」
・幼いころから非行に走り、前科も多数。
・それが入院をきっかけとして態度を変え、交友関係を清算していた。
・しかし、五日前に闇金を襲撃し、大金を強奪した疑惑がある。
・そして転落死。現場には争った形跡。
「ようやく更正したように見えて、それが突然の金庫破り、そして死亡時に子供向けのリボンを身に着けていた。なんだか、行動が極端だし、ちぐはぐ。そもそも、なんでいきなり大金を欲しがったのかもわからない。
それに、奪われた大金は被害者の自宅や口座からは発見できていないのも気になりますね。現金強奪を知った誰かが黒木さんを殺害して金を奪った、なんてことも考えられます」
「そうですねえ。ただ、僕としては、やはり、あのリボンが気になるのですが……」
確かに、元々右京の興味の矛先はあの奇妙なリボンだった。それに関しては、
「入手経路は病院の子供向けプレゼントくらいしか可能性はない。子ども達との交流で人柄が変わったっていうことなら、あるかもしれませんけど。
むしろ、入院患者の子どもを黒木茂がつけまわしたってことで病院を追い出されているし、強盗までしている。抗議した親御さんから話が聞けると何かがわかるかもしれませんが……。でも、難しいだろうなあ」
進ノ介は大きく息を吐いた。あれだけ大きい病院だ。子どもの患者も多くいて、特定には病院側からの協力が不可欠。ただ、
「君が言う通り、患者への守秘義務もあるでしょうし、今回の事件との関与が不明確な今では、情報の開示を要求することは難しいでしょう。……ただ、僕は、どうしても、あのリボンがどこかに繋がっている。そう思えて仕方ないのです」
そう言う右京は落ち着いている様子だが、言葉はまるきり駄々をこねる子供のようでもあった。
そんな様子にため息を吐きつつ。しかし、進ノ介自身の刑事の勘も、大切に扱われていた、あの奇妙なリボンが被害者の死とつながっている、そう囁きかけている。
「杉下さん、俺、ドライブが好きなんですが」
「ええ、日ごろ読んでいる雑誌にカバンの中身に手帳のストラップ、どれも車尽くしですからねえ。改めて白状しなくともわかっていることですが、それがどうかしましたか?」
「……」
こんなちょっとした会話でもいちいち人を怒らせないと気が済まないのだろうか、この変人は。
一瞬でこみ上げた怒りを何とかなだめて、こめかみをひくつかせながら進ノ介は言葉を続ける。
「その、わかりきった趣味のドライブですけど! ふぅ……、混雑とか、なにかトラブルにぶつかった時、無理にまっすぐ進もうとするよりも、少し寄り道をした方が近道だった、っていうことがよくあるんです」
「なるほど、急がば回れ。大仰に言う割には、よくあることですね?」
「その! よくあること! ですが!! あぁ、もう!!
リボンの謎も、金融機関襲撃も、それに殺人事件も、被害者っていう一点に繋がっています。それなら、まずは被害者の掘り下げを進めていくことで分かることもあるんじゃないですか!?」
事件の根っこが同じなら、根元に向かって掘り下げていけばリボンの謎にもたどり着くのではないか、と。そう言う進ノ介に右京は表情を変えず頷く。
「ええ、僕もそうしようと思っていたところです。……そういえば、まだ話を聞いていない方たちがいましたね?」
そう言って試すような視線を送る右京へと、進ノ介は答える。
「……はい。あの写真に写っていた三人組。施設の先生に自慢したくなるほど仲が良くなった友人。何か、心当たりがあるかもしれませんね」
古びた写真に写っていた若い黒木茂は、その後の暴力の人生を感じさせないほど楽し気に見えた。短い青春の日々で打ち解けた友人たちなら何か知っているのではないかと、そう考えたのだ。
方針をそろえた二人がまず向かったのは工務店に勤務している太田光彦氏の元。仕事場へと向かうと、現場の準備をしている太田氏を捕まえることができた。手帳を見せた二人に特に動揺することなく太田氏は二人を休憩室へと誘い、お茶を用意してくれる。
「茂の話は、驚きました。いや、正直に言うと、とうとうかって思ってしまって」
精悍な顔つきの太田氏はそう、すこしうなだれたように言う。
「と、いうと?」
「たぶん、知ってのとおりだと思うんですけど、あいつはこれまでも犯罪に手を染めてきました……。今となっては恥ずかしい話なんですけど、高校時代は私も一緒に万引きやら、カツアゲやらやって、どんどん転がり落ちてしまって。
一度、道を外して転げ落ちると、立ち上がるのは難しいんです。若い頃に犯した犯罪なんて、特にそう。仕方ないこととはいえ、前科者として扱われ、かといって、生活を一から築き上げる方法なんて分からない。
……私は、少年院に入った後、両親の支えもあって。今じゃ子どもを持てて幸せになることができました。ただ、茂は生い立ちもそうですし、そうやって支えてくれる人に出会えず、全うな生き方も分からなかったんだと思います。
茂とは数年に一回くらいは会うこともあったんですが、会うたびにどんどん荒んでいく一方で」
いつか、誰かに殺されてしまうのではないか。
そう思いつつも、太田氏も自分の生活にも追われて救いの手を差し伸べることはできなかったのだという。
「その、最後に黒木さんと出会ったのって何時だったんですか?」
「一月ほど前に、電話で話したっきりです。向こうからかけてきたんですが、珍しく何かをためらう様な口ぶりで気になったんです。しかも、要件を話す前に切れてしまって」
「それは、また、どうして?」
そう問うと、
「下の子がじゃれついてきたんです。まだまだ小さいので遊んでとせがんできて。それをたしなめている間に、ぷつりと」
それっきり、連絡はなかったという。
「なるほど。……実は、黒木氏には金融機関の襲撃に関与した疑いがあるのですが、そうした動機に心当たりはありませんか?」
右京の質問に、今度は太田氏は困惑したような表情を浮かべる。
「そんな……。最後の電話の時は、茂は妙に落ち着いていて、そんなに金に困っている様子もなかったのに」
「……お聞きしにくいことではありますが、黒木さんが高校を中退されたきっかけも現金強奪事件でしたよね?」
進ノ介は尋ねた。すると太田氏は僅かにためらったような間を置いて、静かに告げる。
「ええ。……一つだけ、私が告白しなくてはならないことがあります。あの事件、茂が主犯となって重い罪に問われました。私たちは彼と比べれば、ずっと軽い罰です。ただ、本当は……」
「……彼が主犯では、なかったのですね?」
「はい。全員で話して決めたんです。ただ、茂は私達には家族がいるから、と逮捕時に主犯を名乗り出てくれて。……きっと、世間一般じゃあガラも悪いし、前科者ということで色眼鏡をかけられるでしょうが、黒木茂は本当は優しい良い奴でした」
そう最後にはわずかに涙を滲ませながら太田氏は言った。
話の最後に犯行時間のアリバイを訪ねると、家族と共に家にいたという。平日の深夜だ、それも当然だろう。二人は礼を言って次の場所へと向かう。
だが、次の佐内氏は婚約者と共に婚前旅行で海外へ行っているということで不在だった。そして、犯行時間のアリバイも完璧である。
では、最後の一人、企業社長まで出世した右藤翔馬氏の元へと向かった二人だったが、
「申し訳ございませんが、社長は多忙でして。必要でしたらアポイントを、どうぞ」
摩天楼の一等地に立つN&Aトラストのオフィスへと向かうも、二人は受付で足止めをくらっていた。殺人事件の捜査と言っても高校時代の知り合いというだけの繋がりだ。事前連絡もなく、いきなり社長を出せ!というのは非常識に過ぎるだろう。
気の強そうな受付嬢に追い返され、すごすごと帰される進ノ介と、そんなこともどこ吹く風という右京。進ノ介はまた霧子に頼んでみるか、と携帯に手をかけようとした。だが、エントランスを出たところで
「君、もしかして泊進ノ介さん、かな?」
エネルギッシュで響く声が向けられて、進ノ介が顔を上げると、黒塗りの車から若者が駆け足で降りてきた。カジュアルなスーツを着こなして、覇気のある顔は、一社をまとめる顔としてふさわしく見える。
社長の右藤翔馬氏、その人だった。
「ああ、すみません。仮面ライダーに会えるなんて思わなかったもので! ははっ!!」
にこやかに笑う青年はまっすぐに進ノ介の元へと来ると、言葉とは裏腹に強引に手を取って、握手の形を取る。その後ろで秘書が写真を取っているのは抜かりないというべきか。
「失礼ですが、右藤翔馬社長でよろしいですか?」
「ええ、もちろん。貴方は?」
「あ、この人は俺の上司です。……申し遅れましたが、警視庁の泊進ノ介です」
「警視庁特命係の杉下右京です」
そう名乗ると右藤社長は、まあまあ、そんな硬くならずに、等と上機嫌に笑い、あれやこれやと指示を出しながら、二人を社長室へと案内した。
道すがら、右京は進ノ介に、
「君の肩書きも案外役に立つときもあるんですねえ」
等と呟いてきたが、参考人の目の前ということで我慢することにした。
招かれた社長室は、いかにもといった絵画や彫刻といった芸術品がふんだんに飾られたもの。あいにくと芸術には疎い進ノ介だったが、正直に言うと、趣味には合わない。ただ、ソファの座り心地だけは良かった。
「実は、私、仮面ライダーのファンなんですよ! いや、こちらを訪ねてくれるなんて嬉しいですね!!」
そう言う右藤社長だが、話の中身はもっぱら会社の自慢話だ。見る見るうちに机の上はパンフレットやら何やらで埋まっていく。
N&Aトラストは防犯システム開発で急成長した企業だ。ロイミュード事件という大規模テロに等しい騒乱が起こった現在、企業にせよ、家庭にせよ安全を求める声が強まるのは道理である。
そんな話をしながら、右藤氏は進ノ介を熱心に勧誘しだした。
「それでですね! ぜひ仮面ライダーに我が社の防犯システムの広報をお願いしたいのです! 貴方が力を貸してくだされば、あのサイバーテックを超えて業界シェアナンバーワンも夢じゃありません」
「あの、」
「もちろん、報酬は弾みますよ! あ、でも公務員は副業禁止でしたか! それなら警視庁の広報にも話は通しますし、何なら我が社へと転職していただければ、地位も報酬も思いのまま!」
「あの!」
なおも言い募ろうとする右藤氏を遮ったのは、声を張り上げた進ノ介ではなく、
「黒木茂」
という小さな右京の一言だった。
「……」
すると右藤氏は熱中した態度を急に止めて、押し黙った。
「黒木茂氏、高校時代の同級生ですよね?」
そこまで言い切ると、二人が何を言いたいのかを察したのだろう。右藤氏は目に冷静な色を取り戻して答え始める。
「……同級生、というのは間違いですね。私は友人であり、恩人だと思っています」
「それは、皆さんが起こした事件があったからですか?」
「知っているんですね。茂が私たちをかばってくれた。もちろん、それもありますけど、この会社を立ち上げるとき、アイデアを出してくれたのも茂でした。彼は空き巣なども繰り返していましたから、防犯システムにも詳しかったんです。折に触れて、様々に助けてくれていました」
進ノ介はふと疑問に思ったことを口にする。
「あの、そこまでの関係なら、右藤社長はそんな黒木さんの就職の斡旋等は行わなかったんですか? 警備会社とか、社長のつてを使うこともできたと思うんですが?」
尋ねると右藤氏は小さく頷いた。
「もちろん、そうしようとしたんですけど。その直前で茂が傷害事件を起こして刑務所に行ってしまい、立ち消えに。あいつ、もう迷惑はかけられないって。そんなことを言って連絡を絶ってしまったんです」
「なるほど。では、その時が黒木さんと最後に出会った時、となるのでしょうか?」
「いえ、実は一月ほど前に電話で呼び出されて居酒屋で少し飲んだことが最後です。最近の仕事の話とか、家族を持たないか、とか、何でもないことを話しました。ただ、珍しく落ち着いていたから、気にはなっていたんですが。まさか、殺されるとは……」
太田氏と同じく、後悔するような口ぶりだった。
「失礼ですが、他の関係者の方にも伺っているので、右藤社長にも。黒木さんが亡くなった時刻、どちらにいらっしゃいましたか?」
「その時間は出張に出ていて北海道のホテルに宿泊していました。証明もできます」
「そうですか。ありがとうございます。それでは、最後に一つだけ」
「もちろん」
承諾を受けて、右京はゆっくりと問うた。
「黒木さんには城東金融という闇金襲撃に関与した疑いがあります。彼の動機や奪われた金品の行方に心当たりはありませんか?」
右京が尋ねたその時、右藤氏は顔をひきつらせたような気がした。気のせいでなければ「城東金融」と、小さく名前をつぶやいた。
「右藤社長?」
少し黙りこくった右藤社長を疑問に思い、進ノ介は促すように呼びかける。
「……帰ってくれ」
途端に冷たい声で呟くと、右藤氏は勢いよく立ち上がり、
「今回の件は警視庁に報告させてもらいます」
強い言葉でそう言い放った。
「え、いや、いきなりどうしたんですか!?」
「いいから帰ってください! 二度と我が社の敷居をまたぐな!!」
取り付く島もなかった。社長室から追い出された進ノ介は、いったい何だっていうんだ、と愚痴りながら外へと向かう。
「何か隠してますよ、あれ」
「ええ。それが何なのか……」
と、その時、右京の懐から携帯が鳴り始めた。失敬、と一言断って、右京が電話に出る。
「杉下です。……はい、はい。……わかりました」
訝し気に見る進ノ介をおいて、右京は感傷もなく淡々とつぶやくと、携帯を閉じた。
「誰だったんですか?」
進ノ介が何気なく尋ねると、右京は
「中園参事官です」
「え?」
「どうやら、大層お怒りのようですよ。……それにしても、本当に反応が早かったですねえ」
言葉とは裏腹に、右京は楽し気に笑うのだった。
次回が第二話最終パートとなります。
リボンに隠された真実とは何か?