相棒 episode Drive   作:カサノリ

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ここまでの状況のまとめ

被害者:黒木茂
素行が悪く、犯罪を繰り返していた男性。ビルから転落して死亡。腕にピンク色のリボンを巻いていた。
入退院後に更正したように思えたが、数日後、金融機関襲撃事件を起こす。

右藤翔馬
新興企業N&Aトラストの社長で、被害者の友人。事情聴取をした特命係へ抗議を加える。

相馬矢一
現場近くの不良グループの構成員。被害者に怨みを持っていた。
数日前から被害者を監視。


第二話「蜘蛛の糸 III」

 相棒 episode Drive

 

 第二話「蜘蛛の糸 III」

 

 

 

「N&Aトラストの右藤社長から抗議があったぞ!! 証拠もなく犯人扱いをしているとなぁ!! 第一、あの事件は一課が犯人を逮捕して取調中だろうが!!」

 

 刑事部長室にて中園参事官の怒声が響いた。呼び出された二人は、顔を真っ赤に染めて唾を飛ばす男の前に立たされている。ただ、右京は相変わらずの声に平然として、そして進ノ介は面倒なことになったと顔をしかめるだけなので、中園の姿は少し場違いにも見えてしまっていた。

 

 そして、ある程度、中園の叱りが落ち着いたところで今度は右京が静かに口を開く。

 

「犯人扱いというのには語弊がありますが。……右藤社長はお若いのに警視庁とのコネクションを持っているとは、驚きました。おそらくは相談役などに元警察幹部がいる、等でしょうか?」

 

 そう顔色を変えず問いかけてくる右京の言葉は、照り返しが眩しい参事官の怒りをさらに逆立てたらしい。中園はますます顔を赤く染め上げて、

 

「お前たちに言う筋合いはない!! そして、泊!! 特状課時代から、独断行動が目立ったが、特命係でも命令違反とはいい度胸だな!! 仮面ライダーだからと言って、杉下に従って平気で済むと思うなよ!!」

 

「すみません」

 

 一方の、進ノ介は素直に頭を下げる。こういうとき、右京とは違って言い返さないほうが得策ということは弁えていた。そして、なおも言い募ろうとする中園を制したのは、意外なことにこの部屋で一番階級が上の人間。

 

「まあまあ、中園君。少し声を落としてくれないかな? そう近くで大声を出されるとねえ、私の耳にも痛いんだ」

 

 と、刑事部長である甲斐峯秋は少し苦笑いを浮かべながら中園をたしなめる。落ち着いた、しっかりと根を張った声だった。すると、中園は目に見えて顔色を変える。

 

「も、もうしわけございません、部長! しかし、あの、この杉下というのはこういう無断の捜査を繰り返しておりまして、その……」

 

「その点については承知しているよ。特命係の杉下、右京。そして、元特状課の泊進ノ介。初めましてだね」

 

 そう言って甲斐は立ち上がると、わざわざ右京と進ノ介の前にやってきて、朗らかな笑みを浮かべた。

 

「特命係の杉下です」

 

「と、泊です!」

 

 刑事部長を前にしても全く涼しい顔の右京に対して、進ノ介はそこまで面の皮の厚いことはできなかった。何といっても警視庁の大幹部である。少し緊張し、声を上ずらせた。

 

「そんなに緊張しないでくれ、泊君。なるほど、詩島君が言っていたように実直な青年のようだね。仮面ライダードライブ。仁良光秀の犯罪を暴き、そして日本を救ってくれた英雄に会えて、光栄だよ」

 

 それは裏の無い褒め言葉に感じた。

 

「き、いえ、詩島巡査から?」

 

「ああ。君を捜査一課に異動してくれと、直談判してきたよ。良い相棒を持っているようだ、大事にすると良い。まあ、君の処遇に関しては私の一存ではどうにもできず、申し訳ない限りなのだがね……」

 

 それを聞いて、アイツはまた危ないことを、と内心焦る進ノ介。だが、甲斐刑事部長はその心を読み取ったのか、苦笑いを浮かべる。

 

「いやいや、度胸のある新人が来てくれたものだ、と喜んでいるんだ。そして……、杉下右京」

 

 甲斐は今度は右京へと興味深げな視線を向ける。

 

「武勇伝は聞いているよ。非常にユニークで、能力が高く、そして、独断行動の常習犯。この警察では中々見かけることのできないタイプだとね。……一度、しっかりと話をしてみたいと思っていたんだ」

 

「恐縮です」

 

 右京は特に感慨もなく形式的に頭を下げる。一方の進ノ介は、上層部にまで悪名が広がっている杉下右京へと怪訝な目線を向けた。

 

 甲斐は少し笑みをこぼすと、穏やかな雰囲気のまま言葉を続ける。

 

「さて、前任の内村君と違って、私は能力の高い人間には、ある程度の自由を認める方針ではある。今の硬直した組織体制を改革したい、とも思っている。この役職についたのも、仁良の事件を重く見た上が改革を望んだからなんだ。

 だから、君たち特命係が噂通りに能力があるというのなら、裁量を与えても良いし、成果に応じて評価したい。

 ただ、立場上、私は刑事部と捜査を監督しなくてはいけない。今回のように方針を逸脱する以上は然るべき証拠を必要とすることも理解してほしいのだよ」

 

 わかってくれるね、そう言って、刑事部長は紳士的な笑顔を浮かべる。二人はそれに口答えすることはなく、素直に頭を下げた。

 

「君たちとは長い付き合いになりそうだね。今後も良好な関係を築きたいものだ」

 

 刑事部長は、今度は僕の茶でも飲みに来てくれ、とフランクに言うと、二人の退室を認めた。

 

 

 

 刑事部長室を出た二人は、お役所特有の飾り気がなく白い廊下を並んで歩く。無言で同じ方向へと向かっていた二人の内、先に口を開いたのは右京だった。

 

「思った以上に過剰な反応でしたねえ」

 

「それにしても、変じゃないですか?」

 

 進ノ介が疑問に思ったのは右藤社長の態度だ。ここまで過敏に反応したのなら、自分から何か関わっているとばらすようなものだ。進ノ介達はあくまで事情を聞きに来ただけなのに。

 

「泊君。仮に君が罪を犯し、刑事が尋ねてきたらどうしますか?」

 

「時と場合に依りますが、疑いの目が向けられない限りは大人しくしてますね。それこそアリバイもしっかりしているんだから」

 

「ええ、僕も同じようにするでしょう。僕たちは彼を犯人扱いしてもいませんでしたから……。疑われる危険性を考慮しつつも、なりふり構わず僕たちを事件から遠ざけたかった。……一つ、気になることがあります」

 

 右京が人差し指を上に向け、立ち止まる。

 

「それって、右藤社長が態度を変えたタイミングですか?」

 

「おや、わかりますか?」

 

「もちろんです」

 

 右藤氏は最初、犯行時刻のアリバイを訪ねられた時は穏やかな態度で強固なアリバイを述べた。だが、襲撃事件の件について尋ねると、途端に態度を変えて怒りを見せ始めたのだ。

 

「襲撃事件時のアリバイも確認されていますから、そこへの関与というのも考えにくい。……右藤社長にとって、金融機関襲撃のほうが深く追及されたくない話題ということ。……なんでだ?」

 

 進ノ介が一人ごちると、右京は数瞬、黙り、

 

「話の途中で何かに気づいたのかもしれませんね。城東金融という言葉にも何か思うところがあったようです。ところで、……君、他にも気になることがありますか?」

 

「え?」

 

「ああ、何でも構わないのですが。君という人間は熱血漢のようでいて、案外冷静に事件を観察し、情報をまとめています。その君の視点から見て、気にかかったところはありますか?」

 

 そうですね、と物言いには気になるが、進ノ介は考えを述べていく。元々、ベルトさんや霧子とああでもない、こうでもないと相談し合いながら捜査を進めてきた進ノ介だ。誰かと話す方が考えをまとめやすい。

 

「俺が気になるのは、杉下さんも言っていたリボンのこと、被害者の生活の変化、奪われた金の行方、右藤社長の態度。それに、……場所と時間」

 

「というと?」

 

 右京は何か、採点をする教師のように続きを促す。

 

「黒木茂が関与しているとみられる城東金融の襲撃現場と、殺害現場が離れていない上に、事件間のインターバルも短いのが気になって。これ、ちょっと考えるとおかしいなあ、って思うんです」

 

 仮に犯人が共犯関係などで被害者が大金を得たことを知っていたら関連を疑われないように、殺害の現場は城東金融から離れた場所にするだろう。まして、五日間の短い期間で二つも凶悪犯罪が起きたのなら、誰かが気づかなくても、いずれ二つの事件の関わりは警察にも知られることとなる。

 

「むしろ、意図的に事件をつなげようとしたんじゃないか、そう思えて」

 

 そう進ノ介が言うと、杉下右京は面白そうに、笑みをこぼした。

 

「ええ、確かにその通り。泊君、ここは一つ、前提条件を考え直してみると良いかもしれませんね」

 

「前提条件……」

 

 転落死、襲撃事件、消えた金品、変わった態度に、そして、襲撃事件を掘り下げられたくない被害者の友人。そして、病院のピンクのリボン。

 

 いくつものキーワードが結びつき、そして、全体像がひっくり返った。

 

「まさか……」

 

「そのまさかかもしれません。裏付けをしたいので、君は一課の捜査状況の確認と取り調べ中の相馬への揺さぶりをお願いします。僕は米沢さんのところへ」

 

 進ノ介はその言葉に続けて言う。

 

「そして、あの病院にもう一度、ですね」

 

「ええ。その通り」

 

 

 

 二日後、それぞれに情報を収集し終えた特命係は、進ノ介の運転で、閑静な住宅街を進んでいた。得られた内容は、二人が考えたシナリオを裏付けするものであり……。

 

 そして、進ノ介の心に重くのしかかる真実が残った。 

 

 これから行うことが本当に正しいのか、進ノ介にも分からない。だが、警察官として行わなければいけないことだと、分かっていた。

 

「……杉下さん、良いんですか?」

 

 助手席で無表情を保つ右京へと尋ねる。

 

「ええ。たとえどんな事情があろうとも、僕が警察官である以上、犯罪行為を見逃すことはできません。そして、犯罪によって得られる幸せなど、存在しない。そう僕は信じていますから」

 

 右京はためらいもなく言うと、進ノ介を見ることなく、前だけを見つめている。その目には、杉下右京という人間が持つ、犯罪に対する断固たる信念が感じられた。

 

「安藤清二さんですね?」

 

 夕暮れが落ちる街の中、進ノ介と右京は都内のマンションを訪れる。少し待ち、扉から現れたのは、くたびれた中年の男性だった。

 

「警視庁特命係の杉下です。こちらは、泊君」

 

 進ノ介はそんな彼の姿を認めると、少し表情を曇らせた。だが、右京はすぐに話を始めると、安藤氏は困惑した顔で、

 

「警察の方が、うちに何の用ですか?」

 

 と尋ねるのみ。

 

「ええ、先日亡くなった黒木茂さんの件で、お話を伺いたく」

 

 すると、安藤氏は

 

「黒木、って、誰ですか?」

 

 本当に分からないという表情でつぶやいたのだ。

 

 二人は自宅の中へと上がりこむと、小さなテーブルをはさんで安藤氏と向き合う。部屋の中は荷物が少なく、困窮した現状がうかがえた。その中でひときわ輝くのは笑顔を浮かべた家族写真だ。小さい女の子を挟んで、両親が幸せそうに笑っている。疲れた室内で、そこだけが温かみがあった。

 

「奥様はどちらに?」

 

「家内は今は娘に付き添っています。もしかしたらご存知かもしれませんが、ずっと入院中で」

 

 そう言う安藤氏の疲れた顔は、闘病生活の大変さを物語っているようであった。

 

「ところで、その黒木さんという方は?」

 

「その、こちらの人です」

 

 進ノ介が写真を出すと安藤氏は、

 

「ああ、この人は……」

 

「やはり、ご存じだったのですね」

 

「はい娘の病院で見かけました。正直、派手な格好で怪しい雰囲気でしたし、娘の周りによく現れたものだから……」

 

「病院に抗議したと、そう伺っています」

 

 安藤氏はゆっくりと頷いた。安藤氏の娘は安藤愛ちゃんという。まだ五歳の小さな女の子。だが、深刻な難病に侵されており、長く入院生活をおくっていた。事件との関連性をもとに、病院側を説得した結果、ようやく教えてくれたのだ。

 

 そして、おそらくは黒木茂へとリボンを贈った女の子。

 

「この方は黒木茂さんといいます。先日、ビルから転落して亡くなりました。その数日前には金融機関の襲撃事件を起こした犯人であり、」

 

 そして、と右京はその言葉を安藤氏に告げる。

 

 

 

「貴方へと大金を送り届けた人でもあります」

 

 

 

 安藤氏は、それを聞くと、しばらくの間、顔を伏せ、大きくため息を吐いた。少し待っていてください、と言うと、奥の押し入れの奥から、大きなボストンバッグを持ってくる。

 

「……数日前、家の前に置かれていたんです。中身を見たら大金が入っていて。小さなメモで『使ってください』って」

 

「けど、使われなかったんですね」

 

 進ノ介が中を確認すると、そこには整然と札束が並べられていた。崩しているような様子は見えない。

 

「正直に言いますと、使いたかった。怪しい金だってことは想像がつきました。でも、娘の治療には多額の金が必要ですし、かといって私たちの仕事だけではそんな額は稼げない。

 みすみす娘を死なせるくらいならって……。これがただの天からの贈り物だったら、そう願わずはいられませんでした」

 

 絞り出すような言葉だった。

 

 この金を使わない。その選択の裏にどれだけの葛藤があったのか、計り知ることはできない。ただ、この父親はその一線を超えることをしなかったのだ。

 

「すぐには届け出られなかったのは、迷いがあったから。当然のことですね、これだけの大金です。そして、貴方がこの金品を使用しなかったのは、賢明な判断だったと僕は思います」

 

 闇金の金庫から取られたものとはいえ、元々は弱者から搾り取られたものだ。襲撃事件をきっかけとして、組対が城東金融の摘発を続けている。警察に押収されたのち、被害者へと返されるべき金でもあった。

 

「その黒木さんという方は、どうして見ず知らずの私たちにこんな大金を?」

 

「その、もしかしたら、安藤さんにも辛い話になるかもしれません……」

 

 進ノ介が言いよどむも、安藤氏はゆっくりと首を振った。

 

「……どんな形であれ、私たちを救おうとしてくれた人です。どうして亡くなったのか、知っておきたい」

 

 わかりました。と進ノ介は少し間をおいて、語り始める。

 

「黒木茂さんの転落死は最初、他殺が疑われました。現場には争った形跡があったからです。けれど、実際には……。黒木さんは自殺でした」

 

「え……」

 

 呆然とする安藤氏をおいて、進ノ介は話を続ける。

 

 鑑識による分析の結果、ビル屋上の足跡は複数の種類があったが、歩幅等のパターンは一人分のものと確認された。いくつかの靴をつかって、事前に跡を残したのだろう。毛髪や服の繊維も黒木茂一人のもの。あの現場には他には誰もいなかった。

 

 暴れた痕跡や、騒いで見せたのも、他殺に見せかけるためであった。

 

「なぜ、彼が他殺に見せかけて自殺する必要があったのか。その理由が、その金です」

 

 首尾よく城東金融から大金を奪った黒木だったが、姿を撮影されるという失態を犯してしまった。すぐに黒木が犯人ではないか、という噂は広まったという。黒木を監視していた相馬も、三送会から指示を受けて監視していたと白状した。

 

「相手は暴力団です。大金を奪ったとなったらそれ相応の報復があると覚悟はしていたのでしょう」

 

 それなら逃亡すればよかった、と普通なら考える。だが、

 

「彼は奪った大金を手放していた。では、彼は金を誰へ、あるいはどこへ渡したのか。僕たちが彼の周りを調べてみても、該当者が見つかりません。過去の友人達に金を必要とする人はおらず、近い人間関係は清算し、恋人や親族もいません。そんな彼が死の前に唯一、執着を見せたのが貴方の娘さんでした」

 

 その詳しい感情までは分からない。

 

 だが、安藤愛ちゃんは治療に大金を必要としており、家族は困窮の中にいた。腕に巻いたリボンと病院での行動から、他に考えられる人間はいない。

 

「これは、想像でしかありません。ですが、僕は彼は大金が貴方達の元にあると、それを知られるのを恐れて命を絶ったのだと、そう思っています」

 

 このまま黒木の周囲を嗅ぎまわり続ければ、いつか安藤一家にもつながるかもしれない。だが、暴力的な死を迎えれば、平凡な家族へと結びつくべくもなく。共犯者が金を奪って逃げたと、そう思わせることができる。

 

 きっと黒木茂はそう考えたのだと右京は想像する。

 

「最初は黒木さんもまっとうな方法で金を集めようとしていたようです。ただ、彼は社会的な信用もなく、自身も食い詰めるような状況でした。

 そして、N&Aトラストの右藤社長を頼っていったとき、話の流れで城東金融の警備システムに自身がアドバイスした其れが用いられていると気づいたそうなんです」

 

 進之介が言葉を続ける。監視カメラやその他警報器機を止めるのに、それほど手間はかからなかっただろう。

 

 右藤氏は話の中で、黒木が誰かを助けるために金を集めているとは、聞いたらしい。だが、いかに社長といえども地盤を固める最中にあるベンチャー企業。高額な手術費用等にかかる金は用意できないと、断った。黒木も斡旋してもらった仕事をふいにした負い目があったのだろう。強くは申し出られなかったそうだ。

 

 それを後悔していると、右藤氏は語った。二人が城東金融の話を持ち出した時、黒木が人助けのために金を奪ったのだと気が付いて、それを追及されるのを止めたかったのだと。二人へと打ち明けてくれたのだ。 

 

 そこまで語ると、安藤氏は力が抜けたようにうなだれた。

 

「どうして、見ず知らずの私たちのために……。そんなこと、望んでもいなかったのに」

 

「ええ。彼の行動はあまりに独りよがりです。誰に相談するでもなく、正しいと思い、そのままに実行してしまった。……実は、まだ一つ分かっていないことがあります」

 

 右京は安藤氏に尋ねる。

 

「最初の貴方の疑問。『なぜ、黒木茂は愛ちゃんを助けようとしたのか』。きっと、彼が腕に結んでいた、このリボンに関係があるのでしょう。彼と愛ちゃんの間に、何があったのか、教えていただけませんか?」

 

 ボロボロになったピンクの細いリボン。

 

 それをじっと見つめて、安藤氏は静かに言った。

 

「愛は言っていました。一度会って、リボンを渡しただけだよって。たった一度、それだけだって」

 

 

 

「黒木茂は、どうして自分の命を犠牲にしてまで愛ちゃんのために尽くしたんでしょうね」

 

 外に止めたGT-Rに体をもたれかけながら、進ノ介は呟く。

 

「ただ一度、リボンをプレゼントしてくれた少女のために。彼が何を想い、その決断をしたのか。きっと、安藤さんも、愛ちゃんも知りたかったと思います。けれど、その機会は永遠に失われてしまった。……彼が、そんな選択をしてしまったことが、残念でなりません」

 

 今のような夕暮れの中、病院の隅で出会った男と少女。

 

『さびしそうだったから、リボンをむすんであげたの。それで、がんばってってあたまをなでたら』

 

 それは、愛ちゃんが母親から教わった元気が出るおまじないなのだという。そして、黒木茂は小さくありがとう、と呟くと涙を流したという。

 

 幼いときから失い続け、暴力の道から抜け出せなくなっていた、そして、友が差し伸べた救いの手も、愚かな行動で台無しにしてしまった。

 

 そんな彼からは、純粋な少女の優しさと、あたたかな家族の姿は何より尊く映ったのかもしれない。

 

 車へと入れられた大きなバッグを見る。これがその家族を守ろうとして、絞り出した結果なのだとしたら。

 

 そんな進ノ介の葛藤を察したのか、右京は空を見上げながら言葉を放つ。

 

「……どんなに崇高な目的があったとしても、犯罪を行えば、そこに傷つく人が生まれ、悲しみと怒りが生まれます。そして、それは次の悲劇へと繋がり、いずれその目的さえも蝕んでしまう。

 黒木茂の目的は立派だったと、僕も思います。ですが、彼が取った方法は間違っています。彼は人を傷つけ、自分というかけがえのない命を奪ったのですから」

 

 強く言い切る言葉だった。

 

 きっと、それは正しいのだろう。この金で愛ちゃんが助かったとしても、家族には罪悪感が残り、あるいは報復の魔の手が伸びる可能性だってある。愛ちゃんの将来には大きな不安が立ちこむ事になるだろう。

 

 それは、進ノ介も分かっている。

 

「けど、俺は……」

 

 進ノ介は小さく強い言葉で呟いた。

 

 

 

「で、ネットで支援を呼びかけたってわけだ」

 

 数日後の特命係。そこにはいつもの二人に加えて、霧子と角田も集まっていた。進ノ介のノートパソコンには、様々な寄付や援助を募集するウェブサイトが示されている。

 

『安藤愛ちゃんに救いの手を』

 

 と書かれたそこには、この数日で莫大な金額が集まっていた。見ているうちにも、どんどんと金額が上がっていく。

 

「でも、こういうのって始めるのは簡単だが、集めるのは大変って聞くぞ?」

 

 角田は驚いたように言う。

 

「ええ。だから、ちょっと仲間に力を借りたんです。ネットに詳しくて、その方面にコネがたくさんある友人に」

 

 一度大きな波に乗せることができれば、あとは自然に金も注目も集まるんだ。とは、相談に乗ってくれた友人の言葉である。

 

 だが、進ノ介の顔は晴れなかった。きっと、同じように難病に苦しんでいる子ども達はたくさんいるだろう。愛ちゃんは、たまたま進ノ介達と関わっただけ。この行為で一人が救えたとしても、それは進ノ介のエゴだとはわかっている。

 

 けれど、進ノ介には、苦しんでいる市民を見殺しにすることはできなかった。それだけは、どうしてもできなかった。犯罪によって得られた希望とはいえ、一つの家族のそれを奪ってしまったのだから。

 

 右京はそんな進ノ介の様子を観察するように横目でしばらく眺めると、わずかに光が差す窓へと目を向ける。薄暗い部屋からは眩しすぎるほどの、一筋の光が差し込んできていた。

 

 少女との出会いと一本のリボン。黒木茂にとって、それは一つの希望だったのだろうか。それこそ、自分の人生を捧げても良いと思えるほどの。けれど、それならば、

 

 右京は小さくつぶやく。

 

「彼には分からなかったのでしょうか。……自分も誰も、傷つけることなく人を助ける方法が」

 

 そうして、少し目を閉じるのだった。




第二話も無事に完結させることができました。皆さまの応援にアドバイスをいただいたおかげです。どうも、ありがとうございます!

第二話のテーマは「目的と罪」。どんなに崇高な目的があっても犯罪行為を許さないというのは杉下右京の強力な信念です。一方で、市民の平穏を第一とする進ノ介にとっては、納得ができない結果を生むこともあります。

今回は進ノ介も機転を利かせて、最悪の展開を生むことは阻止しましたが……。果たして、今後は……。

隠しモチーフはSeason11第18話「BIRTHDAY」とSeason2第4話「消える銃弾」。最後の瞬間にあふれ出る善意。そして、人との出会いに時間は関係ない。ということで、黒木茂の動機の参考になりました。
事件自体の構成はSeason9第8話「ボーダーライン」を参考に。

それでは、次回の第三話はそれほど深刻な話にはせず、あのチームに焦点を当ててみます。
私も大好きなあのキャラが大活躍?

第三話「伊丹刑事はなぜ怒っているのか」

どうか、お待ちいただけると幸いです。
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