相棒 episode Drive   作:カサノリ

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 お待たせいたしました! 第三話!!

 今回は前回、前々回と少し雰囲気を変えて、各キャラ間の関係性を意識する形で書いてみました。

 前半戦「起」の最終話。どうか、お楽しみいただけると幸いです。


第三話「伊丹刑事はなぜ怒っているのか I」

 早朝の住宅街、古びたアパートを複数の人影が隠れるように取り囲んでいた。傍目から見ると怪しい事この上なく、全員がもれなくスーツ姿。

 

 そんな奇妙な緊迫感に彩られた景色の中、彼らの中から特に厳めしい男たちがアパートへと向かっていく。

 

 金属板の階段を音をなるべく殺しながら歩き、一つの扉へ。

 

 男が耳をドアに当て、中の音に耳を澄ませると、がさごそと慌ただしい音がした。その音を認識した瞬間、目くばせをしてドアを勢いよく開け放つ。

 

「銀野幸三! 警察だ!!」

 

 怒声と共に突入する男、刑事たちが見たのは、眼前でベランダから飛び降りようとしている中年の男の姿。それを認識した瞬間、慌てて確保しようと飛び出していく。だが、男もさるもの、ためらうことなくアパートの二階から身を躍らせて見せた。

 

 刑事たちがベランダへと駆け寄ると、銀野はすでに華麗な受け身をしていた。少し体を痛めたように、蹲っていたが、すぐに不敵に刑事たちを見上げると、そのまま走って逃げ出してしまう。

 

『被疑者逃亡! 繰り返す! 被疑者逃亡!!』

 

 だが、そんなことを許すほど警察は馬鹿じゃあない。

 

 突入組のリーダーが無線で呼びかけた瞬間、周辺を包囲していた刑事たちが一斉に身を現す。

 

 たった一人の逃亡者がアパートの壁を乗り越えて、T字路へと躍り出たときには、すでに三方は刑事たちによって塞がれていた。銀野はその光景に面食らったように慌てるも、すぐに何やら決心を固めたようで。

 

「くそぉ!」

 

 罵声を上げると、懐から軍用ナイフを取り出し、それをやたらめったら振り回し始める。

 

 刑事たちは慌てることなく。だが、その様子にさらに警戒を高め、携帯していた拳銃を取れるよう、姿勢を固める。

 

 威嚇も上手くいかず、見るからに八方ふさがりという現状。その中で必死に活路を見出そうというのが犯罪者というものだが。……果たして、それは見つかった。三方の一角、そこにいたのは、周りに比べると弱そうな優男と、細身の女性の二人組。

 

 そこしかない、と銀野はその方向へ向かって、

 

「どけえ! ぶっ殺すぞ!!」

 

 と精一杯の脅し文句と大きく振り上げたナイフと共に走っていく。その剣幕に優男は少し顔色を変えたようだが、しかし、女の方はひるむ様子もなく、むしろ果敢に一歩を踏み込んできた。

 

 ついでとばかりに、近づいてくる女の顔は、とても美人で。銀野は一瞬だけ見とれ、

 

「ふっ!!」

 

 その瞬間が命取りだった。

 

 女刑事の細い足がぶれた様に視線から消え、そしてナイフを握っていた手に激痛が走った。蹴り飛ばされたのだ。足の姿形も見えなかった。それだけ鋭い蹴りだったと認識したときにはもう遅い。

 

 タックルを仕掛けるように、もう一人の男がためらいなく腹へと組みつき、地面へと銀野を押し倒す。そして、腕を捩じ上げると、

 

「六時十三分! 銀野幸三! 強盗致傷の容疑、それに銃刀法違反、公務執行妨害の現行犯で逮捕!!」

 

 芹沢刑事がそう宣言し、後ろ手に手錠をかける。ただ、逃亡犯も悔しそうに顔を歪ませながら、最後まで欲望は捨てなかったようである。

 

「せ、せめて、その姉ちゃんが逮捕してくれ!」

 

 捕まるなら、美人がいい等と、みっともない要求をする男にため息を吐きながら、芹沢は体を強引に立たせる。

 

「そんなことさせるわけないでしょ。まったく!」

 

 芹沢はじたばたと抵抗する男を連れて、路地まで来たパトカーへと連れて行った。それを見送りながら、霧子はふぅと息を吐くと、蹴り飛ばしたナイフを拾い、押収袋へと丁寧にいれる。これがおそらく、銀行強盗に使われたナイフだろう。

 

 銀野は数日前に都内の銀行を襲撃し、現金を奪っていた男だった。ただ、その手口はずぼらなもので、残された証拠からすぐに犯人として特定されたのである。

 

 証拠品を手にもった霧子が芹沢たちの後を追うように、路地の外へ出ると、周囲を固めていた七係の同僚たちが集まってくる。その後方からは部屋から押収したのだろう、現金が入っているバッグを下げた仲間もやってきていた。

 

「お疲れ様です」

 

 霧子は几帳面に敬礼をしながら、そんな彼らへと言葉をかける。暑苦しい絵面の刑事たちも、そんな霧子の様子に表情を崩し、

 

「お疲れさん!」

 

「いつもながら鋭い蹴りだったな」

 

「……俺もくらってみてえ」

 

 何やら小声で不穏な声が聞こえた気もするが、皆、口々に気前よくねぎらいの言葉をかけてくれる。それに少し一安心。

 

 元々交通課出身で、その次は特殊に過ぎる特状課。そんな霧子にとって、初めて経験することになる完全な男社会が捜査一課という場所だ。果たして刑事としてやっていけるのか、と不安になることもあったが、今現在、七係の仲間たちは気がいい人ばかりで、関係は良好。

 

 霧子の刑事デビューはおおむね上手くいっていると言えた。

 

 ただ、一人の件を除いては。

 

「ふんっ」

 

 大きく鼻を鳴らす音がした。後ろから聞こえてきたその音に振り返ると、朗らかな笑顔の同僚たちの後ろ、遠巻きに霧子へと視線を送る伊丹がいた。いつものとおり、珍妙なしかめっ面を作って。かといって、霧子の視線に気づいたのか、すぐに明後日の方向へと顔を向ける。

 

 いつものように無視を決め込むつもりのようだった。

 

「……はあ」

 

 霧子はそんな偏屈者の変わらぬ態度に疲れ、ため息を吐いた。 

 

 警視庁捜査一課七係、詩島霧子巡査。二週間たっても伊丹巡査長とのまともな会話無し。

 

 

 

 相棒 episode Drive

 

 第三話「伊丹刑事はなぜ怒っているのか I」

 

 

 

 容疑者を連行し、携帯していた拳銃を保管庫へ戻し、証拠品を鑑識へと引き渡し、それについての書類を記載。警視庁の花形、捜査一課と言っても事件の後に待ち受けるのは、どこの社会とも変わらない複雑で地味な手続きと書類仕事だ。

 

 オフィスへと戻った霧子は、まだまだ遊び心が足りず、赤いスポーツカーのミニカーだけが飾ってある自身の机でパソコンと向き合っていた。煩雑な書類仕事は、経験稼ぎも含めて新人の霧子の仕事だった。

 

 そうして細い指をキーボードへと伸ばしていた几帳面な彼女へ、芳ばしい香りのコーヒーが差し向けられる。

 

「よう、また手柄を上げたらしいじゃないか」

 

 コーヒーの香りに顔を上げると、それを手にしていたのは七係の係長である三浦だった。三浦はコーヒーを机に置くと、軽く拍手をしながら人の善い笑顔でねぎらってくれる。そんな彼に表情を崩し、霧子は頭を下げて礼を言った。

 

 霧子がこの七係に来て以来、三浦は折に触れて気を遣ってくれていた。特状課は良くも悪くも放任主義で個人主体。捜査一課では大きな方針の元に計画的に捜査が行われている。そんな環境の違いがありながらも、この短い期間で一課へと慣れることができたのは、彼の手助けがあったことが大きいと霧子は考えている。

 

 特状課時代は良い上司にも、最悪の上司にも出会ってきたが、現場出身だけあって偉ぶらず、刑事たちの動きやすいように働きかけてくれる三浦は、間違いなく良い上司であった。

 

「もう一人前のデカって顔してるな」

 

 三浦は刑事としてのスーツ姿も様になってきた霧子を見ると、そんな嬉しい言葉をかけてくれる。

 

「いえ、私もまだまだです。先輩方から教わらないといけないことが沢山ありますから」

 

「そう謙遜しなくてもいいさ。凶悪犯もたじろがせるほどの勢いがあって、そして、腕っぷしも一級品。うちの男連中にも見習ってほしいくらいだよ」

 

 さすがはあの特状課出身だ。と、衒いもない褒め言葉に霧子は嬉しくなって頬を緩めてしまう。ただ、一通り霧子をほめあげると、三浦は少し悩まし気に額に手を当てた。

 

「まあ、その分、あいつに関しちゃ、申し訳ない限りなんだが……」

 

 まったく、どうしようもねえなあ。と、苦みを込めた言葉で指す『あいつ』が、誰のことなのかは言うまでもなかった。

 

 霧子の頭の中に、「何見てんだ、こらぁ」と奇妙な顔で文句をつけてくる伊丹の顔が浮かんでくる。

 

「やっぱ、苦労してるか?」

 

「……ええ。あの、すみません……」

 

 気遣うように尋ねてきた三浦に、霧子は頭を深く下げた。チームのメンバーと良好な人間関係を築く、それも立派な職務の一つだ。特に警察という危険に向き合う仕事ならば猶更。こうして伊丹との人間関係を解決できていないのは、自分の落ち度でもあると霧子は考えていた。

 

 だが、三浦は首を振ると、霧子の考えを否定する。

 

「いや、あれに関してはお前さんの問題じゃねえよ。間違いなく、伊丹の問題だ」

 

 いつまで経っても、しょうがねえなぁ、と担任教師か何かのようにぼやく三浦。そんな彼に、霧子は伊丹のことを尋ねてみることにした。少なくとも、伊丹との関係は早急に解決しなくてはいけない問題でもある。多少の無礼は置いておいて、尋ねる価値はあった。

 

「あの、係長。少し良いですか?」

 

「呼び方は三浦でいい。なんかなあ、この歳になって役職で呼ばれるっていうのは、どうもむずむずして仕方ないんだ」

 

「えっと、それじゃあ、三浦さん。元々、三浦さんと芹沢さん、それに伊丹刑事の三人組だったんですよね? 伊丹刑事が私を避けている理由に心当たりはありますか? その、私の性別が問題だったりすると、どうしようもないんですけど……」

 

 市民を守る力があることが警察官の第一の条件。女性にその役目は果たせないという価値観からか、昔は女性警察官が現場に出ることは殆どなかった。

 

 昨今は古い伝統というものも払しょくされ、女性警察官が活躍する場面も多い。とはいえ、ベテラン刑事の間には女性警察官が最前線へと出てくることに抵抗があるものも少なくはない。

 

 男性よりも力が劣る女性がいると、いざというときに守らないといけない、そんな心理が働く人もいるのだとか。

 

 伊丹もそのような人間なのだとしたら、性別を変えるつもりもない霧子には難しい問題となってしまう。

 

 そう問う霧子に、三浦は顎に手を当てると、少し考えながら答えていく。

 

「そうだな……。あいつも色々と複雑だが、お前さんが女だからって無視してるわけじゃない。その点は安心してくれ。

 あいつは古いタイプのデカだが、能力があるやつを認めないほど馬鹿じゃないんだ。詩島はさっきも言ったが、刑事としての力量は目を見張るものがあるし、その点は俺が保証する。

 ……ただ、ここ最近はいろいろあって、ストレスが溜まってるんだろうな」

 

「その、色々って?」

 

 三浦は指折り数えながら、ストレス要因を言い並べていく。

 

「ざっと挙げても、ロイミュードとやらがいたこと、俺の昇進、仁良の奴が一課長やってたこと、杉下警部が久しぶりに戻ってきたこと。それに……、たぶん、これが一番大きい理由なんだが……。いや、やっぱ俺が言うことじゃないな、あれは」

 

「はあ……」

 

 おそらく、最後のものが、霧子たちが嫌われている原因なのだろう。ただ、三浦はそれを直接いうつもりは無いようで、はぐらかされてしまう。その回答に納得がいっていないのは百も承知だったのだろう。三浦は最後に霧子の目を見据えると、

 

「今は納得できないかもしれないが、きっと、あいつもそろそろ折り合いを付けるころだ。詩島を悩ませている問題もすぐに解決する。だが、それでも、あいつの態度が変わらないようなら、俺は係長として伊丹を指導するし、必要なら編成を変えるつもりだということも覚えていてくれ。

 ただ、あいつは不器用で早とちりで、ついでに不愛想な奴だが、俺が信頼するこの七係で一番のデカだ。あいつからなら、お前さんもこれからデカとしてやっていくのに必要なことが学べると思ったから、お前たちを組ませた。……もう少しだけ、あいつを待ってくれないか」

 

 それは長年組んできた仲間に対する信頼が込められた言葉だった。例えば、霧子がかつての仲間たちに抱いていたのと同じような。そう言って真剣な声色で頼まれては、霧子も頷くしかない。なにより、認められないままというのは、負けず嫌いの霧子にとっても望ましいものではなかった。

 

 そういえば、同じく伊丹が露骨に無視している人間に泊進ノ介もいる。芹沢曰く、元々、特命係が嫌いなそうなのだが、杉下右京には不機嫌ながら話しかける中、進ノ介には、自分と同様に目も合わせない。

 

 何か関係があるのだろうか?

 

 この後、芹沢と伊丹とで事件の事後処理がある。その後にでも、勇気を出してぶつかってみようか。霧子は胸の奥でそう決意を固める。この後に起きる一騒動を、知る由もなく。

 

 

 

 そんな真剣な話が一課で繰り広げられているとはつゆ知らず、組対五課の隣。小さな特命係。

 

 いつものように奇妙な部屋を覗き込む大木刑事と小松刑事は、常にも増して変な光景に頭をかしげていた。

 

「見てくださいよ、このアングル。最高ですよ……」

 

「艶かしい曲線美……。見事です。ええ、こうして噛り付いてしまうのは仕方がないことですな」

 

「ああ、今すぐにこれを撫でたい……」

 

「濡れて光る肌を優しく……。想像だけで昂ってしまいます」

 

 怪しく光り輝くモニターへと噛り付く二人の大人。囁き合うようにぶつぶつと奇妙な言葉を呟く上に、

 

 ズズズっ、モグモグ

 

 二人してラーメンを啜っている。ただ、箸を進めながらも視線だけは画面を捉えて離さない。

 

 そんな不気味に過ぎる光景が広がる小部屋を叩き、

 

「暇か! って、えぇ……」

 

 と、角田が毎日の例のごとくやってきた。だが、怪しく飯を食べる二人組を見ると、途端に顔を引き攣らせる。なぜならそれは、日本の英雄であるはずの仮面ライダーの姿であり、我らが鑑識の米沢守までついていたからだった。

 

「……なにやってんだい。それに米沢まで……」

 

 一目見ただけで触れたらよくない景色だと分かるが、特命係の監視役をひそかに自認する角田は聞かざるをえなかった。仮面ライダーを特命係に送り込んで、精神が壊れてしまいましたでは、とんでもないことになる。

 

 一方で、本来の監督義務がある係長の右京はと言えば、そんな二人を意に介さず、黙々と雑誌を読んでいるだけ。角田は内心で「お前が質問しなさいよ」と思いながら、二人へと尋ねるのだった。

 

 そんな角田の心底気味悪がった質問に、進ノ介と米沢は顔を上げる。そして、何ともなしに角田へと笑顔で、

 

「角田課長も見ますか? 最高に昼ご飯が進みますよ」

 

 それは純粋な喜びの言葉だった。そうしてまたラーメンを一啜り。一応は正気のようだが、むしろそれが恐い。

 

「……泊君、何見てんのさ?」

 

「もちろん、車ですけど」

 

「……せめて如何わしいビデオであってほしかったよ、俺は」 

 

 角田は悪いものをみた、と呟くと頭を振り、コーヒーメーカーへと手を伸ばした。

 

 仕事がないまま到来した昼休み、進ノ介は自前のパソコンでDVDを見ていた。その名も『世界の名車 泊進ノ介セレクション』。

 

 そして、そこへ偶然居合わせたのは落語に電車、ゲームにネットと多分にサブカル趣味が過ぎる米沢守だった。出会った時から、進ノ介も彼が同類だと嗅ぎつけていたのか、たまたま立ち寄った米沢を熱心にビデオ鑑賞へ誘ったのである。

 

 そして、十数分後、新たに自動車も、無事に米沢の守備範囲へと入ることとなった。

 

 進ノ介も米沢も、金と時間がかかる趣味の沼へとどっぷりと沈んでしまった人間同士。出会ってしまえば、こうなるのは時間の問題だったのだろう。

 

「ああ、俺、米沢さんと会えてよかった……。こんなに車の良さを語り明かせる日が来るなんて!」

 

 感涙すら浮かべる進ノ介。脳裏には車を熱く熱く語るたびに、霧子を初め多くの人に白い眼を向けられた過去が過ぎ去っていく。高校時代、憧れのマドンナをデートに誘った時など、

 

『泊君、車ばかり見ててダサい』

 

 等といわれのない中傷を受けたものだ。これまで、自分の趣味へと理解を示してくれる友人は少なかった。

 

「いやいや、私こそ。この米沢守、沼という沼にはまってウン十年、ここに新たな天地を開拓するとは思いもしませんでした。

 さすがは仮面ライダー。趣味が高じて車と一体化した男、とマニアの間で噂されるだけはあります。お見それいたしました。次はぜひ、私の秘蔵の鉄道コレクションでも見ながら、お昼を共に!」

 

「電車、それも良いかもしれませんね……。ぜひ!」

 

 米沢も進ノ介も負けず劣らず熱を込め、手を取り合いながら次の約束を取り付ける。そんな趣味人の様子に呆れかえりながら角田は静かに煎れたコーヒーに口をつけた。

 

「おいおい、警部どの。これほっといていいのか?」

 

「僕としては、少し騒がしいくらいですから。特に言うことは。しいて言えば、『車と一体化した』という所にはいたく興味が惹かれますねえ。本当でしょうか……?」

 

「……そっか」

 

 こいつも変人だったな、と内心で愚痴りながら、触らぬ神に祟りなしとばかり。一言言い残すと、コーヒーを手に角田は外へ出ていく。

 

 何はともあれ、事件も何も起こらない平和な昼下がり。特命係は今日も仕事は何もなく、一日が過ぎるはずだった。ただ、そんな平穏を切り裂いたのは、一つの小さな音。

 

 PiPiPi

 

 声が一つ少なくなった部屋に、小さな電子音が響く。それは机に置かれた進ノ介の携帯であり、発信者には、『詩島霧子』と示されていた。

 

「あれ、霧子だ。珍しい」

 

 几帳面な彼女が昼休み中とはいえ、電話をかけてくるとは。進ノ介は少し訝し気に思いながら、電話に出る。

 

「もしもし、霧子? ……?」

 

 呼びかけてみるも、応答はなく、少しくぐもったような音が聞こえるのみ。

 

「おや、どうしました?」

 

 右京は顔に困惑の色を張り付けた進ノ介の様子を見ると、椅子から身を乗り出して尋ねてくる。

 

「いや、それが何も聞こえなくて……」

 

 そうして、電話を切ろうとした瞬間だった。

 

『早く金を用意しろ!!』

 

 見知らぬ男の怒声が、電話口の向こうから響いてきたのだ。

 

「なっ!?」

 

 思わぬ事態に進ノ介は顔を強張らせ、電話口に集中する。先ほどの声は相手の携帯よりも少し離れた場所から聞こえてきた。何か声との間に遮蔽物があるような聞こえ方である。

 

『さっさとしろ! ぶっ殺されてえか!?』

 

 大声で怒鳴りつける男の声。尋常ではない事態が起こっているのは、間違いなかった。

 

 

 

 そのころ、南都銀行新宿支店。

 

「お願い、気づいてください……」

 

 霧子は両手を頭の後ろに組み、相手に聞こえないように呟いた。周りには同じような格好で座らせられている十人ほどの人々。杖が必要な老人や、乳離れできていない子供もいる。

 

 そして、

 

「おい、どうしてこうなった……」

 

「私に聞かないでくださいよ!!」

 

 隣には憮然とした顔の伊丹がいた。

 

 午後一時十五分、銀行籠城事件発生。




今回も三パートで終わります。

それでは、次パートも近いうちに投稿いたしますので、どうか、ご意見ご感想お待ちしています!
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