相棒 episode Drive   作:カサノリ

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相も変わらず進ノ介と霧子を無視する伊丹刑事。そんな彼とチームを組まされている霧子は、ある事件に彼と共に巻き込まれることになり……


第三話「伊丹刑事はなぜ怒っているのか II」

 両手を頭の後ろに組みながら、伊丹は頭の痛みをこらえて考えていた。

 

 どうして、こうなった。

 

 目の前には覆面をしてモデルガンと軍用ナイフを持った大柄の男が二人。伊丹と霧子、そして行員を初めとした健康な大人は一所に固められ、男たちの傍には老人と幼児たち。

 

 幸いにも伊丹達が刑事であるということはばれてはいないが、かといって、子ども達の安全を考えると抵抗することもできない。

 

 そして、金を手に入れて逃亡すればよいはずの強盗達は、なぜか籠城を初めていた。

 

 どうして、こうなった。

 

 伊丹は自分へと腹立たしさを抱きながら、この状況に至った経緯を思い返していた。

 

 

 

 相棒 episode Drive

 

 第三話「伊丹刑事はなぜ怒っているのか II」

 

 

 

 話は少し前に遡る。

 

 進ノ介達が呑気に昼休みを楽しんでいたころ、霧子達は数日前に強盗事件が発生した南都銀行へと向かっていた。

 

 原因は捜査一課が今朝がた逮捕した銀野幸三。彼の自宅からは銀行から奪われた現金と貴金属が押収されていたが、被害届に出ていた金品との差異が見つかったからである。果たして、共犯者が存在したのか、逮捕までの数日内にどこかへ隠す、ないし売り飛ばしていたのか。強奪品について、今一度、被害元と確認する必要があったのだ。

 

「なんで俺がこんなことまで……」

 

「まあまあ、先輩。霧子ちゃんもまだまだ新米なんだから、先輩として俺達もいろいろと教えてあげないと!」

 

 その道中の車内で、後部座席に座る伊丹が不機嫌を隠さず愚痴っていた。それに対して芹沢は、無理くりな笑顔を浮かべながら、彼の機嫌を取り戻そうと孤軍奮闘。ちなみに、運転席には芹沢、助手席には霧子という位置である。後方から、濃厚な不機嫌のオーラが前まで漂ってきていた。発生源は言うまでもない。

 

 本来ならば、霧子は一人で銀行へと赴くはずだった。わざわざ三人で出向くほどのことでもなく、その内容も言ってしまえばお使いのようなもの。それでも芹沢が伊丹を無理に連れてきたのは、彼なりにわだかまりを解く機会を作ろうとしてくれたのだと理解している。

 

 ただ、芹沢の目論見は外れ、いや、予想通りというべきか。伊丹が原因で車内は無駄に重苦しい雰囲気となってしまった。芹沢はなんとかその空気を変えようと、色々な話題を振ろうとはしてくれるのだが、伊丹が乗ってこようとしないのだから続くべくもない。

 

 最後には芹沢も疲れたように一言。

 

「……ごめんね」

 

「……もう」

 

 車内環境は最悪である。今はもう懐かしい重加速、通称どんよりを受けたときと心理的圧迫は同じくらい。

 

 そんな環境を作ってしまったと、心底申し訳なさそうに謝る芹沢に、霧子もため息を吐くしかなかった。

 

 芹沢という先輩は雰囲気も明るく、細かいところまで気が回るし、そこそこに度胸も腕もある。同僚としては好ましいところが多いのだが、時々、余計なことをする。具体的には変な気のつかい方をしたり、口を滑らせたり。現在、その悪い癖がいかんなく発揮されてしまっていた。

 

 そんな地獄のような時間に耐えた末、三人を乗せた車は無事に銀行へとたどり着いた。霧子はドアを開けて、外に出ると、淀んだ空気を追い出すように、小さく深呼吸。隣の伊丹も不機嫌に肩をまわして、コリをほぐしている。

 

「それじゃあ、俺は車停めてくるから、霧子ちゃんと先輩は先に行っててください」

 

 そんな二人を銀行前で下ろした芹沢は、少し疲れた顔でそう告げる。運悪く、銀行近くの駐車場は満杯。少し離れた立体駐車場へと車を運ぶ必要があったのだ。

 

 とはいえ、ひとまず気まずいこの場を離れたかったのが本音だろう。二人の返事を待たず、さっさと車で去ってしまう。

 

 後には仏頂面を浮かべる伊丹と、三浦との会話で決意したものの会話の糸口を見いだせない不器用な霧子の二人。数分ほど、二人して自動ドアの前で沈黙を守り、

 

「「はぁ」」

 

 二人同時にため息を吐くと、

 

「……行くか」

 

「……はい」

 

 目を合わせぬまでも一応の会話を成立させながら、銀行へと足を動かしていった。

 

 片や苦手意識があるもの、片や完全にコミュニケーションを拒絶しているもの。二人になったならば、より気まずくなるのは自明の理であった。

 

 そうして、銀行の門をくぐって後、伊丹は起きた出来事を断片的にしか思い出せない。靄がかかった頭の中でちかちかと場面が明滅する。

 

(確か、入って数分くらい待っていたら……)

 

 二人は担当の行員を呼び出して、その間、待合の椅子に座っていた。そこへ覆面をかぶり、体格を隠すジャケット姿という見るからに怪しい風貌の男二人が入ってきたのだ。

 

 とっさに動き、走り寄ったのは、流石に刑事としての本能だろう。

 

 だが、その前に男は、すぐに近くにいた子どもへと銃を向けると、銀行全体へ響く声で、

 

『全員動くな!!』

 

 と叫んだのだった。そして、伊丹が怯んだところを、もう一人の男にしたたかに殴られたのである。

 

 気がついたら、床に転がされていて、周りには手を上げた霧子を初めとした行員と、客の姿があった。

 

「……一体、どうなった?」

 

 頭を手で押さえながら、不機嫌に尋ねてくる伊丹。そんな彼に、霧子は犯人へと気づかれないように小声で状況を説明していく。

 

「銀行強盗です。犯人は二人組で武器は軍用ナイフ。拳銃は、突き付けられた時に確認しましたけど、モデルガンでした。けれど、子ども達が離されてしまっていて、どうすることもできていません。

 あと、犯人の要求は金品ですけど、見てのとおり籠城を始めています……。今、もう一人は金庫を開けに行って、ここにはいません」

 

 霧子が視線で指すとおり、入り口や窓はシャッターが下ろされ、外部から遮断されている現状がある。そして、外からは大きくサイレンの音が聞こえていた。おそらくは警官隊が展開しているのだろう。

 

「まさか、短期間で二回も強盗とはな。この銀行、呪われてるんじゃねえのか。にしても、えらく包囲が早いな……」

 

 伊丹もこの非常事態に霧子を無視することは止めたのか、声を殺しながら返答した。

 

「たぶん、すぐに外にいた芹沢さんが通報して。それと、伊丹さんが殴られたときに、とっさに私の携帯を通話状態にして椅子の下に投げ込みました。監視カメラも停止させていませんし、外にも中の状況は伝わているはずです」

 

 その霧子の行動は、瞬時の判断として上出来だと伊丹も考える。だが、一つ気になることが、

 

「おい、お前、どこにかけた?」

 

「お前じゃなくて、詩島です。どこって……、特命係の泊さんへ」

 

「おま、馬鹿か!」

 

 よりにもよって特命係へと電話するなんて何を考えている。と伊丹は小声で怒鳴りつける。だが、この状況でも意地を張ったような態度を取り続ける伊丹に、さしもの霧子もそろそろ我慢の限界であった。

 

「誰が馬鹿ですか!? それを言ったら勝手に飛び出していった伊丹さんはどうなんです!? いつまでも私も泊さんも無視して! 子どもみたいなことしているから、連携もできなかったんじゃないですか!!」

 

「なんだと、こらぁ!」

 

「なんですか!! そうやって怒鳴って誤魔化せると思ったら大間違いですよ!!」

 

「うっせえな! 俺のやり方に文句あるか!?」

 

「文句ないとでも思ってたんですか!? 嫌味ばっかり言っても何にも解決しません! そっちこそ、文句あるならはっきり言ったらどうですか!! 私と泊さんが嫌いなら、そういえばいいじゃないですか!!」

 

「そうは言ってねえだろが!! こっちにも事情があんだよ!!」

 

「じゃあ、その事情をさっさと言ってください!!!」

 

「いやだね!!!」

 

 だんだんと、普段のストレスが重なってヒートアップしていく二人。小声から声が大きくなっていく様子に、強盗犯は、

 

「う、うるさいぞ! 人質がどうなっても良いのか!?」

 

 子どもと老人の傍でナイフを振り上げた。

 

(くそっ)

 

 その様子に押し黙りながら、二人は内心で舌打ちをする。

 

 作戦失敗だ。

 

 今は二人組の一人がこの場にはいない、この口論であの犯人を近くに呼び寄せることができればよかった。そうすれば二人で制圧し、人質だけでも逃がすことができた。

 

 だが、男はその場を動かない。体格と違って口調から気弱そうな男だということが伝わってくるが、もう一人の犯人の指示には忠実のようだ。

 

「大人しく待つしかないみたいですね」

 

「……だな。……おい、さっきの大体本音だろ」

 

「伊丹さんこそ、そうじゃないんですか?」

 

「ふんっ」

 

 鼻を鳴らしたっきり黙りこくってしまう伊丹に霧子は小さく頭を抱えて。けれど、すぐに切り替えて周囲の情報に目を配らせる。

 

(きっと、外で泊さん達が待っているはず、何か情報を渡せたらいいのだけど……)

 

 

 

「妙ですねえ……」

 

 一方、そのころの外。霧子たちが予想した通り、進ノ介と芹沢が報告したことで瞬時に展開した機動隊と警察車両が銀行を包囲していた。その彼らに混じって、指揮車の中で杉下右京が小さくつぶやく。彼は監視カメラの映像と進ノ介の携帯音声をじっと監視していた。

 

「なんで杉下警部までここにいるんですか……」

 

「なぜと言われると、困りますが……。しいて言うならば彼の付き添いで」

 

 芹沢の呆れたような呟きに、右京は背後の進ノ介を視線で指す。そこには暗い顔をして、腕組み立ち尽くす泊進ノ介の姿。

 

 報告をした後、すぐに現場に向かった進ノ介は通話状態の携帯を提出すると、その場にとどまることが許されていたのだ。そして、その彼は硬く口を噤んでモニターを凝視して微動だにしない。

 

「泊君、大丈夫?」

 

 一目見ただけで切羽詰まっている様子に、芹沢が心配になり声をかけた。

 

「え、ええ。……すみません」

 

 心細げに頭を下げる進ノ介の様子に、芹沢の不安はぬぐえない。なにか声をかけるべきか、そう考えていたときに指揮車の扉を開けて、三浦が入ってきた。

 

「おい! 中の様子はどうなってる!?」

 

「これは、三浦刑事」

 

 右京がそんな三浦に視線を向けて声をかける。その声に三浦は驚いたように目を見開いた。

 

「警部どの! 帰国したとは聞いていましたが、ここにいらっしゃるとは」

 

「色々ありまして。そういえば、昇進おめでとうございます」

 

「こりゃどうも。それで、君が泊だな……」

 

 二人がそうして挨拶を交わすと、次いで、三浦は進ノ介へと目を向けた。そして、足を進めると、どこか所在なさげに立つ進ノ介の肩を叩いて、人好きのする笑顔を向ける。

 

「お父さん、泊警部補には俺もだいぶ世話になった。話には聞いていたが、立派になったな……」

 

 彼が言うように、嬉しそうに目を細めるその顔には進ノ介も見覚えがあった。

 

「ええ、覚えています。父の葬儀にも来てくださいましたよね」

 

「ああ、覚えていてくれたか。きっと、英介さんも息子を誇りに思ってるだろうよ……」

 

「それは、……ありがとうございます。けど、三浦係長、今はそれよりも……」

 

「……ああ、伊丹と詩島達が心配だ。状況は?」

 

 三浦は進ノ介の言葉に頷くと、周りの機動隊員へと声をかける。

 

「間もなく立てこもりから一時間。犯人は二人。覆面をつけ、武器は拳銃状のものと、ナイフを所持。現時刻までに発砲はありません。

 人質は伊丹刑事と詩島刑事を含めて十五名。うち五人が行員で、八人が客。ご覧の通り、乳幼児一人に、小学生が一人、二人が老人。この四人が伊丹刑事らと離されて犯人の近くに」

 

「効果的な人質だな……。救出プランは?」

 

 尋ねると、機動隊の隊長が銀行の見取り図を広げて指で指しながら説明する。

 

「私たちがいるのが、この正面玄関。非常口は計四か所存在しますが、確認したところいずれも施錠され、バリケードもあるようです。窓はシャッターで封鎖。

 ……現段階では突入は難しいですね。それと、中の電話回線は生きていますが、見てのとおり、金庫を開けた後は動きを見せていません」

 

 隊長が言うように、金庫から戻ってきたもう一人を加えた二人の犯人はどこか迷っているように人質の周りをふらふらと歩き、時折思い出したように人質へナイフや拳銃を突き付けて脅すのみ。

 

「最終手段として、強行突入は可能です。裏手の窓を割り、催涙ガスを投下。しかし、相手が拳銃を所持していると思われ、乳幼児がいる現状では犠牲者が出る可能性が高く、推奨できません」

 

 三浦と芹沢はその話を聞きながら、神妙に頷く。彼らには、人質の安全を守り、保護する使命がある。ただ、そうして真面目に考え事をしている面々へと呑気な右京の声が届いた。

 

「妙ですねえ……」

 

 またも聞こえたその声に、進ノ介を含めた三人は右京へと振り返る。

 

「いったい、どうしたんですか警部どの?」

 

 三浦が苛立たし気に注意すると、右京はじっと見ていた監視カメラ映像を指さして、語り始める。

 

「いえ、この二人組の犯行の様子を見ていたのですが……。まず、覆面をして銀行に入ると、近づいてきた伊丹さんを殴りつけています。そうして拳銃を取り出して詩島刑事達を含めた人質を制圧。ここまで数分です」

 

「それが?」

 

「警察が包囲を完了するまで十五分ほど。この手際の良さです。金品を奪うだけでしたら、すぐに行動して逃亡が可能であったはず。しかし……」

 

 右京はモニターを一時停止して、指で犯人の動きを指した。

 

「犯人の一人は子どものそばを離れず。これは分かりますが、もう一人は人質一人一人の顔を確認し、そして、物影を探っています。子ども達が人質となった以上、誰かが隠れていても手出しはできないことは分かっていたはずですが、」

 

 机の下や、物影を一つ一つ探し、そうして、最後は苛立たし気に机を蹴り飛ばしている男の姿。

 

「ただの金品目的なら、こうした行動は必要ありません。この行動を説明できる理由の一つは、いるはずの誰かを探していた。それも、彼らにとって重要な人物を」

 

「そっか! 誰かターゲットがいた!」

 

 そう語る右京の言葉に、芹沢は興奮気味に叫んだ。

 

 犯罪において、所要時間が延びるほど発覚のリスクや目撃者が増える。強盗ならばなおさらだ。現に、こうして警察に包囲される事態を招いている。

 

 しかし、そのリスクを承知の上で、この犯人たちは何者か、あるいは何かを探し回っていた。それだけ無視できない理由がこの銀行にあったのだろう。

 

「で、そいつが居なかったから、探すのに手間取って脱出できなかった、と。おい、今日が非番、もしくは急用で銀行にいない行員はいなかったのか?」

 

 得心が言ったと頷くと三浦はすぐさま捜査員へと問いかける。幸いにも、すでにその一人が答えを持っていた。

 

「融資担当の佐伯大輔氏が外回りに出ていたそうです」

 

「……犯人のことを知っているかもしれないな。呼んでくれ!」

 

「分かりました」

 

 言葉を残し、捜査員は外へと出ていく。「これで有力な手がかりが手に入るかもしれない」と、にわかに喜色ばむ三浦と芹沢も続いて外へ。だが、その後ろで進ノ介は一人、モニターを凝視しつづけており、そんな進ノ介に右京がゆっくりと声をかけた。

 

「泊君」

 

「杉下さん。……すみません」

 

 何も言わないが、その静かな視線に咎められている気がして、進ノ介は頭を下げる。自分でも、冷静になれていないことは理解している。それは、中の霧子の存在もそうなのだが、

 

「あまり、銀行にいい思い出がなくて……」

 

 そう唇をかみながら、つぶやく。頭の中には親しい人を亡くした、痛ましい記憶が思い起こされていた。そして、その様子に右京も理解を示すように一度頷く。

 

「……お父様のことは、ええ、僕も伺っています。ですが、今は冷静に状況を観察してください。詩島刑事は君の相棒だったのですから、君なら彼女の細かいサインも察知できるはずです」

 

「……そうですね。あいつも、この状況で大人しくするだけじゃないでしょうから」

 

 霧子なら、携帯を通して情報を送ってくれたことと言い、何か状況打開のための手を打ってくれるはず。これまでロイミュードやらアルティメットルパンやらの人質となった時も平然と振る舞ってきた。むしろ、ただ大人しくしていることこそ想像できない。

 

「だとしたら、君はこのまま中の様子に目を配ってください。僕は強行突入以外で解決する方法を探します」

 

「杉下さんが?」

 

「ええ、昔取った杵柄、とでも言いますか。いろいろと経験はありますから」

 

 そうして右京は微笑むと、銀行の見取り図へと真剣に目を走らせ始めた。

 

 

 

 三浦と芹沢は外で、銀行を留守にしていた佐伯氏と会っていた。少し太り気味だが、温和そうなスーツ姿の男は、犯行時の映像を見せると、なにやら心当たりがあるように頷き、二人へと口を開く。

 

「もしかしたら、ですが。しばらく前に担当したお客様に体格が似ています。あいにくと、融資をお断りして。その時に随分と怒ってらしたので気になっていたのですが……」

 

「ちなみに名前は?」

 

「確か、望月雄一と祐二兄弟。ロボット機械部品の下請け工場を経営していたのですが、最近の業績が思わしくなかったんです。ただ、ウチの銀行も資金繰りに余裕がなく、ご期待には沿えなかったんですよ」

 

 その言葉に、二人は顔を見合わせる。

 

「例の事件以降、機械工業への不信感は高まっていたからな。これもその煽りか……」

 

「その望月兄弟が犯人なら、動機は工場の再建資金と、それを邪魔した佐伯さんへの復讐」

 

「そうだとしても、中に刑事がいるわ、肝心の復讐相手が不在だわ、まごついている間に包囲されるわ……。随分と運が悪い犯人だなぁ」

 

 三浦はそう言うと大きくため息を吐く。ただ、犯人の素性がわかったところで、外へと出して人質を救わなければ意味がない。

 

 同僚が二人も閉じ込められた銀行を見上げ、

 

「先輩と霧子ちゃんも、犯人が一人で、拳銃もなければ訳なく逮捕できそうですけどね」

 

 芹沢が残念そうに言う。それは三浦も同意するところだった。彼らなら、武装強盗の一人くらい、難なく捕まえられるだろう。

 

「だな。ただ犯人にしても、いつまでもこのままってわけにはいかない。どっかで逃亡を図ろうとしてくる。その時が勝負だが……。人質に子ども達が居るのが心配だな」

 

 人質として前面に出されると危険であるし、そのまま連れ去られたら、今度は誘拐へと進展してしまう。だが、このまま硬直しても、高齢者を含めた人質の体力が心配だ。いずれにせよ、近いうちに起こる状況の変化へと、できうる限り準備をする必要があった。

 

「芹沢さん、三浦係長!」

 

 そんな二人へ指揮車から出てきた進ノ介が声をかける。

 

「ちょっと気になることがあって、これを見てくれませんか?」

 

「監視カメラの映像だな、それがどうした?」

 

 三浦が尋ねると、進ノ介はタブレットを操作して、監視カメラの映像の一部を見せる。

 

「ここ、霧、いえ、詩島巡査が拳銃を突き付けられた場面ですけど、あいつ、最初と反応が変わっているんです」

 

 一度目は怯まないまでも、警戒して銃口を凝視している。だが、その後は凶器が向けられている状態にもかかわらず、ナイフを向けられた時よりも警戒心が解けている様子が見て取れた。

 

「たぶん、この拳銃、モデルガンか何かで殺傷性がないんじゃないでしょうか。実際に、事件発生時から一度も発砲はされていないですし、可能性は高いと思います」

 

「なるほどな……。そいつは突入の時には有用な情報だが、確証がないとうまく動けないのがなあ……」

 

 あくまでジェスチャーでの情報だ。それだけを信用して突入して、実弾でした、では大問題である。

 

「それと、もう一つだけ」

 

「泊君、それ、杉下警部みたいだね」

 

 芹沢が進ノ介の言葉にそう反応する。進ノ介も、口癖が写ってきたかな、と少し顔をしかめるが、気を取り直して話を続けた。

 

「詩島巡査は人質の子ども達に何度も視線を向けているんですけど、その時に、ほら、こうやって上を向いている場面が何回もあるんです」

 

「ほんと? あ、ほんとだ……」

 

 芹沢も映像をよく見ると、確かに、犯人や子ども達を見るにしては露骨に視線が高すぎるように感じられた。何かあるのではないか、

 

「おそらくは、これが理由だと思いますよ」

 

 その場面に、穏やかに顔を出してきたのは右京である。彼は三人のぎょっとした反応を気にも留めず、手に持っていた地図を広げる。

 

「理由ってのはなんですか?」

 

「彼女は突破口を教えてくれていたようです。詩島刑事の視線の先に何があるのか、見取り図と見比べてみたところ、これが」

 

 指さした先、地図には細い道のような構造が書きこまれている。それは、

 

「空調用のダクト、ですね」

 

「確認してみたところ、整備用に人一人は入れるスペースがあるようです。侵入もビルの二階から可能ですから、犯人たちに気づかれずに行動を起こせるかもしれません」

 

「この位置なら、子どもの人質を監視している奴には不意打ちができるな。だけど、残ったもう一人が行員でも人質にしたら、事態は悪化しませんかね?」

 

 右京の案は確かに犯人逮捕の糸口となるものだった。だが、ダクトから侵入できるのは一人のみ。犯人が二人の状況へ単身送り込むなんてリスクの高いことは許容しかねる。そう、三浦が冷静に指摘する。

 

「ええ、ですが保険にはなるでしょう。それに、もう一人についても、一つ、案があります」

 

 右京はそう言って、自身の考えを三人へと耳打ちするのだった。

 

「そいつは……、仮に伊丹だったら嫌な顔するでしょうな。ですが、杉下警部。そううまく事態が回りますか?」

 

「映像と音声に基づくと、二人のうち、子ども達を見張る係は主体的に動かず、もっぱら判断をもう片方に依存しているようです。兄弟だとすると、弟でしょうか。

 一方、兄の方はどうも気が短く、この硬直した現状に長くとどまれるような様子ではありません。相手も打開の方策を考えている現状、僕の予想通りの行動に移る可能性は高いかと。

 確かに、希望的観測に多く依存しているのは承知していますが、成功したならば、誰一人傷つけることなく事件を解決できます。試してみる価値は、十分にあるように思いますよ」

 

 そう言う右京に三浦は悩まし気に考え込む。もちろん、機動隊とも話し合わなければいけないが、この現場で係長である三浦の発言は大きい。実行時の成果とリスクを考え、判断しなければいけなかった。

 

 だが、そんな迷いを切り裂くように、進ノ介が言葉を告げる。

 

「大丈夫です。きっと、杉下さんが言っていた通りになるって、俺は思います」

 

 何か希望を見つけたような、自信にあふれた言葉だった。

 

「……根拠があるのか?」

 

「ええ、だって……」

 

 進ノ介のその言葉を聞いて、三浦は少し呆れたように笑うと、頷き、

 

「……やっぱり、君はあの人の息子だな」

 

 昔を懐かしむように、進ノ介に言うのだった。

 

 

 

 そのころ、銀行内。果たして、佐伯氏の証言は正しかった。銀行の中、覆面をかぶり手にナイフを握った男達は望月雄一と祐二兄弟。動機も予想通り、操業資金の調達と復讐。そして、主犯である兄もまた、伊丹と同様に内心でこう思っていた。

 

(どうしてこうなった!)

 

 元々の計画では、融資を断った銀行を襲って面子を潰すと共に工場の資金を強奪。そして、コケにされた融資担当の男を適度に痛めつけられればそれでよかったのである。

 

 実際、犯行は上手くいっていた。銀行への突入もイメージトレーニングと計画通りに遂行でき、手際よく人質を確保。現金も取り出すことに成功している。あとは佐伯を襲って逃げればよかったはずだった。

 

 こんな日に限って外出中とは!

 

 彼にとって、たまたま佐伯が外回りに出ているなど予想外の出来事。結局、もたもたしたため、注目を集め、籠城するしかなくなったのである。控えめに言っても厄日であった。

 

(じゃあ、どうする?)

 

 望月兄は考える。水も食料もない。このままでは体力が尽きるだけ。弟はあまり考えが回る方ではない。打開策は自分が考えるしかないのだが、それもこの現状では冷静にまとまるものもまとまらない。

 

 そんな彼でも考え着く方法は、

 

(人質を取って、強行突破。その前に、前の警察官たちをどかさないと)

 

 なんにせよ、一度、警察官の前に姿を現さないといけない。車でも何でも、逃亡手段を用意させなくては。

 

 望月兄は店内を見回す。人質につかえそうなのは誰か。

 

 そんな、雰囲気が変わった剣呑な様子に、伊丹と霧子がすぐに気づく。犯人の視線がゆっくりと自分たちを見渡し、行員、老人、そして、子どもへと視線が動き、

 

「おい、お前を人質にする。来い!」

 

 小さな男の子へと、ナイフが向けられる。その子の顔が恐怖に歪み、霧子たちの近くにいた母親が小さく悲鳴をあげた。そして、

 

「待ちなさい!!」

 

 迷わずに、霧子の足は動いていた。誰かが制止する間もなく、顔に決心を込めて、子ども達の前に滑り込む。そして、手を広げてナイフの切っ先から彼らをかばうように立っていた。

 

 望月兄はその様子に顔を歪ませると、脅すように霧子の前でナイフを軽く振ると、首元へと近づけていく。

 

「誰だか知らねえが、いい度胸だな。退け!」

 

「退きません!!」

 

 意志が込められた顔に、望月兄はわずかに怯むが、自分たちも人生がかかった場面だ。なりふり構ってはいられない。

 

「あ、兄貴、流石に子どもは可哀想だよ……」

 

「てめえは黙ってろ!! おい、二度とは言わねえぞ、どけ」

 

「……何度言われても変わりません。それはできません!」

 

 微動だにしないその様子に、 

 

「じゃあ、仕方ねえな……」

 

 手に持ったナイフに力が籠められ、目に剣呑な光が走り、霧子も目を犯人へと向けたまま、一つの覚悟を決める。汗が二人の額を伝い、最後の瞬間が訪れようとして、

 

「おい……」

 

 伊丹の重い声が静かに響いたのはその時だった。

 

「あぁ?」

 

 望月兄は霧子へと警戒を続けたまま、視線だけを伊丹へと向ける。見るからに苛立った、危険な目線だった。それをしたたかに受け止めて、伊丹は、

 

「女、子どもを人質にするなんて、みっともねえ連中だな」

 

 鼻を鳴らしながら、挑発するようにそう言う。にわかにいら立ちを増した犯人を前にして、伊丹は立ち上がり、

 

「人質なら、俺にしろ。俺は刑事だ」

 

 そう堂々と宣言するのだった。




それでは、次回が第三話の最終パート。

少しは伊丹刑事のめんどくささや、それでもにじみ出るかっこよさが表現できていると幸いです。

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