相棒 episode Drive   作:カサノリ

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強盗二人組の籠城に巻き込まれた伊丹と霧子。

膠着状態が続く中、事態が不意に展開し……


第三話「伊丹刑事はなぜ怒っているのか III」

 誰にだって忘れられない思い出というものがある。特に、初めての時というのは猶更そうだろう。ひねくれ捩れた大木のような伊丹の顔が、今よりも少し皺が少なかったころ。生涯の天敵と組まされるよりもちょっと前。

 

 憧れた刑事がいた。少々単独行動を窘められるところはあったが、事件解決への熱意、洞察力に行動力。捜査一課の刑事たるもの、かくあるべし。そのように謳われ、多くの仲間たちに慕われた伝説の刑事。

 

 そんな彼と、捜査一課に配属されたての新人だったとき、一言だけ話せたことがある。

 

『お前の肩に市民の安全が乗っていることを忘れるなよ、新人』

 

 係も違う中、会った機会は数えるほどしかない。だが、少し年上の先輩が与えた、強く熱い手の感触は彼が亡くなった後も忘れることはなかった。そして、時が流れた先、

 

『ここは俺達に任せてください!』

 

 そう言い、仲間たちをかばうように前に立った赤い背中に、重なるものがあったのを、伊丹は鮮明に覚えている。

 

 

 

 相棒 episode Drive

 

 第三話「伊丹刑事はなぜ怒っているのか III」

 

 

 

「刑事、だと?」

 

 望月は伊丹の発言を反芻すると、警戒するようにナイフを突きつける。だが、伊丹はひるむことなく、

 

「警視庁捜査一課七係、伊丹巡査部長だ。疑うならこいつを見やがれ」

 

 そう名乗ると、ゆっくりと後ろ手に組んでいた手をほどき、胸ポケットの警察手帳を犯人たちの足元へと放り出す。

 

「兄貴、ほんとだ、本物の警察手帳だよ!!」

 

「興奮してんじゃねえよ、馬鹿ぁ!! おい、ってことはこの連れの女も刑事なのか?」

 

 その疑問と警戒は当然のものだっただろう。望月兄はナイフを再び霧子へと向ける。ついでとばかりに弟を子どもと共に少し離して。だが、伊丹は苦笑を浮かべて言う。

 

「……こんないちいち文句だけは煩い女がデカなわけねえだろ。こいつはただの事務員だ」

 

 その発言に霧子は内心で抗議の声を上げるが、目線で、話を合わせろと告げる伊丹に従って、しぶしぶ頷いてみせる。

 

 そんな様子と、犯人自身、見た目は華奢な美人の霧子が典型的な警官とは結びつかなかったのだろうか。伊丹の言い分に納得したようだ。すぐに視線を伊丹へと戻すと、脅すように質問をしだした。

 

「で、お前。お前が人質になるって言ってたよな? わざわざ刑事を人質にする意味、俺らにあんのか?」

 

 伊丹はその頭の悪そうな言葉ににやりと笑みをこぼす。

 

「むしろ、俺以外を人質にしたら無事には済まねえぞ? 

 デカって奴はな、仲間同士で守り合うってのが掟だ。俺を人質にしてる限り、奴らは手を出してこねえ。馬鹿な犯人は女子供を人質にしたがるがな、勝手にビビッて歩けなくなって、そりゃ面倒なもんだ。それで捕まる犯人を何人も見てきた。

 それになぁ、女、子どもを人質にしたときは、警察も体面がある。地の底までてめえらを追いかけることになるぞ」

 

 精一杯に恰好をつけ、理屈が通るように考えた言葉を、自信満々に言う伊丹。だが、犯人二人は顔を見合わせると、

 

「あー、で、だ。つまりどういうことなんだよ!?」

 

 馬鹿みたいにとぼけた声を上げる察しの悪い犯人に、伊丹の方が血が上って、叫ぶ。

 

「だから! 俺を人質にするのが一番いい方法だって言ってんだよ! 分かれよ!!」

 

 そんな押し問答のようなやり取りが続いた末……。

 

 

 

 外で犯人たちを待ち構える警官隊が、その姿を見たのは、それから五分ほど後のことであった。

 

 下ろされていたシャッターが開き、二人の男がそこからゆっくりと歩いてくる。

 

「……まずは電話連絡をしてくると思いましたが、思っていた以上に性急な犯人のようですね。三浦さん、始めましょうか」

 

 監視カメラの映像を通して中の状況を伺っていた右京がつぶやき、三浦がしっかりと頷く。彼らの目の前には首元にナイフを突きつけられた伊丹と、覆面で顔を隠した犯人がいた。

 

 出てきた犯人こと、望月兄もまた、居並ぶ警官隊に威圧されながら、ナイフを持つ手に力を込める。ここで失敗すれば工場はつぶれるばかりか、刑務所行きだ。

 

(中じゃ、あいつが子どもを人質にしている。連中が俺に手だしするわけねえ)

 

 虚勢を張り、声を張り上げる。

 

「俺達をここから逃がさねえと! こいつを殺すぞ!!」

 

 だが、予想に反して、警官達は少しだけ身をよじらせるだけで反応をしない。その姿に動揺し、顔を青くした時だった、

 

 PiPiPiPi……

 

 伊丹の懐から携帯が鳴り始めた。最初は怪訝な顔をした二人だが、まずは無視することにして、

 

 PiPiPiPi……。

 

 いつまで経っても鳴りやまない音にしびれを切らしたのは、犯人のほう。

 

「おい、止めろよ」

 

「この格好じゃ無理に決まってんだろ……」

 

「うるせえんだよ、この音!」

 

「俺が知るか!! ……たぶん、仲間からだ。出ても良いか?」

 

 伊丹がそう告げると、しぶしぶ、望月兄は頷く。ゆっくりと、伊丹は懐から携帯をとりだすと、それを開き、耳に当てる。果たして、それは予想してはいたが、聞きたくはなかった声であった。

 

『杉下です』

 

 のんびりとしたその声に、伊丹は顔をしかめる。まったく、あの警部は人のピンチを何だと思っているのか。

 

「こんな時に何なんですか、警部どの……」

 

 そう咎める声にも右京は冷静に言葉を続ける。

 

『伊丹さん、この電話を隣の彼に。あとは、……わかりますね?』

 

「おい、あんたまさか……」

 

 そう端的に告げた右京に、伊丹はそれはそれは嫌な顔をした。この状況に杉下右京。何をしようとしているのか、察しがついた上に、それをやることは非常にためらわられたからだ。

 

 だが、右京はそんな様子を察したのか、声は小さく、されど強く言葉をかける。

 

『後ろは泊君が制圧します。そのためにも、早く!』

 

 そんなに待ち時間はない、と告げる右京に、苦虫をかみつぶしながら伊丹は自らの首にナイフを突きつける望月へと携帯をゆっくりと渡した。

 

「おい、お前に電話だとよ……」

 

「電話だと?」

 

 望月兄は突然の電話に虚を突かれたのか、しばし呆然とするが、伊丹は携帯を振りながら、すぐに出るように促す。

 

「交渉人だ。ここから逃げ出したいなら、さっさと出ろ」

 

 そして、ぶっきらぼうに携帯を押し付けると、望月兄はしぶしぶと、その電話を耳に当て、

 

「もしも、」

 

 応答しようとした瞬間だった、

 

『♪――!! ♪♪――!! ――!!! ―――!!!!』

 

「!?!?」

 

 ベートーベン、交響曲第九番。耳元で爆発した大音量の第九に鼓膜が破れんばかりに圧迫され、完全に意識を伊丹から外す。その瞬間だった、

 

「くそぉ!!」

 

 伊丹は罵声と共に望月の足を砕かんばかりに踏みしめる。

 

 首元に凶器を突き付けられた時、唯一、気づかれずに狙える死角。つま先への全体重をかけた一撃だった。そうなると彼にはどうしようもない。激痛にもだえる望月からナイフを奪うと、その手をねじり上げ、体重をかけて制圧する。

 

「いててて!!?」

 

「黙ってろ!! くそっ、あの馬鹿の真似事をさせられるとはな! 確保!! 確保ぉー!!!」

 

 警官隊へと叫ぶ伊丹。一方、その一瞬の様子を後ろで見ていた望月弟は、

 

「あ、兄貴!?」

 

 兄が地べたへと這いつくばる様子に脳の処理が追いつかず、悪手を打つ。他の人質から意識を外した。そして、その瞬間を逃がさない者がいた。

 

「うぉおおお!!」

 

 ダクトを蹴り外し、天井から落下してきたのは、泊進ノ介だった。落下の勢いそのままに、望月弟へと膝蹴りを振り下ろす。

 

 鈍い打撃音と共に、強烈な一撃を側頭部に受けた哀れな犯人は、ナイフを取り落としながら床へと倒れこんだ。体格がいい男とはいえ、勢いが加わった成人男性の体重はそれは効いたのだろう。

 

 着地するとともに、犯人を後ろ手に押さえると、進ノ介は油断せず、近くに転がっていたナイフを遠くへと蹴り、滑らせる。そうして、ようやく安全を確認すると、後ろ手に手錠をかけたのだった。それは丁度、警官隊がその様子を見て、内部へと突入した時だった。

 

「子ども達をお願いします!」

 

「ああ、分かった!」

 

 銀行内いっぱいになる警官隊。

 

 彼らにまだ目を白黒させてる人質たちを任せると、一息をつく。そんな喧騒の中を目で探し回り、ようやく進ノ介は室内を見渡し、霧子の姿を発見した。疲れてはいそうだが、見たところ怪我もなく、健康そのものの様子に安堵する。

 

「泊さん!」

 

「霧子!! 大丈夫か?」

 

「え、ええ。こちらは無事ですけど……」

 

「うん?」

 

「ふふっ、いえ、体中埃まみれですから」

 

 霧子が微笑みながら、進ノ介の姿を見渡す。言われてみると、確かにダクトを通ってきたため、スーツは汚れ放題、髪の毛は白髪のように埃まみれとなってしまっている。仮面ライダーの凛々しい姿とは似ても似つかない有様だった。

 

「あー、もう、格好付かないな……」

 

 進ノ介はそうやって苦笑いを返すが、霧子は特に気にした様子もなく、それらを掃うのを手伝ってくれる

 

「……ありがとうございます。私のサイン、気づいてくれたんですね」

 

「そりゃ、霧子は俺のバディだからな。これくらい当たり前だって。それに、そうだな、正直気が気じゃなかったんだ。親父のことがあったから、今度こそ失いたくないって。そう思ったら……」

 

 言葉を選びながらも照れ臭そうに、安心したように告げられる言葉に霧子も少し頬を赤くして、

 

「まったく、これくらいロイミュード事件と比べれば何ともないですよ!」

 

 そんな風に照れ隠しをしながら、言うのだった。

 

 

  

 事件は無事に解決した。犯人二人組はすぐに連行され、行員や客にもけが人はいなかった。一部、気分を悪くした人はいたが、大丈夫そうではある。

 

 そうして事後処理に勤しむ警官達の中を、進ノ介は埃をほどほどに落とした体で歩いていた。一応、怪我がないかを確認するということで、救急車へと向かっていたのである。しかし、そこには先客がいた。

 

「あ、」

 

「……けっ」

 

 伊丹刑事だった。犯人に殴られて腫れた頭を冷やしながら、仏頂面で椅子に腰かけている。

 

 二人は、一瞬だけ顔を合わせ、しかし、すぐに、それを反対方向へと外す。相も変わらず、伊丹は進ノ介と目を向けようとしなかった。一方で進ノ介にとっては、そんな態度を取られることに心当たりがないうえ、今回の事件では霧子をかばってくれた相手である。そんな複雑な相手と二人きりになって、気まずさを感じないわけがない。

 

 しばしの間、そんな二人の刑事の間に沈黙が立ち込め、そして、

 

「おい」

 

 口火を切ったのは意外なことに伊丹のほうであった。ぶっきらぼうな口調に少しだけ警戒しながら、進ノ介も答える。

 

「……なんですか?」

 

 伊丹は進ノ介の埃まみれのスーツを見て、

 

「どうしてあのダクトで待ってやがった。どうせ、あの警部どのの入れ知恵だろうが、あの野郎が俺じゃなくて子どもでも人質にしていたら、どうしようもなかっただろ」

 

 運よく伊丹が人質となったので、兄を制圧でき、後ろの弟だけを進ノ介は相手することができたのだ。これで兄が他の民間人を人質にしていたら、進ノ介も身動きが取れず、事態はより悪くなっていただろう。

 

 その言葉に、進ノ介は頭をかき、静かに説明を始める。

 

「……何処かのタイミングで、人質を前に出して交渉してくることは分かってました。きっと、二人組なら、リーダー格が矢面に立って、後ろで控えが人質を確保しておく。電話交渉もなしに出てくるとは思っていませんでしたけど、そのタイミングなら二人を離して逮捕できる、そう考えました」

 

 そういえば、こいつは仮面ライダーの上に、その前は特殊班だったな、と伊丹は泊進ノ介の経歴を思い返す。人質救出作戦や肉体労働はお手の物だろう。

 

「ふんっ。で、どうして俺が人質になると思った」

 

 だが、そうして犯人たちが予想通りの行動をしたとして、その人質に伊丹が選ばれる確率がどれだけあるのか。伊丹には、進ノ介が確信をもって行動したようにしか思えなかった。そして、進ノ介から静かに返ってきたのは、予想外の答え。

 

「……伊丹さんは刑事ですから」

 

「なんだと?」

 

「警察官なら、市民を人質にするくらいなら自分が名乗り出る。そう思ったんです。……伊丹刑事のこと、俺は全然知りませんし、正直、良い印象もあまり無いですけど。……でも、あなたは真っ当な刑事に思えました。

 芹沢さんも、三浦係長も、ついでに杉下さんも、伊丹刑事なら自分から人質になるって言ってましたし。だから俺も、伊丹刑事のこと信じてみようと思ったんです」

 

 何の衒いもない、素直な言葉だった。警察官ならそうするだろうと、信じて疑わない言葉。

 

 それを聞くと、伊丹は黙り、その後、不機嫌そうに頭をかいた。そうして大きく息を吐くと、救急車に背を持たれかけ、妙にすっきりした顔で言う。

 

「刑事なら……ねえ。それで当てが外れて、詩島の奴が人質になったらどうするつもりだったんだか……」

 

「霧子なら、伊丹さんよりも簡単に犯人確保してますよ。間違いなく。あいつ、俺よりも強いんですから、あれで」

 

 足を踏みつけるだけじゃなく、きっと、骨まで砕くに違いない。そう言う進ノ介の言葉を伊丹は鼻で笑う。今朝の逮捕劇と言い、先ほどの啖呵といい、その様が容易に想像できた。

 

「……確かに、ありゃおっかねえ女だな。仮面ライダーの相棒は、伊達じゃねえってことか……」

 

 そう言うと、伊丹は立ち上がる。結局は一度も進ノ介と目を合わせることなく、くるりと背を向け、ひらひらと後ろ手に手を振って歩いていった。ただ、

 

「どこにいても刑事は刑事、か……」

 

 最後にそんな言葉が風に乗って、小さく聞こえてきた気がする。

 

 

 

 そのころ、霧子は聴取を簡単にすまして、一課の仲間たちの元へと戻っていた。

 

「もー、霧子ちゃんも心配かけさせないでよ! 監視カメラみてて血の気引いたんだから、俺も三浦さんも!」

 

 自分よりも疲れた様子で話す芹沢に霧子は少しだけ苦笑して謝る。

 

「すみませんでした。けれど、心配してくれて嬉しいです」

 

「まあ、俺は、むしろ先輩のほうが何か無茶しそうで心配していたけどね、実は。って痛っ!?」

 

「だーれが心配だ、誰が」

 

 調子に乗ってまたも余計な言葉を告げた芹沢の後頭部を叩いたのは、噂をしていた伊丹である。

 

「先輩!?」

 

「芹沢、あとで覚えておけよ」

 

「そんなー……」

 

 情けなくため息を吐く芹沢に鼻を鳴らす伊丹は、次に霧子へと視線を向ける。それが、初めて真っ直ぐ互いを見る時となった。少し気まずい様子に、じっと空気が落ち着くのを待ち。伊丹が口を開く。

 

「ふんっ、怪我はねえみたいだな」

 

「え、ええ。おかげさまで……」

 

 何処かぎこちなく。けれど、会話として成立している言葉が紡がれる。だが、不思議と前よりも素直に言葉が出ていていた。それは、霧子も、おそらくは伊丹も。

 

「あの、伊丹さん。ありがとうございました。その、庇ってくれて」

 

「はっ! 別に庇ったわけじゃねえよ、お前に手柄を取られたくなかっただけだ」

 

 頭をかきながらぶっきらぼうに言う言葉に、霧子は呆れたように返事する。

 

「じゃあ、そういうことにしておきます。……前から思ってましたけど、伊丹さんって素直じゃないですね。それに、嘘も下手です」

 

「なんだとぉ?」

 

「本当のことじゃないですか! それと……、今回は貸しになりましたけど、私はこれでも刑事です。今度は私が借りを返しますから、そのつもりで! あと、今度また無視したりしたら、許しませんからね!!」

 

 そんな自信満々な顔を向けられ、伊丹は呆けたような顔で、まじまじと霧子を見る。そして、

 

「そりゃ、いつになるやら、だな。ま、楽しみにしといてやるよ」

 

「そういうところですよ、伊丹さん」

 

 霧子の顔に珍しく笑顔がこぼれた。

 

 芹沢は、そんな二人の様子を見て、特に伊丹の変貌ぶりを見て。

 

「あー! 先輩、ま、さ、か……」

 

「なんだよ?」

 

「いえいえ。なんでもないですよー。あ、そうだ! 霧子ちゃん、事件も解決したことだし、せっかくだからこの後食事でもどう? 先輩と三浦さんも入れて」

 

「すみません! 実はこの後、先約が……」

 

「おお! もしかして、泊君と?」

 

「え、ええ。そうですけど」

 

 申し訳なさそうに謝る霧子に調子よさそうに芹沢は、「だったら、気にしないで」なんて明るく声をかける。そして、伊丹の肩を気安く叩きながら言うのである。 

 

「先輩♪ ドンマイってアイタっ!!?」

 

 だが、最後まで言葉は続かなかった。今日一番の力を込めて、芹沢を思いっきり叩くと、

 

「芹沢ぁ! てめえどういうつもりだ!?」

 

 どこか顔を赤くしながら芹沢の胸倉を伊丹は掴んで凄んでみせる。

 

「あの、何のことですか?」

 

「あー、霧子ちゃん、実は先輩の好きなタイプってね、アイタ!?」

 

「余計なこと言うんじゃねえよ!! お前も下らねえことに興味持つな、詩島!!」

 

「ちょっと! 私が何に興味をもっても関係ないじゃないですか!! 芹沢さん、あとで詳しく教えてください!」

 

 相も変わらず文句ばかりを互いに言い合う三人。だが、銀行の来た時のような重苦しい空気は、もうそこにはなかった。そして、そんな彼らを見ている人影が一組。

 

「雨降って地固まる、ですかね?」

 

「あいつにそんな綺麗な言葉は似あいませんが……。そんな所でしょうかねえ」

 

 少し離れた場所から、ぎゃーぎゃーと賑やかに言いあう三人の様子を微笑まし気に眺めて。右京と三浦はゆっくりとした調子でそう言う。

 

「ところで、最近の伊丹刑事がずいぶんと気が立っていたのは、なにが原因だったのでしょう?」

 

 三浦はその言葉に目を見開くと、そんなことを聞くとは、と言い。

 

「警部どのが人の機嫌を気にするなんて、珍しいこともあるもんですね」

 

「その言い方はいささか心外ですが。少し、気にはなっていましたので」

 

 これだからこの人は。

 

 久しぶりに再会した奇妙な警部の言葉に三浦は呆れたように笑う。そして、

 

「そうですねえ。ま、……あいつも色々あるんですよ。例えば、楽しみにしていた後輩がどっかの誰かさんに取られてしまったりとか」

 

「おやおや、それは災難でしたね」

 

「ははっ、伊丹にとっては悪夢ですよ。おかげで代わりに入ってきた奴にも八つ当たりしやがって。いや、ありゃ照れてたのもあるのかな。まったく、原因の誰かさんには責任を取ってもらわないと困ります」

 

 三浦は右京に視線を送りながら朗らかに言う。そして、右京はその誰かに覚えがあるのか、ないのか。子供のような笑顔を浮かべると、くるりと背を向けて帰っていくのだった。

 

 

 

 事件解決から数日後、特命係の薄暗い角部屋に珍しい客が現れた。伊丹を先頭に、後ろで怪訝な顔をする霧子と、面白そうな顔の芹沢。昼時にいきなり現れた捜査一課三人組だが、前と比べてぎすぎすした雰囲気が打ち解けているようで。

 

 中でも、入った途端に、伊丹は進ノ介に向かって、

 

「特命係のかーめーんらいだー」

 

 と妙に間延びした珍妙な呼び方をしてきたのだ。

 

「……えっと、それって俺ですか?」

 

 進ノ介がその、あんまりにもあんまりな呼び方に疑問で返すと、

 

「お前以外に誰がいるんだ、誰が」

 

 と不機嫌そうに伊丹が言う。その態度に進ノ介は驚いた。何せ、伊丹が面と向かって話しかけてきたのだから。

 

 毎度毎度、無視されていたのと比べると格段の進歩である。ただ、どうしてこうも嫌われているのだろうか。と、そんな疑問は残るが。

 

 だが、そんな進ノ介の形容しがたい表情を無視すると、伊丹は不機嫌な顔のまま、右手に提げていた包みを差し出す。風呂敷の中にはサッカーボールくらいは入りそうな木箱が入っていて、それをどかり、と進ノ介の机に置くと、

 

「俺は捜査一課の伊丹だ……。言っとくがな、泊。お前が特命係にいる限り、俺はお前を認めねえからな!」

 

 等と一方的に告げるのだった。そして、にやりと一笑いすると、返答も待たずに部屋を出ていってしまう。どこか意地を張った子供のような歩き方で。

 

 嵐のようなその行動に進ノ介と霧子は呆然として、

 

「なんだったんですかね、あれ? 今更、自己紹介したりして。それに、これも」

 

「さあ?」

 

 二人で顔を見合わせて首をかしげる。

 

 一方、長くチームを組んできた芹沢といえば、何やらよかった、よかったとつぶやくと、

 

「ちょっと変だけど、あれが先輩だから、慣れて、な?」

 

 そう、進ノ介の肩を叩きながら、楽しそうに言うのだった。

 

「変わった人間というのは意外と多く居るものですからねえ」

 

「杉下さんがそれを言いますか。……でも、仕方ないかもしれませんね」

 

 進ノ介は状況は分からないが、苦笑いを浮かべた。かつての特状課だって変人と奇人の巣窟だった。今の特命係は言うに及ばず。なら、捜査一課にも偏屈者の一人や二人はいるのだろう。

 

 そんな風に話していると、ネタにされていることを察したのか、伊丹は遠くから、

 

「なにぼさっとしてやがる! 詩島! 芹沢! さっさと行くぞ!!」

 

 と、組対に迷惑極まりない大声で呼びかけるものだから、本格的に笑うしかない。

 

「ありゃりゃ、またへそ曲げる前に行かないと。じゃあ、杉下警部、泊君、俺も失礼します。ほら、霧子ちゃん、行こう」

 

 芹沢は苦笑いを隠さないまま、走り去っていく。そして、霧子も進ノ介達に頭を下げると、その後を追いかけようとして。ただ、その前に進ノ介は聞くことがあった。

 

「霧子、そっちもやっていけそうか?」

 

 進ノ介は笑顔で霧子に問うと、霧子は息を吐いて、

 

「……今はあの人たちが私のチームですから」

 

 晴れやかな顔で告げると、伊丹達の元へと駆けていった。

 

 そんな様子を微笑ましく眺めていた右京だが、すぐに興味の矛先は伊丹の贈り物へと向かったようで。興味津々とばかりに箱をじろじろと見始める。

 

「さて、伊丹さんは何を贈ってきたのやら。泊君、開けてみてください」

 

「はいはい、えっと、ここが蓋か」

 

 言われてしぶしぶと木箱を開けると、そこには丸々と太った、立派なメロンが鎮座していた。

 

「メロンだ。……なんで。いま、秋ですよ」

 

 『高級メロン 二時間ほど冷やしてお食べください』と添えられた紙には書いてある。そして、手書きの殴り書きで、『これでこの間の借りはチャラだ!』と。

 

 銀行事件で手助けした礼ということだろうか? 疑問を深くする進ノ介を放置して、右京はまじまじとメロンを凝視すると、少し笑いながら呟く。

 

「そうですか、またメロンでしたか」

 

「また? え、前にもこんなのもらったんですか?」

 

 一度ならず二度までも奇行を繰り返すとは、伊丹と特命係にはどんな縁があったのか。しみじみと言う様子に、そう問いかける進ノ介。すると、

 

「昔、いろいろありまして」

 

 と、右京は微笑み、紅茶を一口啜るのだった。




これにて第三話が完結、そして、前半戦の起が終了。ここまで進めることができましたのは、皆さまの応援のおかげです。どうも、ありがとうございます!

一から三話は相棒世界と進ノ介、霧子を馴染ませるために、あえてドライブ世界の人物や設定は出しておりませんでしたが、にもかかわらず、多くの応援をいただけて嬉しく思います。

第三話のテーマは「刑事の仕事」としています。いざというときにその身を顧みずに市民の安全を守るために行動できる。そんな伊丹を含めた警察官の姿を描いてみました。

隠しモチーフはPre Season第1話。コメントでご指摘がありましたが、イタミンに亀と同じ行動をとらせたいという思いが強く、このような展開となりました。

そして、伊丹が特状課組を無視していた理由ですが、
「特状課から刑事がくるだとぉ? ふん、泊ならせいぜい可愛がってやろうじゃねえか……。なに、泊は特命係!? 相棒の女は一課に来るだとぉ!?」
という具合で考えています。三話にわたって引っ張りましたが、しょうもない理由を引っ張ってしまうのがイタミンらしいと思っております。

それでは、次回からは元特状課のメンバーを出しつつ、ドライブ世界の要素を混ぜて行こうと考えています。

第四話「Cold Case」

どうか、お待ちいただけると幸いです。
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