今回は相棒と仮面ライダードライブから二人のレギュラーキャラが参戦します。どうか、お楽しみいただけると幸いです!
『機械生命体ロイミュードについての一考察。
我ら人類を脅かした機械生命体について、我々はあまりにも知らないことが多い。政府、警察から与えられた情報は断片的であり、彼らについて知られているのは、以下のような表面的な特徴のみだ。
一.重加速現象(巷ではどんよりとして知られる)を引き起こす。
二.極めて高い知性と攻撃性を持つ。
三.精巧な擬態を行い人間社会へと潜む。
だが、彼らを製造した技術的な基盤や、動力源については明らかとなっていない。筆者らの独自取材によると、彼らを製造した蛮野天十郎は某国のテロリストによる資金援助を受け、さらにその背後には超大国である……』
話がありがちな陰謀論へと展開し始めたので、杉下右京は雑誌を読むのを止め、それを廃棄用の段ボールへと静かに置いた。
「つまり、彼らは何者だったのでしょうねえ……」
杉下右京は同僚がいない特命係で一人呟く。
ロイミュード、あるいは仮面ライダーについて、右京は直接目にすることも出会うこともなかった。
例外的な経験は「グローバルフリーズ」。世間を騒がせ、多くの人々を恐怖に陥れた、重加速現象が全世界へと広がった大事件のみ。
丁度その時、右京はロンドンの警察学校で講義を終え、一人喫茶店で茶を楽しんでいた。そして、自身の動きや物理運動の全てが遅延化する現象を初めて目撃することとなったのだ。その時は珍しいこともあるものだと、呆けている隙にスコットランドヤードがロイミュードによる襲撃を受けていたりもするのだが、右京は運よく被害を免れた。
結局、その後は彼らの活動が日本に集中したこともあり、右京がロイミュードを見ることはなかったのである。
「ロイミュード、仮面ライダー、そして、それらを開発した蛮野博士とスタインベルト博士……。興味深いですが、お会いできないのが残念です」
公表されている唯一の仮面ライダーの装着者、つまりは泊進ノ介には、毎日のように顔を合わせている。だが、彼にはもう変身能力がなく、ロイミュードの製造方法や動力について詳しいわけでもないという。
そんな彼がどうして特命係にやってきたのかは、右京にとっても気にかかるところだが、大方、あの陰謀好きの御仁の仕業だろうと察しはついていた。
ただ、そんな小さい警察世界の話はおいておいても、世界を揺るがせるほどの超常現象が起き、影響は冷めやらず。政治も経済も、あらゆる事がにわかに浮足立っている。あるいは、数年前から怪事件の噂が実しやかに語られるようになったのもその前兆だったのかもしれない。
世界は、静かに、確かに変わり始めていた。
相棒 episode Drive
第四話「Cold Case I」
その日、霧子たち捜査一課が呼びだされたのは奇妙な事件現場であった。場所は多摩市の山林地帯。ある山の管理者が遺体が遺棄されているのを発見し、通報したのである。
「お疲れ様です!」
霧子は少し湿った腐葉土の上をしっかりと歩きながら、規制線の中に入る。すると捜査陣の到着までに鑑識作業の粗方は済んでいたようで、すぐに遺体へと案内された。
「変死体だって?」
「これは伊丹刑事に、捜査一課の皆さん。ずいぶんとのんびりとしたお着きでしたね」
伊丹の声に、鑑識服で地面のあちらこちらを細かく探索していた米沢が顔を上げた。そして、そのふくよかな顔を朗らかに緩めて挨拶をくれる。
「都内からこっちに来るの、大変なんですよ。米沢さんも分かるでしょ? それに、実は渋滞にも引っかかっちゃって」
「はは、災難でしたなあ。私たちはスムーズに来れたのですが、おかげでこのように雨で濡れ鼠となってしまっています」
「それは、大変でしたね」
霧子がありがとうございます、と礼を言うと、米沢は少し照れたように顔を掻いた。
「まあ、鑑識の仕事というのはこういうものですから。ああ、そういえば、皆さんがまずお気になさるのは遺体のことでしたね。こちらへどうぞ」
米沢の案内で規制線の真ん中まで行くと、そこに人一人分のサイズのブルーシートが広がっていた。それを少しだけ開けると、豊かな髭が特徴的な男性の顔。歳は五十代くらいか。
「遺体の身元はまだ不明です。衣服もなく、所持品もない。おそらく、この山林には遺棄目的で運ばれたのでしょう」
今、DNAや指紋、歯型から身元の特定を進めているそうだ。そんな説明を受けながら、霧子は遺体の顔を細かく観察し、そして、すぐにあることに気が付く。
「これ、なんだか変な遺体ですね……」
伊丹達の方へ向かって顔を上げると、霧子は呟く。
「そりゃ変死体なんだ、変に決まってんだろ」
「そうじゃなくて! なんだか、顔がむくみすぎていますけど、水死体とも違います。それに、唇はぱっくり切れて、皮膚は全体が赤紫になってるのもおかしいじゃないですか」
茶々を入れてくる伊丹にムッとしながら、一つ一つの違和感を述べていくと、米沢は「さすが、お目が高い」などと言って霧子へと所見を手渡す。
「詩島刑事のおっしゃる通りです。この遺体には非常に奇妙な点があります。遺体の腫れた肌、胸にはかきむしったような痕跡。その他の特徴もこれが凍傷の跡であることを示しています。外気温にさらされて解凍されていますが、他に目立った外傷はなく。……おそらく、被害者の死因は凍死かと」
不思議なこともある、と困惑顔の米沢に伊丹は低く唸り声をあげる。
「つまり、あれか? このガイシャは凍え死んだってことか? 冬が近いって言っても、まだそこまで冷えてねえだろ」
「ええ、ですから奇妙だと申し上げているのです。ホームレスの方が冬の寒さに凍死する、ということは日本でもまれに起こり得ますが、時期は合わず、この遺体にはそう言った方々に特徴的な栄養失調や衛生状態の悪化といったものがありません。
そのような方が凍死で、このような山中で全裸で放置されていた。常識的に考えれば、他殺の疑いが濃厚でしょう。実に珍しい事件と言わざるを得ません……」
しみじみと呟く米沢に、伊丹は顔を強張らせて凄む。
「おい、あんまり奇妙、奇妙っていうんじゃねえよ。特命係が出しゃばってくんじゃねえか!! ……いいか、奴らに情報を漏らすんじゃねえぞ」
「え、ええ、それはもちろん。米沢守、善処いたします」
そう言って、米沢は深く深く頭を下げた。それに納得したのか、しないのか、伊丹は鼻を一鳴らし。
「ふん。……じゃあ、俺らは近隣住民から聞き取りだな。遺棄の場面を見てるかもしれねえ。ま、こんな山奥じゃ望みは薄いかもしれねえが」
「米沢さん、身元がわかりましたら、私たちに教えてくださいね」
「ええ、もちろんですとも。詩島刑事も、この雨です。足元にはお気をつけて」
米沢はそうして去っていく三人へと手を振ると、少し困ったように立ちすくみ、
「それはそうと、既に特命係にお伝えしてしまったものはどうしようもないのですが。一体、私はどうすればいいのでしょうか……」
そうぽつりとつぶやくのだった。
「殺人事件で死因が凍死って珍しいですよね」
そのころ、特命係では泊進ノ介がホワイトボードに事件の情報を書き並べていた。面白い事件が起きたと、わざわざ米沢が教えてくれたのだ。
もとより仕事がない特命係である。進ノ介も右京も、この奇妙な事件に興味が引かれていた。
「人を凍死させるなんて、巨大冷凍庫とか、大量の液体窒素。そういう大がかりな設備がないと不可能ですし、それだけで犯人が限られてくる」
「ええ、僕も事故以外での凍死というものは、一度しか見かけたことがありませんね」
「え、あったんですか? 凍死殺人も!?」
進ノ介は驚いたように右京へ尋ねると、右京はポットを高く掲げるという奇妙な格好で紅茶を注いでいるところだった。凍死の話をしているのに何の皮肉か、とても暖かそうな煙がふわりと浮かび上がっている。
「十年ほど前に冷凍庫を用いて、被害者を凍死させるという事件が発生しています。その時は研究員の女性が、夫の復讐のために男性を殺害。次いで、女性の殺害を図り、逮捕されました」
「もしかして、その事件も杉下さんが捜査したんですか?」
「ええ、その時は僕と亀山君で」
例の八年も特命係にいたという仙人か、と進ノ介は内心で呟く。進ノ介自身もロイミュードを追う中で様々な死因や奇妙な事件を体験してきたが、凍死殺人というのは見たことがなく、そんな事件も担当していたことに特命係への興味を深くしていく。
「氷、か……」
ただ、進ノ介にとっても氷と聞いて思い浮かぶことがある。それは、ロイミュード001こと、フリーズの存在。
参議院議員であり、国家防衛局の長官という要職についていた真影。だが、その正体は始まりのロイミュードの一体であり、進ノ介の父の死にも関与していた因縁の相手であった。
そして、そのフリーズは他人の記憶を操作するという厄介極まりない能力を持っていたのだが、それに加えて仮面ライダーのシステムにすら不具合を起こす凍結能力も備えていた。
紛れもない強敵であり、そして、彼の破壊光線によって進ノ介は心停止まで追い込まれている。
目が覚めるまでのことはあまり思い出せないが、どこか暗く、冷たい感覚に恐怖を感じたのだけは覚えていた。もしかしたら、それは臨死体験と呼ばれるものかも知れない。そんなことを思い出したからか、少し、胸のところの古傷が痛んだ。
「ちなみに、その犯人の再犯って可能性は無いんですか?」
苦い記憶を振りはらうように、頭を叩いて気を取り直し、進ノ介は右京へと尋ねる。特徴的な事件だ。再犯や模倣犯の可能性も考慮しなくてはいけない。
「ええ、彼女は現在も懲役刑に服していますから。仮に誰かが真似をしようとしても大型の冷凍庫は通常、管理が厳しいですし、なかなか再現できるものではないでしょう」
「だとしても、いきなり人を殺すって時に凍死は選ばないでしょう。……何か、殺害方法に意味があるのか?」
「そうですねえ、十年前は犯人の夫が凍死させられたことから、復讐方法として、類似の手段を選んでいました。もしかしたら、今回も犯人にとって重要な意味を持つかもしれません。ですが、被害者の身元が明らかになっていない現状では、まだ確証へは至れないでしょうね」
そう言ってホワイトボードを眺めながら、右京は一口、紅茶を飲んだ。
被害者の身元が判明したのは、翌日のことである。
「せ、先輩! 霧子ちゃん! 分かりましたよー、被害者の身元!!」
どたどたと一課のオフィスを走ってきたのは芹沢だった。その手には勢いでしわくちゃになった紙が握られている。
「そりゃ本当か!」
「もちろん本当ですって! しかも、すごい意外な人物!!」
その紙を机に慌てて広げる芹沢の元へ行き、顔を覗き込ませる伊丹と霧子は、そこに意外な文字を見つけた。
「おいおい、まじかよ」
「城南大学教授、兵藤探? 学者だったんですね……」
「そんな教授が、なんだって全裸で凍死してんだよ……」
丁度同じころ、決して明かしてはならないとの条件つきで、とある情報源から、特命係へも事件の情報が送られてきていた。
「兵藤教授は医学部の教授を務められていたようですね。専門は再生医療。IPS等の臨床研究や、延命治療の方法等について多大な功績があるそうです」
早速とばかりにパソコンへと向かい、被害者の執筆論文を探していた右京は感心したように呟く。
「そんな人がなんで凍死なんて……。杉下さん、何か氷とか、そういうものに関連した研究ってないんですか?」
そう進ノ介が尋ねると、右京は我が意を得たりとばかりににやりと笑い、人差し指を上げる。
「ええ、最近のもので一つ、興味深いものが。被害者はとある研究を進めていたようですよ」
「それって?」
「コールドスリープ、冷凍保存技術です」
分かったならば、善は急げである、身元が判明してから小一時間後、進ノ介たちは被害者が勤める城南大学へと向かっていた。
右京が興味を示したコールドスリープとは、難病に侵された患者の体を凍結し、治療方法が確立される未来まで冬眠状態で保存するというものだ。
宇宙開発技術や延命にも活用できるとされ、各国で研究が進み、実用の可能性も生じている夢の技術。
兵藤教授は、そのコールドスリープ技術の確立へ向けた産学連携のプロジェクトの中心人物であった。他にも、生物学者、物理学者、科学者等、様々な人員が参画している巨大プロジェクトだという。
もちろん、そのプロジェクトが直接的に事件へと関与しているとは限らないが、凍死とコールドスリープ。その二つに何かの関連性を感じてしまうのは、進ノ介も同じだった。
進ノ介が駐車場へと車を停め、外へ出ると、広大なキャンパスの中に様々な音が広がっていた。それは楽器の音であったり、学生が話す声であったり、その向こう側から工事の音も響いてくる。何か作業を進めているようだ。そんな活気の中をこっそりと進ノ介は移動する。
「君、かえって怪しいですよ?」
「……顔を出すよりはマシですから。杉下さんもまた追い回されたくないでしょ?」
毎度毎度外に出るたびに「仮面ライダーだ!」等とカメラと野次馬に追いかけられるのである。こんな若者が大勢いる場所なら猶更だ。進ノ介はなるべく顔が出ないよう、隠しながら歩いていた。
「だから、僕は君に現場は合わないと言っているのですがねえ……」
「何と言われようと、俺は現場に出ます!」
「……そこまで言うのでしたら、僕からはあえては言いませんが。くれぐれも捜査の邪魔にはならないようにしてください」
右京は特に気にした様子もなく先へと歩みを進める。
そんな二人が兵藤氏の所属する医学部の研究棟へと入ろうとしたとき、玄関で偶然鉢合わせたのは、伊丹達、捜査一課だった。
「げっ!?」
「あ!」
特命係を見るなり、顔を引き攣らせる伊丹と、やっぱりとばかりに驚きの声を上げる芹沢と霧子。ただ、すぐに威勢を取り戻したようで伊丹は肩を怒らせながら大股で歩いてくる。
「特命係の仮面ライダー! てめえ、なんでここに来やがった!!」
「またその呼び方ですか……。なんでって、……えっと、社会科見学?」
「嘘つけ! またぞろ事件を嗅ぎつけてきたんだろが!! で、情報源はどこですかねえ、警部どの……」
今度は右京を睨み付ける伊丹に、右京は顔色も変えずに朗らかに誤魔化す。
「さあ、秘密厳守という約束ですので……」
「どーせ、あの眼鏡だな。……今度覚えてやがれよ」
進ノ介は内心で米沢に哀悼の意を示す。やはりすぐにばれてしまったようだ。
「とりあえず、そんな話はおいておいて、俺達は社会科見学ですけど、伊丹さん達は事件の捜査ですよね? 何かわかりました?」
「分かっていても、言うわけねえだろが……」
と、伊丹は声を低くして凄むが、
「それが、事情を聞きに行ったら、研究室の准教授から追い出されてしまったんです」
「詩島ァ!!」
「そうそう、もう取り付く島もないって感じで。おかげで何もわかんないの。あれはかなりの堅物だね、美人だけどさ」
「芹沢ァ!!」
残念そうに頭を抱えながら、情報をくれる二人に伊丹は怒声を上げる。だが、特命係の二人にとってはそれだけ分かれば十分だった。
「ありがとうございます! 霧子、芹沢さん! じゃあ、俺達も一回行ってみます」
「ちょ、おい! やっぱり社会科見学じゃねえじゃねえか!!」
「まあまあ、何か分かりましたら、すぐにお伝えしますので」
「警部どのまで……。けっ、勝手にしやがれ!」
そう言い捨てると、拗ねたように伊丹は外に出ていってしまう。
「でも、泊さん、杉下警部。准教授の氷見さんですが、本当に警察が嫌いみたいで、門前払いされてしまっているんです。お二人も尋ねるときは気をつけてくださいね」
「……伊丹さんも追い出されるって、相当だな」
進ノ介が呟く。伊丹のあの怖い顔でビビらないとは、かなりの強敵だ。
「とりあえず、僕たちも行くだけ行ってみましょう。まずはそこからですから」
霧子たちと別れ、兵藤氏の管轄していた『先端医学研究科』へと移動する。最近できたらしく、真新しく先進的な建物の中、白衣を着てせわしなく移動する学生の間を抜けて、二人がたどり着いたのは、教員のオフィスだった。
ノックをし、しばらくすると、若い女性が出てくる。これが霧子たちが言っていた怖い准教授かと思ったが、それにしてはどこかおしゃれで可愛らしい雰囲気があった。
綺麗に髪を整え、上品な香水の香りも漂ってくる。言葉を選ぶと、よい意味で研究者らしくはなく、霧子たちの忠告とはイメージが違う。それもそのはずで、彼女が名乗った名前は別であった。
「助手の倉見舞と言います。あの、どちら様でしょうか?」
「警視庁特命係の杉下と申します。こちらは泊君」
「泊です」
進ノ介が挨拶すると、倉見氏は途端に目を輝かせて、進ノ介の全身を食い入るように見つめる。
「わっ! もしかして、泊進ノ介さん!? 本物の仮面ライダーだ!! あのっ、大ファンなんです! 握手してもらっても良いですか!?」
そして、倉見氏は興奮した様子で、進ノ介の手首を取ると、返事をしてもいないのにぶんぶんと大きく振り始めるのだった。
「え、ええ。もちろん。応援、ありがとうございます」
流石に進ノ介もここ一年の経験でファンサービスとやらを少しは心得ている。ほどほどに笑顔を浮かべて、握手をすると、早々に用件を切り出すことにした。
「あの、こちらに所属していた兵藤教授の事件、伺っていますよね? その件で准教授の氷見さんにお話を伺いたいんですが……」
「ああ、やっぱり兵藤先生のお話だったんですね。さっき、別の刑事さんたちもいらっしゃって。……凍死だなんて、さぞ苦しかったでしょうね」
倉見氏はそう言って悲しそうに目を伏せると、こちらへどうぞ、と二人を室内へと案内してくれた。
「氷見先生はコーヒーを買いに出ていて、すぐに戻ると思います」
勧められるままにソファに座ると、倉見氏は紅茶を淹れてくれる。その間にオフィスの中を眺め見ると、進ノ介にはすぐには分からない英字の本が整然と並べられていた。数少ない日本語の本には「死を超えた世界」「最新蘇生科学」「人類の未来」等、ロマンあふれる内容のタイトルが。
「こちらでは再生医療や、延命治療と言った先端医術の研究が進められていると伺いましたが」
「ええ、そうなんです! 今までは治療法がなかった難病も、ここ数年でアプローチ方法が次々に発見されています。特に、ほら、ロイミュード事件の後は……」
楽しそうに倉見氏は話を続けてくれるかと思ったが、それはすぐに止められることとなった。
「警察なんかに言う必要ないわよ、倉見さん」
進ノ介たちの背後から冷たい声が響く。
二人が振り向くと、そこには、怜悧と言った表現が適切な女性が立っていた。鋭く二人を睨み付ける視線とセットで。
黒い長髪を乱雑に後頭部でまとめて、黒ぶちの眼鏡。服はスーツの上に白衣。そんな野暮ったい服装に隠れてはいるが、確かに芹沢の言う通りに美人だった。
「氷見博士ですか? 俺達は警視庁の」
「泊、進ノ介でしょ? テレビでうるさいくらい見たわ。仮面ライダーなんて人気者が地味な捜査なんて、ご苦労なことね」
声をかける進ノ介へ感情もなく応えると、すたすたと氷見博士は自分の机へと向かって腰かけてしまう。
「あの、氷見博士?」
「兵藤先生については残念です。日本と科学にとって大きな損失です。ですが、私たちの研究室と彼の死は関係ありませんので、どうかお引き取りを」
「いや、そこを何とか」
「お断りします」
「一分だけでも、ダメですか?」
「ええ。もちろん」
「そ、そうですか……」
それで話は終わりと、沈黙に入ってしまう。そんな氷見博士の様子に、倉見氏はこっそりと進ノ介に耳打ちし、
「ごめんなさい。ああなったら、先生は誰にもお話しないので……。たぶん、文章回答なら答えてくださるので、あとで質問事項をまとめて送ってください」
そう言って、申し訳なさそうに頭を下げる。
確かに、一課が言っていた通りに堅物で取り付く島もない。どうしようか、と右京を見る進ノ介だが、意外なことに右京は面白そうに頬を緩めていた。
「杉下さん?」
「泊君、氷見博士もあのように、おっしゃっています。今日はお暇しましょう」
そう言って立ち上がると、わざわざ氷見博士の傍まで行き、頭を下げ、ゆっくりと別れの言葉を告げるのだった。
「どうも、お邪魔をして申し訳ありませんでした。……恩田博士」
変化は明確だった。氷見博士はその目を鋭く怒らせて立ち上がり、右京を睨み付ける。
「今、なんて言いました?」
「ええ、貴方の名前を、恩田玲子博士。氷見というのは、旧姓ですね? 学術業界では論文等に記載するために旧姓のまま仕事を行う方が多いと聞きますが、あなたもそうなのでしょう」
「……どこで、その名前を?」
右京はその言葉に、机の一角を指す。そこには乱雑にいくつかの便箋が重ねられており、確かに、そこには二種類の苗字が記載されているものがあった。
「……酷いプライバシーの侵害ですね。よくもずけずけと」
「ああ、すみません。細かいところまで気になってしまうのが僕の悪い癖です。つい、目に入ってしまったので言わざるを得ませんでした」
進ノ介はその言葉に内心で大きくため息を吐く。
(何が悪い癖だ。ただの挑発じゃないか……)
にわかに火花が散り始める右京と氷見博士。だが、右京はにらみ合いを続けるつもりは無いようで。
「ですが、失礼ついでに。もう一つ、よろしいですか?」
「あなたはどうせ、返答がなくても尋ねるのでしょう、名前も分からない刑事さん?」
「僕は杉下と言います。杉下右京。それで最後の質問ですが、貴方の薬指、結婚指輪をされていませんね? それは、研究の最中だからでしょうか? それとも、」
言葉は最後まで続かなかった。バンッと大きな音と共に机が叩かれる。そして、息を荒げた氷見教授は、顔を真っ赤に染めて。
「それを聞きますか、警察が。恥知らずに……」
「……なるほど。では、本日は、これで失礼します」
「二度とこないで……」
吐き捨てるように告げると、今度こそ氷見博士は二人を部屋から追い出した。
来た道をすごすごと戻りながら、進ノ介は右京に尋ねる。憮然としながら、非難の感情を込めて。
「いくら会話するためとは言え、踏み込みすぎじゃないですか?」
「ええ。ですが、あのように頑なにされると、分かるものも分かりませんから。少なくとも、氷見博士が警察に非協力的な理由がわかっただけでも前進です」
悪びれずにいうその言葉に、進ノ介はまた溜息を吐く。確かに効果的な方法かもしれないが、進ノ介が好む方法ではない。
「……氷見博士の旦那さんですね。霧子に伝えて調べてもらいます」
「それがいいでしょう。被害者の直属の部下であった彼女の証言は、事件解決に不可欠ですから。さて、僕たちはどうしましょうか……」
右京がぼんやりと言うと、今度は進ノ介が懐から紙を取り出す。
「それは?」
「帰り際に倉見さんからこっそり渡されたんです。教授が特に親しくしていて、最近研究室に出入りしていた共同研究者のリスト」
「おやおや、仮面ライダーの肩書きも役に立ちますね」
棘がある物言いだったが、進ノ介はにやりと笑うだけに留める。流石に慣れてきた。
「その中に知り合いの名前があったんで、そこから当たってみませんか? きっと快く協力してくれると思います」
「ほう、ちなみに誰でしょう?」
進ノ介は自信満々にリストの先頭に書かれた名前を指さす。そこには、
『沢神りんな』
と書かれていた。
今回は少し文章量が増えてしまいましたので、全4パートでお送りいたします。
四話の完結まで、長くはかかりませんので、どうかお待ちください。
ご意見、ご感想をお待ちしております!