被害者:兵藤探
城南大学の医学教授。凍死体として発見された。
コールドスリープ開発のプロジェクトで活躍していた。
氷見玲子
:城南大学医学部准教授。兵藤教授の元でコールドスリープ技術の研究を行っていた。本名恩田玲子。警察に対しての協力を拒んでいる。
倉見舞
:城南大学医学部助手。氷見博士の元で働く。
仮面ライダーのファン。
沢神りんな。
特状課に客員アドバイザーとして所属した天才物理学者であり、秘密裡にクリム・スタインベルトらと協力して仮面ライダーの武器やサポート装置の開発を行っていた頼れる仲間である。
シンゴウアックスやドア銃など、一見すると不要そうな遊び心まで武器に取り付けてしまうのは玉に瑕だが、彼女による重加速現象の解明や数々のサポートがなければ、特状課が戦い続けることはできなかっただろう。
その彼女は特状課の解散後、学術分野へと戻り、現在は国立先端科学研究所で電子物理学の一部門を任せられていると聞いていた。
のだが、
「どうやら、ここのようですねえ」
右京が一人ごちる。
彼の前の分厚い扉からは、トンテンカン、トンテンカンと、大がかりな機械が動いていそうな激しい音が響いている。それだけで怪しいのだが、時折『イエーイ!』やら『Are you ready』何て変な電子音までかすかに聞こえてきた。
りんなから伝えられた場所。それがこの研究所の地下深く、薄暗く冷たい廊下の先にある部屋だった。まるで、秘密組織のアジトである。
そんな異様な雰囲気を出しているものだから、いざ入ろうか、という時に進ノ介の手はドアノブの一歩手前で停止してしまう。
のどがごくりと鳴る。彼女のことは信じているが、それと同時に、沢神りんなという天才学者の、ある意味マッドというか、倫理観が欠如したところも知っていた。
信頼とは別に、何が待ち受けているか不安が心の奥底から吹き上がってきて、進ノ介には扉を開けることはためらわれたのである。
「君が開けないなら、僕が開けますよ?」
「え、ええ。お願いします」
俺は後ろで見守ってますから、と進ノ介が促すと、進ノ介とは違い、特に危機感も感じていない右京はためらいもなく扉を開けて、
「おやおや……」
その細い体が一瞬で巨大なマジックハンドで捕まれ、部屋へと引き込まれていった。
「す、杉下さん!?」
相棒 episode Drive
第四話「Cold Case II」
慌てて中に入った進ノ介は、すぐに何やら大仰な椅子に座らされている杉下右京と、その眼前に立っているりんなを見つけることとなった。
「りんなさん!? 何やってるんですか!!?」
慌てて叫ぶ。
下手人であるりんなはと言えば、頭に何やら奇妙な装置をつけ、仕組みも分からない大がかりな装置を動かそうとしていた。どこかハイテンションで、その目はぐるぐる回っている。しかも、その装置の先端には往年のSFに出てくる光線銃のようなものが取り付けられており、その先端は右京に向けられているのだ。
『マッテローヨ! マッテローヨ!!』
ついでとばかりに、聞き覚えのある待機音声が部屋に響いており、進ノ介は慌ててりんなのところへ走り寄る。
「ちょっと! ダメですって! りんなさん!!」
そして、すぐにりんなの腕を肩を掴むと、その装置から引きはがそうとした進ノ介だが、りんなは長い髪を振り乱して抵抗を見せた。
「はーなーしーてー! 進ノ介君! ちょっとだけ、ちょっとだけだから!!」
「だから、何をするつもりですか!?」
「歴史を変えるのよー!!」
そんな夢のような悪夢のような言葉を言って、じたばたとするりんなだが、流石に進ノ介の方が力は強いので、じりじりと引き離されてしまった。そんな彼女を装置から離れた場所に座らせると、進ノ介は息を乱しながら質問する。
「はぁはぁ。もう! 何なんですか、この装置は!?」
「……試作品の歴史改変装置」
「えぇ!?」
ふてくされたようなりんなの口からついて出た言葉に、今度こそ仰天させられる。
「歴史改変、ですか。それはとても興味深いですねえ」
「杉下さんはちょっと黙っててください! いや、りんなさん、それ、どう考えてもまずい代物でしょ!?」
捕まっているにもかかわらず、のほほんと楽し気な右京に文句を言いながら、りんなへと声を荒げる。成功するかしないかはともかくとして、どこかの悪の組織が開発しそうな装置を開発しているなど、見過ごせない事態であった。
「だって! 進ノ介君が特命係なんて変なところに送られちゃったんだもん! で、その特命係の原因になった、その警部さんの人生を改変したら、特命係も消えて万々歳って思ったのよ……」
まあ、成功は万に一つもなかったと思うけど。とりんなはため息を吐く。
「はぁ……。りんなさん。心配してくれたのは嬉しいんですけど、意外と俺も上手くやっていますし……」
「おや、そうだったのですか? いつも暇そうにしているようでしたが?」
「杉下さんはほんとに黙ってくれませんか!? ああ、もう! まあ、あんな変な上司ですけど……。だから、こんなことやらなくても大丈夫ですから」
そう進ノ介がしみじみと言うと、りんなもちょっとだけ涙で潤んだ眼を向けて、
「ほんと?」
「ほんとです」
「ほんとに、本当?」
「本当です。何なら霧子にも聞いてください」
そこまで言うとりんなも納得してくれたのか、しぶしぶとだが、装置を停止してくれた。右京の拘束も解かれ、改めて二人は上層の客室へと案内される。
「それでは改めまして、特命係の杉下右京です。先ほどは貴重な経験を、どうもありがとうございました。次に何か実験を行う場合もぜひ、お声かけください」
「元特状課の沢神りんなです。……噂には聞いてたけど、ほんとに変な人ね」
右京の、嫌味ではなく真剣に好奇心が刺激されているような言葉を聞いて、さしものりんなもわずかに顔を引き攣らせる。それを傍らから見ていた進ノ介は、出会いがしらは失敗しているが、この二人は意外と仲良くなれそうだとも考えた。片やねじがだいぶ吹っ飛んでいる好奇心の虫。もう片方はねじがかなり逆回転している天才発明家。
(いや、きっとろくなことにならない……)
その二人が組んでいる様子を想像すると、世界がどうなるか分からなかったので、前言は撤回することにした。
気を取り直して、進ノ介はりんなへと質問をする。
「あの、りんなさん、電話で伝えたことですけど……」
「あ、うん。兵藤先生の話ね。倉見さんの言っていた通り、私も先生のプロジェクトに関わっていたわ。メインは兵藤先生の医学部と、同じ城南大学の生化学チーム。で、私は外部アドバイザーっていう立場で参加したの」
「ちなみに、沢神博士のプロジェクトでの役割を、教えていただいてもよろしいでしょうか」
そう右京が尋ねると、りんなは少しだけ迷うような仕草をして。
「そうねぇ、詳しい話じゃなかったら大丈夫ですよ。私が担当したのは、重加速現象のコールドスリープへの応用です」
意外な言葉が出てきて、進ノ介は目を見開く。その驚いた様子にりんなは苦笑いをしながら説明を始めた。
「あ、もちろん、今は重加速の発生やコントロールは不可能になったんだけどね。クリムの研究データは凍結されているし。ただ、未来へ向けた理論モデルとして、重加速の平和利用を考えていたの」
「……なるほど」
まだクエスチョンマークを浮かべる進ノ介に対して、右京は何やら納得したようにうなずく。
「杉下さん、分かるんですか?」
「ええ。沢神博士が何を考えていらっしゃるか、概要くらいは。
現在のコールドスリープにおける最大の問題は、冷凍状態に置かれた人体の安全な解凍と蘇生方法です。生体の安全な凍結までは実現できていますが、長期冷凍環境においては保存や解凍の過程で細胞の損壊が起こります。
つまり、安全に解凍できたとしても生体機能を回復することが現状、困難。それが、実用化の大きな壁となっているそうですね。そして、理論的には解凍速度を低下させることで、そのような被害を抑えられるとの報告もあります」
「あ、そうか、それで『どんより』か」
進ノ介が呟くと、りんなは我が意を得たり、とばかりに立ち上がると、びしりと指を天に向けて、説明をしてくれる。
「そう! 全ての物理現象が停止する重加速現象下にコールドスリープ状態の肉体を置くことで、保存中の体への負担を大きく減衰できるし、解凍時にも、速度を最低まで落とすことで細胞損壊も防ぐことができるんじゃないかって思ったの!
詳しい話は流石に二人には難しいと思うけど、実現確率はかなり高いって算出されているわ」
へぇー、と進ノ介の口から感心したように言葉が漏れる。どんよりと言えば、散々に苦しめられた敵の能力であったのだが、それが人類の未来につながる可能性があるとは。
「クリムの発明品がただ、人類の脅威で終わるのって悔しいじゃない。人間の良心と可能性は、こんなもんじゃないって見せてあげたくて」
「それは、立派なお考えだと思います。ええ、実に面白い発想ですね」
「……杉下警部さんって、ほんとに実はできる人なんですね。ゲンパチなんて、どんなにわかりやすく説明しても分かってくれなかったのに、ちょっと聞いただけで理解できちゃうなんて」
「ゲンパチさんとは?」
「あ、一課の追田警部です」
進ノ介の補足に、なるほど、と右京は面白そうに頷く。
ただ、こうして旧交を温めたり、りんなの研究の話をずっと聞いていても面白いのだが、二人がここへ来たのは殺人事件の捜査である。
「じゃあ、話は変わるんですけど、亡くなった兵藤教授について教えてもらっても良いですか? 敵や、怨みを買うことはあったとか」
尋ねるとりんなは兵藤教授のことを思い出しているのだろう、頭に指を添えながらゆっくりと答えていく。
「兵藤先生は、そうね……。厳しい人だけど、それで怨みを買っているって話は聞いたことがないわ。研究の虫って人だから、ご家族もいないし。すぐに理由は思い浮かばないわね」
「なるほど。それでは、准教授の氷見博士についてですが……」
「あ、氷見ちゃん?」
りんなの口から出てきたのはあの厳しい女性には結びつかない可愛らしい呼び方だった。
「氷見ちゃん?」
「そうそう、実はアメリカの大学の同級生なの。昔からあんな堅物なんだけど、けっこうかわいいところもあるのよ?」
「……世間ってほんとに狭いんですね」
どうやら、その縁もあってりんなはプロジェクト参加を勧められたのだとか。
「その氷見博士ですが、どうも警察がお嫌いのようです。なにか、心当たりはございますか? おそらく、彼女のご主人に関係していると思われますが」
「なるほど……、その様子なら、もう氷見ちゃんにはやられちゃったんだ」
「そうなんです。すぐに追い出されちゃって」
進ノ介が困ったように呟くと、りんなは理解を示すように苦笑いを浮かべて、すぐに真剣な顔に戻る。
「彼女の旦那さん、恩田良一郎さんっていうんだけどね。三年前に失踪したの」
「失踪、ですか?」
「うん。結婚半年で、突然ね。良一郎さんも城南大学の物理学科の准教授で、元々、コールドスリープ研究も良一郎さんが兵藤先生へ発案したの。
あの頃は、将来有望な研究者同士の結婚だから、私たちの界隈だと結構話題になっててね。私は、そのころクリム達に協力して忙しくしていたけど、あの氷見ちゃんがラブラブだって話はよく聞いていたのよ。
けど、それが前触れもなく、いきなり失踪。数日して、結婚指輪だけが郵送で送られてきたの……。それで、警察は不倫の末にかけ落ちしたんじゃないかって、失踪届を出したのに、ろくに捜査もしてくれなかったみたいでね……」
それは、被害者である氷見博士からすれば受け入れがたい出来事だっただろう。信じていたご主人が居なくなり、そして、その理由も不倫だなんて決めつけられ、探してももらえない。
「なるほど、それは警察官に不信感を抱いても仕方ないかもしれませんねえ」
右京が呟く、
「それ以来、氷見ちゃん、前にもまして研究一筋になっちゃって。少し、取り付かれているくらい。おかげで生活とか、人間関係は荒れ放題よ。まあ、その後すぐに倉見さんがパーマネントの助手として入ってくれたから、何とか研究室も回っているみたいだけどね。きっと、まだ納得できていないのよ……」
「その後、事件に進展は?」
「話に聞く限りだと、連絡は指輪を送り返した一回きり。あとは音信不通みたいで、何も分かってないみたい」
そんな話を聞いていると、進ノ介は不意に、あの冷たい視線を送っていた女性が、かつて笑顔を見せなかった相棒と何処か被るような気がした。過去に大きな傷を負い、今もその現実を受け入れられないでいる。
追いだされたときには腹立たしさすら感じたあの女性の捉え方が、進ノ介の中で大きく変わっていた。
ただ、そんな先入観を事件に持ち込むことはできない事は百も承知している。
結局、その後は事件に関与していそうな関係者の名前を聞くなどして、りんなの元を離れることになった。
進ノ介にとって事件とは別に嬉しかったことは、別れ際にりんなが、
『今度、特命係にもお土産をもって、遊びに行くわ!』
なんて陽気に手を振って、気分よく再会の約束を取り付けてくれたこと。こうして、離れていても仲間と気軽に会えるというのは嬉しいことだった。二度と会えない友がいるのなら、なおさら。
ただ、彼女が持ってくる土産とやらが、楽しみでもあり、少し恐ろしくもあるが。
「霧子と芹沢さんに、りんなさんから教わった情報を伝えておきました。向こうでも色々と調べてくれるそうです」
スマホを閉じ、進ノ介は助手席の右京へと伝える。
「それがいいでしょう。僕たちではあの人数を調べることはできませんからね」
右京は少しばかり笑みを浮かべると肯定する。もうそろそろ、日も暮れてきて、普段だったら帰庁したのちに解散するはずの時間。だが、車を出発させようとする進ノ介を止めたのは、意外な右京の言葉だった。
「ああ、泊君。君、この後予定はありますか?」
「……俺ですか? いえ、特にないですけど」
そう答えると、右京は淡々と、
「それでしたら、この後、付き合ってもらってもいいでしょうか? 実は知り合いに、『君を連れてきてくれ』と熱心に頼まれてしまいまして。
もちろん、君の都合がよかったらですが」
杉下右京にプライベートの知り合いなんていたのか。
そんな失礼な言葉が頭をよぎるが、進ノ介は珍しく人間味を感じる右京の申し出に快く応じることにした。
進ノ介が右京に連れられて来たのは、意外に過ぎる場所。赤坂にある綺麗な小料理屋だった。『花の里』というのが店の名前らしい。
「へえー、杉下さんもこういうお店に来るんですね」
右京の話では常連だという。てっきり、右京ならば洒落たバーか、クラシックを流す喫茶店が好みかと思っていたので、この店の雰囲気は意外であった。
ガラリと戸を開けると、純和風という清廉な店内に目を奪われる。実は、進ノ介にしても、こういった雰囲気の店に来るのは初めての経験であった。特殊班時代は大衆居酒屋が多かったし、特状課時代は何時ロイミュードの襲撃があるか分からないので酒は控えていたからだ。
そんな店内を物珍しそうに見回していると、二人が入ってきたことに気づいたのか、カウンターに佇む女性がこちらへと顔を向ける。着物が似あった、かわいらしい女性だった。その彼女は右京へと朗らかな笑顔を向け、頭を下げる。
「あら、杉下さん。いらっしゃいませ。えっと、そちらの方はもしかして……」
次に進ノ介の顔をまじまじと見て、口を驚きの形に変えた。
「ええ、ご要望にお応えしました。泊君です」
そして、右京が進ノ介を紹介すると、女将は興奮気味に、少しばかりミーハーな大声を上げるのだった。
「ごめんなさいね、はしゃぎすぎちゃって……」
しばらくして、サインやら握手やらの大攻勢が落ち着き、進ノ介たちはカウンターの席に座ることができた。女将は逆に申し訳なさそうに平謝り。ただ、進ノ介のサインは頭上の神棚にしっかりと鎮座している。
「まあまあ、この泊君はそういう対応になれているようですから、お気になさらず」
「なんで杉下さんが自信満々に言うんですか……。でも、本当にあんまり気にしないでください。えっと、」
「あ、ごめんなさい! 自己紹介もまだでしたね。女将をしている月本幸子って言います。幸福な子って書いて、幸子」
そう、どこか誇らしげに名乗ると、上機嫌に料理の準備を始めてくれた。今日は良い魚が入ったそうで、刺身を用意してくれていたという。事前に右京が進ノ介を連れてくると連絡していてくれたのだとか。
「幸子、か……。良い名前ですね」
「ふふ、ありがとうございます。けど、仮面ライダーさんが来てくれるなんて、ほんとに驚いちゃった。杉下さんったら、泊さんの名前を何でもない風に呼ぶんですから。本当にテレビに出ていた、あの泊さんなのかを疑っちゃったくらい」
「ちなみに、この杉下さんは俺のことを何て?」
横目でじとーっと右京を見ながら、進ノ介は尋ねる。
「そうですね……。けど、あんまり悪いことは言ってなかったですよ? ちょっとサボり癖があるのが気になるとか位で」
「……杉下さん?」
非難を込めて視線を送ると、右京は徳利から日本酒をお猪口に注いで、ゆっくりと味わっているところだった。
「僕としては事実を言ったまでなのですが……」
「勤務中にチェスをしている人に言われたくありませんけどね……」
「おやおや」
等と右京は何を考えているのか分からない顔で返事をするのみ。まったく、とため息をついて進ノ介は自分の食事に手を付けた。
「泊さんはお酒は飲まれるんですか?」
「それが実は弱いんです。車走らせるのも好きだから、普段からあまり飲まないんで。……ノンアルコールのビールってあります?」
「ふふっ、かしこまりました。泊さんの意外な弱点を発見、ですね」
そう言って優しく笑う幸子に酌を受けながら、進ノ介は久しぶりの刺身に舌鼓を打つ。女将の言葉通り、新鮮でとても美味しい。その後も、出汁巻き卵やら、おでんやら、普段の一人暮らしでは食べれない温かい料理が出されて、進ノ介の頬も緩んでいった。
なにより幸子という女将は、生来の人柄か、とても聞き上手で、進ノ介もこの店の居心地の良さにどんどんと気分が安らいでいく。そうして、いつの間にやら仕事の愚痴やら、昔の苦労話などが口をついて出てきていた。
確かに、右京のような偏屈者でも常連になる気持ちはよくわかる。また近いうちに、今度は霧子を連れてこようと進ノ介は心のレコーダーにしっかりと記録するのだった。
「……それにしても、偉い学者さんだったのに亡くなってしまったなんて、残念ですね」
しばらく話を進めていると、自然と事件の話が話題に上っていた。最初は血なまぐさい話なので、食事の場には合わないかとも思ったのだが、どうやら、昔からこうして事件の相談などもしているようだ。それだけ右京にとっても信頼のおける場所なのだろう。
「そうですねえ。おそらく、そのためにいくつもの技術開発が遅れることになるでしょう。今現在も、世界中には未解明の難病で苦しんでいる方が何人もいらっしゃいます。一分、一秒が貴重な人々にとって、この損失の大きさは計り知れるものではありません」
「コールドスリープ。……夢のある技術なのになあ。……いつかの未来に希望を託して、か」
進ノ介はそう言いながら、一人の相棒を思い出す。いつか、自分の技術が正しく使われる未来へ、と自身を封印した大切な仲間を。
「その技術を使えば、何百年も生きることができるって、本当なんですか?」
幸子が興味深そうに尋ねる。
「ええ。今はまだ、机上の理論ですが。もし、実現したならば長期の航行が必要な宇宙開発等にも多大な貢献となるでしょうね」
「幸子さんは、そんな風に何百年も生きられるようになったら、どうします?」
進ノ介が試しに聞いてみると、幸子はほろほろと笑いながら答える。
「そうですね……。でも、私はそんなに長く生きなくてもいいかなって思います。もうこれまでも波瀾万丈な人生を送ってきましたし。目覚めた時に誰も待っていなかったら悲しいじゃないですか」
とても今の人生の肯定的な言葉だった。そんな風に楽しそうに話ながら、お吸い物の用意をしてくれる幸子の姿を見ながら、進ノ介は考える。もし、離れ離れになった人を、いつまでも待っていたいと思うなら。
「もしかしたら、氷見博士がコールドスリープや延命技術に没頭しているのも、それが理由なのかもしれませんね。……いつか帰ってくる夫を、ちゃんと迎えられるように」
「それは、本人に聞かなくては分からないことですよ?」
静かな右京の言葉に、進ノ介は頷く。
「だから、明日、もう一度、氷見博士のところに行ってみようと思うんです。もしかしたら、今度は何か教えてくれるかもしれませんし、一度、旦那さんのことでちゃんと話しておきたくて」
そう言うと、右京は少しだけ頬を緩めて、お猪口を置き、
「ええ、それが良いでしょう。初対面の時、君の存在に対しては通り一辺倒ではない反応を示していました。もちろん、君の知名度が原因かもしれませんが。また僕が行くよりも円滑に話ができるかもしれませんからねえ」
だが、その翌日、事件は思わぬ方向へと急転する。
新たな凍死体が二体、発見されたのだ。
りんなさんと右京さんの組み合わせは書いていて楽しいですね。それでは、あと2パート、どうかお待ちください