相棒 episode Drive   作:カサノリ

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ここまでの状況のまとめ

被害者:兵藤探
城南大学の医学教授。凍死体として発見された。
コールドスリープ開発のプロジェクトで活躍していた。

氷見玲子
:城南大学医学部准教授。兵藤教授の元でコールドスリープ技術の研究を行っていた。本名恩田玲子。夫である恩田良一郎博士が失踪中。そのため、警察に対しての協力を拒んでいる。

倉見舞
:城南大学医学部助手。氷見博士の元で働く。
仮面ライダーのファン。

捜査を進める中、新たな凍死体が発見され……。


第四話「Cold Case III」

「本当なのかね? 連続殺人というのは……」

 

 甲斐刑事部長は顎に手を当てて、静かにつぶやいた。場所は本庁内の大会議室。本庁と所轄の捜査員が集合しての捜査会議の最中であった。会議室の扉には「城南大学教授不審死事件」との紙が貼られている。

 

 甲斐の視線の先、伊丹が立ち上がり、全体に響くように声を発した。

 

「はい! 今回の事件は非常に特異な事件ですので、類似の事件が発生しているのではないかと我々は考えました。そして! ここ数年間の都内近郊における不審死を洗ってみたところ、二件、該当する凍死体の報告を発見したのです!」

 

 そう言って伊丹が配布する資料には、去年の二月、寒波の夜にホームレスの男性の凍死体が発見されていたことが記されていた。いずれも発見は都内。高架橋の下や空き地の段ボールの中などで、いかにも自然死のように偽装されていたという。

 

「だがな、その時期なら低温による自然死の可能性もあるだろう! それらが関係しているという根拠はあるのか!?」

 

 中園の大声での指摘に、今度は後方から米沢が手を上げて発言する。

 

「それは私から。昨日、司法解剖の結果から、意外なことが判明しました。死因は極低温で内臓まで凍結したことによる凍死、それは間違いありません。ですが、ごくわずかに胸部に火傷と強い衝撃を受けた跡が存在することが判明しました。

 これらは、おそらく、蘇生の措置、つまり心臓マッサージが行われた痕跡です。そして、同様の痕跡が他の二遺体からも確認されています」

 

 その言葉に会議室がざわつく。

 

「つ、つまりはこういうことか? わざわざ凍死させておいて、犯人に殺意はなかったと!?」

 

「いえ、そういうわけではありません。いずれの処理も被害者が生きていたときに行われています。どうやら、被害者は何度も低温下で凍結され、そして、その都度、解凍し、蘇生処置を受けたと思われます」

 

「はぁ!? なんだ! その訳のわからん犯人は!!」

 

 拉致した被害者を何度も凍死寸前まで追い詰めて、けれど殺さずに蘇生する。だが、最後には体の芯まで凍らせて殺害。ひどく手間がかかった残虐な方法だ。

 

 中園がそれらの報告に頭を抱えていると、甲斐がため息と共に、声を発した。

 

「兵藤教授は先端医療の権威であり、冷凍保存技術の開発を行っていたと、報告には書いてあったねえ……。まさか……」

 

 何事かを察したという甲斐の言葉に、伊丹は頷き、改めて立ち上がり、宣言した。

 

「ええ、刑事部長のお考えの通りです! 我々は、この手口はただの殺人ではなく、人体実験だったのではないかと推測しております!!」

 

 コールドスリープ技術において未確立となっているのは凍結からの蘇生技術である。しかし、動物実験では人間との体積に違いがありすぎるため、人間への実用に十分なデータが集まっていない。

 

 もしかしたら、これは倫理を踏み越えて実験を成そうという意志のもと、行われた殺人ではないかと伊丹達は考えていた。

 

「それが本当なら、まずいことになるね……。あの蛮野博士の暴挙のために我が国の科学倫理は大きく疑問視されている。ここにきて、また人体実験が明るみとなれば、諸外国からの非難はますます激しくなるだろう」

 

 甲斐は困ったように頭を掻く。そして、立ち上がると、全捜査員に静かな、しかし、全体へと響く声でいう。

 

「伊丹刑事、よく調べてくれた。……当面は通常の殺人、そして指摘にあった人体実験という二つの可能性から捜査を進めることとする。全捜査員はこの事件に、我が国の威信がかかっていることをよく認識し、捜査にあたってくれたまえ」

 

 

 

 相棒 episode Drive

 

 第四話「Cold Case III」

 

 

 

「まったく、よりによって人体実験とはな、ひでえ犯人だ」

 

 会議の後、伊丹は本庁の廊下を霧子たちを引き連れて歩きながら、吐き捨てるように言った。

 

「いやー、でも、霧子ちゃんの言う通りに過去の事件を洗い直してよかったですね! おかげで刑事部長からも褒められたし! さっすが霧子ちゃん!」

 

「いえ、ちょっとだけ気になって調べてみただけですから。まさか、こんなことが分かるとは思ってもいませんでしたけど」

 

 昨年の冬と言えば、ロイミュードたちが暴れまわっていた時期である。次々と起こる奇怪な事件の中で二人の凍死体はただの事故として見過ごされていたようだ。霧子は目ざとくそれを見つけて、今回の事件との関連性がわかったのである。

 

 謙遜する霧子に伊丹は鼻を鳴らす。

 

「ま、少しは褒めてやるが。犯人を見つけたわけじゃねえんだ。調子に乗っていると、足元掬われんぞー」

 

「言われなくても、調子に乗ってなんていません!! 

 もうっ! ……兵藤教授以外の被害者は前歴にも現在にも関わりは無いって報告に出ていますよね? やっぱり……」

 

 所轄の調べでは殺害された二人は地理的にも、それ以外でもつながりはなかった。霧子には、ホームレスの二人が無差別に、言い方は悪いがモルモットとして殺害されたのだと思えてならなかった。

 

「ぜってえ捕まえるぞ、この犯人。よーし、まずはホームレスの事件の方だな。被害者は繁華街を中心に活動してた。ターゲットを物色する犯人が、どっかで目撃されているかもしれねえ」

 

 伊丹達は気合を入れると、事件の調査へと向かっていった。

 

 

 

 一方、そのような捜査会議には参加できない特命係の二人は、今日は別行動をしていた。右京は氷見博士の夫の失踪事件を調べに。そして、進ノ介はといえば、前日に右京に告げたように城南大学へと再び向かった。

 

 昨日と同じように兵藤研究室の戸を叩くと、倉見助手が出迎えてくれる。野花のような朗らかな笑顔だった。

 

「ふふっ、また仮面ライダーさんが来てくださるなんて、嬉しいな」

 

 またも氷見博士は不在だったようで、スムーズに部屋の中へと招かれる。進ノ介が昨日と同じソファに座ると、倉見氏は笑いながら先日は飲めなかった紅茶を煎れてくれていた。

 

「どうも、ありがとうございます」

 

 お礼を言い、まずは一口。華やかなローズティーだった。喉に通すと、ポカポカと体の奥まで暖かくなる。

 

「いえいえ。氷見先生、今は授業中なんです。こんな時なんだから休講にしても良いって言ったのに、強情なんですよ」

 

「あの先生らしいですね。……確か、倉見さんが氷見先生の身の回りのお世話までしているんですよね?」

 

 進ノ介が苦笑しながら、りんなから聞いたことを尋ねると、倉見氏は「あら、やだ!」なんて可愛らしく恥じらう様子を見せる。

 

「沢神博士がそう言ってたんですか? お世話って言っても、時々お部屋の掃除したり、食事を用意したり。あとは、研究室の設備等の細かいことを全部。ふふ、そんなこと言っていると、助手と言うよりマネージャーみたいですね。

 でも、先生、ほっといたらどんどんずぼらになっちゃうです。この間も一週間ほど留守にしていたら、仕事は貯まりっぱなしになるし、家もゴミがたくさん。でも、なんだか、ほっとけなくて」

 

 聞くところによると、倉見氏は氷見博士やりんなの大学の後輩なのだという。昔から、優秀だが癖が強い人だったが、その迷いの無い研究への姿勢にあこがれて、この研究室にまでついてきてしまったのだとか。

 

「ずっと、私の憧れだったんです。あんなにずぼらなのに、研究の時には目がきらきらと輝いていて。夢のためにまっすぐな人で。だから、今は研究の助けにもなれて、充実しているんです」

 

「分かります。俺も、そういう憧れの人がいましたから」

 

 進ノ介のそれは、父親の姿である。研究者と警察官と住む世界は全く違うが、その感情は理解できた。

 

「私、信じているんです。先生の研究が、いつか世界の人を救うって」

 

 夢見るような華やかな声だった。進ノ介はその言葉に頷いて、カップのお茶を飲みほす。

 

「……そういえば、倉見さんも氷見博士の旦那さんのことはご存じだったんですか?」

 

 問うと、一瞬倉見氏はきょとんとし、けれど、すぐにもちろんだと頷く。

 

「はい、もちろん。恩田先生は五年ほど前からウチの大学にいらっしゃって。すぐに氷見先生とも親しくなったんです。人当たりがよくて、面倒見がいい人でした。

 私も驚いたんですよ、いきなり先生が結婚するだなんて言い出したんですから。いつもみたいに部屋に入って、定時連絡みたいに」

 

 そう言って倉見氏は苦笑いを浮かべた。なるほど、昔からあの女博士には振り回されていたのだろう。

 

 そんなことを話していると、ツカツカと靴の音が遠くからやってくるのを進ノ介の耳がとらえた。いつの間にやら授業も終わっていたようで、件の氷見博士が部屋へと帰ってきたのである。昨日と変わらない髪型に、服装。次いでとばかりに態度も変わらず、冷たい視線を進ノ介へと向けて、

 

「あら、また来たのね」

 

 と、そっけない一言。ただ、氷見博士は進ノ介の隣に右京がいないことを確認して。そして、しばらくの沈黙の後、驚くべきことに進ノ介へ向かって、

 

「場所を変えましょうか……」

 

 そんなことを言い、上を指さすのだった。

 

 氷見博士が進ノ介を連れて向かったのは研究棟の屋上だった。今日は昨日と変わって快晴。少しだけ寒風も吹いていたが、気持ちの良い陽気だ。

 

 博士は少し乱暴にベンチへと座ると、持ってきていたペットボトルの水を含む。

 

「あの、氷見博士。今日はありがとうございます」

 

 進ノ介は彼女へ向かって頭を下げる。何の心変わりで話を聞く気になってくれたのかは分からないが、昨日と比べれば大きな進歩だった。少しでも事件について聞きだしたいところだが、当の氷見博士は昨日と変わらない冷たい表情。

 

「礼なんて言わなくていいわ。私があなたに確認したいことがあった、それだけよ。事件のことは私は何も知らないことに変わりはないから」

 

「その、確認したいことって?」

 

 進ノ介が恐る恐る尋ねると、氷見博士は冷たい視線を向けて、

 

「貴方、生き返ったって本当かしら?」

 

 そう、告げるのだった。

 

 冷たい風が進ノ介の頬を撫でる。自身の体温が少し下がったのを進ノ介は感じ取った。

 

 その問いに応える術は進ノ介にはない。いや、どう答えてよいのか分からなかった。進ノ介自身、自分の身に起きた奇跡のような出来事の真実を知るわけでもない。そして、相棒のベルトさんこと、クリムの研究は彼と共に封印されている。

 

 だが、迷う進ノ介にお構いなしに、氷見博士は言葉を続ける。

 

「貴方、仮面ライダーとして二度、世間に死亡報告が出ているわね? 二度目は演技だったのでしょうけど。一度目はどうだったのかしら? あの真影議員の事件よ」

 

「それは、一時は心肺停止になったことは確かです。けど、その後蘇生して」

 

 それが世間への報道内容だ。敵を油断させるために、わざと仮面ライダーが死亡と広報部に情報を流した。全ては警察の戦略だったと、そういうことになっている。

 

「……そうね。けど、私たちの業界は狭くて、いろいろな噂が次から次へと入ってくるの。例えば、『泊進ノ介の肉体は確かに死亡していた。だが、いつまでも細胞は劣化しなかった』なんてこともね。本当かしら?

 そして、クリム・スタインベルト博士、蛮野天十郎博士。どちらもずいぶんと前から行方不明だったのに、片や貴方たちのアドバイザーとして、片や機械生命体の協力者として、いきなり報道されるようになった。けれど、実際に彼らを見た者は誰もいないのも変な話よね。加えて、機械生命体は自分の意思を持ち、人の記憶までコピーする……」

 

 氷見博士は、これは私の想像だけど、と前置きをして。

 

「スタインベルト博士達は、何らかの方法で不死、延命の方法を見つけていたのではないかしら? それが貴方を助けたのではないの? そして、彼自身も。

 彼は電子工学を中心に研究していたから、もしかして、記憶をデータ化した、なんてSFチックな方法で。それなら、機械生命体の特性とも合致するもの」

 

 どう? と挑発的に尋ねてくる氷見博士。

 

 果たして、それが正解であることを進ノ介は知っていた。自身の記憶と人格をドライブの変身機構であるドライブドライバーへと組み込んでいた、相棒であるベルトさん。同様の方法で不死を実現していた蛮野も、とある怪盗の存在も知っている。

 

 だが、それらの事実がどれだけ世間を混乱させ、争いを招くかを進ノ介はよく知ってもいたのだ。

 

「……それは」

 

 言いよどむ進ノ介に、氷見博士は意味深な笑みを浮かべて首を振った。

 

「言わなくても良いわ。どちらにせよ、実証データは焚書されたように消失してしまっているもの。けれど、あの事件以降、世界中の科学者たちが血眼になって機械生命体事件を分析している。みんな、分かっているのよ。これが、人類の未来につながる宝になるってね」

 

 本当に羨ましいわ。

 

 冷たい視線の中に、隠し切れない羨望の色。それが進ノ介をまっすぐに捉えて離さない。

 

「貴方は何のために生き返ったのかしらね」

 

 誰もが望んで止まない第二の人生。それを手に入れた仮面ライダー。だが、その数奇な運命の意味は、進ノ介にも答えられるものではなかった。

 

「……」

 

「冗談よ、忘れて」

 

 本当なら、実験体になってもらいたいくらいだった。そう、最後は少し物騒な言葉で締めて。そうして氷見博士は疲れたように肩を回すと、再び水へと口をつけた。

 

「じゃあ、俺からも質問をさせてください。……氷見博士は、どうしてコールドスリープの研究を始めたんですか?」

 

「……昨日の刑事といい、貴方たちは少しどころか不躾ね。それに、泊さん。貴方も私の質問ははぐらかしただけじゃない」

 

 鋭い視線で再びにらまれるも、これが刑事の仕事だ。進ノ介も怯むことなく、視線を向ける。

 

「……それは、あなたの夫、恩田博士の事件と関係がありますか?」

 

 そう言うと、氷見博士は疲れたようにため息を吐いた。

 

「……りんなさんのところに行ったと聞いたから、知っているとは思っていたけれど。それ、下種の勘繰りというのよ? 不躾どころか、やっぱり、プライバシーの概念も持っていないのね。警察官ってみんな、こんなのばかり。 

 ……失礼するわ」

 

 そうして、氷見博士はベンチを立ち上がり、去ろうとする。だが、その行く手を遮り、進ノ介は大きく頭を下げた。

 

「どういうつもり?」

 

「恩田博士の事件のこと、一警察官として謝らせてください。申し訳ありませんでした。被害者の方に良い報告を届けられず、何年も待たせてしまったこと。ご主人の不倫を疑ったこと。どれも、氷見博士にとって耐えがたいことだったと思います」

 

 下げた頭で見えないが、氷見教授が小さく息を溜めたのが聞こえた。そして、しばらくの沈黙の後で静かに声が紡がれる。

 

「謝ったからってどうだっていうの? 貴方が夫を見つけてくれるとでも?」

 

「確かに、俺は一警察官です。けど、だからこそ、犯罪に対しては真摯でいたいと、そう思っています。だから、氷見博士が警察に疑念を持たれたのなら、俺は警察官として必ずご主人の事件を解決してみせます」

 

 進ノ介が強く、言葉を告げる。

 

 小さく、頭の上から、

 

「一警察官が何ができるっていうの……」

 

 小さく呆れたような言葉が聞こえた。そして、響く小さな金属音。顔を上げると、氷見博士は首に下げたネックレスに指を添えていた。見間違えではないが、それに通してあるのは、結婚指輪で。

 

「……あの日は私の誕生日だったの。柄にもなく高級レストランなんて予約してね。私は先に仕事を上がって待っていたのよ。『お店の前で恋人みたいに待ち合せましょう』なんて。年頃の娘のようにはしゃいでね。

 けど、あの人は来なかったわ。連絡もなく、消えてしまった……」

 

 誰に言うというわけではなく、我慢していた言葉が漏れ出たような独白。

 

「泊さんは、私があの人を待つために、この研究を始めたとでも思うの? 違うわ。私はそんなロマンチストじゃない。ただ、あの人と一緒に始めた研究を完成させたかっただけ。それだけよ……」

 

 進ノ介には、その言葉を告げた時、氷のような彼女の顔に初めて血が通ったように見えた。ただ、すぐにその顔が固いものに変わる。

 

「……立ち聞きするつもりは、なかったんだがな」

 

 声に対し進ノ介が振り向くと、ドアの向こうから伊丹が気まずそうに頭を掻きながらやってきていた。今回は霧子と芹沢は同伴していないようで、一人だけで。

 

「伊丹さん……」

 

「無断で話を聞いたことは謝るが、状況が変わったんだ……。氷見准教授、ご同行願います。容疑は三件の殺人への関与でね」

 

 伊丹の硬い声を受けて、氷見博士は冷たく疑問を言う。

 

「三件? 兵藤先生の件だけじゃないのかしら?」

 

「とぼけんな。同じ手口で二件、遺体が見つかってる。そして、被害者のホームレスを物色する怪しい女が目撃されてんだ。ニット帽に厚手の黒いコート、顔にはマスクで変装していたようだが、背格好はあんたとよく似ている」

 

「そんな弱い根拠なら断らせてもらいたいのだけど」

 

「もう一つ。ちょうど去年、あんたと被害者の兵藤教授の研究プロジェクトの予算が大幅に削減されたってことは調べがついてる。研究にゃ、大きな打撃だ。多少強引な手を使っても、すぐに成果が欲しかったんじゃねえのか?

 ま、ともかく、一度警察で話を聞かせてもらいますよ」

 

 そう言うと、伊丹は氷見博士を連行していく。進ノ介はただ、見送ることしかできない。

 

 確かに、彼女は不器用な人だとは思う。けれど、氷見博士は旦那さんのことを本当に大切に思っていた。そのような人があれほど残酷に人を殺すわけはないと、進ノ介は確信していた。

 

 

 

 一方、そのころ、所轄で恩田良一郎博士の事件に関する資料を受け取った右京は、本庁の鑑識へと持ち込んでいた。中身は最後に目撃されたキャンパス周辺の監視カメラと、聞き込みの内容くらいの簡素なものだったが、それを一つ一つ、右京は丁寧に観察していく。

 

 そんな彼に米沢は困ったように汗をかきながら、声をかけた。

 

「杉下警部、あの、何もここで作業をなさらなくても……」

 

「いえいえ、何か見つかった時に米沢さんのお話を聞きたいと思いまして。ここでならば、すぐにご意見も聞けて便利ですから」

 

「私はさしずめ便利屋というやつですか……。伊丹刑事にでも見つかったら大変なことになるのは私なんですよ?」

 

 米沢は悲しそうに口をすぼませると肩を落とす。そんな米沢に右京は何でもないように追い打ちをかける。きっと、まったく悪意もなくて、デリカシーがないだけであろうが。

 

「もう伊丹刑事は気づかれているようですので、それはいらぬ心配かと」

 

「何ですと!? 黙っていてくれるとの約束ではありませんか!?」

 

「僕たちは黙っていたのですが、どういうわけかバレてしまったようですねえ」

 

「勘弁してくださいよ……」

 

 そう右京が告げると、米沢は大きくため息をついて、自分の作業へと戻っていく。丸まった背中は哀愁に満ちていた。その背中を一瞥して、右京は映像に視線を向ける。

 

「恩田博士と見られる人影、見当たりませんね……」

 

 最後に彼が目撃されたのはキャンパス内の研究棟近く。だが、入室の記録は残っているのだが、退出の記録はどこにも見当たらない。

 

 研究棟やキャンパスは最新研究を扱うという性質上、監視カメラの類は各出入り口に備え付けてある。そして、入退室の記録も詳細に取られていた。だが、いずれの映像や記録にも恩田博士が出ていく様子は確認できない。

 

 最も、内部の人間である恩田博士がこっそりと出ていったのだとしたら、誰にも気づかれないまま消えることができるかもしれないが。警察もそう結論付けたようである。

 

「最後の目撃者は、研究室から出ていく様子を見たという助手の倉見さん。そして、その後の足取りはこの封筒だけ」

 

 失踪の数日後、氷見博士の自宅へと投函されていた質素な便箋。指紋もなく、入っていたのは結婚指輪の一つだけ。事件性は感じられず、証拠もない。

 

 だが、ただの突発的な失踪にしては、余りにも鮮やかに男性が一人消えている。誰にも目撃されることなく。お金を下ろした様子も、移動した痕跡もなく。

 

「なるほど。米沢さん、どうやら手をお借りしなくても大丈夫そうです」

 

「……はあ、そうですか。それは大変よろしいことですな」

 

 右京が資料をまとめて米沢へと声をかけると、少しばかり眼鏡の奥から恨みがましい視線を向けて、米沢はひとりごちた。そんな米沢の手元には、三件の事件資料が解剖所見と共に収まっている。せっかくだからと右京が興味深そうに手元を覗き込むと、米沢は少しだけ顔をしかめて、すぐにあきらめたように資料を見せる。

 

「それにしても、本当に一課の皆さんが言うような人体実験なのでしょうか……。そうだとしたら麻酔等を使っても良いものを。犯人は残酷なことをしたものです」

 

「ほう……。ということは薬物は検出されなかったのでしょうか?」

 

「ええ、そのとおり。まあ、体が凍結していくと眠るように意識を失うので、それ自体では苦しみは少ないでしょうが。何度も溶かして、凍らせてというのは酷すぎますよ。ほら、これを見てください」

 

 米沢に指摘されて、右京は遺体の写真に目を通す。

 

「この胸の擦過傷。体温が下がっていくと、血管が収縮していくのですが、ある段階で一気に拡張に転じるのです。そうすると、全身を灼熱感が襲い、体を掻きむしる、と。意識がある間に冷凍された証拠でもあります」

 

「……なるほど。もう一つ、分かることがありますね。

 被害者には体を動かせる自由があった。ということは、やはり凶器は十分なスペースがある巨大な冷凍庫などとなるのでしょう」

 

「そうはいっても今時スーパーやら加工工場やらで大型冷凍庫もそこら中にありますから、特定は難しいでしょうな」

 

 また難しい問題です、と米沢は頭を抱えてしまうが、右京はというと、少しばかり満足したように携帯をとりだす。

 

 どこかスッキリとして、笑みすら浮かべながら。

 

「ああ、泊君。……ええ。僕のほうも面白いことがわかりましたよ。それに、一つ、気になることがあるのですが」




それでは、次回、最終パートとなります。

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