被害者:兵藤探
城南大学の医学教授。凍死体として発見された。
コールドスリープ開発のプロジェクトで活躍していた。
それに加えてホームレスと見られる二遺体が発見された。いずれも、凍結と蘇生を繰り返した痕跡がある。
氷見玲子
:城南大学医学部准教授。兵藤教授の元でコールドスリープ技術の研究を行っていた。本名恩田玲子。夫である恩田良一郎博士が失踪中。そのため、警察に対しての協力を拒んでいる。
倉見舞
:城南大学医学部助手。氷見博士の元で働く。
連行された翌日の深夜、氷見博士は少しばかり疲れた表情を浮かべて、自身の研究室の戸をくぐった。
「ふぅ……」
大きくため息をつく。取り調べは彼女の気を重くさせる程度で終わった。証拠不十分で解放。捜査一課としても目撃情報程度で、後は状況証拠。長く留め置くことはできなかったのだ。
暗い部屋の電気をつけ、コートを部屋の隅にかける。
学生たちは言わずもがな、珍しいことに、助手の倉見氏は早々に帰宅したようで、あたりに人はいなかった。珍しいこともあると、肩をほぐしながら机に座る。倉見氏はたいていこの時間帯まで残り、最後の戸締り等を済ませてくれる。
ただ、いないものを恋しがっても仕方がない。氷見博士自身も留め置かれた時間の間に溜めていた仕事を済ませなくてはいけないので、気を取り直し自身の机へと向かう。相も変わらず雑多にまとめられた書類をどけて、論文を書き始めていると、
カサリ
小さな物音がした。
「……誰かいるのかしら?」
額に皺を寄せて、氷見博士はドアの向こうの暗闇に問いかける。すると、すっと人影が入ってくる。それを見て、彼女は安堵の息をついた。不審者であったら、と心配したが、杞憂だったようだ。
「先生! 戻ってらっしゃったんですね! よかったー。ごめんなさい! ちょっと席を外していたんです」
どこか厚手のコートを脱ぎながら、倉見氏が入室してくる。
「倉見さんだったのね、安心したわ。もしかして、私を待っていてくれたのかしら? ……遅くまで悪かったわね」
「大丈夫ですよ! 先生のことなら、全然! ふふ、お疲れでしょう? お茶でも淹れますね……」
そう言って、いつものようにふわりと笑顔を浮かべると、倉見氏はてきぱきと動き、ポットからお湯を注ぎ始めた。甘い香りが冷たい室内に広がっていき、冷たい部屋の中に温度が戻っていく。氷見博士は深く椅子に腰かけると紅茶のカップを受け取る。
「はい、どうぞ。ゆっくりとお休みしてくださいね」
「ええ、ありがとう」
氷見博士はそのカップに口をつけようとして、
「ああ、それは止めておいた方が良いですよ」
のんびりとした声が聞こえて、口をつけるのを止めた。視線を声の方向へと向けると、杉下右京と泊進ノ介、二人の刑事がドアをくぐって現れる。
「どうも、夜分に失礼します。ですが、少しだけお話がありまして」
「倉見さん、あなたにね」
相棒 episode Drive
第四話「Cold Case IV」
「私に、お話ですか?」
部屋に無遠慮に入ってきた二人の姿を見て、倉見氏は少しだけ驚いたように口を開けて問いかけた。
「その前に、氷見博士。こちらへ。その紅茶は置いてください」
「なぜかしら?」
「恐らく、その紅茶には毒物が入っていますから」
突拍子の無い言葉に、思わず目をむき、紅茶を置く。慌てて倉見氏の顔を見るも、彼女は何が何だかわからないと。そんな表情のまま固まっており。彼女は長年支えてくれた彼女を疑う選択肢はなかった。
「何かの間違いではなくて?」
「お願いします、氷見博士。一回だけで良いんです。俺達を信じてくれませんか」
進ノ介はだが、そんな彼女に嘆願する。その目には切実な光が宿っており、杉下右京よりは彼女にとって信頼が置けた。氷見博士は長く沈黙を続け、
「話はすぐに終わります。その間だけでも、お願いします」
「……一度だけよ」
「……感謝します」
最後にはゆっくりと立ち上がり、訝し気な表情を浮かべながら二人の傍へと移動した。進ノ介はそのことに安堵の息を吐き、右京へと頷きを示す。
そして、右京は一歩前に進み、倉見氏の目を見て、ゆっくりと宣言するのだった。
「これで、ゆっくりお話ができますね。単刀直入に言いましょう。倉見舞さん、あなたがこの事件の犯人ですね?」
「私が!? そんなまさか!! もうっ、杉下さんはともかく、泊さんまでそんなこと言いませんよね?」
倉見氏は笑いながら進ノ介へと視線を向ける。それはここ数日で出会った快活な女性のままの姿であった。しかし、進ノ介は油断することなく、彼女へと鋭く目を向ける。
「いや、犯人はあなただ。あなたが三人の男性を凍死させたんです」
「……酷いわ、泊さんまで。なんで私がそんなことを? それに証拠はあるんですか?」
張り付けた笑顔をそのままに、彼女はそう言う。右京は、そんな様子を見ると、小さく笑みをこぼしながら説明を始める。だが、その一言目はあまりにも妙な言葉から始まった。
「実を言うと、僕たちは証拠もまだ見つけていませんし、動機も分からないのですよ」
「はい? ……えっと、じゃあ、なんで私が犯人だと?」
証拠もなく、動機もなく、しかしあなたは犯人だという。右京の言葉はまるで道理がない。それに対する倉見氏の疑問ももっともなものであった。
「倉見さんの言う通りよ。理屈も何もあったものじゃないわ……。泊さん、あなたの言葉だから一度は従ったけれど、私の大切な助手をこれ以上侮辱するなら、私だって考えがありますよ」
とうとう氷見博士までが隠すことなく憤りを見せ始める。だが、右京はそんな二人の様子を気にも留めることなく言葉を続けた。
「まあまあ、少し僕たちの話を聞いてください。実は、この事件、解決するためには一つのことが、わかれば良いのです。
その前に……。まず、僕達が最初に疑問に思ったのは、凍死という殺害方法でした。この日本だけでなく、世界を見ても例が少ない奇抜な殺害方法ですねえ。それに加えて被害者に何度も蘇生措置を加えるというのは、僕の知る限り例がありません」
「そして、被害者が兵藤教授だったことから、警察はコールドスリープの人体実験だったんじゃないか、そう考えるようになりました。でも、よく考えたら変なことがありますよね?」
進ノ介が言葉を続ける。
「どうして、被害者が兵藤教授だったのか」
「どういうことですか?」
今度の疑問は氷見博士からだった。そんな彼女に見せるよう、右京は懐から三枚の写真を取りだし、おもむろに机に並べる。どれも凍傷で無残に変化した遺体の顔写真。
「昨年に発生した二件の殺人は、犯人の目的が人体実験なのかはさておき、無差別に行われたものでしょう。被害者の間につながりは無く、拉致現場も離れていましたから。遺棄方法も自然死を偽装しています。
ですが、兵藤教授は被害者像があまりにも違いました。彼は社会的地位があり、実験という長期監禁に向かず、身元と死因も詳しく調査される。そして、今はまだ秋です。こんな時に凍死体が発見されれば、誰がどうしても変死として捜査されてしまいますよ。
遺棄方法も全裸にして山林へ放置するという計画性がないもの。他のケースでは事故死のように偽装したのにも関わらず」
「つまり、僕の考えはこうです。兵藤教授は他の二件と違って、犯人にも予想外の突発的な犯行だった」
指を上にたてながら、右京はそう言い切った。
「そこから、僕達はこう考えました。兵藤教授が突発的に殺される理由は何か。彼の立場から考えると、適当なのは一つですね。彼は何かに気づいて、それによって口封じされたのではないか。それが僕たちの考えです」
それならば、季節外れの凍死体も、変わった被害者像も、無作為な遺棄も説明がつく。突発的な犯行であり、焦っていたからこそ、様々なミスが生じたのだ。
「では、兵藤教授が気づいたことは何か。氷見博士、今回の事件に必要不可欠なこととは何だと思いますか?」
「それは、もちろん人体を凍結させるための施設でしょう?」
「ええ、その通り。先程申し上げたように、この事件では一つがわかれば、犯人まで繋がります。そして、それは事件を可能とする犯行現場」
氷見博士が指摘した通り、人体を緩やかに凍結し、そして解凍するという手口から、犯人は人体を丸ごと閉じ込める冷凍施設が必要不可欠であり、それが自由に使える人間こそが犯人である。
「しかも、並大抵の冷凍庫とは違いますよね? ただ凍らせて殺すのではなく、蘇生も犯人の目的です。となると詳細な凍結速度のコントロールもしなければいけないし、一般用の冷凍庫ではこうはいかない。
そして、それは中々手に入るものじゃありません。商業施設のものを使用しようとするなら容易にばれてしまいますし、個人で仕入れたなら、痕跡はすぐに分かって捜査の初期段階で容疑者として浮上してしまう」
そこまで言って、進ノ介は一枚の紙を取り出す。
「実は、さっき大学の事務室に行って調べてきたんです。亡くなる前に兵藤教授に何かを渡したり、彼自身が問い合わせてきたものはないかって」
そうして浮上したのが、この書類だ。
「学内施設の電気使用量が書かれています。きっと、兵藤教授は驚いたはずですね。だって、この記録には、使用されていないはずの旧実験棟内の冷凍庫、その使用電力量がしっかりと記録されていたんですから。……そこが犯行現場ですね?」
今、捜査一課が調べに向かっています。
進ノ介が静かにそう言うと、次は右京がもう一枚の紙を取り出す。倉見氏はいつの間にか、朗らかな笑顔が崩れ、どこかいびつな表情を浮かべるようになっていた。
「ああ、それと、直接的な証拠ではありませんが、これもわかりましたよ? 誰が使用申請をしていたか。氷見博士、あなたの名前となっています」
「私が? 新館ができた五年前から、あの場所は使っていないわよ」
「ええ、そのはずだったのでしょう。ですが、随分と前から装置は動いていたようですね。どちらにせよ大学施設が犯行現場なら、使用できる人間は限られます。この場合、候補者は氷見博士、そして氷見博士の名前を使用できる倉見さんが最も有力でしょう。
僕も、最初はお二人のどちらが犯人なのか、見当もつきませんでした。研究が目的だとしたら、どちらにも動機は存在しますからねえ。ですが、そんなときに泊君が氷見博士の話を聞き、僕に言いました」
「……俺には氷見博士が犯人だとは思えませんでした。あなたは今でもご主人のことを大切に思い、そして、二人の夢を実現しようとしている。そんなあなたが殺人という方法で夢を穢すとは思えなかった」
右京はその言葉に少しだけ笑みをこぼすと、話を続ける。
「あくまで、証拠がない、泊君のただの印象です。しかし、遺体の解剖結果を見たとき、僕にも一つ、気になることができていました。最初に倉見さんと出会った時、あなたはこうおっしゃっていましたね?」
『……凍死だなんて、さぞ苦しかったでしょうね』
確かに、倉見氏はそう言っていた。
「ええ。生きたまま、それも意識がある中でじわじわと殺されたのですから、さぞ苦しかったでしょう。ですが、おかしいですねえ。あなたは凍死と言う事実は知らされていましたが、被害者に意識があったとは知らないはずでした。
細かいことかもしれませんが、あなたは被害者が凍らされた状況を知っていた。そう思えましたので、あなたの周囲をくまなく調べてみたのです。
すると、兵藤教授の殺害時期に、倉見さんがインターネットを通し、毒物を購入した記録が見つかりました。冷凍庫という凶器です。完全に痕跡を消したり、まして凶器を隠すことはできません。身近な兵藤教授に手をかけた時点で、覚悟は決めていたのでしょう。……最後は氷見博士を巻き込んで自殺のつもりでしたか?」
そこまで話を終えると、タイミングを待っていたように、進ノ介の携帯が音を鳴らし始める。そこに書かれているのは伊丹刑事の番号で。
「もしもし、泊です」
『おう、見つかったぞ。しかも、オマケ付きでな……』
伊丹達はちょうど、件の旧実験棟の地下にある冷凍施設を訪れていた。埃かぶった通路の先にある冷え切った扉の向こう。そこにはすべてが凍り付いた小さな部屋が広がっている。
そして、
『あちらこちらに毛髪が散らばってる。ついでに、内部から壊そうとした跡も。ここが犯行現場で間違いねえだろ』
「わかりました。ありがとうございます」
礼と共に電話を切ると、進ノ介は氷見博士の顔を見ながら、ゆっくりと告げた。その声にはこの事実を話すことへのためらいと悼みが混ざり合っている。
「氷見博士、残念ですが、冷凍室の奥からご主人、恩田博士のご遺体が発見されました」
「僕達も考えたくはありませんでしたが……。恩田博士が施設から出た記録がない以上、失踪後からずっと、ご主人は大学の敷地内にいたと考えるのが自然です」
遺体は冷凍室の奥、ガラスの容器を棺のようにして、凍結された状態で発見されたという。まるで眠っているような穏やかな姿で。だが、その後頭部には鈍器による打撲の跡が存在した。他殺体であった。
「そんな……」
小さなつぶやきと共に氷見博士の細い体が崩れ落ちる。肩を震わせて、目じりに光るものがにじんでいた。そんな姿に痛ましい気持ちになりながらも、進ノ介は自身の務めを果たすために倉見へと向き直る。
「兵藤教授は、あの部屋を見たんですね? 隠してあった遺体を見つけられたから、とっさに口封じをするしかなかった」
「殺害現場が発見され、それを使える人間が限られている以上、いくらでも証拠は見つかりますよ?」
二人が告げると、もう言い逃れができないことに気づいたのか、倉見はそっとソファへと座ると、肩を落としながらため息をつく。少しだけ、ふっと笑みをこぼし、
「そっか。すごいんですね、警察も。やっぱり兵藤先生は失敗だったかなぁ。けど、欲しかったんだもの。健康な人体のデータ……」
「罪を認めるんですね?」
「ふふ。……ええ。ずっと研究が行き詰っていたの。けれど、人体実験なんて倫理に煩いこの国では許可なんて下りないもの。
だから、実験をしなくちゃって思った。最初はどうでもいいホームレスを使ってみたけど、理論通りの結果が得られなかった。二人とも老人で栄養状態が悪い。それじゃあモルモットとしては不適当だもの。
けど、健康な人体なんて中々手に入るものじゃない。そんなときに、兵藤先生が冷凍庫を見に来てて……」
思わず閉じ込めちゃった。
そう言ってくすくすと笑い始める。
「何が可笑しいんですか」
「だって、皮肉だなって。私は氷見先生の研究を実現して、世界中に希望を届けたかった。病気で死ななくても良い世界。絶望からコンティニューできる世界。その助けがしたかった。
けど、それを邪魔してくるのが、二つも命をもらった世界一の贅沢人だなんて。そんなに特別で居たいんだなぁ……」
それは進ノ介をあざける視線だった。人の命を奪ったことに罪悪感もない、どこまでも暗い、淀んだ眼。それはまるで世間が信じるマッドサイエンティストのそれだった。
だが、進ノ介は動揺することなく、倉見を見下ろしながら、静かに言葉を放つ。彼らには、彼女の真実が分かっていた。決して、研究に狂った科学者などではなく、
「いい加減、誤魔化すのは止めたらどうですか?」
「……誤魔化す? 何を、一体」
「恩田博士の死因は凍死じゃなく、撲殺だった。そして、遺体を冷凍保存していた。それが全てです」
ただの身勝手な犯罪者である。
進ノ介は内心の憤りを抑えるために拳を強く握ると、倉見へと言った。
「あんたは人類の未来なんて考えてない。ただ、殺した恩田博士を生き返らせたかった、それだけでしょう?」
「わ、私は……」
「もし恩田博士の事件までもがあなたの言う、研究のためなのだとしたら多くの矛盾が生まれます。凍らせる前に殴り殺し、結婚指輪を氷見博士へと送っている。どれも研究と考えるとおかしいではありませんか」
右京はゆっくりと倉見の前まで歩いていき、強い視線で糾弾するように迫る。
「……あなたは恩田博士を個人的な理由で殺した。そして、それを認めることができずに冷凍保存という希望に縋ったのではありませんか?」
その言葉に倉見は表情から笑みを落とし、うわごとのようにパクパクと口を動かすのみ。だが、それを許さない人がいた。
「倉見さん、どうして……。そんなに私が憎かったの……?」
涙でかすれた声で氷見博士が呟く。そして、その言葉を聞いた瞬間に倉見は必死の形相を浮かべて、言い募り始める。泣き笑いのような、髪を振り乱した姿。狂奔、その言葉がまさに適切だろう。
「違う! 違うわ! 好きだったの! 愛していたの、先生を!!
けど、それを横からあの人が盗んだの! 私だけの先生を奪って、先生の研究への情熱まで!! 知ってましたよ!? 子供ができたら研究を辞めるつもりだったって!!
……私はあの人に先生と別れてって言っただけ。でも、あの人は聞いてくれなかった……。研究に私情を入れるなら、パーマネントの内定を消すって言って! 先生と引き離される!! そう思ったら、とっさにかっとなってて」
「……恩田博士を殺してしまった。……ならば、なぜ憎い相手である彼の体を保存していたのでしょう?」
「……だって、私が殺したって先生が知ったら、私を憎むじゃない。気味悪がるじゃない。そんなの耐えられなかった。だから、行方不明にして。いつか治せるように冷凍保存したのよ。
……私があの人の治療法を見つけたら、コールドスリープ技術を確立したら、先生は褒めてくれるもの。その時は、きっと、あの人よりもずっと、私のこと愛してくれるはずだもの……」
涙を零しながら倉見は小さく言葉を呟くばかり。どこか夢見心地の少女のような、今でも氷見博士のために行動したと、信じるような。それが彼女の防波堤だったのかもしれない。罪の意識を冷たい棺に閉じ込めることでしか自分を保てなかったのだろう。
だが、
「……いずれにせよ、あなたには成し遂げられなかったでしょうねえ。延命治療もコールドスリープも今を懸命に生きる人々がより良い未来を掴むための手段です。
それをあなたは、自分の罪を無かったことにする、そんな身勝手な目的に使おうとした。あろうことか、そのために人の命まで奪い、多くの人の人生を狂わせた! ……命と、人生の尊厳がわからないあなたに、その謎が解明できるはずはありませんよ」
だが、そんな右京の言葉を聞いてか、聞かずか。最後まで謝罪の言葉は無く、壊れた人形のように倉見は連行されていったのだった。
犯人は逮捕され、世間に衝撃と、遺族に悲しみを与えて連続凍結殺人は解決した。それからしばらくたち、落ち着きが戻った特命係にてホットミルクを飲んでいた進ノ介は右京と会話をしていた。話題に出たのはその後の事件関係者のこと。
「氷見博士、海外の大学に行くそうです。それで、研究を続けるって」
事件後、氷見博士とは多くを語ることはできなかった。信頼していた助手の裏切り、最愛の夫の死亡という事実。それは、人一人の人生に降りかかるには余りに重い出来事だ。そして、部下の犯罪とはいえ、事件はセンセーショナルに報道され、世間からの非難の言葉も多く受けたという。
つらい時間だったことは想像に易い。だが、先日研究室を訪れたとき、慣れない手つきで荷物をまとめていた氷見博士は、生来の強さからか、少しずつ前を向いていることが感じられた。
『少しは警察を見直したわ』
進ノ介も荷造りを手伝った後、別れ際にそっけなく、けれど少しだけ頭を下げて氷見博士が言った言葉。その言葉を聞けただけで、進ノ介の心は満たされていた。きっと、彼女なら身に降りかかった出来事も糧にして、人生をやり直せるだろう。あるいは、いつか本当に世界を救う研究を成し遂げるかもしれない。
そんな風に思い、進ノ介がカップに口をつけた瞬間、
「じゃじゃーん! 進ノ介君! 元気!?」
「ぶっ!? あっつ! あっつ!!?」
特命係の狭き門を大きな声が突破してきた。あまりの勢いと突然の出来事に、進ノ介はスーツにミルクをこぼしてしまい、タップダンスを踊るように悶絶する。
「あ! ごめんね! だいじょうぶ!?」
「だ、大丈夫です。……どうしたんですか、りんなさん?」
慌ててタオルでミルクを拭う進ノ介を心配そうに見るものが何者かと言えば、それは先日再会したばかりの沢神りんな博士であった。いつも通りに笑顔満点の彼女は、何やら風呂敷をからっており、
「ほら! この前遊びに行くって言ったから、お土産もってきちゃったの! あ、杉下さんもどうも!」
「これは沢神博士。僕もお会いできて光栄です。……ところで、その背中のものはもしかして!」
「ふっふっふ、流石は杉下さん、お目が高い!」
いうや否やドンっと床におかれた風呂敷包。それを開くと何やら装飾もない一つの金属の箱。何でもない箱のはずなのだが、進ノ介にはどうにも嫌な予感がして止まらなかった。
「ほう! これは、一体何なのでしょうか?」
一方の右京はと言えば、未知なる物体に興味津々のようで。これまでに見たことがないほどの高いテンションで箱を観察し始める。
「新発明! その名もパンドラボックス!!」
「……ずいぶんと不吉ですが、興味深いお名前ですねえ」
「いや、絶対に開けちゃダメな代物でしょ、それ!?」
楽し気なマッド物理学者と変人刑事の様子に、常識人たる進ノ介は頬をひくつかせながらツッコミを入れる。
「ちょっと! 失礼な! ちゃんといいお土産ですー!!」
「どこからどう見ても怪しい箱じゃないですか! って、杉下さん!?」
「まずは開けなくては始まりませんからねえ。どれどれ……」
一体何が入っているかを必死に聞き出そうとする進ノ介をよそに、右京は早速とばかり蓋に手をかけて……。
カチリ。そんな小さな音を立てて開く箱。
その隙間から凄まじい量の光が漏れ始めて……。
「おやおや……」
「ちょっと!?」
そして。
これにて第四話の完結です。今話ではりんなさんと幸子さんという新たな登場人物も登場させましたが、お楽しみいただけましたでしょうか? りんなさんの場面は、ドライブでよく描かれていたみんなでわちゃわちゃと動くギャグシーンをイメージして。
意外と右京さんとりんなさんのコンビも面白そうと書いていて思うようになりました。
今後も他の登場人物が参戦していき、どんどんと賑やかになっていくと思いますので、どうかお楽しみに。
第四話のテーマは「科学倫理」。
現在放送中のビルドでも、科学とそれを使うものの悪意との対立という形で描かれていますね。筆者が考える、ドライブ世界の後に禍根となりそうな設定の筆頭として、『人格のデータ化』『進ノ介の蘇生』があります。
特別な条件とはいえ、不老不死、死者蘇生の実現です。ロイミュードよりもよほど、人間生活には重要な発明だと思えました。
知れば誰もが求め、実現したいと研究者たちは思うでしょう。ただ、その中で身勝手な理由で研究を行おうとすれば、途端に道を踏み外してしまいます。
今回出てきた研究者は、
氷見博士は夫の想いを背負って研究を行ってきた。
りんなさんはクリム達の夢と努力をよい方向に変えていきたいと。
そして、犯人は狂信的な愛と、過去の罪を帳消しにするためという身勝手な理由で。
それぞれ研究スタンスを少しずつ変えております。その中で、安心して未来を任せることができるのは、氷見博士やりんなさんのような方だと思い、このようなストーリー運びとなりました。
隠しモチーフはSeason2第14話「氷女」
凍結殺人という手段と、愛ゆえの動機を参考にしました。あと、犯人が研究者という点でもですね。もっとも、犯人の倉見の愛は歪んでいましたが。
タイトルは凍結事件、凍った棺、そして、犯人の動機にも関わる未解決事件の三つの意味で付けました。
実は、今話はある種、今後の山場に向けた伏線回でもあります。今回明かされた情報が、後に繋がることがあるかもしれません。
では、最後に第五話の予告!
次回は皆さまが気にされていたあのキャラの登場となります。私としても丁寧に描きたいと思う重要キャラ。
第五話「この出会いは何をもたらすのか」
どうか、お待ちいただけると幸いです。