相棒 episode Drive   作:カサノリ

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大変お待たせして申し訳ございません!

自分でも苦戦してしまった第五話。今回は三パートで終了予定です。

今話でも相棒とドライブそれぞれから一人ずつ重要キャラクターが参戦いたします。特に、相棒からは読者の皆様の中にも気になっている人がいるでしょう、あの〇〇〇が参戦。

それでは、第五話どうかお楽しみいただけると幸いです。


第五話「この出会いは何をもたらすのか I」

 仮面ライダードライブであり、日本中の人気者となってしまった進ノ介。街に出れば人だかり、サインの山、ついでにとある警部には嫌味を言われる。彼とて人気者になりたかったわけではないが、偉業を成し遂げてしまった者の有名税とでも言うべきだろう。

 

 そのような仮面ライダーと言えども、現在は窓際部署の一公務員であり、ならばこそ日常生活というものはある。時には素敵な彼女とデートをしたいと思ったり、日がな一日ドライブを楽しみたいと思ったり。今日のように仕事帰りに書店へ寄りたいと思うことも。

 

 特別なことが起こらなかった暇な日の終わり、進ノ介は不意に車の雑誌を買いたくなった。車趣味の難点は、あらゆるものに金と時間がかかりすぎるという点。平日は洗車やらメンテ、ドライブといった趣味の活動はできないし、新しい車なんて、そうそう買えるものではない。

 

 そんな時どうするか、と言えば車の模型を買ったり、車雑誌を眺めることで我慢する。仕事がなく、少し溜まっていたストレスを解消したいという気持ちも相まって、進ノ介は雑誌を買おうと書店へ寄ったのだった。

 

 職場に近い書店へ入ると、そこには仕事帰りのサラリーマンやら若者が多く居た。最近は書店が不況と聞いているが、都心という立地がよいのだろうか、この店はほどほどに盛況のようだった。進ノ介は一瞬、その人の多さにぎょっとして、彼らにばれないよう、少しだけ顔を伏せて、雑誌の棚まで歩いていく。そうして、何を買うか、と色鮮やかな表紙を見回し、

 

「お! これ、いいな」

 

 手に取ったのは最新の車カタログ。こういう雑誌から情報をアップデートしていくことも趣味にとっては大切なことだ。そして、何事も決めたら走り出すのが早いのは、進ノ介という人間の長所である。買うと決めたら、寄り道をせず、カウンターへ一直線。そして、すぐに支払いを済ませると、カバンの中に雑誌をしまう。

 

 あとは家に帰るだけ。そんな進ノ介がその男に気づいたのは、出口へと足を向けた時だった。

 

「……ん?」

 

 黒いニット帽を目深にかぶった人影がいた。小柄で、見たところ若く、そして何より行動が怪しい。ちらちらと周りを伺いながら雑誌コーナーのところを、行っては戻って。そして、

 

 あ! と進ノ介が止める間もなく、一瞬で棚から本を数冊奪うと、それを抱えて店のドアから飛び出してしまった。万引きである。しかもえらく大胆不敵な。

 

「っこの、待て!!」

 

 呆然とする周りの人。だが、訓練を受けた警察官である進ノ介は、迷わずその男を追いかけて走り出した。しかし、外は帰宅ラッシュの人混みで灯りも少ないという状況。走り出すのに一拍遅れたのは不利であった。だが、警察官として見逃すわけには行かない。

 

 人の間を縫うように走りながら、声を上げる。

 

「おい! 待て!!」

 

 少しずつ、だが確かに、万引き犯との距離が空いていく。そして、このままでは逃げられる、と進ノ介の内心に焦りが生まれたときだった。ふっ、とその万引き犯の速度が遅くなる。

 

「え!?」

 

 進ノ介がその謎の行動に気を取られた瞬間であった。

 

「うぉおお!!」

 

 叫び声と共に、一人の男が犯人の横合いからタックルを仕掛けたのだ。腰をしっかりと抱きかかえるように掴んだ男は犯人ともつれあいになる。

 

 進ノ介は呆然とした気を取り直し、すぐさま乱戦に飛び込む。そして、万引き犯の腕をとり、後ろ手に。そこで手錠を取り出そうとするが退勤していたため、持ち合わせていないことに気づいた。

 

 だが、カチリと響くのは金属の音。驚き、目を向けると、犯人の手首には手錠がはめられていた。それをもって犯人を拘束したのは、逮捕に協力してくれた若い男性。

 

 髪をうっすらと染めた、整った顔立ちの若者だった。年も進ノ介とそうは離れてはいない。そして、その若者は進ノ介に頭を下げながら、自身の名を名乗るのだった。

 

「ご協力感謝します! 中根警察署の甲斐享です。あとは、俺に任せてください」

 

 

 

 相棒 episode Drive

 

 第五話「この出会いは何をもたらすのか I」

 

 

 

 数分後、進ノ介と甲斐と名乗った警察官は近くの交番にいた。進ノ介が一般市民ならばともかく、警察官としては犯人を引き渡して、はい終わり、というわけにはいかない。自身が追跡した経緯や、犯行の現場について知っていることを担当者に伝えることが必要だ。

 

 ただ、そうした手続きや事情聴取の前に。二人とも捕り物の影響で服は生垣の葉やら何やらでドロドロに汚れてしまっていたので、一休み。服装を少し整えようと交番の奥のスペースを使わせてもらっていた。

 

「あー、手伝いましょうか?」

 

 甲斐刑事が進ノ介に声をかける。進ノ介も汚れを落とそうと、手で掃ったりしていたのだが、背中などには中々手が伸ばせずにいた。そんな様子を心配してくれたのだろう。

 

「あ! いえ、大丈夫ですよ。これくらいなら、自分で。それに、そっちこそ、頭に色々と葉っぱやら土やら」

 

「え? ……あ! ほんとだ。まいったな」

 

 互いのボロボロな姿を確認して、苦笑いを浮かべ合う。なぜだか、進ノ介は甲斐享という青年に対して不思議なシンパシーを感じた。

 

 警察官という人間は往々にして同属意識が強く、対立する部署でない限りは打ち解けやすいものだ。だが、初対面なのにも関わらず、甲斐享という青年へ感じるそれは、いつもと違う気がした。

 

 進ノ介が気づかないが、二人が似た者同士であったことも原因だろう。活発な表情に爽やかな雰囲気、犯人に果敢に飛び込んでいった勇敢さ。それは警察官として、あるいは人として、進ノ介に尊敬を抱かせるには十分なものであり、進ノ介自身もそう言った若さを色濃く残した警察官であるのだから。

 

 そして、互いのゴミ取り作業が終わったのを見計らって、進ノ介は協力した礼を言いたいと、手を差し伸べて自己紹介をしようとする。

 

「さっきは助かりました。俺は、」

 

 だが、名乗る前に享は快活な声で。

 

「知ってますよ、泊進ノ介さんですよね? あの仮面ライダーの。お会いできて光栄です」

 

 そう言うと笑顔を浮かべ、進ノ介の手を握る。進ノ介はその様子に少し驚き、だがすぐにその手を握り返す。

 

「ああ、知ってたんですね。……いつも名乗ると驚かれるから、逆に意外でした」

 

 警察官であっても進ノ介の存在に過剰に反応するものは多い。そんな反応に慣れた進ノ介には享の何でもないように握られた手は心地いいものだった。そして、進ノ介がそう言うと、享は少し照れたように頭を掻いて、小さく言葉を紡いでいく。

 

「いや、実は俺も肩書きとか身分で騒がれるの嫌いで。もちろん、泊さんが嫌じゃなければだけど」

 

「もちろん。あ、じゃあ、改めて。泊進ノ介です、甲斐刑事。俺は今は警視庁の……特命係ってところに所属してて」

 

「特命係? なんか、面白そうな名前ですね。あれですか? 秘密の指令を受けて、とか」

 

 享はそう言って人好きそうな笑顔を浮かべる。

 

「そういうのは全然。まあ、名前だけは大仰なんですけど、けっこう暇なところなんですよ」 

 

 まさか窓際部署などとは言えない。進ノ介は困ったように頬を掻くと、享もそれ以上は追及しては来なかった。本人もそういった経験があるのかは分からないが、人のことをあれこれと詮索する性格ではなさそうで。それも現在の上司とは違って進ノ介の機嫌をよくした。

 

 一通り服装を整えると、交番の巡査が待つ職務室へと戻る。そこでは制服姿の巡査が机に座った万引き犯に対応していた。進ノ介も享も、その犯人を見て、困ったように眉を顰める。先ほど捕らえた万引き犯。厚手のコートに目深にかぶった帽子で分からなかったが、その正体はあまりに若い青年。いや、身分証明書が正しければ高校生だった。

 

「えっと、井江忠くん、でいいのかな?」

 

 巡査に代わってもらって、進ノ介と享は椅子に座り少年へと声をかける。

 

「はい……」

 

 少年はあれほど派手に逃げ回った割には素直に質問に答え始めた。細く、しかし冷静な声だ。進ノ介は彼が机の上で組んだ手を見る。調べによれば、この忠少年は初犯である。通っている学校も都内の名門私立である慶名学園。こうした荒事の世界には縁がないはずであった。だが、警察に連行されたという状況にも関わらず、固く組まれた手は震えもせず、落ち着きをはらっているように見える。

 

「慶名学園の生徒で、今までに警察沙汰はもちろん、補導の前歴もないじゃないか。それがどうして万引きなんてしたのかな?」

 

 享が探るように尋ねる。少年はこちらに目を合わせようとしない。

 

「別に、そんなに理由なんてないですよ。ちょっとむしゃくしゃして……」

 

「そのちょっとの理由で人生を台無しにするつもりだったの?」

 

「……よくあることでしょ? 高校生の万引きなんて。けど、馬鹿でした。すみません」

 

 その物言いに違和感を覚える享は、彼が万引きした雑誌を取り出して机に置く。

 

「でも、いくらむしゃくしゃしてても、読まない本は買わないだろ? これ、ブライダル雑誌だよな? ませてるって言っても君の歳でこんなの万引きするなんて聞いたことないぞ」

 

「僕が何を盗もうと関係ないでしょ! ……言ったとおり、ストレス発散でやったんです。だから、何か欲しいものがあったわけじゃない」

 

 忠少年は享と進ノ介、特に進ノ介の目を見てそう言うと、それきりむっすりと黙ってしまう。本人が万引きを認めて、理由も述べている以上、調書は作成可能。交番の巡査に話を聞くと、初犯ということもあって、厳重注意で保護者に引き渡すつもりのようであった。

 

 もう一度、目を伏せた少年を見る。進ノ介の勘が外れていなければ……。進ノ介は享と目を合わせる。言葉はなくとも、二人とも同じような違和感を感じていた。

 

(なんだ? さっきから演技してるようにも見える)

 

 声を荒げたり、ふてくされたような態度は取っているが、その割には冷静な様子が垣間見えている。ならば、どうしてこの少年はそのような態度をとっているのか。それきり黙り込んでしまった少年の口から、その日は真実が告げられることは無かった。

 

 あくまで進ノ介も享もこの件に関しては部外者だ。担当の巡査は店側とも相談して、穏便に済ませるという決定をしているし、進ノ介にも異論はない。ただ、二人の刑事はそれぞれに釈然としないものを感じながら母親に連れられて去っていく少年を見送るのだった。

 

 

 

 その翌日の夕方。昨夜から昼頃まで降った雨跡が残る道路を進ノ介は一人歩いていた。向かうのは、昨夜進ノ介たちが補導した忠少年の自宅。

 

 表面上は穏やかに解決した事件だったが、一日中、心の内でもやもやとなにか引っかかることが感じていた。少年の不審な態度に、変な万引きの対象。杉下右京の癖ではないが、進ノ介も気になることがあるとエンジンの調子が鈍ってしまう性質だ。様子見も兼ねて彼の元を訪れようとしていた。

 

 すると、

 

「「あ」」

 

 ちょうど道路の反対側からやってきた人影と、玄関前で鉢合わせる。それは昨日出会った甲斐刑事であった。お互いに意外なところで会ったと苦笑いを浮かべて。

 

「泊さんも、もしかしなくても忠君のことですよね?」

 

「ええ。ちょっと気になるところがあって……。まさか甲斐さんに会えるとは思ってもみませんでしたけど」

 

「俺も同じですよ。……それじゃあ、一緒に行きましょうか」

 

 まさか同じ時間に鉢合わせるとは意外である。偶然にしても面白い。これも一つの縁だと、二人は共に井江家を訪問することとなった。

 

 その井江家であるが、高級住宅街に鎮座した外観からしても立派な建物である。公務員である進ノ介には夢のまた夢、そんな豪華さ。

 

 昨夜の取調の段階で調はついていたが、彼の父親は都議会議員の井江亮平氏である。元々は法務省の役人であったのだが、代々議員を務めてきた家系に従って、彼も数年前に出馬。無事に若手議員として活躍している。

 

 そんな如何にもセレブという様な家のインターホンを鳴らすと、昨夜、忠少年を引き取りにきていた母親が恐縮した様子で出迎えてくれた。中へ入ると埃一つないような玄関を通してリビングへと案内される。

 

「あの、今日は忠のためにご足労いただきまして……」

 

 そう言って頭を下げる真美夫人は大人しく、どこか儚げな様子が印象的な美人だ。昨夜も二人の前で息子のしたことを平謝りしていた。そんな彼女にどう見ても高級な紅茶を淹れられて。どこか心が落ち着かない進ノ介に対して、享は平然とした様子で丁寧に礼を言っている。

 

「こういう事件ではその後のケアも大切ですから。忠君の様子はいかがですか?」

 

 切り出したのは享だった。彼は真美夫人を安心させるように微笑みを浮かべながら尋ねる。ただ、母親は二人の刑事を見ることなく、どこか心配げに体を震わせながら答える。

 

「ええ、おかげさまで……。帰ってきたあとは反省したように部屋でじっとしていました。今日も二階のほうで大人しくしています。呼んできた方がよろしいでしょうか?」

 

「それは後で結構です。まずはご家族からも話を伺いたいと思いまして。……忠君が今回のように万引きを働いた理由に心当たりはありますか? 本人はストレスが原因だと言っていますけど、学校生活ですとか、家庭でのトラブルとか」

 

「皆目見当がつきません。あの子は今まで大人しくしていましたし、最近も変わった様子はありませんでした」

 

「じゃあ、仲のいい友達とか、そういった細かいことで気になることは?」

 

「あまり、学校生活のこととかを話す子ではありませんから……」

 

「そうですか……」

 

(まただ……)

 

 進ノ介はそうやって答える夫人の様子に、忠少年と同じ違和感を覚える。一見すると質問に答えているように見えるが、どれも当たり障りのない作った答えだ。ただ、忠少年のそれは何か目的があるように思えたが、夫人の場合は隠し事を悟られたくないという目的があるように思える。

 

 具体的には、言葉の端々から、さっさと刑事には帰ってほしいと、そういう心情が伝わってきた。

 

 進ノ介は部屋を見渡す。自分たちが腰かけているソファもそうだが、備えてあるのはどれも高級家具。大型テレビに壁には絵画に何やら高価そうな焼き物だってある。それらは光を浴びてキラキラと輝いているが、いささか綺麗すぎるようにも感じる。もちろん、それが家庭や育ちの違いと言ってしまえばそれまでなのだが。

 

「……」

 

 進ノ介がそうやって部屋を眺めている間も享は夫人へと質問を加えていくが、彼にも手ごたえは感じられないようであった。

 

 そうこうしていると、突然玄関の方向からガチャリと音がした。

 

(あれ、インターホン鳴ったかな?)

 

 進ノ介はそのことに違和感を覚えるが、夫人はドアの音を聴くとキビキビと動いて、リビングへ続く扉を開ける。

 

「お帰りなさいませ」

 

 恭しく頭を下げた先には男性と、制服姿の女の子がいた。男性のほうには二人も見覚えがある。この家の家主である井江亮平議員だ。議員と言うだけあって威厳を感じさせる態度と精悍な顔つき。一方、傍らの少女はと言えば、高校生くらいだろう。今時珍しく飾り気がなく、髪も染めていない。加えて、二人の刑事を見ると、どこか驚いたように目を見開いていた。

 

 顔立ちには夫人の面影が残っており、おそらくは娘だろうか。夫人に似て、清楚な美人である。

 

「……こちらの方は?」

 

 亮平議員は鋭い目線を二人へと向けると、夫人へと短く問いかける。

 

「あ、あの、警察の方です。あ、こちらは主人と娘の加奈子と言います」

 

「警察?」

 

 夫人はどこかオドオドと夫の質問に答える。もしかしなくても、息子の万引き事件のことは黙っていたのかもしれない。訝し気に夫人を睨み付ける様子に、進ノ介は助け舟を出すことにする。

 

「突然お伺いして申し訳ありません、井江議員。警視庁の泊進ノ介と言います。こちらは中根警察署の甲斐刑事」

 

「甲斐です。実は、昨日の息子さんの件で、その後の様子を伺いに来たんです」

 

「甲斐……? それに泊刑事と言えば、あの仮面ライダーとやらではありませんか?」

 

 亮平議員は驚いたように体を強張らせる。享の苗字に彼が反応した理由は分からなかったが、それ以外はいつも通りといえば、それだけの反応だ。いきなり部屋に仮面ライダーが尋ねてきたのだから。

 

「息子の件とは、どういうことでしょうか?」

 

「実は、申し上げにくいのですが。昨晩、忠君が書店で万引きを行いまして」

 

「何ですって?」

 

 進ノ介の説明に亮平議員は再び顔を顰める。やはり、事件のことは知らなかったようだ。一瞬、その顔が強くこわばるが、鼻を鳴らすと気を直して礼儀正しく刑事たちに頭を下げる。

 

「それは、申し訳ございませんでした。父親として改めて被害者の方には謝罪をしたいのですが。……息子の処分はどうなるのでしょうか?」

 

「初犯ということと、被害者である書店側も穏便に済ませるということですから、その場での厳重注意ということで済ませています。ただ、こういった犯罪の場合、再犯の確率も高いものですから、様子見を兼ねて」

 

「……分かりました。私からも、息子にはきつく言っておきます。……加奈子?」

 

 亮平議員は訝し気に傍らの娘を見た。進ノ介と享もつられて彼女を見る。すると、加奈子の体は小刻みに震えていて。よく見ると拳を強く握り、何かを我慢できないというように顔を真っ赤に染め上げていた。先ほどの清楚という印象とはまるで別人で、その変化に二人は心底驚かされる。そして、我慢が限度だったのか、

 

「あのバカ!!」

 

 一言を吐き捨てると、加奈子は突然部屋を飛び出し、大きく物音を立てながら階段を駆け上がっていった。虚を突かれて一瞬呆然とした享と進ノ介も、すぐにその後を追いかける。

 

 二階へ上がると、間取りを知らない二人にも彼女の行き先はすぐに分かった。なにせ、怒声と何かをぶつける音が外にまで響いてくるのだから。

 

 急いで声がする部屋へ飛び込む。恐らくは忠少年の部屋だろう。質素な部屋に勉強机とベッド。本棚には参考書と辞書が並んでいる。そんな部屋の中央で忠少年に馬乗りになり、荒々しい形相で殴りつける加奈子の姿があった。

 

「あんた!! 何考えてんの!! 警察呼ぶなんて!!!」

 

「!! !!」

 

 忠少年は顔を守るように蹲るが、反撃する様子もない。ただ、その様子は一般的な姉弟喧嘩とは違い、加奈子の様子は尋常じゃなかった。髪を振り乱しながら、殺さんばかりの勢いで拳を降り下ろし続ける。

 

「ちょっと!? 止めろって!!」

 

 忠の顔に血がにじんでいるのを見て、慌てて進ノ介と享が加奈子を引きはがすと忠を助け出す。

 

「放して!! このっ、裏切り者!!」

 

 なおも暴れる加奈子の変貌ぶりを見て、進ノ介と享は眉をひそめながら顔を見合わせるのだった。そして、見間違えでなければ、二人の刑事は確かに見たのだ、

 

 血を流しながらも不敵な笑みを浮かべる少年の姿を。二人の刑事と姉を見て爛々と目を燃やしているその様子は、姉と同じく強い印象を進ノ介に感じさせた。

 

 

 

 一方そのころ、同僚がそのような事態に巻き込まれているとはつゆ知らず、杉下右京は今日も今日とて気ままに事件現場をうろうろとしていた。最近はすっかり慣れた進ノ介の運転とは違い、ゆっくりと徒歩を楽しんで。向かった先は歌舞伎町の小さな路地裏。雨上がりの湿った狭いそこには、多くの警察官が集まっている。

 

「どうも」

 

 制服姿の警察官の間を手帳を見せながら進んでいくと、遺体の場所までたどり着く。そこには、グレーのスーツ姿の中年男性がうつぶせに倒れていた。頭からは赤黒い血液が流れ、地面へと染みこんでいる。

 

「これは杉下警部! これまたどこでお話を?」

 

 そんな右京へ声をかけるのは、鑑識作業を続けていた米沢だった。米沢はいったん作業を停止して、右京の元へと駆け寄ってくる。右京もそんな米沢の様子に顔を緩めると、

 

「少し散歩をしていたら、小耳にはさみまして。ええ、偶然ですよ」

 

「ははぁ、杉下警部の小耳はえらく遠くまで音を拾うようですな……。そういえば今日は泊さんは、どちらに?」

 

「彼は今日は何やら用があるようですよ。米沢さんにとっては残念ですが、僕一人です」

 

「仮面ライダーの謎の行動、ですか。それは興味深いですね。一体、何をしているのやら……」

 

 米沢は右京の真似をする様に考え事をしながら、ほわほわと笑う。だが、右京はそんな米沢の妄想を止めるように、「米沢さん」と一言。それを聞いて、米沢は少々咳ばらいをすると右京に遺体と資料を見せる。

 

「これは失礼しました。所持品の免許証から、被害者は河西充。肩書きは興信所の所長となっておりますが、詐欺や恐喝の前科があり。どうにも後ろ暗いことをしながら生計を立てていたようです」

 

「前歴は警察官ですか……。職務怠慢で懲戒免職。探偵は警官の再就職としては、ありがちですね」

 

「仮にも元同職がこのような目に遭うと、何とコメントしてよいのやら……。ああ、遺体ですが、死後硬直の具合から、死亡推定時刻は昨晩の深夜二時前後という所でしょうか。死因はこの通り」

 

 そう言うと、米沢は遺体の頭を少し動かして、傷を見せる。

 

「鈍器で頭を殴られたことによる脳挫傷。傷口の個数と位置から見て、正面から一発目、よろめいたところを後ろから複数回、と言ったところでしょうか。傷口は細いので、おそらくスパナのようなものが凶器と見られます」

 

「……かなり執拗に殴られたようですねえ」

 

「後頭部の打撃痕は十数か所に及びます。おかげでこの通り頭の形が変わってしまっており……。犯人の怒りが伝わってくるようですな……」

 

 私はそんな目には遭いたくないものです。等と、米沢は手を合わせながらしみじみと呟く。そんな彼の様子を気に留めず、右京は被害者の恰好などを事細かく見ていく。

 

 スーツはよれた質の悪いもの。調査業務ということだから、外回りが主な仕事だろうが、それにしても金銭状況は良くなかったのだろう。ただ、手首に巻かれた腕時計は、スーツよりもかなり高級なものに見え、使い込まれていた。もっとも、血と泥に塗れて無残なことになってはいたが。

 

 そして、最後には傷を触ったせいだろうか。握りかけのように開かれた、血に染まった指先のかすれを確認し終えて、右京は遺体から目を外す。そして顔を上げると、米沢に声をかけた。

 

「米沢さん、被害者の所持品はどちらに?」

 

「ああ、こちらです」

 

 米沢が袋に包まれた所持品を持ってくる。だが、そこに入っていたのは黒い小さな手帳と財布のみ。

 

「……携帯電話や記録媒体がありませんね。調査業の方ならば、それらは必須のものでしょうが」

 

「ええ。おっしゃる通りですが、それらはまだ見つかっておりません。この手帳も、肝心の中身はほとんどが破られていましたので、おそらく犯人によって持ち去られてしまったのでしょう。

 そのことから、一課は被害者の仕事関係でトラブルが起こったのではないか、そう考えているようです。今は事務所に立ち入って調べているそうで」

 

 そこで何かが解れば事件も進展するのだが、と米沢が呟く。右京はその手帳を手に取り、開けてみる。確かに米沢の言う通り、メモ帳の中身は乱雑に破られているようだ。

 

 そうして、見るべきものを全て確認すると、右京は感謝の言葉と共に米沢に証拠品を返す。その時、路地の向こう側から、突然大きな声が飛んできた。

 

「すーぎーしーたーうーきょーうー!!!!」

 

 それは迫力ありつつも、どこか気が抜けるような大声。その方向へ右京が顔を向けると、それは通りの遠く向こう側。まだ姿が視認できないほどの距離からだった。通りを行く人全員がぎょっと振り向くほど。よく声が通るものだと、右京は少し感心する。

 

 その声の主は、うぉおおおー、等と叫び声を上げながら近づいてきているようで。次第にその影が小粒から人の形へと変わっていく。そのくらいの距離になって、右京はようやく、それが顔を怒らせた刑事であることに気づいた。

 

 古めかしいトレンチコートに角ばった顔。実に刑事らしい刑事に見える。

 

「おや、彼は、確か一課の……」

 

「ええ、五係の追田警部ですねえ。それにしても、あのように走りながら大声を出されていると、傍から見ても大変そうであり、どう見ても近所迷惑ですが……。大丈夫でしょうか?」

 

 二人がぼんやりと、そんなことを話していると、その追田警部は数分かけて二人の近くまで来る。そして、大きく息を乱して、肩を上下させると、無理やり言葉を続ける。

 

「ぜはー! ぜはー! す、すぎしたぁー」

 

「ああ、その前にひとまずは落ち着かれたほうがよろしいかと」

 

「よ、よけいな、おせわだぁ……」

 

 言葉とは裏腹に疲労困憊が隠れていなかった。それから数分経って、ようやく息を整えると、追田は右京へびしりと指を突き付ける。

 

「杉下右京! ここで遭ったが、百年目ぇー!! おてんとうさまが許しても、この追田現八郎が許さねえぞ!! さっさとここから出ていきやがれー!! ついでに特命係も辞めやがれ!!」

 

「ああ、この事件は五係の担当だったのですか。……それでは、おっしゃる通り、僕は失礼するとしましょう」

 

「お!? おぉう!? やけにあっさりだな」

 

 自分から出ていけと言っているのに、抵抗もなく右京がうなずくと、追田はまたもオーバーリアクションでのけ反って。

 

「ええ。ここで見るべきことは見ましたので。……ああ! そういえば追田警部」

 

「俺は何も言わねえぞ!」

 

「この次に向かいたいのですが、被害者が勤める興信所はどちらにあるのでしょうか?」

 

「聞けよ?! それに事件に関わる気満々だな!?」

 

 右京が尋ねると、追田は顔を面白くゆがませながら顔を近づけてくる。さしずめ伊丹が般若だとしたら、追田はひょっとこだろうか。

 

「このヤマは俺達のだって言っているだろうが! さっさと出てけ! 関わるな!! お前がふらふらしてると、進ノ介にも迷惑かかるだろが!!」

 

「そうですか。……そういえば追田警部は泊君とはどのようなご関係なのでしょう?」

 

 こっそりと横目で米沢に尋ねると、彼は耳打ちするように、

 

「泊さんの仮面ライダー時代、特状課と刑事部との連絡役として派遣されていたのが、何を隠そう、この追田警部になります。つまり、元チーム仮面ライダーの一員」

 

 それを聞いて、右京は興味深そうに頷く。

 

「……なるほど。だから沢神博士もご存じだったのですね。ああ、現八郎だからゲンパチですか。泊君が言っていた現さんも追田警部のことなのでしょう」

 

「んなぁ!? やい杉下! お前に現さん呼ばわりを許した覚えねえぞ!?」

 

「まあまあ、そうおっしゃらずに。いずれは分かることですし、被害者の住所や事務所のこと、教えていただくわけにはいきませんか?」

 

「ほんと、しつこいな!? さっさとあっち行け! しっしっ!!」

 

 最後にはハエでも払うように嫌な顔。そこへ助け舟を出したのは米沢だった。追田の耳元に顔を寄せると、ひそひそ話を始める。

 

「あのぉ、追田警部……」

 

「なんでえ、米沢」

 

「杉下警部のことを疎ましく思われるのはごもっともだと思いますが。誰あろう泊さんも、今は特命係です」

 

「だから何だってんだ」

 

「杉下警部が事件を解決すれば、巡り巡って泊さんの手柄にも……」

 

 こそこそと話す米沢。そして、その言葉に道理が通ると思ったのだろう。追田は目を見開いて、ぴかん、とひらめいたような反応を示す。追田とて進ノ介がいつまでも特命係に甘んじるのを許しているわけではない。彼が手柄を立てて捜査一課にやってくることを願っていた。

 

 追田は迷うように、右京を見て、俯いて、右京を見て、俯いてと繰り返し……。

 

「くぅー! 今回だけだ! 今回だけ許してやる!! さっさとついて来やがれ!!」

 

 そう怒鳴って踵を返していく。

 

「おやおや。……米沢さんには感謝しなくてはいけませんね」

 

「いえいえ、これくらいは。それでは、また何かわかりましたらご連絡します」

 

 最後に右京は米沢に礼を言って。そして、追田と二人、被害者の事務所へと向かうのだった。




ということで、本来の歴史での三代目相棒、そして歴史が変わってしまったために本作では杉下右京との縁が紡がれなかったカイトこと甲斐享の登場です。

この物語でも最重要のキャラの一人。私としても彼と進ノ介の物語は丁寧に描きたく、それゆえに今までにないほどお待たせしてしまい、皆様には申し訳なく思っております。

彼が「相棒」の物語でたどった運命は大きな衝撃と共に皆様もすでに知っておられるかもしれません。進ノ介と出会ったことで、右京と出会わなかったことで、彼の運命が好転するのか、あるいは暗転するのか。

私も当時、大きな悲しみと共に結末を見届けた者として、本作での甲斐享の物語も責任を持って書きあげていきたいと思います。

それでは第二パートも近日中にお届けいたしますので、お待ちください。
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