相棒 episode Drive   作:カサノリ

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 自分でも驚くほどに、すんなりと書き上げられた第六話始まります。

 今回は相棒と仮面ライダードライブのクロスとしては面白いネタが出せたのではないかと思います。皆様も常識を捨て、あの言葉を呟きながら、どうか、お楽しみください。


第六話「悪魔の継承者 I」

 Vim patior... Vim patior...

 

 村木重雄という男を覚えているだろうか。狡猾にして残忍な連続殺人鬼。

 

 二十五年にわたり快楽殺人に耽った村木は慎重に捜査網をかいくぐり。そして、七人の罪なき女性の命が奪われた。

 

 それだけでも悍ましい犯罪である。しかし、村木は自身だけでなく、未来ある若者さえも深い悪の道へと誘った。当時、精神科医の助手として村木と接触していた安斉直太郎という若者。村木は彼に自らの思想を植え付け、三人の女性を殺害させたのである。

 

 だが、彼らの蜜月も終わりを迎える。八年前、事件は白日の元となり、村木は追及の手を逃れて自殺。後に安斉は逮捕されるが、彼を憎む被害者遺族によって殺害されることとなった。

 

 村木をきっかけとした犯罪は、安斉や被害者、そして遺族という多くの人生を狂わせて終結した。そう、事件は八年前に確かに終わりを迎えたはずだった。しかし、密やかに、その悪意は生き続けていたことを、まだ誰も知らない。

 

 

 

 相棒 episode Drive

 

 第六話「悪魔の継承者 I」

 

 

 

「泊君。君、今日は空いていますか?」

 

 とある日の夕方、右京が呑気な言葉で進ノ介を誘った。その声に進ノ介はきょとんと帰り支度を止めて、右京を振り返る。時計は五時を回っていた。例のごとく今日も特命係は暇であり、進ノ介も何もなければそのまま家へと帰る予定である。

 

「今日ですか?」

 

「今日です。もちろん、無理にとは言いませんが」

 

 右京のことだから断っても機嫌を悪くすることもないだろう。だが、せっかく誘ってもらったのだ。用もないのに断るのも変な話である。

 

「いいですよ。花の里ですか?」

 

 進ノ介は最近すっかり常連となった小料理屋の名前を出す。右京にとってもお気に入りの店。だが、彼から出てきたのは意外にも違う言葉であった。

 

「いいえ、君、おでんは好きですか? 今日は屋台に行こうと思っているのですが」

 

「……おでん、ですか?」

 

「ええ、おでん」

 

 しかも屋台。花の里のような小料理屋といい、見かけだけは英国紳士然とした右京の雰囲気とは似合わない店ではある。ますます右京の私生活に興味を惹かれるが、それはそれとして屋台と言う場所には進ノ介も興味があった。

 

 夜の街角で赤い提灯に照らされながら、温かいおでんに舌鼓を打つ。男ならば、そうしたシチュエーションに憧れを抱く者も多いのではなかろうか。にわかに進ノ介も楽しみになってきた。

 

「俺でよければ喜んで」

 

「そうですか。それでは、少しお付き合いをお願いします。実は毎年、この時期になると顔を見せていたのですよ。ただ今日は君もいることですし。ええ、君は存外有名人ですからね。彼も喜ぶのではないかと」

 

 そう言うと、右京はコートと帽子を纏ってテキパキと二人分の出勤札をひっくり返した。

 

 二人が向かったのは警視庁から三十分ほど移動した先にある臨海公園。そこに小さな屋台が鎮座していた。店先には『御待堂』と洒落の聞いた名前の看板が置かれている。その暖簾をくぐると、おでんの暖かい香りが漂ってきた。すでに若いカップルも含めた少なくない客が先に入っているが、二人くらいならばのんびりとできそうだ。

 

「あれ、杉下さんじゃないですか。お久しぶりですね」

 

「こちらこそ、お元気そうで何よりです。佐古さん」

 

 右京に声をかけた店主は眼鏡をかけた優し気な風貌の男性だった。右京の言葉通り、昔からの知り合いのようで親し気に挨拶を交わす。杉下右京のプライベートの知り合いと言えば、幸子に続いて二人目だ。進ノ介は頭の中の杉下右京捜査メモに新しい内容を書きこんだ。そして、佐古と呼ばれたその店主は、進ノ介を見ると、

 

「これは、また。ようこそいらっしゃいました」

 

 そう言うとにこりと笑ってカウンター席へと招いてくれる。幸子とは違って、驚いたり、サインを求める様子はなかった。おかげで周りの客にも気づかれることがなく、進ノ介は安堵する。同時に、佐古のそうした気遣いに感謝した。

 

「神戸さんは異動になった時に挨拶にいらっしゃいましたが、もしかして」

 

「ええ、特命係は今、彼と僕です」

 

「よろしくお願いします」

 

「これは驚いたなあ。まさか、特命係とはねえ……。ささ、狭い店ですが、どうぞ寛いでください。今日は大根なんてよく味が染みてますよ」

 

 そうして二人は佐古に勧められるままにおでんをつまみ、進ノ介も久方ぶりに酒を飲みつつ談笑するのだった。話の中で驚かされたのは、佐古も元々は警察官であったこと。詳しくは語られなかったが、ある不祥事に巻き込まれてしまったそうで、不本意な退職だったのだという。

 

 ただ、今はそれも良い思い出だ、と笑い話にして人生を楽しんでいる彼を進ノ介は少し羨ましく感じる。そんな佐古もしばらくすれば屋台は閉め、おでんの師匠の店を受け継ぐのだという。慣れ親しんだ屋台ともお別れだと言っていた。

 

「そういえば、杉下さん。この時期には佐古さんに会いに来ている見たいですけど、特別な何かがあったんですか?」

 

「……そうですねえ。ずいぶんと昔のことですが、なかなか忘れがたい事件があったので」

 

「事件?」

 

 進ノ介が尋ねると、佐古は昔を懐かしむように説明を始める。

 

「杉下さんと、亀山さん。神戸さんの前任の人なんだけど。俺が二人に頼み込んでさ。ある事件の捜査をお願いしたんだ。それが、まあ、いろいろ根が深い話でね」

 

「へえ……」

 

 例の、進ノ介が勝手に仙人認定している亀山薫である。そうでなくても色々なところに首を突っ込んでいる人だな、と少し呆れながら進ノ介はビールをあおった。

 

 久しぶりのアルコールに呑まれて酔いつぶれるまで一時間、進ノ介は美味しいおでんに舌鼓を打つ。この時、二人はまだ、彼方で響くサイレンに気づくことはなかった。

 

 

 

 そうして特命係の二人がのんびりと夕食を楽しんでいたころ。夕食も食べられずに夜遅くまで働く刑事達もいた。 

 

「芹沢、詩島。急げ!!」

 

「待ってくださいよ先輩!! って霧子ちゃん!?」

 

「お先に失礼します、芹沢さん」

 

 伊丹達、捜査一課が呼ばれたのは荒川の河川敷。近隣住民によって遺体発見の通報があったのだ。急いで向かった三人は暗がりの中、ライトの灯りを頼りに土手を降りていく。

 

 藪に覆われ、テトラポットが川辺に並んだ、流れが緩やかな場所だ。そこへたどり着いた時、なぜだか伊丹はその場所に見覚えがある気がした。だが、今はそんな感想は置いて、遺体の傍まで向かう。

 

「おい、米沢!!」

 

「これは伊丹刑事、お早いお着きで。それに詩島刑事、芹沢刑事も」

 

 米沢はいつもと比べると少し困った、と言うような困惑の表情で三人を出迎えた。

 

「米沢さんー。俺、とうとう霧子ちゃんの次ですか?」

 

「ああ、特にそう言った意図はなく。今日はたまたまそのような気分だっただけで」

 

「ほんとかなー。なんだか最近、先輩たちにも霧子ちゃんより後輩みたいに扱われているんだけど」

 

「大丈夫ですよ、私はちゃんと芹沢さんのこと尊敬していますから」

 

 いじいじと嘆く芹沢を励まして、霧子は伊丹の後ろから遺体を見る。若い女性の刺殺体だ。歳は二十代くらいだろうか、まだ先に幸せがあっただろうに。

 

「これ……。ほんと酷いことする奴がいますね」

 

 芹沢が手を合わせながら呟く。伊丹もむっすりとしながらも心の内は同じなのだろう。手を合わせると、静かに黙とうをささげた。

 

「遺体のポケットから身分証が見つかりました。被害者は舞原ひとみ、二十六歳。外資系企業の営業をしていたようです。死因は恐らく腹部を刺されたことによる出血死でしょう。ただ、死後の傷ですが、強く体が打ち付けられた痕跡があります。

 他にも、体には多くの擦過傷。服は濡れていますし、上流から遺体は流れ着いたと考えられます」

 

 そう静かに告げる米沢の言葉を聞きながら、霧子は遺体の観察を始める。確かに、遺体には腹部に残っている複数の刺し傷の他に浅い擦過傷が手足に残り、服にも損傷が見られた。

 

 しばらく前から雨が続いていたので、川の中央は未だに流れが速い。これなら、かなり上流から流れ着いた可能性もあるだろう。

 

「性的暴行の痕跡はありましたか?」

 

「遺体の状態がこれですから、詳しくは司法解剖を通さなければ。ただ、今の状態を見ると、その可能性は少ないかと」

 

「それじゃあ、怨恨の線が強いですね……」

 

 霧子が言うと、米沢は顔を顰めながら、言葉を慎重に選ぶように口を開く。

 

「それがですな……。非常に厄介そうなことが。恐らく、伊丹刑事と芹沢刑事には分かっていただけるかと」

 

「ん? どういうことだ?」

 

「まずはこれを見てください。すると、驚くことに、この場所の記憶が蘇りましたよ。不謹慎ではありますが、いつぞや流行ったアハ体験というか」

 

「細けえことは良いから、さっさと見せろ!」

 

 伊丹の不機嫌な声に肩をすくめ、米沢は被害者の耳にかかった髪を慎重にのける。すると、伊丹は目を見開き、芹沢は驚きに、

 

「あっ!?」

 

 と大声を上げた。

 

「えっと、お二人ともどうしたんですか?」

 

 一様に顔色を変えた先輩刑事の姿に、霧子は眉を顰める。彼女には遺体の耳を見ても、特に思い浮かぶことがなかったのだ。二人に尋ねてみても、伊丹は考え込むように黙り込み、そして芹沢は「嘘でしょ……」と心ここにあらずの様子。

 

「あの、米沢さん?」

 

 要領を得ない先輩二人に見切りをつけて、霧子は米沢に尋ねる。すると彼は大きくため息を吐きながら告げるのだった。

 

「実は、過去にも同様の殺人事件が起こっているのです。まったく同じ現場、同じ死因。そして、遺体の状態も同一の事件が……」

 

 無残な遺体の右耳。片耳には残されていたピアス、それが右耳から失われていたのだ。

 

 

 

 翌朝。進ノ介が少しだけ痛む頭を擦りながら出勤すると、右京はいつものように自分の席で静かに朝刊を読んでいた。ただ、その様子がいつもよりも真剣に見えて。何か事件があったのだと、進ノ介は直感的に感じる。

 

「おはようございます。昨日はありがとうございました」

 

「ええ、こちらこそ。ところで、泊君……」

 

 右京が新聞を置き、何かを言いかけた。だが、それを遮る悪いタイミングでいつもの声。角田がコーヒーカップ片手に「暇か!」と告げて入ってくる。

 

「……角田課長」

 

「わ、悪かったって! 話さえぎってさ。まあ、あんたは暇じゃないだろうよ。あんなことが起こったんじゃ」

 

 出鼻をくじかれたからだろうか、右京が咎めるような視線を送ると、角田も少し申し訳なさげに謝る。だが、その意味ありげな言葉に、進ノ介は大きく興味が引かれた。

 

「杉下さん、角田課長、何かあったんですか?」

 

 進ノ介は二人へと疑問を投げかける。すると、右京は机に置いていた新聞を進ノ介へと手渡した。

 

「まずはこれを見てください」

 

「……今日の朝刊。っと、杉下さんが興味を引きそうなのは……。これでしょう?」

 

 進ノ介が指さしたのは一つの記事。それに右京はうなずきを返した。昨夜、荒川に流れ着いた女性の遺体についての記事である。見出しには「片耳のピアス」や「悪魔」とセンセーショナルな文字。

 

「『悪魔による凶行、再び』。ん? 俺も聞き覚えあるぞ、この事件」

 

 そう言うと、右京は立ち上がり、部屋を出ようとする。

 

「ええ、ということで僕は行きます。君はお好きになさってください」

 

「どこへ? って、あー、米沢さんのところですか。俺も行きますよ」

 

「……なんか、泊君も特命係に染まってきたね」

 

 そんな角田の不吉なつぶやきを聞きながら、進ノ介はネクタイを締めなおすと右京と共に鑑識へと向かうのだった。

 

「これは杉下警部、それに泊さんも。ちょうどよいところにいらっしゃいました」

 

 二人が到着したとき、すでに米沢は机の上で現場資料を並べて出迎えてくれた。やけに準備万端である。そのことを聞いてみると、米沢は。

 

「それが、お二人の前に来客がありまして」

 

「来客?」

 

「ええ、あちらに」

 

 米沢が指さす方向を見ると、霧子が段ボールを持ちながら鑑識室へと入ってきた。結構な大荷物で、慌てて進ノ介は手伝いに向かう。

 

「泊さん!?」

 

「ああ、先客って霧子だったんだな。荷物、俺が持つよ」

 

 進ノ介は霧子が持っていたそれらを受け取ると、部屋の隅にゆっくりと置く。それは捜査資料を保管しているもので、日付は今から八年前だろうか。見ると、同じような段ボールが幾つか既に積み上げてある。

 

「これらを我々鑑識で資料庫から引っ張りあげていたのですが、通りがかりの詩島刑事がお手伝いしてくださって。助かりました。なにしろ十件分の資料ですからね」

 

 米沢は嬉しそうに霧子と進ノ介に頭を下げる。元々、米沢は霧子に事件を説明するために資料を広げていたらしい。それで整頓された資料の謎は解けた。そして、米沢の言葉には聞き捨てならないものが。

 

「……十件?」

 

 その通常の刑事事件とはかけ離れた数字に戦慄しながら問いかける進ノ介。右京はそんな彼の問いに、捜査資料を眺めながら、静かに答える。その目は被害女性の耳の写真に向けられていた。

 

「ええ。十件の連続殺人です。解決は八年前ですから、泊君は高校生くらいでしょうか?」

 

「私なんて小学生ですよ。そんなに昔の事件ですから、うろ覚えでした」

 

 霧子や右京の言葉を聞いていると、だんだんと進ノ介もかつてテレビで見聞きした事件を思い出していく。当時、長いことワイドショーを騒がせていた殺人事件があったことを。

 

「もしかしてあの事件、かな? 悪魔とかカルトとか随分報道されていた気が。もしかしてその事件にも杉下さんが関わっていたんですか?」

 

「ええ。昨日、佐古さんとお話した事件もそれです。……ここは解説役が必要でしょうか?」

 

「ぜひ、お願いします」

 

 進ノ介が拝むように頼むと、右京は霧子と進ノ介にいくつかの写真を見せながら説明を始めた。机の上に並べられていく写真は、どれも女性の他殺体。首に絞殺痕が残っているものも、溺死のように顔が水にぬれているものも、痛ましい景色がそこに広がっている。そして、それらに一つの共通点が。

 

「どれも、片方のピアスがない……」

 

「ええ。それが、この事件の特徴です。事件の全容が発覚したのが今から八年前。荒川で女性の刺殺体が発見されました。そして、その事件では過去に東京で発生した未解決事件と同様に、遺体の片耳からピアスが失われていたのです。

 ピアスというのは、詩島刑事なら良くご存知かもしれませんが、少しのことで外れるものではありません。恐らく、犯人が持ち去ったのだと考えられました」

 

 前の犯行から十三年越しの二件目。性的暴行の形跡も物取りの痕跡もなく、そのことから怨恨、あるいは日本では珍しい快楽殺人と考えられた。そして、後者の場合、そのような衝動を十数年も抑えることはあり得ない。

 

「恐らく、他の場所でも犯行を行っていたのだと考え、僕と亀山君で全国の未解決事件を洗い出しました。その結果」

 

 右京が、一枚の紙を見せる。そこには年号と日付、そして発生場所に死因。それが十件分記載されていた。

 

「同様に右耳のピアスが持ち去られた殺人事件が他に八件、全国各地で発生していることがわかりました」

 

 進ノ介がそのリストを見ると、最初は大阪、次いで北海道と、数年のインターバルを置いて若い女性が被害者となった殺人事件が発生している。

 

「連続殺人だって気づかなかったのは、県を跨いだ犯行だったから、ですか?」

 

「ええ。それに加えて、それぞれの事件で用いられた手口にも連続性がない。それが大きな要因です」

 

 右京が指で示した場所には、扼殺、刺殺、毒殺、と多様な死因が描かれていた。そのことに進ノ介と霧子は顔を強張らせる。犯人の手口がわかってきた。

 

「当時も今も、日本各地の警察を集中管理する機関はありませんので、発見が遅れたと、そう言うわけです」

 

 米沢が当時を思い返すようにしみじみと呟く。日本には全国の警察を統括する機関がなく、県を跨いだ情報の共有はされにくい。また、連続事件の特定には犯行手段の同一性が大きな基準とされている。

 

 それらのセオリーを巧妙に外すことで連続殺人を隠蔽してきた。憎たらしいほどに警察の捜査手法の盲点をついた犯行だ。それだけで、この犯人の慎重さと狡猾さが進ノ介には伝わってくる。

 

「十件目の事件では偶然、埼玉県川口市で遺棄された遺体が東京都まで流れ着いたことで、連続性が確認されました。もし、その偶然がなければ、犯人逮捕はおろか連続殺人の全容すら分からなかったでしょう」

 

「その事件の犯人が、村木重雄」

 

 進ノ介は霧子と共に、少し頭が禿上げた、痩せぎすの男の写真を見る。一見すると感情に乏しく、このような大胆な犯行を犯すようには思えない。ただ、その目だけは深く濁った色を湛えているようだった。

 

「村木はかつての事件で有力な容疑者として挙げられた男でした。職業は人気予備校講師。その立場を利用して全国を飛び回り、次々に女性を殺害していったのです」

 

「……動機は何だったんですか?」

 

 米沢がとりだした写真には、どこか怪しげな、いや黒魔術的な祭壇に並べられた悪魔の絵と、ピアス。それを見せながら、右京が口を開く。

 

「追い詰められた村木が自殺したため、彼の口から詳細な動機が語られることはありませんでした。もっとも、彼は自身を『不治の病』だと正当化しようとしていましたが。

 彼は支配的な妻との共依存関係にありました。女性を殺害し奪ったピアスは力の象徴。それらを妻に身に着けさせることで、間接的に妻を支配する実感を得ていた。そう、共犯者は供述しています」

 

「とはいっても、彼は悪魔崇拝に傾倒していたようで。どうやら、独自の思想を構築していたようなのです」

 

 右京の言葉に米沢が捕捉を加える。村木の妻、順子の左耳はピアスをつけることができない事情があった。そのため、村木にとっては右耳のピアスのみが必要であり、それが彼の『署名的行動』へとつながったと考えられている。

 

「古代エジプトでは、ピアスを身に着けることで、身体への悪魔の侵入を防ぐことができると考えられていました。つまり、女性からピアスを奪うことは、被害者の体と魂を支配することに繋がります……」

 

 進ノ介は右京の言葉を聞きながら、村木の書き残した絵を見つめる。どれも悍ましい死体や悪魔が描かれており、彼の内面の残虐さがにじみ出ている。不意に気分が悪くなり、目を逸らした。

 

「……この事件、共犯もいたんですね。安斉直太郎、精神科医の内田美咲さんの助手ですか」

 

「村木が事故により犯行ができなくなったのち、共犯として三件の殺人を犯しています。その安斉も一年後に被害者遺族によって殺害。その事件でも安斉の精神鑑定結果に抗議して遺族の一名が自殺という悲しい結果が伴っています」

 

 最初から最後までやりきれないことばかりだ。進ノ介も霧子も顔を暗く曇らせる。だが、二人とも過去の事件に思いを馳せるために集まったわけではない。進ノ介は気を取り直すと、二人へと問いかけた。

 

「昔の事件についての概要は分かりましたけど、今回の事件との関係はどうなっているんですか?」

 

「それが問題なのです。昨夜発見された女性の刺殺体ですが。片耳のピアスが外されていました。八年前の事件と同じく右耳のピアスが。ピアスの件は事件解決後に公開されていますので、それだけならば単なる模倣犯の犯行だと考えられるのですが……」

 

「米沢さんや、他の方の驚きようから考えると、それだけではないようですね?」

 

 右京の言葉に米沢はゆっくりと頷く。

 

「ええ、杉下警部のおっしゃる通り。まず、遺体の発見場所である荒川河川敷。それが安斉による三件目の犯行、その遺体発見場所とまったく同じです。さらに、腹部の刺し傷も同様の箇所、個数、凶器の刃渡りまでほぼ同じ。それに埼玉県警の報告では、八年前の殺害現場から今朝、血痕が発見されました」

 

米沢がその遺体の写真を示してくれるが、確かに片耳のピアスがなかった。左耳には小さく可愛らしいピアスが残っているにも関わらず。

 

「……それ、おかしいですよね? 大まかな特徴なら単なる模倣犯でもあり得ます。けど、発見現場、殺害方法、殺害現場の全てが八年前と同じだなんて。そんな情報まで知っているのは、犯人か、捜査関係者しかいないはずです。犯人が二人とも死亡しているなら、どうやって模倣犯は事件の詳細を知ったんですか?」

 

 同意を求めるように進ノ介が全員の顔を見渡すと、霧子も右京も頷きで返す。その時、

 

「どうも、それだけじゃねえぞ」

 

 大きく音を立てて鑑識室へと入ってきたのは伊丹と芹沢だ。実にいいタイミングである。出待ちでもしていたのだろうか、と疑うほどの。

 

「伊丹さん、芹沢さん」

 

「ふんっ、特命仮面と警部どの。そんで、お前はこんなとこでなに油売ってんだ、詩島」

 

「特命、仮面……」

 

「どんどん短くなっていますね、泊さんの名前。あと、私も別に油売っていたわけじゃありませんよ? 事件のことを調べてたんです」

 

「それはそうと伊丹さん、先ほどの言葉は一体どういうことでしょうか?」

 

 何とも言えない表情で伊丹を見つめる進ノ介を放っておいて、右京は伊丹の言葉を促す。すると、伊丹は不機嫌な顔をしながらも、居並ぶ面々へと手に持つ資料を見せてくれた。

 

「あんな事件があったもんだから、先輩と俺で調べてみたんですよ、ここ数年の未解決事件。そうしたら、もう大変なことがわかっちゃって! いてっ!?」

 

「はしゃぐな、この馬鹿! ま、その結果がこれですよ。警部どのの真似をしたわけじゃないですから悪しからず。

 ただ……、またやられたみたいです。四年前に群馬、三年前に静岡、二年前に青森、そして去年に茨城! それぞれ手口は毒殺、轢殺、扼殺、転落死! 共通点は持ち去られた片耳のピアス!! 間違いなく、奴の模倣犯ですよ」

 

 伊丹は苛立たし気に資料を机の上に叩きつける。それを手に取った進ノ介と右京の目にも、伊丹が告げた事実が認められた。それぞれ、おおよそ一年の間隔で若い女性が殺害されている。そして、発生場所は過去に村木が犯行を『行わなかった』県。

 

 ピアスを奪うだけでなく、村木の『同じ管轄で犯行を行わない』『同じ殺害方法を選ばない』という手口を踏襲している。

 

「こんなに!? ……けれど、最初の事件の発生が四年前ですよね? いくら事件が風化していたとしても、村木の事件との関連に誰も気づかなかったんですか!?」

 

 霧子が驚きに声を染めながら尋ねた。すると、芹沢は各県警に連絡を取り、確認した事実として、

 

「今回の場合、どれも自殺や事故死を装って殺害されているんだ。一件目は青酸カリをジュースに混ぜて、二件目は盗難車でひき逃げ。その次は室内で首吊り、最後はマンションから転落だよ。どの事件でも他殺の疑いも考慮されたけど、有力な犯人も浮かばず、未解決になってる」

 

「……なるほど。村木重雄は警察の管轄の違い、そして異なる殺害方法を取ることで捜査を攪乱していましたが、この犯人はそれに加えて捜査の発生を防いでいる。

 単なる模倣犯ではなく、村木の手口を研究し、独自に進化させているといえます」

 

 右京が厳しい口調で言う。伊丹達の報告は、またも警察の裏をかかれて連続殺人が行われていることを如実に示している。

 

「甲斐刑事部長も事態を重く見て、県警との合同捜査本部を立てるらしい。……と、いうわけで俺達はそちらに向かわなくては行けないので、失礼。さっさと戻るぞ詩島!!」

 

「もう、言い方……。それじゃあ、泊さん、杉下警部、私も失礼します。あ、米沢さん、この被害者の資料、お借りしていきますね」

 

 伊丹は最後に大仰に頭を下げると、すたすたと立ち去ってしまう。捜査一課での仕事がある霧子も戻らなくてはいけない。だが、霧子が被害者の写真を手に取ろうと手を伸ばした時、彼女の手が一瞬だけ止まった。

 

「ん? どうしたんだ?」

 

「い、いえっ、なんでもないです。……たぶん」

 

 自分でも何が気になったのか分からない様子であった。少し眉を寄せた霧子も部屋を出ていく。残ったのは特命係と米沢だけ。人数が半減した部屋。その机の上にはなぜか伊丹が持ってきた資料が置いたままとなっていた。

 

「あれ、伊丹さん達、この資料いらないのかな? 置いてったみたいだけど」

 

「そうですねえ。あちらが使わないというのなら、僕たちで使わせていただくとしましょう」

 

 右京が微笑みながら資料を手に取り、ぱらぱらとそれを捲っていく。伊丹の普段のガサツな様子とは違い、丁寧に情報がまとめられていて、読みやすいものだった。それを見ながら米沢はぽつりと、

 

「何故だか最近の伊丹さんは、特命係に親切に思えるのですが……」

 

「あれでですか!?」

 

「ええ、あれでも。まあ、ここはご厚意を素直に受け取っておくとしましょう。さて、おそらく一課は村木や安斉の関係者や捜査関係者を洗い出していくと思われますが、僕たちはどうしましょうか?」

 

 次はどこに遊びに行こうか、と言う様な気軽さで右京が進ノ介に声をかけた。それにつられて、進ノ介が生徒のように手を上げる。その彼を手で示しながら、右京は、

 

「では、泊君」

 

 と意見を促した。

 

「ちょっと、今回の事件について気になることがあります。伊丹さん達が調べた四件の殺人と昨日の事件。かなり手口が変化していますよね? 昨日の事件は村木の事件の中でも、共犯の安斉が行った三件目の完全な模倣です。犯行場所、殺害方法、全部を同一にしている。

 けど、他の犯行では、村木の事件から手口だけを模倣しています。あまつさえ、それをさらに進化させて。これらの事件が同一犯だとしたら、手口の変化は何が原因なのかなって」

 

 進ノ介も模倣犯罪を行った犯罪者と対峙したことがある。現在は東京拘置所に収監されている西堀光也。彼は犯罪心理学者として活躍する裏で、著名な犯罪を多数模倣していた。その西堀の場合、過去の犯罪の全てを再現しようとせず、特徴的な犯行手順を再現することに拘りが見られている。

 

 それを考えると、今回の場合は、

 

一.村木の手口を進化させた四件

二.八年前の犯行を完全な再現させた昨夜の事件

 

 二つのパターンがある。そして後者では完全再現に拘わるがゆえに模倣犯の存在を警察へと知らせてしまった。これは、村木の信条に反することのように思えるのだ。

 

「なるほど、この二件が別々の模倣犯によるものではないか? 君はそう考えているのですね」

 

「正直、シリアルキラーの模倣犯が二人もいるなんて、考えたくはないですけどね。一人による犯行だとしても、パターンの変化に繋がる何かが起こったのだと思います」

 

 進ノ介の意見に右京も納得するように頷く。

 

「確かに、僕もそう思えます。ただ、仮に二人の模倣犯がいたとしても、両者に関係がないとは言い切れません。事件の発生した日付を見てください」

 

 右京に促されて進ノ介は資料に目を通す。過去四件を含めた五件。それはいずれも一年おき、そして、

 

「発生がどれも十一月……」

 

「ええ。厳密な日付や曜日は違っていても、決まって十一月後半。……村木の犯行が発覚し、彼が亡くなった日の前後です」

 

「今日は十一月の末日。今年は昨日の事件以外に犯行は行われていないから……」

 

「犯人が一人だった場合はともかく、複数犯だった場合、彼らの間でなにかしらの申し合わせがあったと考えることもできます」

 

 別々の犯人が異なる思惑で動いていた場合、今年も過去四件と同じ手口で犯行が行われているはずだ。この犯人は村木と比べて犯行ペースも早く、日付にもこだわりを持っている。容易に犯行を止める犯人とは思えない。

 

「……お二人のお話を聞いていると、何とも宗教じみた臭いを感じてぞっとしますな。村木自体、独特の思想を持っていたようですし、それが広まっているなどと考えたくないものですが」

 

 二人の推理を聞いていた米沢は、気味が悪そうに体を震わせる。その言葉を聞き、進ノ介の背中にも寒いものが伝った。村木と言う冷酷な殺人鬼の悪意が、本人の死後も社会の中に彷徨い、新たな犯行へとつながったのだとしたら。

 

「これを許したら、新たな模倣犯の発生にも繋がりかねない……。一刻も早く、犯行を止めないと」

 

 村木と言う犯罪者をカリスマにするわけにはいかない。進ノ介は決意を口にすると、ぎゅっと拳を握った。

 

「……では、まずは昨日の事件から始めるとしましょうか。同一犯にせよ、複数犯にせよ、手口が大きく変化しています。全ての事件解決に繋がる鍵があるかもしれません。

 というわけで、僕と米沢さんは外へ出ようと思うのですが、君はどうします?」

 

「もちろん、一緒に行きますよ! こんな犯行、放ってはおけませんから」

 

 その進ノ介の大きな返事に満足げに微笑むと、右京は無言で外へと向かった。進ノ介もその後を追って。そして、米沢はぽつんと、

 

「私は杉下警部に着いていくとも何とも申していないのですが……」

 

 そうぼやきつつも、慌てて荷物をまとめると特命係を追いかけるのだった。




今話は全4パートで完結します。

相棒の数ある犯人の中でも印象に残っている方が多いであろう、小日向文世さん演じる「村木重雄」。浅倉や閣下に匹敵する悪役です。そして、彼に魅了された安斉役は、今を時めく高橋一生さん。すごい豪華なキャストですよね。

今回はそんな村木の事件を題材としました。果たして、模倣犯がどのようにして生まれたのか、皆様にもお楽しみいただけると幸いです。
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