相棒 episode Drive   作:カサノリ

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ここまでの状況のまとめ

 八年前、特命係が解決した連続殺人事件。その模倣犯による殺人が発生した。場所、方法まで細かく模倣した事件。そして、捜一の捜査により、それ以前にも自殺や事故に偽装して、四件の模倣殺人が行われていたことが分かり……。

村木重雄
:二十五年にわたり、七人の若い女性を殺害した連続殺人犯。被害者の右耳のピアスを奪うことが特徴。悪魔崇拝に傾倒していた。
警察に追い詰められ、八年前に自殺。

安斉直太郎
:村木に魅入られ、共犯となった精神科助手。三人の女性を殺害したのち、上司である内田美咲を殺害しようとしたところを特命係が阻止。自殺を図ったが逮捕された。
後に被害者遺族によって殺害される。

舞原ひとみ
:被害者。安斉の事件と同一の方法、場所で殺害された。



第六話「悪魔の継承者 II」

「村木さんが埋葬されて以来、こんな手紙やらが届いて困ってるんですよ……。墓にも悪戯されたりねえ。死ねばみんな仏さんですが、村木さんはこちらに来てから騒がせてくれてます」

 

 都内のとある寺。訪れた捜査一課の三人を出迎えた住職はそんなことをぼやきながら、大きくため息を吐いた。それを聞く霧子たちの前には、山ほど手紙が入った段ボール箱が奇妙な存在感と共に置かれている。

 

 村木、あるいは安斉と縁のある場所は少ない。特に村木は親類縁者とも絶縁。それは彼の妻である順子の意向だったのだろう。その村木順子も傷心のためか海外へと姿をくらませており、マンションも引き払っている。

 

 そんなものなので、順子によって村木重雄の墓が建てられたこの寺院は、一部の界隈で有名な場所となってしまった。悪魔崇拝に傾倒した村木がよりにもよって寺に葬られるというのは、皮肉と言うかなんというかである。もっとも、教会に葬られても村木も神も困るだろう。

 

 ともかくとして、村木の墓が立つ寺院へと捜査一課の面々は情報を求めてやってきたのである。

 

「……これ、全部村木のファンかよ」

 

 段ボールの中を見つめながら、伊丹はげんなりとした表情で呟く。試しに、数通の手紙を取って読んでみる。そこには「犯行を知って悪魔に興味を持った」やら「現実を忘れさせて」やら、「貴方を崇拝している」だの。愛や興味や崇拝など、それぞれにベクトルは違うが、どれもが村木へと熱烈な感情が向けられている。

 

「うわっ、これなんて血で書かれてますよ……。触っただけで呪われそう」

 

 芹沢などは顔を青くしながら気味悪げに手紙を放り投げてしまう。その手紙には芹沢が言う通り、赤黒く変色した液体で字が。

 

「連続殺人犯に惹かれる人間って意外と多いって聞きますけど……。ここまでなんて。でも、模倣犯がこの中に隠れているかもしれません。何かを見つけないと」

 

 正直に言えば、霧子自身も手紙の山を気味悪く思う。できれば触りたくなどはない。男性二人の反応も仕方ないとも思う。だが、彼女は戦慄を抑えながら果敢に手紙の山へと挑んでいった。探すのは事件を示唆する手紙、あるいは模倣へ至るほどの村木への信奉が書かれたもの。

 

 そして、霧子のそのような姿を見て、伊丹も芹沢も顔を引き締めて手紙を漁り始める。彼女が言う通り、事件解決の手がかりがあるというなら、刑事が尻込みするわけにはいかない。

 

 古今東西、シリアルキラーと呼ばれる連続殺人犯たちは世間へ恐怖を振りまくだけでなく、一部の者たちを強く魅了してきた。凶悪殺人犯の獄中結婚なども海外では珍しいことではない。『悪は人を魅了する』。あるいは精神科医の内田美咲が指摘した通りか、その悪意が人へと伝染していくのだ。

 

 『平成の切り裂きジャック』こと浅倉禄郎にさえ、拘置所には毎日のようにファンレターが届いていたという。今回の事件を引き起こした模倣犯も、果たしてそのように悪と犯罪に魅了された人間なのか。

 

 刑事たちはその悪意に呑まれないよう、必死に手がかりを探していった。

 

 

 

 相棒 episode Drive

 

 第六話「悪魔の継承者 II」

 

 

 

 進ノ介と右京、そして彼らに無理やり連れてこられた米沢は都内を飛び出て埼玉県へと辿り着いていた。昨晩遺体が発見された舞原ひとみの血痕が見つかった現場。それは間違いなく、八年前に村木の影響を受けた安斉によって殺人が行われた場所であった。川をまたぐ高い鉄橋の途中に、赤黒い血が撒き散らされている。

 

「あのぉ、杉下警部。ご存じのことと思いますが、私は高所恐怖症ですから、あまりお役に立てないかと」

 

 米沢は橋の途中でへっぴり腰になりながら、手すりを掴み、弱弱しい声を上げる。まさに生まれたての小鹿というべき姿。その可哀想な声を聞きながらも、特に高いところへ苦手はない特命係は、スタスタと中腹まで歩いていった。すでに埼玉県警の鑑識班が撤退した現場。そこに立ちながら、右京と進ノ介は流れる荒川の流れを見る。上流だけあって、流れは驚くほど早い。

 

「ここから投げ落としたんですよね? そりゃ、あんな傷がつくか……」

 

 進ノ介が呟く。舞原ひとみの遺体には死後に体を強く打ち付けた跡と、流れによる擦過傷が確認されている。ここが殺害現場ならば、そのままどんぶらこと、流れて行ったと考えるのが普通だろう。だが、右京はしばらくじっと下流を見つめて、その視線を遠くへと伸ばしていった。そうして、一言、

 

「……あそこですね」

 

「ん?」

 

 静かにある地点を指さすと、唐突に来た道を戻り始める。ついでに途中で震える米沢に朗らかな声を向けて、

 

「ああ、米沢さん。今度こそ、あなたの出番ですよ」

 

「……ならば、なぜ私はわざわざ橋の上に来なくては行けなかったのでしょう?」

 

 米沢の抗議の声に右京が答えることは無かった。

 

 三人が向かったのは、橋から少し下った場所。おそらくは夏にはバーベキュー場となるのだろう広い河原である。ただ、そこから十分ほど上へ歩くと、川幅が狭まっている箇所があった。付近を見ると、漁に使うのだろうか、網を立てる杭などが立てられている。

 

 右京は迷いなくその地点まで歩くと、今度は地面に目を凝らし始めた。しばらくの間ぐるぐると歩くと、立ち止まり、

 

「米沢さん! こちらに!!」

 

「は、はあ……」

 

 米沢も進ノ介も右京の行動に疑問に抱きながら、その場所まで走りよる。すると、右京は深く背を屈めて、一つの石を指さした。そこにはうっすらであるが、黒い痕が残っている。進ノ介の目が間違いでなければ、

 

「これ、血液ですね」

 

「ええ。米沢さん、確認をお願いします。……今回の事件で、舞原さんのご遺体が発見されたのは八年前と同じ場所でした。ですが、いかに同じ場所で殺害し、遺体を遺棄したとしても、まったく同じ場所へ流れつくことなどありえない。

 恐らく犯人はあの橋から舞原さんの遺体を落下させ、この地点に網を張るなどして、回収したのでしょう。それを改めてあの河川敷に遺棄した」

 

 進ノ介は右京の言葉を聞きながら、流れる川を見る。いくら網を張ったり、命綱をつけたりしても、ここから遺体を回収しようとすれば相当の骨だ。それだけ、犯人は犯行の再現に拘ったのだろう。

 

「……確認しました。警部のおっしゃる通り、確かに人間の血液のようですね。すぐに県警の応援を呼び、付近を調べてみます」

 

「お願いします。さて、泊君。君でしたらおそらく気が付いているでしょうが、この犯人は八年前の犯行を再現することに固執しています。そのために同じ場所に被害者を誘い出し、同じ殺害方法を取り、同じように遺体を遺棄したのち、それを発見現場にわざわざ運んでいる」 

 

「だったら、もっと細かいところまで再現しているはずですよね? 例えば、被害者の選び方も」

 

 進ノ介が笑みと共に言うと、右京は合格だと言わんばかりに一つ、頷きを返すのだった。

 

 

 

 鑑識作業を米沢と県警の鑑識に任せると、一足先に右京と進ノ介は東京へと戻り、被害者を調べることとした。

 

 かつての事件で安斉はデートサービスを使用して被害者を物色した。今回の事件は、細部まで再現している模倣犯罪。病質的なまでのそれは、ピアスと同様の『署名的行動』だ。犯人にはどうしても再現を止めることはできない。ならば、元となった事件と同様にデートサービスを通して被害者と知り合っていると二人は考えたのだ。

 

 進ノ介の車に乗りながら、特命係は東京の被害者宅へと向かう。被害者の職業は企業の営業だが、今のご時世、裏の顔としてデートサービスに登録していることは十分にあり得た。その点を確認するためには、被害者の人となりを詳しく知る必要がある。

 

 幸い、舞原ひとみの家には、遺体の身元確認と遺品整理のために夫と妹が滞在していて、会うことを了承してくれている。彼らに聞けば、その点についても確認できると思われた。

 

 舞原の自宅は都心にある高級マンション、それも見晴らしのいい高層階。一流企業に勤めているとはいえ、被害者は一介の会社員であり、夫とは離婚調停中の身だという。そんな彼女が単独で購入し、維持するにはこのマンションは少し不釣り合いにも思えた。

 

 二人が部屋へとたどり着くと、彼女の夫である舞原浩二が出迎えてくれた。顔立ちは精悍だが、優し気な目が印象的。彼は内科医として開業しているので、患者ウケもよかっただろう。

 

「どうぞ、妻の遺品はそのままにしてあります」

 

 浩二氏に案内された室内も、マンションと同じく高級家具があふれている。また、内装や壁紙の色からは被害者の意志の強さが感じられた。

 

 その部屋の中央におかれたテーブルには、被害者の妹である片平ゆかりと、痩せた中年男性が掛けていた。

 

「片平ゆかりと言います。こちらは姉のカウンセリングをお願いしていました出渕先生」

 

 片平ゆかりは二十四歳。姉とは二歳差の姉妹だが、被害者とは雰囲気が違い、理知的で大人しい印象を抱かせた。だが、彼女の耳には少し目立ったピアスが存在していた。こんな事件なのでついついピアスに目が移ってしまうが、やはり女性はそうしたアクセサリーに拘るようだ。清楚な服装にもピアスが良く似合っている。

 

 そんな彼女は英語の通訳として働いているという。そして、彼女によって紹介された出渕氏はマンションのある地域で精神科のクリニックを経営している。浩二氏とは医療関係で旧知の仲だとか。

 

「精神科医の出渕義実です。お二人が事件を捜査されている刑事さんですか?」

 

「ええ。警視庁特命係の杉下と申します」

 

「警視庁の泊です。早速ですけれど、お部屋の中を調べさせていただいても構わないでしょうか?」

 

「もちろんです。……姉を殺した犯人を、必ず見つけてください」

 

 了承を得ると、すぐさま右京は部屋中を探索し始める。そして、その間に進ノ介は家族に事情を聴くことにした。当初は二人の推測を確かめるのは困難かと思われた。普通は身内に、そのようなサービスに所属していることは明かさない。

 

 だが、驚くべきことに、進ノ介が被害者の生活について尋ねると、遺族はすぐに被害者がデートサービスへ登録していることを認めた。

 

「えっと、皆さんご存じだったんですか? ひとみさんがそういうことに参加しているってことを」

 

 進ノ介が困惑を顔に張り付けながら尋ねると、浩二氏は額に汗をかきながら、申し訳なさそうに頷く。

 

「ええ。彼女、私との離婚調停が始まったころから、精神的に不安定になりまして。ストレス発散と言いますか、そういうことにのめりこんでいたんです。ここ一年くらいのことでした……。

 それで出渕先生にカウンセリングをお願いしまして。別れようとしている相手とはいえ、妻が疲れ果てていくのは見ていられませんでしたし……」

 

「そうですか。……お聞きにくいことを尋ねますけど、離婚協議の原因は何だったんですか?」

 

「金遣いの荒さと、後は性格の不一致ですね。付き合っていたころは、彼女の芯の強さに惹かれていましたけど、妥協を知らない彼女との生活に疲れてしまって……」

 

 浩二氏がそう言うと、妹であるゆかりも表情を暗くしながら頷く。

 

「姉は昔から勝気と言いますか、自分の生き方に拘る人でした。とはいっても、皆から好かれていましたし、輝いている姉は私にとっても、家族にとっても誇らしかったんです。

 ただ、ここ数年はそれが悪い方面に働いてしまってて、仕事でも失敗続きだって落ち込んでいました。浩二さんには、それも原因で当たってしまっていて」

 

 人間、一つのミスで落ち込むと立て続けに悪いことが続くこともあるが、被害者はそんな負のスパイラルに捕らわれていたのだろうか。そして、その治療にあたっていたという出渕氏は、次のように被害者のことを述べた。

 

「通常、カウンセリングにあたっては患者さんに心を開いてもらうことが何より大切です。ただ、彼女の場合は、我が強いと言いますか、少し強情なところもありました。

 それも災いして、そういうサービスに登録して自分を傷つけるような真似も。私としても薬物や定期的なカウンセリングで対処していたのです。最近は少し改善の兆候もあって、これからというときだったのですが。……まさか、このような形で亡くなるなんて。残念です」

 

 出渕氏からは、被害者が登録していたデートサービスについての情報も手に入れることもできた。これがあれば、事件当日の被害者の行動を詳しく知ることができるはずだ。

 

 それらに加えて幾つかの話を聞き終えると、進ノ介は相も変わらず部屋を物色していた右京へと声をかける。その荒らし方には遠慮というものがない。物取りと大差はない様だった。

 

「……杉下さん、何か手がかりはありましたか?」

 

「あちらのクローゼットの中に、デートサービスで使用していたと思われる服や装飾品が確認できました。ただ、被害者は決して生活に余裕があったわけではないようです。あまり数は多くありませんね」

 

 右京はデジタルカメラに撮影した写真を見せてくれる。中でもピアスの写真は一つ一つ入念に。右京は少ないとはいうが、十数個は持っていたようだ。

 

「君の方は?」

 

「直接の手がかりとなりそうなのが。これ、デートサービスの業者の連絡先です」

 

「……なるほど。犯人の性別など、情報が得られるかもしれませんね」

 

 被害者宅を出ると、二人はすぐさま二人はその業者へと接触することとした。電話をすれば逃げられる可能性もあるので、直接向かうこととする。

 

 再び埼玉県の川口市。駅前の古いビルの中にその業者のオフィスが存在した。

 

 二人がそこへと乗り込むと、胴元と見られる禿げた男は、すんなりと情報を明かしてくれた。仲介人という名目で活動しているが、叩けば埃が出るだろう業種だ。取り締まりではないと言うと安心したのだろう。語り口は饒舌であった。

 

「えっとね、うちだと『アヤ』って名前で働いてたよ。これ、写真」

 

 進ノ介はその写真を受け取る。その写真の中では舞原ひとみは明るい色のドレスに、厚い化粧と、普段の姿とはかけ離れた怪しさを放っている。女性の変わり身と言うのは、男性には想像できないほど激しいものだと進ノ介は思わされた。

 

「そのアヤさんが最後に会ったお客って分かりますか? 仲介したなら男性か女性かとか、年齢とか。ある程度で良いんですが」

 

 進ノ介は胴元へと尋ねてみる。

 

 ただ、彼も右京も、まさか犯人がすぐわかるとは思っていなかった。通常、犯人は身元を隠そうとするものであるし、電話の声を変える等ということは当然していると思っていた。だが、男から得られた情報は、

 

「最後の客……。ああ、これだ。アヤちゃんをご指名だったよ。で、電話番号がこれね、携帯電話。他に分かること……。そうだねえ若い男だったよ。まだ二十代じゃないかな? うちは大体中年のおっさんばかり相手してるから、印象に残ってさ」

 

 そう言って、男は電話番号を書いて渡してくれる。確認をしてみると、通常の犯罪で使われるようなプリペイドの使い捨て携帯ではない。照会によって、所持者の名前と住所まで分かってしまった。

 

 三崎謙吾、二十二歳。都内の大学で心理学を学んでいる学生である。

 

 あまりにもあっけなく容疑者が見つかったが、何の幸運にしても判明したのなら向かうしかない。二人は車へと飛び乗ると、元来た道を急いで逆走する。道すがら、右京は捜査一課へと連絡を取る。

 

 だが、スピーカー越しの伊丹からは予想外の反応が返ってきた。

 

「伊丹さん、杉下です。重要参考人が判明しましたので、ご報告を。名前は三崎謙吾、住所は……」

 

『そいつはとっくに分かってます! 今、そいつの家に踏み込んだところですよ! 三崎はどこにもいません!!』

 

「はい?」

 

『もしもし、詩島です! 私たち村木が埋葬されたお寺に行って、村木宛の手紙を探してきました。その中に、三崎謙吾の名前で犯行を示唆するものがあったんです。それで直ぐに自宅マンションへ向かったんですけど……』

 

「……なるほど」

 

 霧子たちの報告によると、件の三崎謙吾の自宅には、祭壇が作られ、悪魔的な絵が残されていたという。しかも、ご丁寧に祭壇には血の付いたナイフまで置かれて。現段階でピアスは見つかっていないそうだが、三崎が第一容疑者と考えて間違いはない。

 

 だが、それらを聞いていて、進ノ介は何か釈然としないものを感じた。あれだけ手間暇かけて事件を起こしたのにも関わらず、この事件の犯人は手紙や電話番号という証拠を残している。過去の村木の事件や、四年前から続く模倣犯と違い、自身を隠そうとしていない。

 

 右京も重要な容疑者が浮かんだのにも関わらず、硬い表情のままなのは、それが原因だろう。

 

「……こいつ、隠れる気がないのか?」

 

 そして、進ノ介が疑問のままに一言つぶやいたときだった。

 

「……僕としたことが!!」

 

「ぅおお!?」

 

 助手席の右京が突然大声を出した。その突拍子のなさに、進ノ介は慌ててハンドルに力を込める。運転中なのだから少しは配慮してくれないと困る。そう非難を込めた目を右京へと向けると、彼は興奮したように身振り手振りを加えながら進ノ介たちに語り始めた。

 

「僕たちは舞原さんの事件が『村木』の模倣犯だと考えていました。しかし、それが間違いだったのです!!」

 

「……どういうことですか?」

 

「そもそも、村木の事件と安斉の事件を同一と考えたのが間違いでした。確かに彼らは師と弟子とも言える関係でしたが、実行犯としては別です。

 そして、今回の事件は『安斉』の最後の犯行の模倣です。いいですか? 『村木』の最後の犯行ではありません。三崎謙吾が模倣していたのは、あくまで安斉直太郎だったんです」

 

『けれど、杉下警部。三崎謙吾の手紙には熱烈な村木への信奉が書かれています。……ここからは安斉への執着が見られませんよ?』

 

 霧子が右京の猛烈な言葉に反論する。執着するほどの相手だからこそ、犯行さえ模倣する。

 

 村木ならともかく、安斉と出会った右京や伊丹、芹沢にも彼にそこまでのカリスマ性を感じ取ることは無かった。そんな相手を模倣する必要が、村木の信奉者にあるのだろうか。

 

 その疑問に対して、右京は目線を前に向けながら答えていく。

 

「ここからは、あくまで推測です。……安斉は村木の唯一の弟子とも呼べる存在でした。そして、村木に心酔する三崎謙吾にとって、安斉は許せない存在だったのではないでしょうか?

 安斉への嫉妬。そして、安斉が犯したミスにより村木の犯罪までもが暴かれてしまった。あまつさえ、村木は安斉をかばって自殺しています。それは三崎にとって認められないものだった」

 

『そんなやつがどうして安斉の犯行を模倣するっていうんですか!?』

 

 伊丹の大声がスピーカーから響き渡る。

 

「……三崎は安斉になり替わろうとした。彼の犯罪を模倣し、彼を超えようとしたのではないでしょうか。安斉はその犯行の最後に、大きな失敗を行いました。それを達成すれば、三崎は安斉を超えることができると、そう彼が考えたとすれば! ……この無防備ともいえる行動にも説明ができます。彼にとって、警察に発見されることも目的への一過程だったんです」

 

「杉下さん、その大きな失敗って何だったんですか?」

 

「……伊丹さん、これから言う場所へ、以下の手配をお願いします。そして、泊くん、急ぎましょう!!」

 

 右京に急かされるまま、進ノ介は猛スピードで示された場所へと向かうのだった。

 

 

 

 進ノ介のGTRが急停車したのは、都内のあるマンションの前。それは、八年前に安斉がアジトとし、内田医師を転落死させようとしたマンション。二人が車内から飛び出ると、すぐに右京が屋上を指さす。

 

「泊君、あそこです!!」

 

 進ノ介も目を凝らすと、確かに屋上に人が立っている。進ノ介はそれを見ると、急いでマンションの中へ入り、階段を数段飛ばしで駆け上がっていった。こういうときは仮面ライダーとして戦い抜いた経験がモノを言う。非常事態だったので、右京を置いていくことになったが、かなり早く屋上まで登ることができた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 肩で息をしながらドアを開くと、広い屋上スペースの端に一人の青年が立っていた。

 

 三崎謙吾は眼鏡をかけた不健康そうな若者だった。ただ、その顔だけは爛々と輝いており、進ノ介を認めると、にやぁと口を歪めて笑みを作る。

 

 そして、彼はゆっくりと歩きだし、屋上の縁に足をかけた。あと一歩で空中へと踏み出される位置。

 

「待て!!」

 

 進ノ介が急いで駆け寄ろうとするも、ある程度の距離へ迫ると三崎は、

 

「来るな!」

 

 と叫び、片足を浮かせる。途端に体がぐらつき、わずかな風でバランスを崩しそうな姿。それ以上近づくと、飛び降りると示しているのだ。その態度を前に、無理に迫ることはできない。

 

 進ノ介は彼を冷静にさせるために話かけることとする。だが、すでに彼は冷静に見えた。恐らくは、もう飛び降りることを決意しているのだろう。あるいはここから考え直すことはないかもしれないが、せめて話をさせ、隙を見つけるしかない。

 

 三崎も飛び降りる前に最後の会話を楽しむつもりなのか、進ノ介へ向き直ると口を開いた。

 

「……泊進ノ介。仮面ライダーだよね? 嬉しいな、最後に追ってきたのが貴方だなんて。村木先生にも自慢できる」

 

「三崎くん、……君が舞原ひとみさんを殺害したんだね?」

 

「そうだ。僕が殺したんだよ。……それだけじゃない。僕が他の四件もやった」 

 

 進ノ介の顔が強張る。三崎が他の模倣犯行まで自白したからだ。ならば猶更、ここで死なせるわけにはいかない。

 

「理由は? どうして君は村木の、安斉の犯行を真似したんだ?」

 

「安斉の名前は出すな!! ……あいつは裏切りものだ。犯行を失敗した上に、最後は更正施設で反省なんかしやがった!!

 それに、理由? くだらないことを聞くね。僕も村木先生と同じだよ。呼吸をする様に人が殺したくなる。これは、不治の病なんだ。ずっと、そんな簡単な事実を認められなかった。けれど、村木先生が僕を解放してくれた!! ……僕も先生のように善悪を超越した存在になる」

 

 三崎の物言いは進ノ介には認められないものだ。決して、認めてはいけないものだ。奇しくも、かつて右京と亀山薫が訴えたように、村木達は身勝手な衝動に負け、殺しを楽しんだだけ。それを手前勝手な理屈をつけて誤魔化している。

 

 人に言えないような衝動を抱えている人なんて、いくらでもいる。けれど、その人々だって、苦しみながら折り合いを付けて生きているのだ。それを放棄し、病だと言い張るなど、許せるものではない。

 

 だが、この場で彼にそれを説いても、飛び降りを誘発するようなものだ。進ノ介は内心の憤りを隠しながら言葉を続ける。

 

「そこから飛び降りても、君は村木にはなれない。……君が村木に憧れ、共感しているというのなら生きて世間へ訴えるべきじゃないか? 君には裁判の場だって与えられる、取材も山ほど来る。君が村木の考えを広めたら、その時こそ、君は村木の一番弟子だ」

 

 言っていて反吐が出そうになるが、目の前の命を見捨てることはできない進ノ介は必死に言葉を続ける。

 

「……その手には乗らないよ。警察に僕は裁けない。ここで、僕は安斉を超えて、あの人と同じ存在になるんだ……」

 

 それこそが三崎の目的だった。安斉は八年前、この場所で自殺を図り、右京達によって阻止された。その安斉と同様の犯行を行い、警察から永遠に逃れる。つまり、自殺を遂げることは、ある種、安斉を超えることに繋がるのではないか。右京のそうした推理は、確かに当たっていたのだろう。

 

 三崎は言葉を閉じると、天を見上げて何事かを呟き始めた。

 

「vim―――……」

 

「うぃん……? なんだ?」

 

 だが、その言葉は進ノ介の耳にまでは届かない。屋上の風によって散らされてしまっている。そして、その言葉を呟くほどに三崎謙吾の顔には恍惚が広がっていく。

 

 不思議と進ノ介の背中には怖気が走った。幽霊を恐れているわけではないが、彼には今にも飛び降りようとする三崎の背後に、奇妙な黒い影が広がっているように感じたのだ。

 

 その虚ろな目が、進ノ介と三崎を見つめている……。

 

 そして、

 

「やめろ!!!」

 

 進ノ介の制止もむなしく、三崎は屋上から身を躍らせた。進ノ介は彼が飛び降りた縁へと駆け寄り、下を覗き込む。そうして数秒経つと、腰が抜けたように、地面へ尻をつき、大きく息を吐いた。

 

「……ぎりぎりセーフ、か」

 

 進ノ介の視線の先には、仰向けに大の字となった三崎謙吾の姿。その彼の下には巨大なクッションが置かれており、右京がその傍らで『無事』のジェスチャーを取っていた。

 

 

 

 数時間後、病院での簡単な検査で無事が確認されると、三崎はすぐさま警視庁へと移送される。そして押し込まれたのは取調室。彼には聞かなくてはいけないことが山ほどあった。

 

 過去の四件の殺人。彼が自供したそれが正しいのか。

 

 安斉の事件に関して、どこから詳細な情報を入手できたのか。

 

 どこで村木の思想に傾倒したのか。

 

 取り調べをまず担当したのは伊丹と芹沢だった。まずは強面の二人で攻勢をかけるという。意外にも、伊丹は特命係が見学するのを認めた。このような気色の悪い事件は特命係に任せたいなどと苦言を言っていたが、本音では過去の事件を解決した右京の知恵を借りたいと、そんな側面もあるのだろう。本人は決して認めないだろうが。

 

 進ノ介と右京は、霧子と共に無機質な椅子へ腰かける三崎謙吾を見つめていた。そこへ伊丹達が資料を手に入ってきて、取り調べが始まる。だが、三崎は屋上での饒舌さとは打って変わり、うつろな目を天井に向けたまま、かすかに口を動かすのみ。

 

 伊丹と芹沢が何を言っても、答えることは無かった。

 

 兵隊としての訓練を受けた人間は、尋問の際に黙秘するのではなく、一定の言葉を言い続けることで耐えると言う。心理学を学んでいた三崎もそう言う手法を取っているのかもしれない。

 

 次第にいら立ちを募らせていく伊丹。しかし、十分ほどそんな事情聴取が続いた後、ようやく三崎が話した言葉が全員に戦慄をもたらすことになる。

 

「おい! てめえがだんまり決め込んでも別にいいんだ……。こちらには凶器や証拠が山ほどある。てめえが望む通り、安斉と同じ刑務所にぶち込むことはできんだよ!!

 ……だがな、てめえがどうやって村木の事件を知ったのか、情報を得たのか。それだけはどうしても話してもらうぞ!!」

 

 伊丹が青筋を立てながら、三崎へと顔を近づける。すると、三崎は上へと向けていた目をゆっくりと下げた。

 

「どうやって知ったか、ですか?」

 

 口を開き、出たのはそのような言葉。三崎は奇妙に顔を歪ませると、蛇のように首をかしげ、伊丹の顔を見つめる。その言いざまは『そんなことも分からないのか』と警察を侮り、あざ笑う様。

 

 その声に伊丹は机を手でたたき、威嚇する。

 

「てめえは事件当時、中学生だ。捜査の詳しい情報を知るわけがねえだろ!! どこから情報を手に入れた……!」

 

 だが、三崎はびくりとも肩を揺らさず、けたけたと笑い声を上げ始めた。狂気が顔に張り付き、まさしく奇怪な悪魔のようにも感じられる。そして、告げられた言葉、

 

「僕は情報を得たんじゃない。直接教えを受けたんですよ! あの人に、村木先生に!! あはは! あの人は生きてますよ、今も!! 彼は善悪だけじゃない。死すらも超越したんです!! あはは、あははははは!!」

 

 笑い転げる三崎に血相を変えて伊丹が掴みかかる。刑事である彼には、そんな証言を認めることはできない。

 

「村木は死んだ!! 俺達の目の前でな! 奴が生きているわけねえだろ!!」

 

「あはっ! Vim patior……、Vim patior……」

 

 それ以上は何も言うつもりは無いのだろう。三崎は目を閉じると不気味な言葉を延々とつぶやき始めた。その言葉は進ノ介にもかすかに聞き覚えがあった。マンションの屋上で三崎がつぶやき続けた言葉。

 

 そして、進ノ介は知る由もなかったが、それこそが彼と村木との繋がりを何よりも証明するものだった。

 

「Vim patior。ラテン語で『抑圧に耐える』を意味します。……そして、村木が死の直前に唱えていた言葉! 世間はおろか、捜査資料にも記載されていない言葉です……」

 

 杉下右京は静かに告げると、悪魔に取りつかれた青年へ鋭い視線を向ける。右京だけではない。進ノ介にも霧子にも、彼の背後に悪魔がうごめいているのが感じられた。




さて、ここからが本番。

果たして村木は生きているのか。別の人間なのか……。
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