仮面ライダーマッハこと詩島剛がやってきた。
途端に打ち解ける右京と剛。だが、剛の写真の中から目ざとく心霊写真を見つけた右京は、その真相を探りたいと言い出して……。
突如として剛の撮った写真を心霊写真だと決めつけ、実際に現場に向かいたいと言い出した杉下右京。
翌日、右京に押し切られてしまった進ノ介と剛は、彼と共に写真が撮影された御首山へと向かっていた。剛は昨夜飲酒をしたので、進ノ介のGT-Rの後部座席へ押し込む形。進ノ介は暗い顔でハンドルを握りながら、間違いでなければ常になく楽しそうな右京へと尋ねる。
「ほんとに行くんですか、杉下さん? 一応は勤務時間なのに幽霊探しなんて……」
世間にそんな話をしたら袋叩きでは済まないじゃないか、と。しかし右京は飄々としながら、
「特にあの部屋にいてもやることはありませんから。それに、泊君は無理についてこなくても良かったのですよ」
そんなことを言う。
本音を言えば、進ノ介とて、付いて来たかったわけではない。だが……。
「……剛が乗り気じゃなかったら、そうしてましたよ」
「悪いね進兄さん! 運転よろしく!!」
剛が後ろから陽気な声を出して手を挙げる。その彼が問題であった。
真偽はともかく、幽霊探しには興味がない進ノ介に対して、幽霊の正体を突き止めたいとの右京の意見へと剛が同調していた。面白そうだという理由で。
そして、放っておいても二人で山へ向かうというのなら、進ノ介も、特命係の部屋で待つよりも付いていった方が精神衛生的によい。二人だけに任せていたら、余計に大きなトラブルを巻き起こしそうである。
御首山までは山道を通りながら、一時間半ほどかかる。その道すがら、右京はこれから向かう御首山についての蘊蓄を語ってくれた。どうやら昨日のうちに調べていたらしい。そこまで楽しみにしていたのか、と進ノ介の肩は、不安で重くなってしまう。
「御首山はそれほど大きな山ではなく、アクセスが良い場所でもありません。ですが、景色のよいスポットが点在する、隠れた名所として近年話題になっているそうです。SNSの普及が、こういった田舎町にも影響を与えているようですね。
かつてより夏場のキャンプ場や民宿、別荘は存在していますが、ここしばらくは移住者も増えているそうです」
すると、剛も、山に訪れた時の思い出を語ってくれる。
「俺もその中の一つに泊まったんだ。バイクがパンクしちゃったときに、助けてくれた羽黒さんが経営してる民宿。今日もそこに予約を入れてあるよ」
「剛、まさか宿泊する気か!?」
「いや、本当に良い宿なんだって! 雰囲気もいいし、夕飯もほんとに美味いし、羽黒さんもいい人だったし! 進兄さんにもご馳走したくてさ! 警部さんも、いいだろ?」
「そうですねぇ……。それでは、剛君の厚意に甘えるとしましょうか。特に僕たちが休んでいても咎める人はいませんし」
「はぁ……。むしろ、俺たちがいないほうが喜ぶ人が多そうですよね……」
進ノ介は頭の中に誰かの顔を浮かべながら、溜息を吐く。そうして一行はスピードを上げて御首山へと向かうのだった。
「伊丹さん? どうしたんですか、そんな、ダンスみたいなことして」
「誰かが、誰かが俺の噂をしている……」
「え?」
「先輩、背中かゆくなるんだって。噂されると……」
「かーぃいなー。誰だ……」
相棒 episode Drive
第七話「心霊写真が語るものは何か II」
長いドライブの末に、進ノ介が車を降りると、いかにも森林という澄み切った空気が体を包んでくれた。
土のにおい、木の香り、小川のせせらぎの音。
そういえば右京との最初の事件も田舎町だった。彼との遠出はなぜかこうした自然あふれる場所になる。こもりやすい車の空気から解放されて、進ノ介は自然と気分がよくなるのを感じる。
彼らが車を停めたのは、山の麓。そこにひっそりと建てられた、周りを木々に囲まれたロッジの前であった。ロッジといっても小さな山小屋のような場所ではない。建物は丸太で作られているが、全容はかなり大きく、数組の家族ならば問題なく宿泊できる。
そこが剛が世話になったという羽黒真一氏が経営する宿だった。
駐車場の入り口には『清流の宿』と薄く切られた丸太づくりの看板が建てられている。
三人が荷物を肩にかけながら、色とりどりの落ち葉が広がっている玉砂利の道を歩いていくと、宿の前で若い男性が出迎えてくれた。剛の反応を見るに、彼が羽黒氏だろう。
「ようこそお越しくださいました! 小さい宿ですが、どうかお寛ぎください」
そう言って、羽黒氏は丁寧に頭を下げる。そんな彼に恐縮しながら、案内されるまま進ノ介達は宿の中へと向かうのだった。羽黒氏は廊下を歩きながら、進ノ介達に朗らかに話しかける。
「それにしても、剛君からまた宿泊したい、と言われた時には驚きましたよ」
「というと、この時期のお客さんは少ないんですか?」
進ノ介が尋ねると羽黒氏はうなずく。
「ごらんのとおり、小さな場所ですからね。
夏でしたらキャンプにハイキングに渓流釣り。子供向けには虫取りも。都会の方にはいい遊び場所です。
もちろん、秋も山の幸や紅葉はありますが、短期間に何度も訪れる場所ではありません。この時期はリピーターが少なめなんです」
なるほど、と進ノ介は頷く。見たところ、他に客は少ないようだった。だが、それも当然といえるかもしれない。季節に加えて、今は平日。まっとうな職業人なら、汗水を流している時間だ。
進ノ介はそのことを、なるべく考えないようにする。
そうして、三人が案内されたのは、森の香り豊かな和室。花瓶にはもみじの一枝が生けてあり、壁には子供が作ったのだろうか。少し古びた、葉で作ったアートや、松ぼっくりのリースがかわいらしく飾られている。雰囲気が独特だが、不思議と癒される空間だ。
荷物を置いて人心地がついた一行が窓の外を見ると、均整の取れた三角形の山が鎮座している。あれが御首山だ。羽黒氏がお茶を入れながら山の由来を教えてくれる。
「元々はよくある落ち武者伝説です。高貴な方の首を抱えた武田の落ち武者が村にやってきて、彼を村人が匿った。そうしてのちに徳川に仕えた武田の旧臣が感謝し、村に富をもたらした。そんな昔ばなしです」
「なるほど、御首山という変わった名前はそういうわけでしたか」
「ええ。首を山頂に埋めたと、そういう風に地元には伝わっています。『殿のおくびはてっぺん埋めて 誰にも言ってはなりませぬ』なんて爺さんたちから聞かされたものですよ」
右京は羽黒氏の解説を面白そうに聞き終えると、湯呑を手にしながら、
「そうした場所でしたら、幽霊が出る。そんなこともあるかもしれませんねぇ」
なんて呑気にとんでもないことを言い出すのだ。
「ちょっと杉下さん! そんなこと言ったら失礼でしょう!?」
進ノ介は慌てて右京を部屋の隅に連れて行くと、口をつぐむように小声で言う。いかな人であっても自分が住んでいるところが心霊スポットだといわれて気分がいい人はいないだろう。
そんなやり取りを聞いてしまった羽黒氏は剛へときょとんとした顔を向けて、
「もしかして剛君、あの人たちは……」
「そ! なんか俺が撮った写真に幽霊が写っているって言いだしてさ。二人とも調査するって聞かないんだよ」
いつの間にやら自分を棚に上げて進ノ介も幽霊探索チームに巻き込んでいる剛に怒ろうとすると、羽黒氏は腹を抱えて笑い出してしまった。
「……いや、失礼しました。ですけど、幽霊騒動のおかげでうちの宿も潤っているんです。夏と秋の少しの間だけじゃ、生活は成り立ちませんから。ほら、これもお見せしようと思っていたんです」
そう言って右京達に見せてくれたのは小さなノート。そこにはいくつかの写真や記事の切り抜きが貼られている。そのタイトルは、
「『幽霊が留まる地、御首山』って、この記事、心霊スポットとか言っているじゃないですか!?」
進ノ介は目を丸くする。まさか、現地でもそんな噂ができていたとは、彼には意外な事実であった。
「なるほど、以前からそういう噂もたっていたのですね?」
右京が尋ねると羽黒氏は笑いながら頷く。
「ここ三年くらいですかね。どういうわけか心霊とかを扱うサイトにこの辺りのことが載るようになりまして。ほら、こういう心霊写真も撮れるんです」
その写真は剛が撮影したそれよりもはっきりとした白い影が写っていた。見ようによっては人や化け物に見えなくもない。
剛の写真なら、まだ見ようによっては見える、その程度の心霊写真。だが、この羽黒氏が見せてくれた写真は見間違えや偶然の類ではないと思えた。
「……これ、本物ですか?」
恐る恐る進ノ介が尋ねると、
「いえ、偽物ですよ」
羽黒氏はあっさりと、朗らかにネタ晴らしをしてしまう。
「え!?」
「フォトショップでちょちょいと。今のご時世、いくらでもこういうものは作れてしまいますから。うちにそういう目的で来た人に見せるために作ったんです。ほら、あまり期待させすぎると、立ち入り禁止の場所まで入ったり。そういうの危ないでしょう? こういうのは遊び半分だって分かってもらいたくて。
ほかの方の写真はわかりませんが、私はそういう幽霊やらを見たことはありません。ただ、それで人がこの山に注目してくれるのはありがたいことです」
おかげで売り上げはかなり伸びたとか。これも現代のビジネスモデルなのだろうか。せっかくだから、ということで羽黒氏は進ノ介たちにも、いくつかの有名な心霊スポットを教えてくれた。
早速、三人は散策へと向かうことにする。
羽黒氏の見送りを受けて外へ出ると、ちょうど入れ違いに一人の男性が宿へと入ってきた。剛と同じく、首から大きなカメラを提げている男性。マナーとして挨拶をすると、男性も頭を下げて、宿の奥へと入っていく。
振り向いてその背中を見つめながら、進ノ介はつぶやく。
「ほかにも宿泊客がいたんだ……」
「あー、あの人、俺が泊まった時にも見たな……。確か、ルポライター。この山の自然とかを記事にしたいから、しばらくの間、羽黒さんの世話になっているって」
剛の言葉にあいまいにうなずく。言ってはなんだが、このような辺鄙な場所に何週間も逗留するとは。物好きな人もいるものだと、進ノ介はぼんやりと思うのだった。
真新しいガイドブックによると、御首山はハイキングに向いている場所だ。登山口から整備された、なだらかな山道が続いており、山の中には険しい斜面の場所もあるが、山道を通る限りは安全。頂上近くの傾斜がきつい場所でも、手すりが完備されている。
その山の麓に流れる多摩川の支流が流れている。御首川という、その河原には広いバーベキュー場が整備されていた。登山口は二つあって、羽黒氏の宿近くと、河原から。どちらからでも山頂へ向かえるのだとか。
進ノ介達はそのうちから、宿近くの登山ルートを選んだ。一歩、そこから山へ踏み入ると下界よりも少しひんやりした空気を感じる。もう十二月なので十分空気は冷たいが、それにも増してだ。
だが、三人がそんなところへ来て何をするのか、といえばハイキングではなく、心霊写真の撮影だった。
「それでは、写真を撮りましょう」
「よっしゃ、やろうぜ! 進兄さん!!」
右京が楽しそうに小さなデジタルカメラを掲げた。いつものぼんやりとした声には違いないが、心なし張り切っているようで。そして剛も同様に、歩きながら怪しい場所にレンズを向けていく。
「剛……。お前は心霊写真を信じてないんだろ?」
「そりゃそうだけどさ。せっかく来たんだから、楽しまなきゃ損じゃん!!」
「……そうだな」
ごもっともな理由だった。彼に言い負かされてしまったことに少し落ち込みつつ、進ノ介も剛から借り受けたデジタルカメラで撮影を始める。
かつて首が埋められていたという頂上まで、ハイキングコースではおよそ二時間ほど。ただ、三人に山登りの準備はなく、右京に至ってはいつもの革靴とスーツ。
その山をなめているとしか言えない装備では、ほどほどの場所まで登るのが精いっぱい。三人はゆっくりと山を登りながら、様々な場所を撮影するのだった。
「いい天気ですねー」
進ノ介は冬に差し掛かる青空を見上げてつぶやく。時刻は正午を回ったところ。山道を登る進ノ介達には木漏れ日が降り注いでいた。日陰に入ると寒いくらいだが、それもまた乙というものだろう。
「しかし、幽霊は晴れの日は好まないものでしょうから……。心霊写真が撮れるのか。それだけが気になります」
「まあまあ、警部さん。被写体との出会いは一期一会ってやつでさ。幽霊がいるかは分からないけど、まずは撮影を楽しむことだよ」
こういうところではカメラマンらしい。剛が楽しそうに笑いながら、小さな物陰や、木の葉を撮影していく。実は進ノ介も幽霊探しには半ばといわず、開始直後から飽きていて。もはや都会では見られないキノコやドングリを撮影するのが主となっていた。
思ったよりも楽しい。
そんなものなので、真面目に幽霊を探しているのは、右京だけである。彼は古びたお洞や奇妙に突き出た大木を撮影していた。それはそれで味がある被写体だが、幽霊は今のところ見つかっていない。剛が撮影したスポットでも、結果は同様だった。
そうして三十分ほど経ったところで、三人は人と出会った。
登山道を道なりに進んでいくと、進ノ介達の右手に伸びる斜面に、小さな地蔵が置かれていた。地蔵自体はきれいに磨かれているが、台座は真っ黒。近寄ってみるとわかるが、四方全て。
神社の鳥居にもそうして黒ずんでしまった物が存在するが。同様に古くから存在するものなのだろう。その地蔵の前で、一人の男性が手を合わせていた。
「おやおや、これはどうも」
年は五十代くらいであろうか。いかにも山の男という鍛えられた体を持った男性だ。三人に気づくと立ち上がり、ひげが豊かな顔に笑みを浮かべて挨拶をしてくれる。
「皆さんは、羽黒さんのとこのお客さんですかね?」
「ええ。杉下といいます。こちらは泊君と詩島君。少し、自然を満喫したいと思いまして」
右京の紹介に合わせて二人も頭を下げる。
「そうですか。なら、今日の天気はいいでしょう。もうしばらくたったら冬の寒さも厳しくなりますし、最後の登山日和かもしれませんね。
あ、私はこの山のガイドも務めています御伽健次郎といいます」
「山ガイド、ですか?」
「ええ。主に山の管理や、皆さんのように初めて山へいらした方へ動植物を紹介したりね。夏には小学校の林間学校なんかも開かれますから、そういったときにも教師役をしたりしてます。
まあ、本業は猟師でして、今夜皆さんが食べるイノシシ肉は、私が捕ったやつになりますよ。この間、罠にかかった活きのいい奴です。羽黒さんがこっちに移住して以来、私の所を御贔屓してもらってましてね……。都会のお客さんにもご好評いただき、ありがたいことです」
「へぇー」
進ノ介はその自己紹介に感心しきりに頷いた。今ではこの山にまで踏み込んでくることはなくなったが、山間にあるだけあって、この地方にはイノシシやシカが生育しているという。それこそ、十年程前は、熊も出たそうだ。
御伽氏はそういった動物が増えないように管理しつつ、この山を保全している。山を保護するために必要な職業である。
「お話を伺っていると御伽さんはこの山に長く関わっていらっしゃるようですが……」
そんな彼に右京は尋ねる。すると、御伽氏は誇らしげに頷いた。
「先祖代々、この山の周りをなわばりにしていた猟師一家ですよ。そんで、今は日課のお参りです」
仕事とはいえ、殺生を行っているのだから、せめて神仏へ祈り、獲物への供養は行っているのだという。
右京もその話に頷きつつ、やはりというか、こんなことまで聞き始めた。
「御伽さん、つかぬ事をお聞きしますが……。実は僕、こちらの山で幽霊が出る。そんな噂も聞いているのです。それが気になって気になって仕方ないのですが。実のところ、それは本当なのでしょうか?」
すると、御伽氏は少し不思議そうな顔で右京を見て。
「あぁ、そういう噂もありますが……。その話も誰が言い出したのか、ここ三年ほどになって急に。大方、旅行者の若者が面白半分に流したんじゃないかと思うんですがね」
「それでは、そのような噂が流れるような、事件などは……。過去にはありませんでしたか?」
「……さあ、観光客の皆さんに話すべきことは何も。少なくとも、私は一度も幽霊は見たことありませんから。しょうもない悪戯だと思ってますよ」
御伽氏はそう言うと、最後に挨拶をして下山していった。
「ほら、地元の人もそう言っていますし、やっぱりガセネタだったんですよ。あの写真も見間違えですっ……て……」
進ノ介が言質を得たのをこれ幸いと、右京に文句を言う。だが、右京は進ノ介の言葉を無視すると、御伽氏の去った後の地蔵をこまめに撮影し始めていた。管理人がいなくなった途端に、罰当たりなことである。
「……」
「やっぱり面白い人だねえ、警部さんは!」
唖然とする進ノ介の肩に手をまわしながら、剛はからからと笑うのだった。
結局、二時間ほどのんびりと散策とハイキング、ついでに幽霊探しを済ませた一行は、羽黒氏の待つ宿へと戻るのだった。
「どうでした? 幽霊は見つかりましたか?」
羽黒氏は苦笑いしながら三人を出迎えてくれる。そんな彼に乾いた笑顔を返すと、進ノ介の目には、玄関先においてある、大きな竹ざるが見えた。そこには見事な赤身肉が並んでいる。
「ああ、これは御伽さんが持ってきてくれたイノシシですよ。皆さんの夕食。
今日は牡丹鍋です。まあ、支度が終わるのは五時くらいですから、もうしばらくのんびりなさってください」
そう言ってくれる羽黒氏に感謝しつつ部屋へ戻ると、その途中で上品な女性と会った。食堂となる広めのスペースで優雅にお茶を飲んでいた。彼女もお客だろうか、と進ノ介は考えるが、しかし、ハイキングを楽しむにしては、傍らに置かれた杖が気になった。
すると、羽黒氏が彼女を見て、
「ああ、彼女は花江さんって言います。こちらの土地の持ち主。言ってしまえば、この宿のオーナーでしょうかね。近くに別荘も持っていて、時々こちらに滞在されるんですよ」
「なるほど……。ちなみに、お二人はどういった経緯でお知り合いに?」
右京が興味深げに尋ねる。
「私が都会で働いているときにたまたま。この山を紹介してもらい、土地まで貸していただきました」
「へぇ、親切な方なんですね」
「ええ。本当に、彼女がいなかったら、今の暮らしはありませんでしたから……。恩人ですよ」
その花江はそんな風に会話している面々に気づいたのか、こちらを向いてペコリを頭を下げてくれる。
その仕草の一つ一つまで丁寧で美しく、気品のようなものも感じられた。右京から好奇心を抜いたら、ああなるのだろうか、などと進ノ介は失礼な想像をしたり。
その後は部屋へ戻り、小休止。そして、宿の風呂で疲れをとると、進ノ介が楽しみにしていた食事の時間がやってきた。三人が食堂に向かうと、机の真ん中には三人で食べるには豪勢に野菜や肉が並べられている。
「今日はお客さんも少ないですし、剛君は珍しいリピーターですからね! 奮発させてもらいましたよ!」
羽黒氏がエプロンをしながらテーブルにやってきて、準備の仕上げを進めてくれる。メインとなる牡丹鍋のほかにも、山菜の天ぷらや、シカ肉の炒め物など。この地方でしか食べれないメニュー。
剛は、この宿を進めてくれた理由の一つを、食事のよさと語っていた。その評価は違わず、素材の魅力を引き出したその料理は、大変美味だった。
「……ふぅ、よく食べましたね」
「あぁー、満足!」
剛が思い切り伸びをする。奮発してくれた、と羽黒氏は言ってくれたが、確かにその通りで、素材の良さもそうだが、量も多い。すべてを食べ終えたころには腹は十二分に満たされてしまっていた。食べ盛りの剛がいなければ、食べきれなかったかもしれない。
そうして一時間ほど満足げに休んでいた三人。だが、進ノ介には気になることがあった。
「隣の人、来ませんね……」
時刻は夜八時を回っている。食堂の開場時間は五時から九時と広い時間が設定されていたが、今から食べ始めても、終えるのはぎりぎりとなってしまう。
そんな時間なのに、三人の隣のテーブルに置かれた鍋と膳は、変わらないまま。そこに来るべき客はおそらく、あのルポライターだろうが……。
「外はすっかり暗くなっています。十分に準備をしていても、この時間に歩き出すのは無謀に思えてしまいますが……。疲れて部屋にいる、等の事情でしたらいいのですがねえ」
右京も進ノ介と同様に、姿を見せぬ客を心配しているようだった。
そんな時、羽黒氏が食堂に入ってくる。しかし、その服装は山用の分厚いベストに、山岳帽。そして、首には大きな電灯をぶら下げている。見ただけで事情を感じさせる服装に、顔には焦りの色が張り付いていた。
それを見て、すぐに進ノ介は羽黒氏に尋ねる。
「羽黒さん? その恰好、何かあったんですか?」
「え、ええ。もう一人のお客様がまだお戻りにならなくて……。今から、御伽さん達、周りの皆さんと捜索に行ってきます」
その言葉に、右京と進ノ介は顔を見合わせる。この季節、こういう森林地帯は夜間、かなり冷え込む。発見されなければ命に関わるだろう。
「俺たちも協力しましょうか? 杉下さんはともかく、俺と剛は体力に自信ありますし」
「ありがたい申し出ですが、夜間のコンディションです。山に慣れていない方を入れると、二次被害が生まれかねません。皆さんは、どうかこちらでお待ちください」
「……泊君、ここは羽黒さんの言葉に従った方がいいかと。羽黒さん、どうかお気を付けて」
右京の言葉に、羽黒氏は頷き、駆け足で宿を出ていく。
そして数時間後、彼は無事に宿へと戻ってくるのだが、同時に一つの訃報をもたらすのだった。
明くる日の昼、右京と進ノ介は御首山の裾にある、傾斜の強い斜面に立ち、下を眺めていた。
しかも、そこにいるのは二人だけではない。眼下には鑑識が何人もおり、進ノ介達の周りにも警官たち。
昨晩、失踪したもう一人の宿泊客。彼を探しに山に入った捜索隊が、遺体を発見したのだ。見つけたのは、山を熟知している御伽氏。急斜面の下に倒れていたという。
夜間は作業をするには危険が過ぎ、朝になったことで地元警察が捜査を開始したのだ。だが、ここには本庁の鑑識もやってきている。それはつまり……。
「殺人事件の疑いなんて……。まさか、幽霊探しに来たから、罰当たったんじゃないでしょうね……」
進ノ介が渋い顔で言う。心霊写真を撮りに来たら、本物の死体と遭遇することになるとは思わなかった。
以前に右京と遠出した時も、思いがけず事件に遭遇している。これからは右京と旅行に出かけるのは、なるべく避けようと、進ノ介は心に固く誓う。
一方で右京は旅行が中断となったことに残念がる様子もなく、遺体を見つめている。そうしていると、米沢がえっちらおっちらと斜面を登ってきた。
「米沢さん、どうでした?」
「まあ、転落死に見えないことはありませんな。死因は後頭部を強く打ったことによる脳挫傷ですし」
「と、いうことは不審な点があった、と」
右京が尋ねると、米沢が頷き、手元の記録を見ながら答えてくれる。
「ええ。どうにも打撲の痕が、張り出した木や、岩とも合いません。傷も複数ありますし、さらに、辺りに飛沫血痕なども存在しません。
どうやら被害者は殺害、あるいは事故死した後に、遺棄されたようです。いずれにせよ、何者かの関与があったということ。現在、その場所の割り出しを進めています。ああ、こちら、被害者の身分証です」
進ノ介がその運転免許証と名刺を受け取った。そこに書かれていた名前は、
「灰島涼、三十四歳のルポライターですか。剛が言っていた言葉と合致しますね」
「死亡推定時刻は、夜間の低温にさらされたため、少しわかりにくいですが、おそらく昨夜の九時前後とみていいでしょう。お二人の証言通りです。……ところで泊さん」
「なんです?」
「いえ、現場でこのようなことを聞くのは間違っているかもしれませんが、どうにも気になりまして……。後ろであのような目に遭っている彼、彼が件の仮面ライダーマッハでよろしいのでしょうか?」
少し声をひそめるように尋ねてくる米沢。彼は進ノ介達の後ろをちらちらと興味深げに覗いている。
進ノ介はそちらを見ないようにしながらもしっかりと頷いた。米沢なら外へばらしたりもしないだろう。
「ええ。そうは見えないかもしれませんけど……」
「いえいえ、仮面ライダーファンの間では『チャラい』や『お調子者』、『きっとパリピ』などと噂が立っていたものですから。納得できるといいますか。
何せ『追跡、撲滅、いずれもマッハ!』ですからな。けれど、そういう名乗りは私たちのような人種には堪らないものがあります。ははは。
……ところで、彼にサインなど、求めてもよろしいですかね?」
「……剛は絶対に喜ぶと思いますから、好きにしていいと思います」
進ノ介はそんなオタク心を全開にしている米沢へ疲れた笑顔を浮かべるのだった。
「それはそうと、米沢さん。僕は少し遺体を見てみたいのですが、案内してくれますか?」
「ああ、もちろん。斜面が少しぬかるんでいますので、お気をつけて。お二人いっぺんには危ないですので、まずは杉下警部から案内します」
そう言って、米沢と右京が斜面の下に降りていく。斜面の下までは太いロープで体を支えながらの移動になるようだ。進ノ介は自分の番を待ちながら、右京が下りる様子を見る。あの格好と風貌の割に、動きが妙に機敏で……。見ていると何か変なものを見ているような気がしてくる。
そうしていると、後ろから聞きなれた太い声が。
「特命係のゴーストハンタぁー!! どうだ? 幽霊でも見つかったか? 代わりに死体見つけちまったら世話ねえな!」
やってきた伊丹は、進ノ介にそんな愉快な言葉を言いながら上機嫌に歩いてきた。事実、仕事をさぼって幽霊探しをしていたのだから、弁明のしようもない。進ノ介は口をへの字にして、
「いるわけないじゃないですか、幽霊なんて。杉下さんたちに無理やり連れてこられたんですよ……」
そうぼやく進ノ介を、伊丹は鼻で笑う。
「ふん! ま、これに懲りたらあの変人に付き合うのは止めるこったな。最近はなぜか上も警部殿に文句を言わなくなったが、特命係は所詮外野だ。首突っ込んでると、お前まで巻き添え食うぞ」
「あれ、それってアドバイスとか、ですか?」
「なわけねえだろ! 『懲戒免職の仮面ライダー』になったら、俺らのメンツも潰れんだろうが!! バカなこと言ってねえで、さっさと出てけ!」
そう言って伊丹はずんずんと去ってしまう。その様子を振り向いて見送ると、見ないようにしていた景色が目に映ってしまった。
「もう! もうっ! なんであなたはいつもいつもトラブルばかり起こすの!!?」
「いて! いてぇって!! やめろよ姉ちゃん!!?」
それは、彼らの後ろで家族裁判中の詩島姉弟。裁判というよりも一方的な折檻である。そんなことをしているのが事件現場なものだから、刑事たちの好奇の視線まで彼らに突き刺さる。おそらく霧子も後で顔を赤くするだろうが、もとはといえば騒動の始まりは剛。進ノ介には折檻を止める気にはなれなかった。
「泊さーん! どうぞ、降りてきてください!!」
「はーい! 今行きます。……生き残れよ、剛」
そうして剛を見捨てた進ノ介はゆっくりと斜面を降りていくのだった。
降りた先も足場は悪く、踏ん張っていなければバランスを崩しそうになる。ただ、鑑識としては散乱した灰島氏の荷物などの位置も確認しなくてはいけないので、そんな場所でも活動しなくてはいけない。
灰島氏の遺体は斜面に対して後ろ向きに仰向けとなっていた。服装は厚手のズボンにシャツに、そしてベスト。宿の前ですれ違ったときに見た時と同じ。近くには彼のカバンの中身と、被っていた帽子も落ちている。
そんな遺体のそばで身をかがませると、進ノ介は傷跡を確認した。確かに、岩や太い木の根の傷跡とは違う。米沢によると、細長く扁平で固い、こん棒のようなもので殴られたということだった。
「確かに、これ、転落死の傷跡じゃないですね」
「ええ。詳しくは司法解剖に任せますが、私個人の感想では、殺人の疑いが濃厚ですな」
それを聞いて、進ノ介は考える。こんな山奥で、ルポライターが殺される。とすれば、動機は何か。
鞄に財布などは残されているので、物取りとは思えない。となれば、怨恨の類が妥当だが……。
「でも、灰島さんは都内で働くルポライターです。この場所に恨みを持つほど関わりがある人がいるっていうのはおかしくないですか?」
「そうですなぁ。まあ、それは私が調べられることではありませんので。一課の人に任せるべきでしょう」
進ノ介の疑問には米沢は答えられず、からからと笑うのみ。本来なら、そうしたことに答えようとする右京はといえば、少し離れたところで地面を見つめていた。
「杉下さん?」
「ああ、泊君。君、これをどう思います?」
右京が指さすのは地面に落とされたカメラだ。進ノ介にはわからないが、仕事用だとすれば高価なものだろうに、レンズは割れ、泥だらけとなってしまっている。
そして、右京が尋ねてきた通り、そのカメラの位置には違和感が存在した。
「……遺体と一緒に上から転がってきたのなら、もっと近くに落ちているはずですね?」
斜面と遺体の位置は、自然と上から滑り落ちた。そのような違和感のない軌道だ。一方で、カメラはといえば、斜面方向とは、少しずれている。それは遺体とは別のやり方で放り投げられたような。
つまり……。
「おやおや、中のデータ、消えていますよ」
右京が声を上げ、進ノ介もそれをのぞき込んでみる。すると、カメラの画面には『No Data』の文字。蓋を開けてメモリーカードの挿入部を見てみると、そこも空。ただ、職業や、この山の取材という目的から考えて、データが空というのは……。
「おかしいですよね?」
「ええ。おかしいですよ?」
右京がほほ笑む。犯人が遺体を捨てた後、改めてカメラを投げたとすると。犯人はこのカメラの中身を消したのではないか。その可能性がにわかに高まってくる。
「このデータを犯人が消していたとしたら……。一体、灰島さんは何を撮影したんでしょうねえ」
その右京の疑問への答えはまだ、見つからない。進ノ介は頭を上げて山を見上げる。視線の先にあるのは、雄大な自然と物言わぬ山。この山に人一人の死を生み出すほどの秘密が潜んでいるのだろうか。
そう考えると、進ノ介にはどこか、この山が空恐ろしいもののように思えてしまった。幽霊とは関係なしにだ。
思案の進ノ介を、米沢の大声が現実へと引き戻す。
「杉下警部! 泊さん! ちょっと気になるものが!!」
急いで近寄ると、彼は被害者のベストの内側から一枚の写真を取り出した。ラミネートで保存されているが、内側の写真は黄ばみ、とても古いものに見える。
そして、そこに写っているのは
「……この女の子は、一体誰なんだ?」
満面の笑顔をカメラへ向ける、幼い女の子の姿。
その少女の正体は、すぐにわかることになる。名前は玉森みどり。二十年前、この山から突然姿を消した少女だった。
さて、事件開始です。
今回は山と未解決事件を中心にお送りします。
それでは、ご意見、ご感想をお待ちしています。