相棒 episode Drive   作:カサノリ

28 / 46
ここまでの状況のまとめ

幽霊が出る。そのような噂がでる御首山へ心霊写真の真相を探りにやってきた特命係と詩島剛。だが、心霊写真は撮れず、殺人事件が発生してしまう。
被害者は、失踪した少女の写真を持っており……。

羽黒真一
:山の麓で宿を経営する男性。剛と知り合い、一同を宿に泊める。

御伽健次郎
:御首山の山ガイド。本業は猟師を営んでいる。

灰島涼
:被害者。ルポライター。消えた少女の写真を隠し持っていた。

花江
:羽黒氏に土地を貸し出している上品な女性。

玉森みどり
:二十年前、御首山から消えた少女


第七話「心霊写真が語るものは何か III」

 二十年前、御首山を中心に広がる長閑な森の中で、一人の少女が消えた。

 

 少女の名前は玉森みどり、十二歳。都内の小学校に通っていた少女は、林間学校に参加する形でこの山を訪れ、二度と戻らなかったのである。

 

 進ノ介と右京が見つけた写真の少女こそ、その玉森みどり。古い事件なので、インターネットなどではすぐに出てくる内容ではなかったが、地元警察に尋ねてみると、すぐに情報を手に入れることができた。

 

 その資料には次のことが書かれている。

 

 事件が発生したのは八月二十六日、日曜日。

 

 みどりは学友二十人と共に、御首川の河原でバーベキューを行っていた。引率の先生四人が彼らを指導する、二泊三日の行程。普段は体感できない雄大な自然とアウトドア活動を楽しむ。そんな、子供たちにとってはひと夏の楽しい思い出となる冒険。

 

 そうなるはずだった。

 

 問題が発生したのは夕方、バーベキューと川遊びを終えて宿へと帰ろうとしていた時。彼らをにわか雨が襲ったのである。それも、一寸先も見えなくなるような大雨が。

 

 短時間ですむかと思われた雨だが、それは十分たっても降りやむことなく、子供たちと教員を襲い続けた。

 

 山間の地は、すぐに気温が低くなる。そして子供たちは薄着に、天気は大雨。風邪ならともかく、低体温症が発生すれば子供たちの命の危険があった。

 

 予期せぬトラブルに決断を下すのは難しい。

 

 彼らの中で一番の年長であり、学年主任だった浜松香苗教諭の決定で、一行は退避することになった。体調不安に加え、川の水位が上がると道が寸断される恐れもあった。立ち去ることは正しい選択肢であっただろう。

 

 だが、そこで大きな問題が起きた。一行が十分ほど離れた場所にある宿へと急いで戻った時、その中から一人の女の子が消えていたのだ。

 

 直ぐに、雨が収まるのを待って近隣住民を総動員した捜索が行われたが、悪いことは続く。その日は新月の晩。暗く、明かりも足りず、当時は整備も行き届かない森深い場所だった御首山周辺の捜索は、困難を極めたのだ。

 

 そして見つかったのは、少女が履いていた靴だけ。奇妙なことに、御首山の小さな登山道にぽつりと残されたソレには少女の血液が付着していた。

 

 その靴の発見の報に、途端に報道は白熱する。

 

『これは殺人、もしくは誘拐ではないか!?』

 

 血液が付着し、少女は行方不明。事故だけでなく、少女の失踪に事件の可能性も生じたのだ。

 

 警察捜査に加え、各報道機関がこぞって犯人捜しを始める。それに伴い、近隣で広がる疑心暗鬼。当てのない推論。憶測による糾弾。

 

 その果てに、近隣の小学校教師が自殺した。

 

 原因は、彼が少女に悪戯をしていたという根も葉もない噂が広がったことだった。それが週刊誌によって報道され、周囲から激しい中傷と非難が広がった彼は、首を吊り、家族を残してこの世を去ったのである。

 

 だが、そのような痛ましい出来事も、いつしか事件は新たな事件と、時の流れの中で置き去りにされていく。以来、二十年。いまだに少女は見つからないままとなっていた。

 

 

 

 相棒 episode Drive

 

 第七話「心霊写真が語るものは何か III」

 

 

 

 右京と進ノ介、なぜか彼らについてきた剛は、駐在所で資料に目を走らせていた。

 

「そして、そのみどりちゃんがこの写真に写っている女の子、ですか」

 

 進ノ介が示すのは、殺害された灰島氏が胸ポケットにしまっていた古びた写真だ。

 

 リュックサックを担ぎ、首に木の実で作ったネックレスを下げた、可愛らしい女の子。撮影の日付も移動教室があった、八月二十四日の朝。

 

 まだ着いたばかり。これから楽しいことがあるだろうと期待に胸を膨らませている顔だ。

 

 この元気な笑顔が、この地から姿を消した。

 

 その笑顔を見ていて、思うところがあったのだろう。

 

「なんかさ、こんな事件があったことを知っちゃったら、幽霊だなんだと騒いでいたのが申し訳なくなってきたよ」

 

 剛がそう言って、頭をかく。最初は軽い気持ちで山へと来たのだが、女の子の失踪、関係者の自殺。そんな痛ましい出来事が起こった現場でそんな不謹慎なことをするつもりは消えたのだ。

 

 進ノ介も同様の気持ちであり、右京もまた。彼の眼はすでに、子供のような好奇心だけでなく、事件へ向かう真剣の色が見える。

 

「亡くなった灰島さんはどうして、みどりさんの写真を持っていたのでしょう。こちらは二十年前の移動教室で撮られた写真です。そのような昔の写真を、彼は、どこから手に入れたのか……。そして、なぜ、灰島さんが持っていたのか」

 

「彼の滞在の名目は、山の観光に関する取材だそうですが。けれど、これはそれとは合致しない写真。しかも、隠し持っていた。

 ……灰島さんが周囲に言っていた理由は嘘で、みどりちゃんの事件に関する何事か調べていた。もしくは何か行動をしていた。その可能性がありますね」

 

「けどさ、このみどりちゃんが失踪してから二十年だぜ? もう世間は誰も事件を覚えていない。それに灰島さんも二十年前はまだ中学生くらいだし、事件に直接関係があるとは思えないけどな」

 

 剛が進ノ介達の言葉に首をかしげる。確かに、あまりにも古い事件だ。果たして、今回の殺人事件と関わりがあるのかもわからない。

 

 だが、そういうところを調べようとするのが杉下右京であり、泊進ノ介だ。

 

「何事も、調べてみないと始まりません。

 ……ひとまず、宿へと戻ることにしましょう。彼の滞在した部屋や、羽黒さんの話から何かわかるかもしれません。……僕たちは僕たちで、ここでできる事を」

 

 そんな言葉を冷静に言う右京に、進ノ介もうなずく。ただ、問題は。

 

「俺、事件捜査はよくわかんないけど、そんなもんなのかね。けど、そうと決まれば、さっさと行こうぜ、進兄さん!!」

 

 と言いながら、剛は右京と駐在所を出ていこうとする。それがさも、自然な出来事であるように。だが、そうは問屋が卸さない。剛の肩を進ノ介がつかむ。

 

「ちょっと待て剛! なんかさっきから付いて来たけど、刑事じゃないお前を連れていくわけにはいかないぞ!!」

 

 忘れてはならないが、剛はあくまで部外者である。ただの民間人の写真家。ロイミュード事件の際は、変身者の特例として参加を許されていた。だが、それも終結した今、彼を捜査に同行させるわけにはいかない。

 

 そう言って進ノ介が詰め寄る。だが、剛は、しれっと進ノ介の痛いところを突いてきた。

 

「あれ、けど特命係って捜査権もないんだろ? 進兄さんはどうなんだい?」

 

「うぐっ!?」

 

 確かに彼の言う通り、特命係もまた、本来ならば現場にいてはいけない警察官である。進ノ介には認めがたいことではあったが。

 

 黙ってしまう進ノ介。

 

 ただ、右京はそんな指摘も何のそのという風情で、剛に尋ねる。

 

「剛君、そうはいっても警察官である僕たちと君の立場は違う物です。君を連れていくとなると、それ相応の理由が必要なのですが。いかがでしょう?」

 

 君に事件解決に役立てるものがあるのか? 右京はそう尋ねているのだ。

 

「そうだねえ……。灰島さんはルポライター、それに奪われたのは灰島さんの写真。今、警部さんたちが追っかけているのも、女の子の写真。

 俺なら、そういう写真がどういう構図で撮られたか、どういう意図があったかってアドバイスできる。そうやって、事件解決に協力できるんじゃない?」

 

 剛が自信満々に告げると、右京は進ノ介を微笑みながら見て、

 

「ということだそうですが、どうでしょう? 泊君。

 ここで捜査から追い出したところで、剛君が東京に帰る手段もありません。それに、剛君の性格ですと、事件に首を突っ込むでしょうし。僕たちも一緒にいた方が君も安心できると思いますよ」

 

 右京の言葉を聞くと、その様子がありありと浮かんでくる。どちらかといえば、その剛の顔が、目の前の右京の物と変わっても違和感がないのだが。

 

「はあ。それじゃあ、俺たちから、絶対に離れないこと。それが条件だ。勝手な行動したら捜査妨害で逮捕するからな。……霧子が」

 

「あー、それは勘弁してほしいから、素直に従うよ」

 

 そう言って、びしりと警官みたいに敬礼を送る剛。だが、進ノ介は訝し気な目をひっこめない。彼にはロイミュード事件の時に何度も暴走したり、無断行動をした前科がある。剛なりの意図があったことではあったが、それでも、皆が大いに困惑させられたのだから。

 

 

 

 そんな不安を伴いながら。宿に向かった進ノ介と右京は、灰島氏が宿泊していた部屋を訪れた。もちろん、すでに鑑識の人員が入っている。その隙間を縫いながら、三人も灰島氏の荷物を見ていった。

 

 彼の荷物として残されたものは少ない。大きなバッグに入っているのはせいぜいが数日分の着替え。仕事の資料などはなく、リュックサックにはカメラのレンズや撮影機材しか入っていない。長期滞在にしては、軽装に見える。

 

 ただ、幸いなことに荷物の中から灰島氏の持っていたメモリーカードを二枚、発見することができた。どうやら犯人もこの宿まで押し入るということはなかったようだ。

 

 時間がなかったのか、あるいは、彼が持っていたカメラの写真にしか、興味がなかったのか。

 

「それでは早速、剛君。このような写真はどう思いますか?」

 

 右京が鑑識のパソコンを借りて、剛にメモリーカード内の写真を見せる。その多くは景色を写したものだった。山の麓や、川、リスや昆虫。それらが綺麗に写っている。

 

 だが、それを見ると、剛は何となく納得がいかないという顔で腕を組んだ。

 

「……なーんか、変だな。上手いのは上手いんだけど、そんなに構図を考えた写真じゃない。元々の腕がいいから、それなりの写真に見えてるだけ。一言でいえばテキトーだね」

 

「それじゃあ、これが雑誌の写真に使われるってことは?」

 

「ないんじゃない? 特に自然写真なんて、アマチュアで詳しい人もいっぱいいるから。下手な写真載せたら後が大変だ」

 

 ということらしい。早速カメラマンとしての知識を披露する剛に感心しつつ、進ノ介はもう一枚のメモリーカードを差し込む。すると、そこに収められていた写真は景色とは趣が違う物だった。

 

「今度は、人の家ですね……」

 

 どこかの家の玄関や、客間。果てには物置など。どれも怪しい雰囲気の写真だ。

 

「あー、これは、わっかりやすいね」

 

「というと?」

 

 右京と進ノ介の疑問に対して、剛は極めて端的に答えた。

 

「隠し撮り」

 

 

 

「灰島さんの日常のようす、ですか?」

 

「ええ。どうにも灰島さんには、こちらにきた裏の目的があったようなのです。ただの観光取材で来ていたとは、どうにも考えにくい。

 灰島さんはこちらに長く宿泊していたので、羽黒さんでしたら、何かご存知ではないかと」

 

 灰島氏の部屋で隠し撮り写真と、ペンに偽装したカメラを発見した三人は、ますます、灰島氏への疑問を深めていた。次に行うのは、三人は、羽黒氏から灰島氏の目的について話を聞くこと。

 

 ただ、羽黒氏には見当がつかないようで、首をかしげてしまう。進ノ介達が刑事だということにも驚いていたし、この一日は彼にとっても激動続きなのだろう。

 

 それでも羽黒氏は灰島氏がどのようなところを巡っていたかは覚えていた。

 

「正直、灰島さんは過去にも何度か宿を利用してくださいましたが、詳しく知っているわけではありませんので……。

 夜は部屋に留まり、それ以外の時間は、ほとんど外で。取材ということで近所のおうちにも。御伽さんのお家にも行かれたとか」

 

 灰島氏が遺した写真は二種類。一つは小型カメラで隠し撮りしたもの。もう一つはただの風景写真。

 

 羽黒氏の証言では、その風景写真を手にもって、灰島氏は近隣の家を訪問していたという。どうやら、風景写真は職業を明かし、信用を得る道具であったようだ。

 

(あれ、となると、灰島さんが持っていたカメラには、何が写っていたんだ?)

 

 進ノ介は考える、

 

 灰島氏と昼間にすれ違ったとき、彼がカメラを首に下げていたのを覚えている。だが、風景写真はただの道具。本命は近隣住民の家をスパイのように調べることだとすれば……。

 

 あのカメラに入っていた、犯人が消さなければいけない写真とは何なのだろう?

 

 だが、まだそれを明らかにする材料は集まっていない。彼の素性も、まだ依然として知れないのだから。

 

「羽黒さん……。灰島さんは、二十年前に起きた玉森みどりさんの失踪事件。それにまつわる何事かにかかわっていた可能性が高いのです。

 ……羽黒さんはその事件について、何かご存知ありませんか?」

 

 右京は少し情報を開示した。その方が、羽黒氏も心当たりに思い当たるかもしれない。すると、羽黒氏は顎に手を当てて考え込むが、返ってきたのは平凡な答え。

 

「二十年前というと、私も小学生くらいですからねえ……。当時は都会で育っていましたし、正直、その女の子の話も初めて聞きました」

 

「それじゃあ、灰島さんから話に出たことは?」

 

 今度は進ノ介が尋ねた。

 

「なかったです。もともと、あまり饒舌な方ではありませんでしたから」

 

 なるほど、とその返答を聞き、頷いていると。右京がガタリと立ち上がる。

 

 すたすたと歩きだし、向かったのは食堂の壁。そこには、ドングリや松ぼっくりで作られたネックレスなどが飾られている。その一つを手に取ると、しげしげと眺め、右京はしばし動きを停止させた。右手の指を上げた、珍妙な姿勢のまま。

 

 羽黒氏がそんな彼へと胡乱な目を向ける。

 

「えっと、杉下さんでしたっけ? どうしたんですか、あの方?」

 

「あの人、たまにああなるんです」

 

 そして、その姿を、剛は面白そうに写真を撮っている。

 

 数分ほどだろうか、右京が思考の渦から現世に帰ってくると、羽黒氏の元まで戻ってくる。

 

「何か、面白いものでもありましたか?」

 

 羽黒氏が右京へ笑みを向けながら尋ねた。すると右京は興味深そうに顔をほころばせる。

 

「いえ、あちらにかけられていた飾りですが、随分と古いものに思えまして。紐などは少し痛んでしまっていますし、松ぼっくりも所々かけてしまっています。

 こちらのお宿は新しいのに、飾りに味があるというのは、面白い。そう思いまして」

 

 それは事件にはまるで関係のない質問のように、剛には思えた。

 

 ただ、人がいいのだろう。羽黒氏は、ああ、とうなずくと、自分も立ち上がり、森の材料で作られた飾りを手に取る。それに目を向けながら、

 

「これは花江さんからお譲りいただいたものです。彼女は昔からこうした工作が好きなそうで、いろいろと作ってるそうなんです。子供たちにも昔、プレゼントしたと聞いています。

 それで、少し古いですが、綺麗なものですし。押し入れに眠っているなら、宿に使いたくて譲り受けたんです」

 

「なるほど、それで宿の飾りに用いることにした、と」

 

 羽黒氏の答えに右京はうんうんと頷いて。

 

 それで終わりというように、進ノ介達を促して、外へ出ていこうとする。だが、門をくぐる段になり、いきなり右京は羽黒氏に向かって振り向くと、

 

「ああ、一つだけ! 聞きそびれていました!」

 

「は、はあ」

 

「羽黒さん、こちらのお宿。できたのは何年前からなのでしょう?」

 

 右京の質問は、シンプルなそれ。少し身構えていた羽黒氏も安心したのか、快く答える。

 

「えっと、三年前からですよ。それが何か?」

 

「いえいえ、特に意味はないのですが……。そういえば、心霊写真が出回り始めたのは、三年前でしたか。来ていきなり、そんな噂が広まったというのは、驚かれたでしょう」

 

「面白い偶然ですよね。世の中には不思議なことも起こります」

 

 羽黒氏のその言葉に、右京は一瞬だけ目線を鋭くして、

 

「ええ。面白い偶然です」

 

 そうして何も言わず、今度こそ宿の外へ出ていく右京。その後をついていた進ノ介は右京の隣に並び、彼へと。

 

「気になりますね、色々と」

 

「ええ、気になりますねえ。色々と」

 

 そんなことを言い合う特命係を後ろの方で眺めながら。剛は、

 

「やっぱり進兄さんも変な人だよな」

 

 と進ノ介が全力で否定することをつぶやくのだった。

 

 

 

 その後、進ノ介達は足を再び遺体が発見された御首山へとむけていた。米沢から、殺害場所が特定できたと、そう、連絡が来たからだ。

 

 遺体の殺害現状は、発見現場のちょうど反対の側にある斜面だった。昨日、御伽氏と出会った、あの古い真っ黒台座のお地蔵様。そこから百メートルほど離れた斜面。発見場所よりも斜面は緩く、ここから転落したとしても頭を打つ可能性は無いだろう。

 

「何か手掛かりは見つかりましたか?」

 

 進ノ介が尋ねると、米沢は小さく首を横に振った。

 

「この場所は、警察犬が発見してくれましたが、現場の血痕は落ち葉で隠されたりと、工作の様子がうかがえます。それに、こうも山深いところですと毛髪などを探すのも大変ですから……。今のところ、有力な証拠はありません」

 

「そうですか……。そういえば、発見現場と同じで、ここも何もない場所ですね。遺体をここから移動する意味、あるのか?」

 

 進ノ介はつぶやきながら、周りを見渡す。見る限り、何の変哲もない斜面だ。

 

「そうですなぁ、発見現場の方がいささか人通りは少ないとは思いますが……。発見を遅らせるなら、遺体を埋めるなどしてもよさそうですからねえ……」

 

 米沢からそのような話を聞いていると、後ろから枯葉を踏む音が聞こえてきた。

 

 わざと強く踏みしめるような音から予想した通り、進ノ介が振り向くとそこにいたのは、伊丹と芹沢。そして、霧子は恥ずかしそうに顔を伏せながら、少し遅れてついてきた。剛がまだいるので、何か言われたのだろう。

 

「だーかーら! なんでてめえらが残ってんだよ!!」

 

「いやー、まだ幽霊見つかってませんから。ほら、俺たちゴーストハンターなんで」

 

「お前は幽霊に興味ないって言ってただろうが! 泊!!」

 

 嘘も方便である。

 

 そうして縄張りを荒らされた犬のように唸る伊丹と、何とか落ち着かせようとする進ノ介があれこれと。そんな様子を面白おかしく見ながら、剛が霧子に尋ねる。

 

「そういえば姉ちゃん、灰島さんのことってなんかわかったの?」

 

「なんで、あなたもまだ残ってるのよ!!?」

 

「まあ、まあ、詩島さん。僕が彼に言って残ってもらったんです。意外と剛君も役に立ってくれていますよ」

 

 右京の言葉に調子に乗ったのか、上機嫌に笑う剛に、霧子の拳骨が落とされる。

 

 ともかくとして、杉下右京のやることを止めるのは無理だと、彼女も分かってきたのか。疲れた顔をしながらも、それ以上の文句は言わなかった。霧子の受難の日は続く。

 

「はぁ……。もう、杉下警部も剛を甘やかさないでください。

 ……灰島涼さんですが、玉森みどりちゃんの事件との繋がりがわかりました。灰島涼というのはペンネームで、本名は浜松涼平というそうです」

 

「浜松といいますと、みどりさんを引率していた先生の苗字ですね?」

 

 右京が尋ねると、霧子はしっかりとうなずく。

 

「実の息子さんです。

 浜松先生は、事件の後に責任を取って教職を辞しました。その後はひっそりと暮らしていたそうなんですが、五年前に心労がたたったのか、病死。

 親族の話では、病床でうわごとのように『みどりちゃん、みどりちゃん』とつぶやいていたそうです」

 

「無事に親御さんのもとへ返せなかったこと、さぞ無念だったでしょうね」

 

「ええ。その母親の一件があったせいか、灰島さんは周囲の人に『俺はみどりちゃんを探し出して、おふくろの墓前に報告しなくちゃいけない』と毎日のように言っていたそうです。

 あと、杉下警部たちが見つけた写真は、浜松先生が撮影していた写真のようですね。当時、引率していた他の先生が浜松先生が撮影係だったと証言しています」

 

「なるほど……」

 

 その写真は本来なら、焼き増しされて児童へと送られる予定だった。

 

 だが、みどりの事件が発生したことによって、浜松教諭のもとに死蔵されていたという。

 

 それを息子である灰島氏が発見したのだろう。

 

「じゃあ、灰島さんの目的は……。けど、二十年もたってますし、見つかるものなのかなぁ。

 ……杉下警部はどう思います?」

 

 芹沢が尋ねてくる。右京はその言葉に、空を見上げてつぶやく。

 

「さあ、僕は灰島さんではありませんので。ですが、彼に亡くなったお母様の無念を受け継いだ、そのような思いがあったとしたら。早々に諦められることではないのでしょうね」

 

 そして、その事実にまた思うところがあったのは剛も同様であった。

 

「ま、親が関わると人間、色々考えちゃうもんだからさ……」

 

 表面上はあっけらかんと一言。

 

 ただ、彼の事情を知っている霧子は少しだけ心配そうに眉を顰める。彼はそんな姉にひらひらと手を振って、自分は大丈夫だとアピールをした。

 

「そうなると、彼がこの山に来た目的も、おおよそ分かってきましたねえ。『みどりさんの行方を調べること』。

 ただ、そんな彼がなぜ殺されなければいけなかったのか。それが大きな疑問です。みどりさんの事件と関係があるのか、それとも、無関係なのか」

 

 また、この事件では、現状、証拠が見つかっていない。その中で動機となりうる、灰島氏の調査内容は重要だった。

 

 そして、未解決事件の解明という目的は、その動機となりうる大きな存在に思われた。

 

 

 

「まったく、ひどい目に遭った……」

 

 伊丹の嫌味攻撃をようやく振り切って、右京達に合流した進ノ介。三人は続いて、山ガイドであり、遺体の第一発見者でもある御伽氏の家を訪れていた。

 

 そこは羽黒氏の宿から、そんなに離れた場所ではない。山小屋のような家。外にはなめした毛皮が干されている。見るからに猟師の家という見た目だ。

 

 右京も、その毛皮には興味が引かれたようで、少しばかり様子を見ている。進ノ介もイノシシの毛皮を見てみると、頭のところには銃弾の跡があった。

 

 ここは禁猟区だが、少し離れた場所に猟場があるという。この獲物が昨日、自分たちのおいしい夕食になったと思うと、不思議な気がした。都会に住んでいると、そうした猟の現場を知る機会はほとんどない。

 

 インターホンを鳴らすと、御伽氏は彼らの訪問を快く受け入れてくれた。玄関をくぐると、途端に野性味のある空気に包まれる。そして、日ごろは目にしない、ワイヤーなどが置かれているのが目に入った。

 

「まさか、あなた方が警察の方だったとは……。驚きました」

 

「突然、押しかけてすみません。……これって猟の道具ですか?」

 

「これはくくり罠です。この上に餌をおき、かかったところを猟銃で止めを。私は大体、この方法でやってます」

 

 御伽氏はそう言って、その道具を手に載せて見せてくれる。

 

「面白いね。ちょっと写真撮ってもいい?」

 

 剛がその道具にもカメラを向けてみる。すると、御伽氏は、ひげで覆われた口を、やさしく緩めて許可をくれた。

 

「もちろん。灰島さんもそう言ってカメラ向けていましたよ。あの人が亡くなったというのも、不思議な話ですね……。

 私の職業なんてのは、生き死に向き合うことが多いですが、人の死というのはね」

 

「代々、こちらの周りで猟をされていたと伺いましたが」

 

「曾祖父の代から。親父が私の師匠です。親父はまさしく山に生まれて山に死ぬ、そんな人生でしてね。周りのみんなからも信頼されていました。私の目標でもあります。まあ、その親父もだいぶ前に病死してしまいましたが……。

 本当は私も親父のように技術を受け継いでいくべきですが……。子供も弟子もいないので、おそらく、私の代で廃業ですな。……時代の流れってやつです」

 

 そう言いつつも、御伽氏はどこか晴れやかな顔だった。

 

「ところで、御伽さん。御伽さんは二十年前、玉森みどりさんの捜索に加われたと伺いましたが。その時の詳しい状況について、教えていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「……みどりちゃんのこと、ですか? なんでまた?」

 

 疑問の表情を作る。

 

「実は、灰島さんはその件について調べていたみたいなんです」

 

 進ノ介が答えると、御伽氏はますます疑惑を深くしたように皺を濃くする。

 

「それならそうと、言ってくれれば、いくらでも協力したんですがねえ……。まあ、いいでしょう。

 ええ、私や親父も捜索に参加した一人です。お聞き及びのことかもしれませんが、本当にあの時はひどい雨でしてね。雷も轟轟と鳴って、雨のせいで一寸先も見えない始末でしたよ。父も外仕事から急いでこの家に戻ってくるほどの」

 

「加えて、その当時は山にはあまり手が入れられていなかった。そう聞いていますが?」

 

「おっしゃる通りです。あの当時は、川のキャンプ場のほうが有名でしたし、山の方は、地蔵さんがある方は軽いハイキングコースになってましたが、河原側のコースは通路もなしという具合で。しかも、動物も時折入ってきたり。

 だもんで事件の後、河原のコースを整備しなおしたんですよ」

 

 かつてはそれこそ、木も方々に枝を伸ばし、藪は濃く、歩くのも困難な場所だったという。

 

「……それでは、御伽さん、ご意見を伺いたいのですが。御伽さんはみどりさんの失踪をどのように考えてらっしゃいますか?」

 

 右京が尋ねる。すると、御伽氏は迷ったように言葉を選びながら、

 

「歩かれたなら分かるでしょうが、小さい山ですが、ここには傾斜がひどいところもあります。大雨の中、カッパも着ていないなら、視界もひどいでしょうし。足を滑らせてしまえば、子供には危ない場所でしょうね。

 ご遺体が発見できていない理由はわかりかねますが……」

 

「それでは御伽さんはみどりさんは事故死だと?」

 

「さすがに殺人だか、誘拐というのは考えにくいかと」

 

 その言葉に進ノ介と右京もうなずく。

 

 ただ、もし、それが本当だとすれば、浮かばれないのは犯人だと噂されて自殺してしまった地元の教師だろう。

 

「でもさ、それなら地元の人が自殺したっていうのはどういうことなの?」

 

 素直にその疑問を口に出したのは、剛だった。その言葉を聞くと、御伽氏も渋い顔を作ってしまう。

 

「白鳥先生の話ですか……。彼は少し離れた集落で教員として働いていたんです。みどりちゃんの学校の行事にも色々と協力していました。

 その点で関わりがあると思われたこと。それに、昔から噂があったんですよ。女の子に対する視線がおかしいとか。それを記者の人が耳ざとく聞きつけたんでしょうね。こういう小さい場所ですと、噂が広まるのも本当に早くて……」

 

 報道の数週間後、その教師は首をつって死んでしまったのだという。結局、その噂が真実であったのかも分かっていないそうだ。何とも、やりきれない話である。

 

 そうして、色々と確認を終えたので、御伽氏の家を三人は後にする。

 

(さて、色々と情報は集まってきたけど……)

 

 進ノ介は歩き回って緩み始めたネクタイを締めながら、考え事をする。二十年前の失踪事件、三年前からの心霊写真騒動。そして、今回の殺人事件。

 

 一見すると無関係にも見える色々な事柄が、細い糸で結びついているような気がしてならなかった。

 

 そんなことを考えていると、進ノ介のスマートフォンに着信音。メールが送られてきていた。

 

「……米沢さんだ。『灰島さんの家宅捜索で興味深いものが見つかったそうなので、添付します』、だそうですけど……」

 

 すぐさま開いてみると、それは何枚もの写真だった。それを見て、進ノ介は目を見開き、右京からは思わず声が漏れた。

 

「……ほぉ」

 

 それは山の写真だった。おそらくはこの御首山の山頂。山の来歴を書いた真新しい記念碑。

 

 だが、ただの風景写真ではない。そこには、奇妙な人型の影が映り込んでいる。まさしく、世間の人が想像するような幽霊のように。

 

「心霊写真、ですね。しかも何枚も……」

 

「まさしく、幽霊の正体見たり……。そういうことでしょう。

 泊君、剛君。……二十年前の事件を起点として、この山には多くの嘘が渦巻いているようですねえ。まずは一つ一つ、その嘘を暴いていくとしましょう」

 

 そういうと、右京はどこか面白そうに、目を弧にするのだった。




次回が本話の最終パートです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。