霧子のために買ったプレゼントの指輪。不運に巻き込まれた進ノ介はそれを取り違えてしまった。相手はサンタのコスプレをしていた男性。
特命係を訪れた彼は、進ノ介の荷物を紛失してしまった、そして、それが殺人事件に巻き込まれた故だと語るのだが……。
進ノ介の心を映し出したような曇り空の下、特命係は冬の冷えた風を浴びながら、とある古びたアパートを見上げていた。
「ここが、殺人事件が起こったというアパートですか。それも、遺体のない殺人事件が……」
「そして、俺の荷物が消えた場所」
二人は後ろをぐるりと向き、そこに所在なさげに佇む男を見る。
「間違いありませんか? サンタさん?」
「……三田です」
そうして三田と名乗った男は、弱気に頷き、二人を事件現場へと案内するのだった。
相棒 episode Drive
第八話「ギフトの行方 II」
時は少し戻る。
朝、特命係を訪れた男は、サンタクロースもとい、三田九郎と名乗った。その名前を聞いた瞬間、進ノ介はきょとんとした顔になる。彼の職業を鑑みると、面白い名前である。
「……失礼ですけど、偽名では?」
「いえ、本名なんです。このように、運転免許証も」
「……サンタらしいお名前ですね」
「よく言われます、はい」
そうして三田は肩をすくめた。彼は、一言でいえば、地味な男性だった。昨晩、コスチューム姿で働いていた時は、エネルギッシュで親しみやすい人柄に見えたが、それはサンタに扮したことで精神まで引っ張られていたからだという。
「サンタを辞めた三田は、地味で、金もなく、未来もないおじさんです……」
「い、いや。そこまで言わなくても……」
「事実ですから。それに、泊さんの大切な荷物も失くしてしまいましたし……」
「うっ!?」
進ノ介もそれを言われれば、言葉を無くさざる負えない。事実として、進ノ介の給与三か月分以上の思いが詰まった指輪は、彼のせいで行方不明となってしまったのだから。
ともあれ、彼が今、指輪を所持していない以上、彼がそれを失ったきっかけについて、調べるしかない。右京はまだ混乱から冷めやらない進ノ介に代わり、三田へと尋ねた。
「ご自分を責める気持ちは分かりますが、三田さん。まずは、貴方が泊君の荷物を失くしたきっかけ、そして、先ほどおっしゃった『殺人事件』について、詳しく教えていただけませんか?」
「え、ええ。泊さんとお会いして、仕事に戻った後です。私、古い知人と出会いまして……」
それは、三田が看板を持ちながら立っていた時だったという。
『おい! お前、三田じゃないか!!』
そう言って、男が三田へと声をかけてきた。
「……ちょっと待ってください!? ……その時、三田さんってサンタの仮装をしてましたよね?」
進ノ介が話を遮る。サンタの姿は、全身を体形が分からない赤いコスチュームに包み、顔の大半はひげで隠れている。そんな格好をしているのに、古い知人が分かるものなのか。
途端に話がうさん臭く感じ出した。ただ、三田もそれには弁明があるようで。
「私もそう思ったのですが、どうやら声を聞いて私だと思ったようなんです」
「……話を続けてください」
男は長身で、皮のジャケットに逆立てた髪と、ガラが悪かった。けれど、彼は三田が以前にいた勤め先の同僚だったと言ったらしい。
「その人は谷口さんと名乗りました。十年以上前、工事現場で働いていた時に、であったと言っていて。そういえば、と私も思い出したんです。同い年で、仲良くしていた谷口という人がいたと」
「なるほど。その谷口さんと出会った後、どうされたのですか?」
右京が促し、三田が続きを語りだす。
薄暗い街角、三田は久しぶりに再会した谷口と会話を咲かせ、気が付いた時には仕事終わりに彼の家で飲もうという話になったらしい。三田も翌日は休暇。谷口が奢ってくれるというのなら、三田にも文句はなかった。
「それで、私は仕事終わりに待ち合わせて、谷口さんと一緒に彼の家へと向かったんです。そこで、彼と一緒にしこたま酒を飲みました。
深夜二時くらいまでは記憶があるんですけど……。私はつい、寝てしまったようで」
そして、朝起きたとき、三田は部屋の異変に気付いた。
「ぼんやりとしていて、辺りの様子を理解するまで、やけに時間がかかったんです。それで、まず気が付いたのは谷口さんがいないことでした。それで、次に部屋が変になっていることにも」
「具体的にはどんなことだったんですか?」
進ノ介が尋ねると、三田は気味が悪いものを思い出すように体を震わせる。
「……血が。床一面に血が広がっていたんです。その血だまりの真ん中にナイフが落ちていて……。家も荒らされていて。私のシャツも血にまみれていて。泊さんの袋も消えていたんです。
……私は訳も分からず逃げ出しました。」
「……なるほど。一つ教えていただけますか? なぜ、貴方はまず最初に通報を行わなかったのか」
「私が容疑者と思われる。そう考えてしまって……」
そうして自宅へ逃げ出したあと、三田は逃げたことを後悔した。事件が発生したなら、やはり、市民の義務として通報しなくてはいけない。
けれど、一度逃げてしまった身、疑われる可能性も高い。
その時に考えたのは、進ノ介を頼ることだったという。彼の荷物を失くしてしまったのだから、進ノ介にも伝えなくてはいけない。その時に、あわよくば、自分の無実を保証してくれれば、と。
以上です。そうして結び、三田が口を閉じる。
少しの間、三田の証言を頭の中で咀嚼し、右京と進ノ介はほとんど同時に顔を見合わせた。すでにいくつかの疑問が出ているが、刑事としてすべきことは一つである。
そうして舞台は冒頭に戻る。
右京と進ノ介は三田に案内されて、谷口という男の住居である、古びたアパートへとやってきた。
「こちらです」
三田は背中を丸めながら、一同の先陣を切り、アパート二階の部屋へと二人を導く。逃げたときから、カギは開けっ放しにしておいたらしい。そして彼がドアを開けると。
「! ……ふぅ」
進ノ介は一瞬体を硬直させ、大きく息を吐いた。
入り口に立つだけでわかる、噎せ返るほどの血の臭い。犯罪現場特有のソレを前に、進ノ介の思考回路が刑事のそれに切り替わる。ギアチェンジ、なんてカッコつけて言うつもりはないが、彼は頭の中から指輪のことを脇に置いた。
まだ三田は容疑者。逃げる可能性もある。おどおどとしている三田は右京に見張ってもらい、進ノ介は手袋をつけて部屋へと入っていった。
歩くたびにぎしぎしと床が鳴る。家具も少なく、生活感は感じられない。けれど居間だけは、激しく生命の痕跡が残されていた。
進ノ介がそこへと慎重に足を踏み入れる。
開け放ちのタンス、本棚、倒されたテレビ。物が散乱する中に、大きな血だまりが広がっている。そこにはポツリと、血まみれのナイフが。
血の飛散もすさまじく、倒れた本も全体が血に被っている。無事なのは、テーブルと、その上に置かれた酒瓶と二つのグラスくらい。全て、三田の証言通りだ。
確かに、状況だけ見ると殺人現場だが……。
進ノ介は周辺を観察し終えると、部屋を出て、右京達のもとへと戻る。すると待っていたのは、冷静な顔を崩さない右京と、どこか不安げに佇む三田。
「中の様子はいかがでしたか? 泊君」
「さ、殺人現場だったでしょ?」
進ノ介はそこで、右京を呼び出し耳打ちした。その言葉に右京は興味深げに声を漏らし、携帯を取り出す。そうして何事かを含むように笑みを浮かべながら、三田へと声をかけた。
「確かに、事件現場のようですねえ。まずは、鑑識と捜査一課を呼ぶとしましょう」
三田はその声を聞いて、
「そ、捜査一課! ほんとにサスペンスの世界だ!」
などとどこか的外れな感想をつぶやくのだった。
数十分後、谷口の部屋の前には規制線が敷かれ、大勢の鑑識が現場の分析を行っていた。図らずもそれは三田が言ったような、刑事ドラマでよくみられる景色。進ノ介と右京も、その中で捜査を見守っている。
すると、彼らの背後から、野太く、調子の崩した歌が聞こえてきた。
「あわてんぼうの仮面ライダー♪ クリスマス前に落っことした♪」
「いやー、さすがに、その歌はセンスないっすよ、先輩」
誰かといえば、答えるまでもなく、やはり伊丹と芹沢。進ノ介は心底嫌そうな顔で楽しそうに歌う伊丹を見る。が、事実ではあるので反論できない。
毎回、違う呼び方をしないと気が済まないのだろうか、なんて心の奥で思うのみで、進ノ介は肩を落とし、溜息を吐いた。そして、ぶっきらぼうに彼等へと向き直る。
「ハイハイ、あわてんぼうの仮面ライダーですよ。そんな歌を作る暇あったら、捜査してください」
進ノ介は唇を尖らせ、拗ねるように文句を言う。すると、伊丹は皮肉気に。
「クリスマスだか何だか知らねえが、浮かれているからこうなんだよ。俺を見ろ、まったく油断はねえ」
などと胸を自信満々に叩く。だが、それはつまり。
「先輩どうせ予定ないですからね!」
「うっせえよ!!」
伊丹が怒りつつ、芹沢の頭を叩き、芹沢が悲鳴を上げる。どうやら図星のようだ。一方で伊丹のことを笑っている芹沢は。
「そういう芹沢さんはどうなんです? 予定」
「俺? 俺はもうばっちりだよー。プレゼントも、デート場所も用意できてる!」
なんて自信満々に答える。さすが年齢が上だけあって、準備も周到だったようだ。進ノ介にとっても見習うところがあるかもしれない。無事に指輪が戻ってきたら、相談してみようと考える。
その前に事件の捜査を行わなくてはいけないが……。
「この軟弱者共が……。で、お前の荷物が消えたっていうが、その前に殺人事件なんだろ?」
「いや、それが……」
進ノ介は伊丹の疑問に、苦い顔を浮かべて言いよどんだ。その様子に伊丹は首をかしげるが、それに答えたのは。
「正しくは失踪事件ですな!!」
横から首を突っ込んできた米沢だった。突然の声に、伊丹は頭を仰け反り、びっくり仰天。
「うぉ! 脅かすんじゃねえよ、米沢!!」
「これは失礼しました。ですが、聞かれたならば答えるのが私のポジションだと思いまして」
「あー、確かに米沢さんがいないと捜査が始まりませんからね。あれ? でも、米沢さん、今、失踪事件って言いませんでした?」
芹沢が尋ねると、米沢が頷き、現場の所見を示してくれる。
「その通りです。現状、これは殺人事件ではありません。
まず、現場に存在した血液ですが、輸血などに使う、薬剤処理された血液でした。飛沫の状態もまちまちで、知識がない人間が大雑把に撒いたものと思われます。ナイフにも組織片は付着しておりませんでしたし、誰を刺したわけではないでしょう」
そう米沢が言ったタイミングで、
「つまり! 血液は殺人事件が起きたと偽装するためのもの!」
今度は右京が会話へと飛び込んでくる。
「警部殿!!? なんで警部殿まで脅かしてくるんですか!!」
「こうしたタイミングで飛び出すのが『らしい』と、米沢さんがおっしゃるものですから」
右京は微笑みながら、ぼんやりとした調子。驚いた伊丹を気にする様子もない。そんな二人に驚かされた伊丹は文句がいくつもあるだろうが、ここで怒鳴り散らしても仕方ないと思ったのか、
「……ここは新喜劇かよ」
と呟くに留める。進ノ介も内心でそれに同意を返した。伊丹が語る様にコントのような会話の応酬。それを止めたのは、
「あのぉ……。とりあえず話を進めませんか?」
最後にやってきた霧子の至極まっとうな疑問だった。
「……つまり、だ。あの事件現場は殺人が起きたように偽装されたもので、部屋の持ち主の谷口ってやつが行方不明。……なんで谷口は消えた?」
こほんと咳をひとつ。気を取り直した伊丹が進ノ介へと尋ねてくる。殺人でないと分かったからだろうか、彼は少し気が抜けた様子。だが、刑事として真面目な彼は、事件全体へのやる気は失っていないようだった。
そして、進ノ介の中で、その疑問への答えは固まっている。進ノ介は伊丹達へ右手の二本の指を立てた。
「これを行ったのが谷口なら、可能性が高いのは逃亡。拉致事件なら殺人の偽装をして警察を呼び出すのは不自然です。
谷口自身による失踪なら、自分が死んだと思われた方が追手がかかりません。警察が入って、殺人だと判断すれば、説得力は十分です」
進ノ介が静かに答えると、隣に立つ右京もうなずきを返す。
「米沢さんの話では、部屋からは金目のものがなくなっています。ですが、その棚には家主の谷口さんと思われる指紋しか残されておらず、手袋などが触れた痕跡はない。泊君の荷物も、それが何かは泊君が黙っているので分かりかねますが、逃亡資金となるものだそうです……。
彼が偽装を行い、姿をくらませたと考えるのが現時点では妥当でしょう」
「と、なるとだ……」
そこで一同はぞろぞろと移動を開始する。全員が考えていることは同じ。向かった先は、玄関で肩をすくませる普通のおじさんの元だ。
「あんたと谷口の詳しい関係、教えてもらおうじゃねえか」
「ひぃ!?」
三田は伊丹の鬼のような形相の前に、小さく悲鳴を零すのだった。
一同は三田を連れて、アパート前の駐車場に移動し、彼を囲むように質問を加えていく。
「失踪したのは谷口洋平、三十五歳。マエがあって、いまはアコギな闇金を少人数で経営している男だ。……どう考えても、サンタに施しをする人間には見えねえがな」
伊丹が怯える三田を睨みつける。伊丹も、あるいは進ノ介達も、三田が谷口に酒に誘われたという話に疑問を抱いていた。それに対しては三田は頑強に否定する。
「まさか! 私を疑ってるんですか!? ちゃんと調べてくださいよぉ。私は谷口さんと同じ職場にいたし、酒だってたくさん飲みました! そりゃ、なんで彼が消えたのかは分かりませんけど……」
そうしてうつむく三田を見て、進ノ介は伊丹へとこっそりと尋ねた。
「……そこのとこ、どうなんです?」
「……谷口は闇金に手を出す前、工事系の派遣に入っていた。三田も同じような仕事についている。二人が出会ったって話も、あり得ない話じゃねえ」
進ノ介はなるほど、と頷く。三田の証言にも正しいところはあるようだ。しかし、三田には疑わしい点の方がはるかに多い。
「でもねえ、三田さん。あなた、前科もあるんでしょ? 五年前に詐欺で逮捕されて、出てきたのが二年前。この詐欺っていうのと、今回の偽装。……関係あるんじゃないの?」
芹沢がいかにも疑っていますと、そう告げる顔で三田に詰め寄る。さすがに捜査一課、調べるのが早い。すると、三田は肩を大きく揺らし、怯えたように組んでいた手を小刻みに揺らす。
「そ、それは過去のことですし。工事現場の仲間にそそのかされて……! ただの使い走りでしたよ!」
「……それもあってる。それに出所後、犯罪行為に加担した痕跡はなし」
今度は芹沢が進ノ介に耳打ちしてくれた。
「それに! こんなことに手を貸したなら、わざわざ泊さんの所になんて行きませんよ! 疑われるってわかりきっているんですから!! 私に谷口さんに手を貸すメリットがあるんですか!?」
それを聞き、進ノ介も考える。
わざわざ殺害されたように見せかけて消え去る。そこまでは分かる。それにしては手際がお粗末だが、相手は素人だ。そういうこともあるかもしれない。
ならば、その失踪当日に、接点もない三田を家に上げた意図はあるのだろうか?
「谷口にとってのメリットを挙げてみるなら、警察による発見が早くなるということでしょうか?
朝起きたら殺人事件の現場だった。そんな事態になったら、焦って直ぐに、通報しますから」
霧子のつぶやきに頷きながら、進ノ介は改めて周りを見回す。
古く、特徴のないアパート。アパートを囲むブロック塀もぼろぼろ。後ろ暗い人間が隠れ住むにはちょうどいいだろうが人は来ない。加えて辺り一面、人の気配が少ない平屋だ。三田がいなければ、事件の発覚は遅れただろう。
「殺されたと偽装したい。つまり、谷口には追手がいたということ。だったら、殺害されたという情報が広まるのは、早い方がいい。そのために、通報者として三田さんを選んだという可能性も……。って、杉下さん?」
斜め後ろにいたはずの右京へと相談してみるも、進ノ介の気づかぬうちに彼はいなくなっていた。探してみると、駐車場を取り囲むブロック塀へと向かい、ぼろぼろのそれを見て、次いでアパートを見上げて、と繰り返しながら移動している。
「また何かやってる……」
進ノ介はため息を吐き、肩を落とした。ただ、右京があのような奇行を行う時は、何かしら理由があるはず。いや、理由なくああしていることも多いが。おそらくは事件について細かいことが気になったのだろう。
(俺は三田さんのことを調べておきたいし)
そう考え、進ノ介は右京のことを放っておくことにした。改めて三田へと意識を戻し、質問をする。
「……それじゃあ、三田さん。谷口さんが失踪する理由やきっかけについて、何か聞いていませんか? 焦っている様子とか、誰かに狙われていると話してたりとか」
すると、三田は何か心当たりがあるようで、ぽんと手を打ち、調子よく答えた。
「そういえば! 谷口さん酒飲みながら愚痴っていたんです。『同僚と折り合いが悪くて、気が休まらない。あいつ、俺の金を全部持っていこうとしてる』って。もしかしたらそれに関係があるかもしれません!」
「……谷口の同僚ってのは、確か」
「闇金の共同経営者ですね。暴力団、三送会の傘下です」
「その同僚ともめたなら、谷口が姿をくらませる理由にはなりますね」
霧子が言うと、伊丹と芹沢も同意を返した。彼らもその点は道理が通ると考えたのだ。となれば、次に行うことは、その証言の裏付け。
殺人事件ではない。だが、闇金業者が殺人を偽装し、失踪したのだ。逃亡の過程で凶悪犯罪に発展する気配はある。ある程度、事件の見通しがつくまでは捜査を継続するつもりでいた。
「そんじゃ、その闇金へ行ってみるか。何かわかるかもしれねえ」
そうして捜査一課は踵を返して、事件現場から去っていこうとする。けれど、霧子はふと何かに気づいたように戻ってきて。
「そういえば泊さん。泊さんが失くされた大切な物って何だったんですか?」
突然、尋ねてきた霧子に、思わず進ノ介はつんのめってしまいそうになった。それを何とかこらえて、平静を装う。しかし、眼は明後日の方向を向き、一目見れば何かを隠していると分かるもの。
「い、いや!? なんでもない!! ほんとに、そんな大事なものじゃないから!!」
霧子の雰囲気が探るモノへと変わる。
「……でも、さっき、逃亡資金になりそうなものだって杉下警部も」
「凄い高価な車の部品でさ!!」
「……紙袋に入る車の部品、ですか?」
そう言って、霧子はあからさまに疑いの目を向ける。進ノ介の言い訳は、百人が聞いて百人、嘘だと分かる不器用なものだった。けれど、霧子はそれ以上を追求することなく、大きくため息を吐く。
「……わかりました。今は、これ以上追及はしません。何か見つかったら、すぐにお伝えします」
まだ疑問は残りつつも進ノ介が隠しているというなら、何か理由がある。そのように納得してくれたようだった。そんな霧子に申し訳なさも感じつつ、進ノ介は三田と共に、去っていく一課を見送るしかなかった。
右京の方を見ると、彼はまだ、壁に張り付きながら探索を続けている。そこに米沢まで加わっていた。
(ほんとに、特命係にいても良いのかな……)
その珍妙な景色を見ていると、最近は慣れて感じなくなった疑問が首をもたげてしまう。霧子との未来のことも考えなくてはいけない時期。自分の未来くらい、もっと真剣に検討する必要があるのに、自分は変人と事件現場をうろちょろしているだけ。
少しだけ、心にブレーキがかかるのを感じた。
しばらくして、右京と米沢が戻ってくる。
「一課もどこかに行っちゃいましたよ。……何か見つかりましたか? 杉下さん」
進ノ介のそんな、愚痴交じりの声に、右京は首をかしげながら微笑む。
「谷口さんに関係がありそうなものは、何も」
その言葉に、進ノ介は頷きを返した。
「……なら、仕方ないですね。次はどうします?」
「そうですねえ。……三田さん?」
「は、はい」
「あなたは今朝、あの部屋で目を覚ました。その時、あなたの服にも血液が付着していたと、仰っていましたね?」
すると、三田は首を縦に振る。
「ええ、べったりと付いてましたけど……。今、家に置いてあります」
右京はそれを聞くと、三田へと一歩、距離を詰めて彼の前で指を立て、勢いよく言い出すのだ。
「それでは、三田さん。あなたの家へと行きましょうか」
その後、伊丹達は谷口洋平の営む、闇金の事務所へと到着していた。冬に浮かれた通行人も、サンタの恰好の客引きも大勢いる大通りの隅。
雑居ビル群の中、一層にぼろぼろのビル、その二階がオフィスとして登録されていた。
窓には『無利子・無担保』等という嘘にまみれた餌が書かれている。
伊丹を先頭に一同はオフィスの前までたどり着くと、ドアを激しく叩いた。扉には定休日と書かれている。その通りに事務所の中に人気はなく、灯りも落ちている。だが、
「……おい、開いてるぞ」
ドアノブが回る。それを握った伊丹は、後ろに立つ芹沢達に胡乱気な目で呟いた。闇金となれば、中には債務者の書類や大金が保管されていてもおかしくはない。犯罪者だからこそ、そこに不注意を働くということはないだろう。
「行くぞ」
霧子と芹沢が、その声に頷く。注意を払いながら、ドアを開き、踏み込んだ彼らはとある景色を見た。
「……こういう展開かよ」
伊丹が苦い顔で呟く。目の前に見えるのは、荒らされきった部屋。机という机の引き出しは開け放たれ、壁際に置かれた金庫の中身は空。
そして、部屋の真ん中には、
「これで、本当の事件になっちまったな」
頭から血を流し、倒れ込む一人の男がいた。
ご意見、ご感想お待ちしています。
そして、現在、活動報告にてリクエスト企画を行っておりますので、そちらにもご参加いただけると幸いです。