相棒 episode Drive   作:カサノリ

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お待たせいたしました!

ドライブからあのキャラクターが参戦する第九話、そして、元日スペシャル前最後の通常回を開始いたします。

四パートで終了予定。

それでは、最後に訪れる、衝撃の結末まで。
どうかお楽しみいただけると幸いです。



……カウントダウン 1


第九話「西城究はなぜ追い詰められたのか I」

 夜の街というのは恐ろしいものだ。

 

 都会となればなおさらにそう。空は暗く蓋がされ、辺りを照らすのは不安定な人工の明かり。取り巻くのは赤の他人ばかり。人間が野性に生きていた時の名残か、そんな場所を一人で歩いていると、どうにも警戒心という物が噴き出してしまう。

 

 この男が抱いていたのも、同じような、恐ろしさと身の危険であった。

 

 始まりは、ちょっとした勘。スニーカーで重く地面に踏みしめながら歩いていると、不意に背筋がぞくりと響いた。自分でも、理由が分からない、第六感のようなもの。それに従って、おそるおそる振り返ってみる。

 

 誰もいない。

 

 男はそれこそが怖いと感じた。何者かがいるなら分かる。彼にだって、人の一人や二人から恨まれている自覚はあった。だけれど、形のない怪物から追われる理由は、今はもうない。

 

 数分歩くと、また、視線。

 

 数分歩くと、今度は物音。

 

 徐々に心を圧迫していく危機感に従って、男は思わず走り出した。周りの人が怪訝な目で彼を見るが、身の安全に比べれば、世間からの悪評の一つや二つは軽いもの。走って、走って、走り回って。

 

 ようやく、汗に塗れたボサボサ髪をぬぐったのは、どことも知れぬ裏路地だった。運動不足の身体は悲鳴を上げている。そこで大きく息を吸いながら呼吸を整えて……。

 

 そして、次の瞬間。

 

 がしゃん!

 

「……ひえっ!?」

 

 男は飛び上がり、壁に体を打ち付けながら、大通りへと転がり出る。彼が先ほど休んでいた場所。そのすぐ近くに大きなレンガブロックが落ちてきたのだ。立ち位置の数センチ隣。頭に直撃してもおかしくなく、それが実現した時は彼の頭はつぶれたトマトのように中身をぶちまけてしまっていただろう。

 

 それを実感した瞬間、男の不安は最高潮を迎えた。汗が垂れ流され、目はぐらぐらと焦点を失い。手足は寒さに震えていく。そんな彼に残された希望は、一人だけだった。

 

「……助けて」

 

 自分が狙われている。誰かが、自分を殺そうとしている。

 

「助けてー!! 進ノ介くーん!!」

 

 男は、西城究は夜の大空へ向けて、悲痛な叫びをあげるのだった。

 

 

 

 相棒 episode Drive

 

 第九話「西城究はなぜ追い詰められたのか I」

 

 

 

「ふふーふーん、ふふふーふ、ふー♪」

 

 進ノ介の誕生日まで一週間が迫る日、進ノ介は鼻歌を歌いながら椅子に腰かけ、雑誌をぱらぱらとめくっていた。それは『今年のクリスマスは、これで決まりだ!』なんて、景気がいい見出しが書かれたデート雑誌。

 

 前回の事件の、不可抗力で霧子をデートへと誘うことに成功した進ノ介。次に行わなければいけないのは、最高のデートコースを決めることだった。そして、何度も述べてきたことだが、進ノ介はモテない。当然、デートコースの見当もつかない。

 

 なので、まず進ノ介が計画したのは自分が楽しい場所を選ぶというものだった。車のディーラーショップに行き、最高にかっこいい車の前で告白するという進ノ介にとって理想的なプラン。だが、

 

『……なあ、進ノ介。それマジで言ってる?』

 

 と、カイト

 

『あー、泊君さ、悪いことは言わないから考え直した方がいいと思うよ? 霧子ちゃん、怒らせたくないでしょ?』

 

 芹沢

 

『……仮面ライダーも一皮むけば、モテない青年かぁ』

 

 角田

 

 彼女持ちや、妻帯者の面々から猛批判を受けたので、断念せざるをえなかった。『自分の楽しい場所ではなくて、相手の楽しめる場所を選べ』とのお説教付きで。さて、そうなると改めてデートコースを決めないといけない。

 

 そのため、進ノ介はここ数日、雑誌を見ながら流行りのデートコースを調べていたのだ。水族館に、イルミネーション、レストラン。これが意外なことに楽しかった。自分の趣味である車以外には、これまでとんと頓着してこなかったが故に、全てが新鮮に映る。

 

 霧子と一緒に、このような場所を巡れればどれだけ楽しいか。想像するだけでも胸が躍る。

 

 後は、デートを承諾してくれた以上、期待してくれているだろう霧子が、楽しんでくれるか。

 

 そんな若き悩みにひた走る進ノ介を他所に、右京は相も変わらず、愛用のチェスをうちながら紅茶を楽しんでいる。そうして、今日も行灯な日が過ぎ去ろうとしていたのだが……。

 

「おーい、暇だろう? ちょっと来なよ」

 

 角田課長が怪訝な顔をしながら部屋へと入ってきた。

 

「あれ? 角田課長、なんかいつもと台詞違いますね?」

 

「そりゃあ、君ら、見ただけで暇そうだからねえ。質問しなくてもいいでしょ? ところでさ、たぶん、君らのお客だと思うんだけど」

 

 変なのが来てるから、見てよ。などと言われ、進ノ介は組対の広い部屋まで連れ出される。すると、大木刑事、小松刑事をはじめ、組織犯罪対策部に相応しい強面の刑事たちが一点を見つめていた。それは、部屋の入り口でまんじりともせず動かない、大きな段ボールで。

 

「……なんですか、あれ」

 

 進ノ介は角田へと尋ねる。あんな大きな荷物が置かれていたら、仕事の邪魔ではないか。

 

「俺に聞かれても困るよ。いやさ、あの中、人が入ってんの。自分で動いてここまで来たんだから……。で、大木が話しかけてみたら、『進ノ介君にしか話さない!』なんて変な声で言うし、気味悪くてね」

 

「……はぁ」

 

「ということで、さっさと引き取ってよ」

 

 そうして進ノ介の背中を押して、奇妙な段ボールの方へと導いた角田。彼は関わり合いになりたくないという様子で、さっさと自分の席へと戻っていってしまう。

 

 ほかの面々も、早く処理して欲しいという感情が、表情に表れていて。進ノ介は肩をすくめながら段ボールへと歩いていった。なんにせよ、お客様だというのなら、話を聞いてみないことには始まらない。

 

「……えっと、ご所望の泊進ノ介ですけど、ご用は何ですか?」

 

 進ノ介は腰をかがめて段ボールへと話しかける。それに返ってきたのは、妙にくぐもった声だった。変声機を使っているのがまるわかり。その段ボール曰く、

 

『……僕らを見分ける時に使った道具は?』

 

「は?」

 

『……白の僕と、黒の僕を見分ける時に使った道具は?』

 

 変な質問。それを聞いて、この段ボールの中身がだれか、進ノ介には想像がついた。進ノ介の濃い人生の間に、人を見分けた経験なんて一度くらい。

 

「……マーマーマンションの放送開始記念皿」

 

 だから、答えも直ぐに分かる。まったく、何をやっているのだろうという心持ちで返事をすると、段ボールがもぞもぞと動きだして、

 

「うわぁー!! 進ノ介君だー!!!」

 

 少しぽっちゃりした眼鏡の青年が飛び出してきた。進ノ介にとっては見慣れたアニメTシャツに半ズボンという、典型的オタクチックな服装。スーツ姿だらけのこの部屋では、それはあまりにも目立つ。けれども、青年は人目もはばからず進ノ介に抱き着くと、感極まったように涙と鼻水をスーツへとこすりつけた。

 

「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ、究ちゃん!? いったい何があったんだ!?」

 

 友人であり、ともに特状課で戦った仲間である西城究。

 

 その突然の来訪に、進ノ介は顔を白黒させる。なにせ、究とは特状課の解散の後も連絡は取り合っていたのだ。こんなにいきなりやってこなくても、一報を入れればこちらから出迎えたのに。

 

「これには深い深い訳があるんだよぉ~!!」

 

「わかった、わかったから! ほら、とりあえず部屋に行こう」

 

 進ノ介は大木たちの怪訝な目を気にして、ひとまず特命係へと究を連れて行こうと、彼を立たせる。けれど、究は途端に血相を変えて、

 

「と、特命係は! 杉下右京だけは嫌だ!!」

 

 なんて慌てだしてしまうのだ。進ノ介には理由が分からないが、彼はどこか、右京を恐れているようで。しかし、部屋の前でこれだけ騒いでいれば、奇妙なことを見つければ飛び出さずにはいられない変人がやってこないはずがない。

 

 なので、

 

「おやおや、僕がどうかしましたか?」

 

 進ノ介の長身の後ろから、目を輝かせた右京がひょっこりと顔を出してしまう。そして、究はといえば、そんな右京を見るなり、

 

「で、でたー!!!???」

 

 珍妙な泣き声を上げ、ポケットから荷物をぶちまけながら、ひっくり返るのだった。

 

 

 

 西城究はネットワーク研究家を名乗る情報分析のスペシャリストである。

 

 その名に違わず、ネットの海は彼のもの。そこに潜む情報を露にする天才だ。彼の持つ素晴らしいスキルは、ネットワークを自在に行き来するロイミュードを追跡することまで可能とした。

 

 その腕を見込まれた彼は、沢神りんな博士と共に特状課にアドバイザーとして招聘され、進ノ介達と出会うことになる。事件に関する重要な情報を捜査員へと伝えることで、仮面ライダーの戦いを勇敢にサポートした彼も、事件解決の立役者と言えるだろう。

 

 進ノ介にとっても良い友人であり仲間でもある彼は、現在は本職に戻り、事件の中で得た奇妙な体験を元に本を書いていると聞いていた。

 

 けれど、今、彼は体を小刻みに震わせながら特命係の来客用ソファにポツリと座っている。強く不安を感じ、顔を青ざめさせた尋常ではない様子で。汗がとめどなく流れ、手指を震えが止まらないように、こすりつけている。

 

 その原因は、彼がだんまりとしているので判然としないのだが……。先ほどの叫び声から、究が右京に対して怯えていることくらいは分かる。なので、まずは原因かもしれない右京へと聞くことから始めた。

 

「……杉下さん、究ちゃんに何かしたんですか?」

 

「いえ? 僕はこの方とお会いするのも初めてですよ」

 

「でも、あんなにびくびくしてますよ? まあ、究ちゃん、怖がりな方ですけど」

 

「そうはいっても心当たりはありませんねえ。泊君、僕はあちらにいますので、話を聞いてみてください」

 

 右京はそう言い残して、再び窓際の席に座り、紅茶をたしなみだした。進ノ介は少し困ったように頭をかき、究の隣に座って話しかけてみる。究も、右京が近くにいなくなったことに安堵したのか、進ノ介へと顔を寄せてきた。

 

「それで? どうしたんだ、究ちゃん。そんなに怖がって」

 

「……実はね」

 

 究はひそひそと声を潜めながら、進ノ介へと事情を打ち明け始める。進ノ介も、そのただならぬ様子に、表情を引き締めて、

 

「……僕、命が狙われているんだよ! しかも、たぶん、杉下右京が原因で!!」

 

「……はい?」

 

 思わず右京のようなとぼけた声が出てしまう。

 

 究は目を剥き、ムンクの叫びのような恐怖に彩られた表情を浮かべるが、進ノ介は、彼が何を言っているのか理解できなかった。究が命を狙われているというのは、百歩譲ってあり得る。彼だって警察組織に協力していたのだから。だが、右京が原因であるというのはどういうことだろうか。

 

 一つ、可能性としてあり得るのは。

 

「……もしかして、究ちゃんも杉下さんに何かしたのか?」

 

 呟きながらも、進ノ介が脳裏に思い浮かべるのは、これまでの旧特状課メンバーの行動だ。誰も彼も、右京を警戒して威嚇したり、付け回したり……。おそらくは究も何かをしたのだろうと想像がつく。

 

 そして、究は恐々と頷きながら肯定を示すのだ。

 

「実は、進ノ介君が島流しになったあたりから、色々と情報を……」

 

「島流しって……」

 

「特命係は警視庁の陸の孤島じゃないか! 完全に島流しだよ……。で、最初はただの左遷部署だし、関わった警察幹部とか、杉下右京の過去を調べれば、一つくらい進ノ介君の役に立ちそうなものが出てくると思ったんだよ……」

 

 けど、と究は途端に言いよどみ、ちらちらと右京の方を見る。当の右京は興味深そうに聞き耳を立てているだけで、感情の変化は無い。進ノ介も、なんだかんだと右京とも長い付き合いになったが、いつもと変わらない、泰然とした様子。

 

「それで? 調べたら何が出てきたのか?」

 

 進ノ介は半ば、究の思い込みだろうと考え、苦笑いしながら先を促す。すると、究は今まで溜めてきたものを吐き出すように、立ち上がり、手を広げながら叫ぶのだ。

 

「闇だよ! 特命係に潜む、巨大な闇だよー!!!!」

 

 その様子に、進ノ介は呆然と究を見上げたまま固まった。大声に眼を見開いたのは右京も同じ。二人そろって、数秒ほどじっと黙って。

 

「ぷっ、あはははは! いや、究ちゃん、それはさすがに冗談きついって! この杉下さんは確かに変人だし、人の気持ちなんて考えないし、気になることがあったら人目も気にしない子供みたいな人だけどさ。でも、闇とか裏とかは無いって、絶対」

 

「……君、随分と失敬な事を言いますねえ」 

 

 笑う進ノ介へと、窓際の右京は咎めるようなことを言う。だが、進ノ介も彼がこれくらいで気にすることはないことは知っている。しかし、そんな風に笑い飛ばした進ノ介に食い掛る様に、究は彼が調べた内容を早口で言い募るのだ。

 

「甘い! 進ノ介君は甘いー!! 僕の調べによれば、特命係の闇はふかぁい!!!

 設立された理由も極秘! なんで杉下右京が飛ばされたかも記録なし! 

 それだけならまだしも、捜査権もない窓際のはずなのに、過去には朱雀武比古元官房長官、瀬戸内米蔵元法務大臣、他にも大学教授やら議員やら、若手官僚やら、大物の犯罪暴いては刑務所に叩き込んでいるんだよ!!

 おかしいと思わない? 僕には、すーごーく、臭う!! 

 きっとこの杉下右京は何かを隠してるに違いない!!!」

 

 最後にはびしりと右京を指さす。裁判で被告へと罪状を突きつける検事のように。ただ、オタクルックと、究の少しだらしない体形がそうは見せてくれないのだが。

 

 しかして、進ノ介にとっても究が出したお歴々の名前は、少しばかり、聞き逃すには大きい名前だった。どれも、逮捕のニュースは進ノ介の耳にも届いており、新聞の一面で取り上げられるような事件ばかりだ。それが本当なら、杉下右京の大手柄である。

 

「……杉下さん、ちなみに今の究ちゃんの言葉ってどこまで本当なんです?」

 

 確かめるために紅茶を呑気に飲んでいる右京に尋ねてみる。すると、右京はなんでもない事のように肯定を返すのだ。

 

「そうですねえ。僕が隠し事をしているということ以外は、おおむね間違ってはいませんよ」

 

「……そうなんですか」

 

 進ノ介は頭が痛くなった。右京は例の村木の事件やらを解決していたりと、卓越した捜査能力を持っていることは知っている。けれど、そんな世間を騒がす大事件まで解決しているとは。どうやら、特命係とは予想以上に色々な所へ口を突っ込んでいるようだ、と実感してしまう。

 

 同時に進ノ介は少しだけ、先のことが不安になった。

 

 そんな手柄を上げているのに、いまだに窓際の変人扱いされているのだ。能力があっても活用したくない理由がある。となれば、彼と組まされている自分はどうなるのか。密かに希望する捜査一課への転属も、いつになれば実現できるのか。そんな不安がまた生まれていた。

 

 ただ、このぼんやりとした右京は、ミステリアスな部分がありつつも、究の言うような隠し事をする人間には見えない。陰謀論とは真逆の人間であり、それらを暴こうと真っ先に突っ込んでいく人間だ。

 

 考えながら、究と二人して、じっと右京を見てみる。すると、右京も紅茶のカップを置き、興味深そうに歩いてきた。究はまだ、右京を怪しんでいるのか、進ノ介の広い背中の後ろに隠れて。だが、直ぐに隠れているわけにはいかなくなる。

 

「さて、僕の昔話は置いておいて、今井さん」

 

「西城です!! ……って、なんで僕の本名を!?」

 

 究は驚き、またも背を仰け反らせた。

 

「先ほど今井さんが転んだ時に、散らばった財布から保険証が。ここに今井健太とお名前が。ええ、西城究というのは如何にもな偽名に思えたので、これで、疑問が解決しました」

 

「返せぇえええ!!!?」

 

 微笑みながら自慢げに右京は保険証をかざして見せる。ぼさぼさの髪に黒ぶち眼鏡でぎこちない笑顔を浮かべた『今井健太』がそこには描かれていた。それを見た瞬間に、究が保険証を引っぺがす。そうして縄張りを荒らされた野良猫のように、毛を逆立てて右京を威嚇し始めた。

 

「……究ちゃん、杉下さんのことが怖かったんじゃ?」

 

「それとこれとは別だよ!!!? なんなんだ、この人は一体!!?」

 

「ああ、ご紹介が遅れました。先ほど、名前が出ていた、特命係の杉下と申します」

 

「それは最初から知ってるし、それを聞いたわけじゃないんだってば!!?」

 

「おやおや」

 

「おやおやじゃないよ!? あー、もう! とりあえず、あんたが原因じゃないの!? 僕が狙われているのは!!?」

 

 怯えていたのが一転、煙が出そうなほどのテンションの上がり具合であった。叫び、もう変人の相手は嫌だと言いたげに、頭を抱えてしまう。

 

「ま、まあまあ、とりあえず落ち着いて、究ちゃん! ほら、杉下さんはほっといて。……多分、勝手に聞いてくるけど。話を聞かないことには何もできないし!」

 

 進ノ介はそんな彼をなだめて椅子に座らせる。進ノ介には、右京が究を狙っているなんてこと、毛ほどにも想像がつかないが、話を聞いてみないことには動きようもない。

 

 そんな説得に、究も警戒の目を向けてはいるが、背に腹は代えられないと悟ったのだろう。進ノ介に向けて、話を始めた。

 

「昨日、僕が本の出版会議に参加していた時のことなんだけど……」

 

「おや、今井さんはネットワーク研究家というご職業でしたが、とうとう本を出版されるのですか」

 

「だから、西城究!!」

 

「ですが、貴方のお名前は今井さんですからねえ……」

 

「まったく! なんて融通が利かない人なんだ、この人は!!!!」

 

 結局、その後、究は数分ほどかけて、右京にニックネームを呼ばせることに成功する。

 

 ただ、その怪我の功名か。こんな変人が回りくどい手段で究を害そうなどとは思えない、と、そう考えなおしたようである。究は、もはや、疲れたように肩を落とすと、話を続けた。

 

「……家に帰ろうと街を歩いていた時。後ろから誰かの気配を感じたんだ。何だか、じっと僕を見ているような視線を。実は、同じようなことが数日続いていて」

 

 しかも、ただ見られているだけではない。

 

「物陰から自転車が飛び出してきて轢かれそうになるわ、マンホールの蓋が半開きになっていて、落ちかけるわ、駅のホームで足をかけられそうになるわ……。石とか、もの投げられるのもしょっちゅう。

 で、昨日も変だと思った瞬間に逃げ出して……。そうしたら、ビルの物陰で上から大きなレンガが降ってきたんだ」

 

「大きなレンガって……。事故の可能性はちょっと考えられないな」

 

 前半のことに関しては、もしかしたら、究の考えすぎかもしれない。彼は今、不安に対して過敏になっているように思えたからだ。

 

 だが、最後の件については別だ。夜中にビルの上でレンガを触る者等、そうそうもいない。まして、それを下に落としたとなれば、悪質ないたずらだ。問題はそれが究を狙ったものか、ということだが。

 

 究には、自分が狙われているという確信があった。 

 

「それに……」

 

 究は困ったように顔を歪ませながら、手をこすり合わせ始めた。言いにくいことがあるようだ。しかし、いまさら何を聞いたところで究のことを見損なうわけがない。彼は進ノ介は彼の手を握ると、その目を見ながら話しかける。

 

「それに? いったい何があったんだ、究ちゃん」

 

「……インターネットでね、僕、炎上しているんだよ。しかも、性質が悪い方向で」

 

 究は、進ノ介のパソコンを借りると大手SNSにアクセスする。そして、いくつかの検索単語を入れると、その景色が表示された。

 

「……これ、ひどいな」

 

 思わず、声が漏れてしまう。

 

 それは悪意の塊であった。ツイートと呼ばれるショートメッセージサービス。その数多くのツイートに『西城究は最低のキモオタク』『デブ神を〇せ!』等の刺激的な言葉がハッシュタグとして記載されていた。それらに付随しているのは、究の日常の盗撮写真や、不快なコラージュ。

 

 ネットの利用者はそれこそ数十億人。その全てが敵に回ったわけではないが、数万人が広めることに賛同している書き込みもあった。

 

 遊びか、本気か、数万人が究へと害意を抱いている。ネットの正体のつかめない悪意へと、進ノ介は憤りを隠せなかった。学校のいじめよりもたちが悪い。

 

「始まったのは二週間前。前触れもなし。

 今、僕の友達が火消しに動いてくれているけど、上手くいかなくてね……。もっとマイナーなサイトなら、僕を好いてくれている人も多いけど、一般の人が多いこういうとこは、皆がオタクってわけじゃないから。僕が襲われているのも、たぶん、悪ノリした奴らの仕業だと思うんだ」

 

 ただ、究にはそうなった原因が考えられず、炎上の広がり方から、この一連の騒動を先導している存在がいると、疑っているようであった。その証拠に、

 

「昨日、レンガが落とされたビル。その座標も、ほら、こうしてアップされてる」

 

「だから、昨日のレンガも偶然じゃないと。それで、究ちゃんは炎上が始まる直前に杉下さんを調べていたから、この人を疑ったんだな?」

 

「……杉下右京はともかく、それを調べられたら困る連中がいると思ったんだ。

 この書き込みみたいに、僕の行動を一から十まで監視している奴がいて、ネットに情報を撒いているんだよ。その発信元も調べてみたけれど、海外のプロバイダーをいくつも経由していて、特定はできなかったんだ。

 で、人を二十四時間監視するなんて、公安とか、そういう連中としか思えなくて」

 

 究は公安部という大きい組織を話題に上げる

 

 だが、進ノ介も右京も、今回の事件に、そのような組織が関与しているとは思えなかった。畑が違うとはいえ、彼等も同じ警察組織。手口や手法は知っている。進ノ介など、公安部の作戦にも参加しうる特殊班出身なのだからなおさらだった。

 

「いや、それは無いと思う。公安部が動くならもっと徹底的に隠密に動くだろうし、ネットを炎上させるなんて回りくどい手段もとらない。……むしろ、ここに来るまでの間に究ちゃんを連行するくらいはするはずだ」

 

「それじゃあ、進ノ介君達は、裏の組織の仕業じゃないっていうの?」

 

「そもそも、僕には調べられて困ることは何もありませんから。

 ……この一連の騒動が、ただの偶然でなく、何者かによって扇動されたものとするならば。ネットという西城さんのホームグラウンドで悪意をあおるやり方は、あなたの自尊心すら貶め、攻撃しようという意思を感じます。まずは、個人的な動機と考えて捜査を行った方がいいでしょう」

 

 淡々な声。

 

 しかし、その調子と裏腹に、右京は窓際へと機敏に歩きだし、コートを羽織る。進ノ介はそれを見て、彼が既に動き出そうと意思を固めたことを悟った。

 

 ただ、究からすれば、その行動は予想外のもの。

 

「えっと、捜査って。杉下警部も来てくれるの?」

 

 彼は呆然と、右京の小柄な体を見上げる。右京は今まで、究が散々に疑った相手だ。その相手を助けようと、こんな簡単に動いてくれるとは思えなかった。

 

 だが、進ノ介も苦笑いを浮かべながら、コートを羽織って外出の準備を整える。杉下右京が多少疑われたくらいで捜査をやめるわけがない。そして、彼が動くというのなら、究の友達である自分が動かないわけもないのだ。

 

「俺たちは警察官だから、困っている市民がいたら見捨てないよ。それに、究ちゃんは俺の仲間で、友達だろ?」

 

「ええ。加えて、この炎上規模に実害が現れている現状を鑑みると、さらに犯行が凶悪化する可能性もあります。それを未然に防ぐことも、我々警察官の仕事ですから」

 

 そうして二人、特命係が戸口に並んだ。

 

 その姿は、困っている人々にとって、どれだけまばゆく映るのだろうか。仮面ライダードライブとして、もはや進ノ介は戦う力を持たない。けれど、その微笑む姿はかつて見た頼りがいのある戦士と同じもの。究は思わず涙で目を潤ませながら、大きく頭を下げた。

 

「うぅ……、お願いします! どうか、僕を助けてください!!」

 

 そんな友達へ、進ノ介は優しく肩を叩いて応える。

 

「さて、まずはレンガが落とされたビルへと向かってみるとしましょう」

 

「犯人の手がかりがあるかもしれませんからね。ってことは、米沢さんも呼んでこないと」

 

 二人は行動指針を立てると、すぐに鑑識室へと向かう。そこが事件捜査の第一歩。予想外だったのは、件の米沢守が部屋へと入ってきた西城究を見た瞬間に、

 

「か、神ー!!!!!」

 

 と、奇声を上げて、ひっくり返ったことだった。




究ちゃん登場!

彼はドライブの中でも不思議なユーモアと、何よりロイミュードと人間の物語にとって、大きなステップをもたらした人物でもあります。

ちょっとオタクだけど、好かれてきた彼は、何故に狙われるようになったのか。
また、短期間で投稿を行っていきますので、お楽しみいただけると幸いです。


また、現在活動報告にてリクエスト企画を行っております。

どうか、皆様の思いのたけを教えていただけると幸いです。
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