元特状課の西城究が突然、特命係へとやってきた。不安に震える彼は、自身が何者かに狙われていると考えており、その情報の通り、ネットには彼の個人情報が次々とリークされていた。
進ノ介と右京は、究のために捜査を開始して……。
米沢を連れて特命係、そして究が向かったのは、昨夜、レンガが落とされたビルの屋上であった。
「さあさあ! 早速始めましょう!!」
威勢がいい言葉と共に、そのドアを勢いよく開けて、真っ先に冬の青空のもとへと飛び出したのは米沢。
何時もならば、特命係に呼び出された彼は、少し恐々と、あるいは文句を言いながら付いてきてくれるが、今日の彼は気合に満ちていた。
というのも、
「西城閣下といえば、我々のようなネットに親しむサブカル人間にとって、神のような存在ですから! 閣下の助けになれるとなれば、不肖、米沢守、この鑑識の腕を振るうことに何のためらいも御座いません!」
そういうことらしい。米沢の鑑識キットの中には、大事にしまわれた究のサイン色紙が収められている。正直に言えば、仮面ライダーに対するよりも、米沢は熱量を込めていた。
進ノ介はそのことに苦笑いを浮かべながら、自身が立つ屋上を見回してみる。何もない、平凡なビルの屋上だ。タイルや外装はセメントのそれ。進ノ介達が地上で回収した、究へと落とされたレンガは見当たらない。
究が言う通り、何者かがレンガを落としたということは間違いないだろう。
後は、それが究を狙ったものか、炎上騒ぎとは無関係の偶然か。しかし、それら偶然の起きる確率は如何ほどのものだろうか、と考えれば、ごく低いだろうと考えざるを得ない。
「西城さんが立っていた場所を考えると……。おそらく、投下はこの辺りからでしょうねえ」
右京が、屋上の手すりへと歩いていき、一角を見つめた。下を見ようと乗り出すも、高層のため、細い路地などは目に映りもしない。その場所へと、進ノ介も向かい、そのことを確認して口を開く。
「究ちゃんが立っていた方角には、窓は設置されていません。落とせるとしたら、この場所だけ……。でも、ここからだと、究ちゃんがどこに立っているのか分からない」
「西城さんがこの場所で体を休めたのは偶然であり、待ち伏せをすることはできません。西城さんの行動を見届けてから、ビルに上がるのでは、犯行に間に合わないでしょう。
おそらく、西城さんが言う通り、SNSに拡散された西城さんの位置情報。それに従って実行犯がレンガを投げ落とした」
「……ということは、実行犯はビルに元から住んでいる人間か」
四人が上がってきたビルは、下層部が不動産屋のオフィスが入っており、上層部はマンションとなっている。そこの住人ならば、指示を受けた直ぐ後に屋上へと上がり、究の元へとレンガを落とせるだろう。
実行犯の特定は、おそらく容易。ただ、それは事態の深刻さをも示していた。
監視者が位置情報を送って直ぐ、実行犯が行動を起こしたのだ。ただ近くにいた、おそらくは互いを知らない共犯者によって。
「西城さんを襲撃するためのネットワークは、広範囲に作られているのでしょう」
「不特定多数の悪意……。このレンガと言い、自転車とか、足払い。手口は子どもじみている。実際、実行犯たちは殺意もなく遊びのつもりなのかもしれませんね……」
「しかし、西城さんにとって、これは遊びではありません。……決して! 彼らが遊びのつもりなら、このふざけた遊びを止めさせましょう」
相棒 episode Drive
第九話「西城究はなぜ追い詰められたのか II」
レンガを落とした犯人は、予想通り、あっさりと判明した。
「……朝野拓海、二十一歳の機械工。補導歴があり、指紋が屋上の手すり、レンガに付着したものと一致しました」
「あの子が僕を狙ったのか……」
右京が淡々と告げる隣で、究が大きく肩を落とし、指先を震わせた。彼が見つめる先には、髪を金に染め、日に焼けた派手な青年が不貞腐れたように椅子に座っている。それに向かうのは、進ノ介。
米沢が見つけた指紋を照合してすぐ、あのビルに住んでいた朝野が容疑者として特定された。その彼を担当の所轄署が連行し、進ノ介による取り調べが許可されたのである。
『……で? どうして究ちゃ……、西城さんを狙ったんだ?』
進ノ介の声が、マジックミラー越しに究たちのもとへと届けられる。それと同時に軽薄な男の声も。
『……そんなことよりサインくれない? 仮面ライダーのサインなんてレアだろ?』
次の瞬間、進ノ介が思い切り机を叩きつけ、その激しい音に朝野は驚いたように目を見開いた。
『……ふざけるなよ。あのレンガはたまたま、当たらなかっただけだ。殺人犯にならなかったことに感謝して、素直に白状しろ』
『……ただの遊びじゃねえか、いちいち目くじら立てるなよ』
『遊び。遊び、ね……。その遊びが原因で殺人未遂犯になりたいなら、俺は良い。大切な仲間の命を狙ったんだからな、俺も容赦しない……。
これからの十年を刑務所で過ごすか、それとも、少しでも検察の印象をよくするか。好きな方を選べ……』
進ノ介は低い声で威圧しながら、目を細める。すると、進ノ介が本気で怒りを抱いていることに気づいたのか、朝野は諦めたように伸びをして、机に並べられたスマホを指した。
『殺人未遂は嫌だなぁ。わかった、わかったよ!
……そのスマホのアプリ。それを経由して『ヒットマンクラブ』ってとこに飛べる。で、あのデブはターゲットになってただけだ。
昨日の夜もそう。デブの位置がアップロードされて、俺が近かったからチャンスだと思ってレンガを落とした』
『……チャンス?』
『あのデブ、オタクの神なんだろ? 神殺しなんて、イカした名前じゃねえか。絶対にバズるはずだったのにさ』
進ノ介の、何よりも被害者である究の心をえぐる捨て台詞だけ残して。最後まで朝野は反省する様子もなく、連行されていった。
「『ヒットマンクラブ』は数年前に開設されたサイトです。内容は、自分がヒットマンになった気分で、書き込まれたターゲットをどのように狙うか、妄想して楽しむというもの。利用者は数万人いると言われます。
そして、こういったアングラのネットコミュニティは過激化が進むものですが、その例にもれず、このサイトも過激化し、傷害事件にまで発展したケースも。サイバー犯罪対策課も警戒している話題の場所ですな」
ところ変わって警視庁。
朝野から経緯を聞き出した一同は、鑑識作業室にて米沢の解説を聞いていた。彼のパソコンには例の『ヒットマンクラブ』が映し出されており、その中には『ネットの神、西城究を狙え!』というスレッドが存在している。
赤々と髑髏や血痕を模した模様がちりばめられている、見ているだけで気分が悪くなる場所。そんなところに友人の名前を見つけてしまうことになるとは、進ノ介も想像がつかなかった。
「……ちなみに、申し上げにくいことですが、泊さんのお名前も発見してしまいまして」
「あー、この進ノ介君のスレを立ててる『B. T』って、他でも仮面ライダーの悪口書いてるしつこい奴だよ。やり口がじめじめして陰湿だから、分かりやすいんだ。多分だけど、警察が嫌いなんじゃないかな?」
「えぇ!? それじゃあ、俺も狙われているってこと!?」
進ノ介は驚愕に目を見開く。しかし、その言葉には、米沢は首を横に振ってこたえた。
「いえ。現状、スレッドが作られているだけで写真もなく、ただ仮面ライダーへの嫉妬が書かれているくらいですから、ご安心を。最も、これが今後燃え上がる可能性も無きにしも非ずですが……」
「君や西城さんのように名前と顔が広まってしまうと、一定数は良からぬ思いを持つ人はいるでしょうからねえ……」
右京は自明の理の如くいうが、進ノ介としてはたまったものではない。米沢の話では、実際の被害が発生したことも鑑みて、サイバー犯罪対策課が悪質なユーザーの摘発に動くらしい。だが、それまでの間は警戒したほうが良いだろうと、進ノ介は気を引き締めた。
間もなく迎える誕生日。それを病院で迎えることになるなんて、まっぴらごめんである。
だが、進ノ介はともかくとして、究の方は問題が深刻だ。スレッドは既にパートが数十に上っており、そこには究への罵詈雑言の嵐が吹き荒れていた。先ほどの進ノ介のスレッドが可愛い悪戯と思えるくらいに。さらに質が悪いことに、究の行く先々が写真と共に詳細に記録されている。
「うわぁ、僕が警視庁に来た時の写真も載ってるよ……。それにしても、この僕が、サイトに気づかなかったなんて……」
「西城閣下の好みとは外れておりますし、アプリは紹介がなくてはダウンロードできません。こういった手口は昨今問題になっているダークウェブを模したのでしょう。警察やその界隈の人間でなくては気づかなくても仕方ないかと……」
「確かに、特状課から離れてからは、裏系の情報収集は……。特命係調べて以来、ご無沙汰だったけど。それでも……」
そうは言っても、自分の得意分野であるネットで事態が進行していたのにも関わらず、気づけなかったことを、究はショックを感じているようであった。
しかし、今はへこたれている時間はない。ネットワークを介していると思われる究への襲撃は益々深刻化しているのだから。彼が安全な日常を取り戻せるよう、事態収束を急ぐ必要があった。だが、問題は、誰がこの騒動の主犯格であるか……。
「米沢さん、究ちゃんの行先を書き込んでいる人間、つまり監視者は一人なんですか? それなら、そいつを特定すれば事件は沈静化しますけど」
究の行く先々を監視している。つまり、監視役は究の身近に潜んでいる可能性が非常に高い。書き込みを楽しむ傍観者や、受動的に動く実行犯はともかく、それらの起点になる監視者を逮捕できるチャンスはある。
そして、位置情報の提供さえ止めることができれば、彼等の活動も沈静化するだろう。
だが、進ノ介が期待を込めて尋ねると、米沢は肩を落としつつ否定した。
「残念ながら、西城閣下の位置情報は、複数のユーザーによって提供されています。ひとたび炎上すれば、関与する人数も鼠算式に増えるのは、ネット世界の常識ですから。
……ですが、熱心に追跡をしている、ストーカーのような人物が存在します」
すると、米沢は一つの書き込みを指で示した。そのハンドルネームの人物は掲示板に何度も何度も書き込みを行っている。
「このハンドルネーム『Dirmam』という輩。この人物の書き込み数が最も多く、内容もストーキングから誹謗中傷まで多岐にわたっていました。このスレの主でもあります。少なくともこの事態になるよう積極的に火付けに回っているのは、彼でしょう」
そして、説明を聞いた瞬間、究がDirmamの名前を指さし、大声を上げながら立ち上がる。
「あ! こいつ! ツイッターと9ちゃんにも僕の居場所をリークしてた奴だ!!」
「……でぃる、まむ? なんか変な名前だけど、究ちゃん、それ本当?」
「間違いないよ! 僕が追いかけて、居場所が分からなかった奴! まさか、こんなところにも情報を送ってたなんて……」
ちょっと待ってて、と言うと、すぐさま究は自分のパソコンを滑らかに操作する。そうして開かれたページには、彼自身がまとめた炎上事件の資料が提示された。確かに、Dirmamは複数のSNSにおいて、究への過度な誹謗中傷を書き込み、流れを批判へと誘導している。敵意を隠そうともしていない。
右京は、その一連の書き込みを見ながら興味深げに呟く。彼は食い入るように、件の掲示板を端から端まで読み込んでいた。
「このDirmam、かなり詳細に西城さんの居場所を調べていますねえ……。
立ち寄ったレストラン、ホームセンター、行きつけのパソコンショップ、最寄り駅。そして、昨日の出版社に、今朝の警視庁。その経路まで全てアップロードされています。米沢さんが言うストーカーという言葉も、決して言い過ぎではないでしょう」
「えぇ、ストーカーって。……もしかして犯人は女性だったりするの?」
究は嫌そうな顔で呟く。女性にもてるならともかく、こんなに付け狙われるなんてまっぴらごめんだという表情だった。
「これだけだと特定できないな。ただ、犯人は生半可じゃない労力を費やしてる。きっと、私生活をなげうって、ストーキングに励んでるはずだ」
「一日の大半を、西城さんに付き切り。この書き込みを見るだけでも西城さんへの恨みの深さが感じられます。と、いうことは……」
「きっと、究ちゃんと過去に接触しているはずですよね。現実であろうと、ネットであろうと。
……究ちゃん、熱狂的なファンレターは受け取ったことはある? 執拗な文句とか、もしかしたら愛の告白の類とか」
「ラブレターなんて、一度で良いから貰ってみたいよ!! ……まあ、ファンレター自体は結構もらっているけどさ。そんなに気になる相手は……。家に全部保管しているけど、見てみるかい?」
進ノ介と右京は顔を見合わせると頷きを交わす。必ず、過去に究と犯人は接触しており、それが犯人の敵意へと変わったはず。その手掛かりがあるならば、追わないわけにはいかない。
「それじゃあ、俺たちは究ちゃんの家へ」
「米沢さん、Dirmamによる扇動行為が始まった正確な時期、その直前の西城さんの活動について、調査をお願いできますか? おそらく、何か前兆があったはずですから」
「ええ、もちろん。全力でやらせていただきます!」
そうして三人は究の自宅へと向かうのだった。
ただ、警視庁から走り行く進ノ介のGT-Rの後ろから、小型の自動車が尾行しているのを三人は知る由もなかった。
「……アイツが動き出したぞ。あの仮面ライダーもいる。……人数を集めておいてくれ」
自動車の中、電話へと話しかける男。その男の車には、可愛らしい女性の写真が辺り一面に張り付けられていた。
究の家までの道のりを、進ノ介は良く知っていた。特状課時代には、とある事件で家へと突入した経験もある。一年前と変わらない、都内の少し家賃が高めのマンション。
その玄関口にたどり着いた三人は、大人しい顔立ちの男性と出会った。竹ぼうきで落ち葉を掃き、集めている。究によると、このマンションの管理人だそうだ。
「あれ、西城さん。どうしたんですか? そんな深刻な顔して」
一行に気が付いた男性は穏やかに究へと話しかけた。
「……ああ、ちょっと色々疲れちゃって。そういえば、管理人さん、僕の部屋、何か問題とかないよね?」
「ええ、お出かけの間に見回りましたけど、悪戯なんてありませんでしたよ? 何かありましたら、こんな風に、お手を煩わせないでも、私から警察に連絡します」
「……なら、良いです。あ、この間も色々、リラックスグッズ、ありがとう」
そう言って究は頭を下げてドアをくぐっていく。その道すがら、進ノ介は気になったことを究へと尋ねてみた。
「まだ、家までは攻撃対象になってないんだ」
「ここまで荒らされたら大変だよ。引っ越しするのも大変だし、管理人さんにもいきなり迷惑かけちゃうことになるし」
確かに、究の家には貴重なグッズも多いので、いきなり夜逃げのように逃げ出すわけにはいかないだろう。その究の部屋へとたどり着くと、中は進ノ介が突入した時と同じく、オタクのパブリックイメージとは違う、清潔かつ光あふれる様相のままだった。
「こちらが西城さんのお宅ですか……。このキャラクターは?」
右京はいつも通り、部屋へ入るなり辺りをじろじろと監察し始める。そして、彼の眼は壁へとかけられたポスターへと向けられた。それは、人気アニメ『マーマーマンション』の番宣ポスター。
進ノ介は興味津々な右京へと説明する。少し、進ノ介のマニア心が刺激された。
「これ、マーマーマンションっていうアニメなんです。究ちゃんが大好きな作品で、今の時代には珍しく、声優がつかないで字幕で放送するんですよ」
「なるほど、絵柄もどこか懐かしいものですねえ。……ところで、君も随分と詳しいような口ぶりですが?」
「実は、究ちゃんに勧められてから、はまってて。杉下さんもどうですか? 基本的にはコメディですけど、たまに大人も泣ける話があるんです」
そう言うと、右京はますます興味を持ったように微笑みを浮かべる。
「それは楽しみですねえ。アニメーションはあまり……、詳しくはありませんので」
気になるものがあると一直線の右京だ、きっとアニメだろうと偏見を持たないだろう。そう思った進ノ介の想像は当たっていたようだ。同好の士が増えるのは、好ましい事なので、今度、見せてあげようと決意する。
ただ、そんな家主を無視した会話を続けていると、究としては複雑な気分を抱くものであって。
「あんまり家をじろじろ見られると、いい気はしないんだけどなぁ」
そう文句を言いながら、究は大きな段ボールを二人の前に置いた。
「ああ、ごめんごめん。つい」
「別にいいよ、あの作品がもっと広まるなら僕だって嬉しいし。……で、これが僕に贈られた全部の手紙」
進ノ介が究に断って段ボールを開くと、そこには箱を埋め尽くさんばかりのたくさんの手紙が収められていた。それを見つめながら、ぼんやりと進ノ介はつぶやく。
「……これ、全部究ちゃんの?」
「そうだけど。……どうしたんだい、そんなに驚いて。進ノ介君だって、昔は同じくらい貰ってたじゃない。運転免許センターの人たちにもチェックを頼んでたくらいに」
進ノ介はそれを聞いて、苦笑いを浮かべる。確かに、人のことは言えなかった。ただ、もう少し数は少ないと思っていたのだ。この数では、三人で探すにはあまりにも時間がかかってしまうだろう。
とはいえ、面倒などとは口が裂けても言わないのが刑事という人種である。右京と進ノ介は黙々と、文面の確認を始めた。
「へえ……」
閲覧を始めて、すぐ、進ノ介は感心したように声を漏らす。彼が視線を落とす手紙には、たくさんの感謝の言葉がつづられていた。
『ずっと、オタクだからって理由で一人だったんです。けれど、西城さんの言葉は僕たちにも優しく伝わってきて、仲間がいるんだって思わせてくれました』
『批判的な有名人にも西城閣下は鋭く言い返してくれます。それが、アニメ好きとして本当に嬉しいんです』
『ネットのトラブルにあった時、西城さんは協力してくれましたね。私のとって、貴方はヒーローです』
そんな、心を込めた言葉たち。多くが手書きだ。
究はネットワーク研究家という、世間一般とは離れた職業を営んでいる。だが、ネットワークが発達した社会であるにもかかわらず、それへのプロフェッショナルに対する日本社会の風当たりは強い。学ばなければ深められない分野であるから、興味がない人間は軽率に『変な奴』というレッテルを張りたがる。
実際に、先ほど進ノ介達が確認したSNSには、そんな究への侮辱の言葉が数多く投稿されていた。
けれど、そんな環境を変えるべく、彼は自分と同好の仲間たちに希望を与えている。好きなものを好きと宣言することで勇気を与えていることが、この手紙からも分かった。
「……僕たちオタクはさ。確かに、変わり者が多いし、きっと、サブカルの地位が上がったとしても、全世界から認められることなんて無いってわかってるんだ。
けど、だからって好きなものを隠して生きる必要はないじゃない。僕がこの仕事を始めたのも、好きなことに嘘つきたくなかったから。それで、少しでも人助けになれればいいと思ってさ。
今じゃ、こんなにたくさんの人が応援してくれるようになったよ」
「……そして、貴方は仮面ライダーに、泊君にも協力した。立派に世の中の役に立っているのですね」
右京が感心したように呟くと、究は少し照れたように顔を赤らめて、頭をかいた。
少し奇抜で、変わり者で、少し気弱なところはあるけれど、誰よりも優しい人間。それが進ノ介が好んでいる西城究の人柄だ。それを、進ノ介はロイミュード事件で知ることができた。
「本当に、究ちゃんがいなかったら、最後まで戦えなかったし……。それに、うん、究ちゃんはロイミュードが悪い奴らばかりじゃないって、教えてくれたんです」
そう言いながら、進ノ介は懐かしいことを思い出した。黒と白、二色の同じTシャツを着た、『二人』の西城究の話を。すると右京は何かに気が付いたように、究へと尋ねる。
「それはもしや、あそこの戸棚に置かれた写真のことでしょうか?」
「……よくあんな小さいところに気が付くね、警部さん」
究は気味が悪そうに右京を見つめる。右京が指さした先。平凡な戸棚の上に、十数個の写真立てが密集して置かれていた。
「木を隠すなら森の中といいますから。写真を隠すなら写真の中。その中に一枚、気になる写真を見つけてしまいました」
そう言うと、右京はその写真立てを持ってくる。収められた写真には、まったくうり二つの西城究が並び、輝くような笑顔を浮かべていた。
「こちらの写真を見たとき、僕はてっきり双子だったのかと考えました。ですが、このお二人、顔立ちはともかく、ほくろの位置まで同じです。いくら双子でも、そこまで一致するのはおかしい」
「さすが『和製シャーロックホームズ』。そんなとこ、普通の人は気にしないよ』
その呆れたような称賛の声に、右京は含むように笑みを浮かべる。
「細かいところばかり気になるのが、僕の悪い癖ですから。……せっかくですから、この写真の由来も教えていただけませんか?」
右京が尋ねると、究は呆れたようにため息を吐いて、口を開いた。
「……ロイミュード事件の時にさ、僕、少しの間ロイミュードと生活したんだよ。僕をコピーした、変なロイミュードとね」
彼は個体番号を072といった。
元々はロイミュードらしく、仮面ライダーに近い特状課の人間を探るために究を襲撃した彼。コピーを終えて、究を殺害しようと試みた072は、究の末期の頼みを聞くことで運命を大きく変えることになる。
「072はマーマーマンションの放送を見たいっていう究ちゃんの頼みを聞き入れて、それを一緒に見たんです。マーマーマンションの中でも名作って言われる、泣ける回を」
「でさ、あいつもアニメの魅力にはまっちゃったんだよ」
共に肩を並べてアニメを一本、鑑賞した二人。元々、究は本当に、悔いを残さないようにアニメを見ておきたかっただけ。
だが、不思議なことが起きた。072はアニメの素晴らしさを理解して、大きく涙を流したのだ。それは、自らに取り込んだ究の人格が影響したのか、それとも072本来の特徴だったのかは分からない。
大切なことは、この小さなマンションの一室で、人間とロイミュードが共に感動を分かち合い、抱擁を交わしたという事実。
それは、どれだけの奇跡だろうか。
蛮野という歪んだ製作者により、悪の感情を植え付けられたロイミュードが、憎むべき対象である人間と分かりあった。アニメは世界中で愛され、文化の壁すら、時に超えていく。それでも、人間と機械生命体との大きな一歩をアニメがお膳立てしたというのは、とてつもないことだと進ノ介は思っていた。
その後、072は究と共に生活しながら、人間の生活を存分に楽しんだ。時には特状課にも究のふりをして参加していたというのだから驚きである。
ただ、
「でも、あいつは殺されちゃったんだ。……ロイミュードに」
きっかけはマーマーマンションの劇場版発表という出来事。子供からレトロを愛する年長者まで、多くのアニメ好きに愛されたマーマーマンションの待望の劇場版。皆が素晴らしい作品となることを期待していたソレは、一転、ファンにとって地獄の発表会となった。
無声アニメだった作品に『アイドル声優』が声をつけるという発表が行われたのだから。
それを聞き、072は激怒した。究も激怒した。後にアニメにはまった進ノ介も激怒した。
台無しだ、と。
アニメの持ち味を全く理解していない製作委員会の横暴。そう考え、怒り心頭となった072は発表会と声優を襲撃してしまう。その声優に文句を言うという目的で、ビルへと突撃した。そして、その事件を切欠に、究とロイミュードの同居生活が発覚し、次いで、人間と仲良くした裏切り者としてロイミュードに072が処断されてしまったのである。
大きな悲しみを招いた出来事。それが進ノ介達に与えた影響は大きい。
この一件を期に、ロイミュードの全てが悪ではないのではないか?、と進ノ介は考えるようになり、それが巡り巡って最終局面におけるハートロイミュードとの共闘と友情に繋がっている。
「あいつも人に迷惑かけちゃったからさ、全く無害だったとは言えないけど……。なんか、憎めない奴だったんだよね」
究はそう苦笑いを浮かべながら、話を締めくくった。懐かしくも楽しかった思い出を話すうちに落ち着いたのか、肩の力が抜けていく。警視庁で再会して後、進ノ介がこれほど安心した究の顔を見るのは初めてだった。それだけ、彼はこの騒動に恐怖と緊張を感じていたのだろう。
「資料や世間の評価では、機械生命体はいかにも、血も涙もない機械という印象を受けてしまいますが……。やはり、村木の事件と言い、そう単純な事件でもなかったのですね。……貴重な話、どうもありがとうございました」
右京は穏やかな様子で頭を下げる。彼も、事件の当事者から話を聞くのは珍しい事である。話を聞きながら、多くを考えていたようだ。
「……って、僕の話は今は良いでしょ!? 手紙の方は、どうなったの!?」
究は思い出の彼方から戻ってきて、進ノ介と右京に問いかける。長々と072の話をしてしまったが、今は自分の襲撃事件を解決してもらうことが大切な究。だが、彼が二人を見ると、既に二人の傍には手紙が山と積まれていた。
「ああ、大丈夫! 俺たち、話聞きながらでも、こういうこと出来るから」
進ノ介が笑いながら手を振った。ちなみに、右京の読んだ手紙は進ノ介のそれよりも多い。今、こうしているときも、一瞬で手紙を読み上げると脇へとまとめていく。
「……やっぱりさ、刑事だからどうこうじゃなくて、警部さんも進ノ介君も変わってるよね」
「杉下さんよりは、まだまともだと思うんだけど……」
「そこまで変わっているものですかねえ、僕は」
「考えるのか、手紙を読むのか、それともぼやくのか、どれか一つをするのが普通の人だと思うよ?」
今こうしているときも、右京はそれを同時に行っている。それも、驚くべき速度で。そうなってしまうと、ご覧の通り奇妙な紳士の出来上がりだ。
とはいえ、究にとってもその仕事の早さは頼もしく思えるそれであり。
「それで……、何か見つかった?」
だが、進ノ介も右京も、その質問には首を横に振ることで応えた。
「この手紙からわかるのは、西城さんが多くの人に好かれているということくらいでしょう。強い敵意を感じさせるものや、熱烈な愛情表現もありません。健全なファンレターと言えます」
「となると、恨みを買う可能性があるのは、究ちゃんの仕事関係とか。もしかしたら、特状課時代の事件の可能性もあるけど……」
そのあたりの恨みを買うというなら、まずは目立つ仮面ライダーが狙われるのが筋だろう。裏方であった究が狙われるというのはおかしい。
「あるいは、ネット上の機密事項に触れたため、何者かに狙われている。ですが、先ほども言った通り、明確に排除する目的にしては、回りくどく、悪質な方法をとっています。……西城さんへの個人的恨みに思えますがねえ」
とはいえ、その後、一時間ばかりを費やしても究へと恨みを抱く相手は見つからなかった。次第に夜は深くなっていく。刑事二人はともかくとして、究はいささか、食事をしたくなる時間。
「ねえ、二人とも。今から食事を買い出しに行ってくるよ」
究がコートと財布をもって、玄関から出ようとして。進ノ介は慌ててその肩を掴んで止めた。
「ちょっと待った! 究ちゃん、今は狙われているんだから危ないって。俺も付いていくよ。本当は、家にずっといてほしいくらいだけど」
「うーん、でも、なんだか、落ち着かなくて。少しの散歩くらい、ダメかな?」
「それでは、僕も行くとしましょうか。二人いれば、不測の事態にも対応できますから」
そうして二人は究と共に外出する。目的地は歩いて十分ほどのコンビニエンスストア。用心を込めて、家から離れた場所を選んだ。そこに入ると、すぐにドリンクとおにぎりを選ぶ。あまり長居をするつもりはない。
お会計は究が行ってくれた。自分を助けてくれているのだから、当然だと言って、買い物かごをレジへと持っていく。
ただ、そうしている間、右京は外を鋭く見つめていて。進ノ介は彼の傍までゆっくりと歩いていき、耳打ちするように話しかける。
「……気づきましたか?」
「ええ。それに、例の『ヒットマンクラブ』にも」
右京が携帯の画面を見せると、そこにはコンビニへと入る自分たちの写真が載せられていた。
『仮面ライダーもいるぞ!』
『かまわねえ、やっちゃおうぜ!!』
なんて、煽り立てる文言も。そして、その通りに、二人も何者かによって監視されている気配を感じ取っていた。
「……ちなみに、杉下さんって自分の身は守れる人ですか?」
「君ほど腕が立つわけではありませんが、そこそこには」
「それじゃあ、信用しますよ」
まずは究の安全を守ること、それが最優先事項だった。
本作においては、072の真実は、適切な時期に究へと伝えられたと考えています。本編中では描写がありませんでしたが、進ノ介が仮面ライダーと判明したなら、究も仮面ライダーが、ただ072を倒したとは思わないでしょうから。