元特状課の西城究が突然、特命係へとやってきた。不安に震える彼は、自身が何者かに狙われていると考えており、その情報の通り、ネットには彼の個人情報が次々とリークされていた。
捜査を開始した特命係は、この事件の背後に究をつけ狙うDirmamという謎の人物がいること。究の足取りが事細かに監視されていることを知る。
手掛かりを求めて究の自宅へと向かった二人は、そこで究とロイミュード072の思い出話を聞きながら、手掛かりを探すが……。深夜、買い出しに出た先で、奇妙な気配を覚えるのだった。
※
本作に登場するアイドル声優『有栖川ミヤ』について。
彼女の名前はドライブ本編にて記載がありましたが、苗字は見つかりませんでした。そのため、苗字は本作の独自設定になります。
「……何だい、二人とも怖い顔をして」
コンビニを出てすぐ、究は二人へと怪訝な顔で尋ねた。来る時とは違い、進ノ介が究の後ろ、そして右京が前という位置取りで移動している。しかも、進ノ介は、究も知っている、戦いへ赴くときの顔をしているのだ。何かが起こると、想像がついた。
「西城さん、何が起きても慌てず、僕たちから離れないでください」
「……大丈夫、俺たち、これでも警察官だから。究ちゃんは守るから、安心してくれ」
この日本に、仮面ライダーの発言以上に信頼できるものがあるだろうか。究は少しだけ不安を抱きつつも、強くうなずきを返すのだった。
相棒 episode Drive
第九話「西城究はなぜ追い詰められたのか III」
ことが発生したのは、ごく普通の道路。周りには未だ、多くの人が、何事も心配せずに歩いている。平和な、クリスマス前に浮かれた、普通の街の中。
だが、進ノ介は何かを察知したように目線を鋭くする。
慌ただしい足音共に、五人の男が彼らの前後を塞いだのは、そのすぐ後であった。
前に三人、後ろに二人。進ノ介は究を守るように振り返ると、一瞬で敵の戦力を分析する。もとより特殊班の荒事専門、仮面ライダーとなって後は毎日が戦いだった。戦いに必要なテクニック、ふるまい方は誰よりも心得ている。
その観察眼で見れば、相手はまるで素人だった。
手には金属バットやバールを持ち、顔は覆面で隠している。だが、体形は緩んでおり、日ごろから運動をたしなんでいる様子ではない。構え方もなっておらず、数以外は脅威ではないだろう。だが、武装犯であることは間違いなく、一般人の究を背に守っている以上、油断はなかった。
すっ、と進ノ介が足を開いたのと、相手が殴りかかってきたのは、同時。
「うらぁあああああ!!!」
まず向かってきたのは大柄の男。進ノ介は上段に振りかぶられたバットに怯むことなく、相手の懐に入って手首をつかむ。そういった長物は、振られる前に止めるに限る。
そうして、
「ふっ!!」
相手の足を払い、遅れて近づいて来たもう一人へと、大きな身体を放り込む。その男は、倒れ込んできた仲間に驚いて足を縺れさせた。そうして体勢が崩れたところで、進ノ介は袖口を掴み、一本に背負い投げ。そのまま後ろ手に回し、捻り上げる。
ブランクが三か月あるとはいえ、さすがは仮面ライダーと言えるだろう。一瞬で、二人の敵を制圧する。
男二人が痛みに呻く間に、彼等の凶器を足で遠くへと離し、それらを終えると究の腕をつかみながら、壁際へと移動。究を壁に向けることで、背後の安全を確保する。
その間に、転ばされた二人はよろけながら立ち上がるが、さすがに彼我の実力差を思い知ったのだろう。および足で、すぐにでも逃げたい様子なのが見て取れた。
残る懸念は正面から向かってきて、右京が相手をした三人組の方だが。
「杉下さん! って、へえ……」
進ノ介は眼前の景色を見て、息を漏らす。
「いってええ!?」
「うぅ……」
「なんだよ、このおっさん……」
その場には、進ノ介と同様にすぐさま制圧されたのだろう、腕や足の関節を庇いながら地面へと倒れ込む三人の男の姿があった。彼らを倒したであろう右京は、息やスーツを乱すこともなく、彼等の武器を持ち上げ、頷きと共に遠くへとそれらを放り投げる。
(……はったりじゃなかったんだな)
進ノ介は右京の先ほどの発言に納得し、感心を得る。見た目は紳士然としていて荒事に向いている様子ではないのに、瞬く間に、素人とはいえ三人を制圧したのだ。
究が調べた通りなら、彼は数々の難事件を解決しており、そしてそれを裏付けるように、能力は実際に高い。知能面でも、実働面でも。
では、なぜ、杉下右京は特命係という窓際へと追いやられているのか。何より、十年以上もの間、特命係が維持されているのか。
自分が特命係へと配属された裏にも、何かがあるという確信。それが進ノ介の中で膨らんでいた。
「……くそっ、逃げるぞ!」
だが、進ノ介達にとって重要なのは、まずは目の前の事件だ。油断なく刑事たちが構えを解かないのを見ると、男たちはさすがに敵わないと納得したのか、捨て台詞を残してヨタヨタと立ち去っていく。
それを二人は黙って見送った。もう少し人手があったら連行することもできただろうが、今は警護対象もいる。再度の襲撃がないとも限らず、究の傍を離れるわけにはいかなかった。
彼らの姿が見えなくなったのを確認して、進ノ介は究へと話しかける。
「……究ちゃん、大丈夫か?」
「う、うん。おかげさまで……」
究は力なく頷く、だが、段々とその震えが大きくなっていき。究は突然、ヒステリーを起こしたように頭を掻きむしり始めてしまった。
「なんなんだ! あいつらは!!? なんで僕が狙われなくちゃいけないんだよ!! こんなの続いて、これから、どうやって生きていけばいいんだよ!!!?」
何日にも渡って不特定多数に狙われ続けたのだ。究の精神が限界なのは、容易に想像がついた。自傷行為にも発展しそうな様子に、進ノ介は究の腕をつかんで止める。
「究ちゃん! 落ち着いて! 大丈夫だから!!」
「こんなの全然大丈夫じゃないよ! 証拠も何もないんだろ!?」
究の言う通り、現時点で、扇動者とみられるDirmamの正体は依然として知れない。更にDirmamを捕まえても、この騒動が収まる保証はないのだ。
だが、
「いえ、手掛かりはありますよ」
右京は落ち着き払ったまま、二人のもとへと歩いてくる。そして、呆然とした顔の二人へと、あるものを見せた。それは、
「……これ、リストバンドですね」
星形のロゴをあしらった、千切れたリストバンド。どこか安っぽい作りだが、肌身離さずつけていたのだろう。変色の具合がまちまちで、長く使い込まれた様子が見えた。
「僕がこれを手に入れたのは、襲撃犯の手首をつかんだ時のことです。劣化していたため、脆かったのでしょう。
彼らはこれまでのような悪戯じみた手口でなく、西城さんを計画的に直接狙ってきました。Dirmamと同様に強い動機を持っているに違いありません。扇動者とも繋がりがある可能性は、高いと思いますよ?」
右京はリストバンドを究に手渡す。
「西城さん、僕には、これはどなたかのファングッズのように見えるのですが……。それらの文化に詳しいあなたならば、どういったグループの持ち物か、分かりませんか?」
尋ねると、すぐに究は見当がついたようで、意外という顔を進ノ介達に向けた。
「うん。……確かに、知ってるよ、このロゴ」
「究ちゃん、本当か?」
「ある人のファングッズだ。……進ノ介君も会った人の」
「え!?」
意外な発言に、進ノ介は驚きの声を上げる。
「アイドル声優のミヤちゃん。……あの072が襲った人だよ」
アイドル声優とは昨今のサブカルチャー趣味が広がる中で盛り上がりを見せている職業である。
元来は文字通り、声で演じる俳優であり、キャラクターに声を付けることが主な仕事であった声優。だが、昨今、その美声が注目されるようになり、歌などのアーティスト活動も仕事に含まれるようになった。そうなれば、顔だちやパフォーマンスという面でも力が入れられるようになるのは、自明のこと。
歌って踊れ、可愛く、キャラクターにも命を吹き込む。アイドル声優という職業に多くの若者が夢を見る。キャラクターではなく、声優本人のファンも珍しくはない。
一方で、アイドル声優に否定的な人間もいた。彼らに求められる技能は多岐にわたることで、各技能が中途半端だという意見。あるいはアニメ作品本来の魅力ではなく、声優のネームバリューでファンを釣っているという批判。それらも趣味だからこそ、妥協できない拘りに基づいた多様な意見だろう。
ただ、その意見が炎上することもある。
その一例は、進ノ介達も好む、あのアニメでの出来事。マーマーマンション劇場版において、アイドル声優が起用されるという事態だ。無声劇ならではの魅力を大きく損なう行為であると多くのファンが憤慨し、声をあてたのは、演技に定評があるベテランではなく、若くかわいいだけのアイドル声優。
批判は次第に声優個人や制作へのバッシング活動へつながっていった。SNSを通した誹謗中傷、制作会社への電話突撃、脅迫文。072のように直接突撃した過激派は他にいないが、降板を願ったファンは数えきれない。
「……バッシングが盛り上がり、長引いた原因は、間違いなく072の事件です。機械生命体の存在が公表されたあと、世間はあの事件に再注目したんです。
アイドル声優に文句を言った機械生命体って。ファンだけでなく、影響されやすい一般人までバッシングをし始めた。襲撃が制作発表会で起きたのも、間が悪かったんでしょう。その場にいたメディアも便乗した。
……072が、結果的に批判へ大義名分を与えてしまったんです」
「その結果、ミヤさん始めとする声優は、劇場版マーマーマンションから降板。その後、無声アニメとして上映され、好評を博した。結果的に炎上によって世間の注目を集めたのでしょう。
確かに、西城さんが実行犯ではないとはいえ、西城さんの分身と言える072によって、ミヤさんは活躍の機会を奪われたということになる」
「ええ。072が究ちゃんをコピーしていたことは、世間に公表されていません。けど、目撃者が全くいなかったとは言い切れない。072が最期を迎えたのは普通の公園でしたから。仮にどこからかその情報が広まったとしたら……。
有栖川ミヤさん、そして、そのファンが究ちゃんに敵意を抱く可能性は高い」
彼らにとって、恨みを晴らすべきロイミュード072は既にいない。次に彼らが恨みをぶつけるのは、072へと影響を与えた西城究その人である。図らずも072が今際の際に告げたように、彼等は同じ心を持っていたのだから。
だが、
「これは、いったいどういうことでしょうねえ?」
右京がぼやきつつ、前方の光景へと視線を向ける。
「西城先生!! また来てくれるなんて、ミヤ感激です♪」
「い、いやー、そんな! 当然のことだよぉ!!」
二人の目の前には、嬉しそうに言葉を交わすアイドル声優と照れくさそうな究の姿があった。
襲撃の翌日、三人が向かったのは、ミヤのミニライブが開かれたミニホールだった。
既にライブは終了して、ファンは帰路についている。残っているのは、ライブのスタッフやミヤの事務所スタッフだけ。事情をスタッフへと説明した進ノ介達は、ミヤの控室へと案内されたのだ。
「……それに、もしかしなくても泊進ノ介さんですよね。あの時は、助けていただいて、ありがとうございました」
「い、いえ! 市民を守るのは、警察の使命ですから。当然のことをしたままです」
究のもとからやってきたミヤは、一転、落ち着いた雰囲気になって丁寧な礼を進ノ介へと送る。それは、メディアで見るような彼女とは全く違う姿であった。思わず、あの高いテンションで話しかけられたら困ると思っていた進ノ介は、言葉を詰まらせてしまった。
一方で右京はといえば、いかにも興味深いと言いたげな様子で彼女へと近づき、
「そちらのお姿が、普段の貴方なのですね?」
そう言って微笑んだ。
「えっと、あなたは……」
「ああ、申し遅れました。警視庁特命係の杉下右京と申します。便宜上、泊君の上司に当たります」
「仮面ライダーの上司さん、ですか。すごい人なんですね」
「そんな大層なものではありませんよ」
「ふふっ、でも、思慮深そうな方に見えますけれど。……さっきのご質問ですが、答えはイエスでも、ノーでもありません。あのステージの姿も、今の姿も、有栖川ミヤという人間に違いありませんから」
そうしてミヤはしとやかに微笑む。その表情は、身に纏った派手なステージ衣装にも不思議と似合ったものだった。彼女は椅子に座りながら話を続ける。
「声優、アイドル声優、色々と私たちの仕事を呼び表す名前はありますが、どれも役者の一つの形です。キャラクターに命を吹き込んで、世間の人にお届けするお仕事。
だから、ファンの方の前では、私は、彼らが喜ぶ姿になります。可愛くて、ダンスが上手くて、それで、少しだけドジなミヤに♪
……それが、応援してくれている人への礼儀で、誠意ですから。けど、今は、警察の方のお相手ですから、こうした私に」
「なるほど、貴方のプロとしてのご姿勢は素晴らしいものです。失礼ながら感心しました」
右京は彼女への敬意を示して、頭を下げた。一方で、進ノ介も彼女の姿勢に関心しきりとなり、頭を下げる。
プロとして仕事に向かい合っている立派な女性。それがミヤという声優の真実だった。
そんな彼女が劇場版マーマーマンションへと起用されることに、進ノ介はかつて『台無しだ!』等と文句を声高に言ってしまった。もちろん、作品へのこだわりがあったが故だが。肩書だけを真に受けて、安易に文句をつけた行為は、とても恥ずかしいことに思える。
謝罪の気持ちを込めて、進ノ介はもう一度、深く頭を下げた。
そうして自分の未熟を振り返った後、進ノ介はあることに気づく。今、ここにいるのは警官である自分たちだけではない。
「あれ? でも、究ちゃんはどちらかといえば、ファンの人ですよね? 究ちゃんの前でも、その、今の姿を見せてもいいんですか?」
彼女の矜持からすれば、究の前ではキャラクターを作るものだろうに。そう尋ねてみると、究は頬を掻きながら、事情を説明し始める。
「ああ、実はね、僕はもう知ってるんだ。ミヤちゃんとも何度も会ってるし」
「……そうなの?」
「僕みたいな職業だと、業界の人間と変わらないから」
ご意見番をやろうとしたら、ただのファンじゃあいられない、ということらしい。その話には進ノ介は納得する。だが、もう一つ、進ノ介にとって不思議なのは、究とミヤが仲良くしているということ。
究も進ノ介と同様に、マーマーマンションの劇場版発表に際して、ミヤへと怒りを燃やしていた者である。彼とシンクロした072が憤りのあまり、彼女へと説教をしようと襲撃したほどに。それなのに、今の二人の様子は、まったく気心が知れた仲のように思える。
それを尋ねてみると……。
「実はミヤちゃんが降板した時に僕、謝りに行ったんだ。友達として、僕が責任をとらないとって」
「え! じゃあ、ミヤさんは、あの時のロイミュードが、究ちゃんのコピーだったって知っているんですか!?」
ミヤもその言葉にうなずいた。
「ええ。最初は、驚いたし、残念な気持ちにはなりました。大きなお仕事を失ったわけですし、作品のファンの人に受け入れられなかったのは、私の技術のせいですから。あと、怖かったし、怒りたくもなりました。
けれど、西城さんは真摯に謝ってくださいましたし、その後、私のお仕事を手伝ってくれるようになったんです」
「そうだったんですね……」
究が手伝ったのは、ホームページやファンサイトの運用、ミヤの活動をSNSを用いて拡散すること。そこはネットワーク研究家の面目躍如といったところだろう。究の名前を出すと、いらない反発を生む可能性があるので、名前は伏せたまま、彼女の活動をサポートしていたのだという。
そして、その活動も後押しとなったのか、ミヤの活動は以前よりも順調に進んでいた。顔出しでの活動も、以前よりも多くのファンの人が来てくれるようになり、オフレコだが、来春の主演アニメも決まったそうだ。
彼女は役者として、ステップアップを遂げている。
と、いうことは。
「それは喜ばしい事です。……では、貴方は西城さんには恨みなどは抱いていないと、そういうことですね?」
「え、ええ、もちろんですけど……。もしかして、何かあったんですか?」
右京の口ぶり、それに警察が二人も訪ねてきたことから気が付いたのだろう。ミヤが怪訝な顔を浮かべて、尋ねてくる。進ノ介は、そんな彼女へと例のリストバンドを見せた。
「実は、昨日の夜に究ちゃんを狙った襲撃事件が起きたんです。これは、その犯人たちが落としていったものです。究ちゃんの話だと、あなたのファンクラブのグッズだということですが」
「……確かに、私のファンの方たちが付けるものです。私のファンクラブの会員特典。だけど、西城さんの手助けを受けていることは、彼らは知らないはずです。……まして、西城さんを襲うなんて」
ミヤは皆目見当がつかないという表情で項垂れた。彼女としても、まさか自分のファンが犯罪を犯したなんて思いたくはないだろうが、証拠は出ている。ただ、特命係が可能性として考えていた、彼女が裏で糸を引いている可能性は消えたように思われた。
彼女からすれば、究との関係は利益を生むことはあれ、不利益にはならない。究も彼女の弱みを握ってよからぬことをするなんてことはあり得ないので、彼女が今回の騒動を起こす理由はないだろう。
ただ、彼女と究の関係を知れば、好まない人間がいるということにも想像はつく。ファングッズを肌身離さず身に着けている人間など、間違いなく嫉妬するだろう。
そんな想像を巡らせていると、スタッフの腕章をつけた男性がお盆に載せたコップを持ってきた。ミヤが頼んでくれていたということだ。彼はそれを四人へと渡していく。
「……粗茶ですが、どうぞ」
紙コップに入れた緑茶。それを究は頭を下げながら取ろうとして。
「……ちょっと待った!」
突然、進ノ介が男性の腕をつかむ。その眼は一転、鋭く細められ、手には強く力を込めていた。
困惑に顔を歪ませる男性だが、すっと立ち上がった右京は、男の袖口をめくっていく。そこには、白い輪のような形に、日焼け痕が残っていた。奇妙なことに、進ノ介達にとって、見覚えがある形でもある。
「おやおや、何か、大切なものを失くされたようですねえ。こちら、日焼けの後が奇妙な形に残っています。長くつけていたものを今日はお忘れになったようですが……」
「もしかして、こんな形のリストバンドじゃないかな?」
「ただの勘違いでしたら、申し訳ないのですが。僕としても、あなたとは出会った気がしてならないんですよ。例えば、昨日の夜に……」
にじり寄ってくる二人の刑事の前に、太っちょの男性は顔を青くしながら尻餅をつくのだった。
案の定、究へと差し出されたお茶には薬物が混入されていた。ただ、致死性のものではなく、下剤の類というのだから、より陰湿というべきか。
『ミヤちゃんの前で恥でもかけばよかったんだ!!!』
とは、連行された後に喚いた言葉だった。彼は、昨日の襲撃の首謀者であることも白状している。
「有栖川源五郎というのが、彼のペンネームだそうです。本名は岡本達彦。『自称』有栖川ミヤの兄にして、親衛隊隊長。……ネットで独自のファンサークルを開いている男です」
「好意が募りすぎて、ライブスタッフとして働いていた。これ、半分くらいストーカーじゃないですか。
……でも、そのファンがどうして、仲間と一緒に究ちゃんを襲ったんです? ミヤさんは究ちゃんとの関係を明かしていなかったみたいですけど」
警視庁に戻った三人は、米沢のもとで逮捕した男の情報を閲覧していた。今日、鑑識室へ来るのは三度目である。いつの間にやら米沢の机の周りには究やマーマーマンションのグッズが綺麗に並べられていた。究を出迎えるための祭壇だという。
次来るときには、『鑑識 西城究』の机と言っても、おかしくはなくなるだろう。米沢も筋金入りの究のファンであったようだ。
「それがですなあ、実にネットらしいというか、なんというか。お二人に依頼されていた西城閣下の行動と炎上の発生時期を照らし合わせた結果、こちらの写真が出てきました」
三人が一斉に、表示された写真をのぞき込む。
どこか喫茶店のような場所で、ケーキをたしなむ究の写真。満面の笑みが眩しい。
「……ただの写真じゃないですか。ねえ、究ちゃん。……って、どうしたの?」
だが、横目に見た究は、あぁー、とため息を吐きながら地面へとへたり込んでしまっていて。米沢はその様子に同情するように頭を下げる。
「問題は、この、西城閣下が持っている金属フォークです。ここ、この鏡面部分に何かが映っています。……これを拡大して、鮮明にしてみると」
その作業が終わると、右京と進ノ介にも、この写真が撮られたシチュエーションが分かってしまった。そこに移されていたのは、カメラを持った、若い女性の顔。
「……これ、ミヤさんですよね?」
「なるほど、そういうことでしたか」
「とどめに、同じ日の有栖川ミヤさんのブログにも、話題のケーキ店に行ったとの写真が載せられておりました」
つまり、このプライベート写真を深読みしようとすれば、
「西城さんとミヤさんが、極めて親しい関係にある。つまりは、男女の関係だと誤解されてしまったと、そういうことですね?」
右京は極めて冷静な言葉で、言葉を零した。
「うぇええ!? 僕たちは、そんな関係になってないよ!?」
「この場合、相手がどう受け止めるかの問題ですからなあ……。
どうやら、この写真のことは、岡本が運営するファンサークルの中で話題になっていたようで。その数日後から閣下の炎上騒動が始まりました」
「じゃあ、炎上の扇動者はあの男たち、ということですか?」
ミヤさんに対して、恋愛感情すら抱いている過激なファン。それが扇動者なら、ミヤと究の接触が明らかとなった時期と被害が始まった時期のつながりにも納得がいく。熱烈なファンを信者と評することもあるというが、文字通り狂信と化してしまったファン。
しかし、そううまくは話が進まないようで。
「岡本の一派が扇動の一部に関与していたことは間違いないようです。ですが、最も熱烈な扇動者、つまりはDirmamであることは岡本は否定しています。その一方で、こんな行動を起こすほどの信者は、自分たち以外にはいないと誇らしげではありましたが」
「そこは、蛇の道は蛇ってことで信用してもいいかもしれませんね。恋愛感情や名誉欲がきっかけなら、必ず自分の仕事を誇らしげに喧伝するはずですから。
けど、ミヤさんのファンじゃないとすれば、Dirmamは誰なんだ……」
進ノ介が悔し気に呟く。事件解決へ向けて、大きく前進したかと思ったが、肝心の影は未だ正体がつかめないのだ。右京は考えを巡らせるように後ろ手に腕を組みながら静かに口を開く。
「……Dirmamによる最初の扇動が書き込まれたのも、ミヤさんと西城さんの接触が伝わった直後です。何かしら、関係があると考えるべきでしょう。これまでの手口から考えると、
・犯人の目的は、西城さんを貶め、危害を加えること。あくまで個人攻撃
・位置特定をごまかすネットワークスキルを有する
・綿密なストーキング行為が可能
・その執念から、敵意は非常に強い
・有栖川ミヤさんとの出来事がきっかけなら、彼女、もしくは彼女の仕事との関係者
分かるのは、このような点でしょうか。僕としては、有栖川ミヤさんと西城さんが関係したという例のアニメ映画について、気になるのですが」
確かに、ミヤと究の繋がりで最も印象的であり、他に恨みを買う機会となり得るのは、その出来事だろう。進ノ介もその右京によるまとめに頷き、そして、心当たりがないか、究へと尋ねようとした。しかし、
「究ちゃん、何か思い当たることはないか、な……。究ちゃん、どうしたんだ!?」
進ノ介は大声を出し、究の身体を抱える。三人が考えを巡らせている間に、いつの間にか究は床へとうずくまってしまっていた。それは、ショックを受けたというそれではなく、体から力が抜け落ちているような異様な様子。
(……指が震えている)
思い返してみると、究が特命係へと赴いた時から、彼は顔色が悪く、手を寒そうにこすり合わせていた。
「……何だか、無性に指先が震えるようになって。……ここ最近だよ。多分、ストレスだと思うんだけど」
進ノ介は彼の手を取り、看てみる。手汗が多く、細かい震えは持続していた。確かに、心因性のストレス障害でも、そのような症状は起こり得るが……。別の事例も刑事の知識として知っている。
「まさか……」
もしそうならば……。
言葉を失くした進ノ介に、右京も何かを納得したような声色で、声をかけるのだった。
「泊君、今、君が考えたこと。もしかしたら、事件の解決に繋がるかもしれませんね……」
「ええ、それに、Dirmamの不自然な行動にも説明がつきます。……彼の見つけ方、分かりましたね」
次回が最終パートです。
そして、衝撃の結末が!