相棒 episode Drive   作:カサノリ

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ここまでの状況のまとめ

元特状課の西城究が突然、特命係へとやってきた。不安に震える彼は、自身が何者かに狙われていると考えており、その情報の通り、ネットには彼の個人情報が次々とリークされていた。

捜査を開始した特命係は、この事件の背後に究をつけ狙うDirmamという謎の人物がいること。究の足取りが事細かに監視されていることを知る。

その中で、究とロイミュード072の起こしてしまった事件で被害を受けたアイドル声優のファンが、事件に関与していたことが判明するが、彼等は扇動者ではなかった。

そんな時、究が体調を崩し、進ノ介はその様子にあることを考え付いて……


第九話「西城究はなぜ追い詰められたのか IV」

 人の恨みつらみというのは、恐ろしいものだ。

 

 幼いころに受けた屈辱や、怒りは消えることがない。大人になっても苛まされるそれに従って、復讐を行ったものさえ多くいる。

 

 厄介なのは、人はいつどこで、他人から恨みを買っているのかが分からないということ。

 

 ちょっとした悪戯、悪意がない過失、そして時に職責を全うしたが故の逆恨み。ちりも積もれば山となり、それらが巡り巡って誰かの損失や傷、恨みへと変化することもある。

 

 刑事という仕事が、社会に貢献する一方で、被疑者に恨みを買うものである様に。

 

 無意識でも、人を傷つけることがある。ならば、誰かを傷つける行為、犯罪が人へと与える影響はどれだけ大きいものとなるだろうか。

 

 究に向けられた悪意も、巡り巡ってもたらされたものであった。

 

 冬の寒空の下、究と進ノ介、そして右京はとある場所へと向かって歩いていた。人混みを抜けて、たどり着いたのは何の変哲もないマンションの前。

 

「管理人さん」

 

 究は顔に暗い色を浮かべながら、常と変わらず掃き掃除をしていた管理人へと話しかける。

 

「おや、これは西城さん。……それに、一昨日の」

 

「ええ、ご無沙汰しております」

 

 右京も彼へと頭を下げた。そのまま、どこか正体を掴めない調子で、話しかける。

 

「実は、少しばかりお話を聞きたいと思いまして」

 

「Dirmamさん、あんたにね」

 

 

 

 相棒 episode Drive

 

 第九話「西城究はなぜ追い詰められたのか IV」

 

 

 

 冬特有の鋭い寒さが、四人の間をすり抜けていく。強いそれによって、管理人の足音にまとまっていた、落ち葉が散らばっていくが、彼はそれを直そうとする素振りもない。二人の刑事の疑いの視線を向けられて、中年の管理人はうろたえたように、慌てて箒を地面に置いてしまった。

 

「あ、あの! 何かの間違いではないですか!? 私はそんな……」

 

 手を動かしながらの必死な様子の弁明。

 

「そんな、何ですか?」

 

 進ノ介は一歩、前に足を進めた。

 

 その物言いに、管理人は自分の失言を悟ったのだろう。口を慌てて抑え、汗を吹き出させる。だが、右京はそんな彼にかまわず話を前に進めた。二人は、まるで世間話をするように言葉を交し合う。

 

「そんな、『西城さんを狙うことはしない』とでも言いたいようですねえ」

 

「でも、おかしいですよね? 杉下さんはDirmamという名前を出しましたけど、それが究ちゃんの襲撃の扇動人だとは言ってない」

 

「ええ。聞きなれない名前を問われたのなら、怪訝な顔で『どなたのことですか?』などと問い返せばいい話です。ですが、あなたはその名前を。聞かれたら困る、まるで犯罪者の名前を聞いたように受け取った。

 おかしいですねえ……」

 

 右京もまた、一歩足を進め、挑発するように首をかしげながら問いかける。すると、管理人は下手なことをしゃべらないようにしたいのか、口をつぐんだまま、下を向く。

 

「今回の、究ちゃんを狙った襲撃事件。特徴は不特定多数の人間を煽り立てて、実行犯にするという、ネットを巧妙に使った手口でした。けれど、それは不安定で、確実性のない難しい手口です。

 この、一見難しい犯行を可能にするために、必要不可欠なことが一つ。それは、究ちゃんの居場所を事細かくリークすることです。実際に、どこに潜んでいるとも知らない実行犯たちが狙いやすいように、究ちゃんの行く先々がネット上に上げられていました」

 

「簡単につけ狙うといいますが、実際にはとてつもない労力を必要とする行為です。この、人がひしめく大都会の中から、偶然に西城さんを見つけたとしても、一瞬でも見失ってしまえば台無し。

 ですが、扇動者であるDirmamは毎日のように、西城さんの情報を提供している。プロの探偵を使うという手も考えられますが……」

 

「第三者を介したにしては、情報の更新速度が速すぎる。なら、犯人本人が尾行をした。それを容易にする方法が、人を雇う以外にも、一つ、存在します。

 ターゲットの拠点に張り付くこと。疑われないようにね」

 

 ずい、と、二人は背後にした大きな建物を見上げる。その犯行を可能にする、重要な因子。それこそが、どこにでもある、平凡なマンション。だが、そこには一点、西城究の住居というおまけがつく。

 

 右京は視線を戻すと微笑みながら口を開く。奥歯に挟まっていた小骨がようやく取れたというような。疑問が解けてすっきりした子供のような表情で。

 

「実は、僕、気になっていたことがあるのですよ。

 Dirmamによる追跡。それはプロ顔負けの正確さでした。しかし、その腕前と労力に不釣り合いに、ネットに上げられた情報からは、あるものが欠けていた。

 あなたなら、それが何か分かりますね? ……西城さんの自宅ですよ」

 

 もし、毎日のように究を尾行しているのなら、当然、自宅など直ぐに特定できたはずだ。

 

 にもかかわらず、住宅は一向にリークされず、究にとっての安全地帯となっている。リークされた場所も、地図にマッピングしていけば、不自然なほどに自宅周りが空白となっていた。

 

「つまり、Dirmamにとって西城さんの自宅だけは、リークするわけにはいかなかった。

 なぜか? それは、西城さんが安全だと思っていた自宅。そこにいることこそ、Dirmamの犯行には必要だったからです。西城さんが自宅にさえも不信感を持ち、引っ越しをすれば、犯行はたちまちに難しくなる」

 

「だって、Dirmamは毎日、家から出ていく究ちゃんを尾けていたんですから。

 ターゲットの拠点が分かっていれば、尾行は簡単。見失っても、時間がたてばターゲット、つまり究ちゃんは自分から戻ってきます。昨夜のような、突発的な外出も察知できる。

 犯人が、管理人なら、管理人室で玄関周りを監視していれば簡単です。」

 

「つまり、Dirmamは、管理人さん、あなたですよ」

 

 右京は手のひらを使って、管理人を指し示した。管理人は、顔を青くさせ、しかし、まだ認める気もないのか肩を怒らせて右京を見る。

 

「で、ですが、刑事さん! 私なら、犯行が簡単というだけで犯人扱いというのは……」

 

「そう! それです!!」

 

 その瞬間、右京は大きな声を上げて、指を立てた。そのまま、管理人へと顔を近づけて目を爛々と輝かせる。

 

「あなた、僕がどうして刑事だと、分かったのですか?」

 

 一言。

 

 圧力をかけたわけでもない、何気ない疑問に、管理人は答えることができなかった。

 

「俺たちが一昨日、この家へやってきたとき、あなた、こういいましたね?」

 

『ええ、お出かけの間に見回りましたけど、悪戯なんてありませんでしたよ? 何かありましたら、こんな風に、お手を煩わせないでも、私から警察に連絡します』

 

 管理人は確かにそういった。

 

「『こんな風にお手を煩わせる』。そう言った後に『警察に連絡する』。そうつなげて言った。つまり、あなたは僕たちを刑事だと認識していたのですよ。

 まあ、泊君は顔が割れていますから、そう考えても不自然ではありませんが、元より西城さんと泊君は友人関係。警察の仕事として、こちらに来たというのは確信が持てるものではありません」

 

「それに、この杉下さん。大学教授か何かなら分かりますけど、一般的な刑事像とは離れた人です。あなたが俺たちがこのマンションに、警察の仕事で来た刑事だと気づいたのは、あなたが究ちゃんを探っていたからだと考えました。

 Dirmamは究ちゃんがあの日、警視庁にわざわざ来て、俺たちを連れだしたのも分かっているはずです」

 

 犯人にあるまじき、凡ミス。だが、それも仕方ない事であろう。

 

「ずっと監視をしているというのも難しいものです。監視者としての自分が得ている情報が多すぎると、私生活の中で得た情報と混同してしまう。そうした油断から零れ出た言葉だったのでしょうねえ」

 

 管理人はとっさの会話に、自分が本来知らない情報を漏らしてしまったのだ。

 

 さらに、管理人は最近になって、このマンションにやってきた人間でもある。

 

 究は『管理人さんにもいきなり迷惑かけちゃうことになる』と言っていた。古くからのなじみに言う言葉にしては不自然。確認してみると、つい一月ほど前にやってきた新任の管理人だということが分かった。

 

「証拠は! 証拠はあるんですか!」

 

「Dirmamの正体があなただというのは、サイバー犯罪対策課などの助けを借りることが必要かもしれませんねえ。ですが……」

 

「あんたが究ちゃんに敵意を抱いていたことは明白ですよ。

 究ちゃん、俺たちの所に来た時から、体調が悪そうでした。発汗し、手足が震え、そして、周りの視線に敏感になっていた。ストレスによる心理的影響の可能性を考えていましたけど、もっと直接的なことが原因だった」

 

 そう言うと右京は懐からジップロックに入れたろうそくを取り出す。

 

「こちら、西城さんがあなたからもらったアロマキャンドルになります。こちらを調べてもらったところ、ごく少量の幻覚剤が練り込まれていました。それが、西城さんの不安を増加させた」

 

「こんな仕込みをしたのは、あんたにも、計画がうまくいくか自信がなかったから。

 あんたの犯行では、居場所をリークしたり、炎上を仕込んだ後、実際に危害を加えるのは赤の他人に任せるだけ。計画通り、究ちゃんを襲う人間が現れるかもわからない。

 だけど、薬で精神的に不安定にさせれば、話は別です」

 

 そんな状態で、自分がストーキングされているなんて情報を知れば、究が受けるストレスは増大する。日常的にネットをめぐっている究なら、自分の置かれた状況をすぐさま知ることができただろう。

 

 そうなれば、誰かが危害を加えなくとも、究は日常の事故に遭いやすくなるし、人間関係はぼろぼろとなる。究へと大きなダメージを与えることができるのだ。

 

「あなたは綿密に計画を練った。西城さんの愛するネットを使うことで、西城さんを傷つけようとした。ですが、あなたの悪意は強すぎたのでしょう。だから、このようなあからさまな証拠を残す真似をした」

 

 この証拠があれば、家宅捜索を行える。そうすれば、究を盗撮した写真などが山ほど出てくるだろう。動かぬ証拠はすぐに手に入る。

 

「残る謎は、なぜ、あなたが究ちゃんを狙ったか、ですが……」

 

 進ノ介は小さくうなずきながら、後ろに立っていた究を見る。彼は顔をうつむきつつも一歩前へ進んだ。此処へ来る前、進ノ介は究へと、

 

『犯人に会う必要はない』

 

 そう伝えた。しかし、その申し出に、究は否を示したのだ。犯人の来歴を知り、その事情を推察し、必ず、直接向かい合わなければいけないと考えた。

 

「僕の、いや、僕たちの行動が原因だったんだね……」

 

 究はそう言って、申し訳なさそうに呟く。その言葉に、管理人は肩をぴくりと動かして反応した。右京はその様子を見て取って、口を開く。

 

「目には目を、歯には歯をと言いますが……。今回の特徴的な犯行様態こそが、動機に繋がっていたのです。つまり、炎上で被った被害は、炎上を用いて晴らさなければならない、と。

 管理人さん、いえ、毛利正彦さん。あなたは、劇場版マーマーマンションの制作ディレクターだった」

 

「だから、ハンドルネームがDirmam。ディレクター、マーマーマンションの略です。あなたは、究ちゃんが、いや、ロイミュード072が有栖川ミヤさんを襲い、世間が劇場版への批判を向けたのち、解任されている。そのまま、制作のサンセットアニメーションを退社した」

 

 072の事件における直接的な被害者は有栖川ミヤであった。

 

 彼女はビルの屋上に連れていかれ、怪物に襲われるという恐怖を受け、自身の仕事を失ったのだから。だから、究も彼女に責任を感じ、償うための行動を取ったのである。

 

 だけれども、重大な犯罪において、被害者が一人だけということはあり得ない。犯罪と付随した影響によって、同じように不利益を被る人間も何人もいるのだ。

 

 管理人は、大きくため息を吐くと、強く目を細めながら、言葉なく項垂れる究をにらみつけた。これ以上言い逃れができないと分かった以上、あとは溜めこんでいた怒りをぶつけるしかない。拳を握りながら、究へと怒声を上げ始めた。

 

「何が、ネットの神だ! 何が天才だ! 結局はただのファンじゃないか!! 影響力があるなら、その言葉がどれだけの人を煽るのか!! そんなことも分からないで、好き好みを言うだけの仕事は楽だよなぁ!!!」

 

 毛利はもともとネットワークエンジニアとしてアニメーション制作の世界にやってきた人間だった。世間一般で言われるように、アニメーションは才能だけでなく、厳しい労働環境や賃金問題が伴う分野でもある。その中でも製作者が耐え忍んでいるのは、ひとえに彼らがアニメを愛しているから。

 

 毛利もそのような厳しい業界でステップアップをし、ディレクターを任されるようになる。そして、とうとうマーマーマンションというマニア心をくすぐる仕事に着手することができた。その重責を身に沁みながら、一大仕事を成し遂げようと張り切っていたのだ。

 

 そして、劇場版製作には、一つ、成し遂げなければいけない目的があった。

 

「マーマーマンションは素晴らしいアニメだよ。今の時代に無声劇に挑戦するチャレンジ精神。演出、アニメ、そして脚本! マニアの心をくすぐって、そりゃ、大人の男には受けるだろうよ! 購買力のある大人に絞るのは、マーケティング的に間違いない。

 けど、それだけでは限界があった……」

 

 一言でいえば、マーマーマンションは玄人向け過ぎたのだ。

 

 キャラはデフォルメされて、ぬいぐるみとしては優秀なデザイン。内容も、見てもらえれば、人を虜にする自信がある。だが、世間一般で言う萌えはなく、現在のアニメファンで無視できない規模を誇る声優ファンを呼び込むことはできない。

 

 声優がいなければ、イベントができない。できても、集客力はない。

 

 立派なアニメが売り上げにつながるものではないのだ。

 

「あんたらマニアはマーマーマンションを神だ神だっていう! だが、あのクオリティを維持するために、どれだけのアニメーターのスケジュールを確保して、どれだけの製作費がかかっているか分かるか!?

 その一部のマニアの金で、それがペイできてないんだよ! 今後もマーマーマンションを続けるために、声優をつける。制作側は皆、それが必要だって分かっていた!!」

 

 だから、劇場版というタイミングでそれを実行した。多少の非難は覚悟のうえで、それでも必要だと思ったから行った。

 

 クオリティを維持できなければ、潔く番組を畳めばいい。そんなことをいうのは無責任な評論家だ。作品一つに、多くの人の生活が懸かっているのだから。

 

 声優を付けるという決断は、作品を愛していたからこそだった。

 

「しかし、あなたの思いは届かなかった。ロイミュードによる襲撃を期に、炎上が発生。キャストは降板、あなたは退職に追い込まれた」

 

 右京の感情のない言葉に、彼は頷きを返す。

 

「……責任を取るには、それしかなかった。声優の事務所、音響スタッフ。それだけじゃない、各方面に迷惑をかけたのだから……。それがファンの総意なら納得できるさ。売り上げが伸びなかったなら、まだ納得できる。

 だが、あんな機械をけしかけた、この評論家気取りのせいだなんて! 納得ができるか!!!」

 

 だから、毛利は管理人として究の近くに忍び寄り、復讐の方法を探っていた。ネットを利用してやろうと考えたのは、究とミヤの関係が明らかとなったから。彼も、ミヤのファンと同じように、写真を細かく探って、証拠を見つけてしまった。

 

「いっちょ前に有栖川さんには手伝いなんて……。償いのつもりだろうが、思い知らせてやりたかったんだよ。あんたを恨んでいる奴は、どこにでもいるってな……」

 

 その恨み節に、究は返す言葉はなかった。仮にも同じ心を持った機械の友達。072の抱いた思いは、間違いなく究の中にもあったのだから。あの制作発表会を襲って、声優に文句を言ってやりたいという思いは。

 

 072はただ、必要以上の力を持っていただけ。

 

 究もファンを自任しているからこそ、この扇動者の恨みを理解できた。だが、彼が起こした騒動は、到底許せるものではない。

 

「あんたの言い分は分かったよ。俺だって、あの発表に憤って、無責任に文句を言った一人だ。製作の人たちに顔向けなんてできない。

 けど、あんたはその恨みを抱くならともかく、復讐を実行した。人を傷つけた! それだけは、どんな理由があっても許せないことだ!!」

 

「あなたはあの騒動で学ぶべきでした。どれだけ些細な行為でも、犯罪を行えば誰かが傷つき、消せない影響が残るのだと。被害者だったからこそ、それを知ることができるはずだった。

 にもかかわらず! あなたは自分の復讐に多くの人を巻き込んだのですよ? 扇動を受け、面白半分で参加した彼らは、あなたがいなければ犯罪を行うことはなかった! あなたは復讐ばかりを口にしますが、それによって無関係の人間が傷つくなどと考えもしなかったのですか!?

 そして何より、西城さんに理不尽を感じるならば、それを言葉にしてぶつけるべきだった。いくらでも機会はあったのですから……。その努力をしなかったあなたは、あなたの作品を壊した者たちと、何も変わりませんよ!!」

 

 その言葉に、毛利はゆっくりと、悔し気にうめき声を上げるだった。

 

 

 

 その後、所轄のパトカーにて連行されていく毛利を、究はどこか悲し気に見つめていた。

 

 彼にとっても、毛利の糾弾は胸に刺さり、簡単に消化できるものではなかったはずだ。

 

 進ノ介がその肩を叩くと、究は目をぬぐって、口を開く。

 

「きっと、僕が悪かったんだよね。072が怒ったのも、僕があの発表に怒りを持っていたから。アイツが悪かったんじゃないんだ。僕の中に、確かに悪意があったから、072を暴走させたんだよ」

 

「……あなたが、彼の言う通り、ロイミュードをけしかけたなら、あなたに責任の所在はあるでしょう。ですが、そうでないのならば、必要以上の責任を負う必要はありません。

 何より、それは、あなたが友達だと呼んだ、ロイミュードの人格を否定することにもなってしまいます。彼らの心を認めるならば、罪は彼らが負うべきものです」

 

「……正論だね。けど、そんな上手く割り切れるわけないよ。

 実際に、僕はあの発表にも、無責任に文句を言ってたんだから。けど、それで傷つく人がいるなんて思いもしなかった……」

 

 だが、ファンという消費者である以上、誰しもが注文を付ける権利はある。心の中で考えることは自由なのだから。けれども、今の時代は、その個人の考えが、容易に大きな波紋へと変わり得るのも事実だ。

 

 誰もがネットを使い、表現者にも、批判者にもなりえてしまう。

 

 果たして小石を投げ込んだ人間に責任があるのか、波紋を広げた人波にこそ責任があるのか。もはや、小さな呟きにさえ、責任を持たなければいけない時代へと変わってしまった。

 

 ならば、今回の事件を経験した究がすべきことは、

 

「あなたにも、確かに、人を傷つけた経験があった。……今、大切なのは、あなたがそれを受けて、どのように行動するかでしょう」

 

 右京の言葉に頷きつつ、進ノ介も究の肩に置いた手に力を籠める。彼にだって軽率な面はあった、だが、それで究の持つ優しさや素晴らしいスキルが貶められていいわけがない。

 

「……俺は、究ちゃんに、これまで通りの優しいネットワーク研究家でいてほしいよ。

 究ちゃんのファンレターにあったじゃないか。ネットとか、いじめに悩む人たちの力になってきた。だったら、今回みたいに炎上の被害に遭う人を助けたり、できることがあるんじゃないかな。それが、きっと、究ちゃんに出来る責任の取り方だと思う」

 

 その言葉に、究は暗い表情ながらも、一つ、大きな頷きを返した。

 

 まだ整理する時間は必要であり、そして、Dirmamが消えたとはいえ、炎上騒動は続いている。とはいえ、真実が分かった今だからこそ、進む方向も模索できるはずだ。

 

 右京も進ノ介の言葉に頷きつつ、しかし、一つだけ、気になることがあった。

 

(毛利に情報を提供したのは、いったい誰だったのでしょうねえ……)

 

 毛利が究へと恨みをぶつけるには、072と究の間にある繋がりを認識していなくてはいけない。だが、世間で秘密にされているそれを、どのようにして知ったのか。

 

 それを毛利へと尋ねてみると、

 

『匿名の情報提供があったんだ……。あの機械と西城究が抱き合っている写真が送られてきた。……ミスターXとかいうふざけた名前だったよ』

 

 そのミスターXとやらの正体は判然としないが、おそらく、遠からぬ未来で姿を現すのではないかと右京は想像がついた。それが果たして、どのような形なのか。まだ、分からないままであるが。

 

 

 

 翌日、考えを整理しただろう究からメールが届いた。

 

 今、毛利の逮捕によって究の置かれていた現状を知った、彼のファンたちが、今度は究のこれまでの活動を評価するツイートを広めてくれているのだという。その中には、毛利のようなアニメーションのクリエイターも何人もいた。

 

 彼の素直な意見は、決して、煙たがられるばかりのものでもなかったのだ。ファンの数よりも、一人の真摯な批評家の意見こそ貴重。そう考えている人もいる。

 

 そんな彼らと意見を交換しながら、償う方法を考えると、前向きな返事をくれた究は、これから、大きく成長するだろう。

 

 同時に、彼は進ノ介に一つの情報を渡してくれた。

 

 ここで事件の始まりに立ち返ってみると、進ノ介の懸念事項は霧子をどのようなデートに誘うかというものであった。だが、進ノ介はこの三日間、究のトラブルにかかりきりで、それを考える暇がなかった。クリスマスイブまで残り四日、既に主だったレストランは予約でいっぱいになってしまっているはずである。

 

 そんな彼からすれば、窮地という状況。

 

 究がもたらしてくれたのは、まさしく救いの手と呼べるものだった。『僕は一緒に行く相手もいないから、進ノ介君が使ってよ』と、言って送ってくれたそれは、都内の高級レストランの豪華ディナー招待ペアチケット。

 

 進ノ介も雰囲気がいいと思いながら、既に予約でいっぱいになっていて諦めていた場所であった。

 

 究のもとに、つい二日前、懸賞でもらったそれが届いたのだという。今回の事件のお礼だというそれを、進ノ介はありがたく受け取ることにしたのだ。

 

 そうして、すぐに時間が過ぎて……。

 

 

 

「服、よし。髪型、よし。ネクタイ、よし。そして……」

 

 鏡の前で身だしなみを整えていた進ノ介は、めかし込んだ服の内側を探って、指輪が収まっていることを確認する。

 

「指輪も……、よし」

 

 そうして、堂々と鏡の前に立った。仮面ライダーの装備ではないが、人生の大勝負にでる装束としては上等だろう。最後に、壁に掛けられた、元特状課の集合写真と、亡き父の遺影に手を合わせて。

 

 進ノ介はゆっくりと家を出る。

 

 向かう先は、ツリーが美しい広場。そこの噴水前で霧子と待ち合わせをしていたのだ。

 

 さすがに女性を待たせるというのは紳士としてあるまじき事という思いもあり、三十分くらい早めに待つことにしている。

 

 電車で二十分、歩いて十分。

 

 これも究から聞いた穴場スポットであった。あちこちに待ち合わせの人がいるが、彼等も待ち合わせだけを済ませて出ていくので、人の密度は大きくない。進ノ介は、少しの待ち時間を楽しむように、噴水の前で待つ。

 

 澄んだ冬の空気が冷たくて。白い息を吐き出しながら進ノ介は手をこすり合わせる。待ち時間というのを長く感じたことは、これまでになかった。心臓の鼓動の大きさを聞き、自分が緊張しているということを、今になって認識する。

 

(ああ、やっぱり、俺は霧子のことが好きなんだな……)

 

 なんて、心が浮き立つのだ。手元が寂しくて、早く温もりが埋めてくれるのを待つように、握ったり、開いたり。

 

 ふと上を見ると、空には満天の星が広がっている。ホワイトクリスマスとはいかなかったが、曇り空よりも、よほど上等な景色。

 

 そこから目線を地上に戻す。すぐに、彼女に気づいたのは、ちょっとした偶然か、それとも素敵な奇跡か。

 

 人混みの向こうから、少しだけ緊張に顔を固めた霧子が歩いてくるのが見えたのだ。コートで隠れているが、めかし込んでいるのが分かって、それだけで進ノ介は嬉しくてたまらなくなる。

 

 なんだか、待つのがもったいなくて、進ノ介は彼女へとゆっくり向かおうと足を動かす。一歩一歩、これからの新しい人生を描くための大きなステップで。

 

 その時だった。

 

(あれ……?)

 

 不意に、噴水の角に小さな影が見えた気がした。見知ったフォルムに、二つの小さな灯り。一見すると、ミニカーのようなそれは、かつての進ノ介の仲間であった、意志を持つ車たちにそっくりで。

 

 思わぬことに意識がそちらへとむき、進路から、数歩、横にずれて……。

 

 

 

 乾いた音が、街に響いた。

 

 

 

「……え」

 

 進ノ介が自分の異変に気が付いたのも、ちょうどその時。体から熱が生じた。じわりじわりとそれが、体をむしばむように広がっていく。全く痛みを感じることはなく、どこか夢心地で。

 

(まったく、こんな時に……)

 

 目の前に霧子がいるというのに、これから、一世一代の告白をしようというのに。こんな時に体が不調になるなんて。

 

 進ノ介はもう一度、勢いよく足を動かそうとして、それが不意にもつれて、膝をついてしまう。

 

 身体が重く、息が熱い。こんなこと、これまでに感じたことがなかった。あの忌まわしい重加速とも違う感覚。周りはみんな普通に動いているのに、自分だけが動けないなんて。

 

 世界が自分を置いてどこかに行くような、不思議な寂しさを進ノ介は感じていた。あるいは、自分が世界を置いて、どこかに行くのか。

 

 とうとう、立っていられなくなり、地面に伏せる。うつぶせになった身体。なぜか、腹の辺りが、雨でもないのに湿っていて。ぼんやりと手で触れてみたそこには、真っ赤な液体がべっとりと付いていた。

 

「……!! ……!?」

 

 道行く人が走り寄ってくるのが、ぼんやりとした視界の中で見える。誰もが青ざめ、恐怖に顔を歪ませている。こんな時こそ警察官の出番だっていうのに、泊進ノ介は何をやっているのだろうか。そんな、他人事のようなことを進ノ介は考えていた。

 

 仮面ライダーとして、刑事として、俺は立ち上がらないといけないのに。

 

 そして、

 

「……!! ……泊さん!!!?」

 

 目の前の泣いている女性を、笑顔にしないといけないのに。

 

 進ノ介は、立ち上がることができなかった。

 

 

 

 続く




BGM「終わりの始まり」





あとがき


これにて第九話は終了です。

そして、進ノ介の命運は、元日スペシャルへと続くことに。

今話のテーマは「炎上」
究ちゃん登場ということで、ネットワークの問題を取り上げたいと思いました。昨今、ちょっとした落ち度、あるいは勘違いから炎上につながることが珍しくもなくなりましたね。ただ、安易に人々が参加するそれを、被害者がどのように受け取るのか。参加者は想像もつかないでしょう。
今回の究ちゃんのように、誰もが潔癖ではない以上、たった一つの小さな意見で、誰もが被害者にも加害者にもなり得る。きっと、私たちはもっと言葉に責任を持たなくてはいけない時代に生きているのだと思います。

そして、今回はドライブ本編での072の事件を取り上げました。
彼は優しく、人間を愛し、人間の心を持ったまま死にました。ですが、彼が行った襲撃という事実は、きっと裁かれるべき罪なのだと思います。
『仮面ライダー四号』作中で、マーマーマンションが無声劇として上映されていたのは、おそらく、ファンたちの抗議も影響したのだと推測しました。

隠しモチーフはSeason7第18話「悪意の行方」。
ある意味、十年前からネットワークを取り巻く悪意と、諸問題は変わっていないのでしょう。便利になればなるほど、犯罪者もより巧妙な手口をとってくる。陣川君の事件の中でもコミカルな面もありつつ、やるせない結末でした。

今回の話はいかがだったでしょうか?
最後の進ノ介が、どうなったのか。そこから、次回の元日スペシャルは開始いたします。

次話の予告は、明日、改めて投稿します。
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