一日遅れの元日スペシャルをお届けいたします。今回は大ボリュームで全八パート。どうか、お楽しみいただけると幸いです。
……動機については、お話しした通りです。
私には、どうしても彼が許せなかった。例え、彼が何億人も救ったとしても、何人の悪魔を倒したとしても。多くの人に希望をもたらしたとしても……。
私にとっては、唯の人殺しだったのです。
相棒 episode Drive
第十話「機械人形への鎮魂歌 I」
まどろむ意識の中、進ノ介は雨の景色を思い浮かべていた。共に傷つき、悲しみに塗れながら向き合った彼の姿を。派手好みで、どこか浮世離れしていて、仲間を誰よりも大切にしていた敵の首魁。機械の体をもち、心は人間よりも純粋で高潔だった男を。
大切な友を。
進ノ介は仮面ライダーとして、彼は人類の敵対者として。幾度となく戦い、向かい合い、傷つけあった。だけれども不思議と、決して嫌いにはなれなかった。憎しみを抱くこともなかった。むしろ、出会うたび、彼への尊敬と親しみが大きくなっていく。
それはきっと、彼も同じで。最後には人間の悪意と戦うために、手を取り合うことさえできた。それなのに……、
『決着の時だ人間! 泊、進ノ介!!』
全ての戦いを終えて、決着を望む彼。けれど、進ノ介は変身することができなかった。戦いのなかで消えたかったという友の願いを。仲間をすべて奪われ、汚名だけを残された種。そのささやかな願いを叶えられなかった。
そして、
『最後の最後に、友達が一人増えた……』
『初めての、人間の……』
世界に融けるように消えたハートロイミュードを涙ながらに見送った景色が、頭から離れない。
何故、あの時、戦うことができなかったのか。
刑事として、仮面ライダーとして。ロイミュードとの共存可能性を心のどこかで抱きながら、戦いを止められない以上はせめて真っ直ぐに戦い抜くと決めたのに。それが、彼等への戦士としての礼儀だと分かっていたのに、手を下すことができなかったのは。
きっと……。
杉下右京が病院へたどり着いたのは、夜の十時を回った頃だった。深夜であるにもかかわらず、多くの職員が切羽詰まって走り回る。そんな混沌とした状況を一人、ゆっくりと歩いていく。
本来なら、今日はクリスマスイブだ。世界で最も愛があふれる日。日本に限らず、世界各国で人々が喜びを感じながら恋人や家族と過ごす日であったのに。
今、世界は凶報によって混乱と疑惑の渦の中にあった。
『先ほど、警視庁の泊進ノ介巡査が襲われたとの速報が入りました。場所は都内……』
『仮面ライダーが撃たれた事件の続報です。泊巡査は現在、東映会病院へと搬送され、緊急手術を受けているとのことです。彼の安否はいまだ不明ですが、仮面ライダーとして人類を守った彼の安全を願う声が、クリスマスの街に響いています』
『未確認情報ですが、襲撃には狙撃銃が用いられたとみられ、都内全域で厳戒態勢が……』
『仮面ライダー襲撃犯を名乗る声明文が、各地の過激派組織から一斉に発表されました。警視庁は、それらに関してのコメントを差し控えています……』
『あんなにいい人を襲うなんて、あの悪魔たちしかいないだろ! きっと、あの機械の化物に、生き残りがいたんだよ!!』
テレビを付ければ、そんな悲鳴のような報道が飛び込んでくる。誰も、未だに事件の全容が見えていない。あの機械生命体犯罪と同様に、市民は不安に身を削っていた。
その中で一番に行うべきことは何か。右京は知っている。
何よりも、確かな情報を得ること。全ては真実を見つけ出し、事件を終わらせるために。
だから、右京は真っ直ぐに、進ノ介が搬送された東映会病院へとやってきた。人が多くとも、不気味な寒さを保った薄暗い廊下を抜けて、その一角へとたどり着いた時、そこに何人かの人影を見つける。
「……杉下」
声を上げたのは、長椅子に呆然と座り込んだ追田警部だった。他にも、つい先日に出会ったばかりの西城究と、霧子もいる。全員が項垂れ、覇気がない。そんな彼らの中から、一人の男性が立ち上がり、右京へと声をかけてきた。警視の階級章を付けた制服に身を包む、背の低い男性だ。
「……あなたが杉下警部ですか」
「ええ、特命係の杉下です。貴方は確か……」
「元特状課課長、本願寺純です」
進ノ介達、仮面ライダーを率いた男。右京も少し佇まいを直し、本願寺へと頭を下げる。とはいえ、今は社交辞令を交わしている時間はない。右京は全員を見回しながら、静かに言った。
「……泊君の容態と、事件の概要についてお聞かせ願えますか?」
冷静な言葉だ。特に、いつもと変わった様子は見えない。仮にも自分の部下が襲われたというのに、取り乱した様子もない。ただ、杉下右京が取り乱すという様を、追田も想像することはできなかったのだが。
追田は舌打ちをしつつも、答える。
「ほんとなら、あんたになんか知らせたくねえが……。今は、猫の手も借りたいところだ。仕方ねえ……。
進ノ介は今は手術中。被弾は右わき腹。意識不明の重体だが、急所は外れているらしい」
「それは、不幸中の幸いでしたね」
「ええ、全く。後は手術の成功を祈るばかりです。事件の詳しい概要なら、彼女が知っているはずですが……」
本願寺は椅子に座り込む霧子を見る。薄明りの中で定かではないが、右京の眼には、彼女が纏う純白のコートが、ひどく血で汚れているのが見えた。右京はゆっくりと尋ねる。
「詩島刑事、貴女が第一発見者ですか?」
「杉下! 言い方ってもんがあるだろうが!!」
その言葉に、追田が声を荒げた。相手は警察官とはいえ、仮にも目の前で待ち合わせ相手が銃撃された女性。そんな霧子にかける言葉にしては、右京のソレは酷く不躾で、思いやりの欠片もない言葉だったから。
だが、霧子は大きく息を吐くと、顔を上げた。その目は赤く泣き腫れていたが、それでも絶望したり、悲しみに浸っている目ではない。しっかりと意思を持った刑事の顔をしている。
「……大丈夫です。私だって捜査一課の刑事なんですから。
発砲は二十一時ちょうどでした。射角や周囲の状況から、背にしたマンションから狙撃されたと思われます。銃撃は一発のみで、追撃や周辺被害もありませんでした」
「なるほど。通報はどなたが?」
「私が泊さんを介抱しながら行おうとしたんですけど、その前に救急車が到着しました。きっと、通行人が通報してくれたんだと思います。警察の配備も同様に早かったです。
そして、最寄の緊急病院である此方に。病院が近くて、幸いでした……」
淡々と、冷静に霧子が言う。その様子に追田や究は驚きつつも感心する。かつて、進ノ介が瀕死に追いやられた時には、霧子は悲しみのあまり塞ぎこむほどだった。だが、今は悲しみを抱きながらも職務を果たしている。それが刑事としての成長か、それとも、混乱から心を守るための防衛本能かは分からないが。
それらの情報を咀嚼するように、右京が頷いていると、新たな来客が現れた。病院の冷たい静けさをぶち壊す、荒々しい嵐のように。
「特命係の杉下警部!!」
伊丹が大きな足音を立てながらやってきた。彼の顔は常以上に憤りにゆがんでいる。そして、そのまま、誰が制止する暇もなく、右京の胸倉をつかみ、壁へと小柄な体を押し当てた。
暗い廊下に、伊丹の荒い息が木霊する。
「お、おい! 伊丹!」
「現さんは黙っててくれ!! ……なんで泊が撃たれた!! また、アンタがろくでもないことに首を突っ込んだからじゃねえだろうな!!!」
「……それはまだ分かりません。ですが、今、僕たちは事件に関わっていません。それは断言しましょう」
そんな状況でも右京は冷静な表情を崩さず、強く伊丹の眼を見返しながら言う。
「……もし、アンタが原因なら、俺は今度こそ許さねえからな……」
伊丹がようやく右京を離す。だが、彼は納得がいっていないという表情で、地団太を踏んだ。そんな彼に、本願寺が歩み寄り、声をかける。
「伊丹刑事、捜査状況は、どうなっていますか?」
「あんたは確か、特状課の……。なるほど、じゃあ、あの丸眼鏡も元特状課、か。
……襲撃からすぐに付近一帯への緊急配備を行いました。ですが、犯人はまだ特定できていません。現在、狙撃場所の割り出しと検問を実施していますが、いかんせん、クリスマスイブの都内。人も多く、難航しているようです」
「……確か、複数の武装組織から犯行声明が出されているそうですね?」
右京が尋ねると、伊丹は渋々と答える。
「真偽はまだ分かりません。ただ、過激派相手なら公安マターですからね。こっちまで情報が下りてこないんですよ。忌々しいことに」
「……なるほど。有名な仮面ライダーを手始めに襲い、名を広めた後に大規模テロ行為を働く。そういった可能性もありますからねえ」
「そんなわけで、俺は捜査に戻ります。……此処でやるべきことは終わりましたから」
そうして伊丹は踵を返して、暗い廊下を戻っていこうとする。だが、霧子は勢いよく立ち上がると、その背中に大声をかけた。
「待ってください!」
そして、伊丹の傍まで走り寄ると、強い視線を向けて、次のように志願をするのだ。
「私も、捜査に戻ります!」
血まみれのコートを握り締めながらの、力強い言葉。だが、その申し出に伊丹は悩むように顔をしかめた。
「……泊は今が正念場だ。こっちに来るのはアイツが目を覚ましてからでいい。俺にだって、お前のその服装を見れば、何してたかは分かる」
「……だからこそです。此処でただ項垂れているなんて、刑事として、あの人のバディとして相応しくありません」
「だったら……」
伊丹は霧子の背中を大きく音が出るほどに叩いた。その音と勢いは、霧子だけでなく追田や究も驚かせるほどのもの。それを済ませると、伊丹は大きく鼻を鳴らすのだ。
「……気合入れて、泊に張り付いてろ。刑事としてな! 犯人は襲撃にしくじってる。また、泊を狙ってくるかもしれねえ。お前なら警護として適任だろ」
そう言い残して、伊丹は肩を怒らせながら去っていった。
呆然と立ちすくむ霧子の肩を、追田が叩く。
「……伊丹なりの励ましだ。ありがたく、受け取っておけ」
「……はい」
その後、辛抱の時間が過ぎていった。
誰も、多くは話さず、右京はといえばどこか遠い場所を見つめるように思索にふけっている。そうして、一時間が過ぎ、二時間が過ぎ……。
手術室のランプが消えた。
それを見て立ち上がる面々の前で、扉が開き、大仰なベッドに載せられた人影が運ばれてくる。酸素マスクや機材に隠れてよくは見えなかったが、それは間違いなく進ノ介であった。
「泊さん!」
慌ててそれに駆け寄る霧子は、意識なく眠っている進ノ介を見て、大きく安堵のため息を吐く。血色は決してよくはないが、呼吸は一定の、安定したリズムを刻んでいたから。
「……よかった」
崩れ落ちることはなかったが、一筋涙を流しつつ彼を見る霧子に、右京もどこか、微笑むような視線を向ける。すると、扉の後ろから主治医が出てきた。疲労は色濃いが、自信たっぷりに笑顔を浮かべて。
「……今回の手術を担当しました、両島と言います。無事に手術は成功しました。意識が戻り、術後の経過を見なければ安心できませんが、峠は越したと言ってもいいでしょう」
「ほ、本当ですか! 先生!」
追田が思わずといった様子で、彼の肩を掴む。
「……さすが仮面ライダーと言いますか。急所を外れていたのもそうですが、厳しい手術にも難なく耐えていましたね。幸運と本人の日ごろの努力が実った成果です」
言いつつ、両島医師は頭を下げて去っていく。
まだ、進ノ介に面会は許されないが、臓器の損傷も少ないという。目が覚めれば数日で動けるようになるとの見立てだった。
一同は進ノ介を乗せたベッドが見えなくなると、一斉に息を吐きつつ椅子へと座りこむ。
「いやぁー、ほんと、一時はどうなるかと思いましたよぉ!」
本願寺は天を仰ぎながら陽気な声を上げる。その姿は、かつての特状課で見たような親しみやすいもの。緊張が解けたのもあって、思わず究も追田警部も笑みを零すのだ。
「それじゃあ、俺はセンセに連絡しねえとな!」
「あれ、りんなさんって確か今、学会でアメリカでしょ? お友達にも会いに行ってるとか」
「おう! 氷見博士って人らしい。確か、杉下も知ってんだろ?」
問われ、右京は以前の事件で出会った怜悧な科学者を思い出す。
「ええ、事件の中でお会いしました。そうでしたか、沢神博士のお姿が見えないと思っていましたが、海外にいらっしゃったのですね?」
「さっき緊急で連絡したら、飛んで戻るって言ってたぜ。ただ、ま、結果から見たら悪いことしちまったな。……進ノ介が無事だってんなら、急ぐ必要もねえし」
「りんなさんだって、泊さんが大変な時ですから、気にしませんよ。剛なんて、居場所も分からないんですから。これで泊さんに何かあったら、大変でした」
霧子も笑みを戻しながら、穏やかに冗談も言えるようになる。そんな面々を見回して、本願寺は。
「それじゃあ、特状課が全員揃ったら、みんなで盛大にパーティーを開くとしましょう! 泊ちゃんのベッドの周りでクラッカー鳴らしたり、ケーキ用意したり!」
そんな本願寺の言葉に、一同が一斉に笑い声を上げて、
「おや、楽しそうだね。僕も混ぜてもらっていいかな?」
正体のない声に、空気が固まった。
一斉に声の来た方向へと向くと、そこに立っていたのは、穏やかで笑みのようなものを浮かべた壮年の男性。仕立ての良いスーツを着こなし、ゆっくりと上品な様子で歩いてくる。
だが、その男を見た瞬間、顔色を変えた者たちがいた。本願寺と、究。特に究などは、顔を恐怖にこわばらせて、追田の後ろに隠れてしまう。
「ど、どうしたよ、究太郎! お前、あの人、知ってるのか!?」
追田はそんな究の変化の理由が思い当たらず、怪訝な顔を浮かべた。彼には、目の前の男を脅威だとは思っていなかった。確かに、穏やかでありつつ、威圧するような不思議な雰囲気を備えている。さりとて、ここまで怖がるほどの人物かと。
彼の正体を知っている究からすれば、そんな追田の言葉は信じられないものだった。
「お、追田警部! なんで警察官なのに知らないんだよ! そんなだから出世が遅いんだ!!」
「俺の出世が遅いのは関係ねえだろ!? そんな大した人なのかよ、あの人が!!?」
追田は究へと文句を付けながら、紳士の方を指で刺す。
その答えを告げたのは、本願寺の固い言葉だ。
「彼は小野田公顕。現在の警察庁長官官房室長です」
それを聞いて、追田はぎょっと顔色を変えて指を下げる。
「って、いうと……」
「警察庁長官の側近中の側近、実質的な日本警察のNo.3……」
「霧子ちゃん! 問題は肩書だけじゃないよ! 僕の調べによると、小野田公顕は実質的な警察のトップ!!
自分に反対する警察幹部を全員更迭した男! 今じゃあ、警察で彼に逆らえる人なんていないんだ!!」
究が泡を食ったような叫びを漏らす。
追田が小野田を知らなかったのも不思議なことではない。彼は捜査一課の警部であっても、あくまで一警察官。当然の教養として警視総監や警察庁長官の顔と名前は知っているが、小野田のように彼らを裏で操っている人間を知ることはできなかった。
問題は、そんな人物が何の目的で、この病院にやってきたのか。
事実を認識した瞬間、霧子も追田も小野田へと怪訝交じりの警戒を向ける。一方、当の小野田はといえば、
「そんな化物みたいに言わなくてもいいでしょ」
なんて、穏やかな声を呟くだけ。
だが、小野田の声は決して安堵をもたらすものではなかった。むしろ、一言を加えるほどに彼の存在感が増して、まともに意見など言えなくなるような。『警察を支配する怪物』。その形容は決して過剰ではないと思い知らされる。本願寺も含め、誰も口を開けない状況にあって……。
杉下右京だけが何の気もないように一歩一歩、足を進めていった。
「お、おい!?」
追田の制止の声も何のその、右京は小野田の目の前まで行くと、顔一つ分の距離で彼の目をまっすぐ見つめる。
「一体、何の御用でしょうか、官房長」
挨拶もなく、社交辞令もなく、端的に『なんでここに来た』とダイレクトに尋ねる言葉。それを聞いて、当の小野田ではなく、追田や究が顔を青ざめさせる。いくら杉下右京が無礼だと知っていても、警察のトップへとそんな喧嘩を売るような言葉を投げかけたのだから。
だが、小野田はそんな右京の言葉を、どこか嬉し気に受け止めた。
「久しぶりの再会だっていうのに、相変わらずだね、お前は。かれこれ、二年ぶり。日本に戻ってきたなら、挨拶に来ても良かったんじゃないかな?」
「あいにくと、僕には貴方と話す積極的な理由が見つかりませんでしたからねえ。無礼だったでしょうか?」
「無礼か無礼じゃないかで言えば、お前はいつも無礼だよ。しかも、お前のそれは無意識じゃないから性質が悪い。まあ、僕にしても、お前がいきなり帰国の挨拶に来たなら、風邪か何かを疑うから、めったなことはしてほしくないけれど。
それとも、僕の方から挨拶に行くべきだったかな?」
「それはそれで、貴方の狙いが気になって気になって、仕方なくなりますからねえ……」
「じゃあ、お互いに挨拶なしで正解だったんじゃない」
「だから、僕はそう考え、その通りに実行したまでですよ」
その光景に追田は唖然とする。
右京は小野田に対してマイペースに話しかけ、それを承知の上だというように小野田も言葉を返している。けれど、その単純な会話に追田は割り入ろうとは思えなかった。どんな鉄の心臓をしていれば、あるいは、どんな因縁があれば、あんな泰然とした様子で雲の上の人間と話せるのだろうか。
片や、警視庁の陸の孤島。捜査権もなく、使えない人材の捨て場所と認識される窓際部署の変人。
片や、追田の知る内村元刑事部長をはじめ、警察幹部を更迭し、実質的に警察を支配する怪物。
月とスッポンどころではない組み合わせのはずなのに、彼ら二人が纏う独特な雰囲気は、余人を入れない圧力を持っていた。
「さて、おしゃべりはこの辺にしておこうか。お前が言う通り、僕も散歩できたわけじゃないんだよ。……本願寺さん。泊君、どうなったんです?」
意見を振られた本願寺は、固い声で小野田へと返す。
「……一命をとりとめました。まだ、意識不明ですが、早晩にでも目を覚ますとのことです」
「そう。それは良かった。彼に万が一のことがあったら、色々と面倒なことになりますからね。葬儀一つ上げるのも、大変。それに、まあ、これは小さい問題だけど、僕も責任をとらないといけないし」
ふわりと語る小野田。何の気なしに語るような、近所で歩く野良猫を見て感想を漏らすような。ちくりとも重要性を感じさせない様子。
だが、その言葉に霧子が思わず疑問の声を上げた。聞き逃せない言葉があったから。
「……それは、いったいどういうことですか?」
「ちょ! 嬢ちゃん! 相手は……」
追田が慌てて止めようとするが、霧子からすれば進ノ介に関わること。止められるわけがない。鋭い視線を小野田に向けて更に問う。
「どうか答えてください! 泊さんの安否が、どうして貴方の責任になるんですか!?」
そして、小野田はこともなげに、彼女の疑問に答えた。
「だって、僕だもの。泊進ノ介を特命係へ送ったのは」
今度こそ、本願寺と右京を除いた面々が絶句する。沈黙は長く、めっきり静かになった病院の、遠くで巡回に歩く看護師の足音が聞こえてくるほど。それほど、何でもない調子で明かされた一言は衝撃を伴っていた。
霧子達にとって、あれだけの功績を上げた進ノ介が特命係に送られた人事と、その首謀者は大きな謎であった。捜査一課ならともかく、初期の特状課を超える左遷部署、陸の孤島に島流し。
上層部の政治闘争か、あるいはロイミュードに関与していた人間たちの逆恨み。そういった可能性を念頭に、ひそかに調べを進めていたのに。
よりにもよって、警察のトップが首謀者なんて。まして、それをこんな簡単に告白するなんて。
他方、小野田は意外そうな顔を浮かべる。
「あれ? そんなに驚くこと? だって、仮面ライダーを特命係に送るんですから。根回しとか、説得とか、それなりに上の人間でないとできませんよ。
本願寺さんには納得するかはともかく、言っておいたし。杉下は……、まあ、お前なら、これくらいは想像つくでしょ?」
「ええ、こういった人を食ったような仕掛けを好むのは、貴方ぐらいでしょうから」
まるで、進ノ介や仮面ライダーを、何か重要なことだとは思っていないような発言。
霧子の胸の奥で、どろどろとした怒りがこみあげてくる。彼は、あの戦いを、私たちの苦しみを何だと思っているのか、と。
それが口をついて出そうとして、
「進ノ介はアンタのおもちゃじゃねえぞ!!!!」
代わりに怒声を上げたのは、追田だった。先ほどの恐々とした表情は消え去り、顔を真っ赤に染めて、今にも殴りかかるほどの強い感情。それを、追田は自分の上司へと向けていた。
見ると、究もそう。追田の影から出てきて、小野田へと不格好なファイティングポーズを向けている。
ただ、敵意をあらわにする彼らを見て、小野田は満足げに笑みを浮かべてみせるのだ。
「……さすがは本願寺さんが集めたチーム。まあ、そうやって嫌われるのは僕だって覚悟の上です……。けどね、おもちゃにしている、というのは否定しますよ。
仮にもこの日本警察を背負っている身です。伊達や酔狂で仮面ライダーの人事を決めたりはしません」
そこで右京は小野田を見ながら、冷静に尋ねるのだ。
「それでは、小野田官房長。貴方は何故、泊君を特命係へ送り込んだのですか?」
何の作為も、感情をこめない。純粋な真実を求める疑問を。
小野田はそれを聞き、意味深に口をゆっくりと弧にした。どこか、難題を前に右往左往している回答者を観察するゲームマスターのように。
「そこはほら、お前の好きな謎ということで。自分で回答を見つけて突きつけてきなさいよ。いつも通り、杉下右京らしくね」
そう言い残すと、小野田は踵を返して、ゆっくりと去っていく。
一歩一歩、確かな足取りの移動だったにもかかわらず、どこか、幽霊がいたように。彼の存在感はすぐに霧散してしまった。
小野田が去った後、追田たちが感じたのは、大きな疲労感。まるで怪物と相対した村人のように、命があったのがめっけもんというほどの感触。
「……あれが警察のトップかよ」
追田が思わず声を漏らす。
この日本の平和を背負って立つ、傑物。穏やかな物腰にもかかわらず、話しているだけで常にプレッシャーを感じさせてきた。
唯一人の例外は、杉下右京。
彼は何事もなかったように落ち着き払ったまま、椅子に座り込む面々を見回している。その姿は、形は違えども小野田と似通ったもので。右京さえも、一種の怪物と思わされてしまう。
追田は増々、右京がうさん臭く感じ始めた。あるいは、あの官房長と杉下右京が最初からグルなのではないか。そんな疑心が噴き出してくるが、
「私の調べでは、杉下警部と官房長の因縁は、とても長い。ですが、その一方、多くの事件で彼らは対立しています。この泊君の異動に関して、杉下右京も黒幕だということは、考えにくいでしょう」
本願寺が、そんな疑問を先に読んだ様に、追田と霧子に耳打ちする。
信頼する元上司の言葉であり、二人も本願寺の警察内部での情報収集能力もよく知っていた。その彼が言うのなら、確かなのだろう。
しかし、
(じゃあ、なんで官房長は、進ノ介を特命係なんぞに送ったんだ!)
追田と同様、全員が胸に抱いた疑問へと答えられるものはいなかった。
だが、それとは別に考えなくてはいけないのは、
『今、泊進ノ介を狙っているのは誰か』
という喫緊の課題。その件に関して、本願寺には、考えたくはないが、一つ消化しておきたい疑問があった。小野田がこの現場にわざわざ現れたということから、一つの想定がある。
「……杉下警部」
「はい?」
「……この事件、小野田官房長が糸を引いている可能性はありませんか?」
本願寺の言葉に、追田は慌てて尋ねた。
「か、課長さん!? そいつは、つまり、あれか?! あの小野田官房長が命じて、進ノ介の命を狙ったってことですか!?」
「……小野田官房長は機械生命体犯罪が表面化する前から、私に便宜を図ってくれた人間です。特状課を設立するため根回しを含め、積極的に支援をしてくれました」
その経緯だけを聞くと、小野田は仮面ライダー側だ。
「ですが、その一方で、彼は真影とも親交があった。彼を国家防衛局長官に推挙したのも、いや、そもそも国家防衛局の権限強化を働きかけたのは、誰ならぬ官房長です」
真影壮一。元参議院議員、元国家防衛局長官。
しかして、その正体はロイミュード001。記憶操作能力を駆使して、世間からロイミュードの存在を長く隠匿してきた強大な敵幹部であった男。
そんな彼と小野田の間には強い縁が存在した。利害の一致とも言っていい。小野田が望む警察組織改革と、001が望む警察組織内での立身出世。それが重なっていた。
真影が属した国家防衛局は元々、権限のない形骸化した組織であった。
警察庁、防衛省、外務省。日本において様々に分割された国家防衛機能を持つ部局の連携を確認し、適切な情報の伝達が為されるように鎹を務める。
そんな聞こえだけは良い、実質的には各省庁の天下り先として用意された組織。そんな場所に、各部局の縄張り争いを排除させることなんてできない。結果、その実態は例の新型ウィルスの検査のような、他がやりたがらない施策を細々と提言する日陰組織であった。
001も、出世の足掛けとしか思っていなかった国家防衛局。
「ですが、小野田官房長は、そこにこそ目を付けた」
小野田は長年、警察組織改革を目指してきた。その柱の一つが、公安警察、内閣情報調査室、防衛省、さらには法務省や外務省を巻き込んだ、日本のインテリジェンス機能を集約した組織。つまるところの日本版CIAを設立するというもの。
しかし、そうした組織を一から作り上げるのは不可能に近い。
だから、小野田は既にある国家防衛局の権限を拡大し、強大な組織へと変えようとした。建前上の目的であった各国家防衛機能の監督を実行可能な組織に改造していったのだ。
そして、小野田の狙い通り、国家防衛局は国家公安委員会すら超え、警察や防衛省へと絶大な影響を及ぼすようになる。そのトップへと真影は担ぎ上げられた。
「しかし、泊ちゃんたちの活躍によって、国家防衛局長官、真影がロイミュードであったことが判明。組織の腐敗が明らかとなり、にわかに権限集中に反対していた連中が息を吹き返した。
現在、国家防衛局は機能を停止、官房長の改革は停滞しています」
「つまり、小野田官房長の計画は、泊さんによって結果的に中断を余儀なくされたというわけですね……」
霧子が言うことは正しい。だからこそ、本願寺が疑っているのは、
「なるほど! 特命係へ送ったのは、その復讐!! 今回の事件も進ノ介の命を狙ったと!! おのれ、小野田官房長ー!! こうなったら!!!」
「……そんなことも思ってたんですがねえ」
「おぉお!??」
追田が気炎を吐きながら、病院にあるまじき叫びをあげるが、その意見は言い出しっぺの本願寺によって梯子を外されてしまった。
「なぁんて単純な陰謀論でしたら、話は簡単だったんです。けれど、さっきの官房長の様子を見ると、何かもっと深い狙いがあるみたいですし。……ちなみに、杉下君は私の意見、どう思います?」
「そうですねえ。僕も彼とは奇妙な縁で続いていますが、その考えのすべてを知っているわけではありません。ですが……」
そこで、右京は何か、遠い過去を思い浮かべるように目を閉じる。
「……僕から言えるのは、彼が目的のために人を殺めるような御仁ではないということ。そして、彼が動くときは、必ず彼なりに良かれと思っていることくらいでしょう。
個人的な恨みで泊君を陥れるような人物でしたら、おそらく、これほど長くは縁が続かなかったと思いますよ?」
いつもと変わらない、静かな言葉だった。
けれど、それを聞いた霧子も、本願寺も、追田達でさえも、おそらくそれは真実なのだろうと思わされた。変わらぬ調子であるのに、それこそ、十年できかない思いが込められているようで。
「……それを聞けただけでも、貴方と会った甲斐があったものです」
本願寺が、納得したように頷く。どうやら彼の中で小野田の復讐説は霧散したようである。ただ、そうなると、犯人の見当はつかず、やはり進ノ介に恨みを抱いている者を一つ一つ当たるしかない。
追田はパンっと頬を叩いて気合を入れると、
「やっぱり一から捜査するしかねえか! 進ノ介も頑張ったことだし、俺もやるっきゃねえな。嬢ちゃん、課長さん、何かあったらすぐ連絡するからよぉ!!」
そう言って、廊下を急いで駆けていく。
「全く、追田警部は相変わらずだね。ここ、病院だっていうのに」
「けど、あの元気の良さがあると、安心します。私だけだと、気分も落ち込んでしまいそうでした。……そろそろ、泊さんも病室へ入った頃でしょうから、移動しましょう」
そんな霧子の音頭に従って、一行は移動を開始する。長く続いた緊張がようやくと解けた、穏やかな時間の流れ。しかし、それは長く続くことはなかった。
ドオォン!!
耳をつんざくほどの轟音。それが響いたと共に、病院全体が振動に襲われたのだ。安眠を許さないと、そう告げる鐘の音。刑事として、その音が何かを聞き違えるほど耄碌していない。
だからこそ、霧子と右京は血相を変えて階段を猛烈な勢いで駆け降りた。一刻も早く現場へと向かうために。三階、四階と階を下り。エントランスホールへ。そして、夜中にふさわしくない煌々とした外へと飛び出す。
病院の駐車場。そこに光源は存在した。
それは霧子にとっても見覚えがある、覆面パトカーだった。その持ち主も。先ほどまで、共に悲しみを分かち合っていた大切な仲間。
「そんな……」
追田警部の車が無残な姿で燃え盛っていた。
その姿を見届けて、右京は憤りを我慢するように、体を震わせるのであった。
「ふふふーん、ふふふーん、ふふふふふーん」
暗い室内に明るい鼻歌が流れていく。クリスマスソング。幼いころからの夢を、そのままに残したような、無邪気な歌。それを鳴らしながら、人影はゆっくりと作業を続けていた。
少し皺が混じった手の先へと、小さな刷毛を滑らせて。一撫で、二撫で。そうすることで、元の通り、綺麗なピンク色の爪が戻ってきた。
細かい作業をこなすと、爪先が傷ついていけない。まだまだ、そんなことには慣れていないのなら猶更だ。けれど、そうして苦労しながら作ることにこそ、意味がある。
今日は素敵なクリスマスイブ。
心を込めたプレゼントを贈らないといけない。
「……仮面ライダーさんは、受け取ってくれたかしら」
闇の中、不気味なほどに静かな声が木霊した。
※
国家防衛局に関するあれこれは筆者の独自設定となります。現実には存在しない国家防衛局という組織の実態を想像して、相棒世界でも流用できるように考えました。