泊進ノ介が何者かに襲撃された。
その一報に世間が震撼する中、元特状課の面々や捜査一課、そして右京が動き出し、捜査を開始する。そして、幸いにも進ノ介は一命をとりとめるが……。
追田警部の車が、突如として爆破されるのだった。
だって、ヒーローは皆を救ってくれる存在でしょう?
ピンチの時に颯爽と現れて、人々を救って笑顔にする。それが、ヒーロー。
けれど、彼は違いました。たとえ、多くの人を救って、誰もが彼をヒーローだと認めても。彼は決して、私を救ってはくれなかったのだから。
それどころか、彼は私の大切なものを、根こそぎ奪っていったのです。
恨まずには、いられませんでした。
相棒 episode Drive
第十話「機械人形への鎮魂歌 II」
明けた日中、杉下右京は東映会病院の駐車場で、鑑識作業を見守っていた。
「……まさか、こんなことになるとは。いやはや、なんというクリスマスでしょう」
米沢がつぶやき、見つめる先は黒焦げになった追田の車。原型が分からぬほどにフレームが歪み、中に乗った人など、肉片となってバラバラになってしまう。あの車を襲ったのは、それほどの規模の爆発だった。
だから、
「貴方は随分と運がいいようですねえ、追田警部」
「そいつはあれか!? 俺が巻き込まれた方がいいってことか!? 杉下ァ!!?」
「もちろん、そんなことは言っていませんよ」
耳元の大声に、右京がほほ笑みを返した。彼の隣には、頬に大きな絆創膏を張り付けた追田が立ち、不機嫌な顔で変わり果てた愛車を見つめている。あれだけの爆発に巻き込まれたにもかかわらず、奇跡的な生還。どころか、ほとんど無傷であった。
「俺の便意が危機を知らせてくれたんだ! これも日ごろの行いだな!」
昨夜、爆発の直前。
エンジンをかけて、いざ出発しようとした追田を、急な腹痛が襲ったのだ。これは敵わないと慌てて外へと飛び出し、病院のトイレへと駈け込もうとした彼。直後、凄まじい爆風が背後を襲うも、間一髪、爆破範囲から逃れることに成功し、かすり傷程度で済んだのである。
ただ、追田警部が無事であったことは喜ばしいが、進ノ介の事件との関連を考えると、決して楽観視はできない事態。何故なら、
「泊君が狙撃され、直後に彼が搬送された病院前で追田警部の車が爆破された。……犯人の狙いは明白です」
「俺たち、元特状課か……」
追田が小さくつぶやく。
だが、機械生命体は、特状課が戦ってきた敵は存在しないはずなのに、誰が彼らを狙っているのか。その姿かたちは見えていなかった。
その答えは、意外な形で知らされることになるのだが……。そのことを、まだ右京ですら、知ることはできなかった。
「元特状課が狙われているというのは、本当か!?」
場所は警視庁。その大会議室に、中園参事官の大声が響き渡る。
彼は薄い頭が光り輝くほどに汗をかき、それをぬぐいながら、伊丹の報告を聞いていた。
「特命係の泊が襲撃された直後に、今度は一課の追田警部が狙われました。どう考えても両者の繋がりは明らかです。……犯人の狙いは元特状課と見て、間違いありません」
「なので、我々は機械生命体事件の関係者を当たっています。特に、特状課が解散する直前に壊滅させた、新興武装勢力、通称ネオシェード。その残党が目立った活動をしているとの情報も。
他にも、真影や仁良のシンパ。事件後に処分を受けた警察、自衛隊関係者もしらみつぶしに」
芹沢が伊丹の説明を捕捉しつつ、分厚いリストを机に叩きつける。
すべてが容疑者。
合計百八体の機械生命体。その事件関係者というだけでも膨大なのに、そこにロイミュードに協力していた汚職警官や汚職官僚、それに加えて暴力至上主義の武装組織まで含まれるのだ。猫の手がいくらあっても、捜査には時間がかかると思われた。
だが、
「……今は特命係でも、泊は仮面ライダー。ここにいる俺たち全員が、奴に大きな借りがある。
この事件は俺たち警察への挑戦です!! ぜってえ、ホシを上げるぞ。これ以上、好き勝手にはさせねえ!!!」
「「「おおおおお!!」」」
伊丹の号令に倣い、会議室中の警察官が気合の怒号を上げる。彼らは一人残らず、かつて仮面ライダーによって守られ、命を救われた者だった。特命係に異動したとはいえ、泊進ノ介には未だ仲間意識を抱いている。そして、返さなければならない恩も。
刑事たちの今回の事件にかける思いは人並み外れたものがあった。
「犯人は、俺たちの誇りを傷つけた。絶対に目にもの見せてやります」
「あ、ああ! いい心がけだ! 各員、大いに奮起してくれ!!
……ところで、件の泊はどうした? 奴の容態に何かあると、だな。非常にまずいことになるのだが」
そんな熱意溢れる捜査員に合わせるように、少し、威勢のいいことを言って。大声を一転、中園は神経質そうな細い声で問いかける。
彼にとっての心配事は、犯人逮捕もそうだが、まず、世間の英雄たる仮面ライダーの安否。泊進ノ介の身に何かが起こった時、会見の場で国民全員に頭を下げ、薄い頭髪を見せつけなくてはいけないのは、他ならぬ中園自身なのだから。何よりも、進ノ介にもしものことが無いよう気を張り詰めていた。
「本来なら病院を変えるべきでしょうが、主治医によると絶対安静ということで。今、うちの詩島を含めて、三人の刑事が警護しています。それと、幸いにも容体は安定しており、意識が戻れば回復はすぐと」
その質問には三浦が答える。そして、それを聞いた途端、中園は安堵の声を漏らした。
「そうか! それは良かった! ……いや、だが三人では足りない気がするな! 五人、いや、十人体制で警護をするぞ!! 他の元特状課メンバーにも、警護を付けろ!!」
その極端な物言いに伊丹は文句を付けたくなる。
そこまで進ノ介の安全を重要視するのなら、何故、よりにもよって安全とは地ほども離れた特命係なんぞに異動させたのか。十人体制で警護される特命係など聞いたことがない。
実際に、かつて杉下右京が狙撃された時は、捜査はしつつも、碌な警護もつかなかったのだから。いまさら文句をつけても意味はないので、それは心の奥にしまっておくことにするが、不満はたまる。
そんな時、刑事たちの様子を冷静に見つめていた現刑事部長である甲斐峯秋が、満を持して立ち上がった。
「伊丹刑事」
「はっ!」
「君が要請していた公安部の情報だが、何とかこちらにも下ろしてくれるそうだ」
「ほ、本当ですか!? 刑事部長!!」
伊丹は喜色に顔を緩める。今までは公安に吸い上げられた情報が、捜査一課に与えられることは、ほとんど無かった。内村前刑事部長も、忌々しく思いながら、公安の秘密主義には踏み込めなかったのである。
だが、この甲斐峯秋はそれをこともなげに成し遂げたという。密かに聞く彼と小野田官房長との密接な関係が影響したに違いない。そうしたパワーゲームに関与したくはないが、伊丹達、現場警官にとって峯秋の力量は期待以上のものだった。
色めき立つ捜査陣に、峯秋は固い声色で続ける。
「しかしだね、各々の声明文は表面的な物であり、泊巡査襲撃に単に便乗した物だと公安は考えているようだ。……おそらく、君たちの地に足付けた捜査こそが事件解決の糸口になるはずだろう」
峯秋はそこで、全捜査員を見回しながら、
「今回狙われた泊巡査は仮面ライダー。日本を、世界を救った英雄だ。彼の身が脅かされことで、国民が抱く不安はあまりにも大きい。
何より、一刻も早くの解決が望まれる。……私などが言わなくとも、君たちは既に分かっているだろう。
今こそ、日本警察が力を見せる時。粉骨砕身し、事件解決へ臨んでくれ」
穏やかでありつつも、刑事たちの誇りをくすぐる言葉を告げる。
返ってくる、部屋を震わせるほどの鬨の声。それを頼もしく聞きながらも、峯秋にはこの事件が易々と解決する類とは思えない、そんな不吉な予感がしてならなかった。
所は右京と追田の元へと戻る。彼らは現場鑑識を続けていた米沢から事件の情報を得ていた。米沢は深夜から続く鑑識作業に疲労の色を濃くしながらも、ファンであると公言する仮面ライダーが襲われた事件へと、全神経を集中している。
身体の汚れも何のそのという様子。右京達に見せてくれた手元の書類には、事細かに現場の状況が書き込まれていた。
「まず、泊さんの事件ですが。現場からはめぼしい証拠は見つかりませんでした。詩島刑事の見立て通り、射線方向のマンションから狙撃されたとみられますが、薬きょう、指紋、ゲソ痕はなし」
「狙撃地点から泊君までの距離は、如何ほどでしたか?」
「おおよそ四百メートル。地面にめり込んでいた銃弾からライフルが使用されたと思われます。暗闇で正確に泊さんを撃ちぬいていることから、高性能。軍用のものかもしれません」
「そんなもん、よく犯人は手に入れたな……」
追田がつぶやく。日本にいる限り、狙撃の機会という物は一部を除いてなく、管理は厳しく行われている。まして競技用はともかく、軍用の狙撃ライフルを入手する手段は極めて少ない。それを用いたことからも、犯人の計画性や組織立ったバックボーンが追田の脳裏をよぎった。
米沢は話を続ける。
「一方で、追田警部の車からは、いくつか証拠が発見できています」
そう言って、米沢はトレイに載せられた物を、二人へと見せる。黒く、炭塗れになった、ひしゃげたパイプ。水道管にでも用いられそうなそれから、不釣り合いなワイヤーが伸びている。二人はそれを覗き込みながら、声を漏らす。
「なるほど、パイプ爆弾ですね?」
「これが燃料タンクの下に取り付けられていました。爆発の規模と痕跡から、パイプにはかなりの火薬が充填されていたと見られます」
「確か、パイプ爆弾ってえのは、簡単に作れる爆弾だったよな?」
「はい、その通り。単純なつくりで、威力抜群。調べれば製造方法もネットで簡単に手に入ると、この手の過激派が好むものです。
古くは日本の学生運動から、最近でもテロに使用されたことで有名。今回はガソリンに引火したことで爆発の規模も増大したわけですから。いやはや、追田警部は、本当に運が良かったと、鑑識の私からは思えてなりません」
一方で、そんな二人のやり取りには関与せず、黒焦げの車を見つめて思案顔をしていた右京。彼は人差し指を立てながら、米沢へと尋ねる。
「米沢さん、起爆方法は何だったのでしょう」
爆弾の起爆方法には、リモコンによる遠隔操作、時限式、圧力、熱源感知。様々な方法がある。そして、そのいずれで行われたかによって、犯人像は変わってくることが知られていた。米沢はその言葉に、熱でひしゃげた部品を指さしながら答えた。
「詳しくは科捜研の鑑定待ちですが……。おそらくはこのタイマーを用いた時限式でしょう。スイッチを入れたら、一定時間後に爆発」
「ということは、犯人は爆発の直前に車に接触したことになりますねえ 。追田警部が病院から出る様子を見せてから、爆弾を仕掛けたわけですから。リスクを恐れない大胆な犯行、ともいえます」
「そこは犯人も致し方ないところがあったのでしょう。
リモコンによる遠隔操作は、こうした場では誤作動を起こしやすいものです。携帯、医療機器、車のキー。様々な周波数の電波が飛ぶため、誤作動を起こしやすい。また、圧力や熱源感知は単純に取り扱いが難しい方法ですから……」
「……なるほど」
右京はその説明を聞きながら、思慮深く頷きを返した。どこか、腑に落ちないことがある。そう目が訴えている。
一方、追田の中では、手口から犯人像が形作られていく。素人が思い付きで行う犯罪ではない。銃の入手、爆弾製造。いずれも綿密な準備とまとまった資金が必要な手口。
なので、
「狙撃スキルに、爆弾製造。……こうなると過激派の関与が濃厚だな?」
「ええ、捜査本部も組織だったバックボーンを持つ人物が実行犯であると睨み、過激派組織を集中的に捜査しているようです」
追田が腕組み、唸り声を上げる。彼の脳裏には、ネオシェード。進ノ介と共にリーダーを逮捕した過激派組織が浮かんでいた。
だが、右京はそんな考えに対して、わずかに首を傾けながら小さく考えを零していく。それは意外にも、疑問の声であった。
「おや、杉下警部は何か疑問が?」
「……仮に犯人が何らかの組織であった場合、犯人は一体何の目的であなた方を狙ったのでしょうねえ」
「それは……、ある種のデモンストレーションということではないでしょうか? なにせ仮面ライダーの知名度は随一です。組織の存在感を喧伝するには、良い方法だと思いますが」
「業腹だが、仮面ライダーを打ち取った! なんて奴は、一目も二目も置かれるだろうしな」
こうした過激派組織は一も二もなく、名声を欲しがるものだ。そうすれば、裏社会からの支援を得られ、政治的目的を喧伝する機会にも恵まれるのだから。
しかし、右京は、その回答こそがおかしいと考える。
「ですが、それでは犯人の行動に納得がいかないのですよ」
「……そいつは、一体どういうことだ?」
追田が問うと、右京は追田を手で示す。
「問題は、追田警部、貴方です。
失礼ながら、仮面ライダー、泊君はともかく、追田警部は一刑事。既に仮面ライダーを襲った後に、せっかく作った爆弾を使用するには、いささか以上に格が落ちるとは思いませんか?」
「おぉ!? すげえ物言いだな! って、まあ、実際に言われてみればその通りだが」
追田は右京の物言いに、道理は通ると頷きを返す。
特状課を調べれば、連絡員として追田の名前を知ることができる。しかしながら、その一般的知名度が進ノ介ほどに知られているかといえば、そんなことはなく。世間では追田の名前を聞いても『誰ですか?』という声の方が大きい。
仮に知名度欲しさの犯人たちが、特状課全員を狙うとしたら、最も効果的なのは
1.特状課関係者を狙う
2.警察が監視網を強める
3.その隙を縫って進ノ介を狙う
という方法だ。
「いうなれば、泊君はメインディッシュ。
例えば追田警部、詩島刑事、西城さんという順番に、徐々にターゲットの知名度を上げていく。そして、満を持して泊君を。そういうシナリオでしたら、世間へ最大のインパクトを与えることができるでしょう」
「そんな上手くはいくはずはねえが、達成したなら、犯人の知名度はとんでもないことになるな」
「ええ。ですが、今回の事件に関してはメインディッシュの泊君襲撃には成功した。最も、泊君の命は奪えなかったのですから半分成功というところ。そこで、この犯人は次に泊君を狙い直すのではなく、いわば刺身のツマを狙ったのです。
知名度を上げて、次なる活動を行おうとする過激派にしては、いささか疑問が残る方法ですよ」
「……ツマって言い方は今は許してやるが。てえことは、犯人は単純な混乱狙いの過激派じゃねえってことか?」
追田の問いかけに、右京は一転、微笑みを浮かべて、首を横に振る。
「それはまだ……。あくまで、僕の想像です。証拠が示しているのは、そうした専門的なスキルを持っている人間が関わっていること、それのみ。今の段階で動機について考えを巡らせても、机上の空論としか言いようがありません。
ですが、犯人には特状課を狙う個人的な動機があったのではないか。そして、何より、まだ犯行は始まったばかりではないか。僕にはそう思えてならないのですよ」
そんな右京の不吉な言葉に、追田と米沢は押し黙ってしまう。
しかし、そんな重苦しい空気を霧散させたのも右京。彼は先ほどの自分の発言をすっかり忘れたような調子で、米沢へと向き直ると、勢いよく話し始める。
「ああ、そうでした! 米沢さん、こちらの作業が終わりましたら、大至急調べていただきたいことがあるのですが!」
「は、はあ。もちろん、必要でしたら行いますが。……それは、いったい何についてでしょうか?」
尋ねる声に、右京は目を細めながら微笑みを浮かべるのだ。
「実は僕、ずっと気になっていたことがあるのですよ……」
そして右京が米沢たちと共に向かったのは、警視庁であった。もっと言えば、その応接室。今、その部屋は複数の警官によって固められていた。中にいるのは、そんな護衛とは、しばらく前まで無縁だった人物。
彼は右京達が部屋へと入ると、にわかに顔を輝かせて歓待した。
「西城さん、少し、よろしいでしょうか?」
「少しと言わず、何時間でもいていいよ! この部屋、ほんと息が詰まるんだ。護衛の警察の人たちも、一言も返してくれないし」
究がパイプ椅子に座ったまま、疲れた表情をしている。
それも無理はない。昨日、進ノ介が襲撃されたのち、民間人でありながら特状課に協力していた究は最大の警護対象である。それならもう少し良い隠れ家を提供してもよさそうだが、安全な場所が用意できるまで待機しているのが現状。
彼は寝ることも許されず、この応接室へと閉じ込められていた。
だから、尋ねて来た顔見知りは、少しでも安心感を与えてくれる存在。一方で、追田らはこのタイミングで究のもとを訪れた右京の意図が分からない。
「……で、杉下よぉ。究太郎に何の用があるってんだ?」
「ええ、わざわざお疲れの西城閣下の元へ。というからには、何か緊急の要件があると推察いたしますが」
「もちろん。……西城さん、こちらの場所に見覚えはありますか?」
そう言いながら、右京は究へと一枚の写真を手渡した。それは噴水があるイルミネーションが綺麗な広場だ。しかし、それを見せられた究はといえば、首をかしげる。
「いや? 僕は見たことがないけれど?」
「それはおかしいですねえ。こちらは泊君が狙撃された場所になります。詩島刑事の話によると、彼女との待ち合わせ場所にと、西城さんから提案されたそうですよ?」
右京の訝し気な視線に、追田と米沢は目をむいた。
「おいおい! まさか、究太郎を疑ってんじゃねえだろうな?」
「そうですとも! 他の誰が関わっていようと、西城閣下のはずがありません」
二人とも友人や尊敬する人物が犯罪にかかわっているなど、露ほども疑っていない。だが、右京は穏やかな微笑みを二人へと向けて、究へとさらに尋ねるのだ。
「まあまあ、お二人とも少し話を聞いてください。
先ほど米沢さんに見せていただいた、泊君のメール履歴。それを見ると、確かに、西城さんから泊君へと、レストランのペアチケット、そして待ち合わせ場所の提案が送られています。
ですが、西城さんにはこれらの場所に見覚えはない。それは確かですね?」
「……う、うん。僕からは送ってないよ」
その答えに、右京は満足げに頷き、究へと携帯電話の提出を求めた。そして、それを米沢の前に置く。
「米沢さん」
「は、はい」
「西城さんの携帯にウィルスが混入していると思われます。確認をお願いします」
「ウィルス、ですと?」
「ええ、遠隔操作が可能になっているはずですよ? そして、その操作場所を、サイバー犯罪対策課の助けがあれば特定できるかもしれません」
米沢は右京の言葉を理解したとたん、自前のパソコンを起動し、究のスマホと接続する。そして、数分の後、驚きの声と共に立ち上がるのだ。
「確かに! 杉下警部の仰る通り、閣下のスマホに遠隔操作された形跡があります!」
「……この間の炎上騒ぎが終わってないのに、今度はスマホ!? なんで僕がこんな目に!? 踏んだり蹴ったりじゃないか!!?」
究からすればひっきりなしにトラブルに見舞われたのだ、恨み言の一つでも言いたくなるだろう。だが、この遠隔操作ウィルスの存在は手掛かりにもなる。なぜなら、
「……なるほどな、狙撃場所か」
「ええ、追田警部のおっしゃる通り。狙撃というのは基本的に待ち伏せをしなければなりません。まして、この日本でライフルを隠し持ちながら移動するというのは難しいでしょう。
当然、狙撃犯は泊君の動向を把握しておく必要があった。もっと言えば、狙撃が可能な場所へと彼を誘導する必要があった」
「だが、このクリスマス。街中は人で大混雑だ。……進ノ介一人を狙うのは難しい」
その点で進ノ介が狙撃された場所は開けており、人通りもそこまで多くなく、それでいて、狙撃ができる高層マンションも存在した。
狙撃場所としては理想の地点。
「泊君がそのような場所にいたことが、ただの偶然ではないと思えましたから。
おそらく、犯人は西城さんのスマートフォンをハッキングし、偽のメールを泊君へと送ったのでしょう。仲間からの親切な申し出。泊君ならば、無碍にするはずがありませんから」
それに進ノ介の誘導に究を使うという手は、合理的でもある。
究は他の特状課メンバーと違い、広く交流をもった人物で、ネットを介した工作を行いやすい。さらに仕事柄メールを多用するため、偽メールの発覚を遅らせることもできた。
「ということで、米沢さん」
「はい! 至急、このウィルスの解析を要請します!」
「……ほんと、変なところに目が届くやつだな」
追田の嫌味を交えた称賛に、右京は微かな微笑みのみで応える。そんな時だった。追田の携帯に着信が入る。その差出人は、
「嬢ちゃんだ……!
……ああ、俺だ。進ノ介になにか、ああ、そうか。……そうか」
短いやり取り。追田はそれきり、通話を切ると。顔を俯かせたまま、押し黙り、体を細かく震わせる。
「追田警部……、まさか……」
「そんな、泊さんに限って……!」
「……」
残された三人はそんな追田の様子に言葉を失くし、
「進ノ介の……、意識が戻ったぞぉおおおおおおお!!!!」
耳をつんざく大声に一斉に耳をふさいだ。
よっしゃよっしゃと、奇妙な踊りを繰り広げる追田。ドジョウ踊りか、盆踊りか。騒音を聞いて、懐に手を入れたSPがドアを蹴破ってやってきたりと、騒々しい事この上ない。
ともかくとして、そのガラガラ声が言うには、進ノ介の容態が安定したという報告。三人にとっても朗報である。とはいっても、
「……ほんと、溜める必要あったかなぁ」
「み、耳が……」
右京は何も言わなかったが、少しだけ追田を見る目に冷たいものが混じっていた。
そのころ、どこかと知れぬ暗い場所。
「……そう、そう。……分かりました。約束通り、あれを流してください」
大量の爆弾に囲まれた部屋で、冷たい声が響く。
声の主はマニキュアに彩られた手からスマホを下ろすと、憤りと共に、壁へと力強く叩きつけた。
眩しさと、のどの渇きと。そして、どこか安心する温もり。それが、進ノ介が目を覚まして感じたものだった。
「……泊さん?」
ボンヤリとした視界の中、目の前に霧子がいる。少しだけ涙にぬれながらも、笑顔で自分の手をしっかりと握りしめて。
何が起きたのかを思い返していこうとして、それでも記憶に靄がかかったように理解はできず。
ただ、そんな自分の近況を把握したいという危機感より、霧子という女性は、何より笑顔が似合って、そこが大好きだなんて、呆けたことを考えてしまった。
「……やっぱり、お前は笑顔が一番だな」
「! ……もうっ、こんな時に何言ってるんですか!!」
もしかしたら、死んでいたかもしれない男の生還第一声にしては、どこまでも呑気な言葉。けれど、それを聞けたことが何よりうれしくて。
霧子と進ノ介が他の警護人の存在に気が付き、顔を赤面させるまでの数分間で何をしていたのかなどは、語らないのが吉であろう。
シチュエーションは彼が考えていたものと大きくは異なっているが、心を伝えるという点で、進ノ介のクリスマスは悪くない結末を迎えた。
その後、進ノ介が自身の狙撃等の衝撃的な情報を認識してから、怒涛の勢いで客が訪れた。捜査を担当する捜査一課からは三浦、古巣である特殊班からも吉岡班長。
事情聴取を兼ねた見舞いが終わったタイミングで、本願寺がやってきて、その後ろから涙ながらに追田と究が突入してきて、嵐のように去っていく。
そのたび、扉の向こうからこそこそと伺うような伊丹の顔が見え隠れするのは、幻覚か何かだろう。
最後に、
「……ご無事で何よりです」
「……杉下さんも来てくれたんですね。ご心配をおかけしました」
右京が何時もより、一ミリほど親しみを増した調子で部屋へとやってくる。いつもと同じ、能面みたいだけれども、どこか安心を感じる顔だ。
「……あの、いきなりですけど捜査状況ってどうなっているんですか? 三浦係長や吉岡班長はあまり、詳しいことを教えてくれませんでしたから」
進ノ介は椅子に座った右京へと尋ねた。
まだ進ノ介は意識を回復させたばかり。何にもまして安静が必要で、面会時間は残り僅か。だが、それでも、進ノ介は刑事として事件状況を知りたがった。
何せ、被害者は自分自身なのだから。知りたいという気持ちを止めることはできない。
右京は進ノ介へと穏やかに話し始める。
「君を撃った狙撃犯に関しては、目立った証拠が見つかっていません。追田警部も狙われたことに関しては?」
「……聞いています。てことは、特状課が狙いですよね」
「ええ、捜査本部はその線で動いているようですね。特に、君が壊滅に貢献した新興武装勢力ネオシェードを睨んでいるとか。
おそらく、西城さんへのサイバー攻撃といい、念入りに計画された犯行に間違いはないでしょう。君には、何か心当たりは?」
言われて、進ノ介は考える。
ロイミュードはもういない。けれど、自分たちに恨みを抱いている人間といえば、いくらでも思い浮かんでしまう。刑事として逮捕した犯人。テロ組織を相手したこともある。仮面ライダーの活動の中ではロイミュードを倒す以外に、事件に関与した人間も山ほど逮捕した。
こうした事態に巻き込まれると、つくづく刑事という仕事は因果なものだと痛感させられる。だから、進ノ介は少し俯きがちに答えた。
「……心当たりは、ありすぎます」
「そうでしょう。……では、一つ。僕には気になることがあるのですが」
「なんですか?」
言うと、右京は少しだけ、顔を近づけてくる。きっと、それは右京が事件関係者へと普段から向けている視線に、違いはないだろう。間近で見ると、不思議な純粋さがあり、それでいて一欠けらも見逃す物がないような冷徹な色。
右京はその視線を向けたまま、静かに言う。
「犯人の射線を再現した結果と詩島刑事の証言から、犯人は君の胸、つまり心臓の当たりを狙っていたようです。そして、運よく君が進路を変更しなければ、命は危なかったと。それ自体は幸いなことですが、君の進路変更が僕には気になります。
……君は、何かを見たのではありませんか? それが君の進路を変えたのでは、と。僕は思うのですが」
瞬間、進ノ介の脳裏にフラッシュバックしたのは、夜の公園の姿だった。綺麗にライトアップされ、噴水が雰囲気を作っている待ち合わせ場所。そこで通りの向こうから歩いてくる霧子を見つけて……。
噴水の近くに、小さな姿を見た。
小さなミニカーのような形で、明るい二つのヘッドランプ。それは――。
「……昔の仲間を見た気がしたんです。もう会えないはずの仲間に」
「ということは、不審な人物ではなかったということですね?」
「……人でも、ありませんから」
だが、それは正しく幻覚のはずだ。彼らはベルトさん、クリム・スタインベルトと共に、いつかの未来まで地下深くで眠っているのだから。
右京は進ノ介の言葉に、何かを感じ取ったのか。それ以上に深く追求することはなかった。
少ししんみりとした気分になったのが原因か、進ノ介は途端に疲れを感じ始める。と、同時に、扉を開けて白衣の男性がやってきた。
「杉下さん、でしたっけ? 泊さんは未だ安静にしなければいけません。今日はこれくらいで、お願いします」
手術を担当した両島医師だ。進ノ介も自分の容態を聞かされた時に挨拶を交わしている。進ノ介にとっては正しく命の恩人でもあった人物。クリスマスにも関わらず、こうして病院勤めというのは、刑事に言えたことではないが仕事熱心だ。
そんな医師の言葉に、右京は素直に従って席を立った。この病院という舞台では、医師の判断こそが何よりも優先される。そうして進ノ介も右京へ挨拶をして。疲れた頭を夢の世界へと戻そうとした。その時だった。
「今すぐにテレビを付けろ!!!」
ドアを叩き割るような勢いで、伊丹が進ノ介の安静を妨害してきた。彼は看護師を引きずりながら病室にやってくると、呆然とする右京と進ノ介、そして血相を変えて後を追ってきた霧子を無視しながら、備え付けのテレビのリモコンを操作する。
目まぐるしく移り変わるチャンネル。
そして、そのどれもに黒い服を着た女性が映っていた。綺麗に顔を化粧して、爪には薄くピンクのマニキュアまで施して。けれども沈鬱にやつれた女性。彼女が纏うのが喪服だ、と進ノ介の疲れた頭でもわかる。
その手には不釣り合いなライフル銃が握りしめられて。
奇怪な服装の女性が、画面に大写しとなっていた。
「……ついさっき、地上波の各局に送られてきたそうだ。この女に見覚えは?」
重苦しく言う伊丹の目は進ノ介に向かっている。だが、あいにくと進ノ介にはテレビの女性に見覚えはなく、自分に関係があるとも思えなかった。
だが、テレビの音声は進ノ介の混乱を置いて、次々に事態を動かしていく。
『驚くべきことに、このライフルを所持した女性が泊進ノ介巡査の襲撃犯だと告白しているのです』
隣で霧子が息をのむ音が聞こえた。
『泊巡査の襲撃時の映像と共に公開された声明には、衝撃の動機が述べられていました!』
人の興味を呼び起こそうと騒ぎ立てる無責任なアナウンサーの言葉。それが遠くから聞こえる。
それに続いて、画面から穏やかな声が流れ始めた。
『……私は、吹原かおりと言います。
どの政治団体にも、テロ組織にも属していない一日本人です。そして、少し前までは。平凡な、ただの母親でした……』
優しい声だった。
『私が、昨晩、泊進ノ介を襲撃しました。彼の仲間であった刑事さんを殺そうとしました』
平凡な声だった。
『私の行動は、皆さんに決して理解はされないでしょう。ですが、私には他に方法はありませんでした。息子を愛した母親として、息子を殺された復讐をしなければいけないと。報復しなければいけないと……!!』
激情に駆られた声だった。
そして、その声のまま、彼女は一枚の写真を取り出す。快活で少し勝気な青年の写真を。
『息子の健輔です。彼は一年前、交通事故で死にました。ですが、半年後、私のもとへと帰ってきたのです。機械生命体の体を手に入れて……!!』
言葉の意味を、病室の誰もが理解はできなかった。
あまりにも突拍子で。あまりにも不可解で。けれど、どこか進ノ介には納得できる気持ちだけが、先行して心をえぐっていく。
『決して彼は犯罪を犯しませんでした! それどころか、やさしく、私を愛し、家族として傍にいてくれたのです!! 機械の体でも、心はまさしく人間のままでした……!!』
だが、その息子は、もうこの世にいない。なぜなら、彼は壊されたから。殺されたから。
『……彼はロイミュードだった。たった、それだけの理由で仮面ライダーに殺されたんです!!!』
女性は涙を流し始める。
温かく、他人の血が通った涙を。その、進ノ介が守りたかった命を燃やすように、仮面ライダーへの呪いを振りまいていく。
『……分かってます! みんなは私を理解してくれない!! 彼らを悪魔と呼ぶ!! 私の息子を機械となじるでしょう!!』
だが、それでも、彼女にとっては、
『私にとっては、泊進ノ介こそが悪魔です!! 心ある存在を、無慈悲に葬り去って、罪も償わずにのうのうと生きている!!』
だから、彼女は引き金を引いた。
『私は、彼を許すことはできません。世間がいかに英雄とたたえても、彼は、仮面ライダーはただの人殺しです!!』
それこそが、この事件の動機。
そして、今の進ノ介には……。慟哭する彼女へとかける言葉を見つけることができなかった。
こういう深刻なテーマも、相棒らしい、と思っています。