相棒 episode Drive   作:カサノリ

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ここまでの状況のまとめ

泊進ノ介が何者かに襲撃された。幸いにも進ノ介は一命をとりとめるが、立て続けに病院にて追田警部の車が爆破される。かつての特状課を狙った犯行が疑われる中、犯行を行ったと告白する女性の声明が公開されるが……。

その女性は息子になったロイミュードの復讐のため、進ノ介を狙ったと語るのだった。



吹原かおり
:犯行を自白した女性。動機として、死亡した息子をコピーしたロイミュードを仮面ライダーが倒した復讐だと語っている。

両島医師
:進ノ介の執刀医。


第十話「機械人形への鎮魂歌 III」

 息子が生まれた時、私は天使を見たと思いました。

 

 なめらかな珠の肌。私を見つめる輝く瞳。髪なんて、何もつけていないのに絹のようで。

 

 こんな天使が私の胎の中から現れ出でたなんて。神様はこの世におわすと、心から祈りを捧げるほど。私はこの世の奇跡と不思議に打ちのめされていました。

 

 この先にどんな困難が待っていようとも、この子への愛情を忘れることはないと。

 

 けれど、どうしてでしょうね。

 

 どうして、私達は幸せになれなかったのでしょう。

 

 

 

 相棒 episode Drive

 

 第十話「機械人形への鎮魂歌 III」

 

 

 

 息子の命を奪った仮面ライダーへの復讐。それも、ロイミュードとなって戻ってきたという息子の。そのために仮面ライダー、泊進ノ介の命を狙った。

 

 そんな全国を震撼させた襲撃犯の告白が流れ、数日が経過した。

 

 感情的な、激情的な、そして衝撃的な糾弾と罪の暴露。正義の味方として誰もが疑わない仮面ライダーを、機械生命体の『命』を奪ったと訴える『被害者遺族』を名乗る女性。

 

 しかし、そのセンセーショナルな動機が、世間の同情や共感を呼ぶことはなかった。

 

『どう考えても逆恨みでしょ? あの機械が息子とか、おかしいんじゃないですか?』

 

『逮捕された時に精神鑑定に持ち込みたいとか、そういうのが透けて見えるんだよね』

 

『私が思うに、彼女も被害者ですよ。ロイミュードに洗脳されて、まだそれが抜けていないんです』

 

『機械生命体がコピーするのって悪人なんでしょ? じゃあ、その息子だって碌なもんじゃありませんって』

 

 街行く人に尋ねてみると、返ってくるのは呆れた顔や怒りの声。とあるテレビ番組が面白半分にアンケートを取った結果では、犯人の動機を支持するという意見は、数パーセントにも満たなかった。

 

 それは奇しくも、吹原かおりと名乗った女性が語った通りに。

 

 無理もない。機械生命体事件の終結から、まだ半年も経っていない。事件の被害者である国民の多くは、仮面ライダーを支持こそすれ、自らに被害を及ぼした機械生命体へと同情や理解を寄せようとはしなかった。

 

 彼らはただの道具だったにも拘わらず、人間に反旗を翻した存在。法律上ですら、彼等は『器物』として扱われる。駆除すべき危険物だと。機械生命体はその呼び名と異なり、命として認められていない。

 

 だから、彼女の告白を真剣に取り合おうとする人間は、ごく一部の人間以外になかったのである。

 

 そう、彼ら以外には。

 

 

 

 年明けを控え、多くの場所で仕事納めが進んでいる世間。だが、一部の業種には年末年始の区別がなく、むしろ、その期間こそが重要となるもの。

 

 例えば、警察官。年末年始ですら、警戒のために仕事に取り組まなければならない。

 

 例えば、議員。休暇という名前の各地の支持者への行脚、新年の挨拶、テレビの討論番組。

 

 そして今、そんな休みなき人々の重鎮が、顔を突き合わせている。

 

 都内某所の豪奢な応接室。緋色のカーペットに、壁には穏やかな絵画、その中央に置かれた二脚の椅子に座る男女が、紅茶に舌鼓をうっていた。

 

 その片方である小野田公顕は変わらぬ読めない表情で。

 

 対する女性は怪しい微笑を浮かべながら、細長い足を組み替え、蛇のように紅茶を喉奥に運んでいく。

 

 そして、二人に挟まれる形で立つのは、美麗な男性だった。けれど、その王子様然とした整った顔が本来の魅力を発揮することはなく、なるべく存在感を消したいという風情。蛇ににらまれたカエルとは、彼を表すにふさわしい形容であろう。

 

「これ、なかなかいいお味ですね。神戸さんが用意してくれたのかしら?」

 

 そんな顔を見つめながら、女性は、衆議院議員である片山雛子は立ち尽くす神戸尊へと笑みを送った。

 

 だが、この黒幕そろい踏みという布陣の中で自分の立ち位置を模索していた尊はといえば、下手に答えないほうがいいと、曖昧な会釈で返すしかない。

 

 その様子を見て、小野田が口を開く。

 

「神戸君ね、いい腕しているんですよ。さすがに三年間も杉下の所にいたものだから、多少は学んできたみたいでね」

 

「……お言葉ですが、官房長。僕は杉下さんの所へ、茶坊主をしに行ったわけじゃありませんよ?」

 

「あら、それはそうでしょう。茶坊主だけで帰ってきたなら、それこそ神戸さんの居場所はなかったのではありませんか? 小野田官房長?」

 

「そうですね。一皮むけたと言えば、聞こえは良いけれど。杉下から変な頑固さも吸収して、しかも青臭くなっちゃったから。これで紅茶の腕も悪かったら、改めて島流しですよ、島流し」

 

「それはタイヘン。第二特命係でも作るつもりですか?」

 

「さて、どうなるか。お楽しみは神戸君の紅茶が不味くなった時にでも」

 

(……俺の進退を、紅茶の腕前で決めないでもらいたいんだけどな)

 

 尊はそんな二人の少し本気が混じっていそうな言葉に、冷や汗を流しつつ、内心で毒づいた。彼からすれば、この会談に同席するなんてことは、厄介ごと以外の何物でもない。

 

 神戸尊は進ノ介の前任。つまり、特命係にて三年間、右京と組んでいた男だ。

 

 そして、特命係在籍時、右京から片山雛子議員がいかに油断のならない女傑かも聞かされている。現在、尊は古巣である警察庁へと戻っているが、その件にも一枚二枚を噛んでいるとか。本多篤人の幽霊騒動の裏でも小野田と組んで超法規的措置を働かせたとも聞く。

 

 政界という腐海を優雅に泳ぐ悪女。

 

 短い付き合いながらも、それが尊の雛子へと抱く印象だ。

 

 果たして事なかれ主義の日和見者と、緊急事態においては法を超えてでも辣腕をふるう者。どちらが国の為政者として相応しいかは尊にも判断がつかないが、その極端が正しいとは思えない。

 

 そんな女性が、裏工作の権化ともいえる小野田と対面している。しかも議題は『例の彼』について。近頃に巻き込まれている超常現象だけでも手一杯なのに、また厄介ごとだ。

 

 小野田も雛子も、尊の内心を読み取っているのか、いないのか。軽口で場を和ませることに満足した様子で、カップを静かに置くと、空気を固くさせていく。口火を切ったのは雛子。この場は、雛子から小野田を呼び出した形。彼女に意図がある以上、それが自然だった。

 

「それで? 例の泊巡査の事件、どこまで分かっているんでしょうか?」

 

 明朗快活な声。けれど、その明るい印象の奥にどろどろと濃厚な思惑を隠しているのが片山雛子。当然、そんな彼女が暗に捜査状況の提供を求めた事実を、素直に受け取る小野田ではない。

 

「気になりますか? 仮面ライダーのこと」

 

「それはもう。日本国民なら考えない人の方が少ないですよ? そして、私はこの国に人生を捧げた人間ですから」

 

「それに色々と使い勝手は良さそうでしょうからね。ああいう肩書きの人間は。片山先生にとっては特に」

 

 小野田のけん制するような言葉。それを雛子は笑って受け止めた。

 

 世界を救った英雄。そんな幻想はどうでも良いが、仮面ライダーは少なくとも未知のテクノロジーへの入り口だ。政治家なら幾らでも利用方法を考えるもの。せっかく得た『英雄』を放置するなんて、宝の持ち腐れ。

 

 けれど、実際の仮面ライダーは、そんな理想的な道具ではなかったと、雛子は言う。

 

「あいにくと、使い勝手がいいどころか、頭を痛くさせられてばかりですわ。特に、外務省の方々は連日連夜、情報開示を求められて困ってるみたいで。私の所にも何とか黙らせろ、協力しろって。大の大人がみっともなく泣きついてくるんです」

 

「あらあら。世界を守ったヒーローだっていうのに、どこの国も扱いはモルモットなんですか。挙句に撃たれたり、彼も奇特な星のもとに生まれたようですね」

 

「特命係に島流しした小野田さんが、それを言います?」

 

 その言葉に、小野田は微笑だけを返した。

 

 仮面ライダーをめぐって様々な思惑を張り巡らせている両者。ただ、それも仮面ライダーが生きていてこそ。その点で、雛子にとっても捜査情報は必要なカードなのだろう。その認識を共有すると、小野田は表情を少し緩め、静かに話し始める。

 

 あいさつ代わりのジャブは終わり。

 

「……その代わり、片山先生からも情報を頂けるでしょうね? 特に、諸外国の件に関しては」

 

「ええ、もちつもたれつ」

 

 雛子は唇をゆがめる。

 

 小野田は小さく頷き、それでは、と勿体ぶって。

 

「期待させて悪いんですが、あいにくと、進展は少ないんですよ。

 例の映像の女性。彼女が最有力の容疑者ですけど、行方は掴めていない。綺麗に消えました。まあ、宣言通り警察に恨みがあるみたいだから、裏で組織的な支援があるのでしょう」

 

「残念ですね。それなら、早く居場所を見つけないと。下手に世間を騒がせる前に、黙らせたいですから。ああいう主張は」

 

 言いつつ、悪女は楽しそうに目で嗤う。

 

 雛子の語る通り、あの容疑者の主張は、警察の痛いところをついていたのは事実だ。間違いなく、ロイミュード事件に関しての法整備が進められなければ、泊進ノ介の席は警視庁には存在しない。良くて依願退職、悪くて刑務所。

 

 だが、そうはなっていない。密かに窮地だった仮面ライダーを救ったのは、何を隠そう、目の前の悪女である。小野田は椅子に背をもたれさせながら、軽く手を叩き始めた。

 

「全ては、片山先生のお力添えがあって」

 

「それも、大きな綱渡り♪」

 

「ええ。おかげで仮面ライダーは警察官になりました。合法的に、国の管轄下に」

 

 小野田の言葉に、彼女は笑い声をあげた。

 

 それはもう、大変な一年だったと自分で自分を褒めてあげたいなんて。そんな達成感に満ちた、あるいはそう演じる声だ。

 

「『開発もしていない』警察装備、仮面ライダーの使用認可。そして、機械生命体に対しての合法的な活動論拠となる『機械生命体犯罪特別措置法』の法整備も。あれほど早く可決できたのは片山先生主導の超党派の働き掛けがあったから」

 

「大変でしたよ? なかったものを、あったように誤魔化すなんて」

 

 何せ、警察は機械生命体をギリギリまで認めておらず、仮面ライダーは開発すらしていなかった。それを『密かに認めていて、極秘に装備開発を行っていた』なんて大ウソを正当化させたのだ。

 

 そんな力技を合法などと言える政治家は、どこにもいない。

 

「あれは『超法規的措置』。それ以外の何物でもありません。……あら、私の口からこんなことを言わせる人が出るなんて。……ほんと、無軌道で、綱渡りだらけでしたけど、それでも勝てば官軍ですね」 

 

 そうして人類は勝利を得た。

 

 その結果を思えば雛子たちの行った工作も報われるものだ。ただ、そうして得た政治的にも外交的にも、何より警察にとって大きなカード、仮面ライダーを特命係へと送り込んだ小野田の決断は雛子を驚かせるものだったが。

 

 一体何を考えているのか、という期待と警戒。そこへと考えが至った瞬間、雛子はふと隣ですました顔で立っている男が気になった。あの杉下右京と三年も組んでいた男を。

 

「……それはそうと、貴方はどう思っているんですか? 例の仮面ライダーのこと」

 

 雛子の目が尊へと向く。それはどこか、獲物を定めた蛇のように感じさせられ、尊の背を寒気が駆け上がっていった。尊はそれを悟らせないように、とぼけた様子で首を傾げる。

 

「えっと、僕ですか?」

 

「ああ、そうそう。神戸君はいうなれば仮面ライダーの先代だから。『仮面ライダー0号』とでもいえば、少しカッコいいかもね。

 ……杉下の相棒に仮面ライダーが収まったこと、何か思うところでもあるんじゃないの?」

 

「いやいや、僕は変身とか特に興味はないんですけど……」

 

 ただ、上司と有力な国会議員の前。答えないという選択肢はなく、そして、自分でもどこかで泊進ノ介という男へと抱く気持ちもあった。

 

 神戸は静かに、ゆっくりと『彼』を語っていく。

 

「仮面ライダー……。僕は、彼がずいぶんと無茶をしたと、そう思いますけどね。ある意味、杉下さん以上に」

 

 誤解を恐れず言うならば、彼が行ったことは自警団と変わらない。

 

 運よく本願寺という基盤作りに優れた協力者が、小野田達を巻き込んで準備を進めていたからよいものの。それがなければ、正体が暴かれた途端に彼は犯罪者。

 

 仮面ライダーは元々職務ではなかったのだから、身分を隠して行った戦闘行為は銃刀法違反に器物損壊。何より警察官としての職務規定に違反する可能性もあった。

 

 だが、

 

「それでも、彼が止まらなかったことを僕は評価します。たくさんの命を救ったんですから。

 怪物との戦闘行為なんて、警察官の職務を超えていました。覚悟がなければ、死んでまで戦い続けるなんてできない」

 

 尊はそんな仮面ライダーの中に杉下右京と似た強靭な正義を垣間見る。

 

「機械生命体なんて誰も想定していなかった異常事態です。しかも、警察にもシンパがいた。親玉の一人は国家防衛局長官。通常の手続きを取っていたら、間違いなく人類は敗北していました」

 

「確かに、異常事態だったからねぇ。……クローン人間誕生と同じくらい」

 

「……だから、僕は『命を守ること』を選んだ仮面ライダーを認めたい」

 

 言葉に、迷いはなかった。ならばこそ、尊は右京と異なる道を選んだのだから。

 

 その答えは、小野田の目に青臭く映ったのか、雛子の目に御しやすく映ったのか。それは分からない。けれども二人は微笑みを浮かべながら、言葉を続ける。

 

「……いずれにせよ、官房長。下手な主張が蔓延する前に、発生源はしっかりと叩いておいてくださいね」

 

「わざわざ僕に釘を刺さなくても、勝手に彼らが動くでしょう。

 お手並み拝見、といきましょう。……杉下と仮面ライダーが、いったいどうするのか。そうでないと、彼を送った意味がありませんから」

 

 

 

 そんな会話が政治の裏側で行われているとは、当事者以外に知られることはなく。静かに年が明けようとしていた、十二月二十八日。

 

 犯人と思しき吹原かおりは行方をくらませている。あのテレビに流した宣言以降、完全に動きは停止。ああして喧伝した以上、何かを画策しているかと思われたが、その気配はない。

 

 だが、得られた時間は警察にとって財産である。つかの間、捜査は粛々と進行し、そして仮面ライダーは体調を回復させていった。

 

 一方で、常から暇を持て余していた杉下右京はと言えば……。

 

「警部殿はこんな時だってのにのんびりしていいねえ」

 

 朝、特命係へとやってきた右京に手を振ったのは、角田だった。口調はいつも通り、パンダの取っ手がついたコップを持っている。だが、目の下には隈まで作って疲労の色が濃かった。

 

「おはようございます。……角田課長は昨晩もお泊りですか?」

 

 右京が尋ねると、角田は勝手に机に広げていた分厚い書類を手で叩く。

 

「これを片付けないと暇になれないからね。ま、俺も頑張るよ。泊君の襲撃事件、組織的な関与が疑われるから、俺らの方でも監視対象におかしな動きがないか調べてんだ」

 

 角田が率いる組対五課は、銃器と薬物取引を取り締まっている。そして犯人が狙撃に使用したライフルは、彼らの領分。入手ルートが分かれば犯人特定へ有力な手掛かりが得られる。

 

 そんな重責を担わされた角田は疲労の色が濃かったが、それでも力強い視線からは、事件解決への熱意が伝わってきた。角田はしみじみと呟く。

 

「……うちのカミさんたちが、『今年は帰らないで良いから、犯人捕まえてくれ』ってさ。元旦だ正月だってのは、刑事やってりゃ縁がない割に、家族からは文句を言われるもんだ。

 けど、今年は応援してくれた上に、おせちまで寄こしてくれるとよ」

 

「それは、何よりです」

 

「仮面ライダーってのは、愛されてんな。そもそもが、だ。なんか特命にも馴染んできてたけど、泊君は俺たちの命の恩人だ。ヒーローだよ。

 ……それを捕まえて、人殺しだなんだってのはひでえ話だね」

 

 右京はその角田の言葉には答えないまま、少し瞳に意味を宿して。

 

 彼は静かに、興味を角田のもつ書類の山へ移していく。

 

「……犯人の動機について、裏付けは進んでいるようですね?」

 

「ああ、吹原かおり、四十五歳。都内在住の元会社員。前科なし、交通違反もなし。事件以前は絵にかいたような平凡な主婦だな」

 

「ですが、そんな彼女にも一つ、技能があった」

 

 角田は頷き。吹原かおりの捜査資料を右京へと見せる。彼が注目するのは、かおりの賞罰欄に書かれた事項だ。

 

「ライフル競技で好成績、ですか」

 

「しかも長距離種目。若い時の記録だっていうが、昔取った杵柄ってやつかね。

 で、あの映像で言ってた、息子の方。こっちは吹原かおりと打って変わって、荒れてたみたい。あの母親の言ってることに、まず一つ嘘発見だ」

 

 角田が紙をめくる。

 

「吹原健輔、二十二歳。フリーター。確かに、過去には前科がありますね。学生時代に窃盗、恐喝、暴走行為。少年院への留置経験もある。ですが、ここ死亡前数年はそういった行いはありませんから、嘘と断じるのは早いかと。

 彼女が言うように、……一年前に交通事故で死亡」

 

「バイク事故で炎上だと。残ったのは黒焦げの遺体だけ。子持ちの親としては、おかしくなっちまう境遇に同情するが、言うに事欠いて、機械生命体が息子の代役とは。

 ……ほんとなのか? 例のロイなんちゃらの話は?」

 

「周囲を聞き込んだところ、健輔君の死後、彼の姿を見たものはいないとのことです。証拠がない以上、真偽は不明ですが……」

 

 ロイミュードという超常の存在が彼女の身近に潜んでいたとして。そう簡単に尻尾を見せるとも思えなかった。例の村木をコピーしたロイミュードも警察の目をくぐって活動していたのだから。

 

 なにより、彼女の真に迫った主張。それを見ると、息子を模倣したロイミュードが、吹原かおりに接触したのは間違いないように感じられる。

 

 問題は恨みを抱いた平凡な女性がいたとして。ライフルを入手し、究のスマホをハッキングし、進ノ介を狙い、爆弾を仕掛けてみせる。

 

 そんな芸当ができるとは考えづらい。

 

「それに関しちゃ、関連ありそうなことが分かってんだ」

 

 角田は言いつつ、一枚の写真を取り出した。隠し撮り写真。写っているのは眼鏡をかけたサラリーマン風の男性。だが、首元からのぞかせる蒼いタトゥーが、彼の荒々しさを示している。

 

「越谷伏美。泊君たちが壊滅させた『ネオシェード』の金庫番だ。今も怪しい店を仕切ってる。そんで、公安がマークしていたらしいんだが、姿を晦ませて、その後、俺たちの管轄で目撃された」

 

「というと、暴力団と接触したということですね?」

 

「ああ、中国、ロシアンマフィアにも。ライフル入手の情報もある。ただね、こいつに人を殺す度胸はない。典型的なインテリの頭でっかち。コロッとカルトに染まった元エリート大学生ってやつだよ。

 それでも見過ごせないのは、えらく活発な動きを再開してるし、金庫番だけあってコトを起こせるだけの金はもっていること。俺はこいつで確実だと思うね」

 

「なるほど」

 

 長く裏社会へと睨みを聞かせてきた角田が言うのなら、信頼に足る情報だ。この越谷という男が、かおりへと資金や技術提供を行っている可能性がある。そのような男ならば、裏社会とのつなぎも容易に行えるだろう。

 

「……ですが、それが正しい場合、吹原かおりと越谷はどのようにして出会ったのでしょうねえ」

 

「あー、繋がりは未だ不明。ただ、越谷は組織を失った逃亡犯。復讐と復権はヤツにとっちゃ喉から手が出るほど欲しいだろ。都合がいい手駒を探したんじゃねえか?」

 

 ネオシェードの目的は破壊と暴力による社会変革。それを達成するためには、大きな力とネットワークが必要である。しかし、角田が述べたように、進ノ介達によって首魁や主だった幹部が逮捕された今、ネオシェードは崩壊状態。

 

 残党にとっては、目的達成の前に組織再建が急務だろう。そして、仮面ライダー襲撃は追田達と検討したように、彼らが求める大手柄。

 

「手柄を求める、手足が足りない活動家。復讐を求める、方法がない主婦。彼らが共犯なら、果たして、両者はどのようにして結びついたのか」

 

 その間に、あるモノこそが事件解決のピースとなる。そんな予感が右京にはあった。だが、越谷の関与は推測の段階。となれば、今必要なのは思考材料である。

 

「貴重な情報、ありがとうございました。……それでは、僕は吹原かおりの住居に行ってみます」

 

「一課の調べだと、なんも見つからなかったみたいだけど。ま、あんたならなんか細かいものを見つけんだろ。……そういえば、泊君はどうしてんだい? 今日も様子を見てきたんだろ?」

 

 角田が問うと、右京はわずかに首を傾げる。

 

「今日はベッドから出て動いていましたし、退院は近いでしょう。ここ数日の慌ただしさを考えると十分に元気だと思いますよ。そういえば、ようやく沢神博士も帰国できるそうで。明日の朝、成田に到着と泊君が」

 

「沢神って、前に大騒ぎ起こした博士か! ああいう愉快な人が戻ってくると、泊君も元気出るかもな。俺はちょっと心配だったんだよ。面と向かって人殺しだなんだと言われて、落ち込んでないか。

 そういう話を聞くと、安心できるな!!」

 

 そう言って人のいい笑顔を浮かべる角田。だが、右京は、

 

「ええ、そうだと良いのですが……」

 

 意味深にそんな言葉を言いながら、コートを翻し、寒空の下へと戻っていくのだった。

 

 

 

「泊さん、傷に障りますし、もうそろそろ休んだ方が……」

 

「いや、大丈夫だって。そんなに休んでいるわけにもいかないし」

 

 そのころ、件の進ノ介はと言えば、手すりを握りながら廊下を行ったり来たり。そうして体をほぐしていた。

 

 銃弾によるものなので、傷口自体は少なく、運よく主要な臓器にも損傷がない。目が覚めたら数日で退院できると主治医である両島医師は語っていたが、進ノ介自身もその手ごたえを感じる。

 

 だから今もこうして体を動かしているのだが……。

 

(一刻も早く復帰して、捜査に戻らないと……)

 

 何よりもそんな焦りが、進ノ介の心を支配していた。

 

 あの映像が真実であるかは分からないと、皆は語る。けれども、あの女性の涙ながらの訴えが、ただの嘘だとは進ノ介にはどうしても思えなかった。

 

 この事件の根本には自身が仮面ライダーとしての活動がある。そのために恨みを買い、狙われた。常の事件とて、当事者として働いてはいるが、それにも増して冷静ではいられない。

 

 それに、

 

(……もし、本当にロイミュードが。人と心を通わせたロイミュードがいたなら。人間らしい感情を育てたロイミュードがいたなら)

 

 例えば、自分の戦友であるチェイスのように。友のために命を投げ出したブレンのように。愛する者のために命を捧げたメディックのように。

 

(……ハートみたいに)

 

 ごく一部とはいえ、彼等は人間と等しい感情を手に入れていた。他に、そんなロイミュードがいなかったなど、証明することはできない。

 

 もちろん、進ノ介は逃げるロイミュードを倒したことはなかった。コアを拘留する方法もなかった以上、破壊しなければ際限なく被害は増える。せめて戦いを止められないなら、挑んでくる彼らと正々堂々戦って、市民を守ると決意した心に迷いはなかった。

 

 けれど、雨の結末を迎えた今は……。

 

 進ノ介は頭を振りながら、汗を振り落とした。動悸が激しくなり、思考を強制的に停止させる。あの日以来、心の中で燻ぶっていた思いがあふれ出しそうになって。それを考えると前に進むことなんてできなくなりそうで。

 

 そんな時、進ノ介の肩が強くつかまれた。

 

「ここまでです! 両島先生も三十分までと言ってましたから、休んでください!」

 

 顔を上げると、少し目を険しくさせた霧子が心配そうに覗き込んでいる。

 

「あ、ああ。悪い。……そうだな、少し休むよ」

 

「お願いですから、そうしてください。事件のこと、忘れろなんて言いません。けれど、私にとっては泊さんの体が一番大切です。まずは、体を万全にすることを第一に」

 

 進ノ介は強く頷く。刑事は体が資本だと、自覚してはいるから。

 

 そして、霧子にはそんな進ノ介の表情が、どこか暗く、心にブレーキがかかっているようにしか見えなかった。あの声明を聞いて以来、進ノ介が悩み、塞ぎこむ様子も、何度も見ている。それに気づかないほど、彼の顔を見ていないわけがなかった。

 

 きっと、本当は何か励ましを言うべきなのだろう。進ノ介は悪くないと、何はなくとも弁護するべきだろう。けれども、あの声明は進ノ介だけでなく、事件に対処した全ての人間を非難するものだった。

 

『お前たちは、ロイミュード達をただの機械だと思っていたのか?』

 

 と。

 

 そして、答えは否だ。

 

 霧子とて、ロイミュードに深く関わった一人。その一人には、命を救ってもらった恩義も友情も感じている。進ノ介もきっと……。

 

 当事者であったからこそ、安易な慰めは、逆効果になると思えてならない。

 

 だから、今は言葉ではなく肩を借して、せめて彼が一人ではないと伝えたかった。彼女の中では、泊進ノ介は何があっても英雄であり、愛する人なのだと。

 

 そうして二人は寄り添いながら、ゆっくりと病室に戻ろうとして。

 

「あれ?」

 

 進ノ介が不意に声を上げる。

 

 病室の入口にスーツを纏った男性が立っていた。エリート官僚とでもいった方が似合いそうな男。そして、彼が纏う剣呑な雰囲気を感じて、自然と進ノ介の体に力が入る。

 

 男がゆっくりと振り返った。その眼鏡の奥に刃の様な瞳が、硬く巌の様な表情が見える。それは右京と違い、冷徹さを感じるもの。

 

 男は進ノ介の姿を認めると、靴音を鳴らしながらやってくる。ゆっくり、威圧的に。思わず霧子は進ノ介をかばうように前へ飛び出そうとした。が、機先を制すように。

 

「ご安心を、同業です」

 

 男は警察手帳を見せた。

 

 確かに本物だ。しかも警視正。階級が上の相手に無礼はできない。

 

 だが、男の声と態度は同業に向けるものとはまるで違っていた。往々にして警察官は同業に仲間意識を持ちがちだが、そういう容赦がまるでない。

 

 そして、男は無感情に、あるいは少しの敵意を交えて、硬い声で言う。

 

「警務部首席監察官の大河内です。

 泊巡査、あなたの服務規程違反について、監察官聴取を行います」

 

 言い切られた言葉に、進ノ介と霧子は言葉と顔色を失うのだった。




雛ちゃんと、ラムネ参戦です。
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